特許法の八衢
2024-02-18T11:30:40+09:00
tanakakohsuke
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製法発明につき、104条を適用して、製法を特定しない物に差止めを認めた事案 ― 知財高判令和5年12月27日(令和4年(ネ)第10055号)
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2024-02-18T11:30:40+09:00
2024-02-18T11:30:40+09:00 はじめに 本件判決 知財高判令和5年12月27日(令和4年(ネ)第10055号)は、構成要件充足性判断や102条2項の損害額算定に関する判示にも興味深い点があるが、本稿では、別の点について述べたい。 以下、「雑感」の項を除き、判決の引用である*1。 なお、本件の原判決(東京地判令和4年4月8日(平成30年(ワ)第36232号))は、裁判所Webページに掲載されておらず、私は原判決の内容を把握しないまま、本稿を書いていることをお断りしておく。 本件発明(本件特許権の請求項5に係る発明) A*2 特定加熱食肉製品をスライスする工程と、 B スライスされた特定加熱食肉製品における還元型ミオグロビンを…
<h2 id="はじめに">はじめに</h2>
<p>本件判決 <a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=6105">知財高判令和5年12月27日(令和4年(ネ)第10055号)</a>は、構成要件充足性判断や102条2項の損害額算定に関する判示にも興味深い点があるが、本稿では、別の点について述べたい。</p>
<p>以下、「雑感」の項を除き、判決の引用である<a href="#f-97a624f7" id="fn-97a624f7" name="fn-97a624f7" title="ただし、項名は私によるものであり、また、後述するように「特許無効性の判断」の内容は「要旨」からの引用である。">*1</a>。</p>
<p>なお、本件の原判決(東京地判令和4年4月8日(平成30年(ワ)第36232号))は、裁判所Webページに掲載されておらず、私は原判決の内容を把握しないまま、本稿を書いていることをお断りしておく。</p>
<h2 id="本件発明本件特許権の請求項5に係る発明">本件発明(本件特許権の請求項5に係る発明)</h2>
<blockquote><p>A<a href="#f-050c2b81" id="fn-050c2b81" name="fn-050c2b81" title="引用者注:「A」などの英字は判決で付されたもので、特許請求の範囲に記載はない。">*2</a> 特定加熱食肉製品をスライスする工程と、</p>
<p>B スライスされた特定加熱食肉製品における還元型ミオグロビンをオキシミオグロビンに酸素化する工程と、</p>
<p>C 当該酸素化する工程の後、炭酸ガス及び/又は窒素ガスによるガス置換をすることなく、スライスされた特定加熱食肉製品を非鉄系脱酸素材とともにガスバリア性を有する包材に密封する工程とを含み、</p>
<p>D 上記スライスされた上記特定加熱食肉製品は、ガスバリア性を有する包材に密封された状態、且つ、当該包材内の酸素濃度が検出限界以下の条件下で、全ミオグロビン量を100%としたときにオキシミオグロビンが12%以上、メトミオグロビンが50%未満、還元型ミオグロビンが34%以上となる割合(以下『本件ミオグロビン割合』といい、3種のミオグロビンが占める割合を『ミオグロビン割合』という。)<a href="#f-be78faea" id="fn-be78faea" name="fn-be78faea" title="引用者注:「(以下……という。)」は判決で付されたもので、特許請求の範囲に記載はない。">*3</a>となっていること</p>
<p>E (構成要件A~D)<a href="#f-12976c49" id="fn-12976c49" name="fn-12976c49" title="引用者注:「(構成要件A~D)」は判決で付されたもので、特許請求の範囲に記載はない。">*4</a>を特徴とする特定加熱食肉製品の製造方法であって、</p>
<p>F 特定加熱食肉製品がローストビーフであることを特徴とする特定加熱食肉製品の製造方法。</p></blockquote>
<h2 id="経緯">経緯</h2>
<blockquote><p>本件は、原審において、発明の名称を「特定加熱食肉製品、特定加熱食肉製品の製造方法及び特定加熱食肉製品の保存方法」とする特許権(特許第5192595号。以下「本件特許権」といい、その特許を「本件特許」という。……)を有する控訴人シンコウフーズから本件特許の独占的通常実施権を付与された控訴人スターゼンが、被控訴人が製造、販売している原判決別紙被控訴人各製品目録記載のローストビーフ(以下、同目録記載1の製品を「被控訴人製品1」、同目録記載2の製品を「被控訴人製品2」、同目録記載3の製品を「被控訴人製品3」といい、これらを総称して「被控訴人各製品」という。)が同特許権の請求項1の発明に係る特許発明の技術的範囲に属するとして、被控訴人に対し、特許法100条1項、2項に基づき、同特許権に係る方法で製造される被控訴人各製品の製造、販売の差止め及び廃棄を求めるとともに、民法709条及び特許法102条2項に基づき、……特許権侵害の損害賠償として……円及び……遅延損害金を請求する事案である。</p>
<p>原審が、被控訴人各製品の製造方法(被控訴人方法)は本件特許の請求項1に係る発明の各構成要件を基本的に充足するものの、同発明に係る特許は……特許無効審判により無効とされるべき事由があるとして、控訴人らの請求をいずれも棄却したところ、控訴人らがその取消しを求めて本件控訴を提起した。</p>
<p>控訴人らは、当審において、本件特許の請求項5の発明に係る特許に基づく請求を追加する訴えの変更をし……た。</p></blockquote>
<h2 id="主文">主文</h2>
<blockquote><p>1 原判決を取り消す。</p>
<p>2 被控訴人は、原判決別紙被控訴人各製品目録記載の各製品を製造、販売してはならない。</p>
<p>3 被控訴人は、前項の各製品を廃棄せよ。</p>
<p>4 被控訴人は、原判決別紙被控訴人方法目録記載の各方法を使用してはならない。</p>
<p>5 被控訴人は、控訴人スターゼンに対し、……金員を支払え。</p>
<p>[引用者注:主文につき以下略]</p></blockquote>
<h2 id="構成要件充足性">構成要件充足性</h2>
<blockquote><p>本件発明について(原判決第3の1(原判決27頁20行目ないし同39頁18行目))、被控訴人各製品は、構成要件B(……)を充足するか(争点1-1)について(原判決第3の2(……))、被控訴人各製品は、構成要件C(……)を充足するか(争点1-2)について(原判決第3の3(……))、被控訴人各製品は、構成要件D(……)を充足するか(争点1-3)について(原判決第3の4(……))……は、当審における当事者の主張も踏まえ、次のとおり補正するほかは、原判決の記載を引用する。</p>
<p>……</p>
<p>当審における争点1についての当事者の主な補充主張に対する判断は、以下のとおりである。</p>
<p>……被控訴人は……被控訴人各製品は構成要件Bを充足しない旨を主張する。……被控訴人方法が構成要件Bを充足するかを検討すると、……空気下で行われる②から⑥の工程において、密封包装が完了するまで2分30秒程度であることが認められるところ……前記「2分30秒程度」空気下に曝す工程は、酸素化の工程に必要な処理時間である「数分」に該当し、「酸素化する工程」の条件を満たすものと認められるから、構成要件Bを充足するということができる。……したがって、被控訴人の上記主張は採用することができない。</p>
<p>……被控訴人は……被控訴人各製品は構成要件Cを充足しない旨を主張する。……したがって、被控訴人の上記主張は採用することができない。</p>
<p>……被控訴人は……被控訴人各製品は構成要件Dを充足しない旨を主張する。……したがって、被控訴人の上記主張は採用することができない。</p></blockquote>
<h2 id="特許無効性の判断">特許無効性の判断</h2>
<p>(以下は、判決文からの引用ではなく、知財高裁Webページに掲載された<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/732/092732_point.pdf">「要旨」</a>からの引用。)</p>
<blockquote><p>本件特許は特許無効審判により無効にされるべきか(争点2)について、無効理由1(公知発明(鎌倉山パストラミビーフ)に基づく進歩性欠如)(争点2-1)、無効理由2(公知発明(DCSローストビーフ)に基づく進歩性欠如)(争点2-2)、無効理由3(乙174(特公昭59-15014号公報)に基づく進歩性欠如)(争点2-3)、無効理由4(乙175(特開平9-172949号公報)に基づく進歩性欠如)(争点2-4)、無効理由5(乙176(特公昭58-29069号公報)に基づく進歩性欠如)(争点2-5)、無効理由6(明確性要件違反)(争点2-6)、無効理由7(実施可能要件違反)(争点2-7)、無効理由8(サポート要件違反)(争点2-8)はいずれも認められない。</p></blockquote>
<p>(「要旨」からの引用はここまで。)</p>
<h2 id="差止めの対象">差止めの対象</h2>
<blockquote><p>被控訴人は、補正の上で引用した原判決第2の4(2)のとおり、生産方法を特定しない請求の趣旨は過剰な差止めを求めるものであり、又、被控訴人各製品は特許法104条の推定を受けない旨を主張する。</p>
<p>しかし、これまで検討したとおり、本件発明に係る方法により生産された物が本件特許の出願前に公然知られていた事実は認めることができないから、被控訴人各製品は、特許法104条により、本件発明の方法により生産された物と推定される。</p>
<p>そうすると、既に検討したとおり、被控訴人方法により製造された被控訴人各製品は本件発明の構成要件を全て充足するから、被控訴人に対し、本件発明の特許に係る方法の使用の差止め(主文第4項)のほか、被控訴人各製品につき、その製造及び販売の差止め(主文第2項)を命ずることができるとともに、同法100条2項に定める侵害の行為により生じた物として、その廃棄(主文第3項)を命ずることができる。</p></blockquote>
<h2 id="雑感">雑感</h2>
<p>まず、些事かも知れないが、本判決における、不正確な用語法を指摘したい。</p>
<p>ここで、本件発明は、物を生産する<strong>方法</strong>の発明である。したがって、構成要件充足性を判断する対象は、「物」ではなく、「方法」のはずである。</p>
<p>すなわち、物を生産する方法の(特許)発明については、被疑侵害者の行なった「方法」について特許発明の構成要件充足性を見て、その「方法」が特許発明の技術的範囲(70条1項)に属するか否かを、まず判断する。そして、その「方法」が特許発明の技術的範囲に属すると判断された場合に、当該「方法」の使用行為のみならず、その「方法」により生産した「物」の使用等も、特許発明の「実施」行為となる(2条3項3号)。</p>
<p>にも拘わらず、本判決は、「被控訴人各<strong>製品</strong>は、構成要件B(……)を充足するか」(強調は引用者;以下同)等と、被控訴人各<strong>製品</strong>(=「物」)について構成要件充足性を判断しているかのような記載が目立つ。「被控訴人<strong>方法</strong>により製造された被控訴人各<strong>製品</strong>は本件発明の構成要件を全て充足する」との記載もあるが、これも、特許法の条文に照らし正しい表現とは言えないだろう。</p>
<p>一方で、本判決には「被控訴人<strong>方法</strong>が構成要件Bを充足するか」といった適切な表現もあることから、裁判所は、不正確なことを理解しつつ、“便宜的”な表現として(ただし、そのことについて断らず)「<strong>製品</strong>は、構成要件B(……)を充足するか」等と書いているのかも知れないが、裁判所がそのような判決文を作成することが適切なのか、疑問がある。</p>
<p>なお、本判決と同裁判体により同日に言い渡された<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=6106">令和4年(ネ)第10066号事件判決</a>(以下、別訴事件判決)は、本判決と同一の特許発明に係る特許権の侵害が問題となり、被疑侵害者(被控訴人)も同一で、被疑侵害製品は(本判決とは)「内容量の異なるスライスしたローストビーフ製品」である事案であるが、別訴事件判決では正しく「被控訴人方法は、構成要件B(……)を充足するか」等と判示されている。</p>
<p>さて、以上は前置きで、ここから、本稿で特に述べたいことを記す。それは、上記「差止めの対象」項で引用した判示についてである。以下、その判示を再引用しつつ、愚見を述べる。</p>
<blockquote><p>被控訴人は、補正の上で引用した原判決第2の4(2)のとおり、生産方法を特定しない請求の趣旨は過剰な差止めを求めるものであり、又、被控訴人各製品は特許法104条の推定を受けない旨を主張する。</p></blockquote>
<p>原告=控訴人(ら)は、「原判決別紙被控訴人各製品目録記載」の各製品の製造等の差止めを請求している。「原判決別紙被控訴人各製品目録記載」の内容は不明であるが、おそらく被控訴人が製造販売しているローストビーフの商品名が記載されているのみで、生産方法についての言及はないであろう。そこで、被控訴人(被疑侵害者)は過剰差止めと主張している。</p>
<p>物を生産する方法の発明につき、生産方法を特定せず物のみを特定して、差止めが認められるか、というのは古くから論じられてきた。そして、104条の適用があれば、物のみの特定が認められるという見解もある<a href="#f-e437d110" id="fn-e437d110" name="fn-e437d110" title="例えば、飯村敏明「侵害訴訟の訴訟物と請求の趣旨」西田美昭ほか編『民事弁護と裁判実務 8 知的財産権』(1998,ぎょうせい)239頁以下。">*5</a>。上記の被控訴人主張は、これを受けたものであろう。</p>
<p>104条の規定を挙げておこう:</p>
<blockquote><p>第104条 物を生産する方法の発明について特許がされている場合において、その物が特許出願前に日本国内において公然知られた物でないときは、その物と同一の物は、その方法により生産したものと推定する。</p></blockquote>
<p>この規定は、化学物質自体の特許保護が認められなかった時代は、物質発明の保護を補完するものとして重要な意味があったものの、物質特許が認められた現在においては、その合理性が疑問視されている<a href="#f-e58f54ce" id="fn-e58f54ce" name="fn-e58f54ce" title="近時の論考として、吉田広志「特許法104条の生産方法の推定に関する現代的解釈」パテント76巻1号(2023)90頁、前田健「生産方法の推定規定の現代的意義」清水節先生古稀記念『多様化する知的財産権訴訟の未来へ』(2023,日本加除出版)437頁。">*6</a></p>
<p>本判決の再引用に戻る:</p>
<blockquote><p>しかし、これまで検討したとおり、本件発明に係る方法により生産された物が本件特許の出願前に公然知られていた事実は認めることができないから、被控訴人各製品は、特許法104条により、本件発明の方法により生産された物と推定される。</p></blockquote>
<p>まず「これまで検討したとおり、本件発明に係る方法により生産された物が本件特許の出願前に公然知られていた事実は認めることができない」の、「これまで検討」というのは何を指すのか不明である。たしかに、本判決は、本件発明すなわち生産方法について、(被疑侵害者の挙げた)公知発明から進歩性欠如しているとは言えない、とは判断している。それはあくまでも「方法」について進歩性を判断したに過ぎず、「方法により生産された<strong>物</strong>が本件特許の出願前に公然知られていた」を判断したわけではない。生産方法は新規であっても、その結果物は新規ではないことは、いくらでもあり得る。</p>
<p>さらによく分からないのは、「被控訴人各製品は、特許法104条により、本件発明の方法により生産された物と推定される。」との判示である。</p>
<p>先述した用語法の問題はあるにしても、判決ではこれまで、被控訴人の行なった「方法」の特許発明の構成要件充足性を判断してきたはずである。そのことは、既に引用した「被控訴人<strong>方法</strong>が構成要件Bを充足するかを検討すると、……空気下で行われる②から⑥の<strong>工程</strong>において、密封包装が完了するまで2分30秒程度であることが認められるところ……前記「2分30秒程度」空気下に曝す<strong>工程</strong>は、酸素化の工程に必要な処理時間である「数分」に該当し、「酸素化する<strong>工程</strong>」の条件を満たすものと認められるから、構成要件Bを充足するということができる」との判示からも分かる。つまり、これまでの検討から、104条による「推定」を用いることなく、「被控訴人各製品」は「本件発明の方法により生産された物」と判断されたはずである。</p>
<p>このことは、上述した別訴事件判決からも裏付けられる。この別訴事件では、差止請求はなされておらず、損害賠償請求しかなされていなかったところ、<strong>104条の適用なく、</strong>(本判決とは内容量の異なるスライスしたローストビーフ製品である)「被控訴人製品」の販売について損害賠償請求が認められた。</p>
<p>おそらく、問題は、次の点にある。</p>
<p>「被控訴人各製品」は次の2種類に分かれるのだ。一つは〈既に作られた製品〉、もう一つは〈将来作られる(であろう)製品〉、である。</p>
<p>そして、〈既に作られた製品〉は特許方法で生産された、と裁判所は判断した(判断できた)。他方、〈将来作られる(であろう)製品〉は、(名称は〈既に作られた製品〉と同じだが)生産方法が未確定なので、特許方法で生産されたと判断することはできない。しかし、〈将来作られる(であろう)製品〉を差止の対象としなければならない。</p>
<p>この問題を解決するために、裁判所は、被控訴人の主張もあって、104条を利用した、ということなのだろう。</p>
<p>しかし、上述した104条の合理性への疑問を踏まえると、本件において、104条の利用が適切な解決法であったのか、疑問がある<a href="#f-a203fd4f" id="fn-a203fd4f" name="fn-a203fd4f" title="なお、田村善之「特許権侵害に対する差止め」判例タイムズ1062号(2001)74頁は「104条の推定が適用される場合に限り方法Mによる特定を要しないとする見解もあるが……,やや厳格に過ぎるようにおもわれる」と述べる。">*7</a>。</p>
<p>ところで、「雑感」の冒頭、用語法の誤りを指摘した。しかし、これは単なる用語法の誤りというよりも、「被控訴人各製品」という一つの用語で、〈既に作られた製品〉と〈将来作られる(であろう)製品〉との両者を扱うことになった結果、裁判所(あるいは当事者も含めてかも知れない)が混乱したことを示すものなのかも知れない。差止請求のなされなかった別訴事件判決では、正しい用語法が用いられていることは、これを示唆しているようにも感じられる。</p>
<h2 id="更新履歴">更新履歴</h2>
<ul>
<li>2024-02-18 公開</li>
</ul>
<div class="footnote">
<p class="footnote"><a href="#fn-97a624f7" id="f-97a624f7" name="f-97a624f7" class="footnote-number">*1</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">ただし、項名は私によるものであり、また、後述するように「特許無効性の判断」の内容は「要旨」からの引用である。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-050c2b81" id="f-050c2b81" name="f-050c2b81" class="footnote-number">*2</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">引用者注:「A」などの英字は判決で付されたもので、特許請求の範囲に記載はない。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-be78faea" id="f-be78faea" name="f-be78faea" class="footnote-number">*3</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">引用者注:「(以下……という。)」は判決で付されたもので、特許請求の範囲に記載はない。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-12976c49" id="f-12976c49" name="f-12976c49" class="footnote-number">*4</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">引用者注:「(構成要件A~D)」は判決で付されたもので、特許請求の範囲に記載はない。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-e437d110" id="f-e437d110" name="f-e437d110" class="footnote-number">*5</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">例えば、飯村敏明「侵害訴訟の訴訟物と請求の趣旨」西田美昭ほか編『民事弁護と裁判実務 8 知的財産権』(1998,ぎょうせい)239頁以下。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-e58f54ce" id="f-e58f54ce" name="f-e58f54ce" class="footnote-number">*6</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">近時の論考として、吉田広志「特許法104条の生産方法の推定に関する現代的解釈」パテント76巻1号(2023)90頁、前田健「生産方法の推定規定の現代的意義」清水節先生古稀記念『多様化する知的財産権訴訟の未来へ』(2023,日本加除出版)437頁。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-a203fd4f" id="f-a203fd4f" name="f-a203fd4f" class="footnote-number">*7</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">なお、田村善之「特許権侵害に対する差止め」判例タイムズ1062号(2001)74頁は「104条の推定が適用される場合に限り方法Mによる特定を要しないとする見解もあるが……,やや厳格に過ぎるようにおもわれる」と述べる。</span></p>
</div>
tanakakohsuke
「printed publication」該当性について判断された事案 ― Weber v. Provisur Technologies (Fed. Cir. 2024)
hatenablog://entry/6801883189082287283
2024-02-11T15:06:56+09:00
2024-02-11T15:08:20+09:00 はじめに 本稿の目的は、実務において重要と思われる、最近のCAFC判決 Weber, Inc. v. Provisur Technologies, Inc. (Fed. Cir. Feb. 8, 2024)*1の紹介である。 本件では、旧特許法(Pre-AIA 35 USC)102条の「printed publication」に該当するか否かが、争点の一つとなった。以下、この争点に絞って述べる。 経緯と結論 原告は、食品工場などで使われる、大型のスライサーを販売している企業である。 原告は、(競合である)被告から、2件の特許権に基づく特許権侵害訴訟を提起されたため、この2件の特許権に係る特許が…
<h2 id="はじめに">はじめに</h2>
<p>本稿の目的は、実務において重要と思われる、最近のCAFC判決 <a href="https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1751.OPINION.2-8-2024_2267070.pdf">Weber, Inc. v. Provisur Technologies, Inc. (Fed. Cir. Feb. 8, 2024)</a><a href="#f-92083622" id="fn-92083622" name="fn-92083622" title="Reyna, Hughes, Starkで構成される裁判体;判決執筆はRenya判事。">*1</a>の紹介である。</p>
<p>本件では、旧特許法(Pre-AIA 35 USC)102条の「printed publication」に該当するか否かが、争点の一つとなった。以下、この争点に絞って述べる。</p>
<h2 id="経緯と結論">経緯と結論</h2>
<p>原告は、食品工場などで使われる、大型のスライサーを販売している企業である。</p>
<p>原告は、(競合である)被告から、2件の特許権に基づく特許権侵害訴訟を提起されたため、この2件の特許権に係る特許が無効であるとして、IPRを請求した。</p>
<p>これについてPTABは特許維持の審決(final written decision)を下した<a href="#f-be14a319" id="fn-be14a319" name="fn-be14a319" title="IPRは2つの特許権について各々請求されたので、2つの審決があるが、「printed publication」該当性の判断部分は両者で相違がないため、以下では区別しない。">*2</a>ため、これを不服として、原告がCAFCへ上訴したのが本件である。</p>
<p>ここで、IPR請求において原告は、原告製品のマニュアルを、特許無効の根拠となる先行技術文献(Pre-AIA 102条の「printed publication」)の一つとして挙げていたが、PTABは最終的に<a href="#f-6382879c" id="fn-6382879c" name="fn-6382879c" title="PTABは当初「printed publication」該当性を認めていたため、IPR審理を開始した。">*3</a>当該マニュアルは「printed publication」に当たらないと判断した<a href="#f-dac13820" id="fn-dac13820" name="fn-dac13820" title="ただし、PTABは、決定において、仮に当該マニュアルが「printed publication」に当たるとしても、このマニュアルに、原告の主張する構成は開示されていないとも判断している。そして、このPTAB判断についても、CAFCは覆している(reverse)。">*4</a>。</p>
<p>しかし、CAFCは、このPTAB判断を覆し(reverse)、当該マニュアルの「printed publication」該当性を認めた。</p>
<h2 id="PTAB判断">PTAB判断</h2>
<p>PTABは、大要、次のように述べた:</p>
<p>Cordis Corp. v. Boston Scientific Corp., 561 F.3d 1319 (Fed. Cir. 2009)は、「(文書の)配布が、限られた数の者(limited number of entities)に対してのみ行われる場合、守秘義務に関する拘束力のある合意(binding agreement of confidentiality)は、(その文書への)公衆アクセス性(public accessibility)についての認定を覆すことができる(may defeat)」と判示している。</p>
<p>原告製品のマニュアルが実際に配布されたのは、10社に止まり、これは「限られた数」を超えるとは言えない。</p>
<p>そして、本マニュアルに記載された著作権に関する表示には、〈ユーザーの社内利用を除き、原告の書面による許可なく、マニュアルを複製等してはならない〉旨が記載されており、さらに、原告製品の利用規約における知的財産権条項にも、〈ユーザーへ提供された全ての文書について、その著作権および関連する権利は原告に帰属し、原告の合意があった場合に限り、ユーザーは第三者へ開示できる〉旨が記載されている。したがって、本マニュアルは守秘義務の対象である。</p>
<p>よって、原告製品のマニュアルは、102条の「printed publication」に当たらない<a href="#f-4253f6fc" id="fn-4253f6fc" name="fn-4253f6fc" title="正確に述べると、審決では、311条(b)の「printed publication」に当たらない、と述べている(が、本質的に102条の「printed publication」と変わらない)。">*5</a>。</p>
<h2 id="CAFC判断">CAFC判断</h2>
<p>CAFCは、おおむね、以下のように述べ、PTABの判断を覆した:</p>
<p>102条における「printed publication」とは、「その技術に関心のある公衆が十分にアクセス可能な(sufficiently accessible to the public interested in the art)」文献である。そして、文献が「printed publication」であるかどうかの試金石は、公衆アクセス性(public accessibility)であり、公衆アクセス性の基準は、関連する公衆のうち関心のある者(interested members of the relevant public)が合理的な努力(reasonable diligence)によってその文献を見つけることができるかどうかである。</p>
<p>PTABが、Cordis判決の枠組みで、本件を判断したのは不適切である。Cordisの事案で問題となった文献は、発明者の研究を記した、2つの学術的なモノグラフであり、それらは、大学や病院の同僚と、その技術の商業化に関心を持つ2つの企業にのみ、配布された。Cordisの事案において、我々CAFCは、このような学術的慣習(academic norm)によって、開示情報は秘密保持されるとの期待がもたらされた、という明確な証拠があると判断した。また、Cordisの事案において、営利主体が、通常、そのような文書の存在を公開し、また公開要求に応じるであろうことを示す証拠もなかった。本件は、Cordisの事案とは、明確に区別される。原告のマニュアルは、原告製品の組立・使用・清掃・メンテナンス方法の提供のため、関心のある公衆(interested public)に配布されることを目的として作成されたものである。このマニュアルは、Cordisの事案のものとは、対照をなす。</p>
<p>本件においては、証拠により、本マニュアルは、関連する公衆のうち関心のある者(interested members of the relevant public)が合理的な努力(reasonable diligence)によりアクセス可能であったことが示されている。例えば、原告の従業員は、原告製品を購入すればマニュアルを入手できた旨を証言しており、これは、原告と顧客とのメールのやり取りなどでも裏付けられる。また、特定の展示会や原告ショールームで、本マニュアルはアクセス可能であったとの証言もある。</p>
<p>なお、原告と被告はマニュアルが実際に何名の顧客に配布されたかを争っているが、公衆アクセス性(public accessibility)の評価にあたり、そのようなことは問題とならない。公衆アクセス性の評価において、アクセス数が決定的な要素となるわけではない。</p>
<p>また、被告は、〈原告製品が高価であることが、本マニュアルへの十分なアクセス性を妨げている〉と主張するが、公衆アクセス性は、一般公衆(general public)ではなく、関心ある公衆(interested public)に焦点を置いたものなので、価格は決定的な要素とならない。関心ある公衆には、高価な製品を買うことのできる営利主体も含まれるのである。</p>
<p>PTABが誤った結論を出した要因の一つは、本マニュアルの秘密保持性の過度な重視にある。</p>
<p>本マニュアルの著作権に関する表示では、内部利用のためのマニュアルの複製を認めている。また、原告は、顧客に対し、原告製品を第三者へ転売する際は、マニュアルも第三者へ渡すよう、明示的に指示している。原告による著作権の主張は、公衆アクセス性を否定するものではない。同様に、原告製品の利用規約における知的財産権条項も、マニュアルの公衆アクセス性に決定的な影響を及ばさない<a href="#f-f019e14d" id="fn-f019e14d" name="fn-f019e14d" title="原文は「The intellectual property rights clause from Weber’s terms and conditions covering sales, likewise, has no dispositive bearing on Weber’s public dissemination of operating manuals to owners after a sale has been consummated.」(強調は引用者による)となっており、意味が取りにくい(「public dissemination」と「to owners」との関係が不明瞭)が、要は、本製品販売に関する規約の知財条項はマニュアルの公衆アクセス性とは無関係である、と言いたいのだろう。">*6</a>。</p>
<p>よって、PTABによる〈本マニュアルは「printed publications」の要件を満たさないとの判断〉を覆す(vacate)。</p>
<h2 id="雑感">雑感</h2>
<p>本件で対象となった業務用製品マニュアルのように、その性質上、少数の者にしか配布がなされない文献を、新規性・非自明性否定のための先行技術として利用したい場合は、本件で示された判断基準が参考になろう。</p>
<p>もっとも、マニュアルにおける秘密保持に関する記載が異なるものだったら、CAFCの判断も変わっていた可能性があり<a href="#f-e3032406" id="fn-e3032406" name="fn-e3032406" title="Dennis Crouch「判批」Patently-O 2024-02-08は、「I wonder how the court would have ruled if the manuals distributed to customers included a stronger confidentiality expectation.」と述べている。">*7</a>、製品マニュアルだからといって、常に「printed publication」と認められるかと言えまい<a href="#f-2b896ebd" id="fn-2b896ebd" name="fn-2b896ebd" title="例えば、個別受注製品のマニュアルは、関連する公衆のうち関心のある者が合理的な努力によってその文献を見つけることができるとは言えず、「printed publication」とは判断されないだろう。">*8</a>。</p>
<p>ここで、本件は、旧特許法(Pre-AIA 35 USC)102条の「printed publication」に関するものであるが、現行特許法(AIA 35 USC)102条の「printed publication」にも適用される判断基準であろう<a href="#f-c06c804d" id="fn-c06c804d" name="fn-c06c804d" title="CAFCが引用した判例の一つJazz Pharms., Inc. v. Amneal Pharms., LLC, 895 F.3d 1347 (Fed. Cir. 2018)は、AIAに関するものであることも、現行特許法(AIA 35 USC)下でも同様の基準であることを示していると思われる。">*9</a>。</p>
<p>旧特許法と異なり、現行特許法下では、米国「外」の公然実施技術も先行技術として用いることができるようになったため、「printed publication」の重要性は若干下がっているかも知れないが、立証容易性という観点だけ見ても、「printed publication」(に記載された技術)が最も使いやすい先行技術であることに変わりはないだろう。</p>
<p>また、IPRにおいて無効主張に用いることのできる先行技術は、特許文献か「printed publication」に記載のものに限られる(311条(b))ことから、この点においても、「printed publication」の判断基準は重要であろう。</p>
<p>最後に、日本法との関係に触れる。</p>
<p>日本特許法29条1項3号の「頒布された刊行物」について、最二小判昭和55年7月4日(昭和53年(行ツ)第69号)民集34巻4号570頁が、「特許法29条1項3号にいう頒布された刊行物とは、公衆に対し頒布により公開することを目的として<strong>複製された</strong>文書、図画その他これに類する情報伝達媒体であつて、頒布されたものを指すところ、ここに公衆に対し頒布により公開することを目的として複製されたものであるということができるものは、必ずしも公衆の閲覧を期待してあらかじめ公衆の要求を満たすことができるとみられる相当程度の部数が原本から複製されて広く公衆に提供されているようなものに限られるとしなければならないものではなく、<strong>右原本自体が公開されて公衆の自由な閲覧に供され、かつ、その複写物が公衆からの要求に即応して遅滞なく交付される態勢が整つているならば、公衆からの要求をまつてその都度原本から複写して交付されるものであつても差し支えない</strong>と解するのが相当である。」(強調は引用者による。以下同)と判示し、さらに、最一小判昭和61年7月17日(昭和61年(行ツ)第18号)民集40巻5号961頁は、「マイクロフイルムは、それ自体公衆に交付されるものではないが、前記オーストラリア国特許明細書に記載された情報を広く公衆に伝達することを目的として<strong>複製された</strong>明細書原本の複製物であつて、この点明細書の内容を印刷した複製物となんら変わるところはなく、また、本願考案の実用新案登録出願前に、同国特許庁本庁及び支所において<strong>一般公衆による閲覧、複写の可能な状態におかれた</strong>ものであつて、頒布されたものということができる」と判示した。</p>
<p>したがって、日本特許法29条1項3号の「頒布された刊行物」は、米国特許法の「printed publication」とほぼ同様のものと考えられる。しかし、日本法の「頒布された刊行物」は、(原本ではなく)「複製された」ものという限定が課せられている点には留意が必要かも知れない。</p>
<h2 id="更新履歴">更新履歴</h2>
<ul>
<li>2024-02-11 公開</li>
</ul>
<div class="footnote">
<p class="footnote"><a href="#fn-92083622" id="f-92083622" name="f-92083622" class="footnote-number">*1</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">Reyna, Hughes, Starkで構成される裁判体;判決執筆はRenya判事。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-be14a319" id="f-be14a319" name="f-be14a319" class="footnote-number">*2</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">IPRは2つの特許権について各々請求されたので、2つの審決があるが、「printed publication」該当性の判断部分は両者で相違がないため、以下では区別しない。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-6382879c" id="f-6382879c" name="f-6382879c" class="footnote-number">*3</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">PTABは当初「printed publication」該当性を認めていたため、IPR審理を開始した。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-dac13820" id="f-dac13820" name="f-dac13820" class="footnote-number">*4</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">ただし、PTABは、決定において、仮に当該マニュアルが「printed publication」に当たるとしても、このマニュアルに、原告の主張する構成は開示されていないとも判断している。そして、このPTAB判断についても、CAFCは覆している(reverse)。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-4253f6fc" id="f-4253f6fc" name="f-4253f6fc" class="footnote-number">*5</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">正確に述べると、審決では、<strong>311条(b)</strong>の「printed publication」に当たらない、と述べている(が、本質的に102条の「printed publication」と変わらない)。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-f019e14d" id="f-f019e14d" name="f-f019e14d" class="footnote-number">*6</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">原文は「The intellectual property rights clause from Weber’s terms and conditions covering sales, likewise, has no dispositive bearing on Weber’s <strong>public</strong> dissemination of operating manuals to <strong>owners</strong> after a sale has been consummated.」(強調は引用者による)となっており、意味が取りにくい(「<strong>public</strong> dissemination」と「to <strong>owners</strong>」との関係が不明瞭)が、要は、本製品販売に関する規約の知財条項はマニュアルの公衆アクセス性とは無関係である、と言いたいのだろう。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-e3032406" id="f-e3032406" name="f-e3032406" class="footnote-number">*7</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text"><a href="https://patentlyo.com/patent/2024/02/reverses-publication-operating.html">Dennis Crouch「判批」Patently-O 2024-02-08</a>は、「I wonder how the court would have ruled if the manuals distributed to customers included a stronger confidentiality expectation.」と述べている。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-2b896ebd" id="f-2b896ebd" name="f-2b896ebd" class="footnote-number">*8</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">例えば、個別受注製品のマニュアルは、関連する公衆のうち関心のある者が合理的な努力によってその文献を見つけることができるとは言えず、「printed publication」とは判断されないだろう。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-c06c804d" id="f-c06c804d" name="f-c06c804d" class="footnote-number">*9</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">CAFCが引用した判例の一つJazz Pharms., Inc. v. Amneal Pharms., LLC, 895 F.3d 1347 (Fed. Cir. 2018)は、AIAに関するものであることも、現行特許法(AIA 35 USC)下でも同様の基準であることを示していると思われる。</span></p>
</div>
tanakakohsuke
AIを「壁打ち」に用いる時代の進歩性判断
hatenablog://entry/6801883189078509727
2024-01-28T12:07:27+09:00
2024-02-14T23:30:02+09:00 はじめに 生成系AIの普及により、創作の場面で、AIを「壁打ち」に用いるのは、一般的になった*1。 そこで、AIとの「壁打ち」の結果生まれた(生まれうる)発明(発明それ自体がAIに関係するものか否かは問わない)に対する進歩性判断*2について、雑感を記す*3。 進歩性の判断枠組み 進歩性の判断枠組みについて、知財高大判平成30年4月13日(平成28年(行ケ)第10182号等)[ピリミジン誘導体]は、特許庁の審査実務を追認し、以下の一般論を述べた。 進歩性に係る要件が認められるかどうかは,特許請求の範囲に基づいて特許出願に係る発明(以下「本願発明」という。)を認定した上で,同条[引用者注:特許法2…
<h2 id="はじめに">はじめに</h2>
<p>生成系AIの普及により、創作の場面で、AIを「壁打ち」に用いるのは、一般的になった<a href="#f-771224a9" id="fn-771224a9" name="fn-771224a9" title="知的財産戦略本部「AI時代の知的財産権検討会(第5回)」の「資料1 残された論点等(討議用)」(2024年1月26日)29頁には、「AI技術の活用事例として、例えば、候補物質の絞り込み作業の支援業務などが挙げられるが、その利用は試行錯誤(壁打ち)の段階」と述べられている。">*1</a>。</p>
<p>そこで、AIとの「壁打ち」の結果生まれた(生まれうる)発明<small>(発明それ自体がAIに関係するものか否かは問わない)</small>に対する進歩性判断<a href="#f-896634ac" id="fn-896634ac" name="fn-896634ac" title="発明の進歩性判断において、その発明が実際にAIを利用して生まれたのか否かを考えることに意味はなく、AIを利用してもなお、容易に発明することができないもののみに、進歩性要件充足を認めるべきである。中山一郎・後掲204頁以下参照。">*2</a>について、雑感を記す<a href="#f-d7abdf68" id="fn-d7abdf68" name="fn-d7abdf68" title="先行研究として、中山一郎「AIと進歩性」田村善之編著『知財とパブリック・ドメイン 第1巻:特許法篇』(2023,勁草書房)175頁[初出:別冊パテント22号(2019)179頁]、潮海久雄「特許法における進歩性要件の現代的課題」特許研究70号(2020)等がある。">*3</a>。</p>
<h2 id="進歩性の判断枠組み">進歩性の判断枠組み</h2>
<p>進歩性の判断枠組みについて、知財高大判平成30年4月13日(平成28年(行ケ)第10182号等)[ピリミジン誘導体]は、特許庁の審査実務を追認し、以下の一般論を述べた。</p>
<blockquote><p>進歩性に係る要件が認められるかどうかは,特許請求の範囲に基づいて特許出願に係る発明(以下「本願発明」という。)を認定した上で,同条[引用者注:特許法29条]1項各号所定の発明と対比し,一致する点及び相違する点を認定し,相違する点が存する場合には,当業者が,出願時(……)の技術水準に基づいて,当該相違点に対応する本願発明を容易に想到することができたかどうかを判断することとなる。</p>
<p>このような進歩性の判断に際し,本願発明と対比すべき同条1項各号所定の発明(以下「主引用発明」といい,後記「副引用発明」と併せて「引用発明」という。)は,通常,本願発明と技術分野が関連し,当該技術分野における当業者が検討対象とする範囲内のものから選択される……。</p>
<p>……</p>
<p>主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合には,①主引用発明又は副引用発明の内容中の示唆,技術分野の関連性,課題や作用・機能の共通性等を総合的に考慮して,主引用発明に副引用発明を適用して本願発明に至る動機付けがあるかどうかを判断するとともに,②適用を阻害する要因の有無,予測できない顕著な効果の有無等を併せ考慮して判断することとなる。</p></blockquote>
<p>この判断枠組みの“大枠”――所与のものとして主引用発明があり、それに(本願発明と主引用発明との差を埋める)副引用発明を適用することが容易か否かを判断する――は、(AIを用いない場合も含め)発明創作の現実を反映していない、と考えられる<a href="#f-383ffb03" id="fn-383ffb03" name="fn-383ffb03" title="塚原朋一「特許の進歩性判断の構造について」片山英二先生還暦記念『知的財産法の新しい流れ』(2010,青林書院)421頁以下参照。">*4</a>。それにも拘わらず、実務で採用されているということは、進歩性判断の手法として、これまで、この“大枠”が一定の程度有効に機能してきた、と捉えるべきであろう。</p>
<p>そのように考え、自然人のみで創作した発明に対する進歩性判断手法として、“大枠”を是認するのならば、AIとの「壁打ち」の結果生まれた発明に対する進歩性判断手法としても、この“大枠”は維持されるべきであろう。“大枠”に問題があるとしても、それはAIとの「壁打ち」の結果生まれた発明固有のものではない、と考えられるからである。</p>
<h2 id="動機付け阻害要因予測できない顕著な効果">動機付け・阻害要因・予測できない顕著な効果</h2>
<p>もっとも、判断枠組みの“大枠”に、AIとの「壁打ち」の結果生まれた発明固有の問題がなくとも、判断枠組みの“細部”は、AIとの「壁打ち」の結果生まれた発明に対して<a href="#f-c448defb" id="fn-c448defb" name="fn-c448defb" title="そして、全ての発明は、AIとの「壁打ち」の結果としても生まれうるのであるから、結局のところ、全ての発明に対して。">*5</a>、調整が必要かも知れない。</p>
<h3 id="動機付け">動機付け</h3>
<p>第一に、副引用発明を主引用発明に適用する「動機付け」の有無の判断において、「主引用発明又は副引用発明の内容中の示唆,技術分野の関連性,課題や作用・機能の共通性」の4要素のみ<a href="#f-ddd8f0aa" id="fn-ddd8f0aa" name="fn-ddd8f0aa" title="[ピリミジン誘導体]知財高裁大合議判決では、「引用発明又は副引用発明の内容中の示唆,技術分野の関連性,課題や作用・機能の共通性等を総合的に考慮」と述べてられているが、「等」の詳細は不明である。『特許・実用新案審査基準』第III部 第2章 第2節 3.1.1 (2020.12)では、「動機付けとなり得る観点」として、「(1) 技術分野の関連性」「(2) 課題の共通性」「(3) 作用、機能の共通性」「(4) 引用発明の内容中の示唆」の4要素のみが挙げられている。">*6</a>を考慮するだけで十分なのだろうか。</p>
<p>AIへ、主引用発明および課題を与えた上で、(主引用発明を補うような、主引用発明に適用可能な)副引用発明の提示を指示した場合<a href="#f-dbab47c9" id="fn-dbab47c9" name="fn-dbab47c9" title="すなわち、現在の進歩性判断枠組みの“大枠”に沿った指示をした場合。">*7</a>に、AIは、(自然人と同じように)これら4要素を踏まえて、副引用発明を探すのだろうか? 仮にAIが、自然人とは全く異なる「思考」<a href="#f-e076cd74" id="fn-e076cd74" name="fn-e076cd74" title="AIが思考しているのか否か、私には判断できないので、「」に入れておく。">*8</a>プロセスを経て、副引用発明を掲示するのであれば、AIの「思考」プロセスを踏まえ、動機付け判断の考慮要素を追加する必要がある。</p>
<p>また、この4要素のみの総合考慮を維持するとしても、少なくとも「技術分野の関連性」については、(AI利用を前提していなかった)これまでよりも、関連性があるとされる範囲が広がるであろう<a href="#f-12bd5c30" id="fn-12bd5c30" name="fn-12bd5c30" title="潮海久雄・前掲47頁参照。">*9</a>。その結果、かつて「同一技術分野論」と称され否定的に評価されていた考え方<a href="#f-e3c9be21" id="fn-e3c9be21" name="fn-e3c9be21" title="塚原朋一・前掲428頁以下、および、同「同一技術分野論は終焉を迎えるか」特許研究51号(2011)2頁参照。">*10</a>が、“復興”するかも知れない<a href="#f-dc87c31a" id="fn-dc87c31a" name="fn-dc87c31a" title="例えば、『特許・実用新案審査基準』第III部 第2章 第2節 3.1.1 (2020.12)には、「審査官は、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けの有無を判断するに当たり、(1)から(4)までの動機付けとなり得る観点のうち「技術分野の関連性」については、他の動機付けとなり得る観点も併せて考慮しなければならない。」と述べられているが、このような注記が、AIとの「壁打ち」の結果生まれた発明について妥当するのだろうか。">*11</a>。</p>
<h3 id="阻害要因">阻害要因</h3>
<p>第二に、「適用を阻害する要因」(阻害要因)についても、検討が必要である。</p>
<p>『特許・実用新案審査基準』第III部 第2章 第2節 3.2.2 (2020.12)は、「阻害要因」として、以下を例示する:</p>
<blockquote><p>(i) 主引用発明に適用されると、主引用発明がその目的に反するものとなるような副引用発明</p>
<p>(ii) 主引用発明に適用されると、主引用発明が機能しなくなる副引用発明</p>
<p>(iii) 主引用発明がその適用を排斥しており、採用されることがあり得ないと考えられる副引用発明</p>
<p>(iv) 副引用発明を示す刊行物等に副引用発明と他の実施例とが記載又は掲載され、主引用発明が達成しようとする課題に関して、作用効果が他の実施例より劣る例として副引用発明が記載又は掲載されており、当業者が通常は適用を考えない副引用発明</p></blockquote>
<p>とくに上記(iv)の「当業者が通常は適用を考えない」という文言に端的に表れているように、阻害要因は、自然人の先入観に起因するものだと考えられる。</p>
<p>しかし、AIに、自然人のような先入観はあるのだろうか? ないのであれば、進歩性判断にあたり、阻害要因の考慮は不要であろう。</p>
<p>もっとも、《AIは、副引用発明を探して、主引用発明への適用“可能性”を提示するのみであって、最終的に適用可否を判断するのは、AIではなく自然人である》として、これら阻害要因の考慮を(AI利用を前提していなかった)これまでと同様に、維持してよい、という考えも成り立ちうる。</p>
<h3 id="予測できない顕著な効果">予測できない顕著な効果</h3>
<p>進歩性判断において、予測できない顕著な効果の有無を考慮することについて、AIとの「壁打ち」の結果生まれた発明固有の問題があるか否かについては、(上記の動機付け・阻害要因もさしたる検討ではなかったが、それ以上に)私の能力では考えることができない。</p>
<p>ただ、「予測できない」とされる範囲が、技術進歩によって今後ますます減っていくことは間違いなく、それを強く後押しするのがAI技術の発展なのかも知れない。</p>
<h2 id="おわりに">おわりに</h2>
<p>AIの一般化によって、従来に比べ「容易に発明することができ(る)」(特許法29条2項)ようになった(少なくとも近い将来そうなる)ことは疑いない。してみれば、これまでよりも進歩性のハードルを上げるべし――特許を与えにくくすべし――というのが、自然な帰結であろう<a href="#f-0acbcc04" id="fn-0acbcc04" name="fn-0acbcc04" title="中山一郎・前掲210頁参照。">*12</a>。</p>
<p>AI利用が当然視される現在、問題はすでに、進歩性の判断を変えるべきか否かではなく、どのように変えるべきか、に移行している。</p>
<h2 id="USPTOの対応-2024-02-14追記">USPTOの対応 (2024-02-14追記)</h2>
<p>USPTOは、2024年2月13日(現地時間)、<a href="https://www.federalregister.gov/public-inspection/2024-02623/guidance-inventorship-guidance-on-ai-assisted-inventions">「Inventorship Guidance for AI-Assisted Inventions」</a>、および、<a href="https://www.uspto.gov/initiatives/artificial-intelligence/artificial-intelligence-resources">2つの事例</a>を公表し、パブリックコメントの募集を開始した<a href="#f-861e1758" id="fn-861e1758" name="fn-861e1758" title="パブリックコメント募集中にもかかわらず、このガイダンスはすでに発効しており、(ガイダンス公表後になされた出願のみならず)全出願・権利について適用にされる。">*13</a>。</p>
<p>本ガイダンスの概要については、すでに、次の2つの日本語解説がある:</p>
<ul>
<li><p><a href="https://www.tokkyoteki.com/2024/02/uspto-ai-inventorship-guidance.html">Fubuki「USPTO、人工知能(AI)が関与する特許の発明者(inventorship)に関する詳細なガイダンスを公表」「医薬系”特許的”判例」ブログ</a></p></li>
<li><p><a href="https://www.jetro.go.jp/world/ipnews/us/2024/f9a78dfb392f640f.html">JETRO JETRO NY 知的財産部「USPTO、AI の支援を受けた発明の発明者適格に関するガイダンスを発行」</a></p></li>
</ul>
<p>このガイダンスは、AIを利用して生まれた発明<a href="#f-dda44e4b" id="fn-dda44e4b" name="fn-dda44e4b" title="なお、このガイダンスは、utility patentのみならず、design patentおよびplant patentを含む。">*14</a>(本稿で述べた“AIとの「壁打ち」の結果生まれた発明”を含む<a href="#f-65256468" id="fn-65256468" name="fn-65256468" title="公表された事例の一つ「Transaxle for Remote Control Car (Example 1)」は「壁打ち」をしていると考えられる。">*15</a>)の発明者適格性(inventorship)について述べたものだが、以下の興味深い記述もある:</p>
<blockquote><p>The USPTO recognizes that AI gives rise to other questions for the patent system besides inventorship, such as subject matter eligibility, obviousness, and enablement.</p>
<p>(snip)</p>
<p>The USPTO has been exploring issues at the intersection of AI and IP and is planning to continue to engage with our stakeholders as we move forward, issuing guidance as appropriate.</p></blockquote>
<p>上記の拙訳:</p>
<blockquote><p>USPTOは、AIが、発明者適格性以外にも、特許適格性・自明性・実施可能性などの問題を、特許制度に生じさせることを認識している。</p>
<p>(中略)</p>
<p>USPTOは、AIと知的財産との交錯における課題を探求し、適宜ガイダンスを発行しながら、今後もステークホルダーとの対話を続ける予定である。</p></blockquote>
<p>USPTOも、本稿で述べたような問題意識を持っているように思われる。今後も、USPTOの対応から目が離せない。</p>
<h2 id="更新履歴">更新履歴</h2>
<ul>
<li>2024-01-28 公開</li>
<li>2024-02-14 「USPTOの対応」を追記</li>
</ul>
<div class="footnote">
<p class="footnote"><a href="#fn-771224a9" id="f-771224a9" name="f-771224a9" class="footnote-number">*1</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text"><a href="https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/ai_kentoukai/gijisidai/dai5/index.html">知的財産戦略本部「AI時代の知的財産権検討会(第5回)」</a>の<a href="https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/ai_kentoukai/gijisidai/dai5/siryou1.pdf#page=29">「資料1 残された論点等(討議用)」(2024年1月26日)29頁</a>には、「AI技術の活用事例として、例えば、候補物質の絞り込み作業の支援業務などが挙げられるが、その利用は試行錯誤(壁打ち)の段階」と述べられている。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-896634ac" id="f-896634ac" name="f-896634ac" class="footnote-number">*2</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">発明の進歩性判断において、その発明が実際にAIを利用して生まれたのか否かを考えることに意味はなく、AIを利用してもなお、容易に発明することができないもののみに、進歩性要件充足を認めるべきである。中山一郎・後掲204頁以下参照。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-d7abdf68" id="f-d7abdf68" name="f-d7abdf68" class="footnote-number">*3</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">先行研究として、中山一郎「AIと進歩性」田村善之編著『知財とパブリック・ドメイン 第1巻:特許法篇』(2023,勁草書房)175頁[初出:別冊パテント22号(2019)179頁]、潮海久雄「特許法における進歩性要件の現代的課題」特許研究70号(2020)等がある。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-383ffb03" id="f-383ffb03" name="f-383ffb03" class="footnote-number">*4</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">塚原朋一「特許の進歩性判断の構造について」片山英二先生還暦記念『知的財産法の新しい流れ』(2010,青林書院)421頁以下参照。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-c448defb" id="f-c448defb" name="f-c448defb" class="footnote-number">*5</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">そして、全ての発明は、AIとの「壁打ち」の結果としても生まれうるのであるから、結局のところ、全ての発明に対して。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-ddd8f0aa" id="f-ddd8f0aa" name="f-ddd8f0aa" class="footnote-number">*6</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">[ピリミジン誘導体]知財高裁大合議判決では、「引用発明又は副引用発明の内容中の示唆,技術分野の関連性,課題や作用・機能の共通性<strong>等</strong>を総合的に考慮」と述べてられているが、「等」の詳細は不明である。『特許・実用新案審査基準』第III部 第2章 第2節 3.1.1 (2020.12)では、「動機付けとなり得る観点」として、「(1) 技術分野の関連性」「(2) 課題の共通性」「(3) 作用、機能の共通性」「(4) 引用発明の内容中の示唆」の4要素のみが挙げられている。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-dbab47c9" id="f-dbab47c9" name="f-dbab47c9" class="footnote-number">*7</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">すなわち、現在の進歩性判断枠組みの“大枠”に沿った指示をした場合。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-e076cd74" id="f-e076cd74" name="f-e076cd74" class="footnote-number">*8</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">AIが思考しているのか否か、私には判断できないので、「」に入れておく。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-12bd5c30" id="f-12bd5c30" name="f-12bd5c30" class="footnote-number">*9</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">潮海久雄・前掲47頁参照。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-e3c9be21" id="f-e3c9be21" name="f-e3c9be21" class="footnote-number">*10</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">塚原朋一・前掲428頁以下、および、同「同一技術分野論は終焉を迎えるか」特許研究51号(2011)2頁参照。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-dc87c31a" id="f-dc87c31a" name="f-dc87c31a" class="footnote-number">*11</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">例えば、『特許・実用新案審査基準』第III部 第2章 第2節 3.1.1 (2020.12)には、「審査官は、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けの有無を判断するに当たり、(1)から(4)までの動機付けとなり得る観点のうち「技術分野の関連性」については、他の動機付けとなり得る観点も併せて考慮しなければならない。」と述べられているが、このような注記が、AIとの「壁打ち」の結果生まれた発明について妥当するのだろうか。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-0acbcc04" id="f-0acbcc04" name="f-0acbcc04" class="footnote-number">*12</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">中山一郎・前掲210頁参照。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-861e1758" id="f-861e1758" name="f-861e1758" class="footnote-number">*13</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">パブリックコメント募集中にもかかわらず、このガイダンスはすでに発効しており、(ガイダンス公表後になされた出願のみならず)全出願・権利について適用にされる。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-dda44e4b" id="f-dda44e4b" name="f-dda44e4b" class="footnote-number">*14</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">なお、このガイダンスは、utility patentのみならず、design patentおよびplant patentを含む。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-65256468" id="f-65256468" name="f-65256468" class="footnote-number">*15</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">公表された事例の一つ<a href="https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/ai-inventorship-guidance-mechanical.pdf">「Transaxle for Remote Control Car (Example 1)」</a>は「壁打ち」をしていると考えられる。</span></p>
</div>
tanakakohsuke
Bruce Schneier『ハッキング思考』
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2024-01-07T17:18:17+09:00
2024-01-07T17:18:17+09:00 セキュリティの専門家であるブルース・シュナイアー(Bruce Schneier)の最新著書の邦訳(翻訳:高橋聡)、『ハッキング思考 強者はいかにしてルールを歪めるのか、それを正すにはどうしたらいいのか』(2023,日経BP)*1を読んだ。 「ハッキング」という書名から、コンピュータに関する話題のみを扱ったものに思われるかも知れないが、出版社による紹介ページの末尾にある、【目次】を見れば分かるとおり、本書は、コンピュータのみならず、法や政治を含む幅広い分野を対象としている。 その一部を、批評のために、引用する*2。本書において「ハック」とは、「システムの規則に従いながらもその意図をくじく技術」と…
<p>セキュリティの専門家である<a href="https://www.schneier.com/blog/about/">ブルース・シュナイアー(Bruce Schneier)</a>の最新著書の邦訳(翻訳:高橋聡)、『ハッキング思考 強者はいかにしてルールを歪めるのか、それを正すにはどうしたらいいのか』(2023,日経BP)<a href="#f-830ada88" id="fn-830ada88" name="fn-830ada88" title="原書の出版が2023年2月・邦訳の出版が2023年10月と、原書から間を開けずに邦訳が出版されたことに感謝したい。">*1</a>を読んだ。</p>
<p>「ハッキング」という書名から、コンピュータに関する話題のみを扱ったものに思われるかも知れないが、<a href="https://bookplus.nikkei.com/atcl/column/032900009/092700433/">出版社による紹介ページ</a>の末尾にある、【目次】を見れば分かるとおり、本書は、コンピュータのみならず、法や政治を含む幅広い分野を対象としている。</p>
<p>その一部を、批評のために、引用する<a href="#f-392c9f53" id="fn-392c9f53" name="fn-392c9f53" title="33章「コモン・ローをめぐるハッキング」より。">*2</a>。本書において「ハック」とは、「システムの規則に従いながらもその意図をくじく技術」と定義されている。</p>
<blockquote><p>コモン・ローとは、判例という形で司法上の判断をもとに成り立っている法である。立法府によって可決される成文法とも、政府各機関によって制定される規制法とも違う。コモン・ローは、成文法より柔軟性に富んでいる。時間がたっても一貫性を保つが、裁判官の判断によって進化することもできる。過去の判例を再適用したり、判例との類似性に基づいて判定したりすることもあれば、新しい状況に合わせて過去の判例の形を変えて応用することもあるからだ。基本的には、合法と確定された、つまり今後の判例となる一連のハックが、進化になっていく。</p>
<p>特許法を例に考えてみる。特許法は制定法に基づいているが、細部の大部分は判例に基づく規則で成り立っている。特許は億単位の価値をもつことがあり、訴訟も日常茶飯事だ。特許には大金がかかっているので、システムのハックは後を絶たない。ひとつだけ、特許の差止を例にあげよう。特許権者が特許を侵害されたとき、裁判所で最終的な判決が出るまで、ただちに差止を請求して、その侵害を止めることができるという考え方である。2006年まで、差止請求は簡単だった。〔略〕</p>
<p>差止請求のハックについては、テクノロジーおよびオンラインオークション会社であるメルクエクスチェンジ(MercExchange)が、同じオークションサイトのイーベイを訴えたときに判定が下されている。〔略〕連邦最高裁判所は2006年にこれを取り上げ、特許差止請求に関する規則を改めて、この脆弱性にパッチを当てた。差止が妥当かどうかを判定する際には、これまでより厳格に4つの要件の立証を適用するよう、各裁判所に命じたのである<a href="#f-91c931d9" id="fn-91c931d9" name="fn-91c931d9" title="引用者注:eBay Inc. v. MercExchange, L.L.C., 547 U.S. 388 (2006).">*3</a>。</p>
<p>法が新たな環境、新たな展開、新たな技術に適応していく過程はハッキングである。法律の専門家は誰ひとりとしてハッキングとは呼ばないが、基本的には間違いなくハッキングだ。</p></blockquote>
<p>上記は、コモン・ローについて述べたものだが、判例による「進化」は、日本法制にも当てはまるものだろう。</p>
<p>日本法制のうち特許法領域でいえば、構成要素の一部でも国外にあれば日本特許権の侵害を免れられるという「ハック」に対し、「パッチ」を施した知財高大判令和5年5月26日(令和4年(ネ)第10046号)[コメント配信システム]が記憶に新しい<a href="#f-b9f9deda" id="fn-b9f9deda" name="fn-b9f9deda" title="知財高裁判決を「判例」と称してよいかは、さておく。">*4</a>。</p>
<p>もっとも、上記引用のなかで、理解しがたい点もある。次の文である:</p>
<blockquote><p>特許権者が特許を侵害されたとき、裁判所で最終的な判決が出るまで、ただちに差止を請求して、その侵害を止めることができるという考え方である。</p></blockquote>
<p>「裁判所で最終的な判決が出るまで、ただちに差止を請求して、その侵害を止めることができる」とは、どういうことだろうか? 一般的な「差止」、すなわち終局的差止命令(permanent injunction)は、判決により初めて出されるはずである。</p>
<p>そこで、まず、邦訳に誤りがあるのではないかと思い、<a href="https://www.schneier.com/books/a-hackers-mind/">原著</a><a href="#f-71e2cb8f" id="fn-71e2cb8f" name="fn-71e2cb8f" title=""A Hacker’s Mind How the Powerful Bend Society’s Rules, and How to Bend them Back”">*5</a>(のKindle版)を確認したところ、この文の原文は以下のものであった:</p>
<blockquote><p>The idea with patent injunctions is that someone whose patent is being infringed on can obtain a quick injunction preventing that infringement until the court issues a final ruling.</p></blockquote>
<p>すなわち、邦訳に誤りはない(訳者の高橋聡さん、疑って申し訳ありませんでした……)。</p>
<p>であれば、「裁判所で最終的な判決が出るまで、ただちに差止を請求して、その侵害を止めることができる」の「差止」とは、暫定的差止命令(preliminary injunction)のことなのだろうか? しかし、そうすると、eBay連邦最判の話とつながらない気がする。あの最判は終局的差止命令についてのものだからである。</p>
<p>こうなったら、この文の「差止」が、終局的差止命令を意味するのか、それとも暫定的差止命令を意味するのか、著者本人に訊くしかない!</p>
<p>幸い、著者のメールアドレスは、公開されている。でも、多忙だろうし、凄まじい数のメールを受け取ってもいるだろうから、返信はきっと来ないだろうな。そう思いながら、著者へ質問のメールを出した。</p>
<p><strong id=large-strong>返信はすぐに来た!!</strong></p>
<style>
#large-strong {
color: red;
font-size: 150%;
}
</style>
<p>大要<a href="#f-adf38bba" id="fn-adf38bba" name="fn-adf38bba" title="短い返信だったので、「大要」というより、ほぼそのままであるが。">*6</a>「憶えていない。ただ、暫定的差止命令を意味していたのだと思う」との回答であった……。</p>
<p>しかし、暫定的差止命令は、eBay連邦最判の前でも、(本書の上記引用部分の認識と異なり)簡単に認められるものではなかったように思われる<a href="#f-a8a4ec47" id="fn-a8a4ec47" name="fn-a8a4ec47" title="例えば、Amazon.com, Inc. v. Barnesandnoble.com, Inc., 239 F.3d 1343 (Fed. Cir. 2001)において、CAFCは、連邦地裁の出した暫定的差止命令を取り消した(vacate)。">*7</a>。</p>
<p>ただし、上記点に拘わらず、<strong>本書は、興味深く示唆に富む記述に溢れたものであり、一読する価値があると断言できる。</strong></p>
<h1 id="更新履歴">更新履歴</h1>
<ul>
<li>2024-01-07 公開</li>
</ul>
<div class="footnote">
<p class="footnote"><a href="#fn-830ada88" id="f-830ada88" name="f-830ada88" class="footnote-number">*1</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">原書の出版が2023年2月・邦訳の出版が2023年10月と、原書から間を開けずに邦訳が出版されたことに感謝したい。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-392c9f53" id="f-392c9f53" name="f-392c9f53" class="footnote-number">*2</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">33章「コモン・ローをめぐるハッキング」より。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-91c931d9" id="f-91c931d9" name="f-91c931d9" class="footnote-number">*3</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">引用者注:eBay Inc. v. MercExchange, L.L.C., 547 U.S. 388 (2006).</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-b9f9deda" id="f-b9f9deda" name="f-b9f9deda" class="footnote-number">*4</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">知財高裁判決を「判例」と称してよいかは、さておく。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-71e2cb8f" id="f-71e2cb8f" name="f-71e2cb8f" class="footnote-number">*5</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">"A Hacker’s Mind How the Powerful Bend Society’s Rules, and How to Bend them Back”</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-adf38bba" id="f-adf38bba" name="f-adf38bba" class="footnote-number">*6</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">短い返信だったので、「大要」というより、ほぼそのままであるが。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-a8a4ec47" id="f-a8a4ec47" name="f-a8a4ec47" class="footnote-number">*7</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">例えば、Amazon.com, Inc. v. Barnesandnoble.com, Inc., 239 F.3d 1343 (Fed. Cir. 2001)において、CAFCは、連邦地裁の出した暫定的差止命令を取り消した(vacate)。</span></p>
</div>
tanakakohsuke
方法の発明の102条1項適用について ― 令和5年不競法改正を踏まえて ―
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2023-12-29T18:22:45+09:00
2023-12-29T18:22:45+09:00 特許法102条1項 特許法102条1項は、次のものである。特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、次の各号に掲げる額の合計額を、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。一 特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額に、自己の特許権又は専用実施権を侵害した者が譲渡した物の数量(……)のうち当該特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた数量(……)を超えない部分(…
<div class="section">
<h3 id="特許法102条1項"><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項</h3>
<p><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項は、次のものである。</p><p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;"><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者が<strong>その侵害の行為を組成した物を譲渡</strong>したときは、次の各号に掲げる額の合計額を、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。</p><p>一 <a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額に、自己の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>又は専用実施権を侵害した者が<strong>譲渡した物</strong>の数量(……)のうち当該<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者又は専用実施権者の実施の能力に応じた数量(……)を超えない部分(その全部又は一部に相当する数量を当該<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量(……)を控除した数量)を乗じて得た額</p><p>二 [引用者注:略]</div></p><br />
<p>この102条1項につき、<a href="https://patent-law.hatenablog.com/entry/2023/01/15/221943">年初の本ウェブログの投稿</a>で、次のように書いた(注は省略;太字による強調は今回の追加)。</p>
<blockquote>
<p>このように条文では、数ある実施行為(2条3項)のうち「譲渡」のみが挙げられている。「譲渡」以外の実施行為(<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害行為)については、102条1項を適用できる余地は全くないのだろうか。……「譲渡」以外の実施行為であっても、「物」(プログラム等を含む)の移動が伴う行為 ― 「貸渡し」「電気通信回線を通じた提供」「輸入」「輸出」 ― については、102条1項の適用(あるいは類推適用)が可能であるように思われる。</p><br />
<p>それでは、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害行為が「使用」の場合には、102条1項は(類推)適用できるのか。以下、特許発明が物の発明である場合と方法の発明である場合とに分けて検討する。</p><br />
<p>物の発明の場合は、侵害製品(特許発明の技術的範囲に含まれる侵害者の製品)は「侵害の行為を組成した物」(102条1項柱書)に該当するため、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が特許発明実施製品(あるいは侵害製品の競合製品)の「使用」1回ごとに利益を得ていると言えるならば、その利益の額を「侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額」に対応するものと捉えることで、102条1項の類推適用を認めても良いのではなかろうか。「譲渡」の場合と本質的には変わりがないと考えられるからである。</p><br />
<p>一方、<strong>方法の発明の場合は、</strong>侵害方法(特許発明の技術的範囲に含まれる侵害者の行為)において物(装置等)が用いられていたとしても、当該物は「侵害の行為に供した物」であって「侵害の行為を組成した物」とは言えない。そのため、<strong>102条1項の(類推)適用は難しいように思われる。</strong></p>
</blockquote>
</div>
<div class="section">
<h3 id="令和5年改正不競法5条1項">令和5年改正不競法5条1項</h3>
<p>ところで、令和5年法律第51号により、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%D4%C0%B5%B6%A5%C1%E8%CB%C9%BB%DF%CB%A1">不正競争防止法</a>5条1項は、以下のように改正された(下線は改正部分を表し、太字による強調は引用者による)<a href="#f-7d9622b1" id="fn-7d9622b1" name="fn-7d9622b1" title="施行日は、令和6(2024)年4月1日。">*1</a>。</p><p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">第二条第一項第一号から第十六号まで又は第二十二号に掲げる不正競争によって営業上の利益を侵害された者(以下この項において「被侵害者」という。)が故意又は過失により自己の営業上の利益を侵害した者<u>(以下この項において「侵害者」という。)</u>に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、<u>侵害者</u>がその侵害の行為を組成した<u>物(電磁的記録を含む。</u>以下この項において<u>同じ。)を譲渡したとき(侵害の行為により生じた物を譲渡したときを含む。)、<strong>又はその侵害の行為により生じた役務を提供したとき</strong>は、次に掲げる額の合計額を</u>、被侵害者が受けた損害の額とすることができる。</p><p><u>一 被侵害者がその侵害の行為がなければ販売することができた物又は<strong>提供することができた役務</strong>の単位数量当たりの利益の額に、侵害者が譲渡した当該物又は提供した当該役務の数量(……)のうち被侵害者の販売又は提供の能力に応じた数量(……)を超えない部分(その全部又は一部に相当する数量を被侵害者が販売又は提供をすることができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量(……)を控除した数量)を乗じて得た額</p><p>二 [引用者注:以下略]</u></div></p><br />
<p>上記太字強調部の改正は、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%BA%B6%C8%B9%BD%C2%A4%BF%B3%B5%C4%B2%F1">産業構造審議会</a>による次の検討結果<a href="#f-c6cd4d8b" id="fn-c6cd4d8b" name="fn-c6cd4d8b" title="[https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/chiteki_zaisan/fusei_kyoso/20230310_report.html:title=産業構造審議会 知的財産分科会 不正競争防止小委員会『デジタル化に伴うビジネスの多様化を踏まえた不正競争防止法の在り方』(2023)]19頁以下。">*2</a>を踏まえたものである:</p>
<blockquote>
<p>……また、<strong>役務を提供をしている場合にも同項<small>〔引用者注:令和5年改正前不競法5条1項〕</small>を適用することができないが、ビジネスモデルが多様化する中、「物の譲渡」に限らない、役務提供をしている事例にも同項を適用可能とすべきではないか、との課題意識のもと検討を行った。</strong></p><br />
<p>これらの課題意識を踏まえ、同項において、技術上の秘密に限定されている対象情報を営業秘密全般に拡充し、さらに<strong>「物を譲渡」した場合のみを想定している要件をデータや役務を提供している場合にも拡充するとの提案を行った。</strong>なお、同項は、その構造上、元々商取引に単位が認められ、当該単位で競争している場合に活用できる規定であるため、仮に拡充を行ったとしても、商取引単位が観念できないものについては適用することができない<a href="#f-adbdb508" id="fn-adbdb508" name="fn-adbdb508" title="引用者注:「商取引単位が観念できないものについては適用することができない」との部分は、条文には反映されていない。今後の解釈に委ねられたと言えよう。">*3</a>との整理もあわせて提示した。</p>
</blockquote>
<p>立案担当者解説も、上記改正部分につき、次のように説明する(太字による強調は引用者による)<a href="#f-99012d90" id="fn-99012d90" name="fn-99012d90" title="黒川直毅ほか「令和5年不正競争防止法改正の概要」L&T101号(2023)37頁。">*4</a>。</p>
<blockquote>
<p>現行法5条1項は、「物を譲渡」と規定しており、データの販売や役務の提供を行った事例に同項が適用されるかが文言上不明確であった。</p><br />
<p>……技術の進展に伴い、データが化体した商品も現れているところ、商品の中には、物やデータだけでなく役務を提供する場合(たとえば営業秘密である消費動向データを使用して学習を行って将来の消費動向の予測を可能にするAI 学習プログラムなどの営業秘密が化体した商品を用いて、将来の消費動向を提示するサービスの提供や、血液に関する<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B2%BD%B3%D8%CA%AC%C0%CF">化学分析</a>結果のデータを用いて、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%C4%EA%BC%C0%B4%B5">特定疾患</a>の発症リスクを評価するサービスの提供)も十分に想定されるところである。</p><br />
<p>そして、<strong>物の譲渡であれ、データまたはサービスのような役務の提供であれ、侵害者の利益が過少である場合に<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B0%EF%BC%BA%CD%F8%B1%D7">逸失利益</a>に見合った賠償がなされない可能性や、侵害者の利益額を証明する困難さを含め損害額の立証の困難性に違いはない。</strong></p><br />
<p>そこで、「物を譲渡」した場合を想定している現行法5条1項の要件をデータ(電磁的記録)や役務を提供した場合にも拡充した(改正法5条1項)。</p>
</blockquote>
</div>
<div class="section">
<h3 id="不競法改正のもたらす特許法解釈変更の可能性">不競法改正のもたらす、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>解釈変更の可能性</h3>
<p>この不競法改正を受けて、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項の解釈 ―役務提供への適用許否についての解釈 ―は変わるのだろうか。</p><p>一つの考え方としては、現行<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項には、不競法5条1項に今般追加された「その侵害の行為により生じた役務を提供したとき」といった文言は存在しないのだから、方法の発明の実施(による役務提供)に、102条1項の適用は許されない(不競法5条1項の今般改正でそのことが確認された)、というものがある。</p><p>しかし、もう一つの考え方として、令和5年不競法改正立案担当者の挙げる「物の譲渡であれ、データまたはサービスのような役務の提供であれ、侵害者の利益が過少である場合に<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B0%EF%BC%BA%CD%F8%B1%D7">逸失利益</a>に見合った賠償がなされない可能性や、侵害者の利益額を証明する困難さを含め損害額の立証の困難性に違いはない」との状況は、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>でも変わりがないのだから、方法の発明の実施(による役務提供)について<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項(類推)適用を認めるべきである、というものも、あり得るように思われる。</p><p>さらに、上記立案担当者は、「現行法5条1項は、「物を譲渡」と規定しており、データの販売や役務の提供を行った事例に同項が適用されるかが文言上不明確であった。」とも記している。</p><p>不競法5条1項への「その侵害の行為により生じた役務を提供したとき」の文言追加の目的が「明確」化であり、改正前から役務提供についても5条1項適用が認められていた、と言えるのならば、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項についても同様に、「その侵害の行為により生じた役務を提供したとき」といった文言が存在せずとも、方法の発明の実施による役務提供に対し、102条1項の適用が可能と言えよう。</p><br />
<p>本年は、このように、年初で示した<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%E4%B8%AB">私見</a>(という程のものではないが)を一部改めることにより、終えることとする。</p><p>来年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="更新履歴">更新履歴</h3>
<ul>
<li>2023-12-29 公開</li>
</ul>
</div><div class="footnote">
<p class="footnote"><a href="#fn-7d9622b1" id="f-7d9622b1" name="f-7d9622b1" class="footnote-number">*1</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">施行日は、令和6(2024)年4月1日。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-c6cd4d8b" id="f-c6cd4d8b" name="f-c6cd4d8b" class="footnote-number">*2</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text"><a href="https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/chiteki_zaisan/fusei_kyoso/20230310_report.html">産業構造審議会 知的財産分科会 不正競争防止小委員会『デジタル化に伴うビジネスの多様化を踏まえた不正競争防止法の在り方』(2023)</a>19頁以下。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-adbdb508" id="f-adbdb508" name="f-adbdb508" class="footnote-number">*3</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">引用者注:「商取引単位が観念できないものについては適用することができない」との部分は、条文には反映されていない。今後の解釈に委ねられたと言えよう。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-99012d90" id="f-99012d90" name="f-99012d90" class="footnote-number">*4</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">黒川直毅ほか「令和5年<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%D4%C0%B5%B6%A5%C1%E8%CB%C9%BB%DF%CB%A1">不正競争防止法</a>改正の概要」L&T101号(2023)37頁。</span></p>
</div>
tanakakohsuke
Dedication法理と文言解釈
hatenablog://entry/6801883189065644591
2023-12-10T17:34:22+09:00
