特許法の八衢

CAFCについての覚書

はじめに

米国特許法制を学ぶ上で、連邦巡回区控訴裁判所*1 (United States Court of Appeals for the Federal Circuit; CAFC*2 )の判決を読むことは、(最近は連邦最高裁に判決を覆されることが多いとは言え)いまだ重要であろう。

まともな知財教育環境にいれば、CAFC判決の読み方を教わるのかも知れないが、そのような環境下になかった私は、判決を読むのにいつも苦労している。それでも読んでいく中で、多少は知識が得られたので、本稿ではそれをまとめてみた。

恵まれた教育環境に居ない方々のお役に少しでも立てれば幸いである。また、上記のように私はまともに知財および法学教育を受けていないので、誤りがあれば、ご指摘いただきたい。

管轄

CAFCは、特許(patent)に関する連邦地裁の終局判決(final decision)や中間命令・判決(interlocutory order or decree)に対する上訴事件について専属管轄権(exclusive jurisdiction)を持ち*3、また、米国特許商標庁の特許審判部(Patent Trial and Appeal Board; PTAB)の審決(decision)へ不服申立て事件の専属管轄権も持つ*4*5

CAFCでの「特許」以外の知的財産の取り扱いについても、簡単に触れておこう*6

米国におけるpatentには、日本における(知的財産としての)「特許」(utility patent)以外に、plant patentやdesign patentも含まれる*7ため、これらは上記の通り、CAFCが取り扱う。

(連邦)商標について、商標審判部(Trademark Trial and Appeal Board; TTAB)審決等へ不服申立てに関しては専属管轄権を持つ*8一方、商標権の侵害事件等についてはそうではない。著作権についても、CAFCは専属管轄権はない。

もっとも、商標・著作権に関しても、その他の知的財産(トレードドレスなど)に関しても、原審事件が特許を含むものであれば、上訴審裁判所たるCAFCはこれらを取り扱える。上訴審において特許が争点になっておらずとも同様である*9

さらに、CAFCは国際貿易委員会(International Trade Commission; ITC)の最終決定(final determination)に対する上訴事件についても専属管轄権を有する*10ため、ITC手続きにおいて現れた知的財産についても、CAFCが取り扱う。

事件名

連邦地裁からの上訴事件については、「(原審の)原告(plaintiff) v. 被告(defendant)」という事件名となる。すなわち、原則として原審事件名と変わらない*11

PTAB審決に対する上訴審の事件名は、以下に述べるようにやや複雑である。

拒絶不服審判請求(appeal)審決に対する上訴審は「In re: 出願人(=上訴人(appellant))」という事件名となる。

他方、IPR審決への上訴審の事件名は、「上訴人(appellant) v. 被上訴人(appelle)」となるのが通常である。例えばIPR審決で特許無効と判断された場合、「特許権者 v. IPR請求人(petitioner)」となる。しかし、特許権者の上訴後に、特許権者とIPR請求人との和解が成立した等でIPR請求人が訴訟から抜ける(withdraw)一方、USPTO(の長官(Director))が訴訟に参加する(intervene)ことがあり、この場合は「特許権者 v. 長官(の個人名)」が事件名となる*12 *13

ITC最終決定に対する上訴審については、「上訴人(appellant) v. ITC」との事件名である。

裁判体

事件は、通常3人*14の判事からなる合議体(panel)で審理される*15。合議体は常勤判事(active judge)のみから構成される場合だけではなく、上席判事(senior judge)が加わる場合もある*16。さらに、連邦地裁判事が加わることもある*17

このほか、大法廷(en banc)により審理されることもある。これについては項をあらためて記す。

En banc

判例統一の必要がある場合や特に重要な争点がある場合に、常勤判事の(原則として)全員による審理、すなわちen banc審理がなされる*18

en banc審理の多くは、一旦合議体による判決が出された後、訴訟当事者がen bancによる再審理請求(petition for rehearing en banc)を求め、常勤判事の過半数がその請求を認めた結果なされたものであるが、判事が自発的に(sua sponte)en banc審理を請求することもある*19。この場合も、常勤判事の過半数がその請求を認めて初めてen banc審理となる。

CAFC判例は、en banc判決でしか判例変更(overrule)できない*20

なお、事件における争点の全てではなく、一部のみがen bancにより審理されることもある*21

Precedential/Nonprecedential/Rule 36 Judgment

判決理由(opinion)や命令(order)は、先例性のあるもの(precedential)とないもの(nonprecedential)とに分けられる。precedentialかnonprecedentialかは合議体が判断し、precedentialとされた判決理由(および反対意見等)は他の判事に回付され、他の判事がコメントを出すことやen banc審理を請求することができる*22。また、判決公表後、何人(any person)もnonprecedentialと判断された判決意見をprecedentialに変更するように求めることが可能であり*23、実際に変更されたものもある*24

