特許法の八衢

製法発明につき、104条を適用して、製法を特定しない物に差止めを認めた事案 ― 知財高判令和5年12月27日(令和4年(ネ)第10055号)

はじめに 本件判決 知財高判令和5年12月27日(令和4年(ネ)第10055号)は、構成要件充足性判断や102条2項の損害額算定に関する判示にも興味深い点があるが、本稿では、別の点について述べたい。 以下、「雑感」の項を除き、判決の引用である*1。 なお、本件の…

「printed publication」該当性について判断された事案 ― Weber v. Provisur Technologies (Fed. Cir. 2024)

はじめに 本稿の目的は、実務において重要と思われる、最近のCAFC判決 Weber, Inc. v. Provisur Technologies, Inc. (Fed. Cir. Feb. 8, 2024)*1の紹介である。 本件では、旧特許法(Pre-AIA 35 USC)102条の「printed publication」に該当するか否かが、争点…

AIを「壁打ち」に用いる時代の進歩性判断

はじめに 生成系AIの普及により、創作の場面で、AIを「壁打ち」に用いるのは、一般的になった*1。 そこで、AIとの「壁打ち」の結果生まれた(生まれうる)発明(発明それ自体がAIに関係するものか否かは問わない)に対する進歩性判断*2について、雑感を記す*…

Bruce Schneier『ハッキング思考』

セキュリティの専門家であるブルース・シュナイアー(Bruce Schneier)の最新著書の邦訳(翻訳:高橋聡)、『ハッキング思考 強者はいかにしてルールを歪めるのか、それを正すにはどうしたらいいのか』(2023,日経BP)*1を読んだ。 「ハッキング」という書名…

方法の発明の102条1項適用について ― 令和5年不競法改正を踏まえて ―

特許法102条1項 特許法102条1項は、次のものである。特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡し…

Dedication法理と文言解釈

マキサカルシトール事件最判=最二判平成29年3月24日(平成28年(受)第1242号)民集71巻3号359頁は、 《明細書に記載しながら、クレームには記載していない事項は、公衆へ提供(Dedication to the Public)されているため、当該事項を権利範囲に含むという主張…

訂正要件の判断に誤りがあるとして審決を取り消した事案 ― 知財高判令和5年10月5日(令和4年(行ケ)第10126号)

判決概要 X(原告)の特許権について、Y(被告)が特許無効審判を請求した。審判においてXは訂正請求を行なったが、特許庁は、この訂正請求を認めず、さらに(訂正前の)本件発明1および2はサポート要件を満たさないと判断して、特許無効審決をなした。そ…

「除くクレーム」への訂正について判断された事案 ― 知財高判令和5年10月5日(令和4年(行ケ)第10125号)

はじめに 本判決(知財高判令和5年10月5日(令和4年(行ケ)第10125号))*1は、「除くクレーム」への訂正を認めなかった審決を、知財高裁が取り消したという事案である。その判示内容には、知財高大判平成20年5月30日(平成18年(行ケ)第10563号)[ソルダーレ…

サポート要件と「課題」との関係 ― 知財高判令和5年10月5日(令和4年(ネ)第10094号)

本件の概要 本件(知財高判令和5年10月5日(令和4年(ネ)第10094号))は、特許権者である原告=控訴人が、被告=被控訴人の行為は本件発明にかかる特許権の侵害に当たるとして、被告製品の販売等差止および廃棄を求めた事案である。原判決(東京地判令和4年8…

自明性の基礎とできる先行技術について判示された事案 ― Netflix v. DivX (Fed. Cir. 2023)

はじめに 本訴訟の対象となったは、マルチメディアファイルのデコーダ・エンコーダに関する特許権(権利者はDivX, LLC)である。Netflix, Inc.らは、IPRを請求し、本件特許発明は複数の先行技術文献(に記載された発明)の組み合わせにより自明であり、本件…