2023-12-10T17:34:22+09:00 マキサカルシトール事件最判=最二判平成29年3月24日(平成28年(受)第1242号)民集71巻3号359頁は、 《明細書に記載しながら、クレームには記載していない事項は、公衆へ提供(Dedication to the Public)されているため、当該事項を権利範囲に含むという主張は封じられる》というDedication法理を認めたと解される。 すなわち、最高裁は、均等第5要件について、次の一般論を示した(強調は引用者による)。 出願人が,特許出願時に,その特許に係る特許発明について,特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき,特許請求の範囲に記載された構成を対象製品等に…
<p><a href="https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=86634">マキサカルシトール事件最判=最二判平成29年3月24日(平成28年(受)第1242号)民集71巻3号359頁</a>は、
《明細書に記載しながら、クレームには記載していない事項は、公衆へ提供(Dedication to the Public)されているため、当該事項を権利範囲に含むという主張は封じられる》というDedication法理を認めたと解される。</p>
<p>すなわち、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%C7%B9%E2%BA%DB">最高裁</a>は、均等第5要件について、次の一般論を示した(強調は引用者による)。</p>
<blockquote><p>出願人が,特許出願時に,その特許に係る特許発明について,<strong>特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき,特許請求の範囲に記載された構成を対象製品等に係る構成と置き換えることができるものであることを明細書等に記載する</strong>など,客観的,外形的にみて,対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには,明細書の開示を受ける第<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BC%D4">三者</a>も,その表示に基づき,対象製品等が特許請求の範囲から除外されたものとして理解するといえるから,<strong>当該出願人において,対象製品等が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したと解されるような行動をとったものということができる。</strong>また,以上のようなときに上記特段の事情が存するものとすることは,発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もって産業の発達に寄与するという<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>の目的にかない,出願人と第<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BC%D4">三者</a>の利害を適切に調整するものであって,相当なものというべきである。</p></blockquote>
<p>しかしながら、明細書に記載した実施形態の一部がクレーム範囲には包含されていない(ようにも解釈できる)という事態は、出願人の単なるミスに由来することがほとんどであろう<sup id="fnref:1"><a href="#fn:1" rel="footnote">1</a></sup>。</p>
<p>そのようなミスが、均等論をもってしても治癒しないというのは、当該実施形態を開示した出願人に対して、厳しい仕打ちではなかろうか。</p>
<p>そう考えると、Dedication法理を前提とする場合、原則として、明細書に記載された実施形態はクレーム範囲に含まれるものと解釈する<sup id="fnref:2"><a href="#fn:2" rel="footnote">2</a></sup>、すなわち、ミスした出願人を均等論ではなくクレーム文言解釈で救うのが、特許出願への<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A4%A5%F3%A5%BB%A5%F3%A5%C6%A5%A3%A5%D6">インセンティブ</a>を削がない方策のように思われる<sup id="fnref:3"><a href="#fn:3" rel="footnote">3</a></sup>。</p>
<p>ただし、明細書に記載された実施形態につき、クレーム文言上<strong>明らかに</strong>含まれない場合や、審査過程等において出願人がクレーム範囲からの除外を<strong>明言</strong>している場合は、上記原則は当てはまらず、その実施形態をクレーム範囲に含める解釈を採るべきではない。これらの場合、当該実施形態がクレーム範囲に含まれないとの第<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BC%D4">三者</a>の強い信頼が生じており、このような場合にまで出願人の救済を認めてしまうと、第<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BC%D4">三者</a>の信頼を著しく損なうからである。</p>
<p>もっとも、「文言上<strong>明らかに</strong>含まれない」「除外を<strong>明言</strong>」と、言葉では簡単に言えても、「明らか」か否か、実際の判断には困難が伴うであろう。</p>
<p>そのことを示した裁<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>が、<a href="https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=90391">東京地判令和3年3月30日(平成30年(ワ)第38504号等)</a>であるように思われる。</p>
<p>この事案は、クレーム文言の「有効成分」の解釈が問題となったものである。<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%EC%B5%FE%C3%CF%BA%DB">東京地裁</a>は、文言侵害を否定するとともに、明細書の記載を理由に、均等第5要件非充足と判断し、均等侵害も否定した。その判断については、評価が分かれているようである。</p>
<p>この裁<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>の詳細な分析は、以下を参照:</p>
<ul>
<li><a href="https://www.tokkyoteki.com/2021/06/2021-03-30-toray-v-sawai-h30-wa-38504a-h30-wa-39508b.html">Fubuki「判批」医薬系”特許的”判例ブログ(2021年06月26日)</a></li>
<li><a href="https://thinkpat.seesaa.net/article/482223288.html#s4">想特一三「判批」そーとく日記(2021年07月02日)</a></li>
</ul>
<p>また、この事案に関連する、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁の差止仮処分命令につき、以下を参照:</p>
<ul>
<li><a href="https://www.tokkyoteki.com/2022/10/toray-news-nalfurafine-preliminary-injunction.html">Fubuki「東レ レミッチ®(ナルフラフィン)用途発明に係る延長特許権侵害訴訟で知財高裁が沢井・扶桑に対して後発医薬品の製造販売差止仮処分命令を発出」医薬系”特許的”判例ブログ(2022年10月13日)</a></li>
</ul>
<p>本事案の帰趨に注目したい。</p>
<h1 id="更新履歴">更新履歴</h1>
<ul>
<li>2023-12-10 公開</li>
</ul>
<div class="footnotes">
<hr/>
<ol>
<li id="fn:1">
<a href="http://hdl.handle.net/2115/72316">田村善之「判批」知的財産法政策学研究52号(2018)</a>243頁参照。<a href="#fnref:1" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:2">
<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%E2%CE%D3%CE%B6">高林龍</a>『標準<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>〔第7版〕』(<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%CD%AD%C8%E5%B3%D5">有斐閣</a>,2020)220頁注10の提唱するものとは<strong>異なる</strong>が、これも「融通性のある」クレーム解釈かも知れない。<a href="#fnref:2" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:3">
小池眞一「特許判決の分析の視点と近時の動向」(2023年11月30日開催の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%FC%CB%DC%CA%DB%CD%FD%BB%CE%B2%F1">日本弁理士会</a>関西会京都地区会主催研修の資料)45頁は、<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=4885">知財高判平成30年3月26日(平成29年(ネ)第10092号)</a>および<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=5854">知財高大判令和4年10月20日( 令和2年(ネ)第10024号)</a>を挙げつつ、「実施例を内包するようにクレーム解釈を展開している」のが近時の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁判決の傾向だと分析している。この分析が正しければ、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁は、Dedication法理を意識しているか否かはさておき、この方策を実践していることになる。<a href="#fnref:3" rev="footnote">↩</a></li>
</ol>
</div>
tanakakohsuke
訂正要件の判断に誤りがあるとして審決を取り消した事案 ― 知財高判令和5年10月5日(令和4年(行ケ)第10126号)
hatenablog://entry/6801883189052542912
2023-10-22T17:20:49+09:00
2023-10-22T21:29:06+09:00 判決概要 X(原告)の特許権について、Y(被告)が特許無効審判を請求した。審判においてXは訂正請求を行なったが、特許庁は、この訂正請求を認めず、さらに(訂正前の)本件発明1および2はサポート要件を満たさないと判断して、特許無効審決をなした。そこで、Xが審決取消しを求め訴訟提起したところ、知財高判令和5年10月5日(令和4年(行ケ)第10126号)は、特許庁による訂正要件の判断には誤りがあり、また、サポート要件の判断対象となる発明は訂正後の発明であるとして、特許無効審決を取り消した。 本件発明および本件訂正発明 請求項1 本件発明1(訂正前の請求項1の記載)HFO-1234yfと、HFC-143…
<div class="section">
<h3 id="判決概要">判決概要</h3>
<p>X(原告)の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>について、Y(被告)が特許無効審判を請求した。審判においてXは訂正請求を行なったが、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%C4%A3">特許庁</a>は、この訂正請求を認めず、さらに(訂正前の)本件発明1および2はサポート要件を満たさないと判断して、特許無効審決をなした。</p><p>そこで、Xが審決取消しを求め訴訟提起したところ、<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=6030">知財高判令和5年10月5日(令和4年(行ケ)第10126号)</a>は、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%C4%A3">特許庁</a>による訂正要件の判断には誤りがあり、また、サポート要件の判断対象となる発明は訂正後の発明であるとして、特許無効審決を取り消した。</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="本件発明および本件訂正発明">本件発明および本件訂正発明</h3>
<div class="section">
<h4 id="請求項1">請求項1</h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">本件発明1(訂正前の請求項1の記載)<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;"><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfと、HFC-143a、およびHFC-254eb、を含む組成物であって、HFC-143aを0.2重量パーセント以下で、HFC-254ebを1.9重量パーセント以下で含有する組成物。</div></p><p>訂正後の請求項1の記載(訂正前後での変化箇所に下線を付した)<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;"><u>77.0モルパーセント以上の</u><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfと、HFC-143a、およびHFC-254eb、を含む組成物であって、HFC-143aを0.2重量パーセント以下で、HFC-254ebを1.9重量パーセント以下で含有する組成物。</div></div></p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="請求項2">請求項2</h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">本件発明2(訂正前の請求項2の記載)<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;"><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfと、HFC-143a、およびHFC-254eb、を含む組成物であって、HFC-143aを0.1~0.2重量パーセント、HFC-254ebを0.7~1.9重量パーセント以下で含有する組成物。</div></p><p>訂正後の請求項2の記載<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;"><u>82.5モルパーセント以上の</u><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfと、HFC-143a、およびHFC-254eb、を含む組成物であって、HFC-143aを0.1~0.2重量パーセント、HFC-254ebを0.7~1.9重量パーセント以下で含有する組成物。</div></div></p>
</div>
</div>
<div class="section">
<h3 id="判決抜粋強調は引用者による">判決抜粋<small>(強調は引用者による)</small></h3>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">特許請求の範囲等の訂正は、「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内」においてしなければならないところ(<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>134条の2第9項、126条5項)、これは、出願当初から発明の開示が十分に行われるようにして、迅速な権利付与を担保するとともに、出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BC%D4">三者</a>が不測の不利益を被ることのないようにしたものと解される。「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項(以下、単に「当初技術的事項」という。)を意味すると解するのが相当であり、訂正が、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正は、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。</p><p>……[引用者注:本件明細書の]【0121】~【0123】(表5(【表6】))に記載された実施例15は、HCFC-244bbから<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfへ、触媒無しで変換したところ生じた、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yf、HFC-143a及びHFC-254ebを含む組成物が4例記載されており(加熱された温度(℃)がそれぞれ550、574、603、626)、当該組成物に含まれる<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfの量がそれぞれ、57.0、77.0、85.0、82.5モルパーセントであることが記載されている。</p><p>……もっとも、本件明細書には、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfを調製するに当たり、追加の化合物としてHFC-143a及びHFC-254ebが含まれることについての技術的意義をうかがわせる記載はなく、また、<strong>化合物中の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfの量が57.0、77.0、85.0、82.5モルパーセントであることについての技術的意義をうかがわせる記載もない。</strong></p><p>……本件訂正により、本件発明1の化合物のうちの<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfの含有量の下限が77.0モルパーセントと定められたことになるが、前記……のとおり、この数値自体は本件明細書に記載されていたものである。しかるところ、<strong>本件明細書の記載に照らしても当該数値に格別の技術的意義があるとは認められないから、本件訂正により、本件発明1に関し、新たな技術的事項が付加されたということはできない。</strong></p><p>……本件訂正により、本件発明2の化合物のうちの<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfの含有量の下限が82.5モルパーセントと定められたことになるが、前記……のとおり、この数値自体は本件明細書に記載されていたものであり、また、<strong>本件明細書の記載に照らしても当該数値に格別の技術的意義があるとは認められないから、前記……と同様の理由により、本件訂正は、本件発明2に関し、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。</strong></p><p>……したがって、本件訂正は、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものというべきである。</p><p>……以上によれば、本件訂正は「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」されたものと認めることになるから、本件訂正が<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>134条の2第9項において準用する同法126条5項の規定に適合しないとした本件審決の判断は誤りであり、原告の主張する取消事由1(訂正要件適合性に係る判断の誤り)には理由がある。</p><p>また、取消事由2についても、<strong>サポート要件違反の判断の対象となる発明は、本件訂正発明となるべきところ、本件審決は、[引用者注:本件訂正前の]本件発明について判断をしているのであるから、取消しを免れない。</strong></div></p><p><hr></p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="雑感">雑感</h3>
<div class="section">
<h4 id="新たな技術的事項">「新たな技術的事項」</h4>
<p>「本件明細書の記載に照らしても当該数値に格別の技術的意義があるとは認められないから、本件訂正により、本件発明1に関し、新たな技術的事項が付加されたということはできない。」という判示につき、以下の2点が気になった。</p><p>第一に、「当該数値に格別の技術的意義があるとは認められ<strong>ない</strong>から、……新たな技術的事項が付加されたということはできない。」との論理は何を意味しているのか。「格別の技術的意義」―例えば、数値限定の臨界的意義―がある場合は、「新たな技術的事項が付加された」として訂正を認めない、ということだろうか。しかし、「技術的意義」の付加される訂正を認めないのであれば、特許無効を回避するという訂正の最大の目的が果たせなくなる。</p><p>第二に、「本件訂正により、本件発明1に関し、新たな技術的事項が付加されたということはできない」との判示は、訂正前の発明(本件発明1)と訂正後の発明とを比較して、「新たな技術的事項が付加された」か否かを判断しているようにも読める。しかし、そのような判断をしているのであれば、妥当ではない。<strong>「明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項」</strong>と訂正後の発明とを比較して、後者について、新たな技術的事項を導入しないものであれば、126条5項の要件は満たす。訂正前後の発明を見て判断するのは、126条1項ただし書き各号(訂正目的要件)および同条6項(実質的拡張・変更ではない)の要件である。</p><p>なお、<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=4836">知財高判平成30年1月22日(平成29年(行ケ)第10007号)</a>も、「訂正後の化学物質群は,訂正前の基本骨格(……)を共通して有するものである。加えて,<strong>訂正後の化学物質群について,訂正前の化学物質群に比して顕著な作用効果を奏するとも認め難い。</strong>そうすると,選択肢を削除することによって,本件明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものではない。」(強調は引用者による)と述べており、本判決と似た論理構成である。</p><p>これら判決は、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高大判平成20年5月30日(平成18年(行ケ)第10563号)[ソルダーレジスト]が、「本件へのあてはめ」において、「[引用者注:本件各訂正により]引用発明の内容となっている特定の組合せを除外することによって,<strong>本件明細書に記載された本件訂正前の各発明に関する技術的事項に何らかの変更を生じさせているものとはいえないから,本件各訂正が本件明細書に開示された技術的事項に新たな技術的事項を付加したものでないことは明らかであり</strong>,本件各訂正は,当業者によって,本件明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであることが明らかであるということができる。」(強調は引用者による)と述べているのを、範としたのかも知れない。しかし、[ソルダーレジスト]大合議判決は、(1)たしかに訂正前の発明と訂正後の発明とを比較しているが、訂正前の発明が「本件明細書に記載され」ていることを前提としており、(2)また訂正によって「訂正前の各発明に関する技術的<strong>事項</strong>」に変更がないと述べているだけで、訂正により「格別の技術的<strong>意義</strong>」や「顕著な作用効果」が新たに生ずることを禁止しているわけではない<a href="#f-c9fea05b" name="fn-c9fea05b" title="ただし、「除くクレーム」への訂正については、別の考え方がありうるかも知れない。例えば、[https://www.inpit.go.jp/content/100030617.pdf:title=吉田広志「知財高大判平成20年5月30日(平成18年(行ケ)第10563号)判批」特許研究47号(2009)76頁以下]は、「除くクレーム」への補正・訂正前後で発明の「一体性と連続性」が保たれている必要があると述べる。">*1</a>。</p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="特許庁への差戻し"><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%C4%A3">特許庁</a>への差戻し</h4>
<p>上記のとおり、本件審決<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%E8%BE%C3%C1%CA%BE%D9">取消訴訟</a>では、サポート要件の判断対象となる発明は訂正後の請求項1および2に係る発明であるとして、訂正前の発明について(のみ)サポート要件の判断を行ない特許無効と判断した審決を取り消し、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%C4%A3">特許庁</a>へ審理を差し戻した。</p><p>しかし、請求項1に係る発明については、本件審決<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%E8%BE%C3%C1%CA%BE%D9">取消訴訟</a>と同一の裁判体が、本件と同一の当事者間における同一<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の侵害訴訟(<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=6031">知財高判令和5年10月5日(令和4年(ネ)第10094号)</a>)において、本件と同日に、以下のように、本件と同様の訂正を認めたとしてもサポート要件違反のため特許無効である、と判示しているのである(強調は引用者)。</p><p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">本件訂正発明についても、本件発明に係る請求項1の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfにつて「77.0モルパーセント以上」という下限が設定されただけで、本件訂正後の特許請求の範囲及び本件明細書の記載を総合しても、当該下限にどのような技術的意義があり、これによりどのような課題を解決することができるのかは明らかにされていない。また、前記……同様、本件訂正発明に係る組成物の構成により解決しようとしている課題や、その解決方法が本件明細書に記載されていないことには変わりはない。したがって、<strong>訂正が有効だとしても、本件訂正発明に係る特許請求の範囲の記載には、前記……と同じ理由により、サポート要件違反の無効理由が存在することとなるので、訂正の再抗弁によりサポート要件違反の無効理由を解消することはできない。</strong></div></p><p>訂正後の請求項2に係る発明についても、上記と同様の論理でサポート要件違反と判断されることは間違いない。</p><p>加えて、本件審決<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%E8%BE%C3%C1%CA%BE%D9">取消訴訟</a>において、Xはサポート要件充足についての主張も行なっているから、訂正後の発明がサポート要件違反と判断されても、Xにとって不意打ちとはなるまい。</p><p>このような状況下において、審決を取り消し、あらためて<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%C4%A3">特許庁</a>に特許無効審決を出させる意義は何か、考えさせられる事案である。</p>
</div>
</div>
<div class="section">
<h3 id="更新履歴">更新履歴</h3>
<ul>
<li>2023-10-22 公開</li>
<li>2023-10-22 「除くクレーム」への訂正について記した注を追加</li>
</ul>
</div><div class="footnote">
<p class="footnote"><a href="#fn-c9fea05b" name="f-c9fea05b" class="footnote-number">*1</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">ただし、「除くクレーム」への訂正については、別の考え方がありうるかも知れない。例えば、<a href="https://www.inpit.go.jp/content/100030617.pdf">吉田広志「知財高大判平成20年5月30日(平成18年(行ケ)第10563号)判批」特許研究47号(2009)76頁以下</a>は、「除くクレーム」への補正・訂正前後で発明の「一体性と連続性」が保たれている必要があると述べる。</span></p>
</div>
tanakakohsuke
「除くクレーム」への訂正について判断された事案 ― 知財高判令和5年10月5日(令和4年(行ケ)第10125号)
hatenablog://entry/6801883189051004365
2023-10-16T22:16:08+09:00
2023-10-19T06:47:01+09:00 はじめに 本判決(知財高判令和5年10月5日(令和4年(行ケ)第10125号))*1は、「除くクレーム」への訂正を認めなかった審決を、知財高裁が取り消したという事案である。その判示内容には、知財高大判平成20年5月30日(平成18年(行ケ)第10563号)[ソルダーレジスト]の解釈等、いくつか検討の余地があるため、本稿を記す。 事案の経緯 原告は、本件特許の特許権者である。被告が、本件特許について特許無効審判を請求したところ、特許庁は、本件発明1(後記)は新規性要件を満たさない等の理由があるため特許を無効にする、との審決の予告を行なった。これに対し、原告は本件訂正(後記)を請求したが、特許庁は…
<div class="section">
<h3 id="はじめに">はじめに</h3>
<p>本判決(<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=6033">知財高判令和5年10月5日(令和4年(行ケ)第10125号)</a>)<a href="#f-9f5bf542" name="fn-9f5bf542" title="裁判体は清水響・浅井憲・勝又来未子。">*1</a>は、「除くクレーム」への訂正を認めなかった審決を、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁が取り消したという事案である。</p><p>その判示内容には、<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=1452">知財高大判平成20年5月30日(平成18年(行ケ)第10563号)[ソルダーレジスト]</a>の解釈等、いくつか検討の余地があるため、本稿を記す。</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="事案の経緯">事案の経緯</h3>
<p>原告は、本件特許の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者である。</p><p>被告が、本件特許について特許無効審判を請求したところ、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%C4%A3">特許庁</a>は、本件発明1(後記)は新規性要件を満たさない等の理由があるため特許を無効にする、との審決の予告を行なった。これに対し、原告は本件訂正(後記)を請求したが、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%C4%A3">特許庁</a>は、本件訂正は新規事項追加に当たり認められないとした上で、特許無効審決をなした。</p><p>これを不服として、原告が審決取消を請求したのが、本件である。</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="本件発明1および本件訂正">本件発明1および本件訂正</h3>
<div class="section">
<h4 id="本件発明1">本件発明1</h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;"><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、<br />
を含む組成物。</div></p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="本件訂正請求項1に係るもののみ抜粋強調は引用者による">本件訂正<small>(請求項1に係るもののみ抜粋;強調は引用者による)</small></h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">請求項1の「を含む組成物」の記載を「を含む組成物(<strong>HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く</strong>)」に訂正する。</div></p><p></p>
</div>
</div>
<div class="section">
<h3 id="審決および被告の主張">審決および被告の主張</h3>
<p>判示事項に入る前に、本件無効審決の内容(無効2020-800082)および本審決<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%E8%BE%C3%C1%CA%BE%D9">取消訴訟</a>での被告主張内容を抜粋して示す。「裁判所の判断」の項より前は、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁による判示事項では<strong>ない</strong>ため、留意されたい。</p>
<div class="section">
<h4 id="審決の抜粋">審決の抜粋</h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">本件訂正のような、いわゆる「除くクレーム」に数値範囲の限定を伴う訂正が新規事項を追加しないものであるというためには、「除く」対象が存在すること、すなわち、訂正前の請求項1に係る発明において、「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれているといえるか、または、「除く」対象が存在しないとしても、すなわち、訂正前の請求項1に係る発明において、「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれていないとしても、訂正後の請求項1に係る発明には、「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれることが明⽰されることになるから、訂正前の請求項1に係る発明に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているといえる必要があると解される。</p><p>……</p><p>ましてや、本件明細書には、HCFC-225cbについての記載がないのであるから、その含有量については不明としかいうほかない。すなわち、訂正前の請求項1に係る発明が「HCFC-225cb」を含むことは想定されていないというべきである。</p><p>そうすると、訂正前の請求項1に係る発明に「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれているということはできないし、訂正前の請求項1に係る発明に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているということもできない。</p><p>以上のとおり、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲⼜は図⾯に記載した事項との関係において新たな技術的事項を導⼊するものであって、新規事項を追加するものに該当し、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>第134条の2第9項で準⽤する同法第126条第5項の規定に違反する。</div></p><p></p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="本訴訟における被告主張の抜粋本判決より引用">本訴訟における被告主張の抜粋<small>(本判決より引用)</small></h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">ソルダーレジスト大合議判決は、いわゆる「除くクレーム」によって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」について、新規事項の追加に該当しない場合があることを判示したものであるが、本件訂正は、除くクレームによって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」になっていない。</p><p>すなわち、本件発明1と甲4発明が同一である部分は、「CF3CF=CH2(HFC-1234yf)(10%)、CF3CF2CH3(20%)、CF3CFHCH3(48%)、HCFC-225cb(20%)を含む揮発性物質」であるから、特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正をするのであれば、「ただし、HFC-1234yfを10%、HFC-254ebを20%、HFC-245cbを48%、HCFC-225cbを20%含む組成物を除く」との訂正をすべきである。</p><p>本件のように、特許出願に係る発明と同一の発明が存在することを奇貨として、除くクレームの形式で自由に訂正発明の内容を規定することができるとすれば、第<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BC%D4">三者</a>に不測の損害をもたらすこととなる。</div></p><p></p>
</div>
</div>
<div class="section">
<h3 id="裁判所の判断強調は引用者による">裁判所の判断<small>(強調は引用者による)</small></h3>
<p><div style="border-style: double; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">特許請求の範囲等の訂正は、「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内」においてしなければならないところ(<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>134条の2第9項、126条5項)、これは、出願当初から発明の開示が十分に行われるようにして、迅速な権利付与を担保するとともに、出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BC%D4">三者</a>が不測の不利益を被ることのないようにしたものと解され、「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項(以下、単に「当初技術的事項」という。)を意味すると解するのが相当であり、訂正が、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正は、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。</p><p>……</p><p>そこで検討するに、前記……の通り、<strong>本件明細書等にはHCFC-225cbに係る記載は全くない</strong>ものの、前記……のとおり、本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は、その文言上、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbを含む限り、それ以外のいかなる物質をも含み得る組成物を意味するものと解されるものである。そして、<strong>本件訂正により、「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く」と特定されたことをもって、本件訂正発明1には、HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物が含まれないことが明示されたということはできるものの、本件訂正発明1が、HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物であることが明示されたということはできない。</strong></p><p>……したがって、<strong>本件訂正は、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものというべきである。</strong></p><p>……被告は、本件訂正は、甲4発明と同一である部分を除外する訂正とはいえず、除くクレームによって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」になっていないから認められないと主張する。</p><p>しかしながら、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>134条の2第1項に基づき特許請求の範囲を訂正するときは、願書に添付した明細書、特許請求の範囲または図面に記載した事項の範囲内でしなければならず、実質上、特許請求の範囲を拡張し、変更するものであってはならないとされている(同条9項、同法126条5項及び6項)が、<strong>それ以上に先願発明と同一である部分のみを除外することや、当該特許出願前に公知であった先行技術と同一である部分のみを除外することは要件とされていない。</strong>そして、訂正が、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」行われた場合、すなわち、当初技術的事項との関係において、<strong>新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正によって第<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BC%D4">三者</a>に不測の損害をおよぼすとは考え難いから、同項に規定する訂正要件の解釈として、被告が主張するような要件を加重することは相当ではないというべきである。</strong></p><p>また、被告は、除くクレームの形式で自由に訂正発明の内容を規定することは許されない旨主張しているところ、本件訂正は、前記……のとおり、甲4による新規性欠如及び進歩性欠如の無効理由がある旨の審決の予告を受けてされた訂正であるが、前記……のとおり、甲4には、甲4発明が記載されているのみならず、「HCFC-225cbを含むハロカーボン混合物から、・・ヒドロフルオロカーボンを直接的に調製する有利な方法に関する。・・この方法は相当量の該HCFC-225cbを他の化合物へ転化することなく行われる。」(【0012】)、「本発明による好ましい混合物とは、化合物HCFC-225cbを含む混合物である。他の好ましい態様において、混合物は本質的に約1~約99重量パーセントのHCFC-225cb・・とから成る」(【0015】)との記載があり、同各記載を踏まえると、本件訂正は、甲4に記載された発明と実質的に同一であると評価される蓋然性がある部分を除外しようとするものといえるから、<strong>本件訂正は先行技術である甲4に記載された発明とは無関係に、自由に訂正発明の内容を規定するものとはいえない。</strong></p><p>そして、本件審決は、本件訂正が新たな技術的事項を導入するものであることを理由に訂正を認めず、本件発明に係る本件特許を無効としたものであるが、本件訂正が新たな技術的事項を導入するものであるとはいえないことは前記したとおりである。そうすると、本件審決は同法134条の2第9項において準用する同法126条5項の訂正要件の解釈を誤ったものとして、取消しを免れない。</div></p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="雑感">雑感</h3>
<p>まず、本判決における「「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項(以下、単に「当初技術的事項」という。)を意味すると解するのが相当であり、訂正が、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正は、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。」との一般論は、[ソルダーレジスト]大合議判決により示された補正・<small>(厳密に言えば特許無効審判における)</small>訂正についての一般論、ほぼそのままであり、問題とはなり得まい。</p><p>他方、(訂正前の)クレームを解釈してもその存在(含有)を一切導出できない構成であり、かつ、明細書・図面にも記載のない構成である、「HCFC-225cb」<small>(の一<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%EA%CE%CC">定量</a>以上)</small>を除く訂正を、「新たな技術的事項を導入しないもの」と判断した点には、異論がありえよう。</p><p>加えて、被告の「本件訂正は、除くクレームによって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」になっていない。」との主張に対して、裁判所が「当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正によって第<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BC%D4">三者</a>に不測の損害をおよぼすとは考え難いから、同項[引用者注:126条5項(および6項もか?)]に規定する訂正要件の解釈として、被告が主張するような要件を加重することは相当ではないというべきである。」と応じている点にも、異論があるかも知れない。</p><p>というのも、[ソルダーレジスト]大合議判決は、29条の2の先願発明の内容(のみ)をクレームから除く訂正が認められた事案であり、当該大合議判決は次の判示をしているからである(強調は引用者による):</p><p><div style="border-style: groove; border-width: 3px; padding: 10px 10px 10px 10px;">無効審判の被請求人が,特許請求の範囲の記載について,「ただし,…を除く。」などの消極的表現(いわゆる「除くクレーム」)によって特許出願に係る発明のうち<strong>先願発明と同一である部分を除外する訂正</strong>を請求する場合がある。</p><p>このような場合,<strong><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者は,特許出願時において先願発明の存在を認識していないから,当該特許出願に係る明細書又は図面には先願発明についての具体的な記載が存在しないのが通常であるが,明細書又は図面に具体的に記載されていない事項を訂正事項とする訂正についても,……,明細書又は図面の記載によって開示された技術的事項に対し,新たな技術的事項を導入しないものであると認められる限り,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」する訂正であるというべきである。</strong></p><p>……</p><p>本件各訂正は,<strong>本件訂正前の各発明から先願発明と同一の部分を除外するために,</strong>除外の対象となる部分である引用発明の内容を,本件訂正前発明1及び2の成分(A)~(D)及び同(A)~(E)ごとに分説し,各成分に該当し得る物質又は製品の一部を,同実施例2の特定の物質又は製品の記載を引用しながら特定し,消極的表現(いわゆる「除くクレーム」)によって除外するものであるということができる。</div></p><p>すなわち、上記判示から、[ソルダーレジスト]大合議判決は、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が「特許出願時において先願発明の存在を認識していない」場合であって、その先願発明のみを除く場合に限って、「明細書又は図面に具体的に記載されていない事項」をクレームから除く補正・訂正を認めている、と読めなくもないからである。</p><p>しかし、私は、[ソルダーレジスト]大合議判決を踏まえても、本判決(<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高判令和5年10月5日(令和4年(行ケ)第10125号))の「新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正によって第<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BC%D4">三者</a>に不測の損害をおよぼすとは考え難いから、同項に規定する訂正要件の解釈として、被告が主張するような要件を加重することは相当ではない」とする判示は妥当だと考える<a href="#f-e4c89eb9" name="fn-e4c89eb9" title="「第三者に不測の損害をおよぼ」さないため、より正しくは、訂正目的要件(126条1項但書各号)をも充足する必要があろうが。">*2</a>。</p><p>なぜならば、(「除くクレーム」への補正・訂正ではない)通常の補正・訂正は当然のことながら先願発明との関係は要求されないところ、[ソルダーレジスト]大合議判決は、判決当時の(除くクレームへの補正を「例外」と位置付けていた)審査基準に対して、「「除くクレーム」とする補正が本来認められないものであることを前提とするこのような考え方は適切ではない。……「例外的」な取扱いを想定する余地はない」と述べているからである。すなわち、大合議判決は「除くクレーム」への補正・訂正も「例外的」なものではないと考えているのであり、してみれば、「除くクレーム」への補正・訂正のみ、先願発明との関係を要求するのは、道理にかなわない<a href="#f-39667188" name="fn-39667188" title="もっとも、「明細書又は図面に具体的に記載されていない事項」を、「除く」の形か別の形かを問わず、クレームに追記(補正・訂正)する際に、「新たな技術的事項を導入しないもの」か否かの判断の考慮要素として、先願発明との関係を含めることが許される、と[ソルダーレジスト]大合議判決を読むのは、論理的にはあり得るかも知れない。">*3</a>。</p><p>さて、ここまでであれば、本判決(<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高判令和5年10月5日(令和4年(行ケ)第10125号))の論理を理解できるが、その直後に現れる「本件訂正は先行技術である甲4に記載された発明とは無関係に、自由に訂正発明の内容を規定するものとはいえない。」との判示は理解できない。本判決のそれまでの「訂正要件の解釈として、被告が主張するような要件を加重することは相当ではない」との論理からすれば、「新たな技術的事項を導入しない」訂正(であり、かつ実質拡張・変更ではない訂正)であれば、先行技術と「無関係に」訂正を認めて良いはずである。このような判示を行なう必要は全くなかったように思われる。</p><p>最後に、審決<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%E8%BE%C3%C1%CA%BE%D9">取消訴訟</a>の審理範囲という点から仕方ないことではあるが、本判決は、本件訂正が126条5項の要件を満たすと判断したのみで、訂正目的要件(同条1項但書各号)や実質拡張・変更ではないとの要件(同条6項)の充足性については言及していないことに、留意が必要であろう<a href="#f-2ea83913" name="fn-2ea83913" title="本判決は、「本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は、その文言上、HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbを含む限り、それ以外のいかなる物質をも含み得る組成物を意味するものと解されるものである。そして、本件訂正により、「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く」と特定されたことをもって、本件訂正発明1には、HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物が含まれないことが明示されたということはできる」と述べていることから、「特許請求の範囲の減縮」(126条1項但書1号)に当たり、実質拡張・変更ではない、と解釈しているとは思われるが。">*4</a>。</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="更新履歴">更新履歴</h3>
<ul>
<li>2023-10-16 公開</li>
<li>2023-10-19 誤記の修正・若干の追記</li>
</ul>
</div><div class="footnote">
<p class="footnote"><a href="#fn-9f5bf542" name="f-9f5bf542" class="footnote-number">*1</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">裁判体は清水響・浅井憲・勝又来未子。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-e4c89eb9" name="f-e4c89eb9" class="footnote-number">*2</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">「第<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BC%D4">三者</a>に不測の損害をおよぼ」さないため、より正しくは、訂正目的要件(126条1項但書各号)をも充足する必要があろうが。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-39667188" name="f-39667188" class="footnote-number">*3</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">もっとも、「明細書又は図面に具体的に記載されていない事項」を、<strong>「除く」の形か別の形かを問わず</strong>、クレームに追記(補正・訂正)する際に、「新たな技術的事項を導入しないもの」か否かの判断の考慮要素として、先願発明との関係を含めることが許される、と[ソルダーレジスト]大合議判決を読むのは、論理的にはあり得るかも知れない。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-2ea83913" name="f-2ea83913" class="footnote-number">*4</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">本判決は、「本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は、その文言上、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbを含む限り、<strong>それ以外のいかなる物質をも含み得る</strong>組成物を意味するものと解されるものである。そして、本件訂正により、「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く」と特定されたことをもって、本件訂正発明1には、HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物が<strong>含まれない</strong>ことが明示されたということはできる」と述べていることから、「特許請求の範囲の減縮」(126条1項但書1号)に当たり、実質拡張・変更ではない、と解釈しているとは思われるが。</span></p>
</div>
tanakakohsuke
サポート要件と「課題」との関係 ― 知財高判令和5年10月5日(令和4年(ネ)第10094号)
hatenablog://entry/820878482974060212
2023-10-08T20:38:10+09:00
2023-10-08T20:38:10+09:00 本件の概要 本件(知財高判令和5年10月5日(令和4年(ネ)第10094号))は、特許権者である原告=控訴人が、被告=被控訴人の行為は本件発明にかかる特許権の侵害に当たるとして、被告製品の販売等差止および廃棄を求めた事案である。原判決(東京地判令和4年8月2日(令和3年(ワ)第29388号))は、本件出願は、原出願当初明細書等に記載された事項の範囲内でされたものとはいえず、分割出願としては不適法であるとし、その結果、新規性要件(29条1項3号)を充足しないと判断して*1、原告の請求を棄却した。そこで、原告が知財高裁へ控訴したところ、本件控訴審判決(本判決)は、サポート要件(36条6項1号)の非…
<div class="section">
<h3 id="本件の概要">本件の概要</h3>
<p>本件(<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高判令和5年10月5日(令和4年(ネ)第10094号))は、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者である原告=控訴人が、被告=被控訴人の行為は本件発明にかかる<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の侵害に当たるとして、被告製品の販売等差止および廃棄を求めた事案である。</p><p>原判決(東京地判令和4年8月2日(令和3年(ワ)第29388号))は、本件出願は、原出願当初明細書等に記載された事項の範囲内でされたものとはいえず、分割出願としては不適法であるとし、その結果、新規性要件(29条1項3号)を充足しないと判断して<a href="#f-42ac5ef5" name="fn-42ac5ef5" title="サポート要件充足性も争点であったが、地裁の判断は示されなかった。">*1</a>、原告の請求を棄却した。</p><p>そこで、原告が<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁へ控訴したところ、本件<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B5%C1%CA%BF%B3">控訴審</a>判決(本判決)は、サポート要件(36条6項1号)の非充足を理由として、控訴を棄却した。</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="本件発明">本件発明</h3>
<p><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfと、HFC-143a、およびHFC-254eb、を含む組成物であって、HFC-143aを0.2重量パーセント以下で、HFC-254ebを1.9重量パーセント以下で含有する組成物。<br />
<br />
</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="本件明細書の抜粋">本件明細書の抜粋</h3>
<p>【技術分野】<br />
【0001】<br />
本開示内容は、熱伝達組成物、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%A2%A5%ED%A5%BE%A5%EB">エアロゾル</a>噴霧剤、発泡剤、ブロー剤、溶媒、クリーニング剤、キャリア流体、置換乾燥剤、バフ研磨剤、重合媒体、ポリオレフィンおよびポリウレタンの膨張剤、ガス状誘電体、消火剤および液体またはガス状形態にある消火剤として有用な組成物の分野に関する。特に、本開示内容は、2,3,3,3,-テトラフルオロプロペン(<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfまたは1234yf)または2,3-ジクロロ-1,1,1-トリフルオロプロパン(HCFC-243dbまたは243db)、2-クロロ-1,1,1-トリフルオロプロペン(HCFO-1233xfまたは1233xf)または2-クロロ-1,1,1,2-テトラフルオロプロパン(HCFC-244bb)を含む組成物等の熱伝達組成物として有用な組成物に関する。<br />
【背景技術】<br />
【0002】<br />
新たな環境規制によって、冷蔵、空調およびヒートポンプ装置に用いる新たな組成物が必要とされてきた。低<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CF%B5%E5%B2%B9%C3%C8%B2%BD">地球温暖化</a>係数の化合物が特に着目されている。<br />
【発明の概要】<br />
【発明が解決しようとする課題】<br />
【0003】<br />
出願人は、1234yf等の新たな低<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CF%B5%E5%B2%B9%C3%C8%B2%BD">地球温暖化</a>係数の化合物を調製する際に、特定の追加の化合物が少量で存在することを見出した。<br />
【課題を解決するための手段】<br />
……<br />
【発明を実施するための形態】<br />
【0010】<br />
<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfには、いくつかある用途の中で特に、冷蔵、熱伝達流体、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%A2%A5%ED%A5%BE%A5%EB">エアロゾル</a>噴霧剤、発泡膨張剤としての用途が示唆されてきた。また、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfは、V.C.Papadimitriouらにより、Physical<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C3%A3%E8%A3%E5%A3%ED%A3%E9%A3%F3%A3%F4%A3%F2%A3%F9">Chemistry</a>ChemicalPhysics、2007、9巻、1-13頁に記録されているとおり、低<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CF%B5%E5%B2%B9%C3%C8%B2%BD">地球温暖化</a>係数(GWP)を有することも分かっており有利である。このように、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfは、高GWP飽和HFC冷媒に替わる良い候補である。<br />
<br />
</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="判決抜粋強調は引用者による">判決抜粋(強調は引用者による)</h3>
<p>本件発明は、熱伝達組成物等として有用な組成物の分野に関するものであり、新たな環境規制によって、冷蔵、空調及びヒートポンプ装置に用いる新たな組成物が必要とされてきたことを背景として、低<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CF%B5%E5%B2%B9%C3%C8%B2%BD">地球温暖化</a>係数の化合物が特に着目されているところ、1234yf等の新たな低<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CF%B5%E5%B2%B9%C3%C8%B2%BD">地球温暖化</a>係数の化合物を調製する際に、特定の追加の化合物が少量で存在することを見出したというものである(本件明細書の【0001】~【0003】。……)。</p><p>……</p><p>(1) <strong>特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決することができると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決することができると認識することができる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。</strong></p><p>(2) 本件についてみると、本件明細書(……)には、「発明が解決しようとする課題」として、「出願人は、1234yf等の新たな低<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CF%B5%E5%B2%B9%C3%C8%B2%BD">地球温暖化</a>係数の化合物を調製する際に、特定の追加の化合物が少量で存在することを見出した。」(【0003】)との記載がある。また、「……」(【0004】)、「……」(【0010】)といった記載に、【0013】、【0016】、【0019】、【0022】、【0030】、【図1】の記載を総合すると本件明細書には、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfが低<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CF%B5%E5%B2%B9%C3%C8%B2%BD">地球温暖化</a>係数(GWP)を有することが知られており、高GWP飽和HFC冷媒に替わる良い候補であること、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfを調製する際に特定の追加の化合物が少量存在すること、本件発明の組成物に含まれる追加の化合物の一つとして約1重量パーセント未満のHFC-143aがあること、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfを調製する過程において生じる副生成物や、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yf又はその原料(HCFC-243db、HCFO-1233xf、HCFC-244bb)に含まれる不純物が、追加の化合物に該当することが記載されているということができる。</p><p>しかるところ、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfは、原出願日前において、既に低<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CF%B5%E5%B2%B9%C3%C8%B2%BD">地球温暖化</a>係数(GWP)を有する化合物として有用であることが知られていたことは、【0010】の記載自体からも明らかである。したがって、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfを調製する際に追加の化合物が少量存在することにより、<strong>どのような技術的意義があるのか、いかなる作用効果があり、これによりどのような課題が解決されることになるのかといった点が記載されていなければ、本件発明が解決しようとした課題が記載されていることにはならない。</strong>しかし、本件明細書には、これらの点について何ら記載がなく、その余の記載をみても、本件明細書には、本件発明が解決しようとした課題をうかがわせる部分はない。本件明細書には、「技術分野」として、「本開示内容は、熱伝達組成物、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%A2%A5%ED%A5%BE%A5%EB">エアロゾル</a>噴霧剤、発泡剤、ブロー剤、溶媒、クリーニング剤、キャリア流体、置換乾燥剤、バフ研磨剤、重合媒体、ポリオレフィンおよびポリウレタンの膨張剤、ガス状誘電体、消火剤および液体またはガス状形態にある消火剤として有用な組成物の分野に関する。特に、本開示内容は、……を含む組成物等の熱伝達組成物として有用な組成物に関する。」(【0001】)との記載があるが、同記載は、本件発明が属する技術分野の説明にすぎないから、この記載から本件発明が解決しようとする課題を理解することはできない。</p><p>そうすると、本件明細書に形式的に記載された「発明が解決しようとする課題」は、本件発明の課題の記載としては不十分であり、<strong>本件明細書には本件発明の課題が記載されていないというほかない。そうである以上、当業者が、本件明細書の記載により本件発明の課題を解決することができると認識することができるということもできない。</strong></p><p>(3) 仮に、上記【0001】の記載をもって本件発明の課題を説明したものと理解したとしても、次に述べるとおり、本件明細書の記載をもって、当業者が当該課題を解決することができると認識することができるとは認められない。</p><p>すなわち、この場合の本件発明の課題は、「2,3,3,3,-テトラフルオロプロペン(<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfまたは1234yf)または2,3-ジクロロ-1,1,1-トリフルオロプロパン(HCFC-243dbまたは243db)、2-クロロ-1,1,1-トリフルオロプロペン(HCFO-1233xfまたは1233xf)または2-クロロ-1,1,1,2-テトラフルオロプロパン(HCFC-244bb)を含む組成物等の熱伝達組成物として有用な組成物を提供すること」と理解されることとなるはずである。</p><p>そして、本件発明は、①<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yf、②0.2重量パーセント以下のHFC-143a、③1.9重量パーセント以下のHFC-254ebを含む組成物によって、当該課題を解決するものということになる。</p><p>しかるところ、<strong>本件明細書には、上記①~③を含む組成物についての記載がされているとはいえない。</strong>すなわち、【0121】~【0123】(表5(【表6】))には、実施例15として、HCFC-244bbから<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfへ、触媒無しで変換したところ生じた、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yf、HFC-143a及びHFC-254ebを含む組成物が4例記載されており(加熱された温度(℃)がそれぞれ550、574、603、626)、当該組成物に含まれるHFC-143aの量がそれぞれ、0.1、0.1、0.2、0.2モルパーセントであること、及び同HFC-254ebの量がそれぞれ1.7、1.9、1.4、0.7モルパーセントであることが記載されている。しかしながら、表5(【表6】)に記載された組成物には「未知」のものが含まれており、その分子量を知ることができないから、同表において、モルパーセントの単位をもって記載されたHFC-143a及びHFC-254ebの含有量を、重量パーセントの含有量へと換算することはできない。そうすると、本件明細書には、上記①~③の構成を有する組成物についての記載がされていないというほかない。<strong>それのみならず、本件明細書には、このような構成を有する組成物が、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yfの前記有用性にとどまらず、いかなる意味において「有用」な組成物になるのか、という点について何ら記載されておらず、示唆した部分もない。したがって、当業者が、本件明細書の記載から、上記①~③の構成を有する組成物が、熱伝達組成物として「有用な」組成物であるものと理解することもできない。</strong></p><p>したがって、当業者は、本件明細書の記載により本件発明の課題を解決することができると認識することはない。</p><p>(4) 以上のとおり、分割出願が有効であり、出願日が原出願日(平成21年5月7日)となると考えたとしても、本件発明に係る特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するということができないから、本件発明に係る特許は、無効審判請求により無効とされるべきものである(<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>123条1項4号、36条6項1号)。そして、このことは、分割出願が無効であり、出願日が分割出願の日(令和元年9月4日)となる場合でも同様である。<br />
<br />
</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="雑感">雑感</h3>
<p>本判決は、明細書に「発明が解決しようとする課題」の記載が実質的に存在しないことを理由として、サポート要件の充足を否定した点に特徴がある。</p><p><hr /></p><p>本質的な部分ではないが、まず言及しておきたいのが、「本件明細書に形式的に記載された「発明が解決しようとする課題」は、本件発明の課題の記載としては不十分であり、本件明細書には本件発明の課題が記載されていないというほかない。」という部分である。この判示は、舌足らずであり、誤解を招くように感じる。すなわち、この判示だけを見ると、明細書の「発明が解決しようとする課題」欄の記載(【0003】)のみから、「本件明細書には本件発明の課題が記載されていない」と認定判断したかのように読める。実際には、「本件明細書には、これらの点について何ら記載がなく、その余の記載をみても、本件明細書には、本件発明が解決しようとした課題をうかがわせる部分はない。」という判示からも分かるように、本判決は明細書全体から「課題」を探し出そうとしている。</p><p><hr /></p><p>本論に入ろう。</p><p>本判決の述べる、「特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決することができると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決することができると認識することができる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。」との、サポート要件についての一般論は、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高大判平成17年11月11日(平成17年(行ケ)第10042号)[偏光フイルムの製造法]の判示、ほぼそのままであり、実務に加え、学説でも、おおむね承認されているものである。</p><p>ここで、サポート要件を規定した36条6項1号は、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」というものであり、条文上「課題」についての言及はない。加えて、後述するように「課題」のない発明もあり得る。それゆえ、「課題」を重視しているように感じられる、この一般論に、私は疑問を持っている<a href="#f-12eb52a3" name="fn-12eb52a3" title="それゆえ、知財高大判[偏光フイルムの製造法]に反旗を翻した(ものの追従する裁判例の現れなかった)、知財高判平成22年1月28日(平成21年(行ケ)第10033号)[フリバンセリン]の「法36条6項1号は……「特許請求の範囲」と「発明の詳細な説明」とを対比して,「特許請求の範囲」の記載が「発明の詳細な説明」に記載された技術的事項の範囲を超えるような広範な範囲にまで独占権を付与することを防止する趣旨で設けられた規定である。そうすると,「発明の詳細な説明」の記載内容に関する解釈の手法は,同規定の趣旨に照らして,「特許請求の範囲」が「発明の詳細な説明」に記載された技術的事項の範囲のものであるか否かを判断するのに,必要かつ合目的的な解釈手法によるべきであって,特段の事情のない限りは,「発明の詳細な説明」において実施例等で記載・開示された技術的事項を形式的に理解することで足りるというべきである。」との判示に、少なからず共感を覚える。">*2</a>。</p><p>サポート要件は、明細書の発明の詳細な説明に実施形態・実施例として(“点”として)書かれたものを、どこまで抽象化・上位概念化して(“面”として)クレームに書けるのか規律したもの、と捉えるべきではなかろうか。</p><p>そうであれば、サポート要件の充足性判断において、「課題」の特定が有用な場合もあろうが、常に「課題」を特定して判断する必要はないように思われる<a href="#f-8a650dc6" name="fn-8a650dc6" title="例えば、実施例に“点”として書かれたものを、そのまま“点”としてクレームに記載した場合は、「課題」の特定は不要であろう。ただし、《それでは、クレーム文言をそのまま明細書にも記載しておくことだけで、サポート要件充足ということになり、本要件が機能しないのではないか》という問題があり、[フリバンセリン]判決直後、しばしば提起されていた。この問題につき、私は、“点”の内容・実態に依ると考えている。">*3</a>。それゆえ、「本件明細書には本件発明の課題が記載されていないというほかない。そうである以上、当業者が、本件明細書の記載により本件発明の課題を解決することができると認識することができるということもできない。」と述べ、《明細書から課題が特定できなければ、ただちにサポート要件を充足しない》とした判断した本判決は、妥当とは言いがたいと感じる。</p><p>本事案において、サポート要件の充足を否定するには、端的に、「①<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C8%A3%C6%A3%CF">HFO</a>-1234yf、②0.2重量パーセント以下のHFC-143a、③1.9重量パーセント以下のHFC-254ebを含む組成物」が明細書に記載されていないこと(この点は事実認定されている)を述べるだけで十分だったのではなかろうか。</p><p><hr /></p><p>さらに、サポート要件充足性判断の文脈で、「どのような技術的意義があるのか、いかなる作用効果があり、これによりどのような課題が解決されることになるのかといった点が記載されていなければ、本件発明が解決しようとした課題が記載されていることにはならない。」と本判決が述べている点も気になる。</p><p>「技術的意義」云々は、サポート要件(36条6項1号)ではなく、36条4項1号の委任省令である<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>施行規則24条の2「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>第三十六条第四項第一号の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B7%D0%BA%D1%BB%BA%B6%C8%BE%CA">経済産業省</a>令で定めるところによる記載は、発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければならない。」の問題ではないのか。</p><p>この委任省令につき、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁平成21年7月29日(平成20年(行ケ)第10237号)[スロットマシン]は、次のように判示する(強調は引用者による):<br />
「いわゆる実施可能要件を定めた<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>36条4項1号の下において,<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>施行規則24条の2が,(明細書には)「発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項」を記載すべきとしたのは,<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>が,いわゆる実施可能要件を設けた前記の趣旨の実効性を,実質的に確保するためであるということができる。そのような趣旨に照らすならば,<strong><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>施行規則24条の2の規定した「技術上の意義を理解するために必要な事項」は,実施可能要件の有無を判断するに当たっての間接的な判断要素として活用されるよう解釈適用されるべきであって,実施可能要件と別個の独立した要件として,形式的に解釈適用されるべきではない。</strong>」</p><p>ところで、『特許・実用新案審査基準』の委任省令要件に関する部分(第II部 第1章 第2節)に、興味深い記載がある:<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">以下の(i)、(ii)等の発明のように、もともと課題が想定されていないと認められる場合は、課題の記載は求められない。<br />
(i) 従来技術と全く異なる新規な発想に基づき開発された発明<br />
(ii) 試行錯誤の結果の発見に基づく発明(例:化学物質の発明)<br />
なお、このように、課題が想定されていない場合は、その課題を発明がどのように解決したか(解決手段)の記載も求められない。「その解決手段」は、課題との関連において初めて意義を有するものであり、課題が認識されなければ、その課題を発明がどのように解決したかは認識されないからである。</div></p><p>この審査基準の記載からすると、「課題」の存在しない発明もあり得るということになり、ますます、サポート要件において「課題」を重視することに疑問が生ずる。</p><p>もっとも、上記審査基準のいう「課題」は、発明が完成する前に(発明を創作する際に)想定・認識する「課題」であって、発明が完成した<strong>後</strong>に判明する(こともある)「発明が解決しようとする課題」(=発明の奏する効果と表裏一体のもの)<a href="#f-e3270e05" name="fn-e3270e05" title="例えば、偶然生まれた化学物質に、有益な効果Xがあると分かれば、「効果Xを奏する新たな化学物質を得ること」が「発明が解決しようとする課題」と(後付けで)言える。">*4</a>とは異なるのかも知れない<a href="#f-f76c1ef3" name="fn-f76c1ef3" title="もっとも、このように「課題」を区別するのであれば、特許庁がなにゆえ(「発明が解決しようとする課題」にのみ言及する)委任省令に関する審査基準において、このような記載をしたのか、意図が不明であるが。">*5</a>。</p><p>しかし、後者の、効果と表裏一体である「発明が解決しようとする課題」は、次に述べる「発明の有用性」に帰着し、サポート要件の問題として取り扱う必要はないように思われる。</p><p><hr /></p><p>本判決は、「仮に、上記【0001】の記載をもって本件発明の課題を説明したものと理解したとしても、……本件明細書には、このような構成を有する組成物が……いかなる意味において「有用」な組成物になるのか、という点について何ら記載されておらず、示唆した部分もない。したがって、当業者が、本件明細書の記載から、上記①~③の構成を有する組成物が、熱伝達組成物として「有用な」組成物であるものと理解することもできない。」と、発明の有用性にも言及している。</p><p>この判示は、本件明細書の段落【0001】に「有用な組成物」との記載があったためであり、サポート要件の充足性判断一般に、有用性を考慮する趣旨ではないと思われる。</p><p>仮に、本事案に限らず、有用性を考慮してサポート要件の充足性を判断すべしとの趣旨であれば、疑問なしとしない。発明の有用性は、サポート要件(および実施可能要件)の問題ではなく、29条1項柱書の産業上利用可能性の問題として扱うほうが適切ではなかろうか<a href="#f-3be3ad3e" name="fn-3be3ad3e" title="前田健『特許法における明細書による開示の役割』(商事法務,2012)67頁,81頁も参照。">*6</a>。</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="更新履歴">更新履歴</h3>
<ul>
<li>2023-10-08 公開</li>
</ul>
</div><div class="footnote">
<p class="footnote"><a href="#fn-42ac5ef5" name="f-42ac5ef5" class="footnote-number">*1</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">サポート要件充足性も争点であったが、地裁の判断は示されなかった。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-12eb52a3" name="f-12eb52a3" class="footnote-number">*2</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">それゆえ、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高大判[偏光フイルムの製造法]に反旗を翻した<small>(ものの追従する裁<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>の現れなかった)</small>、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高判平成22年1月28日(平成21年(行ケ)第10033号)[フリバンセリン]の「法36条6項1号は……「特許請求の範囲」と「発明の詳細な説明」とを対比して,「特許請求の範囲」の記載が「発明の詳細な説明」に記載された技術的事項の範囲を超えるような広範な範囲にまで独占権を付与することを防止する趣旨で設けられた規定である。そうすると,「発明の詳細な説明」の記載内容に関する解釈の手法は,同規定の趣旨に照らして,「特許請求の範囲」が「発明の詳細な説明」に記載された技術的事項の範囲のものであるか否かを判断するのに,必要かつ合目的的な解釈手法によるべきであって,特段の事情のない限りは,「発明の詳細な説明」において実施例等で記載・開示された技術的事項を形式的に理解することで足りるというべきである。」との判示に、少なからず共感を覚える。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-8a650dc6" name="f-8a650dc6" class="footnote-number">*3</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">例えば、実施例に“点”として書かれたものを、そのまま“点”としてクレームに記載した場合は、「課題」の特定は不要であろう。ただし、《それでは、クレーム文言をそのまま明細書にも記載しておくことだけで、サポート要件充足ということになり、本要件が機能しないのではないか》という問題があり、[フリバンセリン]判決直後、しばしば提起されていた。この問題につき、私は、“点”の内容・実態に依ると考えている。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-e3270e05" name="f-e3270e05" class="footnote-number">*4</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">例えば、偶然生まれた化学物質に、有益な効果Xがあると分かれば、「効果Xを奏する新たな化学物質を得ること」が「発明が解決しようとする課題」と(後付けで)言える。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-f76c1ef3" name="f-f76c1ef3" class="footnote-number">*5</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">もっとも、このように「課題」を区別するのであれば、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%C4%A3">特許庁</a>がなにゆえ(「発明が解決しようとする課題」にのみ言及する)委任省令に関する審査基準において、このような記載をしたのか、意図が不明であるが。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-3be3ad3e" name="f-3be3ad3e" class="footnote-number">*6</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text"><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C1%B0%C5%C4%B7%F2">前田健</a>『<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>における明細書による開示の役割』(商事法務,2012)67頁,81頁も参照。</span></p>
</div>
tanakakohsuke
自明性の基礎とできる先行技術について判示された事案 ― Netflix v. DivX (Fed. Cir. 2023)
hatenablog://entry/820878482970289186
2023-09-24T21:00:01+09:00
2023-09-24T21:04:27+09:00 はじめに 本訴訟の対象となったは、マルチメディアファイルのデコーダ・エンコーダに関する特許権(権利者はDivX, LLC)である。Netflix, Inc.らは、IPRを請求し、本件特許発明は複数の先行技術文献(に記載された発明)の組み合わせにより自明であり、本件特許は無効である、と主張した。IPRでの争点の一つは、先行技術文献の一つKaku*1が、自明性の主張の基礎とできる(特許発明の)類似技術(analogous art)であるか否かであった。PTABは、「文献Kakuが類似技術であることにつき、field-of-endeavor testおよびreasonable-pertinence …
<div class="section">
<h3 id="はじめに">はじめに</h3>
<p>本訴訟の対象となったは、マルチメディアファイルの<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%C7%A5%B3%A1%BC%A5%C0">デコーダ</a>・エンコーダに関する<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>(権利者は<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/DivX">DivX</a>, LLC)である。</p><p><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/Netflix">Netflix</a>, Inc.らは、IPRを請求し、本件特許発明は複数の先行技術文献(に記載された発明)の組み合わせにより自明であり、本件特許は無効である、と主張した。</p><p>IPRでの争点の一つは、先行技術文献の一つKaku<a href="#f-1276d7ec" name="fn-1276d7ec" title="U.S. Patent No. 6,671,408.">*1</a>が、自明性の主張の基礎とできる(特許発明の)類似技術(analogous art)であるか否かであった。</p><p>PTABは、「文献Kakuが類似技術であることにつき、field-of-<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/endeavor">endeavor</a> testおよびreasonable-pertinence testのいずれにおいても、IPR請求人は立証できていない」と判断し、特許維持の審決をした。</p><p>これを不服として、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/Netflix">Netflix</a>がCAFCへ上訴した<a href="#f-354529c0" name="fn-354529c0" title="IPRではHuluも請求人に加わっていたが、CAFCへの上訴はNetflixのみが行なった。">*2</a>のが、本件<a href="https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1138.OPINION.9-11-2023_2188240.pdf">Netflix v. DivX (Fed. Cir. 2023)</a>である。</p><p>結論として、CAFCは、審決を一部破棄し、PTABへ差戻した。</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="field-of-endeavor-testについてのCAFC判示概要">field-of-<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/endeavor">endeavor</a> testについてのCAFC判示概要</h3>
<p>我々(CAFC)は、類似技術(analogous art)の範囲を定義するため、二つの独立したテストを用いる。field-of-<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/endeavor">endeavor</a> testおよびreasonable-pertinence testである。</p><p>我々は、当業者に全ての技術(all arts)を知っていることを要求するのではなく、発明時点での当業者の努力分野(field of <a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/endeavor">endeavor</a>)における全ての先行技術の教示を知っていることを仮定している。それゆえ、自明性の判断においては、文献が、クレームされた発明に類似する(analogous to the claimed invention)場合にのみ、当業者が参照する先行技術と認められる。</p><p>我々は、クレームされた発明の実施形態・機能・構造を含む、特許出願における発明主題の記載を参照して、努力分野を決定する<a href="#f-7567b152" name="fn-7567b152" title="なお、本CAFC判決では、field-of-endeavor testにおける証拠・分析と、reasonable-pertinence testにおける証拠・分析とが、一部重複し得ることにも言及している。">*3</a>。reasonable-pertinence testと異なり、field-of-<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/endeavor">endeavor</a> testでは、特許発明の解決しようとする課題には着目しない。先行技術文献が、特許発明の関連する努力分野(relevant field of <a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/endeavor">endeavor</a>)に含まれれば、それで十分である。</p><p>PTABは、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/Netflix">Netflix</a>が本件特許やKakuの努力分野を十分特定していないと認定した。しかし、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/Netflix">Netflix</a>は、本件特許およびKakuの努力分野がともにAVIファイルに関するものであること、及び/又は、両者がともにマルチメディアファイルの<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%F3%A5%B3%A1%BC%A5%C9">エンコード</a>・デコードに関するものであることを十分特定している。PTABが、Kakuが本件特許と同じ努力分野に関連していない理由を明確に分析しないまま、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/Netflix">Netflix</a>が本件特許やKakuの努力分野を特定していないことを理由に、field-of-<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/endeavor">endeavor</a> testでKakuが類似技術の基準を満たさないとしたことについて、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%DB%CE%CC%B8%A2">裁量権</a>の濫用(abuse of discretion)がある。field-of-<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/endeavor">endeavor</a> testの再審理のため、差戻す。</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="reasonable-pertinence-testについてのCAFC判示概要">reasonable-pertinence testについてのCAFC判示概要</h3>
<p>発明者の努力分野外の先行技術は、その主題が、発明者が課題を検討する際、必然的に(logically)注意を払うものである場合のみ、(特許発明/本願発明と)合理的に関連がある(reasonably pertinent)と言える。言い換えれば、先行技術文献が合理的に(特許発明/本願発明と)関連があるのは、当業者であれば、発明者が解決しようとした課題の解決策を求める際に、それらの文献を参照し、その教示を適用する場合に限られる。</p><p>PTABは、本件特許発明の課題は、明細書・クレーム・審査経過を考慮し、ストリーミング・マルチメディアにおけるトリックプレイの容易化であると認定する一方、Kakuは、本件特許発明のものとは異なる課題――画像の圧縮――を扱っていると認定した。</p><p>このPTABの認定は不合理であるとは言えない。ゆえに、差戻しの範囲にreasonable-pertinence testは含まれない。</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="おわりに">おわりに</h3>
<p>日本では、進歩性判断において、本願発明の解決しようとする課題を参酌することの是非が議論されている<a href="#f-723aace2" name="fn-723aace2" title="[https://chizai-jj-lab.com/2023/09/12/0912/:title=高石秀樹「進歩性判断に何故「本件発明の課題」が影響するのか?」(2023)]および[https://thinkpat.seesaa.net/article/500742746.html:title= 想特一三「高石先生の知財実務情報Lab.の記事『進歩性判断に何故「本件発明の課題」が影響するのか?』を読んで」(2023)]参照。">*4</a>。</p><p>本CAFC判決は、多分に事実認定に関するものを含むが、(非)自明性判断に用いることのできる先行技術についての一般論は、日本の議論にも参考になるのではないかと思い、紹介した次第である。</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="更新履歴">更新履歴</h3>
<ul>
<li>2023-09-24 公開</li>
</ul>
</div><div class="footnote">
<p class="footnote"><a href="#fn-1276d7ec" name="f-1276d7ec" class="footnote-number">*1</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">U.S. Patent No. 6,671,408.</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-354529c0" name="f-354529c0" class="footnote-number">*2</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">IPRではHuluも請求人に加わっていたが、CAFCへの上訴は<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/Netflix">Netflix</a>のみが行なった。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-7567b152" name="f-7567b152" class="footnote-number">*3</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">なお、本CAFC判決では、field-of-<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/endeavor">endeavor</a> testにおける証拠・分析と、reasonable-pertinence testにおける証拠・分析とが、一部重複し得ることにも言及している。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-723aace2" name="f-723aace2" class="footnote-number">*4</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text"><a href="https://chizai-jj-lab.com/2023/09/12/0912/">高石秀樹「進歩性判断に何故「本件発明の課題」が影響するのか?」(2023)</a>および<a href="https://thinkpat.seesaa.net/article/500742746.html"> 想特一三「高石先生の知財実務情報Lab.の記事『進歩性判断に何故「本件発明の課題」が影響するのか?』を読んで」(2023)</a>参照。</span></p>