このほか、原審判決を維持(affirm)(=上訴棄却)するとの結論のみを示し、その理由を付さないRule 36 Judgmentというものも存在する*25

Opinion

通常、多数意見側(majiority)の判事の一人がauthoring judgeとして法廷意見を執筆し*26 *27、authoring judgeが誰かは公表される。

ただし、per curiam opinionの場合は、authoring judgeは示されない。なお、per curiam opinionは全会一致の意見とは限らない*28

また法廷意見のほか、判事署名入りの同意意見(concurring opinion)や反対意見(dissenting opinion)が付されることもある*29 *30

Standards of Review

CAFCは、原審での認定判断について、以下のような審理基準(standards of review)*31を持つ点で、法律審裁判所である。

CAFCでは、法律問題(question of law)については、原審の判断を一から改めて(de novo)審理される一方、事実問題(question of fact)については、原審で行なわれた事実認定(factual findings)がある程度尊重される。

すなわち、判事が行なった事実認定については“clearly erroneous”があった場合に限りCAFCで覆すことができ*32陪審が行なった事実認定については(“clearly erroneous”よりも厳しい)“substantial evidence”基準を満たして初めてCAFCで覆すことができる*33。また、PTABやITCが行なった事実認定も“substantial evidence”基準に基づき再審査される*34

Amicus Curiae

「裁判所の友」と訳されるamicus curiaeとは、訴訟当事者以外の第三者が訴訟に関与できる制度である*35 *36

全当事者の同意あるいは裁判所の許可があれば、第三者は訴訟初期に意見を提出でき*37、さらに裁判所の許可があれば、口頭弁論にも参加できる*38。なお、米国政府等は当事者の同意や裁判所の許可がなくとも意見を提出できる*39。また、裁判所が特定の第三者に意見を求めることもある*40

加えて、一旦判決が出た後に合議体またはen banc再審理すべきか否かについても、裁判所の許可があれば、第三者は意見を提出できる*41。こちらの場合も、米国政府等は裁判所の許可がなくとも意見を提出できる。

更新履歴

  • 2019-06-02 「Precedential/Nonprecedential/Rule 36 Judgment」までの未完成版の公表
  • 2019-06-09 さしあたり完成
  • 2019-08-02 誤記修正およびAthena Diagnostics, Inc. v. Mayo Collaborative Services, LLC (Fed. Cir. Jul. 3, 2019)の追記
  • 2019-08-13 表現上の若干の修正

*1:このように訳されるのが通常だが、必ずしも「控訴」のみを扱うわけではないため、「上訴」裁判所とするのが正確であろう。

*2:米国弁護士の多くは、United States Court of Appeals for the Federal Circuitのことを“Federal Circuit”と略すようであるが、本稿ではCAFCと略称する。

*3:28 U.S.C. §1295(a)(1)および28 U.S.C. §1292(a)(1) and (c)(1).

*4:28 U.S.C. §1295(a)(4)(A).

*5:もっとも、PTAB審決に対する不服申立てバージニア州東部地区連邦地裁(Pre-AIAではワシントン特別区連邦地裁)へも可能である(35 U.S.C. §145)[連邦地裁は事実審であるため、新たな証拠を提出できる点などに、CAFCではなく連邦地裁へ上訴する意義がある(“Section 145, by contrast, authorizes a more expansive challenge to the Board's decision and is generally more time consuming. For example, patent applicants can conduct discovery and introduce new evidence.” Nantkwest, Inc. v. Iancu, 898 F.3d 1177, 1180 (Fed. Cir. 2018).)。]。この場合も、地裁からの上訴審はCAFCは取り扱う。例えば、NantKwest, Inc. v. Lee, 2015-2095 (Fed. Cir. May. 3, 2017).

*6:なお、CAFCが扱うのは知的財産に限らない。例えば、退役軍人上訴裁判所(United States Court of Appeals for Veterans Claims)からの上訴についても専属管轄権を持つ(38 U.S.C. §7292)。

*7:35 U.S.C. chapters 15 and 16.

*8:28 U.S.C. §1295(a)(4)(A).

*9:“This court has exclusive jurisdiction over all appeals in actions involving patent claims, including where, as here, an appeal raises only non-patent issues. 28 U.S.C. §1295(a)(1).” Oracle Am., Inc. v. Google LLC, 886 F.3d 1179, 1190 (Fed. Cir. 2018).

*10:28 U.S.C. §1295(a)(6).

*11:これに対し、連邦最高裁での事件名は「裁量上告人(petitioner) v. 被上告人(respondent)」となる。

*12:例えば、PGS Geophysical AS v. Iancu, 891 F.3d 1354 (Fed. Cir. 2018).

*13:もっとも、この場合でも(IPR請求人が訴訟から抜けるタイミングによって(?))「In re: 特許権者」となることもある。例えば、In re Aqua Prods., Inc., 823 F.3d 1369 (Fed. Cir. 2016)。この事件は、en bancによる再審理では「Aqua Prods., Inc. v. Matal」(Joe Matalは当時の[暫定]USPTO長官)との名称になっている(Aqua Prods., Inc. v. Matal, 872 F.3d 1290 (Fed. Cir. 2017).)。

*14:規則上は奇数であれば良い。Federal Circuit Rule 47.2.

