特許法の八衢

CAFC判決を読む ― Forum US, Inc. v. Flow Valve, LLC (Fed. Cir. 2019)を素材に ―

はじめに

2019年7月17日付のCAFC判決Forum US, Inc. v. Flow Valve, LLC の判例速報(Slip Opinion)をただただ読んで(見て)いく、という内容である。

以下、Slip Opinionの抜粋(黄色くマークアップしたのは引用者である)を見て、簡単な説明を加えていく。“Page”はSlip Opinionのページ数を指す。

誤りを見つけたら、ご指摘いただければ幸いである。

Page 1

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まず、precedentialな判決であることが分かる。nonprecedentialなものであれば、“United States Court of Appeals”と書かれている部分の上に“NOTE: This disposition is nonprecedential.”との記載があるからである。

次いで、Forum USとFlow Valveとの争いであること、さらに“Plaintiff-Appellee”, “Defendant-Appellant”と書かれていることから、Forum USが原審原告・被上訴人、Flow Valveが原審被告・上訴人であることが分かる。その下の“2018-1765”というのは、本事件の事件番号(case number)である。

その下には、本件がオクラホマ州東部地区連邦地裁の事件(事件番号:5:17-cv-00495-F)からの上訴審であると書かれている。

“Decided: June 17, 2019”は判決日を示している。

1ページ目には、さらに当事者の代理人に関する情報が続いている。

Page 2

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Reyna, Schall, Hughes判事が合議体を構成し、Reyna判事がこの判決を執筆した。反対意見について言及されていないので、全会一致であることも分かる。


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ここには、本判決の概要が書かれている。

Flow Valveが連邦地裁の“summary judgment”(“as a matter of law”との関係を含め後述)について上訴した。summary judgmentは、Reissue特許クレームが特許法(35 U.S.C [Title 35 of the United States Code])251条に従っておらず、特許無効との判断であった。そして、CAFCもこの地裁判断を維持(affirm)するというのが本判決の結論である。

ここからFlow Valveが(特許無効との判断に不服で上訴しているので)特許権者であろうことが分かるが、気になるのはFlow Valveが原審被告であったことだ。特許権侵害訴訟では、通常、特許権者が原告(の一人)だからである。


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ここからしばらく、本件で問題となったReissue特許の説明が続く。

先に予想したとおり、特許権者はFlow Valveであった。

ここで脚注が出てくる。CAFC(に限らないが)判決では脚注が多い。この脚注1は大した内容のものではないが、重要なものもあるため、CAFC判決を読む際には、脚注にも注意を払う必要がある。

id.”とは、ラテン語idemの略で、同じ文献(ここでは“Reissue patent”)の意である。なお、本判決では“Id.”との表記も出てくるが、両者に差はないと思われる。

Page 3

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このページも、特許の説明である。本来ならば特許公報を含めきちんと読むべきだが、ここでは、本件Reissue特許の発明の詳細な説明(written description)にも図面にも、“arbors”を備えている実施形態しか開示されていない点を確認するにとどめておく。

Page 4

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Reissue特許では、元の特許よりも権利範囲を広げ、“arbors”を備えるという限定のないクレームを追加したことが分かる。

Page 5

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Reissueで加わったClaim 14が引用されている。たしかに“arbors”の限定がない。

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先のページで特許の発明も終わり、ここから事件の経緯が述べられている。

原審原告のForum USが求めたのは、Reissue特許無効との確認判決(declaratory judgment)であった*1。だから、特許権者が原告に含まれていなかったのである。

そして、Forum USは“summary judgment”を求めている。summary judgmentとは、重要な事実問題に関する真の争点(genuine issue of material fact)がない場合、すなわち法律問題(matter of law)のみが争点の場合に、trialを経ずに下される判決である*2

最後の“J.A.”というのは、joint appendixの略である。joint appendixとは、訴訟に関連する書面や判決を集めた文書である*3。ここでは、joint appendixの101ページから115ページに上述した事件の経緯が書かれていることを示している。