</div>
tanakakohsuke
化学物質特許の保護範囲についての雑感 ― 東京地判令和5年7月28日(令和4年(ワ)第9716号)に接して ―
hatenablog://entry/820878482957473104
2023-08-11T17:21:59+09:00
2023-08-11T17:21:59+09:00 1 はじめに 本件 東京地判令和5年7月28日(令和4年(ワ)第9716号)は、特許権者である原告が、被告による被告製品の製造等は特許権侵害に当たると主張し、被告の行為の差止め等を求めた事案であり、結論として、裁判所は原告の請求を認めたものである。判決を読み、思うところがあったので、覚書として本稿を記す。もっとも、本件は、いわゆる化学物質特許に関するものであるところ、私の化学知識は貧弱なので、本稿は大きな誤りを含んでいる恐れがある。以下、枠で囲んだ記述は、判決書(裁判所ウェブページに掲載されているPDFファイル)からの引用(強調は引用者による)である。なお、「被告の主張」の項は、その名のとおり…
<div class="section">
<h3 id="1-はじめに">1 はじめに</h3>
<p>本件 <a href="https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=92268">東京地判令和5年7月28日(令和4年(ワ)第9716号)</a>は、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者である原告が、被告による被告製品の製造等は<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害に当たると主張し、被告の行為の差止め等を求めた事案であり、結論として、裁判所は原告の請求を認めたものである。</p><p>判決を読み、思うところがあったので、覚書として本稿を記す。もっとも、本件は、いわゆる化学物質特許に関するものであるところ、私の化学知識は貧弱なので、本稿は大きな誤りを含んでいる恐れがある。</p><p>以下、枠で囲んだ記述は、判決書(裁判所ウェブページに掲載されているPDFファイル)からの引用(強調は引用者による)である。なお、「被告の主張」の項は、その名のとおり、被告の主張であって、裁判所の認定判断ではないので、注意されたい。</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="2-本件発明">2 本件発明</h3>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">下記一般式⑴ </p><p>HOCOCH<sub>2</sub>CH<sub>2</sub>COCH<sub>2</sub>NH<sub>2</sub>・HOP(O)(OR<sup>1</sup>)<sub>n</sub>(OH)<sub>2-n</sub> (1)</p><p>(式中、R<sup>1</sup>は、水素原子又は炭<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C1%C7%BF%F4">素数</a>1~18のアルキル基を示し;nは0~2の整数を示す。)で表される5-アミノレブリン酸リン酸塩。</div></p><p></p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="3-被告製品">3 被告製品</h3>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">各被告製品中の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A2%A5%DF%A5%CE%BB%C0">アミノ酸</a>粉末の5-ALAホスフェートの化学式は、上記……の一般式(1)のうちR1を水素原子とし、nを1としたものであり、また、5-ALAホスフェートは、5-アミノレブリン酸リン酸塩である。</p><p>……</p><p>イ号製品は、原材料として<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%C7%A5%AD%A5%B9%A5%C8%A5%EA%A5%F3">デキストリン</a>及び5-ALAホスフェート(5-アミノレブリン酸リン酸塩)が含まれる<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A2%A5%DF%A5%CE%BB%C0">アミノ酸</a>粉末(ただし、当該5-アミノレブリン酸リン酸塩の純度には争いがある。)を含み、また、添加物としてHPMC(ヒドロキシプロピルメチル<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%BB%A5%EB%A5%ED%A1%BC%A5%B9">セルロース</a>)、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%AF%A5%A8%A5%F3%BB%C0">クエン酸</a>第一鉄Na、微粒二酸化ケイ素及び二酸化チタンを含む<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A2%A5%DF%A5%CE%BB%C0">アミノ酸</a>含有加工食品である<a href="#f-6d155e0e" name="fn-6d155e0e" title="引用者注:被告製品には「ロ号製品」も含まれるが省略する。">*1</a>。</div></p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="4-関連する審決取消訴訟">4 関連する審決<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%E8%BE%C3%C1%CA%BE%D9">取消訴訟</a></h3>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">被告は、令和3年9月、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%C4%A3">特許庁</a>長官に対し、本件発明に係る特許について無効審判請求(以下「本件審判請求」という。)をした。原告は、本件審判請求において、……、特許が無効である旨の被告の主張に対して反論した(……)。<br />
……<br />
<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%C4%A3">特許庁</a>は、令和4年7月15日、本件審判請求が成り立たない旨の審決をしたところ、被告は、同年8月23日、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B9%E2%C5%F9%BA%DB%C8%BD%BD%EA">知的財産高等裁判所</a>に対し、当該審決の取消しを求める訴えを提起した(以下、当該訴えに係る訴訟を「本件審決<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%E8%BE%C3%C1%CA%BE%D9">取消訴訟</a>」という。)。<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B9%E2%C5%F9%BA%DB%C8%BD%BD%EA">知的財産高等裁判所</a>は、令和5年3月22日、被告の請求を棄却する旨の判決[引用者注:<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=5946">知財高判令和5年3月22日(令和4年(行ケ)第10091号)</a><a href="#f-6b9a6c3f" name="fn-6b9a6c3f" title="[https://www.tokkyoteki.com/2023/04/2023-03-22-r4-gyo-ke-10091.html:title=Fubuki「判批」(2023)]で詳細に論じられている。">*2</a>]をした(……)。</div></p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="5-被告の主張">5 被告の主張</h3>
<div class="section">
<h4 id="51-属否論">5.1 属否論</h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">被告[引用者注:原告の誤記であろう]は、本件審判請求において、本件引用例や乙1文献を引用例とする無効の主張について、本件引用例や乙1文献には、5-ALAのリン酸塩を製造し単離する方法は記載されていないと主張するなどし、繰り返し「5-アミノレブリン酸リン酸塩」は「単離」したものであると主張して乙1文献や本件引用例との相違点を強調していた。加えて、本件審決<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%E8%BE%C3%C1%CA%BE%D9">取消訴訟</a>においても、「5-ALA(5-アミノレブリン酸)は化学的に不安定で単体として取り出すことはできない」とか、本件引用例についても「ALA」を物質として取り出しているわけではない等と主張しており、リン酸塩になる前の「5-ALA」について「単体として取り出す」とか「物質として取り出す」などといった処理が必要である旨主張していて、これを前提として<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B9%E2%C5%F9%BA%DB%C8%BD%BD%EA">知的財産高等裁判所</a>において判断がされている。したがって、原告が、本件発明の「5-アミノレブリン酸リン酸塩」が単離された高純度のものに限られないと主張することは信義則に反し、許されない。</p><p>各被告製品は、5-アミノレブリン酸リン酸塩を含んでいるものの、単離されておらず、かつその濃度も6%であって高純度のものではないから、本件発明[引用者注:「の構成要件」が抜けているのか]を充足しない。</div></p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="52-無効論">5.2 <a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%B5%B8%FA%CF%C0">無効論</a></h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">本件引用例には、作用物質の特に有利な例として「5-アミノレブリン酸またはその塩または<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%B9">エス</a>テル」とあり、複数列挙されている5-アミノレブリン酸の塩の「有利な例」の一つに「5-ALAホスフェート」が明記されている。そうすると、引用発明は、本件発明と同一であり、新規性を欠く。</div></p>
</div>
</div>
<div class="section">
<h3 id="6-裁判所の判断">6 裁判所の判断</h3>
<div class="section">
<h4 id="61-属否論">6.1 属否論</h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">本件発明は、特許請求の範囲の記載及び前記……の本件明細書記載の技術的意義<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A4%AB%A4%E9%A4%B7">からし</a>ても、従前知られていた5-アミノレブリン酸に比べて有利な効果を有する新規な化学物質の発明である。</p><p>各被告製品は、原材料として5-ALAホスフェート(5-アミノレブリン酸リン酸塩)が含まれる<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A2%A5%DF%A5%CE%BB%C0">アミノ酸</a>粉末を用いる<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A2%A5%DF%A5%CE%BB%C0">アミノ酸</a>含有食品であり(……)、各被告製品には、本件発明の一般式(1)のうちR1を水素原子とし、nを1とした5-アミノレブリン酸リン酸塩が含まれていると認められる(……)。<strong>すなわち、各被告製品には、新規な化学物質である本件発明のアミノレブリン酸リン酸塩そのものが含まれている。</strong></p><p><strong>以上によれば、各被告製品は、本件発明の技術的範囲に属する。</strong></div></p><p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">被告は、各被告製品が、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A2%A5%DF%A5%CE%BB%C0">アミノ酸</a>含有食品であること、5-アミノレブリン酸リン酸塩が単離されておらず、その純度が低いことを挙げて、各被告製品が本件発明の技術的範囲に属さない旨主張する。</p><p>しかし、<strong>本件発明は新規な化学物質の発明であり、本件発明の目的は、新規な化学物質としての5-アミノレブリン酸リン酸塩を提供することであって、5-アミノレブリン酸リン酸塩の純度を向上させることにあるのではない。本件発明の5-アミノレブリン酸リン酸塩であれば、それが単離されていなくとも、また、それを含む製品においてそれが高い濃度でなくとも、発明の効果を奏するといえる。</strong>……</p><p>各被告製品に本件発明の5-アミノレブリン酸リン酸塩が含まれている本件において、被告の上記主張には理由がない。</div></p><p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">被告は、本件審判請求や本件審決<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%E8%BE%C3%C1%CA%BE%D9">取消訴訟</a>においてされた特許無効の主張に対し、原告が乙1文献や本件引用例には、5-ALAのリン酸塩を製造し単離する方法は記載されていないと主張するなどしたことなどをもって、原告が、本件発明の「5-アミノレブリン酸リン酸塩」が単離された高純度のものに限られないと主張することは信義則に反し、許されない旨主張する。</p><p>しかしながら、原告が提出した本件審判上申書や本件審判口頭審理陳述要旨書の記載は上記……のとおりであり、それらにおいて、原告は、本件引用例や乙1文献には、5-アミノレブリン酸リン酸塩の製造方法や入手方法が記載されていない旨を述べる趣旨で、それを単離することについて記載がないと述べているか、本件特許の請求項3の「水溶液」の解釈に関連する主張をしたにすぎない。そして、原告の上記主張は引用例の記載に対するものであり、本件明細書の記載や本件発明の構成要件に言及したものではないから、原告が、上記において、本件発明の構成要件を限定する趣旨の主張をしたとは認められず、信義則違反の主張はその前提を欠く。</div></p><p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">以上によれば、各被告製品は本件発明の技術的範囲に属し、被告による各被告製品の製造並びに譲渡及び譲渡の申出は、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号の生産並びに譲渡及び譲渡の申出に当たる。</div></p><p></p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="62-無効論3">6.2 <a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%B5%B8%FA%CF%C0">無効論</a><a href="#f-20bf9431" name="fn-20bf9431" title="ほぼ知財高判令和5年3月22日(令和4年(行ケ)第10091号)の“コピペ”であると思われる。">*3</a></h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">本件引用例には「非水性液体中に溶解または分散した5-アミノレブリン酸および/またはその誘導体から選択される作用物質を含有する組成物」及び「誘導体が5-ALAの塩および<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%B9">エス</a>テルから選択される請求項1記載の組成物」の発明が記載されている。</p><p>また、……、本件引用例の【0012】には、本件引用例の組成物が5-アミノレブリン酸の誘導体を作用物質として含有する旨、この作用物質として特に有利には「5-アミノレブリン酸またはその塩または<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%B9">エス</a>テルである」旨が記載され、この「塩または<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%B9">エス</a>テル」の有利な例として22種類の化合物が列挙され、その列挙された化合物の中には、5-ALAホスフェートが含まれている。</div></p><p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;"><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>29条1項は、同項3号の「特許出願前に」「頒布された刊行物」については特許を受けることができない旨規定する。当該規定の「刊行物」に物の発明が記載されているというためには、同刊行物に発明の構成が開示されているだけでなく、発明が技術的思想の創作であること(同法2条1項参照)にかんがみれば、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示されていることを要するというべきである。</p><p>特に、<strong>当該物が新規の化学物質である場合には、新規の化学物質は製造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないから、刊行物にその技術的思想が開示されているというためには、一般に、当該物質の構成が開示されていることにとどまらず、その製造方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきである。</strong>そして、刊行物に製造方法を理解し得る程度の記載がない場合には、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見出すことができることが必要であるというべきである。</p><p>ここで、5-ALAホスフェートは、新規の化合物であり、上記……のとおり、本件引用例には、列挙された化合物の中に5-ALAホスフェートが含まれているものの、本件引用例にその製造方法に関する記載は見当たらない(……)。</p><p>したがって、5-ALAホスフェートを引用発明として認定するためには、本件引用例に接した本件優先日当時の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見出すことができたといえることが必要である。</div></p><p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">被告は、乙16文献から乙18文献の記載からすれば、本件優先日当時、5-アミノレブリン酸単体の製造方法は周知であった上、5-アミノレブリン酸をリン酸溶液に溶解すれば、弱塩基と強酸の組合せとなり、5-アミノレブリン酸リン酸塩を得ることができることは技術常識であり、このことからすれば、本件優先日当時の当業者は、5-ALAホスフェートの製造を容易になし得た旨主張する。</p><p>……しかしながら、……乙16文献から乙18文献までにおいて、5-アミノレブリン酸単体を得る技術が開示されているとはいえない。これに加え、上記……のとおり、本件引用例においても「5-ALAは・・・化学的にきわめて不安定な物質である」、「5-ALAHClの<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%C0%C0%AD%BF%E5">酸性水</a>溶液のみが充分に安定であると示される」と記載されていて(……)、これらの事項が本件優先日当時の技術常識であったと認められることも考慮すると、<strong>本件優先日当時において、5-アミノレブリン酸単体を得る技術が周知であったとは認められない</strong>。</p><p>この点に関し、原告[引用者注:「被告」の誤記だと思われる<a href="#f-f5300efa" name="fn-f5300efa" title="知財高裁判決を“コピペ”した後、修正し忘れたのだろう。">*4</a>]は、5-アミノレブリン酸リン酸塩を製造する上で、5-ALAが物質として取り出されている必要はなく、発酵液中に培地成分等と混合した状態であってもよい旨主張する。</p><p>しかしながら、……、本件引用例に接した本件優先日当時の当業者が、化合物である5-アミノレブリン酸リン酸塩を製造する方法として、培地成分等と混合した状態で5-アミノレブリン酸が存在する発酵液にリン酸を添加する方法(又はこの発酵液をリン酸溶液に添加する方法)を、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮することなく見出すことができたとはいえない。</p><p>……</p><p>したがって、原告[引用者注:「被告」の誤記だと思われる]の上記各主張はいずれも採用することができない。そして、このほか、本件優先日当時の当業者が、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見出すことができたというべき事情は存しない。</p><p>……</p><p>本件引用例に接した本件優先日当時の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見出すことができたとはいえない。</p><p>したがって、本件引用例から5-ALAホスフェートを引用発明として認定することはできない。</div></p><p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">……本件引用例から、「1、2-<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D7%A5%ED%A5%D4%A5%EC%A5%F3%A5%B0%A5%EA%A5%B3%A1%BC%A5%EB">プロピレングリコール</a>および<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%B0%A5%EA%A5%BB%A5%EA%A5%F3">グリセリン</a>中の5-ALAの10%(質量%/容積%)溶液」を引用発明として認定することができる。</div></p><p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">引用発明における「5-ALA」が5-アミノレブリン酸を意味することは技術常識であるところ、本件発明と引用発明は、「5-アミノレブリン酸に関する物」である点で一致するものと認められる。</p><p>引用発明は、「1、2-<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D7%A5%ED%A5%D4%A5%EC%A5%F3%A5%B0%A5%EA%A5%B3%A1%BC%A5%EB">プロピレングリコール</a>および<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%B0%A5%EA%A5%BB%A5%EA%A5%F3">グリセリン</a>中の5-ALAの10%(質量%/容積%)溶液」であり、本件発明のように化合物である5-アミノレブリン酸リン酸塩ではないから、本件発明及び引用発明は、以下の点において相違するものと認められる。</p><p>……</p><p>上記……のとおり、本件発明と引用発明とを対比すると、両発明には相違する点があるところ、この相違点は、実質的な相違点であるというべきである。したがって、本件発明は、引用発明と一致するものとはいえないから、引用発明に対して新規性を欠くものとはいえず、本件発明に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものとはいえない。</div></p><p></p>
</div>
</div>
<div class="section">
<h3 id="雑感">雑感</h3>
<p>裁判所は、「本件発明は新規な化学物質の発明であり、本件発明の目的は、新規な化学物質としての5-アミノレブリン酸リン酸塩を提供することであって、5-アミノレブリン酸リン酸塩の純度を向上させることにあるのではない。本件発明の5-アミノレブリン酸リン酸塩であれば、それが単離されていなくとも、また、それを含む製品においてそれが高い濃度でなくとも、発明の効果を奏するといえる。」と述べ、「5-アミノレブリン酸リン酸塩」<strong>を含む</strong>被告製品が技術的範囲に属すると判断している。</p><p>上記でいう「発明の効果」とは何なのか。「本件発明の目的は、新規な化学物質としての5-アミノレブリン酸リン酸塩を提供すること」と判示しているから、発明の効果は「5-アミノレブリン酸リン酸塩」の<strong>存在そのもの</strong>になろうか。そうであれば、たしかに、「5-アミノレブリン酸リン酸塩」が存在しているだけで(その状態に限らず=単離されていたり高濃度であったりせずとも)、技術的範囲に属するとの結論となろう<a href="#f-0ed8c959" name="fn-0ed8c959" title="もっとも、「新規な化学物質」を《存在は知られていたが、単離する方法は知られていなかった化学物質》と解釈すると(本件引用例の記載を考慮すると、本件発明である「5-アミノレブリン酸リン酸塩(5-ALAホスフェート)」はそれが当てはまるようにも思われる)、本発明の目的は「単離された5-アミノレブリン酸リン酸塩を提供すること」となり、結論が変わるのかも知れない。">*5</a>。</p><p>このように、化学物質発明に係る<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>(化学物質特許)は強力であり、その保護範囲に、製造方法や用途といった限定はない。すなわち、化学物質Xの<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>につき、その明細書等にAという製法およびαという用途の記載しかなくても、製法Bで作られたXや用途βで用いられるXへ、権利行使可能である<a href="#f-be1ac0da" name="fn-be1ac0da" title="竹田和彦『特許の知識〔第8版〕』(ダイヤモンド社,2006)91頁以下、前田健『特許法における明細書による開示の役割』(商事法務,2012)379頁以下。">*6</a></p><p>ところで、<small>本件発明は「5-アミノレブリン酸<strong>リン酸塩</strong>(5-ALA<strong>ホスフェート</strong>)」であったが、</small>判示によれば、本件引用例にもその他の文献にも、<small>(「5-アミノレブリン酸リン酸塩(5-ALAホスフェート)」の製造方法のみならず)</small>「5-アミノレブリン酸(5-ALA)」単体(「リン酸塩(ホスフェート)」が付かないもの)の製造方法の開示もなかったようである(本件引用例に記載があると事実認定されたのは「1、2-<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D7%A5%ED%A5%D4%A5%EC%A5%F3%A5%B0%A5%EA%A5%B3%A1%BC%A5%EB">プロピレングリコール</a>および<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%B0%A5%EA%A5%BB%A5%EA%A5%F3">グリセリン</a>中の5-ALAの10%(質量%/容積%)溶液」である)。</p><p>ここで、本件引用例の公開後に、「5-アミノレブリン酸(5-ALA)」単体の製造方法(単離方法)を見出して特許出願した場合は、「5-アミノレブリン酸(5-ALA)」の化学物質特許を取得できるのだろうか(本件の新規性の判示に従うと、取得できるように思われる)。</p><p>そして、仮に、「5-アミノレブリン酸(5-ALA)」の特許を取得できた場合、その<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>は、出願前に既に公知になっていた(本件引用例に記載の)「1、2-<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D7%A5%ED%A5%D4%A5%EC%A5%F3%A5%B0%A5%EA%A5%B3%A1%BC%A5%EB">プロピレングリコール</a>および<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%B0%A5%EA%A5%BB%A5%EA%A5%F3">グリセリン</a>中の<strong>5-ALA</strong>の10%(質量%/容積%)溶液」に対して、権利行使できるのだろうか。</p><p>本件も判示したような、化学物質特許の保護範囲の原則(製法も用途も限定されない)に鑑みると、権利行使が許されるように考えられる。しかし、それでは、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D1%A5%D6%A5%EA%A5%C3%A5%AF%A5%C9%A5%E1%A5%A4%A5%F3">パブリックドメイン</a>を侵すことになるのではないか。</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="更新履歴">更新履歴</h3>
<ul>
<li>2023-08-11 公開</li>
</ul>
</div><div class="footnote">
<p class="footnote"><a href="#fn-6d155e0e" name="f-6d155e0e" class="footnote-number">*1</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">引用者注:被告製品には「ロ号製品」も含まれるが省略する。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-6b9a6c3f" name="f-6b9a6c3f" class="footnote-number">*2</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text"><a href="https://www.tokkyoteki.com/2023/04/2023-03-22-r4-gyo-ke-10091.html">Fubuki「判批」(2023)</a>で詳細に論じられている。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-20bf9431" name="f-20bf9431" class="footnote-number">*3</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">ほぼ<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高判令和5年3月22日(令和4年(行ケ)第10091号)の“コピペ”であると思われる。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-f5300efa" name="f-f5300efa" class="footnote-number">*4</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text"><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁判決を“コピペ”した後、修正し忘れたのだろう。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-0ed8c959" name="f-0ed8c959" class="footnote-number">*5</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">もっとも、「<strong>新規な</strong>化学物質」を《存在は知られていたが、単離する方法は知られていなかった化学物質》と解釈すると(本件引用例の記載を考慮すると、本件発明である「5-アミノレブリン酸リン酸塩(5-ALAホスフェート)」はそれが当てはまるようにも思われる)、本発明の目的は「<strong>単離された</strong>5-アミノレブリン酸リン酸塩を提供すること」となり、結論が変わるのかも知れない。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-be1ac0da" name="f-be1ac0da" class="footnote-number">*6</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">竹田和彦『特許の知識〔第8版〕』(<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%C0%A5%A4%A5%E4%A5%E2%A5%F3%A5%C9%BC%D2">ダイヤモンド社</a>,2006)91頁以下、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C1%B0%C5%C4%B7%F2">前田健</a>『<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>における明細書による開示の役割』(商事法務,2012)379頁以下。</span></p>
</div>
tanakakohsuke
国境を跨ぐ行為が「生産」に当たると判断された事案 ― 知財高大判令和5年5月26日(令和4年(ネ)第10046号)
hatenablog://entry/820878482946186167
2023-07-01T23:59:53+09:00
2023-07-02T01:48:48+09:00 1 はじめに 知財高大判令和5年5月26日(令和4年(ネ)第10046号)につき、判決要旨のみが裁判所ウェブページに掲載された時点で記事を書いたが、今般、判決全文が掲載されたため、あらためて記事を記す。判決文の一部を枠で囲んで引用し(強調は引用者による)、必要に応じ、それに対する私の疑問等を述べることを繰り返す形とする。先の記事との重複する内容も多いが、ご容赦いただきたい。なお、両当事者も被疑侵害サービスも本件と同じ、知財高判令和4年7月20日(平成30年(ネ)第10077号)(「先行訴訟控訴審判決」とも称する)についても、若干言及する。 2 本件発明 2.1 本件発明1の特許請求の範囲*1 …
<div class="section">
<h3 id="1-はじめに">1 はじめに</h3>
<p><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高大判令和5年5月26日(令和4年(ネ)第10046号)につき、判決要旨のみが裁判所ウェブページに掲載された時点で<a href="https://patent-law.hatenablog.com/entry/2023/05/28/110845">記事</a>を書いたが、今般、<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=5990">判決全文が掲載された</a>ため、あらためて記事を記す。</p><p>判決文の一部を枠で囲んで引用し(強調は引用者による)、必要に応じ、それに対する私の疑問等を述べることを繰り返す形とする。先の記事との重複する内容も多いが、ご容赦いただきたい。</p><p>なお、両当事者も被疑侵害サービスも本件と同じ、<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=5820">知財高判令和4年7月20日(平成30年(ネ)第10077号)</a>(「先行訴訟<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B5%C1%CA%BF%B3">控訴審</a>判決」とも称する)についても、若干言及する。</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="2-本件発明">2 本件発明</h3>
<div class="section">
<h4 id="21-本件発明1の特許請求の範囲1">2.1 本件発明1の特許請求の範囲<a href="#f-ac45b292" name="fn-ac45b292" title="「1A」等は判決文で付されているもの。">*1</a></h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;"></p>
<ul>
<li>1A サーバと、これとネットワークを介して接続された複数の端末装置と、を備えるコメント配信システムであって、 </li>
<li>1B 前記サーバは、前記サーバから送信された動画を視聴中のユーザから付与された前記動画に対する第1コメント及び第2コメントを受信し、</li>
<li>1C 前記端末装置に、前記動画と、コメント情報とを送信し、 </li>
<li>1D 前記コメント情報は、前記第1コメント及び前記第2コメントと、前記第1コメント及び前記第2コメントのそれぞれが付与された時点に対応する、前記動画の最初を基準とした動画の経過時間を表す動画再生時間であるコメント付与時間と、を含み、 </li>
<li>1E 前記動画及び前記コメント情報に基づいて、前記動画と、前記コメント付与時間に対応する動画再生時間において、前記動画の少なくとも一部と重なって、水平方向に移動する前記第1コメント及び前記第2コメントと、を前記端末装置の表示装置に表示させる手段と、</li>
<li>1F 前記第2コメントを前記1の動画上に表示させる際の表示位置が、前記第1コメントの表示位置と重なるか否かを判定する判定部と、</li>
<li>1G 重なると判定された場合に、前記第1コメントと前記第2コメントとが重ならない位置に表示されるよう調整する表示位置制御部と、を備えるコメント配信システムにおいて、</li>
<li>1H 前記サーバが、前記動画と、前記コメント情報とを前記端末装置に送信することにより、前記端末装置の表示装置には、前記動画と、前記コメント付与時間に対応する動画再生時間において、前記動画の少なくとも一部と重なって、水平方向に移動する前記第1コメント及び前記第2コメントと、が前記第1コメントと前記第2コメントとが重ならないように表示される、</li>
<li>1I コメント配信システム。</div></li>
</ul>
</div>
<div class="section">
<h4 id="22-本件発明の効果">2.2 本件発明の効果</h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">前記……の記載事項及び本件各発明に係る特許請求の範囲の記載によれば、本件明細書には、本件各発明に関し、次のような開示があることが認められる。……「本発明」によれば、入力されたコメント情報のうち、再生する動画の動画再生時間に対応するコメント付与時間が対応付けられたコメントをコメント情報から読み出し、読み出したコメント内容を動画とともに表示することができ、<strong>コメントを利用したコミュニケーションにおける娯楽性を向上させることが可能となるという効果を奏する</strong>(【0011】<a href="#f-c768af68" name="fn-c768af68" title="引用者注:本件明細書の段落【0011】(【発明の効果】欄)は「本発明によれば、入力されたコメント情報のうち、再生する動画の動画再生時間に対応するコメント付与時間が対応づけられたコメントをコメント情報から読み出し、読み出したコメント内容を動画とともに表示するようにした。そして、動画に対して入力されたコメント情報のうち、消去対象であるコメント情報を示すコメント消去要求が入力されると、そのコメントを表示しないようにしたので、そのコメントが動画にふさわしくないコメントであるか否かについて、ユーザの意思を考慮した表示をすることができ、コメントを利用したコミュニケーションにおける娯楽性を向上させることが可能となる。」(強調は引用者)というものであり、本件発明と齟齬がある。分割出願を繰り返した中で、出願人がクレームと明細書との整合を取り忘れたのであろう。">*2</a>)。</div></p><p></p>
</div>
</div>
<div class="section">
<h3 id="3-被告サービス1">3 被告サービス1</h3>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">被告サービス1において、コメント付き動画が国内のユーザ端末で表示されるプロセスをFLASH版とHTML5版とで区別して整理すると、次のとおりとなる(……)。</p><p>(ア) 被告サービス1のFLASH版(別紙8-2を参照)<br />
① ユーザが、事前に<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C1%A3%E4%A3%EF">Ado</a>be Flash Playerをブラウザの<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D7%A5%E9%A5%B0%A5%A4%A5%F3">プラグイン</a>(<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B3%C8%C4%A5%B5%A1%C7%BD">拡張機能</a>)としてユーザ端末(国内のユーザ端末。以下、この項において同じ。)にインストールしておく。<br />
② ユーザが、ユーザ端末のブラウザにおいて、所望の動画を表示させるための被告サービス1のウェブページを指定する。<br />
③ ②に応じて、被控訴人FC2のウェブサーバが上記ウェブページのHTMLファイル及び<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイルをユーザ端末に送信する。<br />
④ ユーザ端末が上記HTMLファイル及び<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイルを受信し、これらをブラウザのキャッシュに保存する。<br />
FLASHが、ブラウザのキャッシュにある<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイルを読み込む。<br />
⑤ ユーザが、ユーザ端末において、ブラウザ上に表示されたウェブページにおける動画の再生ボタンを押す。<br />
⑥ ④でFLASHが読み込んだ<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイルには、動画及びコメントに関する情報の取得をリク<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%B9">エス</a>トするようにブラウザに要求する命令が格納されており、FLASHが、その命令に従って、ブラウザに対し動画ファイル及びコメントファイルを取得するよう指示し、ブラウザが、その指示に従って、被控訴人FC2の動画配信用サーバに対し動画ファイルのリク<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%B9">エス</a>トを行い、被控訴人FC2のコメント配信用サーバに対しコメントファイルのリク<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%B9">エス</a>トを行う。<br />
⑦ ⑥のリク<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%B9">エス</a>トに応じて、被控訴人FC2の動画配信用サーバが動画ファイルを、被控訴人FC2のコメント配信用サーバがコメントファイルを、それぞれユーザ端末に送信する。<br />
⑧ ユーザ端末が、⑦の動画ファイル及びコメントファイルを受信する。<br />
これにより、ユーザ端末が、受信した動画ファイル及びコメントファイルに基づいて、ブラウザにおいて動画上にコメントをオーバーレイ表示させる。<br />
その表示の際に二つのコメントが重複するか否かを判定する計算及び重複すると判定された場合の重ならない表示位置の指定は、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイルによって規定される条件に基づいて行われている。</div></p>
<figure class="figure-image figure-image-fotolife" title="別紙8-2"><span itemscope itemtype="http://schema.org/Photograph"><img src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/t/tanakakohsuke/20230701/20230701140658.png" width="1200" height="639" loading="lazy" title="" class="hatena-fotolife" itemprop="image"></span><figcaption>別紙8-2</figcaption></figure>
</div>
<div class="section">
<h3 id="4-準拠法">4 準拠法</h3>
<p>準拠法の判断につき、本件大合議判決は<a href="https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=91124">原判決(東京地判令和4年3月24日[令和元年(ワ)第25152号])</a>を訂正して引用している。以下は訂正後のものである。</p>
<div class="section">
<h4 id="41-差止め及び除却等の請求について">4.1 差止め及び除却等の請求について</h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;"><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>に基づく差止め及び廃棄請求の準拠法は、当該<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>が登録された国の法律であると解すべきであるから(<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%C7%B9%E2%BA%DB">最高裁</a>平成12年(受)第580号同14年9月26日第一小法廷判決・<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%B1%BD%B8">民集</a>56巻7号1551頁)、控訴人の被控訴人らに対する<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>100条1項及び2項に基づく被告各ファイルの配信の差止め、被告サーバ用プログラムの抹消及び被告各サーバの除却を求める請求については、本件<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>が登録された国である我が国の法律が準拠法となる。</div></p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="42-損害賠償請求について">4.2 損害賠償請求について</h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;"><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害を理由とする損害賠償請求については、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>特有の問題ではなく、財産権の侵害に対する民事上の救済の一環にほかならないから、法律関係の性質は<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%D4%CB%A1%B9%D4%B0%D9">不法行為</a>である(前掲<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%C7%B9%E2%BA%DB">最高裁</a>平成14年9月26日第一小法廷判決参照)。したがって、その準拠法については、通則法17条によるべきであるから、「加害行為の結果が発生した地の法」となる。</p><p>原告<a href="#f-4f1c3049" name="fn-4f1c3049" title="引用者注:「控訴人」に訂正すべきようにも思われるが、本件大合議判決では訂正しないまま原判決を引用している。">*3</a>の損害賠償請求は、被告ら<a href="#f-35b604e2" name="fn-35b604e2" title="引用者注:「被控訴人ら」に訂正すべきようにも思われるが、本件大合議判決では訂正しないまま原判決を引用している。">*4</a>国の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>である本件<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害したことを理由とするものであり、その主張が認められる場合には、権利侵害という結果は我が国で発生したということができるから、上記損害賠償請求については、我が国の法律が準拠法となる。</div></p>
</div>
</div>
<div class="section">
<h3 id="5-侵害論">5 侵害論</h3>
<div class="section">
<h4 id="51-ネットワーク型システムにおける生産">5.1 「ネットワーク型システム」における「生産」</h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">本件発明1は、サーバとネットワークを介して接続された複数の端末装置を備えるコメント配信システムの発明であり、発明の種類は、物の発明であるところ、その実施行為としての物の「生産」(<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号)とは、発明の技術的範囲に属する物を新たに作り出す行為をいうものと解される。</p><p>そして、本件発明1のように、インターネット等のネットワークを介して、サーバと端末が接続され、全体としてまとまった機能を発揮するシステム(以下「ネットワーク型システム」という。)の発明における「生産」とは、単独では当該発明の全ての構成要件を充足しない複数の要素が、ネットワークを介して接続することによって互いに<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%CD%AD%B5%A1">有機</a>的な関係を持ち、全体として当該発明の全ての構成要件を充足する機能を有するようになることによって、当該システムを新たに作り出す行為をいうものと解される。</div></p><p>本件大合議判決は、まず<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号の「生産」について、「発明の技術的範囲に属する物を新たに作り出す行為」と解釈した上で、「ネットワーク型システム」の発明における「生産」とは、「単独では当該発明の全ての構成要件を充足しない複数の要素が、ネットワークを介して接続することによって互いに<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%CD%AD%B5%A1">有機</a>的な関係を持ち、全体として当該発明の全ての構成要件を充足する機能を有するようになることによって、当該システムを新たに作り出す行為」だと述べる。</p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="52-被告システム1を新たに作り出す行為">5.2 被告システム1を新たに作り出す行為</h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">被告サービス1のFLASH版においては、……、ユーザが、国内のユーザ端末のブラウザにおいて、所望の動画を表示させるための被告サービス1のウェブページを指定する(②)と、それに伴い、被控訴人FC2のウェブサーバが上記ウェブページのHTMLファイル及び<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイルをユーザ端末に送信し(③)、ユーザ端末が受信した、これらのファイルはブラウザのキャッシュに保存され、ユーザ端末のFLASHが、ブラウザのキャッシュにある<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイルを読み込み(④)、その後、ユーザが、ユーザ端末において、ブラウザ上に表示されたウェブページにおける当該動画の再生ボタンを押す(⑤)と、上記<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイルに格納された命令に従って、FLASHが、ブラウザに対し動画ファイル及びコメントファイルを取得するよう指示し、ブラウザが、その指示に従って、被控訴人FC2の動画配信用サーバに対し動画ファイルのリク<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%B9">エス</a>トを行うとともに、被控訴人FC2のコメント配信用サーバに対しコメントファイルのリク<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%B9">エス</a>トを行い(⑥)、上記リク<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%B9">エス</a>トに応じて、被控訴人FC2の動画配信用サーバが動画ファイルを、被控訴人FC2のコメント配信用サーバがコメントファイルを、それぞれユーザ端末に送信し(⑦)、ユーザ端末が、上記動画ファイル及びコメントファイルを受信する(⑧)ことにより、ユーザ端末が、受信した上記動画ファイル及びコメントファイルに基づいて、ブラウザにおいて動画上にコメントをオーバーレイ表示させることが可能となる。このように、ユーザ端末が上記動画ファイル及びコメントファイルを受信した時点(⑧)において、被控訴人FC2の動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバとユーザ端末はインターネットを利用したネットワークを介して接続されており、ユーザ端末のブラウザにおいて動画上にコメントをオーバーレイ表示させることが可能となるから、ユーザ端末が上記各ファイルを受信した時点で、本件発明1の全ての構成要件を充足する機能を備えた被告システム1が新たに作り出されたものということができる(以下、被告システム1を新たに作り出す上記行為を「本件生産1の1」という。)。</div></p><p>被疑侵害システム(「被告システム1」)においては、ユーザ端末が動画ファイル及びコメントファイル(「各ファイル」)を受信した時点をもって、《被告システム1を新たに作り出す行為「本件生産1の1」》がなされた(システムが完成した)旨を説いている。なお、ここではまだ、この行為が<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>上の「生産」に当たるとは判断していない。</p><p>後述のように生産行為の主体の認定判断において、本件大合議判決は「ウェブページの指定やウェブページに表示された再生ボタンをクリックするといったユーザの各行為は、被控訴人FC2の管理するウェブページの閲覧を通じて行われるにとどまるもの」と述べていることからすると、「本件生産1の1」の起点は、ユーザによるウェブページの指定(上記②のステップ)であると思われる<a href="#f-138f850a" name="fn-138f850a" title="「ウェブページの指定」が「本件生産1の1」=「生産」に含まれないのならば、生産行為の主体の認定判断において、これに言及する必要はないであろう。">*5</a>。</p><p>なお、被控訴人らの「乙311の意見書<a href="#f-da04e16d" name="fn-da04e16d" title="引用者注:第三者意見募集制度(特許法105条の2の11)実施により寄せられた意見書だと考えられる。後記「乙327の意見書」も同様であろう。">*6</a>では「一般に、通信に係るシステムはデータの送受を伴うものであるため、データの送受のタイミングで毎回、通信に係るシステムの生産、廃棄が一台目、二台目、三台目、n台目と繰り返されることまで「生産」に含める解釈は、当該システムの中でのデータの授受の各タイミングで当該システムが再生産されることになり、採用しがたい」との指摘(乙327の意見書も同様の指摘をする。)がされており、この指摘によれば、被控訴人FC2の行為は本件発明1の「生産」に該当しないというべきである。」という主張について、本件大合議判決は以下のように応答している。</p><p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">被告システム1は、被控訴人FC2の動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバとユーザ端末がインターネットを利用したネットワークを介して接続され、ユーザ端末が必要なファイルを受信することによって新たに作り出されるものであり、ユーザ端末のブラウザのキャッシュに保存されたファイルが廃棄されるまでは存在するものである。また、<strong>上記ファイルを受信するごとに被告システム1が作り出されることが繰り返されるとしても、そのことを理由に「生産」に該当しないということはできない。</strong></div></p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="53-本件生産1の1の生産該当性">5.3 「本件生産1の1」の「生産」該当性</h4>
<div class="section">
<h5 id="531-属地主義との関係">5.3.1 <a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%B0%C3%CF%BC%E7%B5%C1">属地主義</a>との関係</h5>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;"><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>についての<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%B0%C3%CF%BC%E7%B5%C1">属地主義</a>の原則とは、各国の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味するものであるところ(<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%C7%B9%E2%BA%DB">最高裁</a>平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第三小法廷判決・<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%B1%BD%B8">民集</a>51巻6号2299頁<a href="#f-223c31a4" name="fn-223c31a4" title="引用者注:[https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=54792:title=BBS事件最判]。">*7</a>、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%C7%B9%E2%BA%DB">最高裁</a>平成12年(受)第580号同14年9月26日第一小法廷判決・<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%B1%BD%B8">民集</a>56巻7号1551頁<a href="#f-c15c1683" name="fn-c15c1683" title="引用者注:[https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=57041:title=カードリーダー事件最判]。">*8</a>参照)、我が国の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>においても、上記原則が妥当するものと解される。</p><p>前記……のとおり、本件生産1の1は、被控訴人FC2のウェブサーバが、所望の動画を表示させるための被告サービス1のウェブページのHTMLファイル及び<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイルを国内のユーザ端末に送信し、ユーザ端末がこれらを受信し、また、被控訴人FC2の動画配信用サーバが動画ファイルを、被控訴人FC2のコメント配信用サーバがコメントファイルを、それぞれユーザ端末に送信し、ユーザ端末がこれらを受信することによって行われているところ、上記ウェブサーバ、動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバは、いずれも米国に存在するものであり、他方、ユーザ端末は日本国内に存在する。すなわち、本件生産1の1において、上記各ファイルが米国に存在するサーバから国内のユーザ端末へ送信され、ユーザ端末がこれらを受信することは、米国と我が国にまたがって行われるものであり、また、新たに作り出される被告システム1は、米国と我が国にわたって存在するものである。そこで、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%B0%C3%CF%BC%E7%B5%C1">属地主義</a>の原則から、本件生産1の1が、我が国の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号の「生産」に該当するか否かが問題となる。</div></p>
</div>
<div class="section">
<h5 id="532-ネットワーク型システムの発明における実施">5.3.2 ネットワーク型システムの発明における「実施」</h5>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">ネットワーク型システムにおいて、サーバが日本国外(以下、単に「国外」という。)に設置されることは、現在、一般的に行われており、また、サーバがどの国に存在するかは、ネットワーク型システムの利用に当たって障害とならないことからすれば、被疑侵害物件であるネットワーク型システムを構成するサーバが国外に存在していたとしても、当該システムを構成する端末が日本国内(以下「国内」という。)に存在すれば、これを用いて当該システムを国内で利用することは可能であり、その利用は、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が当該発明を国内で実施して得ることができる<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B7%D0%BA%D1%C5%AA%CD%F8%B1%D7">経済的利益</a>に影響を及ぼし得るものである。</p><p>そうすると、ネットワーク型システムの発明について、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%B0%C3%CF%BC%E7%B5%C1">属地主義</a>の原則を厳格に解釈し、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在することを理由に、一律に我が国の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項の「実施」に該当しないと解することは、サーバを国外に設置さえすれば特許を容易に回避し得ることとなり、当該システムの発明に係る<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>について十分な保護を図ることができないこととなって、妥当ではない。</p><p>他方で、当該システムを構成する要素の一部である端末が国内に存在することを理由に、一律に<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項の「実施」に該当すると解することは、当該<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の過剰な保護となり、経済活動に支障を生じる事態となり得るものであって、これも妥当ではない。</div></p><p>「ネットワーク型システムを構成するサーバが国外に存在していたとしても、当該システムを構成する端末が日本国内(以下「国内」という。)に存在すれば、これを用いて当該システムを国内で利用することは可能であり、その利用は、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が当該発明を国内で実施して得ることができる<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B7%D0%BA%D1%C5%AA%CD%F8%B1%D7">経済的利益</a>に影響を及ぼし得るものである。」という部分からは、本判決の射程を、被疑侵害システムのサーバが国外に存在する場合、あるいは、(その場合とイコールなのかも知れないが)被疑侵害システムを国内で「利用」することが可能な場合に絞っているようにも読める。もっとも、「利用」とは具体的にどのような行為であるのか判然としない。(本事案とは逆に)《サーバは国内に存在する一方、端末は国外に存在する》場合は、被疑侵害システムが国内で「利用」できるとは言えず、射程外なのだろうか。また、「サーバ」と「端末」という主従関係が明確ではないシステムもあろうが、そのようなシステムはどのように判断されるのだろうか。</p><p>次いで、「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%B0%C3%CF%BC%E7%B5%C1">属地主義</a>の原則を厳格に解釈し、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在することを理由に、一律に我が国の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項の「実施」に該当しないと解することは、サーバを国外に設置さえすれば特許を容易に回避し得ることとなり、当該システムの発明に係る<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>について十分な保護を図ることができない」と、「生産」ではなく「実施」と一般化しているのは、「生産」以外にも「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%B0%C3%CF%BC%E7%B5%C1">属地主義</a>の原則を厳格に解釈」すると「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>について十分な保護を図ることができない」場合があることを示唆しているのだろう(もっとも、上記引用より後は、実施行為のうち「生産」についての言及しかない)。</p><p>上記引用最後の「当該システムを構成する要素の一部である端末が国内に存在することを理由に、一律に<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項の「実施」に該当すると解することは、当該<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の過剰な保護となり、経済活動に支障を生じる事態となり得るものであって、これも妥当ではない。」という部分は、「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の過剰な保護」と「経済活動に支障を生じる事態となり得る」との関係が不分明なように思われる(過剰な保護だから経済活動に支障を生じるのか、経済活動に支障を生じるから過剰な保護だと言えるのか、前者だとすると「過剰な保護」であるとどのような基準をもって判断したのか)。</p>
</div>
<div class="section">
<h5 id="533-ネットワーク型システムの発明における生産該当性判断">5.3.3 ネットワーク型システムの発明における「生産」該当性判断</h5>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">これらを踏まえると、ネットワーク型システムの発明に係る<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を適切に保護する観点から、ネットワーク型システムを新たに作り出す行為が、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号の「生産」に該当するか否かについては、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在する場合であっても、当該行為の具体的態様、当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割、当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所、その利用が当該発明の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B7%D0%BA%D1%C5%AA%CD%F8%B1%D7">経済的利益</a>に与える影響等を総合考慮し、当該行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるときは、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号の「生産」に該当すると解するのが相当である。</div></p><p>「システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在する場合であっても」、「総合考慮」により「ネットワーク型システムを新たに作り出す行為」が「我が国の領域内で行われたものとみることができるときは」、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>上の「生産」に該当し得ると述べている。</p><p>「当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在する場合であっても」という記述は、この判断枠組みの射程(適用範囲)を限定するものか、それとも単なる例示か、ここでも判然としない。</p><p>考慮要素として、(1)「当該行為の具体的態様」,(2)「当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割」,(3)「当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所」,(4)「その利用が当該発明の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B7%D0%BA%D1%C5%AA%CD%F8%B1%D7">経済的利益</a>に与える影響」の4要素を挙げているが、これらの要素がどのような理由により導かれたのかは述べられていない。</p><p>また、「等を総合考慮」との説示から、上記4要素以外も考慮可能なことが示されている。</p><p>ここで、原判決では、「被告FC2が本件<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の侵害の責任を回避するために動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバを日本国外に設置し、実質的には日本国内から管理していたといった、結論として著しく妥当性を欠くとの評価を基礎付けるような事情は認められない」と、「結論として著しく妥当性を欠くとの評価を基礎付けるような事情」があれば侵害判断に影響を与えることを示唆するような判示があった。このような「事情」は、本件大合議判決が提示した総合考慮の枠組みでも考慮されうるのだろうか。</p>
</div>
<div class="section">
<h5 id="534-考慮要素1--当該行為の具体的態様">5.3.4 考慮要素(1) ― 当該行為の具体的態様</h5>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">これを本件生産1の1についてみると、本件生産1の1の具体的態様は、米国に存在するサーバから国内のユーザ端末に各ファイルが送信され、国内のユーザ端末がこれらを受信することによって行われるものであって、当該送信及び受信(送受信)は一体として行われ、国内のユーザ端末が各ファイルを受信することによって被告システム1が完成することからすれば、上記送受信は国内で行われたものと観念することができる。</div></p><p>まず、「具体的態様」が何を意味するのか不明である。上記「米国に存在するサーバから国内のユーザ端末に各ファイルが送信され、国内のユーザ端末がこれらを受信することによって行われるもの」とは、「具体的」と言うよりはむしろ、行為(本件生産1の1)の一部のみを採り上げ、さらにそれを抽象化したもののように感じる。</p><p>ついで、「行為の具体的態様」について、どのような考慮が求められるのかも分からない。「行為の具体的態様」が「国内で行われたものと観念することができる」か否かを判断するということなのか。</p><p>「国内で行われたものと観念することができる」か否かの判断方法についても疑問がある。「国内のユーザ端末が各ファイルを受信することによって被告システム1が完成することからすれば」と述べていることからすると、行為の(起点ではなく)終点となる場所が国内であることが「国内で行われたものと観念することができる」ためには必要(あるいは重要)なのだろうか。</p><p>そもそも、ある行為を「国内で行われたものと観念することができる」ならば、もはや、それ以外の要素は考慮せず、その行為は(日本国内における)「実施」と認めても良いように思われる。すなわち、この「国内で行われたものと観念することができる」と、(総合考慮の判断結果である)上記「我が国の領域内で行われたものとみることができる」との違いが、分からない。</p>
</div>
<div class="section">
<h5 id="535-考慮要素2--当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能役割">5.3.5 考慮要素(2) ― 当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割</h5>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">次に、被告システム1は、米国に存在する被控訴人FC2のサーバと国内に存在するユーザ端末とから構成されるものであるところ、国内に存在する上記ユーザ端末は、本件発明1の主要な機能である動画上に表示されるコメント同士が重ならない位置に表示されるようにするために必要とされる構成要件1Fの判定部の機能と構成要件1Gの表示位置制御部の機能を果たしている。</div></p><p>「主要な機能」とはどのように判断するものなのか、均等論の「本質的部分」や101条2号の「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に関連するものなのか否か、判決文からは不明である。</p>
</div>
<div class="section">
<h5 id="536-考慮要素3および4--当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所およびその利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響">5.3.6 考慮要素(3)および(4) ― 当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所、および、その利用が当該発明の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B7%D0%BA%D1%C5%AA%CD%F8%B1%D7">経済的利益</a>に与える影響</h5>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">さらに、被告システム1は、上記ユーザ端末を介して国内から利用することができるものであって、コメントを利用したコミュニケーションにおける娯楽性の向上という本件発明1の効果は国内で発現しており、また、その国内における利用は、控訴人が本件発明1に係るシステムを国内で利用して得る<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B7%D0%BA%D1%C5%AA%CD%F8%B1%D7">経済的利益</a>に影響を及ぼし得るものである。</div></p><p>考慮要素(3)と(4)とが同一文で判断されていることからすると、両者は近似したものではあるのだろう。</p><p>考慮要素(3)について、ここでいう「発明の効果」は、「2.2 本件発明の効果」で引用した判決文との関係から、明細書等から導かれる効果だと考えられる。特許発明の効果の発現地を考慮する点は、多くの学説も述べているものであり、これを考慮要素としたことは妥当であろう。もっとも、上記の通り、システムの「利用」とはどのような行為かは判然としない。被疑侵害システム(被告システム1)の「使用」主体がユーザである旨が暗示されることを避けるため、「使用」ではなく「利用」という語を用いたようにも思われる。</p><p>考慮要素(4)について、サービス提供行為が日本市場に向けられているか否かを考慮するものとする見解がある<a href="#f-54d99fb6" name="fn-54d99fb6" title="日本工業所有権法学会2023年度研究会シンポジウム(2023年6月17日)における、愛知靖之発表および山内貴博発表。">*9</a>。たしかに、サービス提供行為が日本市場に向けられていれば、多くの場合、発明の効果が日本国内で発現しているのだろうから、考慮要素(3)と(4)とが近似しているという本稿冒頭で述べたことと符合する<a href="#f-e99bd1a3" name="fn-e99bd1a3" title="私は、「判決要旨」のみが掲載されたいた時点では、特許権者が日本国内で特許発明を実施していることを考慮する要素とも考えていたが、判決文で特許権者の実施状況について言及はないので、その可能性は低そうである。">*10</a>。もっとも、この考慮要素がサービス提供行為が日本市場に向けられているか否かを考慮するものであれば、その判断を示す際に、被告サービスが日本語で(も)提供されている等について言及すべきだったように思われ、判決文が舌足らずのように感じられる。</p>
</div>
<div class="section">
<h5 id="537-総合考慮の結果">5.3.7 総合考慮の結果</h5>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">以上の事情を総合考慮すると、本件生産1の1は、我が国の領域内で行われたものとみることができるから、本件発明1との関係で、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号の「生産」に該当するものと認められる。</div></p><p>本事案では4要素全てについて「生産」該当に肯定的な判断がなされたので、「生産」該当との判断は当然なのであろうが、その結果、4要素間に軽重があるのか否かは一切不明である。</p><p>例えば、国外のサーバに特許発明の「主要な機能」が存在する(考慮要素(2)は生産該当に否定的)ものの、発明の効果は国内で発現している(考慮要素(3)は生産該当に肯定的)という場合は、どちらの要素が重視されるのだろうか。</p>
</div>
</div>
<div class="section">
<h4 id="54生産の主体">5.4「生産」の主体</h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">被告システム1(被告サービス1のFLASH版に係るもの)は、前記……のとおり、被控訴人FC2のウェブサーバが、所望の動画を表示させるための被告サービス1のウェブページのHTMLファイル及び<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイルをユーザ端末に送信し、ユーザ端末がこれらを受信し、ユーザ端末のブラウザのキャッシュに保存された上記<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイルによる命令に従ったブラウザからのリク<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%B9">エス</a>トに応じて、被控訴人FC2の動画配信用サーバが動画ファイルを、被控訴人FC2のコメント配信用サーバがコメントファイルを、それぞれユーザ端末に送信し、ユーザ端末がこれらを受信することによって、新たに作り出されたものである。そして、<strong>被控訴人FC2が、上記ウェブサーバ、動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバを設置及び管理しており、</strong>これらのサーバが、HTMLファイル及び<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイル、動画ファイル並びにコメントファイルをユーザ端末に送信し、ユーザ端末による各ファイルの受信は、<strong>ユーザによる別途の操作を介することなく、</strong>被控訴人FC2がサーバにアップロードしたプログラムの記述に従い、自動的に行われるものであることからすれば、<strong>被告システム1を「生産」した主体は、被控訴人FC2であるというべきである。</strong></p><p>この点に関し、被告システム1が「生産」されるに当たっては、前記……のとおり、ユーザが、ユーザ端末のブラウザにおいて、所望の動画を表示させるための被告サービス1のウェブページを指定すること(②)と、ブラウザ上に表示されたウェブページにおける当該動画の再生ボタンを押すこと(⑤)が必要とされるところ、上記のユーザの各行為は、被控訴人FC2が設置及び管理するウェブサーバに格納されたHTMLファイルに基づいて表示されるウェブページにおいて、ユーザが当該ページを閲覧し、動画を視聴するに伴って行われる行為にとどまるものである。すなわち、当該ページがブラウザに表示されるに当たっては、前記のとおり、被控訴人FC2のウェブサーバが当該ページのHTMLファイル及び<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイルをユーザ端末に送信し、ユーザ端末が受信したこれらのファイルがブラウザのキャッシュに保存されること(④)、また、動画ファイル及びコメントファイルのリク<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%B9">エス</a>トについては、上記<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイルによる命令に従って行われており(⑥)、上記動画ファイル及びコメントファイルの取得に当たってユーザによる別段の行為は必要とされないことからすれば、<strong>上記のユーザの各行為は、被控訴人FC2の管理するウェブページの閲覧を通じて行われるものにとどまり、ユーザ自身が被告システム1を「生産」する行為を主体的に行っていると評価することはできない。</strong></p><p>……ウェブページの指定やウェブページに表示された再生ボタンをクリックするといったユーザの各行為は、被控訴人FC2の管理するウェブページの閲覧を通じて行われるにとどまるものであり、ユーザ端末による上記各ファイルの受信は、上記のとおりユーザによる別途の操作を介することなく自動的に行われるものであることからすれば、上記各ファイルを<strong>ユーザ端末に受信させた</strong>主体は被控訴人FC2であるというべきである。</p><p>……</p><p>以上によれば、被控訴人FC2は、本件生産1の1により、被告システム1を「生産」(<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号)したものと認められる。</div></p><p>被告システム1を新たに作り出す行為(「本件生産1の1」)=「生産」=<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>行為の主体を、規範的に捉え、ユーザではなく、FC2であることを述べている。この主体判断については、国境を跨ぐ行為でなくとも(国内で完結する行為であっても)適用可能なものと思われる。</p><p>本件大合議判決は、「HTMLファイル及び<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイル、動画ファイル並びにコメントファイル」という(「発明の全ての構成要件を充足する機能を有する」ために必要となる)プログラムに相当する情報の、端末への「インストール」(類似)行為<a href="#f-42cda94b" name="fn-42cda94b" title="知財高大判平成17年9月30日(平成17年(ネ)第10040号)ではソフトウェアの「インストール」が「情報処理装置」クレームの「生産」に当たると判示されている(ただし、同事案ではインストール(生産)の主体はユーザである)。">*11</a>を、(ユーザではなく)サーバが行なっていると考えており<a href="#f-91a55f9a" name="fn-91a55f9a" title="「ユーザによる別途の操作を介することなく」とは、ユーザは「インストール」を行なっていないことを意味するのであろう。">*12</a>、だからこそ、「生産」行為の起点に関わらず、そのサーバを「設置及び管理」している者(=「インストール」を行なうよう仕向けた者)が、「生産」の主体だと判断したのかも知れない。</p><p>なお、仮にユーザを「生産」行為の主体と捉えた場合は、サーバが間接侵害品(101条1号の「のみ品」あるいは101条2号の不可欠品)と言えるとしても、海外にあるサーバの《生産》を日本法の間接侵害行為に問えるのかという更なる問題に直面することになりかねない<a href="#f-6f350a29" name="fn-6f350a29" title="あるいは、国内にある端末を間接侵害品として問うことも可能かも知れないが、この場合は、端末を生産しているのもユーザで、被告が送信している各ファイルは間接侵害品をつくるためのものという、いわゆる間接の間接(再間接)の問題が生じるおそれがある。">*13</a>。</p><p>ところで、先行訴訟<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B5%C1%CA%BF%B3">控訴審</a>判決では、「表示装置」クレームについては、「被控訴人ら各プログラムは、ユーザが被控訴人ら各サービスのウェブサイトにアクセスすることにより、ユーザの端末装置にインストールされるものである(……)。そうすると、被控訴人らによる本件配信及びユーザによる上記インストールにより、被控訴人ら各装置(……)が生産されるものと認められる。……被控訴人ら各プログラムは、被控訴人ら各装置の生産にのみ用いられる物であると認めるのが相当であり、また、被控訴人らが業として本件配信を行っていることは明らかであるから、被控訴人らによる本件配信は、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条1号により、本件<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>1を侵害するものとみなされる。」として、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>ではなく間接侵害が認められた<a href="#f-faaafd14" name="fn-faaafd14" title="プログラムクレームについては、「生産」等の直接侵害を認めている。">*14</a>。明示されていないが、当該判決では、「表示装置」の「生産」主体はユーザと捉えていると考えられる<a href="#f-323ed270" name="fn-323ed270" title="小池眞一「判批」AIPPI68巻3号(2023)215頁参照。">*15</a>。しかし、本<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁大合議判決と同様の基準を採るならば、「表示装置」クレームの「生産」の主体は、被控訴人(ら)となるであろう。</p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="55-HPSによる生産の有無">5.5 HPSによる「生産」の有無</h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">少なくとも本件<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の設定登録がされた令和元年5月17日以降において、被控訴人HPSが被告各サービスに関する業務を行っていたとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。</p><p>よって、被控訴人HPSが、被告各システムを「生産」し、本件<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害したものとは認められない。</div></p><p>本件大合議判決とは異なり、先行訴訟<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B5%C1%CA%BF%B3">控訴審</a>判決では、FC2とHPSとの「共同侵害」が認められた。</p><p>先行訴訟<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B5%C1%CA%BF%B3">控訴審</a>判決では、「被控訴人HPSの従業員数の減少の事実(……)、被控訴人HPSの売上げの減少の事実(……)及び被控訴人FC2が被控訴人HPSに対し平成29年5月30日に同年8月31日をもって<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B6%C8%CC%B3%B0%D1%C2%F7%B7%C0%CC%F3">業務委託契約</a>(……)を終了させる旨の意思表示をしたこと(……)を考慮してもなお、被控訴人FC2と被控訴人HPSとの間の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B6%C8%CC%B3%B0%D1%C2%F7%B7%C0%CC%F3">業務委託契約</a>が終了したと認めることはできず、その他、そのような事実を認めるに足りる的確な証拠はない。」としている一方、本件大合議判決では、FC2とHPSとの関係継続を認める事実認定はしていないため、この差が生まれたものと思われる。</p>
</div>
</div>
<div class="section">
<h3 id="6-差止め及び除却等">6 差止め及び除却等</h3>
<div class="section">
<h4 id="61-差止め">6.1 差止め</h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">被告サービス1においては、令和5年3月14日の時点において、動画が表示される領域とは別の領域にコメントが表示される仕様になっていることが認められる。なお、同日より前から上記仕様に変更されていることについては、これを認めるに足りる証拠はない。</p><p>そうすると、同日以降において、被控訴人FC2によって、本件生産1による本件<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の侵害が行われているものとは認められない。</p><p>しかしながら、被告サービス1においては、依然として動画と共にコメントが表示されるサービスが提供されており、その仕様を変更して再び動画上にコメントをオーバーレイ表示することによって本件<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害に係るサービスを提供することが容易であることに鑑みると、本件生産1による本件<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の侵害を予防するために、<strong>被控訴人FC2のサーバから日本国内に存在するユーザ端末に対し、ユーザ端末の表示装置において動画上にオーバーレイ表示されるコメントが、水平方向に移動し、互いに重ならないように表示される態様となるように、動画ファイル及びコメントファイルを配信すること(両ファイルを国内のユーザ端末に送信し、国内のユーザ端末に受信させること)を差し止める必要があるものと認められる。</strong></p><p>……</p><p>以上によれば、控訴人の差止請求については、被控訴人FC2に対し、被告サービス1において、<strong>被控訴人FC2のサーバから国内に存在するユーザ端末に対し、ユーザ端末の表示装置において動画上にオーバーレイ表示されるコメントが、水平方向に移動し、互いに重ならないように表示される態様となるように、動画ファイル及びコメントファイルを配信することの差止めを求める限度で理由があるものと認められる。</strong></div></p><p>差止めの範囲を、(構成要件を充足する)被告システム1の生産とするのではなく<a href="#f-cee2d9c3" name="fn-cee2d9c3" title="このような差止めの範囲だと、ユーザの行為も含まれてしまうからであろう。">*16</a>、「サーバから国内に存在するユーザ端末に対し、ユーザ端末の表示装置において……コメントが、水平方向に移動し、互いに重ならないように表示される態様となるように、動画ファイル及びコメントファイルを配信すること」としている点が、配信先を国内のユーザ端末に限定している部分も含め、裁判所の工夫が見られ、興味深い。</p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="62-除却等">6.2 除却等</h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">前記……のとおり、令和5年3月14日以降において、被控訴人FC2によって、本件生産1による本件<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の侵害が行われているものとは認められない。</p><p>加えて、被告サービス1において、本件<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害に係るコメント付き動画の配信サービスが行われていた令和3年1月11日の時点においても、被告サービス1で公開された……動画のうち、コメントが付された動画……の割合は●●●●<a href="#f-12dd5cad" name="fn-12dd5cad" title="引用者注:伏字は裁判所ウェブページに掲載されたPDFファイルのまま。以下同。">*17</a>パーセントにとどまっていたこと、……被告サービス1においては、本件<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害することなく、動画の配信サービスを提供することが可能であることからすれば、被告サービス1に係るプログラムの抹消及びサーバの除却の必要性があるものと認めることはできない。</div></p><p>本件大合議判決とは異なり、先行訴訟<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B5%C1%CA%BF%B3">控訴審</a>判決では、プログラムの抹消が認められている(サーバの除却は請求されていない)。本件大合議判決では、被告サービスが<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害をしない態様に仕様変更されていると認められている点が、結論の違いに影響を与えたのだろうか。</p>
</div>
</div>
<div class="section">
<h3 id="7-損害論">7 損害論</h3>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">被告各サービスで配信される動画でコメントが付されているものの数は限られており、令和3年1月11日の時点において、被告サービス1で公開された……動画のうち、コメントが付された動画……の割合は●●●●パーセントであったこと、被告各サービスは、日本語以外の言語でもサービスが提供されているものの、そのユーザの大部分は国内に存在すること(……)からすれば、被告各サービスのうち、本件生産1ないし3で「生産」された被告システム1ないし3によって提供されたものの割合は、本件<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>が侵害された全期間にわたって●●●パーセントと認めるのが相当である。</p><p>……</p><p>令和元年5月17日から令和4年8月31日までの期間の被告サービス1の売上高は……合計●●●●●●●●●●●●円であること、その<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C2%B3%A6%CD%F8%B1%D7">限界利益</a>額は……合計●●●●●●●●●●●●円であることが認められる。<br />
このうち、本件<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の侵害行為である本件生産1により「生産」された被告システム1によって提供されたものの割合は、前記……のとおり、●●●パーセントであるから、本件生産1による売上高は、●●●●●●●●●●●円(●●●●●●●●●●●●円×●●●●●)と認められ、被控訴人FC2が本件生産1により得た<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C2%B3%A6%CD%F8%B1%D7">限界利益</a>額は……合計●●●●●●●●●円と認められる。</p><p>……</p><p>以上のとおり、被控訴人FC2が本件生産1ないし3により得た<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C2%B3%A6%CD%F8%B1%D7">限界利益</a>額は、合計●●●●●●●●●●●円であり、この<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C2%B3%A6%CD%F8%B1%D7">限界利益</a>額は、<strong><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条2項</strong>により、控訴人が受けた損害額と推定される(以下、この推定を<strong>「本件推定」</strong>という。)。</p><p>……被告各サービスにおいて、コメント表示機能が果たす役割は限定的なものであって、被告各サービスの多くのユーザは、コメント表示機能よりも動画それ自体を視聴する目的で利用していたものと認められる。そして、本件各発明の技術的な特徴部分は、コメント付き動画配信システムにおいて、動画上にオーバーレイ表示される複数のコメントが重なって表示されることを防ぐというものであり(……)、その技術的意義自体も、上記システムにおいて限られたものであると認められる。以上の事情を総合考慮すると、<strong>被告各サービスの利用に対する本件各発明の寄与割合は●●と認めるのが相当であり、上記寄与割合を超える部分については、前記……の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C2%B3%A6%CD%F8%B1%D7">限界利益</a>額と控訴人の受けた損害額との間に相当因果関係がないものと認められる。</strong></p><p>したがって、本件推定は、上記限度で覆滅されるものと認められるから、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条2項に基づく控訴人の損害額は、上記<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C2%B3%A6%CD%F8%B1%D7">限界利益</a>額の●割に相当するものであり……合計●●●●●●●●●円と認められる。</div></p><p>本件大合議判決における、102条2項の損害額算定の計算式の概要は次の通りである。</p><p>本件推定 = 被告各サービスの<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C2%B3%A6%CD%F8%B1%D7">限界利益</a>の合計 × 配信動画のうちコメント付きのものの割合<a href="#f-5bf96f72" name="fn-5bf96f72" title="各被告サービスにおける割合をそれぞれ見るのではなく、代表して被告サービス1における割合で計算しているようである。">*18</a></p><p>損害額 = 本件推定 × 本件各発明の寄与割合</p><p>ここで、被告システムの「生産」は、(サーバの設置など一回で終わる行為ではなく)ユーザ端末が動画ファイルおよびコメントファイルを受信する<strong>毎に</strong>行なわれるという前提であるので、サービスそのものの<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C2%B3%A6%CD%F8%B1%D7">限界利益</a>を基準とした損害額算定が行なえたのかも知れない。</p><p>なお、102条2項の覆滅部分については、<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=5854">知財高大判令和4年10月20日(令和2年(ネ)第10024号)</a>で(一部)102条3項の適用が認められたが、本件については<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者がそのような請求を行なっていないようである<a href="#f-43487637" name="fn-43487637" title="(102条2項の覆滅部分に対してではなく)選択的主張として102条3項に基づく請求はなされていた。">*19</a>。</p><p>先行訴訟<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B5%C1%CA%BF%B3">控訴審</a>判決でも、同じく102条2項に基づく損害額算定がなされているが、「配信動画のうちコメント付きのものの割合」と「本件各発明の寄与割合」とを分けて考慮しているのではなく、両者(およびその他「本件に現れた一切の事情」)を併せ考慮して、覆滅率99%と認定判断している。この相違が最終的な損害額に大きな差<a href="#f-1e32a0bc" name="fn-1e32a0bc" title="本件大合議判決では1000万円強に対し、先行訴訟控訴審判決では1億円(実際の算定額はこれを超えるが一部請求であった)。">*20</a>を及ぼしている可能性がある。<br />