化学物質特許の保護範囲についての雑感 ― 東京地判令和5年7月28日(令和4年(ワ)第9716号)に接して ―

1 はじめに 本件 東京地判令和5年7月28日(令和4年(ワ)第9716号)は、特許権者である原告が、被告による被告製品の製造等は特許権侵害に当たると主張し、被告の行為の差止め等を求めた事案であり、結論として、裁判所は原告の請求を認めたものである。判決を…

国境を跨ぐ行為が「生産」に当たると判断された事案 ― 知財高大判令和5年5月26日(令和4年(ネ)第10046号)

1 はじめに 知財高大判令和5年5月26日(令和4年(ネ)第10046号)につき、判決要旨のみが裁判所ウェブページに掲載された時点で記事を書いたが、今般、判決全文が掲載されたため、あらためて記事を記す。判決文の一部を枠で囲んで引用し(強調は引用者による)…

国境を跨ぐ行為が「生産」に当たると判断された事案の「判決要旨」 ― 知財高大判令和5年5月26日(令和4年(ネ)第10046号)

はじめに 知財高大判令和5年5月26日(令和4年(ネ)第10046号)[コメント配信システム]につき、判決言渡日当日、知財高裁ウェブページにおいて「判決要旨」が掲載された一方、判決文については現時点(2023年5月28日)では掲載されていない。【2023-07-02追…

ソフトウエア関連発明の発明該当性に関する審査基準等について

はじめに 「特許・実用新案審査基準」(以下、単に「審査基準」)および「特許・実用新案審査ハンドブック」(以下、単に「審査ハンドブック」)は、法規範ではない1とは言え、特許審査における影響力を考えると、実務者にとってはこれらを理解することが重…

用途発明に関する特許権について差止請求が認容された事案 ― 東京地判令和5年2月28日(令和2(ワ)19221)

1 はじめに 本件(東京地判令和5年2月28日[令和2(ワ)19221])は、特許権者である原告が、被告の行為が特許法101条2号規定の間接侵害に当たるとして、差止めを求めた1事案である。 東京地裁は、原告の請求を一部認容2した。しかしそれは過剰差止めのように…

「譲渡」以外の侵害行為に対する特許法102条1項の適用可能性

特許法102条1項は、以下のものである(強調は引用者)。 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲…

高速道路の管理運営会社に対する特許権行使が認められた事案 ― 知財高判令和4年7月6日(令和2年(ネ)第10042号)

1 はじめに 本件判決(知財高判令和4年7月6日[令和2年(ネ)第10042号])は、「車両誘導システム」という名称の2つの特許権1の権利者である原告=控訴人が、東日本高速道路(NEXCO東日本)に対し、佐野サービスエリアスマートインターチェンジ(佐野SAスマ…

共有特許権の損害賠償額の算定について示された事案 ― 知財高判令和4年3月14日(平成30年(ネ)第10034号)

1 はじめに 知財高判令和4年3月14日(平成30年(ネ)第10034号)[ソレノイド]1は、特許権の二者の共有者のうち一者(原告=控訴人)のみが、被告=被控訴人の行為が特許権侵害に当たると主張し、102条1項から3項2に基づく額の損害賠償を求めた事案3である。…

競業者の取引先に対する特許権侵害警告が信用毀損行為に当たると判断された事案 ― 東京地判令和4年10月28日(令和3年(ワ)第22940号)

はじめに 本判決(東京地判令和4年10月28日[令和3年(ワ)第22940号])は、競業者の取引先に対する特許権侵害の告知・侵害警告につき、不正競争防止法2条1項21号(信用毀損行為)の該当性が認められた事案である。とくにその判断枠組みが目を惹いたため、備…

特許権の「共同侵害」 ― 国際知財司法シンポジウム2022 模擬裁判への雑感

はじめに 『国際知財司法シンポジウム2022』裁判所パート(2022年10月27日開催)では、模擬裁判が行なわれ、「判決要旨」も示された。 しょせん“模擬”裁判であり、「お遊び」に過ぎないのかも知れない。しかし、本イベントは、最高裁および知財高裁も主催者…

102条2項と3項との重畳適用を認めた事案 ― 知財高大判令和4年10月20日(令和2年(ネ)第10024号)

