特許法の八衢

日本特許法制におけるClaim Differentiation

目的

本稿では、米国特許法制におけるDoctrine of Claim Differentiationが、日本特許法制においても許容されるか否かを検討する*1

Doctrine of Claim Differentiationとは何か

Doctrine of Claim Differentiationとは、同一出願中の異なるクレームは全く同一にならないように解釈する、というdoctrine*2である。例えば、「断面が多角形の鉛筆」というクレームの「多角形」が、正多角形のみを指すのか、あるいは、それ以外の多角形も含むのかが争われた際、同一出願中に「断面が正多角形の鉛筆」とのクレームも存在したならば、「多角形」は正多角形以外も含むと解釈される*3。とくに、(被従属クレームを少なくとも文言上は限定した)従属クレームが存在する場合に、被従属クレームを従属クレームよりも広く解釈する理由づけとして用いられることが多い*4*5

Doctrine of Claim Differentiationの根拠は、複数クレーム間の異なる用語はそれらクレームが異なる範囲であることを意味するという常識*6、あるいは、(USPTOは各クレームに対し課金し、またクレームドラフトのために弁護士を出願人は雇うため)全くの同一物を指す2つのクレームを書いて出願人が金を浪費することはないと法が推定している(presume)点*7だと説明されている。

日本特許法36条5項後段

Doctrine of Claim Differentiationの日本法制への適用を考える上で問題となるのは、現行日本特許法*8 36条5項後段の「一の請求項に係る発明と他の請求項に係る発明とが同一である記載となることを妨げない。」との規定である。すなわち、日本特許法は、異なる請求項に係る発明が完全に同一のものになることを想定しており、出願人が異なる請求項には異なる発明を記載するであろうという推定すら許されないのではないか、という点が問題となる。

ここで、この特許法36条5項後段の規定は、いわゆる改善多項制の導入時に設けられたものである*9。立法担当者解説によれば、従前は「必須要件項としては、同一発明とされるもののうちからあるレベルでの発明についてのみ特許請求の範囲に記載することしかできず、その他のレベルの発明については、必須要件項との関係で一定の要件を満たすもの(必須要件項に記載された事項を技術的に限定し具現化したもの)に限り、実施態様項に記載できるにすぎないこととされていた」(強調は引用者による)*10ところ、改正後の特許法36条5項により「出願人が任意に選び出した発明を、各レベルの発明が相互に同一であるか否かを問わず、特許請求の範囲に記載できることとなる」*11

この立法担当者解説から、必須要件項に記載した発明と実施態様に記載した発明とは、「レベル」は異なるが、「同一発明」と認識されていたことが分かる。してみれば、特許法36条5項後段の存在が、Doctrine of Claim Differentiationを否定する根拠とはなり得ない。特許法36条5項後段は、「レベル」は異なる*12が「同一」の発明を複数の請求項に記載しても構わないとの趣旨だと考えるべきであり、また上述のように、Doctrine of Claim Differentiationは、多くの場合、「レベル」の相違する複数のクレームが存在する際に適用されるものだからである。

Doctrine of Claim Differentiationを日本特許法制で許容する根拠

特許法70条1項は、「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定している。対象となる(技術的範囲を定めようとしている)特許発明が書かれた請求項とは、別の請求項の記載も、「願書に添付した特許請求の範囲の記載」であることには変わりがないので、技術的の範囲の確定にあたり、別の請求項の記載を参酌するのは、許容されていると言えるだろう*13*14

さらに、米国においてDoctrine of Claim Differentiationを認める根拠は、日本においても共通している*15

判例

日本の裁判例においても、Doctrine of Claim Differentiationを適用したと見られる裁判例がいくつか見られる。

近時では、東京地判平成25年9月25日(平成22(ワ)17810)が、「本件特許権の請求項2の発明は,「前記フラットワーク物品を延伸するために,前記2つのキャリッジ(8,9)が対をなした状態で互いに離れるように移動される前に,当該キャリッジが前記レール手段(7)の中央に向かって共に移動されることを特徴とする請求項1〔引用者注:「記載」の漏れ〕の装置」(……)というものであり,請求項1の発明(本件発明)を中央展開方式に限定した請求項になっているのであるから,本件発明が,請求項2の中央展開方式に限定されない発明であることは明らかである」と判示している*16