<br />
</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="更新履歴">更新履歴</h3>
<ul>
<li>2023-07-01 公開</li>
<li>2023-07-02 若干の追記および誤記の修正</li>
</ul>
</div><div class="footnote">
<p class="footnote"><a href="#fn-ac45b292" name="f-ac45b292" class="footnote-number">*1</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">「1A」等は判決文で付されているもの。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-c768af68" name="f-c768af68" class="footnote-number">*2</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">引用者注:本件明細書の段落【0011】(【発明の効果】欄)は「本発明によれば、入力されたコメント情報のうち、再生する動画の動画再生時間に対応するコメント付与時間が対応づけられたコメントをコメント情報から読み出し、読み出したコメント内容を動画とともに表示するようにした。<strong>そして、動画に対して入力されたコメント情報のうち、消去対象であるコメント情報を示すコメント消去要求が入力されると、そのコメントを表示しないようにしたので、そのコメントが動画にふさわしくないコメントであるか否かについて、ユーザの意思を考慮した表示をすることができ、</strong>コメントを利用したコミュニケーションにおける娯楽性を向上させることが可能となる。」(強調は引用者)というものであり、本件発明と齟齬がある。分割出願を繰り返した中で、出願人がクレームと明細書との整合を取り忘れたのであろう。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-4f1c3049" name="f-4f1c3049" class="footnote-number">*3</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">引用者注:「控訴人」に訂正すべきようにも思われるが、本件大合議判決では訂正しないまま原判決を引用している。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-35b604e2" name="f-35b604e2" class="footnote-number">*4</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">引用者注:「被控訴人ら」に訂正すべきようにも思われるが、本件大合議判決では訂正しないまま原判決を引用している。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-138f850a" name="f-138f850a" class="footnote-number">*5</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">「ウェブページの指定」が「本件生産1の1」=「生産」に含まれないのならば、生産行為の主体の認定判断において、これに言及する必要はないであろう。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-da04e16d" name="f-da04e16d" class="footnote-number">*6</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">引用者注:第<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BC%D4">三者</a>意見募集制度(<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>105条の2の11)実施により寄せられた意見書だと考えられる。後記「乙327の意見書」も同様であろう。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-223c31a4" name="f-223c31a4" class="footnote-number">*7</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">引用者注:<a href="https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=54792">BBS事件最判</a>。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-c15c1683" name="f-c15c1683" class="footnote-number">*8</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">引用者注:<a href="https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=57041">カードリーダー事件最判</a>。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-54d99fb6" name="f-54d99fb6" class="footnote-number">*9</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">日本工業所有権法学会2023年度研究会シンポジウム(2023年6月17日)における、愛知靖之発表および山内貴博発表。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-e99bd1a3" name="f-e99bd1a3" class="footnote-number">*10</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">私は、「判決要旨」のみが掲載されたいた時点では、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が日本国内で特許発明を実施していることを考慮する要素とも考えていたが、判決文で<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者の実施状況について言及はないので、その可能性は低そうである。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-42cda94b" name="f-42cda94b" class="footnote-number">*11</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text"><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高大判平成17年9月30日(平成17年(ネ)第10040号)ではソフトウェアの「インストール」が「情報処理装置」クレームの「生産」に当たると判示されている(ただし、同事案ではインストール(生産)の主体はユーザである)。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-91a55f9a" name="f-91a55f9a" class="footnote-number">*12</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">「ユーザによる別途の操作を介することなく」とは、ユーザは「インストール」を行なっていないことを意味するのであろう。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-6f350a29" name="f-6f350a29" class="footnote-number">*13</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">あるいは、国内にある端末を間接侵害品として問うことも可能かも知れないが、この場合は、端末を生産しているのもユーザで、被告が送信している各ファイルは間接侵害品をつくるためのものという、いわゆる間接の間接(再間接)の問題が生じるおそれがある。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-faaafd14" name="f-faaafd14" class="footnote-number">*14</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">プログラムクレームについては、「生産」等の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>を認めている。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-323ed270" name="f-323ed270" class="footnote-number">*15</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">小池眞一「判批」AIPPI68巻3号(2023)215頁参照。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-cee2d9c3" name="f-cee2d9c3" class="footnote-number">*16</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">このような差止めの範囲だと、ユーザの行為も含まれてしまうからであろう。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-12dd5cad" name="f-12dd5cad" class="footnote-number">*17</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">引用者注:伏字は裁判所ウェブページに掲載されたPDFファイルのまま。以下同。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-5bf96f72" name="f-5bf96f72" class="footnote-number">*18</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">各被告サービスにおける割合をそれぞれ見るのではなく、代表して被告サービス1における割合で計算しているようである。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-43487637" name="f-43487637" class="footnote-number">*19</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">(102条2項の覆滅部分に対してではなく)選択的主張として102条3項に基づく請求はなされていた。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-1e32a0bc" name="f-1e32a0bc" class="footnote-number">*20</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">本件大合議判決では1000万円強に対し、先行訴訟<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B5%C1%CA%BF%B3">控訴審</a>判決では1億円(実際の算定額はこれを超えるが一部請求であった)。</span></p>
</div>
tanakakohsuke
国境を跨ぐ行為が「生産」に当たると判断された事案の「判決要旨」 ― 知財高大判令和5年5月26日(令和4年(ネ)第10046号)
hatenablog://entry/820878482935997303
2023-05-28T11:08:45+09:00
2023-07-02T12:50:19+09:00 はじめに 知財高大判令和5年5月26日(令和4年(ネ)第10046号)[コメント配信システム]につき、判決言渡日当日、知財高裁ウェブページにおいて「判決要旨」が掲載された一方、判決文については現時点(2023年5月28日)では掲載されていない。【2023-07-02追記】判決全文が裁判所ウェブページに掲載されたため、新たな記事を記した。本判決について多数の報道がなされてはいるが、「判決要旨」を読むと多くの疑問が沸く。(いずれ掲載されるであろう)判決文を見れば解決する疑問もあるだろうし、そもそも便宜的に用意された「判決要旨」を細かく分析することに意味はないかも知れないが、私個人の備忘録として、こ…
<div class="section">
<h3 id="はじめに">はじめに</h3>
<p><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高大判令和5年5月26日(令和4年(ネ)第10046号)[コメント配信システム]につき、判決言渡日当日、<a href="https://www.ip.courts.go.jp/vc-files/ip/2023/R4ne10046.pdf">知財高裁ウェブページにおいて「判決要旨」が掲載された</a>一方、判決文については現時点(2023年5月28日)では掲載されていない。</p><p><u>【2023-07-02追記】判決全文が裁判所ウェブページに掲載されたため、<a href="https://patent-law.hatenablog.com/entry/2023/07/01/235953">新たな記事</a>を記した。</u></p><p>本判決について多数の報道がなされてはいるが、「判決要旨」を読むと多くの疑問が沸く。(いずれ掲載されるであろう)判決文を見れば解決する疑問もあるだろうし、そもそも便宜的に用意された「判決要旨」を細かく分析することに意味はないかも知れないが、私個人の備忘録として、これら疑問を記すのが本稿の目的である。</p><p>判決要旨を見ていく前に、本件で侵害が認められた<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>に係る発明(の1つ)である「本件発明1」のクレームを確認しておく<a href="#f-446b2eec" name="fn-446b2eec" title="「1A」等の符号は原判決において付記されていたものだが、判決要旨を見る限り、本判決(控訴審判決)でも同じ符号を用いているようである。">*1</a>。</p><p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;"></p>
<ul>
<li>1A サーバと、これとネットワークを介して接続された複数の端末装置と、を備えるコメント配信システムであって、 </li>
<li>1B 前記サーバは、前記サーバから送信された動画を視聴中のユーザから付与された前記動画に対する第1コメント及び第2コメントを受信し、</li>
<li>1C 前記端末装置に、前記動画と、コメント情報とを送信し、 </li>
<li>1D 前記コメント情報は、前記第1コメント及び前記第2コメントと、前記第1コメント及び前記第2コメントのそれぞれが付与された時点に対応する、前記動画の最初を基準とした動画の経過時間を表す動画再生時間であるコメント付与時間と、を含み、 </li>
<li>1E 前記動画及び前記コメント情報に基づいて、前記動画と、前記コメント付与時間に対応する動画再生時間において、前記動画の少なくとも一部と重なって、水平方向に移動する前記第1コメント及び前記第2コメントと、を前記端末装置の表示装置に表示させる手段と、</li>
<li>1F 前記第2コメントを前記1の動画上に表示させる際の表示位置が、前記第1コメントの表示位置と重なるか否かを判定する判定部と、</li>
<li>1G 重なると判定された場合に、前記第1コメントと前記第2コメントとが重ならない位置に表示されるよう調整する表示位置制御部と、を備えるコメント配信システムにおいて、</li>
<li>1H 前記サーバが、前記動画と、前記コメント情報とを前記端末装置に送信することにより、前記端末装置の表示装置には、前記動画と、前記コメント付与時間に対応する動画再生時間において、前記動画の少なくとも一部と重なって、水平方向に移動する前記第1コメント及び前記第2コメントと、が前記第1コメントと前記第2コメントとが重ならないように表示される、</li>
<li>1I コメント配信システム。</div></li>
</ul><p>この後すぐ見るように、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁はこの発明を<strong>「インターネット等のネットワークを介して、サーバと端末が接続され、全体としてまとまった機能を発揮するシステム(ネットワーク型システム)」</strong>と述べている。</p><p>以下、「判決要旨」の内容を枠で囲んで引用する(強調は引用者による)とともに、それに対する私の疑問等を述べる。<br />
<br />
</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="発明の技術的範囲に属する物を新たに作り出す行為">発明の技術的範囲に属する物を新たに作り出す行為</h3>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">本件発明1は、サーバとネットワークを介して接続された複数の端末装置を備えるコメント配信システムの発明であり、発明の種類は、物の発明であるところ、その実施行為としての<strong>物の「生産」(<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号)とは、発明の技術的範囲に属する物を新たに作り出す行為をいうものと解される。</strong></p><p>そして、本件発明1のように、<strong>インターネット等のネットワークを介して、サーバと端末が接続され、全体としてまとまった機能を発揮するシステム(ネットワーク型システム)の発明における「生産」とは、単独では当該発明の全ての構成要件を充足しない複数の要素が、ネットワークを介して接続することによって互いに<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%CD%AD%B5%A1">有機</a>的な関係を持ち、全体として当該発明の全ての構成要件を充足する機能を有するようになることによって、当該システムを新たに作り出す行為をいうものと解される。</strong></p><p>被告サービス1のFLASH版<a href="#f-b403c167" name="fn-b403c167" title="引用者注:他に「HTML5版」が存在する。">*2</a>においては、ユーザが、国内のユーザ端末のブラウザにおいて、所望の動画を表示させるための被告サービス1のウェブページを指定すると、被控訴人Y1のウェブサーバが上記ウェブページのHTMLファイル及び<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイルをユーザ端末に送信し、ユーザ端末が受信した、これらのファイルはブラウザのキャッシュに保存され、その後、ユーザが、ユーザ端末において、ブラウザ上に表示されたウェブページにおける当該動画の再生ボタンを押すと、上記<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイルに格納された命令に従い、ブラウザが、被控訴人Y1の動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバに対しリク<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%B9">エス</a>トを行い、上記リク<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%B9">エス</a>トに応じて、上記各サーバが、それぞれ動画ファイル及びコメントファイルをユーザ端末に送信し、ユーザ端末が、上記各ファイルを受信することにより、ブラウザにおいて動画上にコメントをオーバーレイ表示させることが可能となる。このように、<strong>ユーザ端末が上記各ファイルを受信した時点において、被控訴人Y1の上記各サーバとユーザ端末はインターネットを利用したネットワークを介して接続されており、ユーザ端末のブラウザにおいて動画上にコメントをオーバーレイ表示させることが可能となるから、ユーザ端末が上記各ファイルを受信した時点で、本件発明1の全ての構成要件を充足する機能を備えた被告システム1が新たに作り出されたものということができる</strong>(以下、被告システム1を新たに作り出す上記行為を<strong>「本件生産1の1」</strong>という。)。</div></p><p><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁は、まず<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号の「生産」について、「発明の技術的範囲に属する物を<strong>新たに</strong>作り出す行為」と解釈した上で、「ネットワーク型システム」の発明における「生産」とは、「単独では当該発明の全ての構成要件を充足しない複数の要素が、<strong>ネットワークを介して接続することによって互いに<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%CD%AD%B5%A1">有機</a>的な関係を持ち、</strong>全体として当該発明の全ての構成要件を充足する機能を有するようになることによって、当該システムを新たに作り出す行為」だと述べる。</p><p>そして、被疑侵害システム(「被告システム1」)においては、ユーザ端末が動画ファイル及びコメントファイル(「各ファイル」)を受信した時点をもって、《被告システム1を新たに作り出す行為》がなされた(システムが完成した)旨を説いている。なお、ここではまだ、この行為が<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>上の「生産」に当たるとは判断していない。</p><p>上記引用部分で私が理解できなかったのは、《被告システム1を新たに作り出す行為》(「本件生産1の1」)の起点である。上記を素直に読むと、「ユーザが、国内のユーザ端末のブラウザにおいて、所望の動画を表示させるための被告サービス1のウェブページを指定する」行為、すなわちユーザの行為が起点となっている(「本件生産1の1」はユーザの行為から始まる)と<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁は考えているように読めるが、この読み方で正しいのだろうか。<br />
<br />
</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="属地主義との関係"><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%B0%C3%CF%BC%E7%B5%C1">属地主義</a>との関係</h3>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;"><strong><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>についての<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%B0%C3%CF%BC%E7%B5%C1">属地主義</a>の原則とは、各国の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味するものである</strong>ところ、我が国の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>においても、上記原則が妥当するものと解される。</p><p>本件生産1の1において、各ファイルが米国に存在するサーバから国内のユーザ端末へ送信され、ユーザ端末がこれらを受信することは、<strong>米国と我が国にまたがって行われる</strong>ものであり、また、新たに作り出される被告システム1は、<strong>米国と我が国にわたって存在する</strong>ものである。そこで、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%B0%C3%CF%BC%E7%B5%C1">属地主義</a>の原則から、本件生産1の1が、我が国の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号の「生産」に該当するか否かが問題となる。</div></p><p>「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>についての<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%B0%C3%CF%BC%E7%B5%C1">属地主義</a>の原則」が「各国の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味するもの」との解釈は、<a href="https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=54792">BBS事件最判</a><a href="#f-87ad1ef5" name="fn-87ad1ef5" title="最三小判平成9年7月1日(平成7年(オ)第1988号)民集第51巻6号2299頁。">*3</a>および<a href="https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=57041">カードリーダー事件最判</a><a href="#f-6075f4a7" name="fn-6075f4a7" title="最一小判平成14年9月26日(平成12年(受)第580号)民集第56巻7号1551頁。">*4</a>と同様のものである。</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="ネットワーク型システムの発明における実施">ネットワーク型システムの発明における「実施」</h3>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">ネットワーク型システムにおいて、サーバが日本国外(国外)に設置されることは、現在、一般的に行われており、また、サーバがどの国に存在するかは、ネットワーク型システムの利用に当たって障害とならないことからすれば、被疑侵害物件であるネットワーク型システムを構成する<strong>サーバが国外に存在していたとしても、当該システムを構成する端末が日本国内(国内)に存在すれば、これを用いて当該システムを国内で利用することは可能であり、その利用は、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が当該発明を国内で実施して得ることができる<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B7%D0%BA%D1%C5%AA%CD%F8%B1%D7">経済的利益</a></strong>に影響を及ぼし得るものである。</p><p>そうすると、ネットワーク型システムの発明について、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%B0%C3%CF%BC%E7%B5%C1">属地主義</a>の原則を厳格に解釈し、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在することを理由に、一律に我が国の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項の<strong>「実施」</strong>に該当しないと解することは、サーバを国外に設置さえすれば特許を容易に回避し得ることとなり、当該システムの発明に係る<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>について十分な保護を図ることができないこととなって、妥当ではない。</p><p>他方で、当該システムを構成する要素の一部である端末が国内に存在することを理由に、一律に<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項の「実施」に該当すると解することは、当該<strong><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の過剰な保護となり、経済活動に支障を生じる事態となり得る</strong>ものであって、これも妥当ではない。</div></p><p>「ネットワーク型システムを構成するサーバが国外に存在していたとしても、当該システムを構成する端末が日本国内(国内)に存在すれば、これを用いて当該システムを国内で利用することは可能であり、その利用は、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が当該発明を国内で実施して得ることができる<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B7%D0%BA%D1%C5%AA%CD%F8%B1%D7">経済的利益</a>に影響を及ぼし得るものである。」という部分からは、本判決の射程を、被疑侵害システムサーバが国外に存在する場合、あるいは、(前記場合とイコールなのかも知れないが)被疑侵害システムを国内で「利用」することが可能な場合に絞っているようにも読める。もっとも、「利用」とは具体的にどのような行為であるのか判然としない。(本事案とは逆に)《サーバは国内に存在する一方、端末は国外に存在する》場合は、被疑侵害システムが国内で「利用」できるとは言えず、射程外なのだろうか。また、「サーバ」と「端末」という主従関係が明確ではないシステムもあろうが、そのようなシステムはどのように判断されるのだろうか。</p><p>次いで、「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%B0%C3%CF%BC%E7%B5%C1">属地主義</a>の原則を厳格に解釈し、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在することを理由に、一律に我が国の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項の<strong>「実施」</strong>に該当しないと解することは、サーバを国外に設置さえすれば特許を容易に回避し得ることとなり、当該システムの発明に係る<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>について十分な保護を図ることができない」と、「生産」ではなく「実施」と一般化しているのは、「生産」以外にも「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%B0%C3%CF%BC%E7%B5%C1">属地主義</a>の原則を厳格に解釈」すると「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>について十分な保護を図ることができない」場合があることを示唆しているのだろう(もっとも、以降の判決要旨では「生産」についての言及しかない)。</p><p>上記引用最後の「当該システムを構成する要素の一部である端末が国内に存在することを理由に、一律に<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項の「実施」に該当すると解することは、当該<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の過剰な保護となり、経済活動に支障を生じる事態となり得るものであって、これも妥当ではない。」という部分は、「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の過剰な保護」と「経済活動に支障を生じる事態となり得る」との関係が不分明なように思われる(過剰な保護だから経済活動に支障を生じるのか、経済活動に支障を生じるから過剰な保護だと言えるのか、前者だとすると「過剰な保護」であるとどのような基準をもって判断したのか)。</p><p>「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が当該発明を国内で実施して得ることができる<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B7%D0%BA%D1%C5%AA%CD%F8%B1%D7">経済的利益</a>」についての疑問は、後述する。</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="ネットワーク型システムの発明における生産該当性判断">ネットワーク型システムの発明における「生産」該当性判断</h3>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">これらを踏まえると、ネットワーク型システムの発明に係る<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を適切に保護する観点から、ネットワーク型システムを新たに作り出す行為が、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号の「生産」に該当するか否かについては、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在する場合であっても、当該行為の具体的態様、当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割、当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所、その利用が当該発明の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B7%D0%BA%D1%C5%AA%CD%F8%B1%D7">経済的利益</a>に与える影響等を総合考慮し、当該行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるときは、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号の「生産」に該当すると解するのが相当である。</div></p><p>「システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在する場合であっても」、「総合考慮」により「ネットワーク型システムを新たに作り出す行為」が「我が国の領域内で行われたものとみることができるときは」、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>上の「生産」に該当し得ると述べている。</p><p>「当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在する場合であっても」という記述は、この判断枠組みの射程(適用範囲)を限定するものか、それとも単なる例示か、ここでも判然としない。</p><p>考慮要素として、(1)「当該行為の具体的態様」,(2)「当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割」,(3)「当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所」,(4)「その利用が当該発明の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B7%D0%BA%D1%C5%AA%CD%F8%B1%D7">経済的利益</a>に与える影響」の4要素を挙げているが、これらの要素がどのような理由により導かれたのかは述べられていない。</p><p>また、「<strong>等</strong>を総合考慮」との説示から、上記4要素以外も考慮可能なことが示されている。</p><p><a href="https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=91124">原判決(東京地判令和4年3月24日[令和元年(ワ)第25152号])</a>では、「被告FC2が本件<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の侵害の責任を回避するために動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバを日本国外に設置し、実質的には日本国内から管理していたといった、結論として著しく妥当性を欠くとの評価を基礎付けるような事情は認められない」と、「結論として著しく妥当性を欠くとの評価を基礎付けるような事情」があれば侵害判断に影響を与えることを示唆するような判示があった。このような「事情」は、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁判決が今回示した総合考慮の枠組みでも考慮されうるのだろうか。<br />
<br />
</p>
<div class="section">
<h4 id="考慮要素1--当該行為の具体的態様">考慮要素(1) ― 当該行為の具体的態様</h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">本件生産1の1の具体的態様は、米国に存在するサーバから国内のユーザ端末に各ファイルが送信され、国内のユーザ端末がこれらを受信することによって行われるものであって、当該送信及び受信(送受信)は一体として行われ、国内のユーザ端末が各ファイルを受信することによって被告システム1が完成することからすれば、上記送受信は国内で行われたものと観念することができる。</div></p><p>まず、「具体的態様」が何を意味するのか不明である。上記「米国に存在するサーバから国内のユーザ端末に各ファイルが送信され、国内のユーザ端末がこれらを受信することによって行われるもの」とは、「具体的」と言うよりはむしろ、行為(本件生産1の1)の一部のみを採り上げ、さらにそれを抽象化したもののように感じる。</p><p>ついで、「行為の具体的態様」について、どのような考慮が求められるのかも分からない。「行為の具体的態様」が「国内で行われたものと観念することができる」か否かを判断するということなのか。</p><p>「国内で行われたものと観念することができる」か否かの判断方法についても疑問がある。「国内のユーザ端末が各ファイルを受信することによって被告システム1が完成することからすれば」と述べていることからすると、行為の(起点ではなく)終点となる場所が国内であることが「国内で行われたものと観念することができる」ためには必要(あるいは重要)なのだろうか。</p><p>そもそも、ある行為を「国内で行われたものと観念することができる」ならば、もはや、それ以外の要素は考慮せず、その行為は(日本国内における)「実施」と認めても良いように思われる。すなわち、この「国内で行われたものと観念することができる」と、(総合考慮の判断結果である)上記「我が国の領域内で行われたものとみることができる」との違いが、私には理解できない。<br />
<br />
</p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="考慮要素2--当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能役割">考慮要素(2) ― 当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割</h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">次に、被告システム1は、米国に存在する被控訴人Y1のサーバと国内に存在するユーザ端末とから構成されるものであるところ、国内に存在する上記ユーザ端末は、本件発明1の<strong>主要な</strong>機能である動画上に表示されるコメント同士が重ならない位置に表示されるようにするために必要とされる構成要件1Fの判定部の機能と構成要件1Gの表示位置制御部の機能を果たしている。</div></p><p>特許発明の「<strong>主要な</strong>機能」とはどのように判断するものなのか、均等論の「本質的部分」や101条2号の「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に関連するものなのか否か、上記のみでは分からない。</p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="考慮要素3--当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所">考慮要素(3) ― 当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所</h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">さらに、被告システム1は、上記ユーザ端末を介して国内から利用することができるものであって、コメントを利用したコミュニケーションにおける娯楽性の向上という本件発明1の効果は国内で発現しており、</div></p><p>上記の通り、システムの「利用」とはどのような行為かは判然としない(<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>上の「使用」とは区別されるのであろう)が、特許発明の効果の発現地を考慮する点は、多くの学説も述べているものであり、これを考慮要素としたことは妥当であると考える。</p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="考慮要素4--その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響">考慮要素(4) ― その利用が当該発明の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B7%D0%BA%D1%C5%AA%CD%F8%B1%D7">経済的利益</a>に与える影響</h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">また、その国内における利用は、控訴人が本件発明1に係るシステムを国内で利用して得る<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B7%D0%BA%D1%C5%AA%CD%F8%B1%D7">経済的利益</a>に影響を及ぼし得るものである。</div></p><p>「控訴人が本件発明1に係るシステムを国内で利用して得る<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B7%D0%BA%D1%C5%AA%CD%F8%B1%D7">経済的利益</a>」という記載からすると、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が特許発明を実施している必要がある(実施していると被疑侵害者の行為が「生産」と認められやすくなる)のだろうか。そうであるならば、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者の行為に応じて、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害の成否が変わる(ことがあり得る)という不可解な判断枠組みとなるように思われる。</p><p>この要素が<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者の行為とは無関係だとすれば、先の「当該システムを構成する端末が日本国内(国内)に存在すれば、これを用いて当該システムを国内で利用することは可能であり、その利用は、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が当該発明を国内で実施して得ることができる<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B7%D0%BA%D1%C5%AA%CD%F8%B1%D7">経済的利益</a>に影響を及ぼし得るものである。」との記述<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A4%AB%A4%E9%A4%B7">からし</a>て、本考慮要素は、端末が国内に存在しさえすれば、「生産」該当性に肯定的に考慮される程度の、ほとんど意義を持たないものなのだろうか。</p><p>あるいは、(サーバのみならず)端末も国外にある場合にあっても(さらには、被疑侵害システムが国内で利用できなくても)なお、「生産」に該当する余地を残すために、この要素が存在するのであろうか。そうであるならば、本考慮要素は大きな意味を持つ可能性がある。<br />
<br />
</p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="総合考慮の結果">総合考慮の結果</h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">以上の事情を総合考慮すると、本件生産1の1は、我が国の領域内で行われたものとみることができるから、本件発明1との関係で、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号の「生産」に該当するものと認められる。</div></p><p>本事案では4要素全てについて「生産」該当に肯定的な判断がなされたので、「生産」該当との判断は当然なのであろうが、その結果、4要素間に軽重があるのか否かは一切不明である。</p><p>例えば、国外のサーバに特許発明の「主要な機能」が存在する(考慮要素2は生産該当に否定的)ものの、発明の効果は国内で発現している(考慮要素3は生産該当に肯定的)という場合は、どちらの要素が重視されるのだろうか。</p>
</div>
</div>
<div class="section">
<h3 id="生産の主体">「生産」の主体</h3>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">被告システム1は、前記イ<small>[引用者注:上記「被告サービス1のFLASH版においては、」から「(以下、被告システム1を新たに作り出す上記行為を「本件生産1の1」という。)。」までの部分]</small>のプロセスを経て新たに作り出されたものであるところ、<strong>被控訴人Y1が、被告システム1に係るウェブサーバ、動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバを設置及び管理しており</strong>、これらのサーバが、HTMLファイル及び<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイル、動画ファイル並びにコメントファイルをユーザ端末に送信し、ユーザ端末による各ファイルの受信は、<strong>ユーザによる別途の操作を介することなく</strong>、被控訴人Y1がサーバにアップロードしたプログラムの記述に従い、自動的に行われるものであることからすれば、<strong>被告システム1を「生産」した主体は、被控訴人Y1であるというべきである。</strong></div></p><p>被告システム1を新たに作り出す行為(「本件生産1の1」)=「生産」=<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>行為の主体を、規範的に捉え、ユーザではなく、被控訴人Y1(FC2)であることを述べている。この主体判断については、国境を跨ぐ行為でなくとも(国内で完結する行為であっても)適用可能なものと思われる。</p><p>先に、被告システム1を新たに作り出す行為<small>(最終的に「生産」に判断するとされた行為)</small>の起点はどこからか(ユーザの行為が起点であるのか)、という疑問を提示したが、ここでもその点は明らかではない。</p><p><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁は、「HTMLファイル及び<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイル、動画ファイル並びにコメントファイル」という(「発明の全ての構成要件を充足する機能を有する」ために必要となる)プログラムに相当する情報の、端末への「インストール」(類似)行為<a href="#f-06ae1d3e" name="fn-06ae1d3e" title="知財高大判平成17年9月30日(平成17年(ネ)第10040号)ではソフトウェアの「インストール」が「情報処理装置」クレームの「生産」に当たると判示されている(ただし、同事案ではインストール(生産)の主体はユーザである)。">*5</a>を、(ユーザではなく)サーバが行なっていると考えており<a href="#f-9efe9cbd" name="fn-9efe9cbd" title="「ユーザによる別途の操作を介することなく」とは、ユーザは「インストール」を行なっていないことを意味するのであろう。">*6</a>、だからこそ、「生産」行為の起点に関わらず、そのサーバを「設置及び管理」している者(=「インストール」を行なうよう仕向けた者)が、「生産」の主体だと判断したのかも知れない。</p><p>なお、仮にユーザを「生産」行為の主体と捉えた場合は、サーバが間接侵害品(101条1号の「のみ品」あるいは101条2号の不可欠品)と言えるとしても、海外にあるサーバの《生産》を日本法の間接侵害行為に問えるのかという更なる問題に直面することになりかねない<a href="#f-7d4142d7" name="fn-7d4142d7" title="あるいは、国内にある端末を間接侵害品として問うことも可能かも知れないが、この場合は、端末を生産しているのもユーザで、被告が送信している各ファイルは間接侵害品をつくるためのものという、いわゆる間接の間接(再間接)の問題が生じるおそれがある。">*7</a>。</p><p>ところで、<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=5820">知財高判令和4年7月20日(平成30年(ネ)第10077号)[表示装置]</a>では、「表示装置」クレームについては、「被控訴人ら各プログラムは、ユーザが被控訴人ら各サービスのウェブサイトにアクセスすることにより、ユーザの端末装置にインストールされるものである(……)。そうすると、<strong>被控訴人らによる本件配信及びユーザによる上記インストールにより、</strong>被控訴人ら各装置(……)が生産されるものと認められる。……被控訴人ら各プログラムは、被控訴人ら各装置の生産にのみ用いられる物であると認めるのが相当であり、また、被控訴人らが業として本件配信を行っていることは明らかであるから、被控訴人らによる本件配信は、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条1号により、本件<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>1を侵害するものとみなされる。」として、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>ではなく間接侵害が認められた<a href="#f-e5ec9998" name="fn-e5ec9998" title="プログラムクレームについては、「生産」等の直接侵害を認めている。">*8</a>。明示されていないが、当該判決では、「表示装置」の「生産」主体はユーザと捉えていると考えられる<a href="#f-d3751cfc" name="fn-d3751cfc" title="小池眞一「判批」AIPPI68巻3号(2023)215頁参照。">*9</a>。しかし、本<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁大合議判決と同様の基準を採るならば、「表示装置」クレームの「生産」の主体は、被控訴人(ら)となるであろう。</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="その他の雑感">その他の雑感</h3>
<p>本件において、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者は、被告各ファイルの日本国内に存在するユーザ端末への配信の差止め、被告各サーバ用プログラムの抹消及び被告各サーバの除却を求めていたが、「動画ファイル及びコメントファイルを配信することの差止め」のみ認められ、「被告各サーバ用プログラムの抹消及び被告各サーバの除却」は認められなかった。また、10億円の損害賠償を請求していたが、認容された額は1000万円強に止まる。さらに、被控訴人Y2(HPS)に対する請求は全て棄却されている。</p><p>他方、両当事者も被疑侵害サービスも本件と同じ、<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=5820">知財高判令和4年7月20日(平成30年(ネ)第10077号)[表示装置]</a>では、差止めの他、プログラム(ただしサーバ用ではなくサーバから端末に配信されるプログラム)の抹消も認められ、1億円の損害賠償請求は全額認容、加えて、HPSの責任(FC2とHPSとの「共同侵害」)も認められている。</p><p>たしかに両訴訟の対象<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の発明内容は異なるが、動画とともに表示されるコメントに関する発明であることは共通する。結論に大きな違いが出るほどの相違はどこにあるのだろうか。</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="更新履歴">更新履歴</h3>
<ul>
<li>2023-05-28 公開</li>
<li>2023-06-04 「「生産」の主体」の項について追記・修正。</li>
<li>2023-07-02 判決全文の裁判所ウェブページ掲載に伴う追記。</li>
</ul>
</div><div class="footnote">
<p class="footnote"><a href="#fn-446b2eec" name="f-446b2eec" class="footnote-number">*1</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">「1A」等の符号は原判決において付記されていたものだが、判決要旨を見る限り、本判決(<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B5%C1%CA%BF%B3">控訴審</a>判決)でも同じ符号を用いているようである。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-b403c167" name="f-b403c167" class="footnote-number">*2</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">引用者注:他に「HTML5版」が存在する。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-87ad1ef5" name="f-87ad1ef5" class="footnote-number">*3</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">最三小判平成9年7月1日(平成7年(オ)第1988号)<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%B1%BD%B8">民集</a>第51巻6号2299頁。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-6075f4a7" name="f-6075f4a7" class="footnote-number">*4</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">最一小判平成14年9月26日(平成12年(受)第580号)<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%B1%BD%B8">民集</a>第56巻7号1551頁。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-06ae1d3e" name="f-06ae1d3e" class="footnote-number">*5</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text"><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高大判平成17年9月30日(平成17年(ネ)第10040号)ではソフトウェアの「インストール」が「情報処理装置」クレームの「生産」に当たると判示されている(ただし、同事案ではインストール(生産)の主体はユーザである)。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-9efe9cbd" name="f-9efe9cbd" class="footnote-number">*6</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">「ユーザによる別途の操作を介することなく」とは、ユーザは「インストール」を行なっていないことを意味するのであろう。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-7d4142d7" name="f-7d4142d7" class="footnote-number">*7</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">あるいは、国内にある端末を間接侵害品として問うことも可能かも知れないが、この場合は、端末を生産しているのもユーザで、被告が送信している各ファイルは間接侵害品をつくるためのものという、いわゆる間接の間接(再間接)の問題が生じるおそれがある。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-e5ec9998" name="f-e5ec9998" class="footnote-number">*8</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">プログラムクレームについては、「生産」等の<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>を認めている。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-d3751cfc" name="f-d3751cfc" class="footnote-number">*9</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">小池眞一「判批」AIPPI68巻3号(2023)215頁参照。</span></p>
</div>
tanakakohsuke
ソフトウエア関連発明の発明該当性に関する審査基準等について
hatenablog://entry/4207575160646577994
2023-05-07T01:43:10+09:00
2023-05-07T10:24:24+09:00 はじめに 「特許・実用新案審査基準」(以下、単に「審査基準」)および「特許・実用新案審査ハンドブック」(以下、単に「審査ハンドブック」)は、法規範ではない1とは言え、特許審査における影響力を考えると、実務者にとってはこれらを理解することが重要である。もっとも、審査基準・審査ハンドブックには理解が難しい箇所も少なくない。 本稿では、そのような箇所の一つと考えられる、「ソフトウエア関連発明」2の発明該当性判断に関する審査基準・審査ハンドブックの記載について、疑問を記すとともに、その回答を試みる。 現行審査基準についての疑問 ある特許出願が特許権として成立するには、請求項に係る発明が、特許法上の「発…
<h1 id="はじめに">はじめに</h1>
<p>「特許・実用新案審査基準」(以下、単に「審査基準」)および「特許・実用新案審査ハンドブック」(以下、単に「審査ハンドブック」)は、法規範ではない<sup id="fnref:1"><a href="#fn:1" rel="footnote">1</a></sup>とは言え、特許審査における影響力を考えると、実務者にとってはこれらを理解することが重要である。もっとも、審査基準・審査ハンドブックには理解が難しい箇所も少なくない。</p>
<p>本稿では、そのような箇所の一つと考えられる、「ソフトウエア関連発明」<sup id="fnref:2"><a href="#fn:2" rel="footnote">2</a></sup>の発明該当性判断に関する審査基準・審査ハンドブックの記載について、疑問を記すとともに、その回答を試みる。</p>
<h1 id="現行審査基準についての疑問">現行審査基準についての疑問</h1>
<p>ある特許出願が<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>として成立するには、請求項に係る発明が、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>上の「発明」、すなわち「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」(2条1項)でなければならず(29条1項柱書)、審査官はこの要件も審査する必要がある(49条2号)。</p>
<p>現行審査基準<sup id="fnref:3"><a href="#fn:3" rel="footnote">3</a></sup>はこれを「発明該当性」と呼び、第III部 第1章 2.1において、「発明」に該当しないものとして、以下の6類型を挙げている<sup id="fnref:4"><a href="#fn:4" rel="footnote">4</a></sup>:</p>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 0px 10px;">
<ul>
<li> <a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則自体</li>
<li> 単なる発見であって創作でないもの</li>
<li> <a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則に反するもの</li>
<li> <a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用していないもの</li>
<li> 技術的思想でないもの</li>
<li> 発明の課題を解決するための手段は示されているものの、その手段によっては、課題を解決することが明らかに不可能なもの</li>
</ul>
</div></p>
<p>もっとも、現行審査基準(2018年) 同2.2には、「コンピュータソフトウエアを利用するものの審査に当たっての留意事項」として、以下の事項が記載されている(強調は引用者;なお「(注)」の表記を省いて引用する):</p>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">
(1) コンピュータソフトウエアを利用するものであっても、以下の(i)又は(ii)のように、全体として<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用しており、「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用した技術的思想の創作」と認められるものは、<strong>コンピュータソフトウエアという観点から検討されるまでもなく</strong>、「発明」に該当する。
<ul>
<li>(i) 機器等(例:炊飯器、洗濯機、エンジン、ハードディスク装置、化学反応装置、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B3%CB%BB%C0">核酸</a>増幅装置)に対する制御又は制御に伴う処理を具体的に行うもの
<li>(ii) 対象の物理的性質、化学的性質、生物学的性質、電気的性質等の技術的性質(例:エンジン回転数、圧延温度、生体の遺伝子配列と形質発現との関係、物質同士の物理的又は化学的な結合関係)に基づく情報処理を具体的に行うもの
</ul>
(2) 上記(i)又は(ii)と判断されないような、ビジネスを行う方法、ゲームを行う方法又は数式を演算する方法に関連するものであっても、ビジネス用コンピュータソフトウエア、ゲーム用コンピュータソフトウエア又は数式演算用コンピュータソフトウエアというように、全体としてみると、コンピュータソフトウエアを利用するものとして創作されたものは、「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用した技術的思想の創作」に該当する可能性がある。そのようなものについては、審査官は、ビジネスを行う方法等といった形式にとらわれることなく、<strong>コンピュータソフトウエアを利用するものという観点から</strong>「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用した技術的思想の創作」に該当するか否かを検討する。すなわち、コンピュータソフトウエアを利用するものは、「ソフトウエアによる情報処理が、ハードウエア資源を用いて具体的に実現されている」場合は、「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用した技術的思想の創作」に該当するため、この観点から検討する。
</div></p>
<p>さらに、現行審査ハンドブック(2018年) 附属書B 第1章の冒頭には、以下の記載もある:</p>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 0px 10px;">
<p>ソフトウエア関連発明の特許要件(発明該当性、新規性、進歩性)の判断については、2.を参照する。特に、発明該当性の判断について2.を参照する際に、審査官は、2.1.1.1 の(1)及び(2)に記載されるように、審査基準「第III部第1章発明該当性及び産業上の利用可能性」により、請求項に係るソフトウエア関連発明が「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用した技術的思想の創作」であるか否かの判断がされる場合は、2.1.1.2に記載される「ソフトウエアの観点に基づく考え方」による検討を行わない点に留意する。</p>
</div>
<p></p>
<p>すなわち、現行審査基準・審査ハンドブックに従うと、ソフトウエア関連発明の発明該当性は、<br>
①まず、「(i) 機器等に対する制御又は制御に伴う処理を具体的に行うもの」または「(ii) 対象の技術的性質に基づく情報処理を具体的に行うもの」か否かという「ソフトウエアの観点に基づく考え方」<strong>ではない</strong>観点での判断が行なわれ((i)または(ii)であると判断されると発明該当性が認められる)、<br>
②次いで、①において(i)または(ii)と判断されなかった場合、「ソフトウエアの観点に基づく考え方」で判断される、<br>
という2段階のステップを踏む<sup id="fnref:5"><a href="#fn:5" rel="footnote">5</a></sup>。</p>
<p>ここで、【α】「(i) 機器等に対する制御又は制御に伴う処理を具体的に行うもの」および「(ii) 対象の技術的性質に基づく情報処理を具体的に行うもの」という類型は何に由来するのか(何らかの裁<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>を元にしたものなのか)、【β】そもそも、なぜ2段階の判断ステップを踏む必要があるのか(一度に全ての要素を判断してはいけないのか)、疑問が沸く。</p>
<p>以下、ソフトウエア関連発明の発明該当性に関する審査基準等の変遷を概観し<sup id="fnref:6"><a href="#fn:6" rel="footnote">6</a></sup>、その答えを探る。</p>
<h1 id="1993年審査基準">1993年審査基準</h1>
<p><a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%C4%A3">特許庁</a>は、1993(平成5)年、これまでの審査基準を全面的に見直した、新たな審査基準を公表した。</p>
<p>この1993年審査基準では、コンピュータ・ソフトウエア関連発明に関し、以下の類型に当たるものであれば、発明該当性を認めることが規定された<sup id="fnref:7"><a href="#fn:7" rel="footnote">7</a></sup>。</p>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 0px 10px;">
<ul>
<li> (I) ソフトウエアによる情報処理に<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則が利用されている発明
<ul>
<li> (1) ハードウエア資源に対する制御又は制御に伴う処理を行うもの
<ul>
<li> ① コンピュータにより制御を行うもの
<li> ② コンピュータ自体のオペレーションに関するもの
</ul>
<li> (2) 対象の物理的性質又は技術的性質に基づいて情報処理を行うもの
</ul>
<li> (II) ハードウエア資源が利用されている発明
</ul>
</div>
<p></p>
<p>さらに、「(II) ハードウエア資源が利用されている発明」については、「ハードウエア資源の単なる使用」<sup id="fnref:8"><a href="#fn:8" rel="footnote">8</a></sup>は発明該当性を認める対象から除く旨の記載がある。</p>
<h1 id="1997年運用指針">1997年運用指針</h1>
<p>ついで1997(平成9)年、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%C4%A3">特許庁</a>は「特定技術分野の審査の運用指針」を公表した。</p>
<p>この運用指針(のうちソフトウエア関連発明に関する部分)の最大の特徴は、これまでの<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%C4%A3">特許庁</a>運用を改め、「媒体」クレームを認めた点にあるが、発明該当性の記載についても、1993年審査基準とは若干の相違がある。</p>
<p>具体的には、1997年運用指針では、「解決手段<sup id="fnref:9"><a href="#fn:9" rel="footnote">9</a></sup>が例えば以下のものである場合には、その手段が<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用しているといえる。」として、次の3類型が挙げられている:</p>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">
<ul>
<li> (i) ハードウエア資源に対する制御又は制御に伴う処理
<li> (ii) 対象の物理的性質又は技術的性質に基づく情報処理
<li> (iii) ハードウエア資源を用いて処理すること
</ul>
</div>
<p></p>
<p>加えて、以下の注記も存在する:</p>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 0px 10px;">
<p>ただし、解決手段が<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用した手段であっても、その手段が、「コンピュータを用いて処理すること」のみである場合(例えば実例3請求項1)、「媒体にプログラム又はデータを記録すること」のみである場合、又は、「コンピュータを用いて処理すること」及び「媒体にプログラム又はデータを記録すること」のみである場合には、「発明」とはしない。</p></div>
<p></p>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 0px 10px;"><p>
請求項に係る発明がコンピュータを用いて処理を行うものであっても、請求項において、コンピュータのハードウエア資源がどのように(how to)用いられて処理されるかを直接的又は間接的に示す具体的な事項が記載されていない場合には、その処理は2.2.1④<small>[引用者注:直前に引用した段落]</small>の「コンピュータを用いて処理すること」である。</p></div>
<h1 id="2000年審査基準">2000年審査基準</h1>
<p>さらに2000(平成12)年、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%C4%A3">特許庁</a>は新たな審査基準を公表した。この審査基準は、<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>上の「物」(2条3項1号)に「プログラム等」が含まれることとなった2002(平成14)年法改正に先立ち、「プログラム」クレームを認めた点で画期的なものであった。</p>
<p>2000年審査基準では、ソフトウエア関連発明の発明該当性判断につき、次のように記述されている:</p>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 0px 10px;">
<p>ソフトウエア関連発明において、請求項に係る発明が「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用した技術的思想の創作」であるか否か(「発明」に該当するか否か)を判断する具体的な手法は以下のとおり。</p>
<p>(1)請求項に記載された事項に基づいて、請求項に係る発明を把握する。なお、把握された発明が「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用した技術的思想の創作」であるか否かの判断に際し、ソフトウエア関連発明に特有の判断、取扱いが必要でない場合には、「第II部第1章産業上利用することができる発明」により判断を行う。(注参照)</p>
<p>(2)請求項に係る発明において、ソフトウエアによる情報処理が、ハードウエア資源(例:CPU等の演算手段、メモリ等の記憶手段)を用いて具体的に実現されている場合、つまり、ソフトウエアとハードウエア資源とが協働した具体的手段によって、使用目的に応じた情報の演算又は加工を実現することにより、使用目的に応じた特有の情報処理装置(機械)又はその動作方法が構築されている場合、当該発明は「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用した技術的思想の創作」である。</p>
<p>(3)一方、ソフトウエアによる情報処理がハードウエア資源を用いて具体的に実現されていない場合、当該発明は「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用した技術的思想の創作」ではない。</p>
<p>……</p>
<p>(注)ソフトウエア関連発明に特有の判断、取扱いが必要でなく、「第II部第1章産業上利用することができる発明」により判断を行う例を次に示す。</p>
<p>(1)「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用した技術的思想の創作」ではない例<br>
請求項に係る発明が、「第II部第1章1.1「発明」に該当しないものの類型」のうちいずれか一に当たる場合、例えば、
(a)経済法則、人為的な取決め、数学上の公式、人間の精神活動、又は(b)<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%C7%A5%B8%A5%BF%A5%EB%A5%AB%A5%E1%A5%E9">デジタルカメラ</a>で撮影された画像データ、文書作成装置によって作成した運動会のプログラム、コンピュータ・プログラムリストなど、情報の単なる提示に当たる場合は、「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用した技術的思想の創作」ではない。</p>
<p>(2)「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用した技術的思想の創作」である例<br>
請求項に係る発明が、<br>
(a)機器等(例:炊飯器、洗濯機、エンジン、ハードディスク装置)に対する制御又は制御に伴う処理を具体的に行うもの、又は<br>
(b)対象の物理的性質又は技術的性質(例:エンジン回転数、圧延温度)に基づく情報処理を具体的に行うもの<br>
に当たる場合は、「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用した技術的思想の創作」である。</p></div>
<p></p>
<p>また、2000年審査基準と同時に公表された「コンピュータ・ソフトウエア関連発明の改訂審査基準に関するQ&A」には、以下の記載がある:</p>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 0px 10px;">
<p>前回の審査基準<small>[引用者注:1997年運用指針]</small>では、ソフトウエア関連発明が<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>上の「発明」であるか否かを判断する際に、発明が「解決しようとする課題」を明らかにすることを前提に、その課題をハードウエア資源を如何に利用して解決しようとしているのかという視点からアプローチしています。すなわち、当該請求項に係る課題の解決のために、ハードウエア資源(CPU、メモリ等)を如何に(how to)用いているかを具体的に請求項に記載しなければ「発明」に該当しないとしていました。</p>
<p>……</p>
一方、今回の審査基準では、「ソフトウエア」自体の創作を「発明」として扱うことを明確化した<small>[引用者注:プログラムクレームを認めたことを指すと思われる]</small>のに伴い、如何なる「ソフトウエア」を創作したのかという視点からアプローチしています。
<p>……</p>
<p>ソフトウェアの創作とは、ハードウェア資源の利用によりあるア<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A4%A5%C7%A5%A2">イデア</a>を実現しようとする技術的創作であり、これまでの審査基準に基づき「ハードウェア」側からアプローチするか、今回の審査基準に基づき「ソフトウェア」側からアプローチするかによって、「発明」に該当するか否かの審査結果が異なることはありません。</p></div>
<h1 id="検討">検討</h1>
<p>1993年審査基準では、ソフトウエア関連発明について発明該当性が認められる類型を「(I) ソフトウエアによる情報処理に<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則が利用されている発明」および「(II) ハードウエア資源が利用されている発明(「ハードウエア資源の単なる使用」は除く)」の2つに分け、前者についてさらに、「(1) ハードウエア資源に対する制御又は制御に伴う処理を行うもの」と「(2) 対象の物理的性質又は技術的性質に基づいて情報処理を行うもの」とに分類していた。</p>
<p>続く1997年運用指針では、「(I) ソフトウエアによる情報処理に<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則が利用されている」という類型がなくなったが、これは「(i) ハードウエア資源に対する制御又は制御に伴う処理」および「(ii) 対象の物理的性質又は技術的性質に基づく情報処理」に展開されただけであり、この部分については、1993年審査基準と実質的な変更はない。</p>
<p>また、2000年審査基準でも、「ハードウエア資源に対する制御又は制御に伴う処理」から「機器等(例:……)に対する制御又は制御に伴う処理を具体的に行うもの」に、「対象の物理的性質又は技術的性質に基づく情報処理」から「対象の物理的性質又は技術的性質(例:……)に基づく情報処理を具体的に行うもの」に、それぞれ表現が僅かに変更されたのみである。すなわち、2000年審査基準においても、1993年審査基準の「(I) ソフトウエアによる情報処理に<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則が利用されている発明」という類型が生き続けている。ただし、2000年審査基準では、この類型は「ソフトウエア関連発明に特有の判断、取扱いが必要でな」いものと整理された。このように整理された理由は明らかではない。</p>
<p>一方で、1993年審査基準の「(II) ハードウエア資源が利用されている発明(「ハードウエア資源の単なる使用」は除く)」という類型は、1997年運用指針では「ハードウエア資源を用いて処理すること」と表現が微妙に変化するとともに、(「ハードウエア資源の単なる使用」を除く旨の記載に代えて)「請求項に係る発明がコンピュータを用いて処理を行うものであっても、請求項において、コンピュータのハードウエア資源がどのように(how to)用いられて処理されるかを直接的又は間接的に示す具体的な事項が記載されていない場合には、その処理は……「コンピュータを用いて処理すること」であ[るため、発明該当性を認めない]」との注意書きが付された。「how to」等の記載振りから、この類型についての<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%C4%A3">特許庁</a>の苦心の様子がうかがえる。</p>
<p>さらに、2000年審査基準では、この類型につき「ソフトウエアによる情報処理が、ハードウエア資源を用いて具体的に実現されている場合」と表現が修正された上で、本類型のみが「ソフトウエア関連発明に特有の判断、取扱いが必要」なものと整理され(上記のようにその理由は明示されていない)、現行審査基準・審査ハンドブックもこの立場<small>(「ソフトウエアによる情報処理が、ハードウエア資源を用いて具体的に実現されている」か否かで発明該当性を判断することのみを「ソフトウエアの観点に基づく考え方」とする立場)</small>を維持している。</p>
<h1 id="現行審査基準についての疑問への回答">現行審査基準についての疑問への回答</h1>
<p>以上を踏まえると、本稿冒頭の疑問への回答は次のものになると考えられる。</p>
<p>【α】「(i) 機器等に対する制御又は制御に伴う処理を具体的に行うもの」および「(ii) 対象の技術的性質に基づく情報処理を具体的に行うもの」の由来は、(少なくとも直接には)1993年審査基準である。このような類型を示した裁<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>が存在するわけではない。もっとも、1993年以来その表現をほとんど変えずに、現行審査基準・審査ハンドブックでも用いられている類型であるため、一定程度有効に機能しているものだと考えられる。</p>
<p>【β】《<strong>①</strong>まず、「(i) 機器等に対する制御又は制御に伴う処理を具体的に行うもの」または「(ii) 対象の技術的性質に基づく情報処理を具体的に行うもの」か否かという「ソフトウエアの観点に基づく考え方」ではない観点での判断を行ない、<strong>②</strong>次いで、<small>①において(i)または(ii)と判断されなかった場合、</small>「ソフトウエアの観点に基づく考え方」で判断を行なう》という<strong>2段階のステップを踏む必然性は見いだせない</strong>。ソフトウエア関連発明の発明該当性を、「(i) 機器等に対する制御又は制御に伴う処理を具体的に行うもの」か、「(ii) 対象の技術的性質に基づく情報処理を具体的に行うもの」か、あるいは「ソフトウエアの観点に基づく考え方」を用いて「発明」に当たるか(「ソフトウエアによる情報処理が、ハードウエア資源を用いて具体的に実現されている場合」か否か)の3要素を、一度に(1段階で)判断しても構わない。<br>
なぜならば、1993年審査基準および1997年運用指針ではそのような1段階での判断が行なわれており、かつ、2000年審査基準で2段階の判断が導入された合理的な理由が何も述べられていないからである。もっとも、「(i) 機器等に対する制御又は制御に伴う処理を具体的に行うもの」または「(ii) 対象の技術的性質に基づく情報処理を具体的に行うもの」か否かという判断は、「ソフトウエアの観点に基づく考え方」を用いた判断よりも、相対的に容易だと考えられるため、2段階ステップによる判断をあえて否定する理由もないであろう<sup id="fnref:10"><a href="#fn:10" rel="footnote">10</a></sup>。</p>
<h1 id="更新履歴">更新履歴</h1>
<ul>
<li>2023-05-07 公開</li>
</ul>
<div class="footnotes">
<hr/>
<ol>
<li id="fn:1">
<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=481">知財高大判平成17年11月11日(平成17年11月11日)[偏光フイルムの製造法]</a>参照。<a href="#fnref:1" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:2">
現行審査ハンドブック 附属書B 第1章において「その発明の実施においてソフトウエアを利用する発明」と定義されている。なお、「ソフトウ<strong>エ</strong>ア」との記載は原文のままである。<a href="#fnref:2" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:3">
後掲2000年審査基準の公表後、審査基準は、2015(平成27)年、全面改訂(ソフトウエア関連発明についての記載の多くは審査基準から審査ハンドブックに移行)され、さらに2018(平成30)年、審査ハンドブックも含め微修正(ソフトウエア関連発明に関する記載の明確化)がなされた。本稿では、明記がない場合を除き、2015年改訂のものと2018年改訂のものとを区別せず、「現行審査基準」や「現行審査ハンドブック」と称する。<a href="#fnref:3" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:4">
この6類型は、後掲の1993年審査基準から(表現に若干の変更があるものの)基本的に変わっていない(後掲1997年運用指針では8類型が示されたが、これは「技術的思想でないもの」を「技能」「情報の単なる<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B7%C7%BC%A8">掲示</a>」「単なる美的創造物」の3類型に分けたものである)。<a href="#fnref:4" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:5">
①について、正確に述べると、第一に、審査基準の「(i)又は(ii)の<strong>ように</strong>、全体として<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用しており、「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用した技術的思想の創作」と認められるもの」との記載から、(i)(ii)以外にも「ソフトウエアの観点に基づく考え方」<strong>ではない</strong>観点で「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用した技術的思想の創作」と判断できるものがあることを審査基準を想定しているようにも思われる(この点につき、後掲2001年審査基準では例示である旨が明記されていた)。第二に、審査基準 第III部 第1章 2.1に挙げられた「発明」に該当しない6類型に当たるかも判断され、ここで6類型のいずれかに当たると判断されると、その時点で発明該当性が認められない(もっとも、6類型のうち、とくに「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用していないもの」「技術的思想でないもの」と①の段階で判断することは、「ソフトウエアの観点に基づく考え方」を審査基準が導入した趣旨が没却されるように思われる)。<a href="#fnref:5" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:6">
ソフトウエア関連発明に関する審査基準等の変遷は以下のものが詳しい:竹田稔ほか編『ビジネス方法特許』(青林書院,2004)116頁以下[三品岩男・鈴木正剛]、日本国際知的財産保護協会『コンピュータ・ソフトウエア関連およびビジネス分野等における保護の在り方に関する調査研究報告書』(2010)21頁以下[中山一郎]、酒井宏明「コンピュータ・プログラム保護態様の史的変遷」<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%E6%BB%B3%BF%AE%B9%B0">中山信弘</a>先生<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C5%B5%A9">古稀</a>記念論文集(弘文堂,2015)154頁以下、谷義一ほか『世界のソフトウエア特許〔改訂版〕』(発明推進協会,2017)51頁以下[牛久健司]。<a href="#fnref:6" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:7">
1993年審査基準よりも前に、コンピュータ・ソフトウエア関連発明(に相当する発明)の審査基準およびそれに類するものとして、「コンピュータ・プログラムに関する発明についての審査基準(その1)」(1975年),「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%A4%A5%AF%A5%ED%A5%B3%A5%F3%A5%D4%A5%E5%A1%BC%A5%BF">マイクロコンピュータ</a>応用技術に関する発明についての運用指針」(1982年),「コンピュータ・ソフトウエア関連発明の審査上の取扱い(案)」(1988年)が存在した。これらと1993年審査基準との関係(1993年審査基準はこれまでの審査基準等を整理しただけのものか、それとも新たな考え方を追加したものか等)の評価は論者によって様々である一方、少なくとも「対象の……技術的性質」という現行審査基準・審査ハンドブックでも用いられる語が導入されたのは1993年審査基準からであるため、本稿では、1993年審査基準から検討を始めることとする。<a href="#fnref:7" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:8">
「請求項の記載がコンピュータの構成要素や装置等のハードウエア資源により限定されていても、この限定が、何らかの形でハードウエア資源を使用することを明示した、ということ以上の内容を有していないとき、すなわち、ハードウエア資源が単に使用されているにすぎないとき」と定義されている。<a href="#fnref:8" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:9">
引用者注:1997年運用指針では、発明該当性判断ステップにつき、「発明の詳細な説明に記載された当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項から総合的に……把握した請求項に係る発明が解決しようとする課題を把握し、次に、その解決手段を把握する。その際には出願時の技術常識も参酌する。」「把握した解決手段(例えばプログラムの処理)が<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用した手段であれば、発明が「<a class="keyword" href="https://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%C1%B3%CB%A1">自然法</a>則を利用した技術的思想の創作」であることとする。」と述べ、「請求項に係る発明」と「解決手段」とを区別していた。<a href="#fnref:9" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:10">
ただし、すでに注釈で記したように、第1ステップで「発明」に該当しない6類型に当たるかをも判断することは、本来は(「ソフトウエアの観点に基づく考え方」では)「発明」と判断されるものにつき、発明該当性が否定される虞があるため、好ましいものではないと考える。<a href="#fnref:10" rev="footnote">↩</a></li>
</ol>
</div>
tanakakohsuke
用途発明に関する特許権について差止請求が認容された事案 ― 東京地判令和5年2月28日(令和2(ワ)19221)
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2023-03-12T02:13:06+09:00
2023-03-12T11:50:51+09:00 1 はじめに 本件(東京地判令和5年2月28日[令和2(ワ)19221])は、特許権者である原告が、被告の行為が特許法101条2号規定の間接侵害に当たるとして、差止めを求めた1事案である。 東京地裁は、原告の請求を一部認容2した。しかしそれは過剰差止めのようにも思われ、また判決の論理に一部疑問もあるため、本稿を記す。 以下、項名・「本件発明」・「雑感」を除き、本件判決の引用である(強調は引用者による)。 なお、本件では、被告から特許無効の抗弁(104条の3第1項)は主張されていない。 2 本件発明3 複数個の、金属マグネシウム(Mg)単体を50重量%以上含有する粒子を、水を透過する網体で封入し…
<h1 id="1はじめに">1 はじめに</h1>
<p>本件(<a href="https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=91828">東京地判令和5年2月28日[令和2(ワ)19221]</a>)は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者である原告が、被告の行為が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条2号規定の間接侵害に当たるとして、差止めを求めた<sup id="fnref:1"><a href="#fn:1" rel="footnote">1</a></sup>事案である。</p>
<p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%EC%B5%FE%C3%CF%BA%DB">東京地裁</a>は、原告の請求を一部認容<sup id="fnref:2"><a href="#fn:2" rel="footnote">2</a></sup>した。しかしそれは過剰差止めのようにも思われ、また判決の論理に一部疑問もあるため、本稿を記す。</p>
<p>以下、項名・「本件発明」・「雑感」を除き、本件判決の引用である(強調は引用者による)。</p>
<p>なお、本件では、被告から特許無効の抗弁(104条の3第1項)は主張されていない。</p>
<h1 id="2本件発明3">2 本件発明<sup id="fnref:3"><a href="#fn:3" rel="footnote">3</a></sup></h1>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">
複数個の、金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>(Mg)単体を50重量%以上含有する粒子を、水を透過する網体で封入してなる<br>
ことを特徴とする洗濯用洗浄補助用品。</div>
<h1 id="3事実">3 事実</h1>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">被告は、遅くとも令和元年7月29日から、金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>の粒子の販売及び販売の申出を開始し、令和2年1月ないし3月頃から、業として、被告製品の販売(無償譲渡を含む。以下同じ。)及び販売の申出を開始したが、遅くとも口頭弁論<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BD%AA%B7%EB">終結</a>時までには販売及び販売の申出が停止された。<br>
……<br>
被告製品の商品パッケージには、「BATH」、「WASH」及び「CLEAN」の記載がある。
……<br>
インターネットショッピングサイトAmazonにおける被告製品販売ページの記載インターネットショッピングサイトAmazonにおける被告製品販売ページ(以下「本件ウェブページ」という。)には、「DIY」及び「【洗濯に】 高純度の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>ペレットを水の中に入れると水道水が弱<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A2%A5%EB%A5%AB%A5%EA%A5%A4%A5%AA%A5%F3%BF%E5">アルカリイオン水</a>に変化します。この弱<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A2%A5%EB%A5%AB%A5%EA%A5%A4%A5%AA%A5%F3%BF%E5">アルカリイオン水</a>には臭い成分の分解や洗浄力があります。」、「部屋干しの生乾きの嫌な臭いに・雨の日の洗濯物の嫌な臭いに・タオルの生乾きの嫌な臭いに」などの記載がある。</div>
<h1 id="4原告の主張の一部判決文からの抜粋">4 原告の主張の一部(判決文からの抜粋)</h1>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">被告は、自ら金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>の粒子を洗濯ネットに封入した洗濯用洗浄補助用品を製造、販売等すると、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害することから、これを回避する目的で、被告製品に係る金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>の粒子を製造、販売等し、購入者に、金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>の粒子を洗濯ネットに封入させて本件各発明に係る洗濯用洗浄補助用品を生産させているのであり、次の各要件を満たすことから、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の間接侵害(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条2号)が成立する。<br>
……<br>
被告製品は、下記aないしcの構成(以下、順次「構成a」、「構成b」などという。)を有しており、これを前提とすると、被告製品に係る金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>の粒子を洗濯ネットに封入して製造された洗濯用洗浄補助用品は、本件各発明の技術的範囲に属するといえる。<br>
