特許法の八衢

プロパテントへの揺り戻しか?―PersonalWeb Technologies, LLC v. Apple Inc. (Fed. Cir. 2017)

本事件は、特許権者である原告が、IPRにおいて、対象特許発明が2つの先行技術文献の組み合わせから自明であると判断されたことを不服として、CAFCに上訴したものである。

本判決で、裁判体*1は、PTABのクレーム解釈は是認したが、非自明性については、

  1. 2つの先行技術文献が、対象クレームの全ての要素を開示していることについても、
  2. 2つの先行技術文献を、当業者(a relevant skilled artisan)が組み合わせる動機付け(a motivation to combine)についても、

十分な説明や立証がなされていない、として、PTABの判断を破棄差戻し(vacated and remanded)とした。

最近、PTABの特許発明は自明という判断を、CAFCが破棄する事案が目に付く*2

この傾向は、日本において(今と異なり(苦笑)特許庁における進歩性の判断が厳しかった時代に、

紙葉類の積層状態検知装置を紙葉類識別装置に置き換えるのが容易であるというためには、それなりの動機付けを必要とするものであって、単なる設計変更であるということでは済ませられるものではない。……本願発明と引用発明とは,そもそも発明の課題及び目的が相違し,相違点1及び3に係る本願発明の構成が,引用発明及び本件周知装置に開示も示唆もされておらず,これらを組み合わせて同構成を得ることの動機付けも見いだし難い。

と判示した知財高判平成18年6月29日(平成17年(行ケ)第10490号)や、

特許法29条2項が定める要件の充足性,すなわち,当業者が,先行技術に基づいて出願に係る発明を容易に想到することができたか否かは,先行技術から出発して,出願に係る発明の先行技術に対する特徴点(先行技術と相違する構成)に到達することが容易であったか否かを基準として判断される。ところで,出願に係る発明の特徴点(先行技術と相違する構成)は,当該発明が目的とした課題を解決するためのものであるから,容易想到性の有無を客観的に判断するためには,当該発明の特徴点を的確に把握すること,すなわち,当該発明が目的とする課題を的確に把握することが必要不可欠である。そして,容易想到性の判断の過程においては,事後分析的かつ非論理的思考は排除されなければならないが,そのためには,当該発明が目的とする「課題」の把握に当たって,その中に無意識的に「解決手段」ないし「解決結果」の要素が入り込むことがないよう留意することが必要となる。
さらに,当該発明が容易想到であると判断するためには,先行技術の内容の検討に当たっても,当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等が存在することが必要であるというべきであるのは当然である。

と述べた知財高判平成21年1月28日(平成20年(行ケ)第10096号)を彷彿とさせる。

今後は、米国でもプロパテントへの揺り戻しがあり、IPRにおいても非自明性の基準が緩む(特許無効になりにくくなる)のだろうか。

*1:Taranto, Chen, and Stoll.

*2:例えば、先行技術の組み合わせの動機付けの説明が不十分だとしたIn re NuVasive, Inc., 842 F.3d 1376 (Fed. Cir. 2016)(本判決でも引用)や、PTABによる常識(common sense)の適用方法を批判したArendi S.A.R.L. v. Apple Inc., 832 F.3d 1355(Fed. Cir. 2016)である。

IPR中の補正 ― In re Aqua Products, Inc.

IPR中に補正を行なう場合、補正後クレームが特許性を有することを特許権者が証明しなければならないとした(PTAB決定を認めた)2016年5月のCAFCパネル判決*1*2en bancで再審理されることになっていたのか。

なお、Oral Argumentは2016年12月に実施済みで、録音したものはCAFCのWebサイトから入手できる

*1:In re Aqua Products, Inc., 823 F.3d 1369 (Fed. Cir. 2016)

*2:Prost, Reyna, and Stark. Stark判事はデラウェア州連邦地裁判事で、指名(designation)によりこの審理に加わったようだが、こんな制度があるのか。ちなみに、この判事、Wikipediaに記事がある

Tinnus Enterprises, LLC v. Telebrands Corporation (Fed. Cir. 2017)

本判決は、CAFCが、テキサス州東部地区連邦地裁による暫定的差止め命令(preliminary injunction)*1を維持した事案である。

ユーザーマニュアルが(ユーザによる)直接侵害の証拠になるか等、興味深い論点がいくつか議論されているが、
なかでも面白いのが、暫定的差止めを認める要件の一つである「回復不能の損害(irreparable harm)」の存在を認めるにあたり、
原告*2製品のAmazonのレビューに、「無名な(off brand)この製品のほうが、有名な(name brand)被告製品のものよりも好きだ」というものがあることを、その理由(の一つ)にしている点だろうか。

*1:日本における仮処分に相当。

*2:特許権の専用実施権者(exclusive licensee)。

19世紀の米国特許法には先使用権があった?

武生昌士「英米特許法における先使用概念に関する一考察」日本工業所有法学会年報38号(2015)10頁によれば、
1839年米国特許法には、「既得権条項(vested rights clause)」というものが存在したらしい(1952年改正で削除)。

既得権条項は,新規に発明された機械,製造物又は組成物を,発明者にyよる特許出願よりも前に取得するなどした者に,当該機械等を使用する権利及び使用のために他者に売却する権利を与えるものであるものである。他方で,特許出願前にこのように機械等を取得したり先使用したりした者がいたとしても,特許は無効にされない,ということも定めている。

とのことである。

ただし、上記論文では、

既得権条項は機械等の使用及び使用のための販売の権利を与えるのみで,機械等の生産(製造)の権利を認めるものではない。我が国の現行法との対比でいえば,先使用権というよりは特許出願の時から日本国内にある物に対して特許権の効力が定めた69条2項2号にむしろ近いものなのではないだろうか。

と述べている。

なお、この論文は、古典的英国法(1977年改正前の英国法)や2011年改正前米国法、さらには現行オーストラリア法という、日本における先使用のような規定がない法制度について何故そのような形態をを採っているのかを検討しており、興味深いものである。