*15:なお、連邦最高裁から差戻された(remand)事件は、原則として同じ合議体により審理される。Internal Operating Procedures #10 ¶2(a).

*16:例えば、Novartis Pharm. Corp. v. West-Ward Pharm. Int'l Ltd., 2018-1434 (Fed. Cir. May. 13, 2019)では合議体3人のうち2人が上席判事である。

*17:例えば、In re Aqua Prods., Inc., 823 F.3d 1369 (Fed. Cir. 2016).

*18:Federal Rules of Appellate Procedure Rule 35(a).

*19:例えば、Lexmark Int'l, Inc. v. Impression Prods., Inc., 785 F.3d 565 (Fed. Cir. 2015)やNantKwest, Inc. v. Matal, 869 F.3d 1327 (Fed. Cir. 2017).

*20:Williamson v. Citrix Online, LLC, 792 F.3d 1339, 1347 n.3 (Fed. Cir. 2015).

*21:例えば、Williamson v. Citrix Online, LLC, 792 F.3d 1339 (Fed. Cir. 2015)はPart II.C.1.のみがen bancによるものであり、また、Click-To-Call Techs., LP v. Ingenio, Inc., 899 F.3d 1321 (Fed. Cir. 2018)ではfootnote 3のみがen bancによるものである。さらに、Akamai Techs., Inc. v. Limelight Networks, Inc., 797 F.3d 1020 (Fed. Cir. 2015)は、一部争点について合議体に差戻している。

*22:Internal Operating Procedures #10 ¶5.

*23:Federal Circuit Rule 32.1(e).

*24:例えば、In re Siny Corp., 2018-1077 (Fed. Cir. Apr. 10, 2019).

*25:Federal Circuit Rule 36.

*26:Internal Operating Procedures #8 ¶2.

*27:特殊な事案として、ある論点について多数意見が形成できず(authoring judge以外の2判事は、結論は一致するものの理由付けが異なる)、当該論点についてauthoring judgeが反対意見を述べているものもある:C.R. Bard, Inc. v. M3 Systems, Inc., 157 F.3d 1340, 1354 n.4 (Fed. Cir. 1998).

*28:むしろ、例えばCLS Bank International v. Alice Corp. Pty. Ltd., 717 F.3d 1269 (Fed. Cir. 2013)、Akamai Techs., Inc. v. Limelight Networks, Inc., 692 F.3d 1301 (Fed. Cir. 2012)のように、CAFCは判事間で意見が大きく割れたものをper curium opinionとしているように思われる。とくに前者は、システムクレームの特許適格性について、審理に参加した全10判事の判断が5対5の半々に割れ、多数意見を形成できなかった事案である。

*29:“Additional Reflections”なるものが付された事案もある:CLS Bank International v. Alice Corp. Pty. Ltd., 717 F.3d 1269, 1333 (Fed. Cir. 2013).

*30:ちなみに、en banc審理請求の拒絶(denial)について同意意見や反対意見が付記される場合もある。例えば:Athena Diagnostics, Inc. v. Mayo Collaborative Services, LLC (Fed. Cir. Jul. 3, 2019)やWesternGeco L.L.C. v. Ion Geophysical Corp., 621 Fed. Appx. 663 (Fed. Cir. 2015).

*31:詳細は、Kevin Casey et. al., Standards of Appellate Review in the Federal Circuit: substance and Semantics, 11 FED. CIR. Bar J. 279 (2002)参照。日本語で読める文献としては、小野康英「米国特許法の基本~事実問題及び法律問題~」(2017)がある。

*32:Federal Rules of Civil Procedure Rule 52(a)(6).

*33:Trs. of Bos. Univ. v. Everlight Elecs. Co. 896 F.3d 1357, 1361 (Fed. Cir. 2018).

*34:In re Warsaw Orthopedic, Inc., 832 F.3d 1327 (Fed. Cir. 2016), Converse, Inc. v. Int’l Trade Comm’n, 909 F.3d 1110, 1115 (Fed. Cir. 2018).

*35:正確には、そうした第三者をいう。複数形はamici curiaeである。

*36:歴史的な面も含めて、加藤範久「特許訴訟に「裁判所の友」は必要か」特技懇272号(2014)77頁が詳細に解説している。

*37:Federal Rules of Appellate Procedure Rule 29(a)(2).

*38:Federal Rules of Appellate Procedure Rule 29(a)(8).

*39:Federal Rules of Appellate Procedure Rule 29(a)(2).

*40:例えば、Lexmark Int'l, Inc. v. Impression Prods., Inc., 785 F.3d 565, 566 (Fed. Cir. 2015).

*41:Federal Rules of Appellate Procedure Rule 29(b)(2).