<center>記</center>
a 純度が約99.95%であって、平均粒径が5mmの金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>の粒子からなり、<br>
b 洗濯用洗浄補助用品の手作りの用途に用いることが商品説明に記載された、<br>
c 複数の金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>の粒子。<br>
……<br>
本件各発明に係る洗濯用洗浄補助用品は、被告製品に係る金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>の粒子を洗濯ネットに封入することにより生産できることから、被告製品は、本件各発明に係る洗濯用洗浄補助用品の生産に用いられるものといえる。<br>
……<br>
本件特許に係る特許出願の願書に添付された明細書(……)の記載によれば……本件発明1は、「金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>(Mg)単体を50重量%以上含有する粒子」を備える点に、従来技術に見られない特徴的技術手段が存在する。<br>
そして、被告製品は、「純度が約99.95%であって、平均粒径が5mmの金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>の粒子」の構成を有し、請求項1に係る本件発明1の構成要件1Aを備えるものであるから、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条2号の「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当する。</div>
<h1 id="5裁判所の判断">5 裁判所の判断</h1>
<h2 id="5-1101条2号規定の間接侵害の成否">5-1 101条2号規定の間接侵害の成否</h2>
<h3 id="5-1-1その物の生産に用いる物">5-1-1 「その物の生産に用いる物」</h3>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">……被告製品の商品パッケージには、洗濯を意味する「WASH」の記載があること、被告製品の販売ページである本件ウェブページには、「DIY」、「【洗濯に】 高純度の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>ペレットを水の中に入れると水道水が弱<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A2%A5%EB%A5%AB%A5%EA%A5%A4%A5%AA%A5%F3%BF%E5">アルカリイオン水</a>に変化します。この弱<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A2%A5%EB%A5%AB%A5%EA%A5%A4%A5%AA%A5%F3%BF%E5">アルカリイオン水</a>には臭い成分の分解や洗浄力があります」、「部屋干しの生乾きの嫌な臭いに・雨の日の洗濯物の嫌な臭いに・タオルの生乾きの嫌な臭いに」との記載があることが認められる。そして、「DIY」とは、「Do It Yourself」の頭字語であり、「手作りをする」という意味も有していると認められること(弁論の全趣旨)、被告製品の商品パッケージ及び本件ウェブページの上記記載が、洗濯物の汚れを減少させ、生乾きの臭いを防止するという被告製品の効能を得るためには、金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>の粒子を水道水と反応させつつ洗濯をする必要があることを示唆していること、金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>の粒子をそのまま洗濯機又は洗濯桶に投入すると、洗濯終了後に金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>の粒子の回収の手間がかかることはたやすく予想できることに照らせば、上記被告製品の商品パッケージ及び本件ウェブページの記載に接した被告製品の購入者は、購入した被告製品を洗濯ネット等の水を透過する入れ物に封入し、これを洗濯機等に入れて洗濯を行うという使用方法が説明されていると理解するといえる。<br>
したがって、上記被告製品の商品パッケージの記載及び本件ウェブページの記載は、被告製品を用いて洗濯用洗浄補助用品を手作りし、洗濯をするとの被告製品の用途の説明をした記載であることは明らかであり、被告製品は構成b[引用者注:「洗濯用洗浄補助用品の手作りの用途に用いることが商品説明に記載された」]を有していると認められる。<br>
そして、本件において、被告製品が構成a及びcを備えていることは当事者間において争いがない。<br>
以上のことから、被告製品は、構成aないしcの全ての構成を有していると認められる。</div>
<p><br></p>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">被告製品は、「純度が約99.95%…の金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>の粒子」である(構成a)ところ、これは、「金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>(Mg)単体を50重量%以上含有する粒子」(構成要件1A)に該当する。また、被告製品は、「複数の金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>の粒子」(構成c)であるから、金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>の粒子は「複数個」(構成要件1A)あるといえる。<br>
さらに、被告製品が封入される「洗濯ネット」は、「水を透過する網体」(構成要件1A)に該当し、洗濯に用いるために洗濯ネットに被告製品を封入して製造された物品は、「水を透過する網体に封入してなる」(構成要件1A)「ことを特徴とする洗濯用洗浄補助用品」(構成要件1B)に該当するといえる。<br>
以上によれば、洗濯ネットに被告製品を封入して製造された物品は、構成要件1A及び1Bを充足する。<br>
……<br>
以上によれば、洗濯に用いるために洗濯ネットに被告製品を封入して製造された物品は、本件各発明の技術的範囲に属する。<br>
……<br>
前記……のとおり、洗濯に用いるために洗濯ネットに被告製品に係る金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>の粒子を封入して製造された物品は、本件各発明の技術的範囲に属するから、被告製品は、本件各発明に係る物の生産に用いる物であるといえる。</div>
<h3 id="5-1-2課題の解決に不可欠なもの">5-1-2 「課題の解決に不可欠なもの」</h3>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">本件明細書の記載によれば、本件各発明の課題は、洗濯後の繊維製品に残存する汚れ自体を、金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>(Mg)単体の作用により減少させることによって、生乾き臭の発生を防止しようとするものであり(【0006】)、かかる課題を解決するために、金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>(Mg)単体と水との反応により発生する水素が、界面活性剤による汚れを落とす作用を促進させることを見出し(【0007】)、構成要件1Aの「金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>(Mg)単体を50重量%以上含有する粒子」を洗濯用洗浄補助用品として用いる構成を採用したものであると認められる。<br>
そして、被告製品は、前記……のとおり、構成要件1Aを充足するものであり、<strong>本件ウェブページには、被告製品を洗濯に用いることで、金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>(Mg)単体の作用により洗濯後の繊維製品に残存する汚れ自体を減少させ、生乾き臭の発生を防止することができることが示唆されているから、本件ウェブページの記載を前提とすると、</strong>被告製品は、本件各発明の課題の解決に不可欠なものに該当するというべきである。</div>
<h3 id="5-1-3日本国内において広く一般に流通しているもの">5-1-3 「日本国内において広く一般に流通しているもの」</h3>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;"><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条2号所定の「日本国内において広く一般に流通しているもの」とは、典型的には、ねじ、釘、電球、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%C8%A5%E9%A5%F3%A5%B8%A5%B9%A5%BF">トランジスタ</a>ー等の、日本国内において広く普及している一般的な製品、すなわち、特注品ではなく、他の用途にも用いることができ、市場において一般に入手可能な状態にある規格品、普及品を意味するものと解するのが相当である。<br>
本件においては、前記……のとおり、被告製品には、購入後に洗濯ネットに入れて洗濯用洗浄補助用品を手作りし、洗濯物と一緒に洗濯をする旨の使用方法が付されている。そして、本件明細書には、洗濯用洗浄補助用品として用いられる金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>の粒子の組成は、金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>(Mg)単体を実質的に100重量%含有するものがより好ましく(【0020】)、洗濯洗浄補助用品として用いられる金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>の粒子の平均粒径は、4.0~6.0mmであることが最も好ましい(【0022】)と記載されているところ、前記……のとおり、被告製品は、これらの点をいずれも満たしている。そうすると、<strong>被告製品を洗濯ネットに封入することにより、必ず本件各発明の構成要件を充足する洗濯用洗浄補助用品が完成するといえるから、被告製品は、本件各発明の実施にのみ用いる場合を含んでいると認められ、上記のような単なる規格品や普及品であるということはできない。</strong><br>
以上によれば、被告製品は、「日本国内において広く一般に流通しているもの」に該当するとは認められない。<br>
これに対し、被告は、被告製品に係る金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>の粒子と同じ構成を備える金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>の粒子が市場に多数流通しており、遅くとも口頭弁論<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BD%AA%B7%EB">終結</a>時までには、日本国内において広く一般に流通しているものになったといえると主張する。<br>
しかし、「日本国内において広く一般に流通しているもの」の要件は、市場において一般に入手可能な状態にある規格品、普及品の生産、譲渡等まで間接侵害行為に含めることは取引の安定性の確保の観点から好ましくないため、間接侵害規定の対象外としたものであり、このような立法趣旨に照らすと、被告製品が市場において多数流通していたとしても、これのみをもって、「日本国内において広く一般に流通しているもの」に該当するということはできない。<br>
したがって、被告の主張は採用することができない。</div>
<h3 id="5-1-4主観的要件">5-1-4 主観的要件</h3>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">間接侵害の主観的要件を具備すべき時点は、差止請求の関係では、差止請求訴訟の事実審の口頭弁論<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BD%AA%B7%EB">終結</a>時である。<br>
そして、前記前提事実……のとおり、原告製品は、令和2年1月頃までには、全国的に周知された商品となっていたこと、本件ウェブページには、被告製品の購入者によるレビューが記載されているところ、令和2年4月から同年7月にかけてレビューを記載した購入者45人のうち、20人の購入者が、被告製品をネットに封入して洗濯に使用した旨を記載しており、7人の購入者が「まぐちゃん」、「マグちゃん」、「洗濯マグちゃん」、「洗濯〇〇ちゃん」などと、洗濯用洗浄補助用品である原告製品の名称に言及したと解される記載をしていることを認めるに足る証拠(……)が提出されていることからすると、<strong>被告は、遅くとも口頭弁論<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BD%AA%B7%EB">終結</a>時までには、被告製品に係る金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>の粒子が、本件各発明が特許発明であること及び被告製品が本件各発明の実施に用いられることを知ったと認められる(当裁判所に顕著な事実)。</strong><br>
これに対し、被告は、被告製品については、構成要件1Aの「網体」には含まれない、布地の巾着袋等に被告製品を入れて洗濯機に投入して洗濯を行う使用方法などが想定されていたのであり、被告には被告製品が本件各発明の実施に用いられることの認識はない旨主張する。<br>
しかし、「網」は、被告が主張する意味のほかにも、「鳥獣や魚などをとるために、糸や針金を編んで造った道具。また、一般に、糸や針金を編んで造ったもの。」(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%AD%BC%AD%B1%F1">広辞苑</a>第7版)の意味もあると認められること、本件明細書においては、「網体」の意義について、「本発明の洗濯用洗浄補助用品は、複数個の、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>粒子を、水を透過する網体で封入したものであるので、使用時には洗濯槽に入れやすく、使用後には洗濯槽から取り出しやすいものとなっている。」(【0023】)、「この網体の素材は、耐水性があるものであれば、各種天然繊維、合成繊維を用いることができるが、強度が高く、使用後の乾燥が容易で、洗濯時に着色傾向の小さいポリ<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%B9">エス</a>テル繊維を用いることが好ましい。」(【0024】)、「この網体自体の織り方としては、水を透過するものであれば各種の織り方が採用できる。」(【0025】)と記載されているのみで、網目の細かさについては言及されていないことからすると、<strong>被告が主張する使用方法も、本件各発明を実施する態様による使用方法であることに変わりはないといえる。<br>
したがって、被告が、購入者が構成要件1Aの「網体」には含まれない、布地の巾着袋等に被告製品を入れて洗濯機に投入して洗濯を行う使用方法が想定されていたとしても、被告において被告製品が本件各発明の実施に用いられることの認識があったことを否定する事情とはならなな[引用者注:<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%B6%CA%B8%A5%DE%A5%DE">原文ママ</a>]い。</strong><br>
……<br>
したがって、<strong>被告が、業として、被告製品の販売又は販売の申出等をした行為(……)について、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条2号の間接侵害が成立する。</strong></div>
<h2 id="5-2差止めの必要性">5-2 差止めの必要性</h2>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">前記……のとおり、被告が被告製品について販売又は販売の申出をすることは、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害するものとみなされる。<br>
そして、前記前提事実……のとおり、原告が、被告に対し、令和元年10月11日、被告製品を販売する行為が本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害する旨を記載した本件通知書を送付したところ、被告は、原告に対し、同年12月24日付け「ご連絡」と題する書面を送付し、被告製品の販売は本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害していないとして、原告の要求に応じることができない旨を明らかにしたことが認められる。<br>
本件訴訟係属前における被告の上記回答内容に加え、本件訴訟において、被告が……本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の間接侵害の成立を争っていること、証拠(……)及び弁論の全趣旨によれば、高純度金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>の粒子を日本国内に輸出する業者が存在することが認められ、これを輸入して販売することは比較的容易であると考えられることに照らすと、現時点において、被告が被告製品を販売していないこと(……)を踏まえても、<strong>被告に対し、被告製品を販売又は販売の申出をする行為を差し止める必要があると認めるのが相当である。</strong></div>
<h1 id="6判決主文等">6 判決主文等</h1>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">1 被告は、別紙物件目録記載の被告製品を販売し、又は販売の申出をしてはならない。</div>
<p><br></p>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">(別紙)
<center>物件目録</center>
<br>
被告製品:下記の商品を含む、品名に「HappyMag」を含む<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>粒子。<br><br>
<center>記</center>
品名 HappyMag<br>
容量 150g<br>
……</div>
<h1 id="7雑感">7 雑感</h1>
<p>本件発明は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>粒子という既知の物質について「洗濯用洗浄補助」という新たな用途を見出した、用途発明である。「水を透過する網体で封入」という構成もクレームに入っているが、「洗濯用洗浄補助」に用いるための必然の構成であろう(換言すると、「水を透過する網体で封入」という構成がクレームに入っておらずとも発明として成立すると思われる)。</p>
<p>判決は被告製品の販売等の差止めを認めた。しかし、被告製品は単なる<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>粒子である。たしかに、被告は、被告製品が購入者において洗濯用洗浄補助として用いられることを認識・想定して、被告製品を販売していたが、そうであっても、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>粒子そのものの販売等の差止めを何の限定もなく認めてしまうのは、過剰差止めではなかろうか<sup id="fnref:4"><a href="#fn:4" rel="footnote">4</a></sup>。</p>
<p>その他の点でも、本判決には疑問がある。</p>
<p>まず、原告の主張に沿って、被告製品につき「b 洗濯用洗浄補助用品の手作りの用途に用いることが商品説明に記載された」といった(原告の提示した)要件の充足を認めているが、これが間接侵害の成否判断とどのように結びついているのか、論理が不明である。</p>
<p>加えて、101条2号の「課題の解決に不可欠なもの」(不可欠性要件)の判断において、「本件ウェブページには、被告製品を洗濯に用いることで、金属<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B0%A5%CD%A5%B7%A5%A6%A5%E0">マグネシウム</a>(Mg)単体の作用により洗濯後の繊維製品に残存する汚れ自体を減少させ、生乾き臭の発生を防止することができることが示唆されているから、本件ウェブページの記載を前提とすると、被告製品は、本件各発明の課題の解決に不可欠なものに該当する」と述べているが、「本件ウェブページの記載を前提とすると」の意義が分からない。被告製品自体は変わらなくても、被告の行為(本件ウェブページの記載内容)によって、被告製品が不可欠性要件を満たしたり満たさなかったりするのだろうか。</p>
<p>また、「日本国内において広く一般に流通しているもの」(汎用品要件)の判断に際して、「被告製品を洗濯ネットに封入することにより、必ず本件各発明の構成要件を充足する洗濯用洗浄補助用品が完成するといえるから、被告製品は、本件各発明の実施にのみ用いる場合を含んでいると認められ、上記のような単なる規格品や普及品であるということはできない。」と判示されているが、「被告製品は、本件各発明の実施にのみ用いる場合を含んでいる」とはそもそも何を意味するのだろうか。「のみ……を含んでいる」とは被告製品が本件発明の実施(洗濯用洗浄補助)に用いられる場合があると言っているに過ぎないように思われ、そうであれば、それが汎用品要件の判断とどのように関係するのか、判決文の論理が分からない。</p>
<p>さらには、主観的要件<sup id="fnref:5"><a href="#fn:5" rel="footnote">5</a></sup>につき、「被告が主張する使用方法も、本件各発明を実施する態様による使用方法であることに変わりはないといえる。
したがって、被告が、購入者が<strong>構成要件1Aの「網体」には含まれない、布地の巾着袋等</strong>に被告製品を入れて洗濯機に投入して洗濯を行う使用方法が想定されていたとしても、被告において被告製品が本件各発明の実施に用いられることの認識があったことを否定する事情とはならなな[引用者注:<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%B6%CA%B8%A5%DE%A5%DE">原文ママ</a>]い。」と述べている点も理解しがたい。「布地の巾着袋等は構成要件の『網体』に含まれない」と被告が《誤解》していたとしても主観的要件の充足を否定する事情とはならない、と言いたいのだろうか。</p>
<p>(特許が有効性であることを前提とすると)101条2号の間接侵害の成立を認めた結論自体は妥当だとしても、本判決の述べた論理構成は不分明な点があるように思われる。</p>
<h1 id="改訂履歴">改訂履歴</h1>
<ul>
<li>2023-03-12 公開</li>
<li>2023-03-12 追記および誤記・表現修正</li>
</ul>
<div class="footnotes">
<hr/>
<ol>
<li id="fn:1">
損害賠償は請求されていない。<a href="#fnref:1" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:2">
原告は被告製品の製造行為についても差止めを求めていたが、裁判所は「被告が被告製品の製造をしたとの事実を認めるに足りる証拠はない」と判断した。<a href="#fnref:2" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:3">
代表して請求項1に係る発明(本件発明1)のみ挙げる。<a href="#fnref:3" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:4">
用途発明についての過剰差止めの問題は、<a href="https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/30113">吉田広志「用途発明に関する特許権の差止請求権のあり方」知的財産法政策学研究16号(2007)167頁以下</a>など参照。<a href="#fnref:4" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:5">
なお、とくに問題ではなかろうが、主観的要件の充足を「当裁判所に顕著な事実」によって認めているのは、珍しく、興味深いと感じる。<a href="#fnref:5" rev="footnote">↩</a></li>
</ol>
</div>
tanakakohsuke
「譲渡」以外の侵害行為に対する特許法102条1項の適用可能性
hatenablog://entry/4207112889954578456
2023-01-15T22:19:43+09:00
2023-01-15T22:19:43+09:00 特許法102条1項は、以下のものである(強調は引用者)。 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、次の各号に掲げる額の合計額を、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。 一 特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額に、自己の特許権又は専用実施権を侵害した者が譲渡した物の数量(次号において「譲渡数量」という。)のうち当該特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じ…
<p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項は、以下のものである(強調は引用者)。</p>
<blockquote><p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を<strong>譲渡</strong>したときは、次の各号に掲げる額の合計額を、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。<br>
一 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額に、自己の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>又は専用実施権を侵害した者が譲渡した物の数量(次号において「譲渡数量」という。)のうち当該<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者又は専用実施権者の実施の能力に応じた数量(同号において「実施相応数量」という。)を超えない部分(その全部又は一部に相当する数量を当該<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量(同号において「特定数量」という。)を控除した数量)を乗じて得た額<br>
二 譲渡数量のうち実施相応数量を超える数量又は特定数量がある場合(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者又は専用実施権者が、当該<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾又は当該専用実施権者の専用実施権についての通常実施権の許諾をし得たと認められない場合を除く。)におけるこれらの数量に応じた当該<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>又は専用実施権に係る特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額<br></p></blockquote>
<p>このように条文では、数ある実施行為(2条3項)のうち「譲渡」のみが挙げられている。「譲渡」以外の実施行為(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害行為)については、102条1項を適用できる余地は全くないのだろうか。</p>
<p>立案担当者は、条文で「譲渡」のみが挙げられていることについて、「本算定ルールにすべての侵害行為を列記することは、条文の構成上難しい。このため、代表的なケースである「譲渡」の場合を規定した算定ルールとしたものである。なお、「譲渡」以外の場合(「貸渡し」等)についても、本規定の算定ルールが妥当する場合には、この考え方を参考にした損害賠償額の算定が可能と考えられる。」と述べている<sup id="fnref:1"><a href="#fn:1" rel="footnote">1</a></sup>。</p>
<p>さらに、立案担当者は、実施行為(2条3項)に「電気通信回線を通じた提供」が加わった際(平成14年法改正)、102条1項の改正は行なわれなかった理由につき、「同項[引用者注:102条1項]では「譲渡」の場合のみが扱われているが、これは「譲渡」「貸渡し」「輸入」等の場合を代表して「譲渡」の場合のみを規定したものとの位置付けである」ので、102条1項に「電気通信回線を通じた提供」を追加する必要はないからと説明する<sup id="fnref:2"><a href="#fn:2" rel="footnote">2</a></sup></p>
<p>以上からすると、「譲渡」以外の実施行為であっても、<strong>「物」(プログラム等を含む)の移動が伴う行為 ― 「貸渡し」「電気通信回線を通じた提供」「輸入」「輸出」 ― については、102条1項の適用(あるいは類推適用<sup id="fnref:3"><a href="#fn:3" rel="footnote">3</a></sup>)が可能であるように思われる。</strong></p>
<p>それでは、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害行為が「使用」の場合には、102条1項は(類推)適用できるのか。以下、特許発明が物の発明である場合と方法の発明である場合とに分けて検討する。</p>
<p>物の発明の場合は、侵害製品(特許発明の技術的範囲に含まれる侵害者の製品)は「侵害の行為を組成した物」(102条1項柱書)に該当するため、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が特許発明実施製品(あるいは侵害製品の競合製品)の「使用」1回ごとに利益を得ていると言えるならば<sup id="fnref:4"><a href="#fn:4" rel="footnote">4</a></sup>、その利益の額を「侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額」に対応するものと捉える<sup id="fnref:5"><a href="#fn:5" rel="footnote">5</a></sup>ことで、102条1項の類推適用を認めても良いのではなかろうか。「譲渡」の場合と本質的には変わりがないと考えられるからである。</p>
<p>一方、方法の発明の場合は、侵害方法(特許発明の技術的範囲に含まれる侵害者の行為)において物(装置等)が用いられていたとしても、当該物は「侵害の行為に<strong>供した</strong>物」であって「侵害の行為を<strong>組成した</strong>物」とは言えない<sup id="fnref:6"><a href="#fn:6" rel="footnote">6</a></sup>。そのため、102条1項の(類推)適用は難しいように思われる。</p>
<h1 id="改訂履歴">改訂履歴</h1>
<ul>
<li>2023-01-15 公開</li>
</ul>
<div class="footnotes">
<hr/>
<ol>
<li id="fn:1">
<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%C4%A3">特許庁</a>総務部総務課工業所有権制度改正審議室編『工業所有権法の解説 平成10年改正』(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%AF%CC%C0%B6%A8%B2%F1">発明協会</a>,1998)18頁。<a href="#fnref:1" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:2">
<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%C4%A3">特許庁</a>総務部総務課制度改正審議室編『<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%BA%B6%C8%BA%E2%BB%BA%B8%A2">産業財産権</a>法の解説 平成14年改正』(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%AF%CC%C0%B6%A8%B2%F1">発明協会</a>,2002)19頁。<a href="#fnref:2" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:3">
田村善之ほか『プ<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%E9%A5%AF">ラク</a>ティス知的財産法I <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>』(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%AE%BB%B3%BC%D2">信山社</a>,2020)169頁は、侵害製品が貸与された場合は102条1項の適用外としつつも、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者も侵害者も貸与していた場合は102条1項が類推適用される、と述べる(貸与以外の実施行為については、適用可否および類推適用可否に言及はない)。<a href="#fnref:3" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:4">
例えば、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者がユーザへ特許発明を利用したサービスを提供しており、サービス提供1回ごとに(特許発明が1回「使用」され)、ユーザから対価を得ている場合。<a href="#fnref:4" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:5">
「侵害の行為がなければ<strong>販売</strong>することができた<strong>物</strong>の単位数量当たりの利益の額」を、「侵害の行為がなければ<strong>提供</strong>することができた<strong>サービス</strong>の単位数量当たりの利益の額」等と読み替える。<a href="#fnref:5" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:6">
<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%C4%A3">特許庁</a>編『工業所有権法(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%BA%B6%C8%BA%E2%BB%BA%B8%A2">産業財産権</a>法)逐条解説〔第22版〕』(発明推進協会,2022)334頁参照。<a href="#fnref:6" rev="footnote">↩</a></li>
</ol>
</div>
tanakakohsuke
高速道路の管理運営会社に対する特許権行使が認められた事案 ― 知財高判令和4年7月6日(令和2年(ネ)第10042号)
hatenablog://entry/4207112889950877324
2023-01-04T21:34:11+09:00
2023-01-04T21:34:11+09:00 1 はじめに 本件判決(知財高判令和4年7月6日[令和2年(ネ)第10042号])は、「車両誘導システム」という名称の2つの特許権1の権利者である原告=控訴人が、東日本高速道路(NEXCO東日本)に対し、佐野サービスエリアスマートインターチェンジ(佐野SAスマートIC)の4つのシステム(被告システム1~4=被控訴人システム1~4)の設置等が特許権侵害であるとして、損害賠償を請求した事案の控訴審判決である。 原審判決(東京地判令和2年6月11日[平成31年(ワ)第7178号])では、被告システムの構成要件充足性が否定されたが、本件判決では、一転して、被告=被控訴人による特許権侵害が肯定され、特許…
<h1 id="1はじめに">1 はじめに</h1>
<p>本件判決(<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=5775">知財高判令和4年7月6日[令和2年(ネ)第10042号]</a>)は、「車両誘導システム」という名称の2つの<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a><sup id="fnref:1"><a href="#fn:1" rel="footnote">1</a></sup>の権利者である原告=控訴人が、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%EC%C6%FC%CB%DC%B9%E2%C2%AE%C6%BB%CF%A9">東日本高速道路</a>(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/NEXCO%C5%EC%C6%FC%CB%DC">NEXCO東日本</a>)に対し、佐野サービスエリア<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%B9%A5%DE%A1%BC%A5%C8%A5%A4%A5%F3%A5%BF%A1%BC%A5%C1%A5%A7%A5%F3%A5%B8">スマートインターチェンジ</a>(佐野SAスマートIC)の4つのシステム(被告システム1~4=被控訴人システム1~4)の設置等が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害であるとして、損害賠償を請求した事案の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B5%C1%CA%BF%B3">控訴審</a>判決である。</p>
<p>原審判決(<a href="https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=91166">東京地判令和2年6月11日[平成31年(ワ)第7178号]</a>)では、被告システムの構成要件充足性が否定されたが、本件判決では、一転して、被告=被控訴人による<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害が肯定され、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条3項に基づく額の損害賠償が認められた。</p>
<p>高速道路の管理運営サービス提供行為(の一部)が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害になったこと自体も目を引くが、ここでは損害賠償額の算定部分をとくに採り上げたい。近年、対価と商品役務との対応関係が不明確なビジネスモデルにおける<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>権侵害の損害額算定が議論となっており<sup id="fnref:2"><a href="#fn:2" rel="footnote">2</a></sup>、本件もまさにそのような事案だと考えるためである。</p>
<p>以下、項名・「特許請求の範囲」・「雑感」を除き、本件判決の引用である(強調は引用者による)。</p>
<h1 id="2本件発明">2 本件発明</h1>
<h2 id="2-1特許請求の範囲代表して本件発明11のみ">2-1 特許請求の範囲<small>(代表して本件発明1-1のみ)</small></h2>
<p> 有料道路料金所、サービスエリア又はパーキングエリアに設置されている、ETC車専用出入口から出入りをする車両を誘導するシステムであって、<br>
前記有料道路料金所、サービスエリア又はパーキングエリアに出入りをする車両を検知する第1の検知手段と、<br>
前記第1の検知手段に対応して設置された第1の遮断機と、<br>
車両に搭載されたETC車載器とデータを通信する通信手段と、<br>
前記通信手段によって受信したデータを認識して、ETCによる料金徴収が可能か判定する判定手段と、<br>
前記判定手段により判定した結果に従って、ETCによる料金徴収が可能な車両を、ETCゲートを通って前記有料道路料金所、サービスエリア又はパーキングエリアに入る、または前記有料道路料金所、サービスエリア又はパーキングエリアから出るルートへ通じる第1のレーンへ誘導し、ETCによる料金徴収が不可能な車両を、再度前記ETC車専用出入口手前へ戻るルート又は一般車用出入口に通じる第2のレーンへ誘導する誘導手段と、を備え、<br>
前記誘導手段は、前記第1のレーンに設けられた第2の遮断機と、前記第2のレーンに設けられた第3の遮断機と、を含み、<br>
さらに、前記第2の遮断機を通過した車両を検知する第2の検知手段と、前記第3の遮断機を通過した車両を検知する第3の検知手段と、を備え、<br>
前記第1の検知手段により車両の進入が検知された場合、前記車両が通過した後に、前記第1の遮断機を下ろし、前記第2の検知手段により車両の通過が検知された場合、前記車両が通過した後に、前記第2の遮断機を下ろすことを特徴とする車両誘導システム。</p>
<h2 id="2-2本件発明の課題効果">2-2 本件発明の課題・効果</h2>
<p>「本件特許の特許請求の範囲に表れた構成及び……本件明細書の記載からすると、本件各発明は、有料道路の出入口に設置されたETC車用出入口で利用される車両を安全に誘導する車両誘導システムに関するものであり(……)、ETCによる料金徴収ができない車両がETC専用レーンに進入した場合、開閉バーが下りて進行できなくなり、インターホンで係員を呼び出す必要があるので渋滞が助長され、また、上記車両がバック走行をして出ようとすると後続の車両と衝突するおそれがあって危険であるという課題があることから(……)、複数の遮断機、検知手段及び通信手段を設置し、①一般車がETC車用出入口に進入した場合又はETC車に対してETCシステムが正常に動作しない場合であっても、車両を安全に誘導する車両誘導システムを提供すること(……)及び②ETCシステムを利用した車両誘導システムにおいて、車両が通過した後に各遮断機を適切に下ろすことなどで、逆走車の走行を許さず、或いは先行車と後続車の衝突を回避し得る、安全な車両誘導システムを提供すること(……)をその課題及び作用効果とするものである……。」</p>
<h1 id="3特許権侵害">3 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害</h1>
<p>「被控訴人システム1~3は本件発明1の技術的範囲に、被控訴人システム4は本件各発明の技術的範囲に属すると認められる。」</p>
<p>「被控訴人が、平成23年4月28日以降、被控訴人各システムを佐野SAスマートICに設置し、同システムによって、通過する車両から通行料金等を徴収していることについては当事者間に争いがない。</p>
<p>そして、被控訴人が、本件各発明の技術的範囲に含まれる被控訴人各システムを設置して、同システムにより佐野SAスマートICから<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%EC%CB%CC%BC%AB%C6%B0%BC%D6%C6%BB">東北自動車道</a>に出入りする車両を誘導していることは、本件各発明の「使用」による実施に当たる(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号)。」</p>
<h1 id="4特許法102条3項に基づく損害賠償額の算定">4 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条3項に基づく損害賠償額の算定</h1>
<p>「本件において、控訴人は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条3項により実施料相当額の損害を請求しているが、一般に実施料は、売上額に実施料率を乗じて算定される。」</p>
<h2 id="4-1ターミナルチャージ固定額と通行料金距離に応じた可変額">4-1 ターミナルチャージ<small>(固定額)</small>と通行料金<small>(距離に応じた可変額)<small></small></small></h2>
<p>「被控訴人各システムを利用して<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%EC%CB%CC%BC%AB%C6%B0%BC%D6%C6%BB">東北自動車道</a>に出入りする車両が被控訴人に支払う金員(通行料金等)は、高速道路の利用1回に対して課する固定額150円(ターミナルチャージ)と、利用距離に対して課する可変額部分(通行料金)であり、通行料金は1km当たり24.6円(普通<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B6%E8%B4%D6">区間</a>、普通車)である(……)。」</p>
<p>「高速道路を一度利用すると、出入口を2回(佐野SAスマートICを利用する車両については、佐野SAスマートICと他のICとの2か所)通過することになるから、<strong>少なくとも上記ターミナルチャージの半額である75円は被控訴人各システムの使用と関係がある売上げに当たる。</strong>」</p>
<p>「また、佐野SAスマートICから出入りする車両は、少なくとも隣接するICである佐野藤岡IC又は佐野田沼ICと佐野SAスマートICとの間、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%EC%CB%CC%BC%AB%C6%B0%BC%D6%C6%BB">東北自動車道</a>を走行するから、<strong>佐野SAスマートICから隣接するICまでの距離に対応する可変額部分(通行料金)は、被控訴人各システムの使用と関係がある売上げに当たるとみることができる。</strong>上記通行料金は、佐野藤岡ICから佐野SAスマートICまでの距離が2.7km(甲22の1)、佐野田沼ICから岩舟ジャンクションを経由して佐野SAスマートICまでの距離が11.2km(……)であることから、その平均距離6.95kmに1km当たりの額24.6円を乗じて、170円(1円未満切り捨て)と計算される。</p>
<p>そうすると、被控訴人各システムの使用による車両1台当たりの売上げは、少なくとも245円である。」</p>
<h2 id="4-2被控訴人システム通過車両台数">4-2 被控訴人システム通過車両台数</h2>
<p>「次に、証拠(……)によると、平成27年7月から令和3年7月までの各月について、佐野SAスマートICを通過した車両の台数(一日当たり平均)は、別紙2の「台数/日」欄記載のとおりと認められ、これに各月の日数を乗じて月当たりの通過台数を計算すると、同別紙の「台数/月」欄記載のとおりとなる(……)。</p>
<p>そして、佐野SAスマートICには4つの被控訴人各システムが設置されているから、それぞれの通過台数が各4分の1であるものとすると、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>1が登録された平成29年6月16日から令和3月7月31日までの被控訴人システム1~3の通過台数は308万5926台、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>2が登録された平成27年7月3日から令和3月7月31日までの被控訴人システム4の通過台数は149万8587台と推定され、合計台数は458万4513台である。」</p>
<p>「上記から、被控訴人各システムの使用による売上額は、11億2320万5685円(=245円×458万4513台)と計算される。」</p>
<h2 id="4-3実施料率">4-3 実施料率</h2>
<p>「証拠(……)によると、①被控訴人各システムはスマートICに設置されるものであるところ、被控訴人は、スマートICの導入により、従前10kmであったIC間の平均距離を欧米並みの5kmに改善し、地域生活の充実・地域経済の活性化を推進しようとしていること、②設置コストは、通常のICが30~60億円であるのに対し、スマートICが3~8億円、管理コストは、通常のICが1.2憶円/年であるのに対し、スマートICが0.5憶円/年と、スマートICを設置することで、被控訴人はコスト削減ができていること、③既存のサービスエリアに被控訴人各システムを設置することで、出入口を増やすことができ、高速道路の利便性が上がるので、利用者増加につながる可能性があること、④もっとも、佐野SAスマートICの設置により<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%EC%CB%CC%BC%AB%C6%B0%BC%D6%C6%BB">東北自動車道</a>の利用台数が顕著に増加したとはいえないこと、⑤被控訴人は、本件特許に抵触しないスマートICも設置しており、代替技術があること(控訴人の主張によると、本件特許に抵触しないスマートICが半数弱存在する。)、⑥控訴人は、自ら本件特許を実施しておらず、今後も実施する可能性がないこと、⑦佐野SAスマートICの施設に占める被控訴人各システムの構成割合(価格の割合)は7.8%であること、⑧被控訴人は、控訴人からの警告を受けた後も本件特許の実施を継続していること、がそれぞれ認められる。</p>
<p>上記各事情を総合すると、本件において、本件特許の実施料率は、2%と認めるのが相当である。」</p>
<p>「実施料相当額 11億2320万5685円×2%=2246万4114円」</p>
<h2 id="4-4売上額算定についての被控訴人主張に対する裁判所の回答">4-4 売上額算定についての被控訴人主張に対する裁判所の回答</h2>
<p>「被控訴人は、ターミナルチャージ及び通行料金について、建設費等の償還のために受領するものであるから売上げに当たらないと主張するが、これは売上金の使途に関する主張をしているにすぎず、ターミナルチャージ及び通行料金が、実施料算定の基礎とすべき売上げと評価すべきではないとする理由となるものではない。</p>
<p>また、<strong>被控訴人は、スマートICではなくとも通行料金等が課されるから、通行料金等は本件各発明の使用と関係がない、佐野SAスマートICの設置による利用台数の増加がない等とも主張するが、これらの事情は実施料率の認定において考慮すれば足り、通行料金等を売上げとみることを否定する事情に当たるとはいえない。</strong>被控訴人は、佐野SAスマートICの設置により、車両が従前よりも手前のICで降りることとなって、支払う通行料金が減少するというパターンも存在すると主張するが、前記のとおり、佐野SAスマートICから出入りする車両は被控訴人各システムを利用しており、その車両が支払う通行料金は被控訴人各システムの使用と関係がある売上げに当たるから、上記被控訴人の主張は通行料金等を売上げとみるべきとする判断を左右しない。</p>
<p>さらに、被控訴人は、ETC通信の可否を判定した結果、通信ができず退避路に誘導される車両は、スマートICに差し掛かる車両のうちごく僅かであり、また、スマートIC内の狭い導線において、バックしたり、逆進入する車両は皆無である上に、ETC通信ができない車両や逆進入する車両からは、ターミナルチャージ等を徴収できないことから、本件各発明の特徴は、被控訴人によるターミナルチャージ等の徴収とは無関係であるとか、仮にターミナルチャージをロイヤリティベースと捉えるとしても、被控訴人各システムの構成割合(7.8%)と第2のレーン(退避路)に誘導される車両の割合(0.22%)で按分すべきであると主張するが、<strong>佐野SAスマートICにより出入りする車両は、被控訴人各システムを必ず使用しており、被控訴人各システムが第1のレーンへ誘導する車両も本件各発明を使用しているものであることに加え、被控訴人各システムを使用することによって、円滑で安全なICにおける通行を確保するとの利益を得ており、このような利益を含めた対価としてターミナルチャージを含めた通行料を支払っていると認めることができるものである</strong>から、上記被控訴人の主張は採用できない。」</p>
<h1 id="5雑感">5 雑感</h1>
<p>裁判所は、ややトリッキーではあるがそれなりに合理的な計算を行ない、かなり広範囲の金額を「被控訴人各システムの使用と<strong>関係がある</strong>売上げ」として認め、損害賠償額算定のベースとなる売上額(実施料率を掛ける対象)としている。これは、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者(原告=被控訴人)の主張を全面的に取り入れたものであり、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%E5%CD%FD%BF%CD">代理人</a>の主張が巧みだったのであろう。</p>
<p>他方、実施料率については、権利者は実施料率を10%と主張していたが、裁判所は種々の考慮要素を挙げて2%としている。この実施料率の数値自体は、類似の事案もなく、適切なものなのか判断できないが、考慮要素の一つに「控訴人は、自ら本件特許を実施しておらず、今後も実施する可能性がないこと」が入っていることには疑問を感じる<sup id="fnref:3"><a href="#fn:3" rel="footnote">3</a></sup>。</p>
<p>損害賠償額の算定以外の点について目を向けると、以下に示す、発明の「使用」についての判示が興味深い。</p>
<p>「被控訴人が、本件各発明の技術的範囲に含まれる被控訴人各システムを設置して、同システムにより佐野SAスマートICから<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%EC%CB%CC%BC%AB%C6%B0%BC%D6%C6%BB">東北自動車道</a>に出入りする車両を誘導していることは、本件各発明の「使用」による実施に当たる」と述べ、被告=被控訴人=高速道路サービス<strong>提供者</strong>による「使用」を認めていることに加え、「佐野SAスマートICにより出入りする車両は、被控訴人各システムを必ず使用しており、被控訴人各システムが第1のレーンへ誘導する<strong>車両も本件各発明を使用している</strong>ものである」とも判示しており、高速道路サービス<strong>利用者</strong>による「使用」も認めているように読める。システム発明の「使用」を広く解釈しているということであろうか<sup id="fnref:4"><a href="#fn:4" rel="footnote">4</a></sup>。</p>
<p>ところで、本件では、差止請求はなされていなかったが、仮になされていたら、権利濫用と判断されたのだろうか<sup id="fnref:5"><a href="#fn:5" rel="footnote">5</a></sup>。</p>
<h1 id="更新履歴">更新履歴</h1>
<ul>
<li>2023-01-04 公開</li>
</ul>
<div class="footnotes">
<hr/>
<ol>
<li id="fn:1">
ともに同じ「先祖」を持つ、第7世代(本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>1)および第4世代(本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>2)の分割出願に係る<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>。<a href="#fnref:1" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:2">
例えば、<a href="https://doi.org/10.50995/patentsp.75.27_35">前田健「新たなビジネスモデルと特許権・著作権侵害の損害額算定上の課題」別冊パテント27号(2022)35頁以下</a>。<a href="#fnref:2" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:3">
<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者による特許発明の実施を代替技術の有無の判断材料とする場合もあろうが、本件判決では、代替技術の有無は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者による実施とは別の要素として考慮されている。<a href="#fnref:3" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:4">
もっとも、本件判決は、「特許に抵触」「特許の実施」といったように、法律用語の使い方が「粗い」ため、判決文の細かい部分を見ても意味がないのかも知れない。<a href="#fnref:4" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:5">
上述の通り、本件で行使された<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>は、第7世代および第4世代の分割出願に係るものであったが、原告はその後も分割出願を行なっており、現在、第12世代までの分割出願が存在し、その中には<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%C4%A3">特許庁</a>係属中のものもある。原告が、高速道路の管理運営会社に対しさらなる権利行使することがあり得るのではなかろうか。<a href="#fnref:5" rev="footnote">↩</a></li>
</ol>
</div>
tanakakohsuke
共有特許権の損害賠償額の算定について示された事案 ― 知財高判令和4年3月14日(平成30年(ネ)第10034号)
hatenablog://entry/4207112889940059677
2022-12-18T00:33:02+09:00
2022-12-18T17:58:29+09:00 1 はじめに 知財高判令和4年3月14日(平成30年(ネ)第10034号)[ソレノイド]1は、特許権の二者の共有者のうち一者(原告=控訴人)のみが、被告=被控訴人の行為が特許権侵害に当たると主張し、102条1項から3項2に基づく額の損害賠償を求めた事案3である。原審では特許権侵害が認められなかったが、控訴審(本件)では、特許権侵害が認められ、損害額が算定された。 特許権が共有の場合における損害額の算定については種々の議論があり4、関心が高いと思われるので、ここでは、共有と損害額算定との関係に絞って5、判示内容を概観する。 2 判示内容 2-1 判示概要 本件判決では、特許権が控訴人と訴外Aとの…
<h1 id="1はじめに">1 はじめに</h1>
<p><a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=5740">知財高判令和4年3月14日(平成30年(ネ)第10034号)[ソレノイド]</a><sup id="fnref:1"><a href="#fn:1" rel="footnote">1</a></sup>は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の二者の共有者のうち一者(原告=控訴人)のみが、被告=被控訴人の行為が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害に当たると主張し、102条1項から3項<sup id="fnref:2"><a href="#fn:2" rel="footnote">2</a></sup>に基づく額の損害賠償を求めた事案<sup id="fnref:3"><a href="#fn:3" rel="footnote">3</a></sup>である。原審では<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害が認められなかったが、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B5%C1%CA%BF%B3">控訴審</a>(本件)では、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害が認められ、損害額が算定された。</p>
<p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>が共有の場合における損害額の算定については種々の議論があり<sup id="fnref:4"><a href="#fn:4" rel="footnote">4</a></sup>、関心が高いと思われるので、ここでは、共有と損害額算定との関係に絞って<sup id="fnref:5"><a href="#fn:5" rel="footnote">5</a></sup>、判示内容を概観する。</p>
<h1 id="2判示内容">2 判示内容</h1>
<h2 id="2-1判示概要">2-1 判示概要</h2>
<p>本件判決では、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>が控訴人と訴外Aとの持分割合均等の共有であり、かつ、訴外Aは特許発明を実施していない場合における、102条各項による損害額算定の考え方が示された。その概要は次の表のとおりである。</p>
<table>
<thead>
<tr>
<th> 条文 </th>
<th> 算定の考え方 </th>
</tr>
</thead>
<tbody>
<tr>
<td> 102条1項 </td>
<td> 1号につき非実施共有者の存在の考慮不要;2号につき持分割合に応じた額 </td>
</tr>
<tr>
<td> 102条2項 </td>
<td> 非実施共有者の実施料相当額を控除 </td>
</tr>
<tr>
<td> 102条3項 </td>
<td> 持分割合に応じた額 </td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>以下、102条各項についての判示内容をみていく。</p>
<h2 id="2-2102条3項">2-2 102条3項</h2>
<blockquote><p>事案に鑑み、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条3項による損害の算定を先に認定する。……被告製品における本件特許の実施料率は2%程度であると認めるのが相当である。……。本件特許は控訴人及び●●●●●●<sup id="fnref:6"><a href="#fn:6" rel="footnote">6</a></sup>の共有関係にあり、その持分割合について両社で特段の合意がされたと認めるに足りないから、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%B1%CB%A1">民法</a>250条により共有持分は相等しい割合に推定される。……。そうすると、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条3項による損害は、以下の計算式のとおり、……円であると認定するのが相当である。</p></blockquote>
<p>裁判所ウェブページ掲載の判決書では、102条3項による算定の「計算式」が伏字となっているが、持分割合への言及および後述の同条1項2号の算定式を考え合わせると、侵害製品の販売額に実施料率(2%)を掛けた上、さらに控訴人の持分割合(50%)を乗じて、算出したと考えられる<sup id="fnref:7"><a href="#fn:7" rel="footnote">7</a></sup>。</p>
<h2 id="2-3102条1項8">2-3 102条1項<sup id="fnref:8"><a href="#fn:8" rel="footnote">8</a></sup></h2>
<h3 id="2-3-1102条1項1号">2-3-1 102条1項1号</h3>
<blockquote><p>……共有に係る<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>であっても、各共有者は、契約で別段の定めをした場合を除いて他の共有者の同意を得ることなく特許発明の実施をすることができる(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>73条2項。なお、本件では、控訴人が●●●●●●との間で実施割合に関する特段の合意をしたと認めるに足りる証拠はない。)ところ、<strong><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項により算定される損害については、侵害者による侵害組成物の譲渡数量に<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じて算出される額には、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の非実施の共有者に係る侵害者による侵害組成物の譲渡数量に応じた実施料相当額の損害が含まれるものではなく、その全部又は一部に相当する数量を<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等が販売することができないとする事情にも当たらないから、<u>後記の同条2項による損害の推定における場合と異なり</u>、非実施の共有者の実施料相当額を控除することもできない。</strong><sup id="fnref:9"><a href="#fn:9" rel="footnote">9</a></sup></p>
<p>……<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項1<sup id="fnref:10"><a href="#fn:10" rel="footnote">10</a></sup>号により算定される控訴人の損害額は、譲渡数量●●●●●●●●個のうち約2割については販売することができない事情があるからその分を控除し、控除後の販売数量に原告製品2の単位数量当たりの利益額●●●●●円を乗じると、……、●●●●●円であると認められる。</p></blockquote>
<h3 id="2-3-2102条1項2号">2-3-2 102条1項2号</h3>
<blockquote><p>……<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項2号は、括弧書で「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者…が、当該<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾…をし得たと認められない場合を除く。」と規定するところ、この括弧書部分は、特定数量がある場合であってもライセンスをし得たとは認められないときは、その数量に応じた実施相当額を損害として合算しないことを規定するものであると解される。<br>
これを前提として本件についてみると、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項1号に規定する特定数量に該当するとされた事情は、上記のとおりであるところ、被告製品と原告製品2の性能面の差異については、その性質上、控訴人が被控訴人にライセンスをし得たのに、その機会を失ったものとは認められないが、被控訴人の営業努力等に関わる点については、本件発明の存在を前提にした上でのものというべきであるから、控訴人が被控訴人にライセンスをし得たのに、その機会を失ったものといえる。これらの事情を総合考慮すると、特定数量2割のうちライセンスの機会を喪失したといえる数量は、その半分に当たる譲渡数量の1割とするのが相当である。……。<br><br>
[計算式] ●●●●●●●●●×0.1)×0.02×0.5≒2680000<sup id="fnref:11"><a href="#fn:11" rel="footnote">11</a></sup></p></blockquote>
<p>上記計算式は、「侵害製品の単位数量当たりの販売額 × (譲渡数量*1割) × 実施料率(2%) × 控訴人の持分割合(50%)」を示している、と考えられる。</p>
<h2 id="2-4102条2項">2-4 102条2項</h2>
<blockquote><p>……<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>が共有に係るときは、各共有者は、契約で別段の定めをした場合を除き、他の共有者の同意を得ないでその特許発明の実施をすることができる(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>73条2項)。本件では、控訴人が●●●●●●との間で実施割合に関する特段の合意をしたと認めるに足りる証拠はないから、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の共有者である控訴人は、<strong>共有持分割合に応じて<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条2項により推定される損害の按分割合に応じた損害賠償を請求することができるにすぎない旨の被控訴人の主張は理由がない。</strong><br>
<br>
他方で、実施料に相当する損害は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の実施の有無にかかわらず請求することができるから、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を共有するがその特許を実施していない共有者であっても、その特許が侵害された場合には、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条3項により推定される実施料相当額の損害賠償を受けられる余地があるところ、仮に、<strong>同条2項により推定される全額を共有に係る<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を実施する共有者の損害額であると推定されると、侵害者は実際に得た利益以上に損害賠償の責めを負うことになることからすると、<u>共有に係る<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を実施する共有者が同条2項に基づいて侵害者が得た利益を損害として請求するときは、同条3項に基づいて推定される共有に係る<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を実施していない共有者の損害額は控除されるべきである</u>。</strong>そして、侵害に係る<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>が共有に係るものであるといった事情は、同条2項により推定される損害の覆滅事情に当たるものであるから、侵害者がその立証責任を負うというべきである。</p></blockquote>
<p>なお、上記覆滅が認められないとしても、102条2項による算定額は同条1項による算定額を上回ることがない、と判断された。</p>
<h1 id="3雑感">3 雑感</h1>
<h2 id="3-1二重取り">3-1 二重取り</h2>
<p>本件判決は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>共有者は、特許発明の実施の有無に拘わらず、102条3項の実施料相当額については、共有持分割合に応じた額(のみ)を請求可能であることを前提としている<sup id="fnref:12"><a href="#fn:12" rel="footnote">12</a></sup>。</p>
<p>そして、102条2項の損害額算定においては、『二重取り』を防ぐため、すなわち、(特許発明を非実施の)訴外Aが後ほど侵害者へ損害賠償請求した場合に「侵害者は実際に得た利益以上に損害賠償の責めを負うこと」を防止するため、訴外Aが102条3項に基づき請求可能な額を控除すべし、と本件判決は述べる。</p>
<p>ただし、102条1項の算定においては、2項のような控除を認めていない。「侵害者による侵害組成物の譲渡数量に<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じて算出される額には、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の非実施の共有者に係る侵害者による侵害組成物の譲渡数量に応じた実施料相当額の損害が含まれるものではなく、その全部又は一部に相当する数量を<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等が販売することができないとする事情にも当たらない」ことをその理由としているが、102条1項で算定される損害額については『二重取り』はない、との判断なのだろうか。102条2項の算定との間で平仄が合っているのか疑問がある<sup id="fnref:13"><a href="#fn:13" rel="footnote">13</a></sup> <sup id="fnref:14"><a href="#fn:14" rel="footnote">14</a></sup>。</p>
<h2 id="3-2実施割合に関する特段の合意">3-2 実施割合に関する特段の合意</h2>
<p>本件判決は、102条1項および2項の算定において、「実施割合に関する特段の合意」がある場合は、合意された実施割合に応じて損害賠償額が按分される、と考えているように読める。しかし、その合意された割合と実際の実施の割合とに相違があった場合でも、合意された割合に応じて按分されることは適切なのだろうか。</p>
<h2 id="3-3関連裁判例">3-3 関連裁<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a></h2>
<p>102条2項の損害額算定については、本件判決に先立ち、<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=5440">知財高判令和2年9月30日(令和2年(ネ)第10004号)[ 光照射装置]</a><sup id="fnref:15"><a href="#fn:15" rel="footnote">15</a></sup>が、訴外の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>共有者が<small>(特許発明を実施していない場合のみならず)</small>特許発明を実施している場合も含め、以下の一般論を述べている。</p>
<blockquote><p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>73条2項は,<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>が共有に係るときは,各共有者は,契約で別段の定めをした場合を除き,他の共有者の同意を得ないでその特許発明の実施をすることができる旨規定しているから,各共有者は,上記の場合を除き,自己の持分割合にかかわらず,無制限に特許発明を実施することができる。<br>
そうすると,<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の共有者は,自己の共有持分権の侵害による損害を被った場合には,侵害者に対し,特許発明の実施の程度に応じて<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条2項に基づく損害額の損害賠償を請求できるものと解される。また,同条3項は<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害の際に<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が請求し得る最低限度の損害額を法定した規定であると解されることに鑑みると,<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の共有者に侵害者による侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在しないため,同条2項の適用が認められない場合であっても,自己の共有持分割合に応じて,同条3項に基づく実施料相当額の損害額の損害賠償を請求できるものと解される。<br>
しかるところ,例えば,2名の共有者の一方が単独で同条2項に基づく損害額の損害賠償請求をする場合,侵害者が侵害行為により受けた利益は,一方の共有者の共有持分権の侵害のみならず,他方の共有者の共有者持分権の侵害によるものであるといえるから,上記利益の額のうち,他方の共有者の共有持分権の侵害に係る損害額に相当する部分については,一方の共有者の受けた損害額との間に相当因果関係はないものと認められ,この限度で同条2項による推定は覆滅されるものと解するのが相当である。<br>
以上を総合すると,<strong><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>が他の共有者との共有であること及び他の共有者が特許発明の実施により利益を受けていることは,同項による推定の覆滅事由となり得るものであり,侵害者が,<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>が他の共有者との共有であることを主張立証したときは,同項による推定は他の共有者の共有持分割合による同条3項に基づく実施料相当額の損害額の限度で覆滅され,また,侵害者が,他の共有者が特許発明を実施していることを主張立証したときは,同条2項による推定は他の共有者の実施の程度(共有者間の実施による利益額の比)に応じて按分した損害額の限度で覆滅されるものと解するのが相当である。</strong></p></blockquote>
<p>基本的には、本件判決で示された102条2項の算定方法と同じだと思われるが、最後の判示部分(強調部分)が興味深い。</p>
<p>この判示に従うと、他の共有者の実施割合が非常に低い場合などは、侵害者は、他の共有者が特許発明を実施していることを主張せず(覆滅額が実施料相当額よりも低くなるため)、その結果、実際の実施割合を反映した賠償額とならないが、それで良いのだろうか。訴訟当事者の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者(一の共有者)による、自己及び他の共有者の実施状況の主張の考慮が必要な場面もあり得るように思われる。</p>
<h1 id="更新履歴">更新履歴</h1>
<ul>
<li>2022-12-18 公開</li>
<li>2022-12-18 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%BC%C5%C4%BF%BF%B0%EC">村田真一</a>「共有特許と損害賠償」についての注釈追記</li>
</ul>
<div class="footnotes">
<hr/>
<ol>
<li id="fn:1">
菅野雅之裁判長。<a href="#fnref:1" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:2">
判決文に明記はないが、選択的主張だと考えられる。<a href="#fnref:2" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:3">
原審(第一審)では差止めを求めていたが、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B5%C1%CA%BF%B3">控訴審</a>では、差止め請求を取り下げる(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>存続期間満了のためだと思われる)一方、損害賠償請求を追加した。<a href="#fnref:3" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:4">
中山弘信『<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>〔第4版〕』(弘文堂,2019)333頁 注13参照。<a href="#fnref:4" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:5">
本件の評釈として、井上裕史「判旨」<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>ぷりずむ2022年9月号36頁が存在するが、この点について言及はない。<a href="#fnref:5" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:6">
引用者注:伏字は裁判所ウェブページに掲載されている判決書(PDFファイル)のママ。以下同。<a href="#fnref:6" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:7">
井上裕史・前掲39頁もそのように解している。<a href="#fnref:7" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:8">
「令和元年法律第3号「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>等の一部を改正する法律」は、令和元年<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C0%AF%CE%E1">政令</a>第145号により令和2年4月1日に施行されており、同法には経過規定が置かれていないことから、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%D4%CB%A1%B9%D4%B0%D9">不法行為</a>時及び本件訴え提起時は改正<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>の施行日前であるが、本件については、上記改正後の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>が適用される」と判示された。<a href="#fnref:8" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:9">
引用者注:下線を含む強調は引用者による。以下同。<a href="#fnref:9" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:10">
引用者注:「1」が半角なのは、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%B6%CA%B8%A5%DE%A5%DE">原文ママ</a>。<a href="#fnref:10" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:11">
引用者注:「)」と、閉じ括弧のみが記されているのは<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%B6%CA%B8%A5%DE%A5%DE">原文ママ</a>。<a href="#fnref:11" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:12">
田村善之ほか『プ<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%E9%A5%AF">ラク</a>ティス知的財産法I <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>』(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%AE%BB%B3%BC%D2">信山社</a>,2020)180頁は、102条3項の実施料相当額<small>(本論者は「相当な実施料額」と称する;同書176頁)</small>について(も)、(共有持分割合ではなく)各共有者の特許発明実施状況に鑑みた按分が必要であると述べ、本件判決とは立場を異にする。<a href="#fnref:12" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:13">
102条1項の場合も含め、二重取りを回避する対応策を提案するものとして、金子敏哉「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B8%A2">知的財産権</a>の共有と損害賠償額の算定―1項と3項の関係を中心に」<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%B1%BB%D6%BC%D2%C2%E7%B3%D8">同志社大学</a>知的財産<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CB%A1%B8%A6">法研</a>究会編『知的財産法の挑戦』(弘文堂,2013)325頁以下。<a href="#fnref:13" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:14">
<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%BC%C5%C4%BF%BF%B0%EC">村田真一</a>「共有特許と損害賠償」片山英二先生<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C5%B5%A9">古稀</a>記念『ビジネスローの新しい流れ』(青林書院,2020)561頁は、「[引用者注:令和元年]改正<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項の下では,実施共有者の損害賠償額は,改正<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項により算定される額から,侵害品の譲渡数量全体に対する不実施共有者の持分割合による実施料相当額を控除した額となるのではないか」と述べる。<a href="#fnref:14" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:15">
大鷹一郎裁判長。<a href="#fnref:15" rev="footnote">↩</a></li>
</ol>
</div>
tanakakohsuke
競業者の取引先に対する特許権侵害警告が信用毀損行為に当たると判断された事案 ― 東京地判令和4年10月28日(令和3年(ワ)第22940号)
hatenablog://entry/4207112889935959165
2022-11-13T17:51:44+09:00
2022-11-13T17:56:52+09:00 はじめに 本判決(東京地判令和4年10月28日[令和3年(ワ)第22940号])は、競業者の取引先に対する特許権侵害の告知・侵害警告につき、不正競争防止法2条1項21号(信用毀損行為)の該当性が認められた事案である。とくにその判断枠組みが目を惹いたため、備忘録として本稿を記す。項名および「雑感」以外は、判決文の引用(抜粋)1である。 不正競争防止法2条1項各号は、法改正による「号ずれ」が起きやすいので、念のため、本判決が対象とした現行21号を以下に示す。 (定義) 第二条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。 …… 二十一 競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実…
<h1 id="はじめに">はじめに</h1>
<p><a href="https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=91492">本判決(東京地判令和4年10月28日[令和3年(ワ)第22940号])</a>は、競業者の取引先に対する<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害の告知・侵害警告につき、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%D4%C0%B5%B6%A5%C1%E8%CB%C9%BB%DF%CB%A1">不正競争防止法</a>2条1項21号(信用毀損行為)の該当性が認められた事案である。とくにその判断枠組みが目を惹いたため、備忘録として本稿を記す。項名および「雑感」以外は、判決文の引用(抜粋)<sup id="fnref:1"><a href="#fn:1" rel="footnote">1</a></sup>である。</p>
<p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%D4%C0%B5%B6%A5%C1%E8%CB%C9%BB%DF%CB%A1">不正競争防止法</a>2条1項各号は、法改正による「号ずれ」が起きやすいので、念のため、本判決が対象とした現行21号を以下に示す。</p>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">
(定義)<br>
第二条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。<br>
……<br>
二十一 競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為</div>
<h1 id="事案の概要および経緯">事案の概要および経緯</h1>
<p>「本件は、原告が、被告らが原告の取引先に対して、原告の製造又は販売する製品は被告Aが共有する<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害している旨の通知書を送付した行為が、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%D4%C0%B5%B6%A5%C1%E8%CB%C9%BB%DF%CB%A1">不正競争防止法</a>2条1項21号にいう不正競争行為及び共同<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%D4%CB%A1%B9%D4%B0%D9">不法行為</a>を構成すると主張して、被告らに対し、同法3条1項に基づき同行為の差止めを求めるとともに、……損害賠償金1000万円……を求める事案である。」</p>
<p>「原告は、「結ばない靴紐」(紐の端部を結ばなくても緩んだり解けたりすることがない靴紐をいう。以下同じ。)を主とするスポーツ用品の製造・販売等を目的とする株式会社である。……<br>
被告会社は、「結ばない靴紐」の販売を業とする株式会社であり、被告Aは、被告会社の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%E5%C9%BD%BC%E8%C4%F9%CC%F2">代表取締役</a>である。」</p>
<p>「原告と被告Aは、別紙<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>目録記載の特許(以下「本件特許」といい、本件特許に係る<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を「本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>」という。)の共有者である<sup id="fnref:2"><a href="#fn:2" rel="footnote">2</a></sup>。」</p>
<p>「原告は、平成25年1月頃から、「キャタピラン」との名称で「結ばない靴紐」製品を製造・販売していた。」</p>
<p>「被告Aは、平成28年6月、原告に対し、キャタピラン等が本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害しているなどと主張して、損害賠償請求訴訟(前訴)を提起し、併せて、被告会社を設立した上、「結ばない靴紐」……を販売し始め、「結ばない靴紐」の市場において原告と競業するようになった。」</p>
<p>「<strong>前訴の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B5%C1%CA%BF%B3">控訴審</a>裁判所は、平成30年12月26日、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>(被告Aの共有持分権をいう。)侵害の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%D4%CB%A1%B9%D4%B0%D9">不法行為</a>に基づく損害賠償請求……は理由があるとの中間判決(本件中間判決)を言い渡した<sup id="fnref:3"><a href="#fn:3" rel="footnote">3</a></sup>。</strong>」</p>
<p>「原告は、本件中間判決を受け、……<strong>キャタピラン等を設計変更したキャタピラン+等</strong>の製造・販売を始めた。」</p>
<p>「前訴の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B5%C1%CA%BF%B3">控訴審</a>裁判所は、令和2年11月30日、被告Aの請求を一部認容し、原告に対し、被告Aに金員を支払うことや、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の持分4分の1の移転登録手続をすることなどを命じる判決を言い渡した<sup id="fnref:4"><a href="#fn:4" rel="footnote">4</a></sup>。」</p>
<p>「原告は、上記判決に対して上告したが、令和2年12月17日、被告Aとの間で、当該上告を取り下げる旨の内容を含む覚書を締結したため、その後、当該上告を取り下げた。」</p>
<p>「被告Aは、令和3年5月7日、原告及び原告の代表者であるBに対し、キャタピラン+等が本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害すると主張して、キャタピラン+等の製造・販売等の差止め等を求める仮処分(……)を申し立てた。」</p>
<p>「<strong>被告Aは、令和3年8月19日、別紙通知書の内容のとおり、原告の取引先10社に対して、被告Aとしては、キャタピラン+等は、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害していると考えているなどと記載された本件通知書を送付した(本件告知行為)。</strong>」</p>
<h1 id="本件通知書">本件通知書</h1>
<p>「本件通知書(別紙参照<sup id="fnref:5"><a href="#fn:5" rel="footnote">5</a></sup>)には、</p>
<ul>
<li><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B9%E2%C5%F9%BA%DB%C8%BD%BD%EA">知的財産高等裁判所</a>において、キャタピラン等の製造が本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害する旨の判決が言い渡されたこと、</li>
<li>原告が、当該判決を受け入れ、キャタピラン等の製造・販売が本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害になることを認めたこと、</li>
<li>残された諸問題について包括的な和解による全面的な解決のため、原告と被告A間で協議が続けられてきたものの、全てについては合意に至ることができず、被告Aはキャタピラン+等の製造・販売等の差止めを求める仮処分を提起したこと、</li>
<li>通知人としては、原告が現在も製造・販売しているキャタピラン+等は、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害していると考えていること、</li>
<li>通知人は、貴社(送付先のこと。以下同じ。)が、上記判決が対象としたキャタピラン等を原告から<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%C5%C6%FE">仕入</a>れている事実を把握していること、</li>
<li><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害するキャタピラン等を貴社が販売する行為も本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害する行為であり、貴社に対し、キャタピラン等の販売の差止め、在庫の廃棄、損害賠償等を請求する権利を有していること、</li>
<li>直ちにキャタピラン等、キャタピラン+等及びこれらを靴紐として装着する等している靴等の商品の販売を停止し、かつ、それらの販売を今後一切行わないことを誓約する書面の提出を求めること、</li>
<li>損害額の算定のため、貴社が上記の商品を販売開始してから現在に至るまでの利益額が分かる資料の送付も求めること、</li>
<li>2週間以内に回答がなかったときは、貴社に対し、法的手続を取ることを検討せざるを得ないこと、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害による貴社の法的責任は、原告の法的責任とは別個の責任であるため、対応は原告に委ねる等の回答は認められないこと、</li>
</ul>
<p>以上の内容が順に記載されている。」</p>
<h1 id="判旨">判旨</h1>
<h2 id="充足論">充足論</h2>
<p>「本件発明を構成要件に分説すると、次のとおりである。<br>
A① 間隔をあけて繰返し配置され、<br>
② 自身に加えられる軸方向張力の大小によって径の大きさが変化するこぶを有する<br>
③ 伸縮性素材からなるチューブ状ひも本体と、<br>
B① ひも本体のチューブ状構造によって構成される中心の管部分に非伸縮性素材からなり、<br>
② こぶのコアを構成し、こぶの径変化に応じたこぶ両端距離の変化に追随するようこぶ対応部分にて丸められた中心ひもと、<br>
C を備えたひも。」</p>
<p>「上記構成要件及び本件明細書等の各記載によれば、本件発明に規定する「伸縮性素材」とは、伸び縮みする性質を有するものであるのに対し、「非伸縮性素材」とは、「伸縮性素材」との比較において伸縮性に乏しい素材であれば足り、それ以上の限定を付すものではない。したがって、非伸縮性素材からなる中心ひも(構成要件B①)は、伸縮性素材からなるひも本体(構成要件A③)よりも、伸縮性が乏しいものと解するのが相当である。」</p>
<p>「キャタピラン+等においては、ひも本体よりも中心ひもに相当する芯材の方が伸縮性を有するものであるから、キャタピラン+等の中心ひも(芯材)は、非伸縮性素材からなるものと認めることはできない。」</p>
<p>「以上によれば、キャタピラン+等は、本件発明の構成要件B①を充足するものではない。したがって、……<strong>キャタピラン+等を製造又は販売する行為は、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害するものとは認められない。</strong>」</p>
<h2 id="虚偽の事実該当性">「虚偽の事実」該当性</h2>
<p>「競争関係にある者が、競業者の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し又は流布する行為は、競業者を不利な立場に置き、自ら競争上有利な地位に立とうとするものであるから、公正な競争を阻害することになる。このような結果を防止し、事業者間の公正な競争を確保する観点から、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%D4%C0%B5%B6%A5%C1%E8%CB%C9%BB%DF%CB%A1">不正競争防止法</a>2条1項21号は、上記行為を不正競争の一類型と定めるものである。そして、競争関係にある者において、裁判所が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B8%A2">知的財産権</a>侵害に係る判断を示す前に当該判断とは異なる法的な見解を事前に告知し又は流布する行為は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B8%A2">知的財産権</a>侵害の結果の重大性に鑑みると、競業者の営業上の信用を害することによって、上記と同様に、公正な競争を阻害することは明らかである。そうすると、<strong>法的な見解の表明それ自体は、意見ないし論評の表明に当たるものであるとしても</strong>(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%C7%B9%E2%BA%DB">最高裁</a>平成15年(受)第1793号、第1794号同16年7月15日第一小法廷判決・<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%B1%BD%B8">民集</a>58巻5号1615頁<sup id="fnref:6"><a href="#fn:6" rel="footnote">6</a></sup>参照)、上記行為は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%D4%C0%B5%B6%A5%C1%E8%CB%C9%BB%DF%CB%A1">不正競争防止法</a>2条1項21号の上記の趣旨目的に鑑み、不正競争の一類型に含まれると解するのが相当である。<br>