まとめ

以上述べたように、Doctrine of Claim Differentiationは日本特許法制においても許容される余地があり、実際に適用された裁判例も存在する。

もっとも、このdoctrineは米国においても反証可能な推定(rebuttable presumption)に過ぎず、適用が否定(推定が反証)されている事案も多い*17

日本法制においても、Doctrine of Claim Differentiationを強い法理だと考えるべきではないだろう。

更新履歴

2019-05-02 作成
2019-08-02 若干の表現修正

*1:先行研究として、中村彰吾「米国におけるclaim differentiation法理の日本の特許権侵害訴訟での主張の可否」知財管理53巻6号(2003年)889頁以下がある。本稿はこの先行研究の結論に賛成し、その理由づけを補強するものである。

*2:Claim Differentiationの法理と訳されることが多いが、後述するように「法理」というほど強固なものではないので、ここではdoctrineのままとしている。

*3:この例は、木村耕太郎『判例で読む米国特許法〔新版〕』(商事法務,2008)202-203頁から採った。

*4:クレーム解釈方法の一般則を判示した、Phillips v. AWH Corp. (Fed. Cir. 2005) (en banc)でも、この形でDoctrine of Claim Differentiationが用いられた。

*5:したがって、技術的範囲の確定(画定)の場面において特許権者側に有利なdoctrineとして使われることが多いが、日本でいう発明の要旨認定の場面でも用いられることがある。例えば、Knowles Electronics LLC v. Iancu (Fed. Cir. 2018).

*6:https://patentlyo.com/patent/2007/04/claim_different.html

*7:Mark A. Lemley, The Limits of Claim Differentiation, 22 Berkeley Tech. L.J. 1389, 1392 (2007).

*8:平成30年法律33号による改正までを反映したもの。以下、単に「特許法」と述べる際は、この現行法を指す。

*9:1987(昭和62年)改正(1988年1月1日施行)特許法36条5項「前項の規定は、その記載が一の請求項に係る発明と他の請求項に係る発明とが同一である特許請求の範囲の記載となることを妨げない。」この規定は、1990(平成2年)改正で同条6項に移動した後、1994年(平成6年)改正において同条5項後段に移され、現行法に至っている。

*10:新原浩朗編『改正特許法解説』(有斐閣,1987)25頁。

*11:新原浩朗編・前掲25頁。

*12:「レベル」の相違にはカテゴリーの相違も含められよう。

*13:なお、田中孝一「クレーム解釈」『最新裁判実務大系10 知的財産権訴訟I』(青林書院,2018)176頁(注3)は、「問題となる請求項の他の請求項の記載も,クレーム解釈の対象である請求項と,単一性を有し,技術的な関連性を有する関係にあるのであるから,クレーム解釈に用いる資料として,明細書の記載や図面と同じように,特許請求の範囲(クレーム)の解釈資料としての地位が与えられるとしてよいように思われる」と述べるが、発明の単一性を根拠とするのは疑問が残る。単一性要件(特許法37条)違反は特許無効理由ではなく(同法123条1項)、有効な特許であっても、発明の単一性が保証されているとは言えないからである。

*14:もっとも、発明の要旨認定の場面、とくに特許庁における審査の場面においても、Doctrine of Claim Differentiationが許されるとは断定しがたい。新原浩朗編・前掲24-25頁は「審査においては、一の請求項について判断しているときは、他の請求項はあたかも存在しないかのように、換言するとあたかも単項で記載されているかのように考えるというものであり、他の請求項との比較の問題は出てこない」(傍線は原文ママ)と述べている。

*15:「用語は、その有する普通の意味で使用し、かつ、明細書及び特許請求の範囲全体を通じて統一して使用する。」(特許法施行規則24条 様式29条の2〔備考〕9本文)との規定から、特許請求の範囲における異なる用語は異なる意味だと推定されよう。また、請求項数に応じて特許料が変わる点につき、特許法107条1項参照。

*16:控訴審判決 知財高判平成26年12月4日(平成25(ネ)10103)においても、この部分が引用・是認されている。

*17:例えば、Howmedica Osteonics Corp. v. Zimmer, Inc. (Fed. Cir. 2016).