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原審被告Flow ValveはTerry Iafrateという専門家の意見陳述(expert declaration)を提出したが、地裁は原告を支持するsummary judgmentを下した。Reissue特許クレーム発明が、詳細な説明や図面に明示的に(“explicitly and unequivocally”)示されていないというのがその論拠である。

Antares Pharma, Inc. v. Medac Pharma Inc., 771 F.3d 1354 (Fed. Cir. 2014)という判例が引かれている。CAFC判決では基本的にBluebook形式での引用がされているところ、Bluebook形式の読み方は色々なところで解説されているが、ここでも簡単に述べておく。“F.3d”はFederal Reporter, 3rd Seriesという判例集の略語であり、Federal Reporter, 3rd Seriesの771集1354ページから掲載されているFederal CircuitすなわちCAFCの2014年の判決という意味である。

上述したIafrate氏の意見陳述は、重要な事実問題に関する真の争点を生じさせない、と地裁は判断し、その結果、summary judgmentが下されたのである。


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この地裁判決に対し、被告Flow Valveは上訴した。CAFCは28 U.S.C.の1295条(a)(1)に基づく管轄権(jurisdiction)を有しているため、これを審理できることを示している。


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CAFCは、地裁がsummary judgmentを下したことが妥当だったかについて、(地裁の判断を考慮せず)一から改めて(de novo)審理すると述べ、根拠となる判例が引かれている。ここで1575というのは関連する記載のあるページである。

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根拠となるCAFC判決を挙げ、summary judgmentが適切に付与(grant)されたか否かを判断するにあたり、証拠をsummary judgmentを要求していない側にとって最も有利なように証拠を評価すると述べている。


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Reissue特許の新たなクレームが特許法251条に従っているか否かは、(de novoで審理される)法律問題(question of law)であるが、251条準拠についての法的結論(legal conclusion)には、基礎となる事実問題(question of fact)が含まれている。

原(original)特許とReissue特許とが同じ(same)発明に対するものか否かを判断することが必要となるが、法的文書(instruments)が、何を意味しているかではなく、何が現に記載されているかを理解するにあたり助けとなるよう、技術用語の意味を確かめるために専門家による証拠(expert evidence)を考慮することができる。

そして、Industrial Chemicalsという1942年の連邦最高裁判例が引かれている*4。“315 U.S. 668”の“U.S.”はUnited States Reportsという公式判例集を意味する*5


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本事案において、Reissue特許の新しいクレームが“original patent requirement”を満たしていないと判断する、というのが合議体の結論である。

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ここから、「拡大Reissueクレームに対しては、その発明が明細書に示唆されている(suggested or indicated)だけでは不十分である」というのが確立した規範であることが書かれている。

まず、Industrial Chemicals連邦最高裁判決では、1934年特許法64条*6の解釈として、この規範が述べられた。“same invention requirement”と知られるこの規範は、(その後)法典化された*7


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そして、1952年の法改正*8に際し、法文が“the same invention”から“the original patent”に変更された*9が、“same invention requirement”に変更はない、と本CAFC判決は述べる。


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ここでは、先ほどと同じことが表現を変えて、次のように述べられている:Reissueによって保護されるものが原特許により保護が意図されていたものであることが、法的文書の明示的記載(face)から明らかでなければならない、と。

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本事案にIndustrial Chemicals判決およびAntares判決で定立された規範を本事案に適用し、CAFC合議体は本Reissueクレームを無効と判断している。


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特許権者Flow Valveは、(Reissueクレームの対象である)“arbors”のない実施形態が原特許の文面に開示されていないことは争っておらず、その代わり、当業者であれば、明細書から“arbors”が付加的な要素であることは理解できると主張している。ここで、“Appellant Br.”とは、Appellant Brief、すなわち上訴人=特許権者Flow Valveの出した書面のことである。

この主張を支持するものとしてFlow ValveはIafrate氏の意見陳述を提出したが、これは重要な事実問題に関する真の争点を生じさせないと(地裁と同様)CAFC合議体も判断した。