したがって、<strong>競争関係にある者が、裁判所が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B8%A2">知的財産権</a>侵害に係る判断を示す前に当該判断とは異なる法的な見解を事前に告知し又は流布する場合には、当該見解は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%D4%C0%B5%B6%A5%C1%E8%CB%C9%BB%DF%CB%A1">不正競争防止法</a>2条1項21号にいう「虚偽の事実」に含まれるものと解するのが相当である。</strong>」</p>
<p>「キャタピラン+等は、裁判所が本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害すると判断したキャタピラン等を設計変更したものであり、……少なくともキャタピラン+等については裁判所が本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害するものではないと判断するにもかかわらず、本件通知書には、キャタピラン+等は本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害していると考えているなどと記載されていることが認められる。そうすると、<strong>本件通知書の内容は、裁判所においてキャタピラン+等が本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害しない旨の判断を示す前に当該判断とは異なる法的な見解を事前に告知するものとして、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%D4%C0%B5%B6%A5%C1%E8%CB%C9%BB%DF%CB%A1">不正競争防止法</a>2条1項21号にいう「虚偽の事実」を含むものと認めるのが相当である。</strong>」</p>
<h2 id="本件告知行為の違法性の有無">本件告知行為の違法性の有無</h2>
<p>「競業者が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B8%A2">知的財産権</a>を侵害していないにもかかわらず、その権利者において当該競業者が当該<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B8%A2">知的財産権</a>を侵害する旨告知し又は流布する行為は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%D4%C0%B5%B6%A5%C1%E8%CB%C9%BB%DF%CB%A1">不正競争防止法</a>2条1項21号に定める不正競争に該当する。もっとも、<strong>上記行為が、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B8%A2">知的財産権</a>の正当な権利行使の一環としてなされたものと認められる場合には、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B8%A2">知的財産権</a>の重要性に鑑み、違法性を欠くものというべきである。</strong>」</p>
<p>「本件通知書は、キャタピラン+等については、裁判所によって本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害する旨の判断が未だされていないにもかかわらず、キャタピラン等について裁判所によって本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害する旨の判断が確定した経緯を詳述した上、キャタピラン+等についても、キャタピラン等と同様に、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害する趣旨を述べて、販売の即時停止及び損害賠償額の算定に関する資料の開示を求めるものであることが認められる。<br>
そうすると、原告と被告会社は、「結ばない靴紐」の市場において競業しているところ、本件告知行為は、本件通知書の上記内容に鑑みると、<strong>裁判所によって本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害する旨の判断が確定したキャタピラン等の存在を奇貨として、そのキャタピラン等の改良品であるキャタピラン+等についても、販売の即時停止及び損害賠償額の算定を実現させて、「結ばない靴紐」の市場からこれを排斥しようとするものであると認めるのが相当である。</strong><br>
したがって、<strong>一般の読み手の普通の注意と読み方とを基準として判断すれば、本件告知行為の相手方は、裁判所によって本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害する旨の判断が確定したキャタピラン等と同様に、キャタピラン+等についても、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害するおそれがあるとの強い印象を受けるものと認めるのが相当である。</strong>」</p>
<p>「被告らは、キャタピラン+等は、キャタピラン等とは異なり、<strong>本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害しないように製造された改良品であることを前提に、キャタピラン+等が本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害するか否かについて慎重に調査すべきであったといえる</strong>が、被告らがそのような調査をしたことを認めるに足りる的確な証拠はない。<br>
かえって、……キャタピラン+等が本件発明の構成要件B①を充足しているかについては、構成要件B①の解釈に争いがあるものの、「非伸縮性素材」が「伸縮性素材」よりも伸縮性に乏しいものであることは文言上当然想定すべき解釈であるし、当該解釈を前提とした場合に、キャタピラン+等が同構成要件を充足しないことは、ひも本体と中心ひも(芯材)の伸縮性の違いを調べれば容易に明らかにされることである上、当該調査もキャタピラン+等(靴紐)を切断するなどして容易に行えるものである。それにもかかわらず、被告ら(……)は、そのような調査をしないばかりか、当該構成要件の解釈や伸縮性に係る調査結果を原告から詳細に主張書面で指摘された後に、漫然と、キャタピラン+等が本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害しているとの本件告知行為に及んだことが認められる。<br>
そうすると、被告らは、……<strong>キャタピラン+等については本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害しない可能性が相当程度あることについて容易に認識できた</strong>にもかかわらず……あえて本件告知行為を行ったということができる。」</p>
<p>「これらの事情を総合して、本件告知行為の実態を詳細にみると、<strong>本件告知行為は、裁判所によって本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害する旨の判断が確定したキャタピラン等の存在を奇貨として、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害しないように改良されたキャタピラン+等についても、裁判所による判断がされる前に、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害する趣旨を告知し、原告の取引先に対する信用を毀損することによってキャタピラン+等を早期に「結ばない靴紐」の市場から排斥し、競業する事業者間の競争において優位に立つことを目的としてされたものであることが認められ、その態様は、悪質であるといわざるを得ない。</strong><br>
したがって、本件告知行為は、<strong>本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の正当な権利行使の一環としてなされたものであると認めることはできず、違法性を欠くものということはできない。</strong>そして、上記において説示した事情を踏まえると、<strong>被告らには明らかに過失があったものと認めるのが相当である。</strong>」</p>
<h2 id="損害について">損害について</h2>
<p>「原告は、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害する旨の前訴の裁判所の判断を踏まえ、「結ばない靴紐」の市場からキャタピラン等を撤退させ、新たにその改良品であるキャタピラン+等をもって市場に参入したところ、当該改良品までもがキャタピラン等と同様に本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害するものである旨取引先に虚偽の事実を告知されているところ、このような本件告知行為に至る経緯のほか、本件通知書の内容、これが送付された取引先の数、キャタピラン+等の取引を停止した取引先の数、その後の原告の取引先に対する対応その他の本件に現れた一切の事情を総合考慮して、本件告知行為により原告の営業上の信用が毀損された無形損害の額を算定すれば、本件告知行為の悪質性に鑑みると、無形損害の額であっても少なくとも100万円を下らないと認めるのが相当である。」</p>
<h1 id="雑感">雑感</h1>
<p>競業者の取引先に対する<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B8%A2">知的財産権</a>侵害の告知・侵害警告につき、かつて裁<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>では、告知・侵害警告に理由がなかった(競業者等の行為は権利侵害とならない)と判明した場合は、つねに不正行為に当たる(諸事情は過失有無の判断で考慮する)という判断枠組みが採られていた。</p>
<p>ところが、当該告知・侵害警告が「(正当な)権利行使の一環」であれば違法性が阻却される(信用毀損行為に該当しない)との判断枠組み(「権利行使論」「違法性阻却説」「相当説」「権利行使の一環説」などと称される)を採る裁<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>が現れ<sup id="fnref:7"><a href="#fn:7" rel="footnote">7</a></sup>、2つの判断枠組みの裁<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>が並存することとなった<sup id="fnref:8"><a href="#fn:8" rel="footnote">8</a></sup>。もっとも、近年では、後者の判断枠組みのものは退潮傾向にあるとも評価されてきた<sup id="fnref:9"><a href="#fn:9" rel="footnote">9</a></sup>。</p>
<p>そのような中、本判決では、「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B8%A2">知的財産権</a>の正当な権利行使の一環としてなされたものと認められる場合には、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B8%A2">知的財産権</a>の重要性に鑑み、違法性を欠くものというべきである。」と明言し、後者の判断枠組みを採っていることが目を惹く。もっとも、本判決では、結論として信用毀損行為該当性を認め、被告らの告知行為につき「その態様は、悪質であるといわざるを得ない。」等の強い表現が使われていることからすれば、被告らの行為の悪性を糾弾するために(行為が正当だとは全く言えないことを強調するために)、この判断枠組みをあえて採ったようにも感じられる。</p>
<p>その他、設計変更前の製品(の生産等)は裁判所で侵害が認められているという特殊な状況ながらも、調査義務についての判示も興味深い。</p>
<p>最後に、本判決の別紙(本件通知書)は、裁判所ウェブページに掲載された判決書(PDFファイル)では「省略」されているが、その内容を把握することは実務上重要であると思われるので、ウェブページ上での公開が望まれる<sup id="fnref:10"><a href="#fn:10" rel="footnote">10</a></sup>。</p>
<h1 id="更新履歴">更新履歴</h1>
<ul>
<li>2022-11-13 公開</li>
</ul>
<div class="footnotes">
<hr/>
<ol>
<li id="fn:1">
<p>強調は引用者による。<a href="#fnref:1" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:2">
<p>引用者注:後記中間判決で、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>73条2項規定の「別段の定」の存在が認められている。……<a href="#fnref:2" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:3">
<p>引用者注:<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/271/088271_hanrei.pdf">https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/271/088271_hanrei.pdf</a><a href="#fnref:3" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:4">
<p>引用者注:<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/091/090091_hanrei.pdf">https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/091/090091_hanrei.pdf</a><a href="#fnref:4" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:5">
<p>引用者注:裁判所ウェブページに掲載された判決書(PDFファイル)では、別紙(本件通知書)の内容は「省略」されているため、以下は判決における事実認定による(改行等は引用者が付した)。<a href="#fnref:5" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:6">
<p>引用者注:<a href="https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/385/052385_hanrei.pdf">https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/385/052385_hanrei.pdf</a><a href="#fnref:6" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:7">
<p><a href="https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/299/012299_hanrei.pdf">東京地判平成13年9月20日(平成12年(ワ)第11657号)</a>がその嚆矢とされている。<a href="#fnref:7" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:8">
<p>本件についての近時の文献として、井関涼子「虚偽事実の告知・流布による不正競争」高部眞規子裁判官退官記念『<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B8%A2">知的財産権</a>訴訟の煌めき』(きんざい,2021)512頁以下がある。<a href="#fnref:8" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:9">
<p><a href="https://www.inpit.go.jp/content/100865259.pdf">駒田泰土「理由のない特許権侵害警告と不正競争防止法」特許研究66号(2018)</a>7頁。ただし、<a href="https://www.ip.courts.go.jp/vc-files/ip/file/10015_zen_jp.pdf">知財高大判平成25年2月1日(平成24年(ネ)第10015号)[ごみ貯蔵機器]</a>は、「本件通知書の送付は,原告が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B8%A2">知的財産権</a>の行使の一環として行ったものであり,被告の信用を毀損して原告が市場において優位に立つことを目的としたものとはいえず,内容ないし態様においても社会通念上著しく不相当であるとはいえず,権利行使の範囲を逸脱するものとはいえない。また,イ号物件は,本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B0%D5%BE%A2%B8%A2">意匠権</a>を侵害するものではないが,原告が,イ号物件を本件登録意匠の類似の範囲に含まれると解したことに全く根拠がないとはいえないなどの諸事情を総合考慮すれば,原告の告知行為を違法であると評価することはできない。」と述べ、後者の判断枠組みを採っているように読める(この点につき、駒田泰土「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高大判平成25年2月1日:判批」茶園成樹ほか編『商標・意匠・不正競争<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>百選〔第2版〕』(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CD%AD%C8%E5%B3%D5">有斐閣</a>,2020)231頁は、この判示部分は「傍論的なものにとどまる」と評価する)。<a href="#fnref:9" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:10">
<p>裁判所ウェブページでの別紙の取り扱いについては、三村量一ほか「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>の動き」<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%E2%CE%D3%CE%B6">高林龍</a>ほか編『年報知的財産法2021-2022』(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%FC%CB%DC%C9%BE%CF%C0%BC%D2">日本評論社</a>,2021)105頁[上野達弘]参照。<a href="#fnref:10" rev="footnote">↩</a></p></li>
</ol>
</div>
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特許権の「共同侵害」 ― 国際知財司法シンポジウム2022 模擬裁判への雑感
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2022-11-03T21:31:56+09:00
2022-11-29T18:06:50+09:00 はじめに 『国際知財司法シンポジウム2022』裁判所パート(2022年10月27日開催)では、模擬裁判が行なわれ、「判決要旨」も示された。 しょせん“模擬”裁判であり、「お遊び」に過ぎないのかも知れない。しかし、本イベントは、最高裁および知財高裁も主催者に名を連ね、また日本国内の知財関係者に加え、海外の関係者をも意識したイベントであるため、その内容は、裁判所(とくに知財高裁)内部でもそれなりに検討されたものであるとも考えられる。 そこで、この模擬裁判の「判決要旨」を検討することも何らかの意味があるように思い、ここに雑感を記す次第である。 模擬裁判の事案概要 Turtle社は、Donkey社から…
<h1 id="はじめに">はじめに</h1>
<p><a href="https://www.ip.courts.go.jp/jsip/vcmsFolder_1633/vcms_1633.html">『国際知財司法シンポジウム2022』</a>裁判所パート(2022年10月27日開催)では、模擬裁判が行なわれ、<a href="https://www.ip.courts.go.jp/vc-files/ip/2022/JSIP-mogi-hanketuyoushi.pdf">「判決要旨」</a>も示された。</p>
<p>しょせん“模擬”裁判であり、「お遊び」に過ぎないのかも知れない。しかし、本イベントは、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%C7%B9%E2%BA%DB">最高裁</a>および<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁も主催者に名を連ね、また日本国内の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>関係者に加え、海外の関係者をも意識したイベントであるため、その内容は、裁判所(とくに<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁)内部でもそれなりに検討されたものであるとも考えられる。</p>
<p>そこで、この模擬裁判の「判決要旨」を検討することも何らかの意味があるように思い、ここに雑感を記す次第である。</p>
<h1 id="模擬裁判の事案概要"><a href="https://www.ip.courts.go.jp/vc-files/ip/2022/JSIP-mogi-jirei.pdf">模擬裁判の事案</a>概要</h1>
<blockquote><p>Turtle社は、Donkey社からの委託を受けて、……Donkey社の取引先であるメガネ販<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%E4%C5%B9">売店</a>から、インターネット通信を利用してDonkey社にメガネレンズの加工を受発注するシステム(以下「本件システム」という。)を開発してDonkey社に納品し、Donkey社は本件システムの運営を開始した。<br>
Turtle社は、Donkey社から委託を受けて、本件システムの一部の機器の運営を行っている。<br>
Pony社は、2022年1月31日、Donkey社を相手(被告)として、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害に基づき、本件システムの使用の差止めを求める<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害訴訟を提起した。</p></blockquote>
<h2 id="複数主体に関する原告特許権者の主張の抜粋1">複数主体に関する原告(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者)の主張の抜粋<sup id="fnref:1"><a href="#fn:1" rel="footnote">1</a></sup></h2>
<blockquote><p>ある特許の特許請求の範囲に記載されたすべての構成要件を複数の者が共同して行っているといえる場合には、<strong>共同<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害</strong>として、いずれの主体も全体を行ったものと評価され、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害が成立する。<br>
本件システムは、Donkey社の委託によりTurtle社が開発したものであり、両者ともその内容を知悉しているところ、Turtle社は、Donkey社からの委託を受けて本件システムのデータ管理装置の運営を担っており、同社は、これにより<strong>利益を得てもいる。</strong><br>
メガネ店は、Donkey社と取引契約を締結し、本件ソフトウェアのクライアント用ソフトウェアの提供を受けて、店舗PCを本件システム用の装置とするなど、積極的に本件システムを利用し、メガネ販売の<strong>利益を得ている。</strong><br>
したがって、Turtle社及びメガネ店は、Donkey社と一体となって本件システムを利用しているとみることができる。<br>
そうすると、Donkey社は、Turtle社及びメガネ店と共同して本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害しているといえ、一部Turtle社及びメガネ店が行った部分があるとしても、全体を行ったものと評価される。</p></blockquote>
<h2 id="複数主体に関する被告Donkey社の主張の抜粋">複数主体に関する被告(Donkey社)の主張の抜粋</h2>
<blockquote><p>メガネ店は、本件システムの内容もTurtle社の存在すらも知り得ない立場にあったのであり、メガネ店がDonkey社又はTurtle社と共同して本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害しているといえるはずもない。</p></blockquote>
<h1 id="判決要旨の抜粋"><a href="https://www.ip.courts.go.jp/vc-files/ip/2022/JSIP-mogi-hanketuyoushi.pdf">「判決要旨」</a>の抜粋</h1>
<h2 id="主文">主文</h2>
<blockquote><p>被告は、本件システムを使用してはならない。</p></blockquote>
<h2 id="争点に関する判断の要旨">争点に関する判断の要旨</h2>
<blockquote><p>本件発明は、システムという物の発明であるところ、ある物が発明の技術的範囲に属するといえるためには、その物が発明の構成要件の全てを充足するものである必要があり、物の発明について<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害が生じるのは、全ての構成要件を充足する物を使用、譲渡等した場合である。そうすると、物の発明に係る特許に対する<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害は、通常、当該構成要件の全てを充足する物を使用、譲渡等した単独主体により行われ、当該構成要件を充足しない物の使用、譲渡等をしていた複数主体の行為を合わせなければ当該構成要件の全てを充足する物の使用、譲渡等が形成されない場合は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害は成立しないのが原則である。<br><br>
しかしながら、<strong>複数主体の行為を合わせたことにより初めて構成要件の全てを充足する物の使用、譲渡等が生じる場合であっても、それら複数主体の行った行為が相互に関連して一体的な行為と評価でき、複数主体の中のある主体が、当該構成要件に相当する行為を認識しながら、その実現に向けて他の主体の行為を利用しているという関係があれば、当該複数主体の中のある主体は、他の主体と共同して当該<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害した者と評価できると解するべきである。</strong><br><br>
これを本件についてみるに、<strong>本件システムは、被告(Donkey社)の委託によりTurtle社が開発したものであり、被告もその内容を知悉している</strong>ところ、被告は、Turtle社に<strong>委託</strong>して、本件システムのデータ管理装置の運営を担わせ、メガネ店に対し、<strong>取引契約を締結</strong>の上、本件ソフトウェアを提供して、店舗PCにインストールさせることによって、本件発明の「フレーム測定ユニット」に属する「測定用端末」及び「フレームトレーサ」を供用させ、自らは、本件発明の「レンズ加工ユニット」に属する「加工用端末」、「加工機」及び「レンズ形状測定機」にそれぞれ相当する工場PC、加工機及びレンズ形状測定機を用いて、加工レンズの供給という本件システムを運営している。<br><br>
したがって、<strong>被告、Turtle社及びメガネ店の各行為は一体となっている</strong>とみることができ、<strong>被告は、本件システムの全体を認識し、その実現のためにTurtle社及びメガネ店の各行為を利用し、メガネ店及びTurtle社も、それぞれが被告の行為を利用しているという関係がある</strong>といえる。<br><br>
以上から、<strong>被告は、<u>Turtle社及びメガネ店と共同して、</u>本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害したことが認められる。</strong><br><br>
被告は、メガネ店、Turtle社、被告が、完全に別個独立の主体としてその一部に関与しているだけであり、共同行為をしようとする主観的意思を全員が共有しているものではない旨主張する。<br><
しかしながら、前述のとおり、<strong>被告の責任を追及するに当たっては、</strong>メガネ店、Turtle社、被告の行った各行為が相互に関連して一体的な行為と評価でき、<strong>被告について、</strong>他の主体を利用する意思があれば足りると解するべきであるから、これ以上に、<strong>共同行為に関与した者全員がそれぞれ全員との間で共同行為をしようとする意思を相互に有していなければならないものではない。</strong><br>
したがって、被告の上記主張を採用することはできない。</p></blockquote>
<h1 id="現在の理論状況">現在の理論状況</h1>
<p><a href="https://www.ip.courts.go.jp/vc-files/ip/2022/JSIP-kakukokuseido.pdf">本イベントで配布された資料「各国制度一覧表」</a>において、日本では「複数主体の行為を合わせなければ構成要件の全てを充足する物の使用が形成されない場合に<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害を認めるものとして、下級審<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>や学説では、次のようなアプローチが示されている」として、以下の3つの理論が紹介されている(以下の理論名も当該資料による):</p>
<h2 id="道具理論">道具理論</h2>
<blockquote><p>ある者が第<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BC%D4">三者</a>の行為を手足又は道具のように利用している場合、手足又は道具とみなされる者の行為はそれを利用した主体が行ったものと評価し、その主体が一人で構成要件の全てを充足する物の使用をしているとみることができるという見解<br>*電着画像の形成方法事件(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%EC%B5%FE%C3%CF%BA%DB">東京地裁</a>平成12年(ワ)第20503号・平成13年9月20日判決)</p></blockquote>
<h2 id="支配管理理論">支配管理理論</h2>
<blockquote><p>ある者の行為が手足又は道具とまでは認められない場合でも、ある主体がそれらの第<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BC%D4">三者</a>の行為を支配管理しているという関係にある場合には、その主体の行為を規範的に評価して、その者に侵害の責任を認めるべきという見解<br>*メガネレンズの供給システム事件(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%EC%B5%FE%C3%CF%BA%DB">東京地裁</a>平成16年(ワ)第25576号・平成19年12月14日判決)<sup id="fnref:2"><a href="#fn:2" rel="footnote">2</a></sup></p></blockquote>
<h2 id="共同直接侵害理論">共同<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>理論</h2>
<blockquote><p>複数の者の行為の間に客観的な関連性があり、また、主観的な関連性もある場合には、共同で<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>行為を行ったと評価し、各行為者は自己が分担した行為についてだけではなく、侵害全体について責任を負うとの見解(共同して侵害行為を行うという共同意思の存在を必須とみるか、相互にどの程度の認識があれば足りるかについては、見解が分かれている。)<br>*多孔性成形体事件(大阪地裁昭和35年(ヨ)第493号・昭和36年5月4日判決)</p></blockquote>
<h1 id="雑感">雑感</h1>
<h2 id="発明のカテゴリー">発明のカテゴリー</h2>
<p>本判決要旨(以下、単に「本判決」という)では「複数主体の行為を合わせたことにより初めて構成要件の全てを充足する<strong>物</strong>の使用、譲渡等が生じる場合であっても」等と、物の発明にしか言及していない。</p>
<p>しかし、本判決が定立した「それら複数主体の行った行為が相互に関連して一体的な行為と評価でき、複数主体の中のある主体が、当該構成要件に相当する行為を認識しながら、その実現に向けて他の主体の行為を利用しているという関係があれば、当該複数主体の中のある主体は、他の主体と共同して当該<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害した者と評価できる」という規範は、<small>(物の発明に妥当するのであれば)</small>方法の発明においても妥当すると考えられる。</p>
<h2 id="行為の一体性">行為の一体性</h2>
<p>本判決は「被告、Turtle社及びメガネ店の各行為は一体となっているとみることができ」る、と<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BC%D4">三者</a>の行為の一体性を認めているところ、この認定判断は委託や契約があった点を重視しているように思われる。</p>
<p>加えて、原告はTurtle社及びメガネ店が利益を得ていることを主張していたにも拘わらず、本判決はこれら利益については言及せずに、行為の一体性を認定判断している点が目を惹く。共同侵害者の全てが利益を得ている必要はないことを示唆しているのであろうか。</p>
<h2 id="他の主体の行為の利用">他の主体の行為の利用</h2>
<p>本判決は、「被告は……Turtle社及びメガネ店の各行為を利用し、メガネ店及びTurtle社も、それぞれが被告の行為を利用しているという関係があるといえる。」と認定判断している。後段の「メガネ店及びTurtle社も、それぞれが被告の行為を利用している」には、どのような意味があるのだろうか。</p>
<p>「複数主体の中のある主体が、当該構成要件に相当する行為を認識しながら、その実現に向けて他の主体の行為を利用しているという関係があれば」という本判決が示した規範によれば、「被告は……Turtle社及びメガネ店の各行為を利用し」という認定判断のみで十分だったようにも思われる。</p>
<h2 id="主観的要件">主観的要件</h2>
<p>被疑侵害者の主観についての判断が、本判決の最大のポイントであろう。</p>
<p>本判決は、「複数主体の中の<strong>ある主体が</strong>、当該構成要件に相当する行為を<strong>認識しながら</strong>、その実現に向けて他の主体の行為を利用しているという関係があれば、当該複数主体の中の<strong>ある主体は、</strong>他の主体と共同して当該<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害した者と評価できると解するべきである。」「<strong>被告の責任を追及するに当たっては、</strong>メガネ店、Turtle社、被告の行った各行為が相互に関連して一体的な行為と評価でき、<strong>被告について、</strong>他の主体を利用する意思があれば<sup id="fnref:3"><a href="#fn:3" rel="footnote">3</a></sup>足りると解するべきであるから、これ以上に、<strong>共同行為に関与した者全員がそれぞれ全員との間で共同行為をしようとする意思を相互に有していなければならないものではない。</strong>」と述べ、(単一の主体が行なえば<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害となる)共同行為に関与する複数主体の全員が共同意思を持っていない場合でも<small>(少なくとも一の者が、共同行為全体を認識し、他の者を利用する意思/事実があれば)</small>、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害が成立しうることが明言されている。</p>
<h2 id="共同侵害">共同侵害</h2>
<p>本判決は、「被告は、<strong>Turtle社及びメガネ店と共同して、</strong>本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害したことが認められる。」と述べる。被告(Donkey社)に加え、Turtle社やメガネ店も、「共同侵害者」と判断しているように読める。</p>
<p>ここで、上述の「共同<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>理論」では、「<strong>各行為者は</strong>自己が分担した行為についてだけではなく、侵害全体について責任を負う」、すなわち、侵害行為に関係した<strong>全ての</strong>行為者が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害の責任を負う、とされていた。</p>
<p>他方、本判決では、「<strong>被告の責任を追及するに当たっては、</strong>メガネ店、Turtle社、被告の行った各行為が相互に関連して一体的な行為と評価でき、被告について、他の主体を利用する意思があれば足りると解するべきであるから、これ以上に、<strong>共同行為に関与した者全員がそれぞれ全員との間で共同行為をしようとする意思を相互に有していなければならないものではない。</strong>」と述べ、共同行為をしようとする意思のない者(本事例でいえば、メガネ店は[共同行為者の一者である]Turtle社の存在を知らないため、そのような者と言えるだろう)に対しては、責任を追及できないと述べているように思える。</p>
<p>そうであれば、本判決は「共同<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>理論」とは別の(且つ、道具理論とも支配管理理論とも異なる)、新たな見解を採ったということだろうか。</p>
<p>なお、模擬裁判後に行なわれたパネルディスカッションで示された資料では、本判決の見解は「共同侵害(Joint Infringement)」として、「共同<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>理論 Joint direct infringement theory」とは別の呼称が付けられていた<sup id="fnref:4"><a href="#fn:4" rel="footnote">4</a></sup>。</p>
<h2 id="主文-1">主文</h2>
<p>本判決の主文では「被告は、本件システムを使用してはならない。」としている。しかしながら、被告(Donkey社)の単独の行為が特許発明の「使用」(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号)に(規範的に)該当すると判断したわけではないのだから、この主文は不適当なように思われる。</p>
<p>被告に要求できるのは、(本件発明の「レンズ加工ユニット」に属する「加工用端末」、「加工機」及び「レンズ形状測定機」にそれぞれ相当する)工場PC、加工機及びレンズ形状測定機を用いることの停止、ではなかろうか(その結果として、被告・Turtle社・メガネ店の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BC%D4">三者</a>の共同行為である、本件システムの使用が停止されるとしても)。</p>
<h1 id="おわりに">おわりに</h1>
<p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%C7%B9%E2%BA%DB">最高裁</a>による判断の出ていない事項につき、このようなイベントにおいて(模擬裁判という形ではあるが)新たな規範を示した、裁判所関係者各位に謝意と敬意を表する。</p>
<h1 id="更新履歴">更新履歴</h1>
<ul>
<li>2022-11-03 公開</li>
<li>2022-11-29 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁ウェブページ掲載資料へのリンクを追加</li>
</ul>
<div class="footnotes">
<hr/>
<ol>
<li id="fn:1">
太字や下線による強調は引用者による。以下同。<a href="#fnref:1" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:2">
引用者注:本模擬裁判の事例は、この裁<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>に基づき考えられたものだと思われるが、特許クレームを含め大幅に変更がなされている。<a href="#fnref:2" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:3">
引用者注:本判決は「他の主体を利用する意思があれば」と述べる一方、「他の主体の行為を利用しているという関係があれば」とも述べ、利用する意思があればよいのか、利用しているという事実までが必要なのか、判然とはしない。もっとも、利用している事実がないと、「複数主体の行った行為が相互に関連して一体的な行為と評価」されないように思われるため、問題はならないのかも知れない。<a href="#fnref:3" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:4">
多田宏文「米国<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の共同<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>」<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>ぷりずむ2022年5月号33頁注1は、米国<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>に関する文脈ではあるが、「複数の行為者が共同で侵害の責任を負うのではなく、その内の単一主体が侵害責任を負う場合……このような類型も含めて「共同<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>」と呼ばれる場合も多いが、正確には、これは「分割侵害」(Divided Infringement)と呼ぶべきものと思われる。」と述べている。<a href="#fnref:4" rev="footnote">↩</a></li>
</ol>
</div>
tanakakohsuke
102条2項と3項との重畳適用を認めた事案 ― 知財高大判令和4年10月20日(令和2年(ネ)第10024号)
hatenablog://entry/4207112889929792269
2022-10-22T19:23:00+09:00
2022-11-20T19:02:12+09:00 はじめに 2022年10月20日に、新たな知財高裁大合議事件の判決言渡しがなされた。裁判所ウェブページには、いまだ本判決(知財高大判令和4年10月20日[令和2年(ネ)第10024号])が掲載されていない。もっとも、「判決要旨」は知財高裁ウェブページに掲載されており、判決の概要を把握することはできる。[2022-11-17追記:判決全文が知財高裁ウェブページに掲載された。] そこで、本稿では、(好ましいことではないだろうが判決自体は読まず)「判決要旨」のみに基づき、若干の検討を行なうこととする。 判決要旨からの抜粋1 102条2項適用可否 一般論 この規定[引用者注:特許法102条2項]の趣旨…
<h1 id="はじめに">はじめに</h1>
<p>2022年10月<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/20%C6%FC">20日</a>に、新たな<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁大合議事件の判決言渡しがなされた。裁判所ウェブページには、いまだ本判決(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高大判令和4年10月<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/20%C6%FC">20日</a>[令和2年(ネ)第10024号])が掲載されていない。もっとも、<a href="https://www.ip.courts.go.jp/vc-files/ip/2022/2n10024.pdf">「判決要旨」は知財高裁ウェブページに掲載されており</a>、判決の概要を把握することはできる。[2022-11-17追記:<a href="https://www.ip.courts.go.jp/vc-files/ip/2022/Re2ne10024-zen.pdf">判決全文が知財高裁ウェブページに掲載された</a>。]</p>
<p>そこで、本稿では、(好ましいことではないだろうが判決自体は読まず)「判決要旨」のみに基づき、若干の検討を行なうこととする。</p>
<h1 id="判決要旨からの抜粋1">判決要旨からの抜粋<sup id="fnref:1"><a href="#fn:1" rel="footnote">1</a></sup></h1>
<h2 id="102条2項適用可否">102条2項適用可否</h2>
<h3 id="一般論">一般論</h3>
<blockquote><p>この規定[引用者注:<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条2項]の趣旨は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者による損害額の立証等には困難が伴い、その結果、妥当な損害の填補がされないという不都合が生じ得ることに照らして、侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益の額を<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者の損害額と推定し、これにより立証の困難性の軽減を図ったものであり、<strong><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者に、侵害者による<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、</strong> <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者がその侵害行為により損害を受けたものとして、<strong><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条2項の適用が認められると解すべきである</strong>(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B9%E2%C5%F9%BA%DB%C8%BD%BD%EA">知的財産高等裁判所</a>平成25年2月1日特別部判決[引用者注:ごみ貯蔵機器事件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B5%C1%CA%BF%B3">控訴審</a>判決]、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B9%E2%C5%F9%BA%DB%C8%BD%BD%EA">知的財産高等裁判所</a>令和元年6月7日特別部判決[引用者注:<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%F3%BB%C0%B2%BD%C3%BA%C1%C7">二酸化炭素</a>含有粘性組成物事件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B5%C1%CA%BF%B3">控訴審</a>判決]参照)。そして、同項の規定の趣旨に照らすと、<strong><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が、侵害品と需要者を共通にする同種の製品であって、市場において、侵害者の侵害行為がなければ輸出又は販売することができたという競合関係にある製品(競合品)を輸出又は販売していた場合には、</strong> 当該侵害行為により<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者の競合品の売上げが減少したものと評価できるから、<strong><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者に、侵害者による<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在するものと解するのが相当である。</strong>また、<strong>かかる事情が存在するというためには、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者の製品が、特許発明の実施品であることや、特許発明と同様の作用効果を奏することを必ずしも必要とするものではないと解すべきである。</strong></p></blockquote>
<h3 id="本件事案への当てはめ">本件事案への当てはめ</h3>
<blockquote><p>控訴人は、被告製品1が輸出された時期と同じ時期に共通の仕向国へ、控訴人製品1を輸出したことが認められるところ、控訴人製品1は、「肘掛部に施療者の前腕部をマッサージする前腕部施療機構を備えた椅子式マッサージ機」である点において、被告製品1と需要者を共通にする同種の製品であって、施療者の前腕部をマッサージできるという機能が共通することに鑑みると、控訴人製品1は、上記共通の仕向国の各市場において、被告製品1が輸出されなければ輸出することができたという競合関係にある製品(競合品)であることが認められるから、控訴人製品1について、控訴人に、被控訴人による本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>Cの侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在するものと認められる。</p></blockquote>
<h2 id="102条2項による推定の覆滅">102条2項による推定の覆滅</h2>
<blockquote><p>被控訴人が被告製品1の輸出により得た利益の額(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C2%B3%A6%CD%F8%B1%D7">限界利益</a>額)は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条2項により、控訴人が受けた損害額と推定される(以下、この推定を「本件推定」という。)。<br><br>
被控訴人は、①特許発明が被告製品1の部分のみに実施されていること、②市場における競合品の存在、③市場の非同一性、④被控訴人の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、⑤被告製品1の性能(機能、デザイン等)は、本件推定の覆滅事由に該当する旨主張するところ、①及び③は、覆滅事由に該当するものと認められるが、②、④及び⑤は、覆滅事由に該当するものと認めることはできない。<br><br>
そして、上記①及び③の覆滅事由の内容、本件特許Cに係る発明の技術的意義等を総合考慮すると、被告製品1の購買動機の形成に対する本件特許Cに係る発明の寄与割合は特定の割合と認められ、この割合を超える部分については被告製品1の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C2%B3%A6%CD%F8%B1%D7">限界利益</a>額と控訴人の受けた損害額との間に相当因果関係がないものと認められる。<br><br>
したがって、本件推定は、上記限度で覆滅されるから、控訴人の同項に基づく損害額は、被告製品1の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C2%B3%A6%CD%F8%B1%D7">限界利益</a>額のうち、上記割合に相当する金額と認められる。</p></blockquote>
<h2 id="102条2項と3項との重畳適用可否">102条2項と3項との重畳適用可否</h2>
<h3 id="一般論-1">一般論</h3>
<blockquote><p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条3項は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者は、故意又は過失により自己の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害した者に対し、その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができると規定し、同条5項本文(令和元年改正<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>による改正前の同条4項本文)は、同条3項の規定は、同項に規定する金額を超える損害の賠償の請求を妨げないと規定している。そして、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者の実施許諾を得ずに、第<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BC%D4">三者</a>が業として特許発明を実施することを禁止し、その実施を排除し得る効力を有すること(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>68条参照)に鑑みると、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条3項は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が、侵害者に対し、自ら特許発明を実施しているか否か又はその実施の能力にかかわりなく、特許発明の実施料相当額を自己が受けた損害の額の最低限度としてその賠償を請求できることを規定したものであり、同項の損害額は、実施許諾の機会(ライセンスの機会。以下同じ。)の喪失による最低限度の保障としての得べかりし利益に相当するものと解される。<br><br>
一方で、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条2項の侵害者の侵害行為による「利益」の額(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C2%B3%A6%CD%F8%B1%D7">限界利益</a>額)は、侵害品の価格に販売等の数量を乗じた売上高から経費を控除して算定されることに照らすと、同項の規定により推定される<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が受けた損害額は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が侵害者の侵害行為がなければ自ら販売等をすることができた実施品又は競合品の売上げの減少による<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B0%EF%BC%BA%CD%F8%B1%D7">逸失利益</a>に相当するものと解される。<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者は、自ら特許発明を実施して利益を得ることができると同時に、第<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BC%D4">三者</a>に対し、特許発明の実施を許諾して利益を得ることができることに鑑みると、侵害者の侵害行為により<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が受けた損害は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が侵害者の侵害行為がなければ自ら販売等をすることができた実施品又は競合品の売上げの減少による<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B0%EF%BC%BA%CD%F8%B1%D7">逸失利益</a>と実施許諾の機会の喪失による得べかりし利益とを観念し得るものと解される。<br><br>
そうすると、<strong><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条2項による推定が一部覆滅される場合であっても、当該推定覆滅部分について、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が実施許諾をすることができたと認められるときは、同条3項の適用が認められると解すべきである。</strong></p></blockquote>
<h3 id="覆滅事由に応じた判断">覆滅事由に応じた判断</h3>
<blockquote><p>そして、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条2項による推定の覆滅事由には、同条1項と同様に、侵害品の販売等の数量について<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者の販売等の実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由と、それ以外の理由によって<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由があり得るものと解されるところ、上記の<strong>実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者は、特段の事情のない限り、実施許諾をすることができたと認められる</strong>のに対し、<strong>上記の販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、当該事情の事実関係の下において、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が実施許諾をすることができたかどうかを個別的に判断すべきものと解される。</strong><br><br>
……<br><br>
<strong>市場の非同一性を理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、</strong>被控訴人による被告製品1の各仕向国への輸出があった時期において、控訴人製品1は当該仕向国への輸出があったものと認められないことから、当該仕向国のそれぞれの市場において、控訴人製品1は、被告製品1の輸出がなければ輸出することができたという競合関係があるとは認められないことによるものであり、控訴人は、当該推定覆滅部分に係る輸出台数について、自ら輸出をすることができない事情があるといえるものの、<strong>実施許諾をすることができたものと認められる。</strong><br><br>
一方で、<strong>本件特許Cに係る発明が侵害品の部分のみに実施されていることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、</strong>その推定覆滅部分に係る輸出台数全体にわたって個々の被告製品1に対し本件特許Cに係る発明が寄与していないことを理由に本件推定が覆滅されるものであり、このような本件特許Cに係る発明が寄与していない部分について、<strong>控訴人が実施許諾をすることができたものと認められない。</strong><br><br>
そうすると、本件においては、<strong>市場の非同一性を理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分についてのみ、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条3項の適用を認めるのが相当である。</strong></p></blockquote>
<h1 id="検討">検討</h1>
<h2 id="102条2項適用可否-1">102条2項適用可否</h2>
<p>102条2項の適用につき、必ずしも<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者による特許発明の実施が必要ではないことは、すでに<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高大判平成25年2月1日(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%BF%C0%AE24%C7%AF">平成24年</a>(ネ)第10015号)[ごみ貯蔵機器]により判示されていた。</p>
<p>すなわち、当該判決は、「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条2項には,<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が当該特許発明の実施をしていることを要する旨の文言は存在しないこと,……,同項は,損害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設けられたものであり,また,推定規定であることに照らすならば,同項を適用するに当たって,殊更厳格な要件を課すことは妥当を欠くというべきであることなどを総合すれば,<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が当該特許発明を実施していることは,同項を適用するための要件とはいえない。……<strong><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者に,侵害者による<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条2項の適用が認められると解すべきである。</strong>」と述べていた。</p>
<p>ここで、「侵害者による<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情」とは、どのような場合に認められるのか問題となるところ、<strong>本判決が、「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が、侵害品と需要者を共通にする同種の製品であって、市場において、侵害者の侵害行為がなければ輸出又は販売することができたという競合関係にある製品(競合品)を輸出又は販売していた場合」には当該事情が認められ(102条2項の適用が認められ)ることを示した点に、一つの意義があると考えられる。</strong>加えて、競合品につき「特許発明と同様の作用効果を奏することを必ずしも必要とするものではない」と述べた点も重要であろう<sup id="fnref:2"><a href="#fn:2" rel="footnote">2</a></sup>。</p>
<h2 id="102条2項による推定の覆滅-1">102条2項による推定の覆滅</h2>
<p>102条2項による推定の覆滅について、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高大判令和元年6月7日(平成30年(ネ)第10063号)[<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%F3%BB%C0%B2%BD%C3%BA%C1%C7">二酸化炭素</a>含有粘性組成物]は、以下のように述べている。</p>
<blockquote><p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条2項における推定の覆滅については,同条1項ただし書の事情と同様に,侵害者が主張立証責任を負うものであり,侵害者が得た利益と<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たると解される。例えば,①<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性),②市場における競合品の存在,③侵害者の営業努力(ブランド力,宣伝広告),④侵害品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴)などの事情について,<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項ただし書の事情と同様,同条2項についても,これらの事情を推定覆滅の事情として考慮することができるものと解される。また,特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合においても,推定覆滅の事情として考慮することができるが,特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることから直ちに上記推定の覆滅が認められるのではなく,特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置付け,当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮してこれを決するのが相当である。</p></blockquote>
<p>本件において、被疑侵害者(=被控訴人=被告)は上記判決に沿って推定覆滅を主張したところ、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁は(発明要旨のみからは明らかではないがおそらく)具体的事実を考慮し、「特許発明が被告製品1の部分のみに実施されていること」および「市場の非同一性」のみを覆滅事由と認めたのだと考えられる。換言すると、本判決は、一般論として、「市場における競合品の存在」「被控訴人の営業努力(ブランド力、宣伝広告)」「被告製品1の性能(機能、デザイン等)」が覆滅事由として認められないと判断したのでは<strong>ない</strong>であろう。</p>
<h2 id="102条2項と3項との重畳適用可否-1">102条2項と3項との重畳適用可否</h2>
<p>102条2項と3項との重畳適用可否を考えるに際しては、まず、令和元年<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>改正を見る必要がある。</p>
<p>当該法改正前には、102条1項および2項による推定が覆滅された部分について、102条3項による重畳適用が認められるか否か議論があったところ、102条<strong>1</strong>項については、本改正により条文の全体構造が大きく変化し、<strong>基本的には</strong>重畳適用が認められる<sup id="fnref:3"><a href="#fn:3" rel="footnote">3</a></sup>ことが条文上明らかとなった。一方で、102条<strong>2</strong>項については、改正が行なわれなかった。この点につき、立案担当者は「第2項の推定が覆滅された部分に対する実施料相当額の認定については、特段の規定を措置していないが、第2項の推定が覆滅された部分についても、ライセンス機会の喪失が認められるのであれば、特段の規定の措置がなくても、新第1項と同様の認定がなされるとの解釈に基づくものである。」と述べてはいた<sup id="fnref:4"><a href="#fn:4" rel="footnote">4</a></sup>が、これに反対する見解もあった<sup id="fnref:5"><a href="#fn:5" rel="footnote">5</a></sup>。</p>
<p>このような状況において、<strong>本判決が、102条2項の推定覆滅部分についても、102条3項による重畳適用が認めたことに意義がある。</strong></p>
<p>ところで、令和元年改正による新102条<strong>1</strong>項においても、「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者又は専用実施権者が、当該<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾又は当該専用実施権者の専用実施権についての通常実施権の許諾をし得たと認められない場合」(同項2号括弧書)については、102条3項の重畳適用が認められない<sup id="fnref:6"><a href="#fn:6" rel="footnote">6</a></sup>。</p>
<p>本判決が、「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条2項による推定が一部覆滅される場合であっても、当該推定覆滅部分について、<strong><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が実施許諾をすることができたと認められるときは、</strong>同条3項の適用が認められると解すべきである。」と述べているのは、<strong>102条2項についても、102条1項と同様の基準で、102条3項の重畳適用の可否を判断することを示していると考えられる<sup id="fnref:7"><a href="#fn:7" rel="footnote">7</a></sup>。</strong></p>
<p>そして、<strong>本判決は、特許発明が被疑侵害製品の一部分のみでしか実施されていないという事情(部分実施の事情)によって102条2項の推定が覆滅された部分については、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が実施許諾をすることができなかったとして、102条3項の重畳適用を認めなかった。</strong>この判断の妥当性を含め、102条2項の推定覆滅部分のうちどの範囲にまで102条3項の重畳適用を認めるかについては、上記102条1項2号括弧書の解釈につき既に大きな議論があることと相まって、今後、(少なくとも学説上の)論点となるであろう <sup id="fnref:8"><a href="#fn:8" rel="footnote">8</a></sup>。</p>
<p>なお、本判決よりも少し前のものであるが、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高判令和4年6月<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/20%C6%FC">20日</a>(令和3年(ネ)第10088号等)は、「競合品の存在を理由とする同項[引用者注:102条2項]の推定の覆滅は、侵害品が販売されなかったとしても、侵害者及び<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者以外の競合品が販売された蓋然性があることに基づくものであるところ、競合品が販売された蓋然性があることにより推定が覆滅される部分については、そもそも<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者である被控訴人が控訴人に対して許諾をするという関係に立たず、同条3項に基づく実施料相当額を受ける余地はないから、重畳適用の可否を論ずるまでもな」い、と述べ、競合品存在による102条2項の推定覆滅部分について102条3項の重畳適用を認めなかった<sup id="fnref:9"><a href="#fn:9" rel="footnote">9</a></sup>。</p>
<p>最後に、本判決は(102条3項の重畳適用可否について)「販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、当該事情の事実関係の下において、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が実施許諾をすることができたかどうかを<strong>個別的に</strong>判断すべきもの」と述べるが、「事情」を個別的に切り分けて、(102条2項の推定覆滅の度合いを算出した後)102条3項の重畳適用可否を判断するのが、妥当なのか(個々の「事情」を総合考慮して推定覆滅の度合いを判断するのが妥当ではないか)、そもそも実務的・現実的に個々の「事情」を切り分けて推定覆滅の度合いを算出することが可能なのか、やや疑問に感じる。</p>
<p>[以下、2022-11-20追記]</p>
<p>上記で「個々の「事情」を総合考慮して推定覆滅の度合いを判断するのが妥当ではないか」と述べたが、以下の通り、本判決でも「総合考慮」して、推定覆滅の度合いを判断していたので、この点を訂正する(以下は、「判決要旨」ではなく、判決からの引用である)。</p>
<blockquote><p>以上のとおり、本件各発明Cは、椅子式マッサージ機の構造のうち、「肘掛部の前腕部施療機構」に関する発明であり、被告製品1においては、「腕ユニット」(肘掛部)及びアームレスト(手掛け部)に係る部分のみに実施されていること、平成26年5月から令和3年3月までの間に輸出された被告製品1のうち、控訴人製品1が輸出されていない仕向国への輸出分(合計……台)があること(市場の非同一性)は、本件推定の覆滅事由に該当すること、本件各発明Cの前腕部施療機構におけるスムーズな前腕部の載脱が可能となり、施療者が起立及び着座を快適に行うことができるという効果は、椅子式マッサージ機の基本的な機能であるマッサージ機能そのものではなく、「腕部」のマッサージを行う際の付随的なものであり、また、本件各発明Cの技術的意義は高いとはいえず、被告製品1の購買動機の形成に対する本件各発明Cの寄与は限定的であること、控訴人製品1が輸出されていない仕向国への輸出分(合計……台)は、被告製品1の輸出台数(……台)の7%に相当することを<strong>総合考慮すると</strong>、被告製品1の購買動機の形成に対する本件各発明Cの寄与割合は<strong>1割と認めるのが相当</strong>であり、上記寄与割合を超える部分については、被告製品1の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C2%B3%A6%CD%F8%B1%D7">限界利益</a>額と控訴人の受けた損害額との間に相当因果関係がないものと認められる。<br>したがって、本件推定は、上記限度で覆滅されるものと認められるから、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条2項に基づく控訴人の損害額は、……、被告製品1の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C2%B3%A6%CD%F8%B1%D7">限界利益</a>額の1割に相当する合計……円と認められる。</p></blockquote>
<p>もっとも、このように一旦「総合考慮」により特定した「推定覆滅部分」について、102条3項の重畳適用の可否を判断する際に、「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が実施許諾をすることができたかどうかを個別的に判断」することが一般に可能なのか<sup id="fnref:10"><a href="#fn:10" rel="footnote">10</a></sup>、疑問は一層深まることとなった。</p>
<h1 id="更新履歴">更新履歴</h1>
<ul>
<li>2022-10-22 公開</li>
<li>2022-10-31 「競合品」に関する<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%E6%BB%B3%BF%AE%B9%B0">中山信弘</a>『<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>〔第4版〕』の見解を注釈に追記</li>
<li>2022-11-17 判決全文が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁ウェブページに掲載された旨を追記</li>
<li>2022-11-20 「検討」の末尾に追記</li>
</ul>
<div class="footnotes">
<hr/>
<ol>
<li id="fn:1">
項名は引用者による。また、強調も引用者による。<a href="#fnref:1" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:2">
なお、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%E6%BB%B3%BF%AE%B9%B0">中山信弘</a>『<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>〔第4版〕』(弘文堂,2019)は、102条1項および2項の適用が認められる「競合品」としては「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>と目的や効果が同じであるということを要件とすべきであろう。」(1項につき399頁、2項も1項と同様であることにつき415頁)と述べている。<a href="#fnref:2" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:3">
正確には、新102条1項では、同項新1号の額と新2号の額との合計額が損害額として認められるようになった。<a href="#fnref:3" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:4">
<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%C4%A3">特許庁</a>総務部総務課制度審議室編『令和元年 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>等の一部改正 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%BA%B6%C8%BA%E2%BB%BA%B8%A2">産業財産権</a>法の解説』(発明推進協会,2020)25頁。<a href="#fnref:4" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:5">
<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%E2%CE%D3%CE%B6">高林龍</a>「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害の損害賠償に関する2件の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁大合議判決回顧」L&T別冊8号(2022)58頁以下。<a href="#fnref:5" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:6">
正確には、新102条1項2号による額の算定の際に、この場合は除かれる。<a href="#fnref:6" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:7">
本判決が「実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者は、特段の事情のない限り、実施許諾をすることができたと認められる」と述べている点も、102条2項を、102条1項とパラレルに考えることを示唆している(102条1項1号および2号参照)。<a href="#fnref:7" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:8">
ただし、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高大判令和2年2月28日(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%BF%C0%AE31%C7%AF">平成31年</a>(ネ)第10003号)[美容器]では、部分実施の事情は102条1項(当該判決当時の本文、現1号)の「単位数量当たりの利益の額」の算定において考慮しており、この立場の下では、(新102条1項の条文構造上)部分実施の事情と1項2号括弧書の解釈とは関わりがないこととなる。<a href="#fnref:8" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:9">
本判決の存在は、宮脇正晴 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CE%A9%CC%BF%B4%DB%C2%E7%B3%D8">立命館大学</a>教授に教えていただいた。<a href="#fnref:9" rev="footnote">↩</a></li>
<li id="fn:10">
本件については、「控訴人製品1が輸出されていない仕向国への輸出分」=「被告製品1の輸出台数(……台)の7%」のみ、すなわち、「総合考慮」の前に既に、数値的に特定されている部分のみが、102条3項の重畳適用を認められたが、常にこのようになるとは限らないだろう。<a href="#fnref:10" rev="footnote">↩</a></li>
</ol>
</div>
tanakakohsuke
知財高判令和4年8月8日(平成31年(ネ)第10007号)における特許法102条1項の判示についての雑感
hatenablog://entry/4207112889928370754
2022-10-17T19:33:34+09:00
2022-10-17T19:33:34+09:00 はじめに 先の記事で、知財高判令和4年8月8日(平成31年(ネ)第10007号)(以下、本判決)の興味深い判示部分を摘示した。ここでは、そのうち特許法102条1項に関する判示について、私の雑感を記す。 特許法102条1項2号の性質 本判決は、「改正後の特許法102条1項2号は、実施相応数量を超える数量又は特定数量(通常実施権を許諾し得た場合に限る)に応じた実施料相当額を損害の額とするものであるところ、その実施相当額の損害が実体法上生じ得ないものとはいえないから、改正法が実体法上の請求権を新たに創設したものとはいえない。したがって、同号は、客観的には改正前から損害を構成するといえた実体法上の損害…
<h1 id="はじめに">はじめに</h1>
<p><a href="https://patent-law.hatenablog.com/entry/2022/10/16/202628">先の記事</a>で、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高判令和4年8月8日(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%BF%C0%AE31%C7%AF">平成31年</a>(ネ)第10007号)(以下、本判決)の興味深い判示部分を摘示した。ここでは、そのうち<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項に関する判示について、私の雑感を記す。</p>
<h1 id="特許法102条1項2号の性質"><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項2号の性質</h1>
<p>本判決は、「改正後の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項2号は、実施相応数量を超える数量又は特定数量(通常実施権を許諾し得た場合に限る)に応じた実施料相当額を損害の額とするものであるところ、その実施相当額の損害が実体法上生じ得ないものとはいえないから、<strong>改正法が実体法上の請求権を新たに創設したものとはいえない。したがって、同号は、客観的には改正前から損害を構成するといえた実体法上の損害を推定する規定にとどまるものといえる</strong>」(強調は引用者;以下同)と述べている。</p>
<p>「令和元年改正により、特定数量がある場合については、1号と2号の額を合計することが<strong>創設的に</strong>立法されたと理解している。」と述べる見解がある<sup id="fnref:1"><a href="#fn:1" rel="footnote">1</a></sup>ところ、本判決は、このような見解を採らないことを明言していると考えられる。</p>
<h1 id="美容器事件知財高裁大合議判決との整合">美容器事件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁大合議判決との整合</h1>
<p>本判決は、以下のように述べて、特許発明の特徴部分が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者製品には含まれていない点や、当該特徴部分が被疑侵害製品の一部しか占めない点を、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項1号の「販売することができないとする事情」として考慮している。</p>
<blockquote><p>本件発明1の特徴的技術手段は、異常発生時におけるタッチによる接点検索にすぎず、回路モニタ機能全体ではない……。……。加えて、<strong>本件発明1の特徴的技術手段である接点検索は、原告の製品にで<small>[引用者注:ママ]</small>すら実施されていない</strong>ものであり、この特徴的技術手段が原告の製品の販売に貢献していないことは明らかである。しかも、<strong>この特徴的手段である接点検索は、被告表示器A及び被告製品3の多数の機能のうち、わずか一点に関するものであって、その機能の極めて僅少な部分しか占めない。</strong>以上からすると、本件発明1の技術的特徴部分が被告表示器A及び被告製品3の販売数に大きく寄与したものとはおよそ想定し難い。また、……被告表示器A及び被告製品3が本件発明1の特徴的技術部分を備えないことによってわずかに販売数が減少したとしても、その減少数分を埋め合わせる需要が、全て一審原告の方に向かうとも想定し難い。したがって、本件では、被告表示器A及び被告製品3が本件特許1を侵害したことによって原告の製品が販売減少したとの相当因果関係は、著しい程度で阻害されると認めるべきであり、被告表示器Aの販売数の99%について<strong>販売することができないとする事情がある</strong>と認めるのが相当である。</p></blockquote>
<p>ところで、<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=5324">知財高大判令和2年2月28日(平成31年(ネ)第10003号)[美容器]</a>では、以下のように判示していた。</p>
<blockquote><p>本件のように,特許発明を実施した<strong><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者の製品において,特許発明の特徴部分がその一部分にすぎない場合</strong>であっても,<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者の製品の販売によって得られる<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C2%B3%A6%CD%F8%B1%D7">限界利益</a>の全額が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B0%EF%BC%BA%CD%F8%B1%D7">逸失利益</a>となることが事実上推定されるというべきである。……。しかし,……本件特徴部分が原告製品の販売による利益の全てに貢献しているとはいえないから,原告製品の販売によって得られる<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C2%B3%A6%CD%F8%B1%D7">限界利益</a>の全額を原告の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B0%EF%BC%BA%CD%F8%B1%D7">逸失利益</a>と認めるのは相当でなく,したがって,原告製品においては,上記の事実上の推定が一部覆滅されるというべきである。そして,上記で判示した本件特徴部分の原告製品における位置付け,原告製品が本件特徴部分以外に備えている特徴やその顧客誘引力など本件に現れた事情を総合考慮すると,同覆滅がされる程度は,全体の約6割であると認めるのが相当である。……。以上より,原告製品の<strong>「単位数量当たりの利益の額」の算定に当たっては,原告製品全体の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C2%B3%A6%CD%F8%B1%D7">限界利益</a>の額……から,その約6割を控除</strong>するのが相当であ……る。<br>……<br>「販売することができないとする事情」は,侵害行為と<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情をいい,例えば,①<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者と侵害者の業務態様や価格等に相違が存在すること(市場の非同一性),②市場における競合品の存在,③侵害者の営業努力(ブランド力,宣伝広告),④侵害品及び<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者の製品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴)に相違が存在することなどの事情がこれに該当するというべきである。</p></blockquote>
<p>すなわち、上記<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁大合議判決では、特許発明の特徴部分が<strong><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者</strong>製品の一部にしか過ぎないという点は、(102条1項の)「単位数量当たりの利益の額」の算定において考慮され、また、特許発明の特徴部分が<strong>被疑侵害</strong>製品の一部にしか過ぎないという点は「単位数量当たりの利益の額」の算定においても「販売することができないとする事情」としても(少なくとも明示的には)考慮されていない。</p>
<p>この<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁大合議判決の考えを(本判決の事案のように)特許発明の特徴部分が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者製品には含まれていない場合に(形式的に)当てはめると、「単位数量当たりの利益の額」はゼロになってしまうように思われるし、また、損害額の算定には特許発明の特徴部分が被疑侵害製品の一部しか占めない点も考慮すべきと考えられる<sup id="fnref:2"><a href="#fn:2" rel="footnote">2</a></sup>。</p>
<p>そのため、本判決のように「販売することができないとする事情」にこれら事情<small>(特許発明の特徴部分が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者製品には含まれていない点、および、当該特徴部分が被疑侵害製品の一部しか占めない点)</small>を含めて考慮するのが妥当と思われるが、上記<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁大合議判決との整合性が気になるところではある。いちおう、本判決は、あくまでも間接侵害についての102条1項の適用を述べたもので、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>についての<small>(しかも令和元年改正前の)</small>102条1項の適用を述べた<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁大合議判決とは事案が異なる、とは言えるのかも知れないが……。</p>
<h1 id="更新履歴">更新履歴</h1>
<ul>
<li>2022-10-17 公開</li>
</ul>
<div class="footnotes">
<hr/>
<ol>
<li id="fn:1">
<p>高部眞規子『実務詳説 特許関係訴訟〔第4版〕』(きんざい,2022)296頁。<a href="#fnref:1" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:2">
<p><a href="https://www.westlawjapan.com/column-law/2020/200731/">田村善之「知財高大判令和2年2月28日判批」(2020)</a>参照。<a href="#fnref:2" rev="footnote">↩</a></p></li>
</ol>
</div>
tanakakohsuke
多機能型間接侵害および間接侵害への特許法102条の適用について判示した事案 ― 知財高判令和4年8月8日(平成31年(ネ)第10007号)
hatenablog://entry/4207112889928072726
2022-10-16T20:26:28+09:00
2022-10-17T18:29:32+09:00 はじめに 本判決(知財高判令和4年8月8日[平成31年(ネ)第10007号])は、多機能型間接侵害(特許法101条2号)および特許法102条について、興味深い判示をしているため、備忘録として本稿を記す。 「記す」と言っても、「事件の経緯」以下、項名以外は、全て判決文の引用1(ただし強調は引用者による)である。なお、本判決は原判決(大阪地判平成30年12月13日[平成27年(ワ)第8974号])を引用している箇所が多々あるところ、以下では(本判決の引用する)原判決部分も特に断りを入れずに記載している2。 事件の経緯 本件は、……発明の名称を「プログラマブル・コントローラにおける異常発生時にラダー…
<h1 id="はじめに">はじめに</h1>
<p>本判決(<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=5833">知財高判令和4年8月8日[平成31年(ネ)第10007号]</a>)は、多機能型間接侵害(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条2号)および<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条について、興味深い判示をしているため、備忘録として本稿を記す。</p>
<p>「記す」と言っても、「事件の経緯」以下、項名以外は、全て判決文の引用<sup id="fnref:1"><a href="#fn:1" rel="footnote">1</a></sup>(ただし強調は引用者による)である。なお、本判決は原判決(<a href="https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=88263">大阪地判平成30年12月13日[平成27年(ワ)第8974号]</a>)を引用している箇所が多々あるところ、以下では(本判決の引用する)原判決部分も特に断りを入れずに記載している<sup id="fnref:2"><a href="#fn:2" rel="footnote">2</a></sup>。</p>
<h1 id="事件の経緯">事件の経緯</h1>
<p>本件は、……発明の名称を「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D7%A5%ED%A5%B0%A5%E9%A5%DE%A5%D6%A5%EB">プログラマブル</a>・コントローラにおける異常発生時にラダー回路を表示する装置」とする特許(本件第1特許)の請求項1に係る発明(本件発明1)についての<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>(本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>1)……を有する一審原告が、一審被告に対し、①原判決別紙被告製品目録記載1ないし3及び5ないし7の表示装置(被告製品1-1ないし3、被告製品2-1ないし3。被告表示器)、②同目録記載4及び8の、パソコンを画面操作装置として機能させるソフトウェアのライセンスキー(被告製品1-4及び2-4)、③同目録記載9及び10の、被告表示器用のOSやプロジェクトデータ作成等のためのソフトウェア(被告製品3-1及び2。両者を併せて被告製品3。)、並びに④同目録記載11の被告表示器用のプロジェクトデータ作成支援ツール(被告製品4)を生産、譲渡等することが本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>1ないし4の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>又は間接侵害に当たるとして、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>100条1項及び2項に基づいて、被告各製品の生産、譲渡、貸渡し等の差止めを求めるとともに、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%D4%CB%A1%B9%D4%B0%D9">不法行為</a>に基づく損害賠償として、内金5億5000万円及びこれに対する本件訴状送達日の翌日である平成27年9月26日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%B1%CB%A1">民法</a>所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。</p>
<p>……原判決は、被告製品3をインストールした被告製品1-1、被告製品1-2、被告製品2-1及び被告製品2-2(被告表示器A)が本件発明1の技術的範囲に属するとした上で、被告製品3の生産、譲渡等が本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>1に対する<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条2号の間接侵害に当たるとして、一審被告に対し、被告製品3の生産、譲渡の差止め、被告製品3に係るプログラムの使用許諾の差止め、及び被告製品3の廃棄を命じるとともに、損害賠償として4702万8368円及びこれに対する遅延損害金の支払を命じ、その余の一審原告の請求をいずれも棄却した。</p>
<p>……一審原告及び一審被告の双方が、原判決を不服として、原判決中の各敗訴部分全部の取消しを求めて、それぞれ本件各控訴を提起した。分全部の取消しを求めて、それぞれ本件各控訴を提起した。<br>
当審係属中、一審原告は、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>1……に係る差止め及び廃棄の請求を取り下げた<sup id="fnref:3"><a href="#fn:3" rel="footnote">3</a></sup>。</p>
<h1 id="本件発明1">本件発明1</h1>
<p>一審被告は、……本件発明1についての特許について特許無効審判請求(無効2018-800131号)をした(……)。一審原告は、……訂正前発明1についての特許を無効とする旨の審決の予告を受けたので……訂正請求をした(以下、この訂正請求に係る訂正を「本件訂正」という。……)。……<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%C4%A3">特許庁</a>は、……、本件訂正を認め、一審被告の無効審判請求は成り立たない旨の審決(以下「本件審決」という。)をし、……、本件審決は確定した(……)。本件訂正後の本件第1特許の請求項1の発明(以下「本件発明1」という。)の構成要件は、次のとおり分説される(……)。</p>
<ul>
<li>1A 機械・装置・設備等の制御対象を制御する<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D7%A5%ED%A5%B0%A5%E9%A5%DE%A5%D6%A5%EB">プログラマブル</a>・コントローラにおいて用いられる表示装置であって、</li>
<li>1B′前記制御対象の異常現象の発生をモニタするプログラムであって、当該異常現象が発生したのに対応して、前記<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D7%A5%ED%A5%B0%A5%E9%A5%DE%A5%D6%A5%EB">プログラマブル</a>・コントローラの対応するアドレスのデータが変化したことを認識するプログラムと、
-1C そのプログラムで異常現象の発生がモニタされたときにモニタされた異常現象に対応する異常種類を表示する手段と、</li>
<li>1D 表示された1又は複数の異常種類から1の異常種類に係る異常名称をタッチして指定するタッチパネルと、</li>