はじめに 2022年10月20日に、新たな知財高裁大合議事件の判決言渡しがなされた。裁判所ウェブページには、いまだ本判決(知財高大判令和4年10月20日[令和2年(ネ)第10024号])が掲載されていない。もっとも、「判決要旨」は知財高裁ウェブページに掲載され…

知財高判令和4年8月8日(平成31年(ネ)第10007号)における特許法102条1項の判示についての雑感

はじめに 先の記事で、知財高判令和4年8月8日(平成31年(ネ)第10007号)(以下、本判決)の興味深い判示部分を摘示した。ここでは、そのうち特許法102条1項に関する判示について、私の雑感を記す。 特許法102条1項2号の性質 本判決は、「改正後の特許法10…

多機能型間接侵害および間接侵害への特許法102条の適用について判示した事案 ― 知財高判令和4年8月8日(平成31年(ネ)第10007号)

はじめに 本判決(知財高判令和4年8月8日[平成31年(ネ)第10007号])は、多機能型間接侵害(特許法101条2号)および特許法102条について、興味深い判示をしているため、備忘録として本稿を記す。 「記す」と言っても、「事件の経緯」以下、項名以外は、全て…

NTP事件CAFC判決、及びそれを引用する2つのCAFC判決の紹介 ― ドワンゴ v. FC2事件控訴審(令和4年(ネ)第10046号)第三者意見募集に関連して

はじめに 本ウェブログの以前の記事で言及した東京地判令和4年3月24日(令和元年(ワ)第25152号)の控訴審である、令和4年(ネ)第10046号事件について、2022年9月30日に特許法105条の2の11に基づく第三者意見募集1が開始された2。 意見募集事項は、以下のもの…

特許権の「共同侵害」が認められた事案 ― 知財高判令和4年7月20日(平成30年(ネ)第10077号)

本件知財高判令和4年7月20日(平成30年(ネ)第10077号)は、別稿で記した点のほか、2者の被疑侵害者=被告ら=被控訴人らがおり、(両被控訴人の関係は以下に見るとおり特殊なものであるが)特許権の「共同侵害」が認められた点でも興味深いと思われるので、…

国境を跨ぐ「配信」が特許権侵害に当たると判断された事案 ― 知財高判令和4年7月20日(平成30年(ネ)第10077号)

はじめに 標記事件の判決(の一部のみ)を読む幸運に恵まれ、また本判決書は第三者も閲覧可能となっているようなので、本裁判例についての雑感を以下に記す。 もっとも、本判決書は裁判所ウェブページでは本稿執筆時点(2022年9月23日)では未だ公開されてい…

ReissueのRecapture ruleについて判断された事案 ― In re McDonald (Fed. Cir. 2022)

はじめに 米国特許法制において特徴的な制度の一つが、Reissue(米国特許法(35 U.S.C.)1 251条)である。日本における訂正審判制度(日本特許法126条)と同様、特許登録後にクレーム等を訂正できるものであるが、Reissueは、クレーム減縮のみならず、クレー…

特許法における「輸入」

はじめに 特許法2条3項1号は「実施」の一態様として、「輸入」を規定している。この「輸入」の解釈につき、一般的には、「日本国の領域外たる外国から貨物を本邦に引き取る行為,すなわち日本国内に貨物を搬入する行為」*1等とされている。さて、外国に居る…

国境を跨ぐ実施相当行為が特許権侵害に当たらないと判断された事案 ― 東京地判令和4年3月24日(令和元年(ワ)第25152号)

はじめに 東京地判令和4年3月24日(令和元年(ワ)第25152号)*1は、特許権者である原告(株式会社ドワンゴ)が、「FC2動画」(被告サービス1)に係るシステム(被告システム1)などは特許発明の技術的範囲に属し、被告ら(FC2, INC.および株式会社ホーム…

Means-Plus-Functionについての覚書

はじめに 米国特許法は、クレーム要素(claim element)につき、物理的な構造等を特定せず、その要素の機能のみによって特定することを認めている一方で、当該クレーム要素については、明細書に開示された、対応する構造等およびその均等物として解釈される、…