特許法の八衢

続・最高裁は効果の独立要件説を採ったのか?

はじめに

飯島歩弁護士の「進歩性判断における予測できない顕著な効果の位置付けに関するドキセピン誘導体含有局所的眼科用処方物事件最高裁判決について」という論考(以下、飯島最判判批と称する)が公表された。そこでは次のように、本最高裁判決(最三小判令和元年8月27日(平成30年(行ヒ)第69号))が効果の独立要件説(あるいはそれに近い考え方)を採用したものと言えると述べている:

本件においては、前訴の取消判決により、発明の構成が容易に想到可能なものであることについて、拘束力が生じていました。本判決は、そのような状況にあっても、なお、予測できない顕著な効果について審理を尽くさせるとの判断をしています。これは、構成の容易想到性について判断を示した取消判決の拘束力が顕著な効果の判断には及ばないことを前提としています。


また、上述のとおり、原判決は、「引用例1及び引用例2に接した当業者は引用発明1に係る化合物をヒト結膜肥満細胞安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができた」という事実から、本件化合物が「ヒスタミン遊離抑制作用を有すること」が予測の範囲内であるとの認定を行っているものの、その効果の程度が当業者の予測の範囲を超えるかどうかを判断するに際しては、他の公知化合物との対比による判断をしており、本件発明の構成からの予測可能性について判断をしていません。本判決は、この点において原判決が法令の解釈適用を誤ったものと判示しています。


これらの判示事項は、進歩性判断において、顕著な効果を構成の容易想到性とは別個の要件に位置付け、明細書に記載された効果をもとに、引用発明を組み合わせるなどして導かれる発明を基礎として効果の予測可能性を判断する独立要件説ないしそれに近い考え方を採用したものといえます。

すなわち、前訴判決(知財高判平成26年7月30日(平成25年(行ケ)第10058号))の拘束力の観点、および、効果顕著性判断における比較対象の観点から、最高裁が独立要件説(あるいはそれに近い考え方)を採ったと判断している。

この2つの観点について、(インターネット上のゴミを増やすだけかも知れないが)素人のざっぱくな感想を述べたい。以下、便宜的に「効果顕著性判断における比較対象」「前訴判決の拘束力」の順に記す。

効果顕著性判断における比較対象

効果顕著性判断における比較対象につき、飯島最判判批には次の説明がある(強調は引用者;以下同):

具体的な進歩性判断に際し、二次的考慮説は、顕著な効果を発明の構成の容易想到性を判断する上での考慮要素とするため、広く従来技術を参酌して、その効果を予測できたかを考慮することになります。


他方、独立要件説は、顕著な効果それ自体が進歩性を支える独立の要件と位置付けるため、明細書に記載された効果をもとに、引用発明を組み合わせるなどして導かれる発明を基礎に、当業者が顕著な効果を予測することができたか、という判断をします。

これは、清水節「知財高判平成24年11月13日(平成24年(行ケ)第10004号)判批」小泉直樹=田村善之編『特許判例百選〔第5版〕』(有斐閣,2019)141頁と同様の見解である*1

最高裁判決は「本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく」[原審が判断したことには、法令の解釈適用を誤った違法がある ](本最高裁判決PDF版6頁)と述べているため、上記見解を採ると、たしかに最高裁は独立要件説を採っているように見える。

もっとも、前田健「進歩性判断における「効果」の意義」L&T82号(2019)42頁には、以下のように、効果顕著性の比較対象につき上記見解とはほぼ正反対のものが述べられている:

予測できない顕著な効果を、請求項に係る発明と、出願時の技術水準における同種の発明の効果との比較で捉える理解がある。これは、技術水準を比較対象とする説といえる。……。この考え方も効果を構成と独立に捉える独立要件説を前提に、効果の容易想到性とは技術水準から予測可能な範囲を超えていないことであると理解するならば、説明は可能である。


……予測できない顕著な効果を、請求項に係る発明の構成が現に奏する効果と、その構成が奏するであろうと予測された範囲とを比較する考え方がある。これは請求項に係る構成から予測される範囲を比較対象とする説である。……。このような考え方は、二次的考慮説から最も説明しやすい。効果を構成の容易想到性の問題に一元化して捉える場合、その構成のものとして予測される範囲を超えていることは、結局、その構成を採用して当該効果が得られるという見込みがなかったことを意味し、そのような場合には、その構成を実際に採用しようとしたであろうとはいえないからである。

このように、独立要件説(あるいは二次的考慮説)を採る際の効果顕著性判断の比較対象は、論者によって違いがある*2ため、何を比較対象として効果顕著性を判断するかという点のみから、独立要件説(あるいは二次的考慮説)を採っているか否かを判断することは困難だと思われる*3