<li>1E 異常種類が当該タッチにより指定されたときにその指定された異常種類に対応する異常現象の発生をモニタしたラダー回路を表示する手段と、を有し、</li>
<li>1F 前記ラダー回路を表示する手段は、表示されたラダー回路の入出力要素のいずれかをタッチして指定する前記タッチパネルと、表示されたラダー回路の入力要素が当該タッチにより指定されたときにその入力要素を出力要素とするラダー回路を検索して表示し、表示されたラダー回路の出力要素が当該タッチにより指定されたときにその出力要素を入力要素とするラダー回路を検索して表示する手段を含む</li>
<li>1G ことを特徴とする表示装置。</li>
</ul>
<h1 id="被疑侵害製品">被疑侵害製品</h1>
<p>被告表示器は,<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D7%A5%ED%A5%B0%A5%E9%A5%DE%A5%D6%A5%EB">プログラマブル</a>表示器であり,工場等における設備機械を制御する制御装置である<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D7%A5%ED%A5%B0%A5%E9%A5%DE%A5%D6%A5%EB">プログラマブル</a>・コントローラ(設備機械のアクチュエータ等の動作等のON/OFF信号,位置信号等を,設備機械の動作プログラムに従って受発信し,かつ当該動作プログラムが記憶されている装置。以下「PLC」という。)等の状態を表示(モニタ)するとともに,PLC等に指令信号を送る機器(表示操作装置)である。被告表示器は,PLCに接続することによって,PLCによる設備機械の制御状態を可視化するとともに,設備機械の操作盤としても機能するほか,<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%A4%A5%B3%A5%F3">マイコン</a>ボードやロボットコントローラー等にも接続することができ,その場合には,それらの設備機器について動作の制御やモニタを行うことができる。</p>
<p>……被告製品3は,被告表示器(……)専用の画面作成ソフトウェアである。これには被告表示器のOS(基本機能OS及び拡張/オプション機能OS)とその他のソフトウェアが含まれている。ユーザは,被告製品3をパソコンにインストールし,その中の「GT Designer3」というソフトウェアを使用して,パソコンで被告表示器のプロジェクトデータ(画面データや動作設定など,被告表示器に表示させるデータの集まり。……)を作成する。
そして,被告表示器は,ユーザが被告表示器に被告製品3を用いて基本機能OSをインストールしなければ全く機能しない。また,被告製品3に格納されているOS及び同製品によって作成されるプロジェクトデータは,被告表示器以外の表示器には全く適用できない。</p>
<h1 id="構成要件充足性">構成要件充足性</h1>
<p>当裁判所も、被告製品3のOSがインストールされた被告表示器Aは、本件発明1の構成要件を全て充足すると認定する。</p>
<p>……回路モニタ機能等が使用可能な状態となった被告表示器Aは,本件発明1の技術的範囲に属する。</p>
<p>なお,被告は,本件発明1の技術的範囲に属する物であるためには,所定のプロジェクトデータもインストールされた状態になっている必要があると主張する。確かに,実際に被告表示器が動作するには何らかのプロジェクトデータがインストールされる必要があるが,本件発明1においてプロジェクトデータ自体は発明特定事項とはされていないから,その技術的範囲に属する物としては,プロジェクトデータをインストールすれば回路モニタ機能等が使用できる表示装置であれば足り,プロジェクトデータ自体がインストールされている必要はなく,基本機能OSと拡張/オプション機能OSのうちの回路モニタ機能部分がインストールされていれば足りると解するのが相当である(ただし,前記認定事実からすると,回路モニタ機能等を使用するプロジェクトデータのインストールなしに,拡張/オプション機能OSのうちの回路モニタ機能部分がインストールされる事態が生じることは実際上は考え難いが,理論的には上記のとおりと解するのが相当である。)。</p>
<h1 id="直接侵害の成否"><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>の成否</h1>
<p>当裁判所も、被告表示器A、被告製品3の製造、販売等の行為が本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>1についての<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>に該当するものではないと判断する。</p>
<p>……被告表示器A,被告製品3は,それらが個別に販売される場合はもとより,同一の機会に販売される場合であっても,被告製品3の基本機能OS及び拡張/オプション機能OSのうちの回路モニタ機能等部分のインストールがいまだされない状態であるから,それらは<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品(実施品)としての構成を備えるに至っておらず,それを備えるにはユーザによるインストール行為が必要である。</p>
<p>このような場合,確かに,ユーザの行為により物の発明に係る<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品(すなわち実施品)が完成する場合であっても,そのための全ての構成部材を製造,販売する行為が,<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>行為と同視すべき場合があることは否定できない。</p>
<p>しかし,構成部材を製造,販売する行為を<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>行為(すなわち実施品の製造,販売行為)と同視するということは,ユーザが構成部材から実施品を完成させる行為をもって構成部材の製造,販売とは別個の生産行為と評価せず,構成部材の製造,販売による因果の流れとして,構成部材の製造,販売行為の中に実質的に包含されているものと評価するということであるから,そのように評価し得るためには,製造,販売された構成部材が,それだけでは<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品(実施品)として完成してはいないものの,ユーザが当然に予定された行為をしてそれを組み合わせるなどすれば,必ず発明の技術的範囲に属する<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品が完成するものである必要があると解するのが相当である。<strong>換言すれば,ユーザの行為次第によって<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品が完成するかどうかが左右されるような場合には,構成部材の製造,販売に包含され尽くされない選択行為をユーザが行っているのであるから,構成部材を製造,販売した者が間接侵害の責任を負うことはあっても,<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>の責任を負うことはないと解すべきである。</strong></p>
<p>……以上のことを踏まえると,被告が販売した被告表示器Aや被告製品3だけでは,直ちに本件発明1の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品(実施品)が完成するわけではないし,ユーザが被告表示器Aを被告製のPLCに接続した上で,被告製品3の拡張/オプション機能OSのうちの回路モニタ機能等部分をインストールすることが必ず予定された行為であると認めることもできない。したがって,ユーザの行為によって<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品が完成するかどうかが左右されるような場合に該当するといわざるを得ない。</p>
<p>……以上に対し原告は,被告が被告製品1や2等のカタログにおいて,回路モニタ機能等を強調していることや,被告表示器Aが他の被告製品と比べて高額であること等からすると,本件発明1を全く実施しないという使用態様が被告表示器Aと被告製品3のユーザの下で経済的,商業的又は実用的な使用形態としてあるとは認められないと主張している。……本件発明1を全く実施しないという使用態様が,被告表示器Aと被告製品3の経済的,商業的又は実用的な使用形態でないと認めることはできないから,原告の上記主張は採用できない。</p>
<p>……以上より,<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>の成立は認められない。したがって,仮に被告表示器Aと被告製品3の販売行為を実質的にセット販売と評価し得るとしても,その販売行為をもって本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>1の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>行為と評価することはできない。……以上より,被告による被告表示器Aと被告製品3の製造,販売等の行為は本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>1の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>行為に該当しない。</p>
<h1 id="101条1号の間接侵害の成否">101条1号の間接侵害の成否</h1>
<p>当裁判所も、被告表示器A及び被告製品3の製造、販売等の行為は、いずれも本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>1についての<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条1号の間接侵害に該当するものではないと判断する。</p>
<p>……本件発明1を全く実施しないという使用態様が,被告表示器Aと被告製品3の経済的,商業的又は実用的な使用形態でないと認めることはできない。なお,原告は,被告表示器Aや被告製品3のユーザにおいて,回路モニタ機能等を全く使わずにそれらを使用し続けることはあり得ないと主張するが,……そのような事態があり得ないとはいえない。</p>
<p>また,本件発明1は,「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D7%A5%ED%A5%B0%A5%E9%A5%DE%A5%D6%A5%EB">プログラマブル</a>・コントローラにおいて用いられる表示装置」,すなわちPLCに接続される表示装置の発明であるところ,被告表示器AはPLC以外の機器にも接続可能であり,ユーザは被告製のC70シリーズの数値制御装置等と接続した場合にも回路モニタ機能等を使用することができる。それだけでなく,被告表示器Aは他社のPLCと接続することも可能であり,そのような接続をした場合には,そもそも回路モニタ機能等は使用できない。したがって,以上のような場合がある以上,必ずユーザによって<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>行為が惹起されるとは限らない。</p>
<p>そして,その他に被告表示器Aや被告製品3が本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>1の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品の生産に「のみ」用いる物に当たることを基礎付けるに足りる事情も認められない。</p>
<p>したがって,<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条1号の間接侵害は成立しない。</p>
<h1 id="101条2号の間接侵害の成否">101条2号の間接侵害の成否</h1>
<h2 id="生産に用いる物">「生産に用いる物」</h2>
<p>被告表示器Aや被告製品3は本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>1の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品(実施品)の「生産に用いる物」に当たると認められるが、本件では、これらが本件発明1による「課題の解決に不可欠なもの」(課題解決不可欠品)に当たるか否かが争いとなっている。</p>
<h2 id="発明による課題の解決に不可欠なもの">「発明による課題の解決に不可欠なもの」</h2>
<h3 id="課題解決不可欠品の意義">課題解決不可欠品の意義</h3>
<p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条2号において、その生産、譲渡等を侵害行為とみなす物を「発明による課題の解決に不可欠なもの」とした趣旨は、同号が対象とする物が、侵害用途のみならず非侵害用途にも用いることができるものであることから、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の効力の不当な拡張にならないよう、譲渡等の行為を侵害行為とみなす物(間接侵害品)を、発明という観点から見て重要な部品、道具、原料等(以下「部品等」という。)に限定する点にあり、そのために、単に「発明の実施に不可欠なもの」ではなく、「発明による課題の解決に不可欠なもの」と規定されていると解される。</p>
<p>この趣旨に照らせば、<strong>「発明による課題の解決に不可欠なもの」(課題解決不可欠品)とは、それを用いることにより初めて「発明の解決しようとする課題」が解決されるような部品等、換言すれば、従来技術の問題点を解決するための方法として、当該発明が新たに開示する特徴的技術手段について、当該手段を特徴付けている特有の構成等を直接もたらす特徴的な部品等が、これに該当するものと解するのが相当である。</strong></p>
<p>……<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条2号は、間接侵害品を当該発明の特徴的部分を特徴付ける特有の構成等を直接もたらす特徴的な部品等に限定していると解されるが、<strong>「部品等」の範囲は、物理的又は機能的な一体性を有するか否かを社会的経済的な側面からの観察を含めて決定されるべきものであり、ある部材が既存の部品等であっても、当該発明の課題解決に供する部品等として用いるためのものとして製造販売等がされているような場合には、当該部材もまた当該発明による課題の解決に不可欠なものに該当すると解すべきものである。</strong>なぜならば、特徴的な部品等といえども公知の部品等が組み合わせられているにすぎない場合が多いところ、一体性を有するものも形式的に分離できるのであれば直ちに間接侵害の適用が排除されるとすると、間接侵害の規定が及ぶ範囲を極度に限定することとなり、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>が間接侵害を<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害とみなして<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の保護を認めた趣旨に著しく反することになるからである。</p>
<p>……被告製品3は、拡張/オプション機能OSのうちの回路モニタ機能等部分を格納しており、これが被告表示器Aにインストールされることによって、被告表示器Aにおいて回路モニタ機能等の使用が可能となるものである。そして、被告製品3の回路モニタ機能等部分とこれを除く他の部分とは、物理的にかつ機能的にも一体性を有するものと認められる。</p>
<p>そうすると、被告製品3は、全体として、本件発明1の特徴的技術手段を直接もたらす特徴的部品であると認められる。</p>
<p>したがって、<strong>被告製品3は本件発明1の課題解決不可欠品に当たる。</strong></p>
<p>……本件発明1が新たに開示する特徴的技術手段である、異常発生時のタッチによる接点検索との構成は、被告表示器Aと被告製品3の双方があって初めて実現し得る構成である。そして、一審被告が自認するとおり、回路モニタ機能等を実現するために被告表示器AにインストールできるOSは被告製品3のみであり、同機能の実現のために被告製品3がインストールできる表示器は被告表示器Aのみであるから(……)、<strong>上記構成を実現するように被告表示器Aが機能し得るのは、被告製品3のOSがインストールされた場合であり、かつ、その場合に限る。その上、被告表示器Aと被告製品3は、いずれも一審被告が生産、販売するものであり、一審被告は上記のような構成を熟知し、あえてこのような構成を選択し、かつ、顧客に両者を提供しているものといえる。</strong></p>
<p>以上からすると、<strong>被告表示器Aと被告製品3とは、たまたま物理的に別個の製品とされたことにより、一つの機能が複数の部品に分属させられているものの、本来的には、被告表示器Aは、被告製品3と機能的一体不可分の関係にあるものであって、独立した製品とされていたとしても、本件発明1の特徴的技術手段を直接もたらす特徴的部品等を構成するものであるというべきである。</strong></p>
<p>したがって、<strong>被告表示器Aは本件発明1の課題解決不可欠品である<sup id="fnref:4"><a href="#fn:4" rel="footnote">4</a></sup>。</strong></p>
<h3 id="汎用品該当性">汎用品該当性</h3>
<p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条2号が「日本国内において広く一般に流通しているもの」を間接侵害の対象物から除く趣旨は、市場において一般に入手可能な状態にある規格品や普及品まで間接侵害の対象とするのでは取引の安定性の確保の観点から好ましくないとの点にあるところ、被告表示器A及び被告製品3がそのような規格品、普及品であるとは認められないから、回路モニタ機能が汎用的な機能であったとしても、被告表示器A及び被告製品3が汎用品に該当することはない。</p>
<h2 id="直接侵害品が生産される条件"><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品が生産される条件</h2>
<p>「発明の実施に用いられることを知りながら」(主観的要件②)との検討に当たり、まず、被告表示器A及び被告製品3が本件発明1の実施(生産)に用いられる条件について検討する。</p>
<p>……このように、被告表示器Aを購入等するユーザは必ず被告製品3を購入等すること、回路モニタ機能が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D7%A5%ED%A5%B0%A5%E9%A5%DE%A5%D6%A5%EB">プログラマブル</a>表示器に本来的に要請される機能であること、一審被告がワンタッチ回路ジャンプ機能を宣伝広告のポイントとしていたこと、被告表示器A及び被告製品3を購入等したユーザは回路モニタ機能等を用いることを強く動機付けられ、その機能がインストールされる可能性もかなり高いといえること、そして、回路モニタ機能等を利用できる機器環境にあるユーザの割合がかなり高く見込まれることに鑑みると、<strong>被告表示器A又は被告製品3を購入等するユーザのうち例外的とはいえない範囲の者が本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>1の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品の生産をする高度の蓋然性があると推認され</strong>、これを覆すに足りる主張立証はないというべきである。</p>
<h2 id="主観的要件">主観的要件</h2>
<p>当裁判所も、一審被告が、平成25年4月2日以降、本件発明1が「特許発明であることを知りながら」(主観的要件①)、かつ、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>1の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品の生産に用いる被告表示器A及び被告製品3が本件発明1の「発明の実施に用いられることを知りながら」(主観的要件②)、それらを生産、譲渡等していたものと判断する。</p>
<p>……<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条2号においては,「発明が特許発明であること」(主観的要件①)及び発明に係る<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品の生産に用いる「物がその発明の実施に用いられること」(主観的要件②)を知りながら,その生産,譲渡等をすることが間接侵害の成立要件として規定されている。</p>
<h3 id="特許発明であることを知りながら主観的要件">「特許発明であることを知りながら」(主観的要件①)</h3>
<p>……まず,特許発明について特許請求の範囲の訂正があった場合には,訂正後の特許請求の範囲に係る発明を知った時に主観的要件①を満たすことになるのか,それとも,訂正前の特許請求の範囲に係る発明を知っていれば,特許請求の範囲が訂正された後の発明との関係でも,主観的要件①を満たすことになるのかを検討する。</p>
<p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条2号が主観的要件①を間接侵害の要件とした趣旨は,同号の対象品は適法な用途にも使用することができる物であることから,部品等の販売業者に対して,部品等の供給先で行われる他人の実施内容についてまで,<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>が存在するか否かの注意義務を負わせることは酷であり,取引の安全を害するとの点にある。</p>
<p>他方,特許請求の範囲等の訂正は,特許請求の範囲の減縮や誤記等の訂正等を目的とするものに限られ(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>126条1項),特許請求の範囲等の訂正は,願書に(最初に)添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならず(同条5項),かつ,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものであってはならないとされている(同条6項)。そして,特許請求の範囲等の訂正をすべき旨の審決が確定したときは,その訂正後における特許請求の範囲により<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の設定の登録がされたものとみなされる(同法128条)。</p>
<p>以上のように,特許請求の範囲の訂正が認められる場合が上記のように限定されていることを踏まえると,<strong>訂正前の特許請求の範囲に係る特許発明を知っていれば,特許請求の範囲が訂正された後の特許発明との関係でも,主観的要件①を満たすことになると解するのが相当である。</strong>このように解しても,<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条2号が主観的要件①を求めた趣旨に反するわけではないし,第<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BC%D4">三者</a>にとって不意打ちとなることもないからである。</p>
<p>……以上のような事実関係に照らせば,被告が本件第1特許の登録時に訂正前の本件発明1の存在を知っていたとまで推認することはできない。そして,平成25年4月2日にされた原告から被告への警告書の送付以外に,被告が訂正前の本件発明1の存在を認識し得たことをうかがわせる事情は認められない。</p>
<h3 id="発明の実施に用いられることを知りながら主観的要件">「発明の実施に用いられることを知りながら」(主観的要件②)</h3>
<p>……まず、どのような場合に主観的要件②を満たすものと考えるべきか、すなわち、適法な用途にも使用することができる物の生産、譲渡等が「発明の実施に用いられることを知りながら」したといえるのはどのような場合かについて検討する。</p>
<p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条2号の間接侵害は、適法な用途にも使用することができる物(多用途品)の生産、譲渡等を間接侵害と位置付けたものであるが、その成立要件として、主観的要件②を必要としたのは、対象品(部品等)が適法な用途に使用されるか、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害する用途ないし態様で使用されるかは、個々の使用者(ユーザ)の判断に委ねられていることから、当該物の生産、譲渡等をしようとする者にその点についてまで注意義務を負わせることは酷であり、取引の安全を著しく欠くおそれがあることから、いたずらに間接侵害が成立する範囲が拡大しないように配慮する趣旨と解される。</p>
<p>このような趣旨に照らせば、単に当該部品等が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害する用途ないし態様で使用される一般的可能性があり、ある部品等の生産、譲渡等をした者において、そのような一般的可能性があることを認識、認容していただけで、主観的要件②を満たすと解するのでは、主観的要件②によって多用途品の取引の安全に配慮することとした趣旨を軽視することになり相当でなく、これを満たすためには、<strong>一般的可能性を超えて、当該部品等の譲渡等により<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害が惹起される蓋然性が高い状況が現実にあり、そのことを当該部品等の生産、譲渡等をした者において認識、認容していることを要すると解するべきである。</strong></p>
<p>他方、主観的要件②について、部品等の生産、譲渡等をする者において、当該部品等の個々の生産、譲渡等の行為の際に、当該部品等が個々の譲渡先等で現実に特許発明の実施に用いられることの認識を必要とすると解するのでは、当該部品等の譲渡等により<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害が惹起される蓋然性が高い状況が現実にあることを認識、認容している場合でも、個別の譲渡先等の用途を現実に認識していない限り<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の効力が及ばないこととなり、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>につながる蓋然性の高い予備的行為に<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の効力を及ぼすとの<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条2号のそもそもの趣旨に沿わないと解される。</p>
<p>以上を勘案すると、<strong>主観的要件②が認められるためには、当該部品等の性質、その客観的利用状況、提供方法等に照らし、当該部品等を購入等する者のうち例外的とはいえない範囲の者が当該製品を<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害に利用する蓋然性が高い状況が現に存在し、部品等の生産、譲渡等をする者において、そのことを認識、認容していることを要し、またそれで足りると解するのが相当であり</strong>、このように解することは、「その物がその発明の実施に用いられることを知りながら」との文言に照らしても、不合理とはいえない。</p>
<p>……以上によれば、一審被告は、被告表示器A及び被告製品3が本件発明1の実施に用いられることを知りながら、その生産、譲渡等をし、また、被告製品3に係るコンピュータ・プログラムを使用許諾(プログラムにおいては、使用許諾が貸渡しに当たると解される。)したと認められる。</p>
<p>したがって、一審被告による平成25年4月2日以降の被告表示器A及び被告製品3の生産、譲渡等について<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条2号の間接侵害が成立する。</p>
<h1 id="102条1項に基づく損害">102条1項に基づく損害</h1>
<h2 id="適用関係">適用関係</h2>
<p>存続期間の満了により、<strong>本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>1の侵害行為は令和2年3月31日までに終了しているところ、令和元年法律第3号による改正後の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項は令和2年4月1日から施行されたものであるが、改正法附則には経過措置がないことから、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>1の侵害行為には、上記改正後の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項が適用される。</strong></p>
<p>一審被告は、改正法を遡及適用せずに旧1項を適用すべきであると主張するが(……)、<strong>改正後の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項2号は、実施相応数量を超える数量又は特定数量(通常実施権を許諾し得た場合に限る)に応じた実施料相当額を損害の額とするものであるところ、その実施相当額の損害が実体法上生じ得ないものとはいえないから、改正法が実体法上の請求権を新たに創設したものとはいえない。</strong>したがって、同号は、客観的には改正前から損害を構成するといえた実体法上の損害を推定する規定にとどまるものといえるから、一審被告の上記主張を採用することはできない。</p>
<h2 id="間接侵害への102条1項の適用可否">間接侵害への102条1項の適用可否</h2>
<p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項本文は、侵害者が「侵害の行為を組成した物」を「譲渡した…数量」に、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等が「その侵害行為がなければ販売することができた物」の「単位数量当たりの利益の額」を乗じて得た額を、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等が受けた損害の額とすることができる旨を定める。この規定は、侵害行為がなければ<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等が利益を得たであろうという関係があり、そのために<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等に損害が発生したと認められることを前提に、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等の損害額の立証負担を軽減する趣旨に基づくものであるが、そこに定める損害額の算定方法からすると、これにより算定される損害の額は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等の「その侵害行為がなければ販売することができた物」の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B0%EF%BC%BA%CD%F8%B1%D7">逸失利益</a>に係る損害の額であることを前提にしており、さらに、侵害者の「侵害の行為を組成した物」の譲渡行為と<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等の「その侵害行為がなければ販売することができた物」の販売行為とが同一の市場において競合する関係にあることも前提としているものと解される。</p>
<p>他方、物の発明に係る間接侵害が対象とするのは、実施品の「生産に用いる物」の譲渡等であり、実施品を構成する部品だけでなく、実施品を生産するための道具や原料等の譲渡等もこれに含まれるから、必ずしも侵害者の間接侵害品の譲渡行為と<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等の製品(部品等のこともあれば完成品のこともある)の販売行為とが同一の市場において競合するとは限らない。そして、本件のように間接侵害品が部品であり、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等が販売する物が完成品である場合には、前者は部品市場、後者は完成品市場を対象とするものであるから、両者の譲渡・販売行為が、直接的には、同一の市場において競合するわけではない。しかし、この場合も、<strong>間接侵害品たる部品を用いて生産された<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品たる実施品と、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等が販売する完成品とは、間接的には、同一の完成品市場の利益をめぐって競合しており、いずれにも同じ機能を担う部品が包含されている。そうすると、完成品市場における部品相当部分の市場利益に関する限りでは、間接侵害品たる部品の譲渡行為は、それを用いた完成品の生産行為又は譲渡行為を介して、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等の完成品に包含される部品相当部分の販売行為と競合する関係にあるといえるから、その限りにおいて本件のような間接侵害行為にも<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項を適用することができる。</strong></p>
<h2 id="その侵害の行為がなければ販売することができた物">「その侵害の行為がなければ販売することができた物」</h2>
<p>「その侵害の行為がなければ販売することができた物」とは、侵害行為によってその販売数量に影響を受ける<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者又は専用実施権者(以下「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等」という。)の製品、すなわち、侵害品と市場において競合関係に立つ<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等の製品であれば足りると解すべきである。
そして、……、本件のような間接侵害の場合の「侵害の行為がなければ販売することができた物」とは、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等が販売する完成品のうちの、侵害者の間接侵害品相当部分をいうものと解するのが相当である。</p>
<p>これを本件についてみると、……、原告の製品と被告製品3のOSをインストールした被告表示器Aは、その用途が同一である同等の代替品といえるから、原告の製品のソフトウェア部分に相当する部分は、被告製品3の生産等の「侵害の行為がなければ販売することができた物」といえ、原告の製品のハードウェア部分に相当する部分は、被告表示器Aの生産等の「侵害の行為がなければ販売することができた物」といえる。結局、本件においては、原告の製品全体が、「その侵害の行為がなければ販売することができた物」と認められる。</p>
<p>……<strong>「侵害の行為がなければ販売することができた物」に該当するためには、市場全体の構成からみて、侵害品と競合関係に立ち得る<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等の製品であれば足りる</strong>のであり、特定の顧客を念頭に置いて、仮に、当該侵害品がなければ当該顧客が権利者製品を代替として購入したとの関係までもが求められているものではない。<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D7%A5%ED%A5%B0%A5%E9%A5%DE%A5%D6%A5%EB">プログラマブル</a>・コントローラと<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D7%A5%ED%A5%B0%A5%E9%A5%DE%A5%D6%A5%EB">プログラマブル</a>表示器との間の適合性が限定されているとしても、いまだ<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D7%A5%ED%A5%B0%A5%E9%A5%DE%A5%D6%A5%EB">プログラマブル</a>・コントローラを保持していない者、表示器に適合する<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D7%A5%ED%A5%B0%A5%E9%A5%DE%A5%D6%A5%EB">プログラマブル</a>・コントローラを既に保持している者ら(これらの者は原告の製品を購入するに支障を有していない。)も<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C0%F8%BA%DF%C5%AA">潜在的</a>な顧客に含めて市場での競合関係を検討することで足りるから、原告の製品に適合する<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D7%A5%ED%A5%B0%A5%E9%A5%DE%A5%D6%A5%EB">プログラマブル</a>・コントローラを保持している者のみを対象として市場での競合関係を論ずべきものではない。</p>
<h2 id="単位数量当たりの利益の額">「単位数量当たりの利益の額」</h2>
<p>原告の製品の1台当たりの<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C2%B3%A6%CD%F8%B1%D7">限界利益</a>の額が別紙……のとおりであることは、当事者間に争いがない。</p>
<h2 id="その侵害の行為を組成した物の譲渡数量等">「その侵害の行為を組成した物」の譲渡数量等</h2>
<p>間接侵害行為は<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を「侵害するものとみなす」(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条)とされており、そして、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害の損害の額について、「その侵害の行為を組成した物」(同法102条1項)とされているところ、前記……のとおり、間接侵害にも同法102条の適用があると解する以上、「侵害の行為を組成した物」とは間接侵害品を指すものと解するべきである。</p>
<p>もっとも、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条2号に係る間接侵害品たる部品等は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害しない用途ないし態様で使用することができるものである。そして、そのような部品等の譲渡は、<strong>当該部品等の譲渡等により<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害が惹起される蓋然性が高いと認められる場合には、譲渡先での使用用途ないし態様のいかんを問わず、間接侵害行為を構成するが、実際に譲渡先で<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害する用途ないし態様で使用されていない場合には、結果的には、間接侵害品の売上げに当該<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>が寄与していない。そうすると、そのような譲渡先については、間接侵害行為がなければ<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者の製品が販売できたとはいえないことになり、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等に特許発明の物の譲渡による得べかりし利益の損害は発生しないので、当該物の譲渡によって得た利益の額を<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等が受けた損害の額と推定することはできないというべきである。そして、このような場合は同法102条1項1号の「販売することができないとする事情」に該当するものと解するのが相当である。</strong>一審被告の主張は、仮に、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品の生産に用いられた数量のみを損害算定の基礎とすべき主張が採用されない場合には、同一の事情を「販売することができないとする事情」として主張するとの趣旨も含むものと解され、その限度で採用することができる。</p>
<p>したがって、<strong><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等の損害額の算定に当たっては、そのような販売数量は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項の「譲渡数量」から控除されると解するのが相当である。</strong></p>
<h2 id="販売することができないとする事情">「販売することができないとする事情」</h2>
<h3 id="販売することができないとする事情その1">販売することができないとする事情(その1)</h3>
<p>一審被告は、①原告の製品が一審原告製の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D7%A5%ED%A5%B0%A5%E9%A5%DE%A5%D6%A5%EB">プログラマブル</a>・コントローラにしか接続できないこと、②一審原告が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D7%A5%ED%A5%B0%A5%E9%A5%DE%A5%D6%A5%EB">プログラマブル</a>・コントローラ用表示器の市場において意味のあるシェアを有しておらず、本件発明1の技術的特徴による販売への貢献も極めてわずかであるから、被告表示器A及び被告製品3の購入者のほとんどは、一審原告以外のメーカーの製品を購入する、③原告の製品は本件発明1の実施品ではないから本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>1の侵害によって一審原告に損害が発生する余地はない旨を主張する(以下、この主張に係る事情を「販売することができないとする事情(その1)」という。)。</p>
<p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項1号の「販売することができないとする事情」とは、侵害行為と<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情をいうものである。</p>
<p>本件発明1の特徴的技術手段は、異常発生時におけるタッチによる接点検索にすぎず、回路モニタ機能全体ではないこと……は、……認定したとおりである。……加えて、<strong>本件発明1の特徴的技術手段である接点検索は、原告の製品にですら実施されていない</strong>ものであり、この特徴的技術手段が原告の製品の販売に貢献していないことは明らかである。しかも、この<strong>特徴的手段である接点検索は、被告表示器A及び被告製品3の多数の機能のうち、わずか一点に関するものであって、その機能の極めて僅少な部分しか占めない。</strong></p>
<p>以上からすると、<strong>本件発明1の技術的特徴部分が被告表示器A及び被告製品3の販売数に大きく寄与したものとはおよそ想定し難い。</strong>また、……被告表示器A及び被告製品3が本件発明1の特徴的技術部分を備えないことによってわずかに販売数が減少したとしても、その減少数分を埋め合わせる需要が、全て一審原告の方に向かうとも想定し難い。</p>
<p>したがって、本件では、被告表示器A及び被告製品3が本件特許1を侵害したことによって原告の製品が販売減少したとの相当因果関係は、著しい程度で阻害されると認めるべきであり、被告表示器Aの販売数の99%について販売することができないとする事情があると認めるのが相当である。</p>
<h3 id="販売することができないとする事情その2">販売することができないとする事情(その2)</h3>
<p>前記……のとおり、一審被告が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品の生産に用いられた被告表示器Aの数量として主張するところは、「販売することができないとする事情」の一要素として考慮することができるところ、一審被告は、……、①輸出の除外、②<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D7%A5%ED%A5%B0%A5%E9%A5%DE%A5%D6%A5%EB">プログラマブル</a>・コントローラに接続しない利用態様の除外、③一審被告製<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%B7%A1%BC%A5%B1%A5%F3%A5%B5">シーケンサ</a>等に接続する利用態様の割合から算出される事情、④対応<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%B7%A1%BC%A5%B1%A5%F3%A5%B5">シーケンサ</a>等に接続する利用態様の割合から算出される事情、⑤被告製品1-2についてオプション機能ボートを購入した割合から算出される事情、⑥ワンタッチ回路ジャンプ機能を用いるプロジェクトデータを有する被告表示器Aの割合から算出される事情を主張する(……。以下、この主張に係る事情を「販売することができないとする事情(その2)」という。)。</p>
<p>……以上の観点から検討するところ、上記①、②、⑤については、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品の生産に用いられる被告表示器Aの数量に与える影響はわずか、あるいは少ないが、上記④及び⑥については<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品の生産に用いられる被告表示器Aの数量に与える影響はかなり大きく、③についても少なからぬ影響があるというべきである。なお、ここまでにおいて、これらの事情を独立の要素として考慮したが、例えば、ワンタッチ回路ジャンプ機能を用いるプロジェクトデータを作成するユーザは回路モニタ機能等を使用できる機器を有しているなど、これらの要素は相互に関連性を有する場合もあり得る。そこで、このような点も加味して、上記事情を総合考慮すると、被告表示器Aの販売数の●●%が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品の生産には用いられなかったものと推認することが相当である。したがって、この限度において、「販売することができないとする事情」があると認める。</p>
<p>……以上のとおり<strong>「販売することができないとする事情(その1)」として、主に本件発明1の売上げへの貢献に関する観点</strong>からの99%の控除と<strong>「販売することができないとする事情(その2)」として、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品の生産に用いられていないとの観点</strong>からの●●%の控除が認められ、<strong>両者は独立して考慮できる控除要素である</strong>から、結局……、被告表示器Aの譲渡数量から、99%の譲渡数量を控除し、更にその数量から●●%の譲渡数量を控除した数量(控除数量は、●●●●%となる。)について「販売することがのできないとする事情」を認めるのが相当である(……)。</p>
<h2 id="特許法102条1項2号"><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項2号</h2>
<p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項2号は、特定数量がある場合、その数量に応じた実施料に相当する額を損害の額とすることができると定める一方で、同号括弧書きは、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等が当該<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>について実施権の許諾をし得たと認められない部分を除く部分を除外しているから、侵害者の侵害行為により<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者がライセンスの機会を喪失したとはいえない場合には実施料に相当する額の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B0%EF%BC%BA%CD%F8%B1%D7">逸失利益</a>が生じるものではないことが規定されている。</p>
<p>前記……のとおり、本件において認められた特定数量は本件発明1の特徴的技術部分が被告表示器A及び被告製品3の販売量に貢献しているとは認められない数量、機能上の制約あるいは一審原告のシェア割合からみてユーザの需要が原告の製品に向かず、一審原告以外の他社への購入に振り向けられる数量、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品の生産に向けられず本件発明1の技術的範囲に属しない表示器となる数量を合わせたものであるから、そのように本件発明1が販売数量に貢献し得ていない製品や一審被告以外の他社が販売する製品について、一審原告が一審被告に本件発明1をライセンスし得るとは認められない。</p>
<p>そうすると、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項2号の損害を認めることはできない。</p>
<h1 id="102条2項に基づく損害">102条2項に基づく損害</h1>
<h2 id="間接侵害への102条2項への適用可否">間接侵害への102条2項への適用可否</h2>
<p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条2項は、侵害者が侵害行為により受けた利益の額を<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者等が受けた損害の額と推定すると定めるところ、この規定の趣旨は先に同条1項について述べたのと同様であると解される。したがって、先に同条1項について述べたのと同様の考え方の下に、本件において同条2項の適用を肯定するのが相当である。</p>
<h2 id="推定覆滅事由">推定覆滅事由</h2>
<p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条2項は推定規定であるから、侵害者の側で、侵害者が得た利益の一部又は全部について、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が受けた損害との相当因果関係が欠けることを主張立証した場合には、その限度で上記推定は覆滅されるものと解される。</p>
<p>ここで、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条2号の間接侵害品が実際には<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品の生産に用いられることがなかった場合には、結果的にみれば、当該間接侵害品の譲渡行為がなければ特許発明の物を譲渡することができたという関係にはなく、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者に特許発明の物の譲渡により得べかりし利益の損害は発生しないので、当該物の譲渡によって得た利益の額を<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が受けた損害の額と推定することはできないというべきであるから、このような場合は同法102条2項の推定を覆す事情に該当するものと解するのが相当である。そうすると、先に<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条1項1号について述べた事情(……以下「推定覆滅事由(その1)」という。)は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条2項の推定覆事由として捉えることができるから、被告表示器A及び被告製品3の利益の99%について覆滅事由があると認めるのが相当である。さらに、被告表示器A及び被告製品3のうち、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品の生産に用いられなかった分については一審原告の受けた損害額であるとの推定を覆す事情(以下「推定覆滅事由(その2)」という。)があるというべきであるところ、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品の生産に用いられなかった被告表示器Aの数は、前記……と同旨の理由により、全体の●●%に及ぶと認められるから、●●%の利益について推定が覆滅されるものと認めるのが相当である。また、被告製品3についても、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品の生産に用いられたものと、そうではないものとが生じるが、特にどちらかに偏るべき事情はうかがわれないから、そのインストール先の表示器Aと同様の割合で、その●●%の利益について推定が覆滅されるものと認めるのが相当である。</p>
<p>以上のとおりであり、<strong>推定覆滅事由(その1)として、主に本件発明1の売上げへ貢献に関する観点</strong>から導いた99%の減額と<strong>推定覆滅事由(その2)として、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>品の生産に用いられているかの観点</strong>から導いた●●%の減額が認められ、<strong>両者は独立して考慮できる減額要素である</strong>から、結局、受けた利益のうち、●●●●%の額について推定覆滅事由を認めるのが相当である(……)。</p>
<h2 id="特許法102条3項の重畳適用"><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条3項の重畳適用</h2>
<p>仮に、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>の解釈上、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>102条2項と3項の重畳適用が排除されていないとしても、その適用は同条1項2号の趣旨にかなったものとなるのが相当と思料されるべきところ、本件においては、同条2項の覆滅事由は前記……のとおり、そもそも同条1項2号の適用のない場合であるから、同条3項を重畳適用できる事案ではない。</p>
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<ol>
<li id="fn:1">
<p>伏字は裁判所ウェブページ掲載のPDFファイルのまま。<a href="#fnref:1" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:2">
<p>もっとも、読点が「、」か「,」かで、本判決(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁判決)か原判決(大阪地裁判決)かを区別可能ではある。<a href="#fnref:2" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:3">
<p>引用者注:<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の存続期間満了のため。<a href="#fnref:3" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:4">
<p>原判決では以下のように述べ、被告表示器Aについては、課題解決不可欠品では<strong>ない</strong>と判断していた:「本件発明1の特徴的技術手段との関係についてみると,被告表示器Aは,被告製品3がインストールされたパソコンで,動作設定を「回路モニタ」とする<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B3%C8%C4%A5%B5%A1%C7%BD">拡張機能</a>スイッチが配置されたプロジェクトデータを作成することを前提に,被告製品3によってインストールされたプログラムで異常現象の発生がモニタされたときに,プログラムに従って,ラダー回路を表示し,そのタッチパネル上での入出力要素をタッチしてその検索結果を表示するものにすぎない。すなわち,<strong>被告表示器Aはプログラムに従ってラダー回路等の表示やタッチパネル上のタッチや検索結果の表示を可能としているにすぎないが,これらは従来技術においても採用されていた構成にすぎない。したがって,被告表示器Aは,本件発明1の特徴的技術手段を直接もたらすものに当たるとは認められない。</strong>」<a href="#fnref:4" rev="footnote">↩</a></p></li>
</ol>
</div>
tanakakohsuke
NTP事件CAFC判決、及びそれを引用する2つのCAFC判決の紹介 ― ドワンゴ v. FC2事件控訴審(令和4年(ネ)第10046号)第三者意見募集に関連して
hatenablog://entry/4207112889923783843
2022-10-02T15:17:55+09:00
2022-10-02T15:17:55+09:00 はじめに 本ウェブログの以前の記事で言及した東京地判令和4年3月24日(令和元年(ワ)第25152号)の控訴審である、令和4年(ネ)第10046号事件について、2022年9月30日に特許法105条の2の11に基づく第三者意見募集1が開始された2。 意見募集事項は、以下のものである3: 1 サーバと複数の端末装置とを構成要素とする「システム」の発明において、当該サーバが日本国外で作り出され、存在する場合、発明の実施行為である「生産」(特許法2条3項1号)に該当し得ると考えるべきか。 2 1で「生産」に該当し得るとの考え方に立つ場合、該当するというためには、どのような要件が必要か。 意見募集の目的…
<h1 id="はじめに">はじめに</h1>
<p><a href="https://patent-law.hatenablog.com/entry/2022/05/08/162910">本ウェブログの以前の記事</a>で言及した<a href="https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=91124">東京地判令和4年3月24日(令和元年(ワ)第25152号)</a>の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B5%C1%CA%BF%B3">控訴審</a>である、令和4年(ネ)第10046号事件について、2022年9月30日に<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>105条の2の11に基づく第<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BC%D4">三者</a>意見募集<sup id="fnref:1"><a href="#fn:1" rel="footnote">1</a></sup>が開始された<sup id="fnref:2"><a href="#fn:2" rel="footnote">2</a></sup>。</p>
<p>意見募集事項は、以下のものである<sup id="fnref:3"><a href="#fn:3" rel="footnote">3</a></sup>:</p>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">1 サーバと複数の端末装置とを構成要素とする「システム」の発明において、当該サーバが日本国外で作り出され、存在する場合、発明の実施行為である「生産」(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号)に該当し得ると考えるべきか。<br><br>
2 1で「生産」に該当し得るとの考え方に立つ場合、該当するというためには、どのような要件が必要か。</div>
<p>意見募集の目的の一つに、「海外における最新の知見を得る必要があること」もあるようなので<sup id="fnref:4"><a href="#fn:4" rel="footnote">4</a></sup>、情報収集の困難な最新の情報というわけではないが、本件に関連する(と考えられる)米国CAFC判決を紹介することも、何らかの意味があるように思われるため、以下に(意見募集に関連するとおもわれる判示部分のみを)記す。ただし、以下で述べるCAFC判決のうち、NTP判決以外は、いわゆる域外適用が問題となったものでは<strong>ない</strong>。</p>
<h1 id="NTP-v-RIM-Fed-Cir-20055">NTP v. RIM (<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/Fed">Fed</a>. Cir. 2005)<sup id="fnref:5"><a href="#fn:5" rel="footnote">5</a></sup></h1>
<p>本件は、(複数の)<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を有する原告(=被控訴人)が、通信システムを運用する被告(=控訴人)に対し、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害を主張した事案である。ここで、当該通信システムの一部は、米国外に存在するものであった。</p>
<p>CAFCは、概ね次のように述べ、<strong>システムクレーム(system claim)について</strong>は、被告の<strong>顧客の「使用」に基づく<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害(顧客による<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>)を認める</strong>一方、方法クレーム(method claim)については、侵害を否定した。</p>
<p>「米国<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a><sup id="fnref:6"><a href="#fn:6" rel="footnote">6</a></sup>271条(a)における、<strong>システムクレームの「使用(use)」が行なわれている場所とは、システムが全体としてサービスに供されている(the system as a whole is put into service)場所、すなわち、システムの制御(control)がなされ、かつ、そのシステムの有益な使用(beneficial use)がなされている場所である。</strong>被告システムの米国の利用者(被告の顧客)は、情報の送信を制御し、また、そのような情報のやりとりにより利益を得ているため、<strong>被告システムの一部が米国外に存在しても、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害の成立を妨げられない。</strong>」<sup id="fnref:7"><a href="#fn:7" rel="footnote">7</a></sup></p>
<p>「他方、271条(a)において、方法やプロセス(method or process)クレームの「使用」は、システムや装置(system or device)クレームの「使用」とは、根本的に異なる。プロセスは一連の行為であるため、プロセスの使用には、必然的に列挙された個々のステップの実行を伴う。この点は、それぞれの要素が集合的に用いられる、システムの使用とは異なる。それゆえ、個々のステップ全てが米国内で行なわれていなければ、米国内で当該プロセスが使用されていると言えない。本事案では、被疑侵害行為の一部が米国外に存在する装置内で行なわれているため、271条(a)の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>を構成しない。」</p>
<h1 id="Centillion-v-Qwest-Fed-Cir-20118">Centillion v. Qwest (<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/Fed">Fed</a>. Cir. 2011)<sup id="fnref:8"><a href="#fn:8" rel="footnote">8</a></sup></h1>
<p>本件は、システムクレームに係る<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を有する原告(=控訴人)が、被告(=被控訴人)に対し、請求書発行システムを被疑侵害製品として、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害を主張した事案である。ここで、被疑侵害製品の請求書発行システムは、2つの部分から構成され、一の部分は被告が所有するバックオフィスシステムであり、他の部分は被告の顧客が自身のコンピューターにインストールするアプリケーションであった(当該アプリケーションは被告が提供している)。</p>
<p>CAFCは、まず、前述のNTP判決を引用して、「方法クレームにおける「使用(use)」とシステムクレームにおける「使用」とは区別される」とした上で、「<strong>システムクレームにおける「使用」とは、「発明をサービスに供すること(put the invention into service)、すなわち、システム全体を制御し、そこから利益を得ていること(control the system as a whole and obtain benefit from it)である</strong>」と述べた。</p>
<p>そして、「被告の顧客の行為がなければシステムがサービスに供されることはなく、かつ、顧客は明らかにシステムの機能から利益を得ているため、被告の<strong>顧客が</strong>システムを<strong>「使用」</strong>している(顧客が単独の使用者(user)である)」と判示した<sup id="fnref:9"><a href="#fn:9" rel="footnote">9</a></sup>。</p>
<p>他方、<strong>被告による</strong>システムの<strong>「使用」は否定</strong>した。特許発明の構成要素の一つ(顧客側のコンピューターに対応づけられる)は被告によりサービスに組み込まれる(put into service)ことは決してないことを理由として挙げ、また「被告<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A2%A5%D7%A5%EA%A5%B1%A1%BC%A5%B7%A5%E7%A5%F3%A5%BD%A5%D5%A5%C8%A5%A6%A5%A7%A5%A2">アプリケーションソフトウェア</a>の顧客への提供はシステムを使用することとは同一ではない」とも述べている<sup id="fnref:10"><a href="#fn:10" rel="footnote">10</a></sup>。</p>
<p>加えて、CAFCは、<strong>被告による</strong>システムの<strong>「生産(make)」も否定</strong>している。すなわち、被告が製造(manufacture)しているのは、システムクレームの一部のみであり、クレームの構成要素の全てを結合(combine)してはいない、と判示している。<br>
ここで、判決は、(被告ではなく)顧客が<small>(クレームの構成要素の一つである)</small>「personal computer data processing means」を提供(provide)しクライアントソフトウェアをインストールすることでシステムを完成(complete)させている、とも述べているが、これが顧客による生産(make)を認めていることを意味するかは不明である。</p>
<p>なお、比較的最近のOmega v. CalAmp (<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/Fed">Fed</a>. Cir. 2019)<sup id="fnref:11"><a href="#fn:11" rel="footnote">11</a></sup>においても、システムクレームについては被告=控訴人であるサービス提供者の「生産(make)」による<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>を否定しつつ、被告の<strong>顧客の「使用(use)」による<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>を認めている</strong>(ただし、被告による積極的誘導については、主観的要件の充足性を判断させるため地裁へ差戻している)。</p>
<h1 id="IV-v-Motorola-Fed-Cir-201712">IV v. <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/Motorola">Motorola</a> (<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/Fed">Fed</a>. Cir. 2017)<sup id="fnref:12"><a href="#fn:12" rel="footnote">12</a></sup></h1>
<p>本件で問題となったクレームは、形式的にはシステムではなく装置(device)のクレームであるが、両当事者はシステムクレームであることを前提として主張を行なっており、判決でもシステムクレームであることを前提として<sup id="fnref:13"><a href="#fn:13" rel="footnote">13</a></sup>、被告=控訴人の<strong>顧客の「使用(use)」</strong>による<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>を否定した<sup id="fnref:14"><a href="#fn:14" rel="footnote">14</a></sup>。</p>
<p>「Centillion判決とNTP判決は、《何かを「使用(use)」するとは、それをサービスに供する(put into service)ことであり、それを支配(control)し、そこから利益を得る(benefit)ことを意味する》と判示した。そして、Centillion判決は、クレームされたシステムを使用するためには、「使用」されなければならないのは、各構成要素である(what must be “used” is each element)と明示的に(explicitly)付け加えた。この2つの命題(proposition)から、システムを使用するためには、人(person)は、クレームの各構成要素を(たとえ間接的にせよ(even if indirectly))支配(control)し、各構成要素から利益を得る(benefit from each claimed component)必要がある、ということになる。」<sup id="fnref:15"><a href="#fn:15" rel="footnote">15</a></sup></p>
<p>「システムクレームの「使用」を示すには、システムクレームの<strong>各々の構成要素<u>全て</u>(each and every element)から(被疑)<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>者が利益(benefit)を得ていることを、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が証明する必要がある。</strong>」</p>
<h1 id="雑感">雑感</h1>
<p>まず、今回の意見募集の対象は(「実施」行為のうち)「生産」のみに関するものであるところ、NTP判決で示され、その後のCAFC判決へも影響を及ぼしている特徴的な判断は、<strong>「使用(use)」</strong>のみに関することに留意が必要であるように思われる。</p>
<p>また、NTP判決で認められたのは、<strong>顧客(サービスのユーザ)による</strong><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>であることも注目すべきであろう。この点については、米国<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>では日本<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>と異なり「業として」(68条など)の要件がないこと、および、米国<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>では(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>の幇助行為の一部のみにしか明文の間接侵害規定のない日本<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>と異なり)271条(b)[積極的誘引]および同条(c)[寄与侵害]といった、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>の幇助・教唆行為について比較的広く間接侵害を認める規定が設けられている<sup id="fnref:16"><a href="#fn:16" rel="footnote">16</a></sup>ことが大きく影響していると考えられる。</p>
<p>以上に加え、NTP判決については米国でも否定的な意見がある<sup id="fnref:17"><a href="#fn:17" rel="footnote">17</a></sup>ことも踏まえると、日本<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>の「生産」に、NTP事件の判示内容をそのまま適用するには、十分な検討が必要であるように思われる。</p>
<h1 id="更新履歴">更新履歴</h1>
<p>-2022-10-02 公開</p>
<div class="footnotes">
<hr/>
<ol>
<li id="fn:1">
<p>第<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BC%D4">三者</a>意見募集制度の詳細については、立案担当者による<a href="http://www.tokugikon.jp/gikonshi/303/303tokusyu3.pdf">松本健男「第三者意見募集制度の解説」特技懇303号</a>参照。<a href="#fnref:1" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:2">
<p>意見募集期間は2022年11月30日まで。<a href="https://www.ip.courts.go.jp/tetuduki/daisanshaiken/index.html">https://www.ip.courts.go.jp/tetuduki/daisanshaiken/index.html</a>参照。<a href="#fnref:2" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:3">
<p><a href="https://www.ip.courts.go.jp/vc-files/ip/2022/boshuuyoukou_n.pdf">https://www.ip.courts.go.jp/vc-files/ip/2022/boshuuyoukou_n.pdf</a><a href="#fnref:3" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:4">
<p><a href="https://www.ip.courts.go.jp/tetuduki/daisansha/index.html">https://www.ip.courts.go.jp/tetuduki/daisansha/index.html</a>参照。<a href="#fnref:4" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:5">
<p>NTP, Inc. v. Research in Motion, Ltd., 418 F. 3d 1282 (<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/Fed">Fed</a>. Cir. 2005).<a href="#fnref:5" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:6">
<p>Title 35 United States Code.<a href="#fnref:6" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:7">
<p>本稿において、「」で囲まれたものは、判決文の引用(の翻訳)でなく、判示内容の要約である。強調も引用者による。<a href="#fnref:7" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:8">
<p>Centillion Data Systems, LLC v. Qwest Communications International, Inc., 631 F. 3d 1279 (<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/Fed">Fed</a>. Cir. 2011).<a href="#fnref:8" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:9">
<p>被告が顧客の侵害を誘引したか否かは争点でないとして、その判断を示してない。<a href="#fnref:9" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:10">
<p>さらに、アプリケーションをインストール・操作するか否かは顧客の判断次第であるとして、被告の、顧客行為に対する代位責任(vicarious liability)も否定した。<a href="#fnref:10" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:11">
<p>Omega Patents, LLC v. CalAmp Corp., 920 F.3d 1337 (<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/Fed">Fed</a>. Cir. 2019).<a href="#fnref:11" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:12">
<p>Intellectual Ventures I LLC v. <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/Motorola">Motorola</a> Mobility LLC, 870 F.3d 1320 (<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/Fed">Fed</a>. Cir. 2017).<a href="#fnref:12" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:13">
<p>CAFCは、当該クレームが(Centillion判決における)システムクレームとして扱われない場合の判断基準を、本判決においては示さない旨を述べている。<a href="#fnref:13" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:14">
<p>その他、被告が被疑侵害品の機能を試験(test)したことに基づく、システムクレームの「使用」(被告による<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>)も、CAFCは否定した。<a href="#fnref:14" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:15">
<p>この判示につき、Newman判事による反対意見がある。<a href="#fnref:15" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:16">
<p>米国<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>の間接侵害規定については、歴史的経緯を含め、<a href="https://www.jpaa.or.jp/old/about_us/organization/affiliation/chuuou/pdf/no22/no22-3.pdf">鈴木將文「米国特許法271条の立法経緯と「共同侵害」に関する米国の判例動向」日本弁理士会中央知的財産研究所研究報告22号(2008)31頁以下</a>が詳しい。<a href="#fnref:16" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:17">
<p>鈴木將文・前掲52頁注(25)参照。<a href="#fnref:17" rev="footnote">↩</a></p></li>
</ol>
</div>
tanakakohsuke
特許権の「共同侵害」が認められた事案 ― 知財高判令和4年7月20日(平成30年(ネ)第10077号)
hatenablog://entry/4207112889922730694
2022-09-28T18:20:28+09:00
2022-09-28T18:20:28+09:00 本件知財高判令和4年7月20日(平成30年(ネ)第10077号)は、別稿で記した点のほか、2者の被疑侵害者=被告ら=被控訴人らがおり、(両被控訴人の関係は以下に見るとおり特殊なものであるが)特許権の「共同侵害」が認められた点でも興味深いと思われるので、以下、この点を中心に判示事項を見ていく。 判示事項1 両被控訴人の関係 被控訴人FC2は、Aにより、平成11年7月20日、米国ネバダ州法に基づいて設立された。Aは、設立以来現在に至るまで、被控訴人FC2の実質的な代表者の地位にある。……Aの実弟であるBは、Aの助言を受け、平成14年1月21日、被控訴人FC2の日本における業務代行拠点として、被控訴…
<p>本件<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=5820">知財高判令和4年7月20日(平成30年(ネ)第10077号)</a>は、<a href="https://patent-law.hatenablog.com/entry/2022/09/23/204729">別稿</a>で記した点のほか、2者の被疑侵害者=被告ら=被控訴人らがおり、(両被控訴人の関係は以下に見るとおり特殊なものであるが)<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の「共同侵害」が認められた点でも興味深いと思われるので、以下、この点を中心に判示事項を見ていく。</p>
<h1 id="判示事項1">判示事項<sup id="fnref:1"><a href="#fn:1" rel="footnote">1</a></sup></h1>
<h2 id="両被控訴人の関係">両被控訴人の関係</h2>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">被控訴人FC2は、Aにより、平成11年7月20日、米国<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%CD%A5%D0%A5%C0">ネバダ</a>州法に基づいて設立された。Aは、設立以来現在に至るまで、被控訴人FC2の実質的な代表者の地位にある。……Aの<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%C2%C4%EF">実弟</a>であるBは、Aの助言を受け、平成14年1月21日、被控訴人FC2の日本における業務代行拠点として、被控訴人HPSを設立し(設立当時の商号・有限会社ホーム<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DA%A1%BC%A5%B8%A5%B7%A5%B9%A5%C6%A5%E0">ページシステム</a>(平成20年1月25<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%FC%BE%A6">日商</a>号変更))、その<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%E5%C9%BD%BC%E8%C4%F9%CC%F2">代表取締役</a>に就任した。<br><br>
……被控訴人HPSは、被控訴人FC2の日本における拠点ないし一部門として設立され、被控訴人FC2からFC2サービスに係る業務を全面的に委託され、対外的には被控訴人FC2を名乗りながらこれを遂行する一方、被控訴人FC2は、被控訴人HPSの従業員を介してFC2サービスに係る業務を管理・運営し、被控訴人HPSの経営及び業務、FC2サービスの運営等に係る意思決定権限を有していたといえ、そのような体制の中で、被控訴人HPSは、被控訴人らプログラム1の開発、被控訴人ら各サービスの運営等に従事してきたのであるから、<strong>被控訴人らは、互いに意思を通じ合い、相互の行為を利用し、共同して被控訴人らプログラム1を開発し、被控訴人ら各サービスを運営するなどしてきたものと認めるのが相当である。そうすると、被控訴人らは、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%B1%CB%A1">民法</a>719条1項により、控訴人に対し、被控訴人らの後記<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%D4%CB%A1%B9%D4%B0%D9">不法行為</a>について、これらにより控訴人に生じた損害を連帯して賠償する責任を負うというべきである。</strong></div>
<h2 id="被控訴人ら各プログラムの電気通信回線を通じた提供">被控訴人ら各プログラムの電気通信回線を通じた提供</h2>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">……本件配信は、その一部に日本国の領域外で行われる部分があるとしても、これを実質的かつ全体的に考察すれば、日本国の領域内で行われたものと評価するのが相当である。……以上によれば、本件配信は、日本国<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号にいう「提供」に該当する。なお、これは、以下に検討する被控訴人らのその余の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%D4%CB%A1%B9%D4%B0%D9">不法行為</a>(形式的にはその一部が日本国の領域外で行われるもの)についても当てはまるものである。<br><br>
……被控訴人らは、本件配信をすることにより、被控訴人ら各プログラムの提供をしているといえる(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号)。</div>
<h2 id="被控訴人ら各プログラムの提供の申出">被控訴人ら各プログラムの提供の申出</h2>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">被控訴人らは、被控訴人ら各サービス(……)の提供のため、ウェブサイトを設けて多数の動画コンテンツのサムネイル又はリンクを表示しているところ(……)、これは、「提供の申出」に該当する(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号)。</div>
<h2 id="被控訴人ら各装置の生産">被控訴人ら各装置の生産</h2>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">……被控訴人ら各サービス、被控訴人ら各プログラム及び被控訴人ら各装置の内容並びに弁論の全趣旨に照らすと、被控訴人ら各プログラムは、被控訴人ら各装置の生産にのみ用いられる物であると認めるのが相当であり、また、被控訴人らが業として本件配信を行っていることは明らかであるから、被控訴人らによる本件配信は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>101条1号により、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>1を侵害するものとみなされる。</div>
<h2 id="被控訴人ら各プログラムの生産開発">被控訴人ら各プログラムの生産(開発)</h2>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">……被控訴人HPSは、被控訴人FC2と共同して、被控訴人らプログラム1を開発したものと認められるところ、これが被控訴人らプログラム1の生産に当たることは<strong>明らか</strong>である(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号)。</div>
<h2 id="被控訴人ら各プログラムの譲渡及び譲渡の申出被控訴人HPSによる被控訴人ら各プログラムの納品">被控訴人ら各プログラムの譲渡及び譲渡の申出(被控訴人HPSによる被控訴人ら各プログラムの納品)</h2>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">……被控訴人HPSは、被控訴人らプログラム1を開発し、これを被控訴人FC2に納品したものと認められるが、……被控訴人らが互いに意思を通じ合い、相互の行為を利用し、共同して被控訴人らプログラム1を開発し、被控訴人ら各サービスを運営するなどしてきたものと認められることに照らすと、<strong>被控訴人HPSが被控訴人FC2に対して被控訴人らプログラム1を納品する行為は、共同侵害者間の内部行為であると評価することができるから、これを独立した実施行為とみるのは相当でない。</strong></div>
<h2 id="不法行為についての小括"><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%D4%CB%A1%B9%D4%B0%D9">不法行為</a>についての小括</h2>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">以上によると、被控訴人らには、被控訴人らプログラム1の生産並びに被控訴人ら各プログラムの提供及び提供の申出を行うことによる本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>1の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>と被控訴人ら各プログラムの提供を行うことによる本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>1の間接侵害が成立し、被控訴人らは、これらの侵害行為によって控訴人に生じた損害を連帯して賠償する責任を負うというべきである。</div>
<h2 id="差止請求及び抹消請求">差止請求及び抹消請求</h2>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">……被控訴人らは、被控訴人らサービス1に関し、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>1を侵害する者に該当する。……そうすると、被控訴人らサービス1については、被控訴人らに対し、被控訴人らプログラム1の生産、譲渡等及び譲渡等の申出の差止め並びに被控訴人らプログラム1の抹消を命じるのが相当である。</div>
<h1 id="雑感">雑感</h1>
<p>まず、(共同侵害と直接の関係はないが)「ウェブサイトを設けて多数の動画コンテンツのサムネイル又はリンクを表示している」という行為を、「譲渡等の申出」に該当すると認めた理由について、判決は何も述べていないので、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁が当該行為を(「配信」と同様)「その一部に日本国の領域外で行われる部分があるとしても、これを実質的かつ全体的に考察すれば、日本国の領域内で行われたものと評価」したのか否か、不明である。</p>
<p>他方、「プログラムの生産(開発)」について、日本<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の侵害(「生産」)であると<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁が認めたのは、プログラムの開発行為は、日本に存するHPSが行なった<sup id="fnref:2"><a href="#fn:2" rel="footnote">2</a></sup>ものだからであろう。</p>
<p>上記判示で特に目を惹くのは、「被控訴人HPSが被控訴人FC2に対して被控訴人らプログラム1を納品する行為は、<strong>共同侵害者間の内部行為</strong>であると評価することができるから、これを独立した実施行為とみるのは相当でない。」と判示した部分だろう。あえて「独立した実施行為」とみない理由はあるのだろうか。</p>
<p>加えて、共同<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%D4%CB%A1%B9%D4%B0%D9">不法行為</a>による損害賠償請求のみならず、差止め請求をも認めた点も、注目すべきように思われる。</p>
<h1 id="更新履歴">更新履歴</h1>
<ul>
<li>2022-09-28 公開</li>
</ul>
<div class="footnotes">
<hr/>
<ol>
<li id="fn:1">
<p>強調は引用者による。また一部の項名も引用者による。<a href="#fnref:1" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:2">
<p>それゆえに、HPSからFC2へのプログラムの納品が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害に当たるか否かも争点となっている。<a href="#fnref:2" rev="footnote">↩</a></p></li>
</ol>
</div>
tanakakohsuke
国境を跨ぐ「配信」が特許権侵害に当たると判断された事案 ― 知財高判令和4年7月20日(平成30年(ネ)第10077号)
hatenablog://entry/4207112889921033776
2022-09-23T20:47:29+09:00
2022-09-27T18:51:38+09:00 はじめに 標記事件の判決(の一部のみ)を読む幸運に恵まれ、また本判決書は第三者も閲覧可能となっているようなので、本裁判例についての雑感を以下に記す。 もっとも、本判決書は裁判所ウェブページでは本稿執筆時点(2022年9月23日)では未だ公開されていないため、(さしたる意味はないだろうが)判決を直接引用することは避けることにする。2022年9月27日、裁判所ウェブページで判決書(PDF版)が公開された。 事案の概要 本件は、米国に存在するサーバから日本国内のユーザへプログラムを配信する被疑侵害者1の行為等が、2つの日本特許権2の侵害に当たるかが争われた事案である。 原審判決3では2つの特許権とも…
<h1 id="はじめに">はじめに</h1>
<p>標記事件の判決(の一部のみ)を読む幸運に恵まれ、また本判決書は第<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BC%D4">三者</a>も閲覧可能となっているようなので、本裁<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>についての雑感を以下に記す。</p>
<p><s>もっとも、本判決書は裁判所ウェブページでは本稿執筆時点(2022年9月23日)では未だ公開されていないため、(さしたる意味はないだろうが)判決を直接引用することは避けることにする。</s>2022年9月27日、<a href="https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=5820">裁判所ウェブページで判決書(PDF版)が公開された</a>。</p>
<h1 id="事案の概要">事案の概要</h1>
<p>本件は、米国に存在するサーバから日本国内のユーザへプログラムを配信する被疑侵害者<sup id="fnref:1"><a href="#fn:1" rel="footnote">1</a></sup>の行為等が、2つの日本<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a><sup id="fnref:2"><a href="#fn:2" rel="footnote">2</a></sup>の侵害に当たるかが争われた事案である。</p>
<p>原審判決<sup id="fnref:3"><a href="#fn:3" rel="footnote">3</a></sup>では2つの<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>ともに構成要件充足性を認めなかったが、本裁<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B5%C1%CA%BF%B3">控訴審</a>判決)では、準拠法を(原審判決と同様)日本法と判断した上で、1つの<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>につき、構成要件充足性を認めたことに加え、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害も認めた。</p>
<p>具体的には、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁は、後記プログラムクレームについて、被疑侵害者による配信行為は「電気通信回線を通じた提供」(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号括弧書)に当たるため<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>を構成すると判断し、後記装置クレームについて、被疑侵害者による配信行為は間接侵害(101条1号)を構成すると判断した<sup id="fnref:4"><a href="#fn:4" rel="footnote">4</a></sup>。</p>
<h1 id="侵害が認められたクレーム5のうちの独立クレーム">侵害が認められたクレーム<sup id="fnref:5"><a href="#fn:5" rel="footnote">5</a></sup><small>(のうちの独立クレーム)</small></h1>
<h2 id="装置クレーム">装置クレーム</h2>
<ul>
<li>動画を再生するとともに、前記動画上にコメントを表示する表示装置であって、</li>
<li>前記コメントと、当該コメントが付与された時点における、動画の最初を基準とした動画の経過時間を表す動画再生時間であるコメント付与時間とを含むコメント情報を記憶するコメント情報記憶部と、</li>
<li>前記動画を表示する領域である第1の表示欄に当該動画を再生して表示する動画再生部と、</li>
<li>前記再生される動画の動画再生時間に基づいて、前記コメント情報記憶部に記憶されたコメント情報のうち、前記動画の動画再生時間に対応するコメント付与時間に対応するコメントを前記コメント情報記憶部から読み出し、当該読み出されたコメントを、前記コメントを表示する領域である第2の表示欄に表示するコメント表示部と、を有し、</li>
<li>前記第2の表示欄のうち、一部の領域が前記第1の表示欄の少なくと
も一部と重なっており、他の領域が前記第1の表示欄の外側にあり、</li>
<li>前記コメント表示部は、前記読み出したコメントの少なくとも一部を、前記第2の表示欄のうち、前記第1の表示欄の外側であって前記第2の表示欄の内側に表示する</li>
<li>ことを特徴とする表示装置。</li>
</ul>
<h2 id="プログラムクレーム">プログラムクレーム</h2>
<ul>
<li>動画を再生するとともに、前記動画上にコメントを表示する表示装置のコンピュータを、</li>
<li>前記動画を表示する領域である第1の表示欄に当該動画を再生して表示する動画再生手段、</li>
<li>コメントと、当該コメントが付与された時点における、動画の最初を基準とした動画の経過時間を表す動画再生時間であるコメント付与時間とを含むコメント情報を記憶するコメント情報記憶部に記憶された情報を参照し、</li>
<li>前記再生される動画の動画再生時間に基づいて、前記コメント情報記憶部に記憶されたコメント情報のうち、前記動画の動画再生時間に対応するコメント付与時間に対応するコメントをコメント情報記憶部から読み出し、</li>