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たとえ当業者が(明細書から)Reissueクレームを把握できても、Industrial ChemicalsおよびAntaresの規範を満たすには不十分である、と本判決は述べる。


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最後に、In re AmosというCAFC判決が、本判決と矛盾しないことが述べられている*10。In re Amosは、地裁のsummary judgmentでも言及されていたもので、拡大Reissue出願を拒絶したUSPTO審決を覆した判決である。

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結論が書かれている。これまで見てきたことから明らかなように、原審維持である。


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最後に訴訟費用負担について言及がある。Federal Rules of Appellate Procedure Rule 39には費用負担のデフォルトルールが規定されているが、裁判所が裁量でこのルールを変更可能である。本判決では、訴訟当事者各人が自身の費用を負担すべき旨が記されている。

本判決についての所感

米国におけるReissueは、特許権利化の後に、権利範囲(クレーム)を減縮のみならず拡大(減縮以外の変更)も可能という点で、世界的に見て特異なものである。

もっとも、クレームを自由に拡大できるという訳ではない。まず原特許付与から2年以内のReissue特許出願に限られるという時期的制限があり*11、さらにRecaptureに該当しないという内容的制限もある*12

そして本判決は、これら条件に加え、拡大後のクレーム内容が原特許(の明細書・図面)に明示的に現れていなければならないと説く。これは審査過程のクレーム補正要件とは異なる(厳しい)ものである*13

問題は、「原特許にどこまで記載されていれば、原特許に明示的に現れていると言えるのか」という点だが、これは本判決も引用するIn re AmosやRevolution Eyewear v. Aspex Eyewear, Inc.の事案が参考になるのであろう。

いずれにせよ、Reissueによりクレームを拡大しようとする(あるいは拡大させた)特許権者にとっては、やっかいな判例である。

更新履歴

  • 2019-07-15 とりあえず公開
  • 2019-08-04 「本判決についての所感」の追加および微修正
  • 2021-02-13 誤記修正

*1:このような訴訟提起に至った経緯は、原審の訴状(complaint)に記載されている。

*2:似たものに、iudgment as a matter of law (JMOL)があるが、こちらはtrial中に下されるものである。

*3:上訴人が提出するものであるが、その内容につき、原則として訴訟両当事者の合意が必要がある。なお、joint appendixのことが規定されているFederal Rules of Appellate Procedure Rule 30では、単に“appendix”と称されている。

*4:なお、本CAFC判決文では「consider expert “evidence」と書かれているが、「consider “expert evidence」の誤記であろう。

*5:古いものは議会図書館Webページから、新しいものは連邦最高裁Webページから、入手可能である。

*6:“[T]he commissioner shall, on the surrender of such patent and the payment of the duty required by law, cause a patent for the same invention, and in accordance with the corrected specification, to be reissued to the patentee or to his assigns or legal representatives, for the unexpired part of the term of the original patent.”https://www.loc.gov/item/uscode1934-001035002/

*7:判決では1870年法を挙げているが、1836年法で既に“same invention”との語が使われている。

*8:Reissueに関する規定は、251条及び252条に移動した。https://www.loc.gov/item/uscode1952-004035025/

*9:“[T]he Commissioner shall, on the surrender of such patent and the payment of the fee required by law, reissue the patent for the invention disclosed in the original patent, and in accordance with a new and amended application, for the unexpired part of the term of the original patent.”

*10:さらに、脚注2で、(このIn re Amosを引用する)Revolution Eyewear v. Aspex Eyewear, Inc. 563 F.3d 1358 (Fed. Cir. 2009)にも言及している。

*11:特許法251条(d)。もっとも、In re Staats, 671 F.3d 1350 (Fed. Cir. 2012).

*12:例えば、MBO Laboratories, Inc. v. Becton, Dickinson & Co. 602 F.3d 1306 (Fed. Cir. 2010).

*13:本判決が(拡大Reissueの有効性が問題となった)Industrial Chemicals連邦最高裁判決等を根拠としているため、本判決の射程は、審査過程におけるクレーム補正や、権利範囲を縮小するReissueには及ばないと思われる。