前訴判決の拘束力

前述のとおり、飯島最判判批は「前訴の取消判決により、発明の構成が容易に想到可能なものであることについて、拘束力が生じていました。本判決は、そのような状況にあっても、なお、予測できない顕著な効果について審理を尽くさせるとの判断をしています。これは、構成の容易想到性について判断を示した取消判決の拘束力が顕著な効果の判断には及ばないことを前提としています。」と論じている。

まず確認しておきたいことは、前訴判決の拘束力について、本最高裁判決は何ら言及していないということである*4。これは、原審判決(知財高判平成29年11月21日(平成29年(行ケ)第10003号))が、(あのような「付言」を述べながらも)結局は、効果顕著性を判断した上で結論を導いていることから、当然のことかも知れない*5

このことについて、【原審は前訴判決の拘束力を構成想到容易性までの範囲と考えており、さらに、これを最高裁が是認した】と理解することも可能かも知れない。とは言え、まず、原審が前訴判決の拘束力をどのように考えていたかは、明確ではない*6 *7。さらに、原審の特定の判断について最高裁が言及していないからといって、当該判断を最高裁が是認したとまでは言いがたいように感じる。

もちろん、最高裁は、効果顕著性の判断手法について、「法令の解釈に関する重要な事項」(民事訴訟法318条1項)と捉えたからこそ、上告受理したのであろう。ここで、独立要件説であっても二次的考慮説であっても、特許法29条2項要件の(非)充足性判断において、効果顕著性が重要な考慮要素であることに変わりはない。さすれば、最高裁が【前訴判決の拘束力については判断せず、独立要件説および二次的考慮説のいずれの立場を採るかはブランクのまま、さしあたり、効果顕著性については(原審の採用した)誤った判断手法を是正し(効果顕著性の判断手法を統一し)ようとした】と理解することも十分にできるのではないか。

更新履歴

2019-09-23 公開

*1:早田尚貴「審決取消訴訟における無効理由と進歩性」牧野利秋ほか編『知的財産法の理論と実務(2)』(2007,新日本法規出版)422-423頁も同旨。

*2:田村善之「特許法における創作物アプローチとパブリック・ドメイン・アプローチの相剋」パテント72巻9号(2019)10-11頁注17も参照。

*3:なお、明細書へ顕著な効果の記載が求められるか否かについても、同様だと思われる。清水節・前掲141頁参照。

*4:最高裁は「2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。……。知的財産高等裁判所は,平成26年7月,引用例1及び引用例2に接した当業者は,引用発明1をヒトにおけるアレルギー性眼疾患の点眼剤として適用することを試みる際に,引用発明1に係る化合物についてヒト結膜肥満細胞安定化作用を有することを確認し,ヒト結膜肥満細胞安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められるから,前審決の上記の判断は誤りであるとして,前審決を取り消す旨の判決(以下「前訴判決」という。)を言い渡し,前訴判決は確定した。」(本件最高裁判決PDF版2頁)とは述べているが、これは、原審判決の認定事実をそのまま述べているに過ぎない。原審判決(知財高判平成29年11月21日(平成29年(行ケ)第10003号))PDF版8頁参照。

*5:もっとも、「上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)」(本最高裁判決PDF1頁)と書かれていることから、上告受理申立ての理由には前訴判決の拘束力についても挙げられていた可能性は大いにある。玉井克哉「原審判決判批」自治研究94巻6号(2018)136頁以下(とくに142頁以下)参照。

*6:興津征雄「特許審決取消判決の拘束力の範囲」知的財産法政策学研究53号(2019)245頁注71,想特一三「玉井克哉先生の「アレルギー性眼疾患治療薬事件」評釈 自治研究 94(6) 136-150 (2018)(平成29年(行ケ)10003)」(とくに「3-3」および「3-4」)

*7:加えて、飯島弁護士自身も、飯島歩「審決を取り消す判決の進歩性判断に関する理由中の判断の拘束力」知財管理68巻9号(2018)1282頁では「本判決[引用者注:前訴判決]の拘束力は,容易性を基礎づけまたは否定する個々の事実ではなく,「容易に想到することができた」との最終的認定判断に生じることとなる。したがって,この判決のもと,当事者が顕著な効果を主張することも,特許庁がこれを審理し,容易想到性を否定することも,拘束力に反し違法であったと解される」と、今回の飯島最判判批の「前訴の取消判決により、発明の構成が容易に想到可能なものであることについて、拘束力が生じていました」とは異なる見解を述べている。