特許法の八衢

大阪地判平成30年11月29日(平成28年(ワ)第5345号)[美容器]に関する備忘録

2020-03-23追記:本件の控訴審判決について、次の記事を作成しました。
patent-law.hatenablog.com追記ここまで。

はじめに

大阪地判平成30年11月29日(平成28年(ワ)第5345号)の控訴事件が知財高裁大合議事件に指定された*1

大合議事件とされた理由は、特許法102条1項に基づく損害賠償額の算定方法に由来するものだと思われるため、以下、大阪地判平成30年11月29日(原審判決)がどのような算定を行なったかを備忘録として記しておく。

ここで、原審判決文の引用はすべて、裁判所Webページに掲載されたPDFファイルに基づくものである。また、強調は引用者が付加した。

なお、現行特許法102条1項は以下の通りである:

特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、その譲渡した物の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に、特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。

原審判決における損害額算定方法

特許法102条1項に基づく損害額の推定
ア 原告製品の単位数量当たりの利益
……
イ 原告の実施能力
前記……とおり,原告は,月約●(省略)●個から約●(省略)●個の範囲内で原告製品を販売しているから,月約1万7600個の被告製品の譲渡数量が原告製品に上乗せされたとしても,これを実施する能力を有していたと認めるのが相当である。

特許権者又は専用実施権者の実施の能力」を認定判断している部分であり、特に議論はないであろう。

ウ 控除すべき費用について
原告の損害の算定の基礎となる原告製品の「単位数量当たりの利益の額」とは,被告による原告の本件特許2の侵害行為がなければ原告において追加的に販売することができたはずの原告製品の数量(同期間における被告製品の譲渡数量)の売上高から,当該数量の原告製品を追加して販売するために追加的に必要であったはずの費用を控除した額を当該数量で除したものであり,控除すべき費用は,原告製品を当該数量分増産及び販売するために必要となる費用(変動費及び原告製品のために必要となる個別固定費)と考えられる。

いわゆる限界利益説である。通説であり、多くの裁判例もこの説を採っている*2

エ 寄与率について
本件発明2は,美容器に関するものではあっても,美容効果を生じさせるローラの性質や構造等に関するものではなく,ローラを回転可能に支持するところの軸受に関するものである。
被告は,軸受部分が製造原価に占める割合は1.12%程度であり,これをもって本件発明2の寄与率とし,その限度で損害を算定すべきであると主張する。
この点,特許の技術が製品の一部に用いられている場合,あるいは多数の特許技術が一個の製品に用いられている場合であっても,製品が発明の技術的範囲に属するものと認められる限り,一個の特許に基づいて,製品全体の販売等を差し止める事はできるが,製品全体の販売による利益を算定の根拠とした場合,本来認められるべき範囲を超える金額が算定されかねないことから,当該特許が製品の販売に寄与する度合い(寄与率)を適切に考慮して,損害賠償の範囲を適切に画する必要がある。

上記のような「寄与率」をどのように位置づけるかについて、3つの見解がある*3特許法102条1項の本文の「単位数量当たりの利益の額」と考慮する見解(本文説)、同項但書の「特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情」と考慮する見解(但書説*4)、および、同項但書外の民法709条における相当因果関係の更なる覆滅事由と考慮する見解(民法709条説)である。

加えて、「寄与率」という概念を用いることは適切ではないという見解も存在する*5

このように「寄与率」については論点があるため、知財高裁は「寄与率」に関する判断統一を目的として、本件を大合議事件としたのではないかと思われる。

本件発明2は,美容器のローラの軸受に関するものであるところ,寄与率は,上記のとおり,特許が製品の販売に寄与するところを考慮するものであるから,製品全体に占める軸受部分の原価の割合や,軸受部分の価格それ自体によって機械的に画されるものではなく,軸受がローラを円滑に回転し得るよう保持していることは,製品全体の中で一定の意義を有しているというべきであるが,軸受は,美容器の一部分であり,需要者の目に入るものではないし,被告が本件訴訟提起後に設計変更しているとおり,ローラが円滑に回転し得るよう支持する軸受の代替技術は存したと解されるから,本件発明2の技術の利用が被告製品の販売に寄与した度合いは高くなく,上記事情を総合すると,その寄与率は10%と認めるのが相当である。

上記「寄与率」を認定判断している。本件発明2の(特許請求の範囲の)末尾は「美容器」であるが、発明の実質を見て「本件発明2は,美容器のローラの軸受に関するもの」と判断したのであろう。

