特許法の八衢

最高裁は効果の独立要件説を採ったのか?

はじめに

最三小判令和元年8月27日(平成30年(行ヒ)第69号)において、最高裁は、進歩性判断での発明の効果の取り扱いにつき(「二次的考慮説」ではなく)「独立要件説」を採ったという見解がある*1 *2

しかし、私には、最高裁が独立要件説を採ったとは感じられなかったため、以下に愚考を記す次第である*3

なお、用語は、基本的に、本最高裁判決に従った。

「進歩性」との用語

まず、本最高裁判決では、「(非)容易想到性」といった語ではなく、「進歩性」という語を用いているから、独立要件説と親和性が高いとの見解がある*4

しかしながら、最高裁はこれまで幾度か「進歩性」という用語を使っており*5、本最高裁判決も単にそれを踏襲したものと見るべきであろう。

破棄理由

原審(知財高判平成29年11月21日(平成29年(行ケ)第10003号)) の判断枠組みは、【効果顕著性がなければ審決を取り消せる】であり*6、【効果顕著性がなければ審決を取り消せる一方、効果顕著性があれば審決が維持される】というものではない。

そして、最高裁は、「原審は,結局のところ,……本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として,本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに,本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消したものとみるほかなく,このような原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。」(本最高裁判決PDF版6頁;下線略[以下同])と判断して原審判決を破棄しているに止まる。

ここから、最高裁は、原審の判断枠組みを前提とした上で、ただ、【効果顕著性がなければ】という条件の充足性に対する原審の判断手法について違法性を見たに過ぎないことが分かる。

最高裁が差戻審へ求める審理

さらに、最高裁が「本件各発明についての予測できない顕著な効果の有無につき更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。」(本最高裁判決PDF版6頁;強調引用者[以下同])と述べていることから、効果顕著性があっても進歩性が否定できるという余地を残しているとも解釈できるのではないか。効果顕著性の有無ですべてが決するのならば、「等」を付ける意義はないからである。

「本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として」

ところで、本最高裁判決の「本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として」(本最高裁判決PDF版6頁)との表現は何を意味するのだろうか。一見すると、独立要件説に親和的なようにも思われる。容易想到な構成であっても、効果顕著性がありさえすれば進歩性が認められることを示唆している感があるためである。

しかし、これは、原審判決の「本件発明1の効果は,当業者において,引用発明1及び引用発明2から容易に想到する本件発明1の構成を前提として,予測し難い顕著なものであるということはできず,本件審決における本件発明1の効果に係る判断には誤りがある。」(原審判決書PDF版31頁),「引用発明1及び引用発明2から容易に想到する本件発明2の構成を前提として,予測し難い顕著なものであるということはできないことから,本件審決における本件発明2の効果に係る判断にも誤りがある。」(原審判決書PDF版31-32頁)との原審判決の結論に直結する理由付け(最高裁が今般破棄すべき部分)を受けた表現にすぎない*7

この原審の判示が意味するところは、私には不明であるが、原審が「発明の容易想到性は,主引用発明に副引用発明を適用する動機付けや阻害要因の有無のほか,当該発明における予測し難い顕著な効果の有無等も考慮して判断されるべきものである。」(原審判決書PDF版27-28頁)と二次的考慮説に近い立場を示していることからして、独立要件説を示すものとは考えがたい。効果顕著性の判断は発明の構成が基準となるという最高裁と同様の考え方を原審が述べているのかも知れない。

結論

以上述べたように、私には、最高裁が独立要件説を採ったという根拠を見出すことはできなかった。独立要件説か二次的考慮説かという問題は、いまだ解決していないと考える。

更新履歴

2019-08-31 公開
2019-09-01 引用文献表記の微修正
2019-09-26 注釈1への追記

*1:例えば、高石秀樹弁護士のTweet。[2019-09-26追記:その後公開された、高石弁護士の本件最判判批では、「進歩性判断における「予測できない顕著な効果」の位置付けとの関係は、①の考え方は“従属要件説”(=「二次的考慮説」、「間接事実説」、「評価障害事実説」)、②の考え方は“独立要件説”に対応するものである。本最高裁判決及び原判決が進歩性を判断した審決取消訴訟の判決の拘束力の範囲について上記①・②の何れの考え方に立脚したかについては諸説あり得るが、……理論的・形式的には、上記②の考え方に親和的であり、進歩性判断における「予測できない顕著な効果」の位置付けについては“独立要件説”に親和的であったと評価できる。」としつつも、「もっとも、本最高裁判決及び原判決は、上記①・②の何れの考え方に立脚するかという点を棚上げにしたものとも理解可能である。」とも述べられている。]

*2:「独立要件説」と「二次的考慮説」との対立については、例えば、田村善之「『進歩性』(非容易推考性)要件の意義:顕著な効果の取扱い」パテント69巻5号(別冊15号)(2016)1頁以下参照。

*3:結論において、想特一三「予測できない顕著な効果を否定できない限り進歩性を否定することはできないのか(「アレルギー性眼疾患」事件最高裁判決,平成30(行ヒ)69,令和元年8月27日判決)」『そーとく日記』と同。

*4:岩永利彦「最高裁平成30(行ヒ)69号(令和元年8月27日判決)」『理系弁護土の何でもノート』

*5:例えば、最二小判平成3年3月8日(昭和62年(行ツ)第3号)には「特許法二九条一項及び二項所定の特許要件、すなわち、特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては」との判示がある。

*6:原審が(少なくとも本件発明1については)前訴判決の拘束力を理由に本件審決を取り消すことも可能であったのに、そうはしないで、効果顕著性を判断して審決を取り消した理由は不明である。この点につき、興津征雄「特許審決取消判決の拘束力の範囲」知的財産法政策学研究53号(2019)245頁注71は、「裁判所として、当該紛争を解決するために、その判断を示すことが必要だ(そうしなければこの論点[引用者注:効果顕著性]が再び審判で蒸し返される懸念がある)と考えたためではないか」と述べる。もしその通りであったのならば、本件最高裁判決は非常に皮肉な結果である。

*7:なお、原審判決では「本件発明1の構成」「本件発明2の構成」となっている部分が、最高裁判決では「本件各発明に係る用途に適用すること」となっている点については、本件発明2の発明特定事項として「ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出を66.7%以上阻害する」という(顕著性の有無を判断すべき)効果そのものが含まれていることを最高裁が考慮したためだと思われる。