特許法の八衢

棋譜の「限定提供データ」相当蓄積性の充足性

はじめに

棋譜は不正競争防止法上の「限定提供データ」として保護できるかも知れない、との伊藤雅浩弁護士のTweetに触発され、棋譜と「相当蓄積性」(後述)との関係について思い浮かんだことを、以下に記す。

ただし私は、不正競争防止法はもちろん、将棋についてもルールすら覚束ない程度の素人なので、大外れの検討をしている可能性大である。

対象とするデータ

本稿では、将棋「1局分」の棋譜データを検討対象とする。初手から終局までの1手1手の情報(「2六歩」等。1手にかかった時間等も含めてもよい)で構成され、通常は100手ほどの情報が含まれるデータである。

ここで、複数局の情報が集まった棋譜データベースは対象としていないことに留意されたい。こうした棋譜データベースが「限定提供データ」として認められたとしても、そこから1局分の棋譜データを取得等することは(1局分の棋譜データ自体も「限定提供データ」と認められなければ)原則として不正競争行為とはならない*1

相当蓄積性

不正競争防止法が「限定提供データ」に要求するものの一つに、「電磁的方法(……)により相当量蓄積され」ていること(相当蓄積性)がある(2条7項)。

相当蓄積性について、立案担当者解説は「「相当量」は、個々のデータの性質に応じて判断されることとなるが、社会通念上、電磁的方法により蓄積されることによって価値を有するものが該当する。その判断に当たっては、当該データが電磁的方法により蓄積されることで生み出される付加価値、利活用の可能性、取引価格、収集・解析に当たって投じられた労力・時間・費用等が勘案されるものと考えられる。」と述べる*2棋譜における「個々のデータ」とは、1手1手の情報となろう。

以下、各考慮要素について見ていく。

電磁的方法により蓄積されることで生み出される付加価値、利活用の可能性

まず、手の情報が1局分「電磁的方法により蓄積されることで生み出される付加価値、利活用の可能性」の有無について検討する。

1局分の手の情報が集まることで、当該1局の勝敗に至る道筋が把握でき、それを分析(利活用)することによって、どのような局面でどのような手を指せば勝利に繋がるのか理解できる可能性があるため、「蓄積されることで生み出される付加価値、利活用の可能性」は有ると言える。

もっとも、それを「電磁的方法により蓄積されることで生み出される付加価値、利活用の可能性」が有ると言ってよいのか疑問が残る。「電磁的方法による蓄積、管理による付加価値がいまだ生み出されていないような規模に止まる場合(e.g. 合理的な範囲内の手作業でも到達しうる量の場合)には「相当量」とはいえないと解することになろう。」との見解*3、すなわち情報が「電磁的方法により蓄積されることで」初めてもたらされる付加価値等を要求する見解もあるところ、1局分の手数は、まさに手作業で到達した量であるからである*4

取引価格

「取引価格」については、例えば月額500円ほどで15年分以上の名人戦七番勝負・順位戦の対局の棋譜が全て閲覧できるので、棋譜の取引価格は非常に低廉ということになろう。

収集・解析に当たって投じられた労力・時間・費用

1手1手の情報の「収集・解析」自体については、棋士が何の駒を盤上のどこに置いたかを順次記録していけばよいので、「労力」「費用」はほとんど要していない。「収集・解析」の「時間」も、対局時間(長くて2日間)に止まり、大きなものとは言えまい。

もっとも、1手1手が生み出されるには、棋士の膨大な「労力・時間・費用」が投じられている。相当蓄積性の考慮要素として、こうした個々のデータを生成するに要したコストを加えてよいのか否かは論点となろう。

さしあたりの結論

以上を勘案すると、棋譜が相当蓄積性を満たすとは必ずしも言い切れないように思われる。

追記(2019-09-16 7:55)

上記をアップロード後に、伊藤雅浩弁護士が「棋譜データは「限定提供データ」として保護されるか」というブログ記事を投稿された。

そこでは、「「相当蓄積性」も問題になるが,連盟モバイルアプリや順位戦中継サイトの場合は,過去の一定期間に中継された棋譜が閲覧可能になっていることから,「蓄積されることによって価値を有する」といえるから,相当蓄積性も満たすといえると思われる。」と述べられている。

私の読解力不足ゆえ、論理がうまく読み取れなかったのだが、次のいずれかを仰っているのだろうか:

  1. 収集(対局)から一定期間を経た、ある1局の棋譜がいまだ閲覧可能になっているとなっていることは、当該1局の棋譜が一定期間蓄積されると(蓄積されても)価値があることを示しており、「相当蓄積性」を満たす
  2. 一定期間分の対局数の棋譜が閲覧可能となっていることは、棋譜が複数局分蓄積されることに価値があることを示しており、「相当蓄積性」を満たす

まず1については、蓄積される時間(期間)に着目した論理だと考えられるが、「相当蓄積性」は(「相当蓄積され」という条文文言から明らかなように)「量」に関する要件であるため、相当蓄積性の充足を判断する論理として成立しないように思われる。

また2は、「量」に着目しているが、棋譜の量(数)に着目しているところ、「相当蓄積性」の判断で着目すべきは(限定提供データに該当するか否かの判断対象である、棋譜そのものの量ではなく)棋譜を構成する個々のデータ(すなわち「手」のデータ)の量であるため*5 *6、こちらも相当蓄積性充足の判断論理として成り立たないように思われる。
2019-09-16 22:04 上記取り消し線を追加。
(伊藤先生と私とでは、「相当蓄積性」充足性の判断対象とするデータセットが異なっていたようです。詳細は、伊藤先生の上記ブログ記事に私が書き込んだ、2つ目のコメントを参照ください。)

*1:経済産業省 知的財産政策室編『逐条解説 不正競争防止法 令和元年7月1日施行版』PDF444頁

*2:経済産業省 知的財産政策室編・前掲PDF59頁

*3:田村善之「限定提供データの不正利用行為に対する規制の新設について―平成30年不正競争防止法改正の検討」高林龍・三村量一・上野達弘編『年報知的財産法2018-2019』(日本評論社,2018)34頁

*4:1手1手の情報が「電磁的方法により」1局分蓄積されることにより、コンピュータで解析しやすくなるといったメリットはあろうが、それは(どんな[量の]情報でも共通する)電子化のメリットであるため、相当蓄積性の判断において考慮し得ないように思われる。

*5:このように、「相当量蓄積され」は「限定提供データを構成する(個々の)データが相当量蓄積され」と解さないと、「全国エリアの携帯電話の位置情報」データセットといった典型的なビッグデータが相当蓄積性を満たさなくなる。そのようなデータセットは1つしか存在しないためである。

*6:蛇足ながら、「限定提供データ」ではなく「限定提供データセット」といった名称が適切だったように思う。