オ 「販売することができないとする事情」について
前記エは,発明それ自体の性質から,製品の販売に寄与する度合いを考えたものであるが,これとは別に,本件特許2の効力により被告製品が販売されなかった場合に,本来であれば原告において同数の原告製品を販売できたと推定すべきところ,これを覆すべき事情が存するかを検討する必要がある。

上記から、原審判決は、「寄与率」を「販売することができないとする事情」とは分けて考慮したこと(但書説を採っていないこと)が明らかになった。

前記認定した通り,原告製品は百貨店等で2万円以上の価格で販売され,微弱電流を発生する機能を有する高価品,高級品に位置づけられるのに対し,被告製品はディスカウントストア等で販売され,微弱電流を生ずる機能のない廉価品である。
そうすると,本来原告製品の購入を希望していた需要者が被告製品を見て,類似した機能を有する製品を安く入手できるとしてこれを購入したような場合は,被告製品の販売がなければ,その需要が原告製品に向かう可能性はあるものの,高級品に位置付けられ,マイクロカレント等の特徴的な機能を有する原告製品とは異なり,ディスカウントストア等で販売され,前記機能を有しない廉価品であることを認識した上で被告製品を購入したような場合は,被告製品の販売がなかったとしても,その需要が原告製品に向かう可能性は低いと考えられる。
以上の点,特に原告製品と被告製品との価格の違いが大きいことを考慮すると,被告製品の譲渡数量のうち5割について,原告には販売することができない事情があったとするのが相当である。

「販売することができないとする事情」の具体的な認定判断を示している。

カ 損害額の算定
上記アないしオで検討したところによれば,特許法102条1項による原告の損害額は,被告製品の譲渡数量35万1724個のうち,5割については販売することができないとする事情があるから控除し,これに原告製品の単位数量当たりの利益額●(省略)●円及び本件特許2の寄与率10%を乗じることで,●(省略)●円となる。

「単位数量当たりの利益額」に続けて、かつ、数式の最後に、「寄与率」を乗じている。これが、本文説を採ったことを意味するのか、そうではなく民法709条説を採ったことを意味するのかは、不分明である。

その他

上記のとおり、大合議事件とされた理由は損害賠償額の算定方法(とくに寄与率に関する部分)だと思われるが、原審判決にはこれ以外にも少し気になる部分があるため、蛇足であるが、簡単に述べる。

被告は,被告製品の軸受の構造を変更したとするが,本件訴訟において,設計変更前の被告製品の構成要件充足性を争い,本件特許2の無効も主張しているので,被告製品の製造,販売等をするおそれはあると言うべきものであるから,なお差止めの必要は認められ,被告製品の廃棄についても同様である。

原審判決はこのように述べているが、「設計変更前の被告製品の構成要件充足性を争い,本件特許2の無効も主張している」のは(過去分の)損害賠償請求を免れるためであろうから、この理由のみで差止め等を認めるのには違和感をもった。とくに裁判所は(上記の寄与率の認定判断部分において)「被告が本件訴訟提起後に設計変更しているとおり,ローラが円滑に回転し得るよう支持する軸受の代替技術は存したと解される」と述べており、設計変更後の被告製品は本件発明2の技術的範囲に属さないと裁判所も認めていると考えられるため、なおさらである。

更新履歴

2019-12-15 公開
2019-12-16 誤記修正

*1:http://www.ip.courts.go.jp/hanrei/g_panel/index.html

*2:中山信弘・小泉直樹編『(新・注解 特許法〔第2版〕』(青林書院,2017)1841頁以下[飯田圭]。

*3:中山信弘・小泉直樹編 前掲1867頁以下[飯田圭]

*4:令和元年特許法改正により102条1項に但書はなくなったため、本文説・但書説という名称は今後修正されるのであろう。

*5:例えば、金子敏哉「日本法における特許権侵害に基づく損害賠償」日本工業所有権法学会年報41号(2018)80頁以下は「寄与率概念の不明確さや1項但書の判断における他の考慮要素(例えば競合品の存在等)との二重評価の問題に照らせば,「寄与率」の概念を用いるのではなく,各製品の機能・特徴(特許発明の作用効果に関するものとそれ以外のもの)や価格等,個別の事情をそれ自体として,[引用者注:特許法]1項・2項による損害賠償の算定のプロセスにおいてどのように考慮すべきかを明確化することが適切であろう。」と述べる。