<li>当該読み出されたコメントの一部を、前記コメントを表示する領域であって一部の領域が前記第1の表示欄の少なくとも一部と重なっており他の領域が前記第1の表示欄の外側にある第2の表示欄のうち、前記第1の表示欄の外側であって前記第2の表示欄の内側に表示するコメント表示手段、</li>
<li>として機能させるプログラム。</li>
</ul>
<h1 id="日本国内での実施該当性">日本国内での「実施」該当性</h1>
<p>被疑侵害者による国境を跨いだ配信行為について、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁が、日本<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項規定の「実施」(本事案では「電気通信回線を通じた提供」)に当たると判断した理由について、<a href="https://www.nikkei.com/article/DGKKZO63380960S2A810C2TCJ000/">日経新聞2022年8月15日の記事</a>は、次のとおり報じている<sup id="fnref:6"><a href="#fn:6" rel="footnote">6</a></sup>。</p>
<blockquote><p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁は、FC2のプログラム配信について(1)日本国内の利用者がアクセスすることで開始・完結し、国内と国外の部分を区別することが難しい(2)国内の利用者が制御している(3)国内の利用者に向けられたものである(4)得られる効果が国内であらわれる――などの要素を考慮。「国内で行われたものと評価するのが相当」と判断した。</p></blockquote>
<h2 id="判示2022-09-27追記">判示(2022-09-27追記)</h2>
<p>長くなるが、日本国内での「実施」該当性に関する判示を引用する(強調は引用者による)。</p>
<div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">被控訴人ら各プログラムは、米国内に存在するサーバから日本国内に所在するユーザに向けて配信されるものと認められるから(以下、被控訴人ら各プログラムを日本国内に所在するユーザに向けて配信することを「本件配信」という。)、被控訴人ら各プログラムに係る電気通信回線を通じた提供(以下、単に「提供」という。)は、その一部が日本国外において行われるものである。そこで、本件においては、本件配信が準拠法である日本国<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>にいう「提供」に該当するか否かが問題となる。<br><br>
……本件配信を形式的かつ分析的にみれば、被控訴人ら各プログラムが米国の領域内にある電気通信回線(被控訴人ら各プログラムが格納されているサーバを含む。)上を伝送される場合、日本国の領域内にある電気通信回線(ユーザが使用する端末装置を含む。)上を伝送される場合、日本国の領域内でも米国の領域内でもない地にある電気通信回線上を伝送される場合等を観念することができ、本件通信の全てが日本国の領域内で完結していない面があることは否めない。<br><br>
しかしながら、本件発明1-9及び10[引用者注:上記プログラムクレーム及びその従属クレーム]のようにネットワークを通じて送信され得る発明につき<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害が成立するために、問題となる提供行為が形式的にも全て日本国の領域内で完結することが必要であるとすると、そのような発明を実施しようとする者は、サーバ等の一部の設備を国外に移転するなどして容易に<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害の責任を免れることとなってしまうところ、数多くの有用なネットワーク関連発明が存在する現代のデジタル社会において、かかる潜脱的な行為を許容することは著しく正義に反するというべきである。他方、特許発明の実施行為につき、形式的にはその全ての要素が日本国の領域内で完結するものでないとしても、実質的かつ全体的にみて、それが日本国の領域内で行われたと評価し得るものであれば、これに日本国の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の効力を及ぼしても、前記の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%B0%C3%CF%BC%E7%B5%C1">属地主義</a>には反しないと解される。<br><br>
<strong>したがって、問題となる提供行為については、当該提供が日本国の領域外で行われる部分と領域内で行われる部分とに明確かつ容易に区別できるか、当該提供の制御が日本国の領域内で行われているか、当該提供が日本国の領域内に所在する顧客等に向けられたものか、当該提供によって得られる特許発明の効果が日本国の領域内において発現しているかなどの諸事情を考慮し、当該提供が実質的かつ全体的にみて、日本国の領域内で行われたものと評価し得るときは、日本国<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>にいう「提供」に該当すると解するのが相当である。</strong><br><br>
……これを本件についてみると、本件配信は、日本国の領域内に所在するユーザが被控訴人ら各サービスに係るウェブサイトにアクセスすることにより開始され、完結されるものであって(……)、<strong>本件配信につき日本国の領域外で行われる部分と日本国の領域内で行われる部分とを明確かつ容易に区別することは困難である</strong>し、本件配信の制御は、日本国の領域内に所在するユーザによって行われるものであり、また、本件配信は、動画の視聴を欲する日本国の領域内に所在するユーザに向けられたものである。さらに、本件配信によって初めて、日本国の領域内に所在するユーザは、コメントを付すなどした本件発明1-9及び10に係る動画を視聴することができるのであって、本件配信により得られる本件発明1-9及び10の効果は、日本国の領域内において発現している。これらの事情に照らすと、本件配信は、その一部に日本国の領域外で行われる部分があるとしても、これを実質的かつ全体的に考察すれば、日本国の領域内で行われたものと評価するのが相当である。</div>
<h1 id="雑感">雑感</h1>
<p>まず、本件は、《特許発明はサーバとクライアントとからなるシステムクレームで、被疑侵害システムのうちサーバは日本国外にある》といった所謂域外適用が問題となる典型的な事案<sup id="fnref:7"><a href="#fn:7" rel="footnote">7</a></sup>では<strong>ない</strong>ことに留意すべきであろう。<br>
本事案では、特許発明はクライアント<strong>単体</strong>の装置およびプログラムに係るもので、当該プログラムの海外サーバからの配信行為が日本法における「実施」に当たるか否かが大きな争点となっている。</p>
<p>そして、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁が述べた日本国内での「実施」該当性の判断規範は、上記(1)~(4)およびその他<sup id="fnref:8"><a href="#fn:8" rel="footnote">8</a></sup>を総合考慮するものであり、予測可能性は低いといわざるを得ない。</p>
<p>また、上記(2)~(4)の要素は、NTP事件CAFC判決や学説<sup id="fnref:9"><a href="#fn:9" rel="footnote">9</a></sup>を参考にしたものと思われる<sup id="fnref:10"><a href="#fn:10" rel="footnote">10</a></sup>が、(1)の要素、すなわち「国内と国外の部分を区別することが難しい」ことが、「国内で行われたものと評価する」ための肯定的な事情とされていることは理解しがたい<sup id="fnref:11"><a href="#fn:11" rel="footnote">11</a></sup>。</p>
<p>というのも、まず、被疑侵害者の行為が日本国内で行なわれる部分と国外で行なわれる部分とに区別が困難である(以下、「国内外区別不明確性」ともいう)と、なにゆえ日本<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の侵害成立に肯定的に判断されるのか、その理由が全く分からない。クレーム制度等を導入し予測困難な侵害リスクを排するという<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>の基本原則<sup id="fnref:12"><a href="#fn:12" rel="footnote">12</a></sup>からすれば、区別困難であるという要素は、行為者(被疑侵害者)の有利に働くべき(侵害不成立に働くべき)ようにも思われる。</p>
<p>加えて、上述した《特許発明はサーバとクライアントとからなるシステムクレームで、被疑侵害システムのうちサーバは日本国外にある》といった域外適用が問題となる典型例では、上記区別が容易であろうから(例えば、システムクレームの「生産」において、サーバについては国外、クライアントについては国内、と区別できる)、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の実効性を高めるという意味でも、「国内外区別不明確性」が適切な考慮要素だとは思われない。<br>
この点を踏まえると、本裁<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>が示した規範のうち少なくとも「国内外区別不明確性」の部分については、それが仮に妥当性を持つとしても、その射程は「電気通信回線を通じた提供」、あるいは、せいぜい<small>(「電気通信回線を通じた提供」以外も含む)</small>「譲渡等」にのみ及び、「生産」や「使用」といった他の実施行為一般には及ばない、と考えるべきではなかろうか。<br>
ただし、「使用」を《システムの管理行為》といったものにまで広く解釈できるのであれば<sup id="fnref:13"><a href="#fn:13" rel="footnote">13</a></sup>、「使用」についても「国内外区別不明確性」を考慮してもよいのかも知れない。</p>
<p>その他、(3)の要素、すなわち特許発明の効果が現れる国については、日本国内と国外との両方で効果が現れる発明もあると思われ(例えば、通信量の削減に関する発明では、情報送信側[の国]と情報受信側[の国]との双方で効果が現れる)、その場合は(3)の要素がどのように判断されるのかも気になるところである。</p>
<h1 id="更新履歴">更新履歴</h1>
<ul>
<li>2022-09-23 公開</li>
<li>2022-09-27 判決書の裁判所ウェブページ公開に伴う追記</li>
</ul>
<div class="footnotes">
<hr/>
<ol>
<li id="fn:1">
<p>被告(被控訴人)は2者であるが、便宜的にこのように記す。<a href="#fnref:1" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:2">
<p>特許4734471および4695583。本裁<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>で侵害が認められたのは特許4734471に係る<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>のみ。<a href="#fnref:2" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:3">
<p>東京地判平成30年9月19日(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%BF%C0%AE28%C7%AF">平成28年</a>(ワ)第38565号)。<a href="#fnref:3" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:4">
<p>その他、被疑侵害者の行為の一部が「譲渡等<small>(電気通信回線を通じた提供)</small>の申し出」に当たるとも判断している一方、被疑侵害者の行為は「生産」や「使用」には当たら<strong>ない</strong>とも判断している。<a href="#fnref:4" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:5">
<p>侵害の対象は<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>なので、法律用語上適切な表現ではないが、分かりやすさを優先した。<a href="#fnref:5" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:6">
<p>判決の表現とは若干異なるが、趣旨はおおむね適切に表されていると考える。<a href="#fnref:6" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:7">
<p>例えば、東京地判令和4年3月24日(令和元年(ワ)第25152号)の事案。この事案の詳細は、<a href="https://patent-law.hatenablog.com/entry/2022/05/08/162910">拙稿</a>参照。<a href="#fnref:7" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:8">
<p>判決文では、この4要素以外の事情も考慮可能なことが示唆されている。<a href="#fnref:8" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:9">
<p>さしあたり<a href="https://patent-law.hatenablog.com/entry/2022/05/08/162910">拙稿</a>参照。<a href="#fnref:9" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:10">
<p>総合考慮といった観点からは、とくに平嶋竜太「「国境を跨ぐ侵害行為」と<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>による保護の課題」IPジャーナル2号(2017)27頁以下を参考にしたように思われる。<a href="#fnref:10" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:11">
<p>平嶋竜太・前掲では、このような要素は挙げられていない。<a href="#fnref:11" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:12">
<p>田村善之・時井真・酒迎明洋『プ<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%E9%A5%AF">ラク</a>ティス知的財産法I <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>』(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%AE%BB%B3%BC%D2">信山社</a>,2020)57頁参照。<a href="#fnref:12" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:13">
<p>本裁<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁判決)は、「使用」をそのように広く解釈していない。<a href="#fnref:13" rev="footnote">↩</a></p></li>
</ol>
</div>
tanakakohsuke
ReissueのRecapture ruleについて判断された事案 ― In re McDonald (Fed. Cir. 2022)
hatenablog://entry/4207112889907842258
2022-08-12T02:08:27+09:00
2022-08-12T09:26:45+09:00 はじめに 米国特許法制において特徴的な制度の一つが、Reissue(米国特許法(35 U.S.C.)1 251条)である。日本における訂正審判制度(日本特許法126条)と同様、特許登録後にクレーム等を訂正できるものであるが、Reissueは、クレーム減縮のみならず、クレーム拡張もできる点が大きく異なる。 もっとも、Reissueにおけるクレーム拡張には一定の制限が課せられている。 本件、In re McDonald (Fed. Cir. August 10, 2022)2では、その制限の一つであるRecapture ruleが主な争点となった。 本件の経緯 本件上訴人(Appellant)3は…
<h1 id="はじめに">はじめに</h1>
<p>米国<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>制において特徴的な制度の一つが、Reissue(米国<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>(35 U.S.C.)<sup id="fnref:1"><a href="#fn:1" rel="footnote">1</a></sup> 251条)である。日本における訂正審判制度(日本<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>126条)と同様、特許登録後にクレーム等を訂正できるものであるが、Reissueは、クレーム減縮のみならず、クレーム拡張もできる点が大きく異なる。</p>
<p>もっとも、Reissueにおけるクレーム拡張には一定の制限が課せられている。</p>
<p>本件、<a href="https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/21-1697.OPINION.8-10-2022_1990029.pdf">In re McDonald (Fed. Cir. August 10, 2022)</a><sup id="fnref:2"><a href="#fn:2" rel="footnote">2</a></sup>では、その制限の一つであるRecapture ruleが主な争点となった。</p>
<h1 id="本件の経緯">本件の経緯</h1>
<p>本件上訴人(Appellant)<sup id="fnref:3"><a href="#fn:3" rel="footnote">3</a></sup>は、特許出願における審査過程で101条違反との拒絶理由に対応するため、「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/processor">processor</a>」との文言をクレームに追加した。</p>
<p>さらに、上訴人は、上記特許出願(親出願)に基づく、継続出願(continuation application)を行なった。
この継続出願では、出願時点からクレームに「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/processor">processor</a>」との文言が含まれており、上訴人は、クレーム補正することなく、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を得た。</p>
<p>その後、上訴人は、上記継続出願に係る<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>について、クレームの「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/processor">processor</a>」の削除等を目的とするReissue出願を行なったところ、審査官は103条違反で拒絶した<sup id="fnref:4"><a href="#fn:4" rel="footnote">4</a></sup>。そこで、上訴人は審判部(Patent Trial and <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/Appeal">Appeal</a> Board; PTAB)へ不服を申立てた結果、PTABは(103条違反との判断は一部覆したものの)新たにRecapture ruleに違反する等との審決を下した。</p>
<p>これを不服として、CAFCへ上訴した<sup id="fnref:5"><a href="#fn:5" rel="footnote">5</a></sup>のが、本件である。</p>
<h1 id="CAFCの判断">CAFCの判断</h1>
<h2 id="結論">結論</h2>
<p>CAFCは、「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/processor">processor</a>」の削除はRecapture ruleに反するとして、上訴人の主張を退け、Reissue出願に係る<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の成立を認めなかった。その主な理由は、以下の通りである。</p>
<h2 id="ReissueおよびRecapture-ruleの趣旨">ReissueおよびRecapture ruleの趣旨</h2>
<p>ReissueおよびRecapture ruleの趣旨について、CAFCは過去の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>を引用しつつ、次のように説明する:</p>
<p>1世紀以上前、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%C7%B9%E2%BA%DB">最高裁</a>は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が誤って元の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>においてクレーム(claim)できる範囲より狭い範囲をクレームしていた場合、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者は特許の再発行(reissue)を求めると認めており、その後、その法理は成文化された。すなわち、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>251条は、「詐欺的意図のない錯誤(error without any deceptive intention)<sup id="fnref:6"><a href="#fn:6" rel="footnote">6</a></sup>があったために、特許がその全部若しくは一部において効力を生じない若しくは無効とみなされた場合においては」特許のreissueが可能だと規定している。</p>
<p>Reissue制定法は、「衡平性および公平性の基本原則(fundamental principles of equity and fairness)」に基づくものである。議会は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者に不適当なクレーム範囲の誤りを訂正する機会を与えるという競争的な利益(competing interest)と、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の最終性および確実性という公共の利益(public interest)との間でバランスを取り、必要に応じて<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者がクレーム拡張によって誤りを訂正することを認める立法した。</p>
<p>Recapture ruleは、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が権利化手続きにおいて放棄した主題(subject matter)をReissueにより取り戻すことを防止し、公衆が特許の公的記録(審査経過)に依拠することを可能とするものである。</p>
<h2 id="錯誤">錯誤</h2>
<p>制定法における「錯誤(error)」の要件は「不注意または誤り(inadvertence or mistake)」を意味するところ、親出願における「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/processor">processor</a>」の文言の追加は、101条違反との拒絶理由を解消するために意図的になされたものであり、「錯誤」に当たらない。</p>
<p>Reissue出願を<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%C8%A5%ED%A5%A4%A4%CE%CC%DA%C7%CF">トロイの木馬</a>として使い、意識的に(クレーム補正して)放棄したものを取り戻す(recapture)ことはできない。</p>
<h2 id="パテントファミリーの審査経過の参照">パテントファミリーの審査経過の参照</h2>
<p>Recapture ruleおよび審査経過禁反言は共に、審査経過に依拠する公衆の利益を保護するためのものであるため、Reissue特許におけるrecaptreを防止するためには、パテントファミリー全体の審査経過をレビューすることが衡平法上必要である。Recapture ruleのレビューの対象は、Reissueにより訂正される<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の審査経過に止まらない。</p>
<h2 id="Recapture-ruleが適用されるのは先行技術を回避するための補正のみか">Recapture ruleが適用されるのは先行技術を回避するための補正のみか</h2>
<p>公衆の信頼利益(reliance interest)は、102条, 103条違反を解消するため(クレーム補正して)放棄された主題のみならず、101条違反を解消するため放棄された主題にも及ぶ。</p>
<h1 id="雑感">雑感</h1>
<p>数少ないAIA後のReissueに関するCAFC判決であり、ReissueおよびRecapture ruleについてその趣旨から述べ、Recapture ruleが101条違反を解消するための補正にも適用される点、および、Recapture ruleの判断においてパテントファミリーの審査経過の参照も必要となる点を明示した、実務上参考になる判決である。</p>
<p>特許出願人・<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者寄りの判断をする傾向のある、Newman判事も反対意見を執筆していないことから、本<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>は強固なものであるように思われる。</p>
<p>なお、112条違反を解消するための補正についてもRecapture ruleが適用されるか否かが気になるところ、112条違反解消のための補正にはRecapture ruleが適用されないと判断したように見えるCAFC判決がある。<a href="https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/15-1197.opinion.11-9-2015.1.pdf">Cubist Pharms., Inc. v. Hospira, Inc., 805 F.3d 1112 (Fed. Cir. 2015)</a>である<sup id="fnref:7"><a href="#fn:7" rel="footnote">7</a></sup>。このCubist判決は本件In re McDonaldで上訴人が引用し(Recapture ruleが適用されるのは先行技術を回避するための補正のみであると主張し)たが、In re McDonaldでは、Cubist判決につき、不明瞭性拒絶への応答としてクレームをキャンセルすることは意図的な放棄を構成しないと判断したもの、と評価された。</p>
<h1 id="更新履歴">更新履歴</h1>
<ul>
<li>2022-08-12 公開</li>
<li>2022-08-12 記事見出しを含め微修正</li>
</ul>
<div class="footnotes">
<hr/>
<ol>
<li id="fn:1">
<p>以下、「米国<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>」との記載を省いて条数のみを記す。<a href="#fnref:1" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:2">
<p>裁判体は、Newman判事, Stoll判事, Cunningham判事。Cunningham判事が判決執筆。全員一致。<a href="#fnref:2" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:3">
<p>正確に言えば、本件上訴人はReissue出願の出願人ではない(詳細は省く)が、以下、便宜上このように記載をする。<a href="#fnref:3" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:4">
<p>Reissue出願には特許有効性の推定(presumption of validity)は、働かない。In re Doyle (CCPA 1973), In re Sneed(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/Fed">Fed</a>. Cir. 1983).<a href="#fnref:4" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:5">
<p>CAFCへの上訴前に、PTAB審決について再審理(rehearing)を請求したが、拒絶された。<a href="#fnref:5" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:6">
<p>Leahy-Smith America Invents Act(AIA)による法改正により「詐欺的意図のない(without any deceptive intention)」との文言が削除された。本件で適用されるのは、AIA後の法であるが、この改正によるRecapture ruleの影響は争点となっていない。ただし、判決では、本改正につき若干の言及がある。<a href="#fnref:6" rev="footnote">↩</a></p></li>
<li id="fn:7">
<p>「The prosecution <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/history">history</a> thus makes it clear that the applicants withdrew claim 24 from the application because of the indefiniteness rejection, <strong>not to avoid prior art</strong>. Accordingly, the recapture rule does not render claims 18 and 26 of the ‘071 patent invalid」(強調引用者)との判示がある(<em>Id.</em> at 1121-22)。<a href="#fnref:7" rev="footnote">↩</a></p></li>
</ol>
</div>
tanakakohsuke
特許法における「輸入」
hatenablog://entry/13574176438094574144
2022-05-22T00:45:56+09:00
2022-05-22T00:45:56+09:00 はじめに 特許法2条3項1号は「実施」の一態様として、「輸入」を規定している。この「輸入」の解釈につき、一般的には、「日本国の領域外たる外国から貨物を本邦に引き取る行為,すなわち日本国内に貨物を搬入する行為」*1等とされている。さて、外国に居る者が日本へ(特許法上の)「物」を送る行為、すなわち外国に居る者による行為を特許法上の「輸入」と解する余地はあるのだろうか。とりわけ、海外に存在するコンピュータから日本国内の一般ユーザ(特許発明を「業として」実施しない者)のコンピュータへプログラムを送信する行為を「輸入」と捉えることができれば、我が国の特許権の実効性が高まるように思われる。 令和3年商標法…
<div class="section">
<h3>はじめに</h3>
<p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号は「実施」の一態様として、「輸入」を規定している。この「輸入」の解釈につき、一般的には、「日本国の領域外たる外国から貨物を本邦に引き取る行為,すなわち日本国内に貨物を搬入する行為」<a href="#f-583b9b6c" name="fn-583b9b6c" title="中山信弘・小泉直樹編『新・注解 特許法〔第2版〕上巻』(青林書院,2017)50頁[平嶋竜太]。">*1</a>等とされている。</p><p>さて、外国に居る者が日本へ<small>(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>上の)</small>「物」を送る行為、すなわち外国に居る者による行為を<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>上の「輸入」と解する余地はあるのだろうか。とりわけ、海外に存在するコンピュータから日本国内の一般ユーザ(特許発明を「業として」実施しない者)のコンピュータへプログラムを送信する行為を「輸入」と捉えることができれば、我が国の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の実効性が高まるように思われる。</p>
</div>
<div class="section">
<h3>令和3年商標法・意匠法改正</h3>
<p>ところで、令和3年法律第42号により、商標法において、「この法律において、輸入する行為には、<strong>外国にある者が</strong>外国から日本国内に他人をして持ち込ませる行為が含まれるものとする。」(強調引用者;以下同)とする規定が追加され(2条7項)、また意匠法において、「輸入」につき「<strong>外国にある者が</strong>外国から日本国内に他人をして持ち込ませる行為を含む。」と規定された(2条2項1号)<a href="#f-85c9e2e5" name="fn-85c9e2e5" title="この改正は、産業構造審議会 知的財産分科会 商標制度小委員会での検討結果を受けてのものである。[https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/shohyo_shoi/document/20210204_shohyo_arikata/20210204_hokokusho.pdf:title=商標制度小委員会『ウィズコロナ/ポストコロナ時代における商標制度の在り方について』(2021)]5頁以下参照。">*2</a>。</p><p>他方、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>(および実用新案法)にも「輸入」が実施行為等<a href="#f-9d1a3f16" name="fn-9d1a3f16" title="「実施行為等」と記したのは、実施行為(2条3項)のみならず、101条1号等にも「輸入」が規定されているからである。">*3</a>の一態様として規定されている(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号等)が、商標法・意匠法のような改正はなされなかった。その理由は、「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>は、商標権・<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B0%D5%BE%A2%B8%A2">意匠権</a>と異なり、1つの製品・部品において多数の特許技術が用いられている場合があり、その場合、製造事業者等が他者の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害しないよう十分に注意を払っていても、多数の特許を網羅的に調査することは非常に困難であるため、意図せず他者の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害してしまうおそれがある。……また、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>は、外観で判断することが容易でない場合が多く、故意ではなくても他者の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害してしまう可能性があり、その場合であっても税関において被疑侵害品として差し止められるおそれがある。……これまで差止めの申立てを行ってこなかった<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者が、対個人向けの差止めを目的に申立てを行うケースが増えるおそれがあるのではないか」などの懸念がある<a href="#f-e9db812d" name="fn-e9db812d" title="[https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/shohyo_shoi/document/20210204_shohyo_arikata/20210204_hokokusho.pdf:title=特許庁「産業構造審議会知的財産分科会 第44回特許制度小委員会 配布資料 【資料3】 模倣品の越境取引に関する規制の必要性について」(2020)]9頁。">*4</a>ためと考えられる。</p><p>このように、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>の「輸入」に、商標法・意匠法のような“拡張”<a href="#f-03d4150a" name="fn-03d4150a" title="「輸入」行為の拡張ではなく、明確化である可能性もある。商標制度小委員会・前掲9頁注14および対応する本文参照。">*5</a>が加えられなかったことからすると、外国に居る者が日本へ「物」という送るという行為(外国に居る者を主体とする行為)を<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>上の「輸入」と解することは困難であるように思われる。</p>
</div>
<div class="section">
<h3>電気通信回線を通じて提供する行為</h3>
<p>さらに、仮に、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>の「輸入」に、商標法・意匠法のような“拡張”が加えられていたとしても、海外から日本へプログラムを送信する行為、すなわち、海外から日本へプログラムを「電気通信回線を通じて提供する行為」を、「輸入」として捉えるのは難しいと考えられる。</p><p>ここで、商標法および意匠法において追加された「輸入」=「外国にある者が外国から日本国内に他人をして持ち込ませる行為」における「他人をして持ち込ませる行為」とは、立案担当者によると、「配送業者等の第<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%B0%BC%D4">三者</a>の行為を利用して外国から日本国内に持ち込む行為(例えば、外国の事業者が、通販サイトで受注した商品を購入者に届けるため、郵送等により日本国内に持ち込む場合が該当する。)」とされている<a href="#f-c8f54328" name="fn-c8f54328" title="特許庁総務部総務課制度審議室編『令和3年特許法等の一部改正産業財産権法の解説』(発明推進協会,2022)121頁。">*6</a>。このことから、商標法および意匠法の「輸入」について追加された規定は、有体物を前提としており、プログラムのような無体物は想定されていないと解さざるを得ない<a href="#f-a3a8eb3b" name="fn-a3a8eb3b" title="「電気通信回線を通じて提供する行為」自体は、商標法の「使用」の一態様として(2条3項3号)、また意匠法の「実施」の一態様として(2条2項3号イ)、それぞれ(「輸入」とは別の行為として)規定されている。">*7</a>。</p><p>付言すると、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号では、「譲渡等(譲渡及び貸渡しをいい、その物がプログラム等である場合には、電気通信回線を通じた提供を含む。以下同じ。)、輸出若しくは輸入」と、「譲渡等」および「輸入」が分けて規定されており、かつ、「電気通信回線を通じた提供」は「譲渡等」についてのみ規定されている。このことから、「輸入」に「電気通信回線を通じた提供」は含まれないという解釈があり得る<a href="#f-7a1fcd9d" name="fn-7a1fcd9d" title="津田幸宏ほか「判例研究:RIM事件判決について」第二東京弁護士会知的財産権法研究会編『特許法の日米比較』(商事法務,2009)365頁[津田幸宏発言]参照。">*8</a>。さらに、「輸入」を「貨物の日本国内への搬入行為と解する以上,……単なる信号波の伝搬行為をもって貨物の搬入行為や引き取り行為と解することは「輸入」概念の前提をもはや超えるものであ」るという見解もある<a href="#f-6a40b44b" name="fn-6a40b44b" title="中山信弘・小泉直樹編・前掲51頁[平嶋竜太]。ただし論者は、「理論的には逆の解釈も成り立ちうる」とも述べる(同頁)。">*9</a></p><p></p>
</div>
<div class="section">
<h3>結論</h3>
<p>以上を踏まえると、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>の「輸入」につき、とくに「電気通信回線を通じた提供」に関して、海外に居る者による行為を含むと解釈するのは、困難であると思われる。</p><p>なお、第1回<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%C4%A3">特許庁</a>政策推進懇談会では「知的財産制度の検討課題」の一つとして「AI、IoT時代に対応した特許の「実施」定義」が挙げられている<a href="#f-b7ea6ac8" name="fn-b7ea6ac8" title="https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/kenkyukai/kondankai/01-gijigaiyo.html">*10</a>。将来、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>における「実施」の定義が変更(拡張)されることにより、本稿の検討自体が無意味となるのかも知れない。</p>
</div>
<div class="section">
<h3>変更履歴</h3>
<ul>
<li>2022-05-22 公開</li>
</ul>
</div><div class="footnote">
<p class="footnote"><a href="#fn-583b9b6c" name="f-583b9b6c" class="footnote-number">*1</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text"><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%E6%BB%B3%BF%AE%B9%B0">中山信弘</a>・小泉直樹編『新・注解 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>〔第2版〕上巻』(青林書院,2017)50頁[平嶋竜太]。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-85c9e2e5" name="f-85c9e2e5" class="footnote-number">*2</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">この改正は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%BA%B6%C8%B9%BD%C2%A4%BF%B3%B5%C4%B2%F1">産業構造審議会</a> 知的財産分科会 商標制度小委員会での検討結果を受けてのものである。<a href="https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/shohyo_shoi/document/20210204_shohyo_arikata/20210204_hokokusho.pdf">商標制度小委員会『ウィズコロナ/ポストコロナ時代における商標制度の在り方について』(2021)</a>5頁以下参照。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-9d1a3f16" name="f-9d1a3f16" class="footnote-number">*3</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">「実施行為<strong>等</strong>」と記したのは、実施行為(2条3項)のみならず、101条1号等にも「輸入」が規定されているからである。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-e9db812d" name="f-e9db812d" class="footnote-number">*4</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text"><a href="https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/shohyo_shoi/document/20210204_shohyo_arikata/20210204_hokokusho.pdf">特許庁「産業構造審議会知的財産分科会 第44回特許制度小委員会 配布資料 【資料3】 模倣品の越境取引に関する規制の必要性について」(2020)</a>9頁。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-03d4150a" name="f-03d4150a" class="footnote-number">*5</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">「輸入」行為の拡張ではなく、明確化である可能性もある。商標制度小委員会・前掲9頁注14および対応する本文参照。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-c8f54328" name="f-c8f54328" class="footnote-number">*6</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text"><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%C4%A3">特許庁</a>総務部総務課制度審議室編『令和3年<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>等の一部改正<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%BA%B6%C8%BA%E2%BB%BA%B8%A2">産業財産権</a>法の解説』(発明推進協会,2022)121頁。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-a3a8eb3b" name="f-a3a8eb3b" class="footnote-number">*7</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">「電気通信回線を通じて提供する行為」自体は、商標法の「使用」の一態様として(2条3項3号)、また意匠法の「実施」の一態様として(2条2項3号イ)、それぞれ(「輸入」とは別の行為として)規定されている。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-7a1fcd9d" name="f-7a1fcd9d" class="footnote-number">*8</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">津田幸宏ほか「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>研究:RIM事件判決について」<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%E8%C6%F3%C5%EC%B5%FE%CA%DB%B8%EE%BB%CE%B2%F1">第二東京弁護士会</a><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B8%A2">知的財産権</a><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CB%A1%B8%A6">法研</a>究会編『<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>の日米比較』(商事法務,2009)365頁[津田幸宏発言]参照。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-6a40b44b" name="f-6a40b44b" class="footnote-number">*9</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text"><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%E6%BB%B3%BF%AE%B9%B0">中山信弘</a>・小泉直樹編・前掲51頁[平嶋竜太]。ただし論者は、「理論的には逆の解釈も成り立ちうる」とも述べる(同頁)。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-b7ea6ac8" name="f-b7ea6ac8" class="footnote-number">*10</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text"><a href="https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/kenkyukai/kondankai/01-gijigaiyo.html">https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/kenkyukai/kondankai/01-gijigaiyo.html</a></span></p>
</div>
tanakakohsuke
国境を跨ぐ実施相当行為が特許権侵害に当たらないと判断された事案 ― 東京地判令和4年3月24日(令和元年(ワ)第25152号)
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2022-05-08T16:29:10+09:00
2022-09-23T20:53:10+09:00 はじめに 東京地判令和4年3月24日(令和元年(ワ)第25152号)*1は、特許権者である原告(株式会社ドワンゴ)が、「FC2動画」(被告サービス1)に係るシステム(被告システム1)などは特許発明の技術的範囲に属し、被告ら(FC2, INC.および株式会社ホームページシステム[HPS]*2)の行為は特許権侵害であると主張して、侵害行為の差止め及び侵害組成物の廃棄、並びに損害賠償を求めた事案である。本件は、端的には、サーバとクライアントとからなるシステムクレームについて、海外に存在するサーバと日本のユーザ端末とからなる被告システムに係る行為が特許権侵害を構成するか否かが、問われたものと言える。国…
<div class="section">
<h3 id="はじめに">はじめに</h3>
<p><a href="https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=91124">東京地判令和4年3月24日(令和元年(ワ)第25152号)</a><a href="#f-3b0e9fef" name="fn-3b0e9fef" title="東京地方裁判所民事第29部 國分隆文裁判長。">*1</a>は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者である原告(株式会社<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%C9%A5%EF%A5%F3%A5%B4">ドワンゴ</a>)が、「FC2動画」(被告サービス1)に係るシステム(被告システム1)などは特許発明の技術的範囲に属し、被告ら(FC2, INC.および株式会社ホーム<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DA%A1%BC%A5%B8%A5%B7%A5%B9%A5%C6%A5%E0">ページシステム</a>[HPS]<a href="#f-af7289db" name="fn-af7289db" title="裁判所の事実認定によれば、FC2は米国ネバダ州法により設立された米国法人、HPSは日本の株式会社。">*2</a>)の行為は<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害であると主張して、侵害行為の差止め及び侵害組成物の廃棄、並びに損害賠償を求めた事案である。</p><p>本件は、端的には、サーバとクライアントとからなるシステムクレームについて、海外に存在するサーバと日本のユーザ端末とからなる被告システムに係る行為が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害を構成するか否かが、問われたものと言える。</p><p>国境を跨ぐ「実施相当行為」<a href="#f-0016e7cf" name="fn-0016e7cf" title="国内のみで行なわれていれば特許法上の「実施」に該当するものであるが、国境を跨いだ場合に当該行為が「実施」に該当するか否か問題となっているため、平嶋竜太・後掲27頁注9に倣い、引用部分を除き、「実施相当行為」との語を用いる。">*3</a>が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害に当たるか否かという問題については、かねてから議論の対象となっており<a href="#f-9107b230" name="fn-9107b230" title="[https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11250662/www.jpo.go.jp/resources/report/sonota/document/zaisanken-seidomondai/2016_11.pdf:title=知的財産研究所『ネットワーク関連発明における国境をまたいで構成される侵害行為に対する適切な権利保護の在り方に関する調査研究』(2017)]参照。">*4</a>、裁判所が判断を示した希少なケースである本件<a href="#f-c1859f60" name="fn-c1859f60" title="その他の裁判例としては、東京地判平成13年9月20日(平成12年(ワ)第20503号)[電着画像の形成方法の発明]がある。">*5</a>は、判決書の公開直後から注目を浴びている<a href="#f-cacd91ea" name="fn-cacd91ea" title="[https://news.yahoo.co.jp/byline/kuriharakiyoshi/20220506-00294789:title=栗原潔「ドワンゴが、対FC2特許権侵害訴訟で敗訴(4年ぶり2回目)」(2022)]参照。">*6</a>。</p><p>本稿では、本件について、その判旨を記した後、関連する米国裁<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>および学説を挙げ、最後に私の雑駁な感想を述べる。初学者である私の備忘録を目的とするものであり、深い検討や十分な文献調査も行なっていないため、稚拙な内容である点は御容赦いただきたい。また、誤りがあれば(そっと)御指摘いただけると幸いである。</p><p>なお本件は、対象となる特許発明が複数あり、また被疑侵害品も複数存在するが、以下では、「本件発明1」と「被告サービス1のFLASH版」に係る「被告システム1」とに関する部分についてのみ、言及する<a href="#f-35f3c6ad" name="fn-35f3c6ad" title="被告らにより特許無効の抗弁なども主張されているが、それらにつき裁判所は判断を示していないため、この点も言及しない。">*7</a>。</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="本件発明18">本件発明1<a href="#f-eef78a0b" name="fn-eef78a0b" title="「1A」等の符号を判決文に従い付記した。">*8</a></h3>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;"></p>
<ul>
<li>1A サーバと、これとネットワークを介して接続された複数の端末装置と、を備えるコメント配信システムであって、 </li>
<li>1B 前記サーバは、前記サーバから送信された動画を視聴中のユーザから付与された前記動画に対する-第1コメント及び第2コメントを受信し、</li>
<li>1C 前記端末装置に、前記動画と、コメント情報とを送信し、 </li>
<li>1D 前記コメント情報は、前記第1コメント及び前記第2コメントと、前記第1コメント及び前記第2コメントのそれぞれが付与された時点に対応する、前記動画の最初を基準とした動画の経過時間を表す動画再生時間であるコメント付与時間と、を含み、 </li>
<li>1E 前記動画及び前記コメント情報に基づいて、前記動画と、前記コメント付与時間に対応する動画再生時間において、前記動画の少なくとも一部と重なって、水平方向に移動する前記第1コメント及び前記第2コメントと、を前記端末装置の表示装置に表示させる手段と、</li>
<li>1F 前記第2コメントを前記1の動画上に表示させる際の表示位置が、前記第1コメントの表示位置と重なるか否かを判定する判定部と、</li>
<li>1G 重なると判定された場合に、前記第1コメントと前記第2コメントとが重ならない位置に表示されるよう調整する表示位置制御部と、を備えるコメント配信システムにおいて、</li>
<li>1H 前記サーバが、前記動画と、前記コメント情報とを前記端末装置に送信することにより、前記端末装置の表示装置には、前記動画と、前記コメント付与時間に対応する動画再生時間において、前記動画の少なくとも一部と重なって、水平方向に移動する前記第1コメント及び前記第2コメントと、が前記第1コメントと前記第2コメントとが重ならないように表示される、</li>
<li>1I コメント配信システム。</li>
</ul><p></div></p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="判旨9">判旨<a href="#f-4179f735" name="fn-4179f735" title="枠で囲まれた部分は判決文からの引用である。ただし強調は引用者による。">*9</a></h3>
<p>請求棄却。</p>
<div class="section">
<h4 id="準拠法についての判断10">準拠法についての判断<a href="#f-a04e0598" name="fn-a04e0598" title="国際裁判管轄については、民訴法3条の8および3条の2により日本の裁判所に管轄権があるとされた。">*10</a></h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">(1) 差止め及び除却等の請求について <br />
<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>に基づく差止め及び廃棄請求の準拠法は、当該<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>が登録された国の法律であると解すべきであるから(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%C7%B9%E2%BA%DB">最高裁</a>平成12年(受)第580同 14年9月26日第一小法廷判決・<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%B1%BD%B8">民集</a>56巻7号1551頁)、本件の差止め及び除却等の請求についても、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>が登録された国の法律である日本法が準拠法となる。 <br />
(2) 損害賠償請求について <br />
<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害を理由とする損害賠償請求については、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>特有の問題ではなく、財産権の侵害に対する民事上の救済の一環にほかならないから、法律関係の性質は<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%D4%CB%A1%B9%D4%B0%D9">不法行為</a>である(前掲<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%C7%B9%E2%BA%DB">最高裁</a>平成14年9月26日第一小法廷判決)。したがって、その準拠法については、通則法17条によるべきであるから、「加害行為の結果が発生した地の法」となる。 <br />
原告の損害賠償請求は、被告らが、被告サービスにおいて日本国内の端末に向けてファイルを配信したこと等によって、日本国特許である本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害したことを理由とするものであり、その主張が認められる場合には、権利侵害という結果は日本で発生したということができるから、上記損害賠償請求に係る準拠法は日本法である。</div></p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="被告サービス1についての認定事実">被告サービス1についての認定事実</h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">被告FC2は、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の設定登録がされた令和元年5月17日以降の時期において、業として被告サービス1を運営している。<br />
……<br />
被告サービス1は、日本語のほか、英語、中国語(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B4%CA%C2%CE%BB%FA">簡体字</a>)、中国語<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%CB%C2%CE%BB%FA">繁体字</a>)、韓国語、フランス語、ドイツ語、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%B9%A5%DA%A5%A4%A5%F3%B8%EC">スペイン語</a>、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DD%A5%EB%A5%C8%A5%AC%A5%EB%B8%EC">ポルトガル語</a>、ロシア語、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A4%A5%F3%A5%C9%A5%CD%A5%B7%A5%A2%B8%EC">インドネシア語</a>及び<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D9%A5%C8%A5%CA%A5%E0%B8%EC">ベトナム語</a>の12言語により表示、入力等されるウェブサイトが用意されている。また、被告サービス1は、日本からのアクセスを含め、原則として全世界からのアクセスが可能であり、特定の国からのアクセスを拒否する設定を行うことは可能であるが、<strong>日本からのアクセスに限る等のアクセス制限は行われていない</strong>……。<br />
被告FC2は、<strong>被告サービス1の提供に当たり、ウェブサーバ、コメント配信用サーバ及び動画配信用サーバを設置及び管理しており、これらのサーバは、令和元年5月17日以降の時期において、いずれも米国に存在している</strong>……。<br />
……<br />
被告サービス1においてコメント付き動画を日本国内のユーザ端末に表示させる手順を……整理すると、次のとおりとなる……。<br />
……<br />
① ユーザが、事前に<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%C1%A3%E4%A3%EF">Ado</a>be Flash Playerをブラウザの<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D7%A5%E9%A5%B0%A5%A4%A5%F3">プラグイン</a>(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B3%C8%C4%A5%B5%A1%C7%BD">拡張機能</a>)としてユーザ端末にインストールしておく。 <br />
②-1 ユーザが、ユーザ端末において、所望の動画を表示させるための被告サービス1のウェブページをブラウザに表示させる。 <br />
②-2 ②-1により、ウェブページのデータ及び<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイルが被告FC2のウェブサーバからユーザ端末のブラウザのキャッシュにダウンロードされる。FLASHが、ブラウザのキャッシュにある<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイルを読み込む。 <br />
③ ユーザが、ユーザ端末において、ブラウザ上に表示されたウェブページにおける動画の再生ボタンを押す。 <br />
④-1 ②-2でFLASHが読み込んだ<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイルには、動画及びコメントに関する情報の取得をリク<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%B9">エス</a>トするようにブラウザに要求する命令が格納されており、FLASHが、その命令に従って、ブラウザに対し動画ファイル及びコメントファイルを取得するよう指示し、ブラウザが、その指示に従って、被告FC2の動画配信用サーバに対し動画ファイルのリク<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%B9">エス</a>トを行い、被告FC2のコメント配信用サーバに対しコメントファイルのリク<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%B9">エス</a>トを行う。<br />
上記リク<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%B9">エス</a>トの際、特定の動画を再生するための具体的な動画ファイル及びコメントファイルの指定は、ブラウザが<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイルの情報に基づき被告FC2のウェブサーバにアクセスしてウェブサーバからURLを取得することによって行われている。 <br />
④-2 ④-1のリク<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%B9">エス</a>トに応じて、被告FC2の動画配信用サーバが動画ファイルを、被告FC2のコメント配信用サーバがコメントファイルを、ユーザ端末に配信する。<br />
⑤ ユーザ端末が、④-2の動画ファイル及びコメントファイルを受信する。<br />
これにより、ユーザ端末が、受信した動画ファイル及びコメントファイルに基づいて、ブラウザ上にコメント付き動画を表示させる。 <br />
その表示の際に2つのコメントが重複するか否かを判定する計算式及び重複すると判定された場合の重ならない表示位置の指定は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A3%D3%A3%D7%A3%C6">SWF</a>ファイルによって規定される条件に基づいて行われている。</div></p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="特許権侵害成否についての判断"><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害成否についての判断</h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">(ア) <strong>物の発明の「実施」としての「生産」(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号)とは、発明の技術的範囲に属する「物」を新たに作り出す行為をいうと解される。また、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味する<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%B0%C3%CF%BC%E7%B5%C1">属地主義</a>の原則(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%C7%B9%E2%BA%DB">最高裁</a>平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第三小法廷判決・<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%B1%BD%B8">民集</a>51巻6号2299頁[引用者注:BBS事件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%C7%B9%E2%BA%DB">最高裁</a>判決]、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%C7%B9%E2%BA%DB">最高裁</a>平成12年(受)第580号同14年9月26日第一小法廷判決・<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%B1%BD%B8">民集</a>56巻7号1551頁[引用者注:カードリーダ事件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%C7%B9%E2%BA%DB">最高裁</a>判決]参照)からは、上記「生産」は、日本国内におけるものに限定されると解するのが相当である。したがって、上記の「生産」に当たるためには、特許発明の構成要件の全てを満たす物が、日本国内において新たに作り出されることが必要であると解すべきである。</strong></p><p>(イ) ……<strong>被告システム1は、本件発明1の構成要件を全て充足し、その技術的範囲に属するものであ……る。 </strong><br />
また、<strong>被告サービス1のFLASH版においてコメント付き動画を日本国内のユーザ端末に表示させる手順は、前記……のとおりであって、被告サービス1がその手順どおりに機能することによって、上記のとおり本件発明1の構成要件を全て充足するコメント配信システムである被告システム1が新たに作り出されるということができる。</strong><br />
そして、本件発明1のコメント配信システムは、「サーバ」と「これとネットワークを介して接続された複数の端末装置」をその構成要素とする物であるところ(構成要件1A)、被告システム1においては、日本国内のユーザ端末へのコメント付き動画を表示させる場合、上記の「これとネットワークを介して接続された複数の端末装置」は、日本国内に存在しているものといえる。<br />
他方で、……本件発明1における「サーバ」(構成要件1A等)とは、視聴中のユーザからのコメントを受信する機能を有するとともに(構成要件1B)、端末装置に「動画」及び「コメント情報」を送信する機能(構成要件1C)を有するものであるところ、これに該当する被告FC2が管理する……動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバは、……いずれも米国内に存在しており、日本国内に存在しているものとは認められない。<br />
そうすると、被告サービス1により日本国内のユーザ端末へのコメント付き動画を表示させる場合、被告サービス1が前記……の手順どおりに機能することによって、<strong>本件発明1の構成要件を全て充足するコメント配信システムが新たに作り出されるとしても、それは、米国内に存在する動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバと日本国内に存在するユーザ端末とを構成要素とするコメント配信システム(被告システム1)が作り出されるものである。</strong><br />
したがって、<strong>完成した被告システム1のうち日本国内の構成要素であるユーザ端末のみでは本件発明1の全ての構成要件を充足しないことになるから、直ちには、本件発明1の対象となる「物」である「コメント配信システム」が日本国内において「生産」されていると認めることができない。</strong></p><p>(ウ) 原告は、被告システム1では、多数のユーザ端末は日本国内に存在しているから、被告システム1の大部分は日本国内に存在している、被告FC2が管理するサーバが国外に存在するとしても、「生産」行為が国外の行為により開始されるということを意味するだけで、「生産」行為の大部分は日本国内で行われている、本件発明1において重要な構成要件1Hに対応する被告システム1の構成1hは国内で実現されている、被告システム1については「生産」という実施行為が全体として見て日本国内で行われているのと同視し得るにもかかわらず、被告らが単にサーバを国外に設置することで日本の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害を免れられるという結論となるのは著しく妥当性を欠くなどとして、被告システム1は、量的に見ても、質的に見ても、その大部分は日本国内に作り出される「物」であり、被告らによる「生産」は日本国内において行われていると評価することができると主張する。 <br />
しかしながら、前記(ア)のとおり、<strong><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号の「生産」に該当するためには、特許発明の構成要件を全て満たす物が日本国内において作り出される必要があると解するのが相当であり、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>による禁止権の及ぶ範囲については明確である必要性が高いといえることからも、明文の根拠なく、物の構成要素の大部分が日本国内において作り出されるといった基準をもって、物の発明の「実施」としての「生産」の範囲を画するのは相当とはいえない。</strong><br />
そうすると、<strong>被告システム1の構成要素の大部分が日本国内にあることを根拠として、直ちに被告システム1が日本国内で生産されていると認めることはできないというべきである。</strong><br />
また、……本件発明1の目的は、単に、構成要件1Fの「判定部」及び構成要件1Gの「表示位置制御部」に相当する構成等を備える端末装置を提供することではなく、ユーザ間において、同じ動画を共有して、コメントを利用しコミュニケーションを図ることができるコメント配信システムを提供することであり、この目的に照らせば、動画の送信(構成要件1C及び1H)並びにコメントの受信及びコメント付与時間を含むコメント情報の送信(構成要件1B、1C及び1H)を行う<strong>「サーバ」は、この目的を実現する構成として重要な役割を担うものというべきである。この点<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A4%AB%A4%E9%A4%B7">からし</a>ても、本件発明1に関しては、ユーザ端末のみが日本に存在することをもって、「生産」の対象となる被告システム1の構成要素の大部分が日本国内に存在するものと認めることはできないというべきである。</strong><br />
さらに、……被告サービスにおいては、日本語が使用可能であり、日本在住のユーザに向けたサービスが提供されていたと考えられ、……平成26年当時、日本法人である被告HPSが、被告FC2の委託を受けて、被告サービスを含む同被告の運営するサービスに関する業務を行っていたという事情は認められるものの、本件全証拠によっても、本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の設定登録がされた令和元年5月17日以降の時期において、<strong>米国法人である被告FC2が本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の侵害の責任を回避するために動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバを日本国外に設置し、実質的には日本国内から管理していたといった、結論として著しく妥当性を欠くとの評価を基礎付けるような事情は認められない。</strong>……。</p><p>(エ) 以上によれば、被告サービス1のFLASH版については、本件発明1の関係で、被告FC2による被告システム1の日本国内での「生産」を認めることができないというべきである。</div></p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="結論">結論</h4>
<p><div style="border-style: dotted ; border-width: 1px; padding: 10px 10px 10px 10px;">……被告システムは本件発明の技術的範囲に属すると認められるものの、……本件特許が登録された令和元年5月17日以降において被告らによる被告システムの日本国内における生産は認められず、被告らが本件発明を日本国内において実施したとは認められないから、被告らによる本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の侵害の事実を認めることはできない。<br />
よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却する……。</div></p>
</div>
</div>
<div class="section">
<h3 id="米国における裁判例">米国における裁<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a></h3>
<p>本件と同様に、国境を跨ぐ実施相当行為が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害に当たるか否かについて判断された有名な米国の裁<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>として、NTP事件<a href="#f-2ddd95e2" name="fn-2ddd95e2" title="被疑侵害製品がBlackBerryに関するものであることから「BlackBerry事件」とも称される。">*11</a>CAFC判決<a href="#f-23e8c21d" name="fn-23e8c21d" title="NTP, Inc. v. Research in Motion, Ltd., 418 F. 3d 1282 (Fed. Cir. 2005).">*12</a>がある<a href="#f-8dc1e94e" name="fn-8dc1e94e" title="この裁判例を含む、海外の裁判例については知的財産研究所・前掲51頁以下参照。">*13</a>。</p><p>本事案は、(複数の)<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を有する原告(=被控訴人)が、通信システムを運用する被告(=控訴人)に対し、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害を主張したものであって、当該通信システムの一部は、米国外に存在する事案であった。</p><p>CAFCは、概ね次のように述べ、システムクレームについては<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害を認める一方、方法クレームについては侵害を否定した。</p><p>「米国<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>271条(a)における、システムの特許発明の「使用(use)」が行なわれている場所とは、システムが全体としてサービスに供されている (the system as a whole is put into service)場所、すなわち、システムの制御(control)がなされ、かつ、そのシステムの有益な使用(beneficial use)がなされている場所である。被告システムの米国の利用者(被告の顧客)は、情報の送信を制御し、また、そのような情報のやりとりにより利益を得ているため、被告システムの一部が米国外に存在しても、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害の成立を妨げられない。」<a href="#f-9847a50e" name="fn-9847a50e" title="米国裁判例につき、「」で囲まれたものは、判決文の引用(の翻訳)でなく、判示内容の要約である。">*14</a> <a href="#f-e8344f61" name="fn-e8344f61" title="ここで認められた「使用」の主体は、被告の顧客である(より正確には、原審において陪審員がそのように評決したところ、被告が控訴したのは、その使用が米国内で行なわれたか否かについてのみであった)。NTP, Inc. v. Research in Motion, Ltd., 418 F.3d 1282, 1317 n.13 (Fed. Cir. 2005).">*15</a></p><p>「他方、271条(a)において、方法やプロセス(method or process)の特許発明の「使用」は、システムや装置(system or device)の特許発明の「使用」とは、根本的に異なる。プロセスは一連の行為であるため、プロセスの使用には、必然的に列挙された個々のステップの実行を伴う。この点は、それぞれの要素が集合的に用いられる、システムの使用とは異なる。それゆえ、個々のステップ全てが米国内で行なわれていなければ、米国内で当該プロセスが使用されていると言えない。本事案では、被疑侵害行為の一部が米国外に存在する装置内で行なわれているため、271条(a)の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>を構成しない。」<br />
<br />
</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="学説">学説</h3>
<p>学説では、かねてより、「実施行為の一部が国外で行われた場合であっても、侵害という結果との関連で実施行為が全体として我が国内で行われているのと同意し得る場合もあるのではなかろうか」<a href="#f-4b7e5113" name="fn-4b7e5113" title="高部眞規子「国際化と複数主体による知的財産権の侵害」秋吉稔弘先生喜寿記念『知的財産権 その形成と保護』(新日本法規出版,2002)176頁。なお、この見解は「インターネット関連の場合について特別の立法が必要であろうか。」(同頁)とも述べる。">*16</a>等と、国境を跨ぐ実施相当行為があった場合であっても、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害が認められる余地があることが説かれてきた。</p><p>問題は、どのような法理論を採用し、どのようなケースで<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害が認められるかである。</p><p>学説の中には、上記NTP事件CAFC判決に示唆を受け、「実施」を緩やかに解釈し、「一定の場合(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/BlackBerry">BlackBerry</a>事件でのCAFCの判断では,システムの管理と有益な使用の場所が国内にある場合,ということになる。)には,クレームを充足する行為の一部が国外で行われていたとしても,なお「実施」に当たるとする見解も理論的にあり得る」と述べるものがある<a href="#f-dc159e3b" name="fn-dc159e3b" title="杉浦正樹「特許権侵害行為の一部が国外において行われた場合」飯村敏明・設樂隆一編著『知的財産関係訴訟』(青林書院,2008)304頁。飯塚卓也「国境を越えた侵害関与者の責任」ジュリスト1509号(2017)32頁は、実施行為の中でも「使用」に着目している。">*17</a>。</p><p>また、「日本において「特許発明の本質的部分」が行われていれば、他の要素が国外で行われていたとしても、なお、日本の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>が及ぶと考えてよいのではないか」とする見解がある<a href="#f-aad6040a" name="fn-aad6040a" title="山内貴博「「国境を跨ぐ侵害行為」に対するあるべき規律―実務家の視点から―」IPジャーナル2号(2017)13頁。「[引用者注:実施行為の]実質的な一部が国内に所在していれば,……国内特許侵害が成立している」とする松本直樹「ビジネス方法特許と国際的な特許侵害―複数国にまたがって行われる侵害行為と特許権行使―」竹田稔ほか編『ビジネス方法特許 その特許性と権利行使』(青林書院,2004)515頁以下や、「直接侵害行為の一部の行為が外国で行われた場合にも重要な行為が国内で行われている場合には,特許権侵害を認めるとする考え方が現実的であろう」とする潮海久雄「分担された実施行為に対する特許間接侵害規定の適用と問題点」特許研究41号(2006)14頁も同旨か。">*18</a>。</p><p>加えて、①実施相当行為の(主たる)意思判断を行う主体の物理的所在地、②特許発明の技術的効果の主たる発現地・帰属地、③特許発明を構成する主要な構成要件に係る物理的な動作地、という3つの評価基準を複合的に組み合わせて、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害成否を判断するという見解も主張されている<a href="#f-3a5aa43e" name="fn-3a5aa43e" title="平嶋竜太「「国境を跨ぐ侵害行為」と特許法による保護の課題」IPジャーナル2号(2017)27頁以下。">*19</a>。</p><p>さらに近時では、「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%B0%C3%CF%BC%E7%B5%C1">属地主義</a>の原則を採用するという政策的判断の前提をなしてきた事情が大きく変容し,新たな保護のニーズが生まれた現代においては,この原則に強く<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C7%BC%B9">固執</a>するべきではなく,より柔軟な抵触法的判断を指向すべきである」とし、「例えば,ネットワーク関連発明について日本で<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を取得しているという場合に,日本の顧客を対象にサービスが提供され日本市場が収益を上げるためのターゲットとされている限り,<u>実施行為自体がどの地で行われていようとも</u>,日本法が準拠法となり,我が国の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者は,日本<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の侵害を理由とする差止請求・損害賠償請求を行うことができる」(下線は<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%B6%CA%B8%A5%DE%A5%DE">原文ママ</a>)と極めて緩やかに<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害を認める学説も現れている<a href="#f-7ca01630" name="fn-7ca01630" title="愛知靖之「IoT時代における「属地主義の原則」の意義―「ネットワーク関連発明」の国境を越えた実施と特許権侵害―」牧野利秋編『最新知的財産訴訟実務』(青林書院,2020)270頁および276頁。">*20</a>。<br />
<br />
</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="雑感">雑感</h3>
<div class="section">
<h4 id="全体の判断枠組み">全体の判断枠組み</h4>
<p>本判決では、被疑侵害品の構成要件充足性を判断した後、被告らによる「実施」(本件では「生産」)該当性を判断している。すなわち、構成要件に対応する被疑侵害品構成の一部が国外にあるからといって、即座に<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害を否定するような「門前払い」をしていない。これは、国境を跨ぐ実施相当行為であっても、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害が成立する場合があり得ることを含意しているように感じる。</p><p>「完成した被告システム1のうち日本国内の構成要素であるユーザ端末のみでは本件発明1の全ての構成要件を充足しないことになるから、<strong>直ちには、</strong>本件発明1の対象となる「物」である「コメント配信システム」が日本国内において「生産」されていると認めることができない」(強調は引用者;以下同)と、「直ちには」等と留保している点からも、このことが示唆されているように思われる。</p><p>もっとも、いかなる場合に<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害が成立するか、本判決は具体的な規範を提示していない。事案の蓄積がない現状において規範を示すのは時期尚早と裁判所は考えたのかも知れないが、予測可能性という点では不満を覚えるというのが率直な感想である。</p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="準拠法">準拠法</h4>
<p>準拠法について、最一小判平成14年9月26日(平成12年(受)第580号)<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%B1%BD%B8">民集</a>第56巻7号1551頁[カードリーダ事件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%C7%B9%E2%BA%DB">最高裁</a>判決]を引用し<a href="#f-4b068aa8" name="fn-4b068aa8" title="カードリーダ事件最高裁判決については、さしあたり[https://patent-law.hatenablog.com/entry/2019/10/19/235023:title=拙稿「日本裁判所への米国特許権侵害訴訟提起についての覚書」(2019)]参照。">*21</a>、差止め及び廃棄請求と損害賠償請求と分けて、その判断を行なっている。批判の多い<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%C7%B9%E2%BA%DB">最高裁</a>判決ではあるが、下級審判決という性質上、この<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%C7%C8%BD">最判</a>に従うのは当然であろう。</p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="サービス提供国">サービス提供国</h4>
<p><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%EC%B5%FE%C3%CF%BA%DB">東京地裁</a>が、被告サービス1が日本語でも提供されていることを事実認定している一方、わざわざ「日本からのアクセスに限る等のアクセス制限は行われていない」と認定している理由はあるのだろうか。仮に日本のみにサービス提供されていた場合は、結果に影響があったのだろうか。</p><p>仮にNTP事件CAFC判決のように、「有益な使用」を行なっている国が我が国か否かを実施該当性の考慮対象としても、日本<strong>のみ</strong>で「有益な使用」を行なわれている必要はないであろうから<a href="#f-884a8a7d" name="fn-884a8a7d" title="常識的にも、日本のみでサービス提供していた場合は特許権侵害となる一方、他国へもサービス提供を開始した途端に非侵害となるのは理不尽であろう。">*22</a>、この事実認定の意義は、判決文のみからは不明である。</p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="構成要素の大部分">構成要素の大部分</h4>
<p>「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号の「生産」に該当するためには、特許発明の構成要件を全て満たす物が日本国内において作り出される必要があると解するのが相当であり、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>による禁止権の及ぶ範囲については明確である必要性が高いといえることからも、明文の根拠なく、物の構成要素の大部分が日本国内において作り出されるといった基準をもって、物の発明の「実施」としての「生産」の範囲を画するのは相当とはいえない。そうすると、被告システム1の構成要素の大部分が日本国内にあることを根拠として、直ちに被告システム1が日本国内で生産されていると認めることはできないというべきである」との判示がある。</p><p>ここで、上記「構成要素の大部分」が単に量的なものを意味するのであれば、この判示に異論はない。しかし、質的なもの(例えば特許発明の「本質的部分」)が「構成要素の大部分」に対応するものと考えた場合はどうか。</p><p>この点に関連して、本判決は「本件発明1の目的は、……ユーザ間において、同じ動画を共有して、コメントを利用しコミュニケーションを図ることができるコメント配信システムを提供することであり、この目的に照らせば、動画の送信(構成要件1C及び1H)並びにコメントの受信及びコメント付与時間を含むコメント情報の送信(構成要件1B、1C及び1H)を行う<strong>「サーバ」は、この目的を実現する構成として重要な役割を担うものというべきである。この点<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A4%AB%A4%E9%A4%B7">からし</a>ても、本件発明1に関しては、ユーザ端末のみが日本に存在することをもって、「生産」の対象となる被告システム1の構成要素の大部分が日本国内に存在するものと認めることはできないというべきである</strong>」と述べている。</p><p>上記判示は、「サーバ」を「重要な役割を担うもの」と判断し、「構成要素の大部分」(の一つ)として取り扱っているように読める。すなわち、「重要な役割を担うもの」は「構成要素の大部分」に該当するとも解釈できる。</p><p>翻って、本判決は「被告システム1の構成要素の大部分が日本国内にあることを根拠として、直ちに被告システム1が日本国内で生産されていると認めることはできない」と述べていた。この判示の「構成要素の大部分」を「重要な役割を担うもの」に置き換えると、「被告システム1の「重要な役割を担うもの」が日本国内にあることを根拠として、直ちに被告システム1が日本国内で生産されていると認めることはできない」となる。特許発明の中で重要な構成要件が国内に存在しても、(それだけでは)<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害は認められない、と本判決は考えているのだろうか。上述した「日本において「特許発明の本質的部分」が行われていれば、……日本の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>が及ぶと考えてよい」とする学説との関係が気になるところである。<br />
<br />
</p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="著しく妥当性を欠くとの評価を基礎付けるような事情">著しく妥当性を欠くとの評価を基礎付けるような事情</h4>
<p>本判決は、「米国法人である被告FC2が本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の侵害の責任を回避するために動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバを日本国外に設置し、実質的には日本国内から管理していたといった、結論として著しく妥当性を欠くとの評価を基礎付けるような事情は認められない」と述べる。</p><p>これは、「結論として著しく妥当性を欠くとの評価を基礎付けるような事情」があれば、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害となり得ることを意味しているのだろうか。そうであれば、当該「事情」とはどのようなものなのか。(その「事情」の例として挙げられているように読める)「実質的には日本国内から管理」とは具体的にはどのような態様なのか。さらには、「本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の侵害の責任を回避するために」といった被疑侵害者の主観も侵害成否に関係するのか。上記判示に対し、疑問は尽きない。<br />
<br />
</p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="特許クレームの種別">特許クレームの種別</h4>
<p>本件はサーバとクライアントとを含むシステムクレームが対象となったわけであるが、仮に方法クレームならば、侵害判断に違いが生まれたのだろうか。<br />
少なくとも本システムクレームを単に方法クレームに書き直しただけでは、米国にあるサーバの動作が構成要件となるため、非侵害との判断は変わらないであろう<a href="#f-89bfcea2" name="fn-89bfcea2" title="「域外適用の典型例でありながら,域外適用が争点とならなかった事件」と称される(平成27年度特許委員会第三部会「クラウド時代に向いた域外適用・複数主体問題」パテント70巻1号41頁)知財高判平成22年3月24日(平成20年(ネ)第10085号)[インターネットサーバーのアクセス管理およびモニタシステム]で現れたようなクレーム記載の工夫をすれば、侵害に問えるのかも知れないが、私には具体的な記載方法が思い浮かばない。">*23</a>。</p><p>また、いわゆるサブコンビネーションクレームとして、クライアントのみをクレームした場合(クライアントクレームの場合)はどうなるだろうか。<br />
そのようなクレームで特許性を保てるかがまず問題となろうがその点は措くとすると、日本のユーザ端末へのSWFファイルの送信が、クライアントクレームの「生産」に当たるのだろうか。ただし、その送信行為は海外に存するサーバが行なっているため、この点が本件と同じく問題となるのかも知れない。<s>もっとも該論点は、SWFファイルを101条1号規定の専用品あるいは同条2号規定の中用品と考えることができれば、101条1号,2号には「輸入」も明記されているため、問題とはならないであろう</s><a href="#f-49a8f0b5" name="fn-49a8f0b5" title="2022-05-14追記:この記載は「輸入」の定義を誤解したものであったため、削除する。また、「輸入」に「電気通信回線を通じた提供」が含まれないとの解釈もあり得ることにつき、津田幸宏ほか「判例研究:RIM事件判決について」第二東京弁護士会知的財産権法研究会編『特許法の日米比較』(商事法務,2009)365頁[津田幸宏発言]および中山信弘・小泉直樹編『新・注解 特許法〔第2版〕上巻』(青林書院,2017)51頁[平嶋竜太]参照。2022-05-22追記:「輸入」につき、[https://patent-law.hatenablog.com/entry/2022/05/22/004556:title=拙稿「特許法における「輸入」」(2022)]で解説を行なった。">*24</a>。ただし、間接侵害を考える場合は、(「FC2動画」という被告サービスの性格上)ユーザはクライアントクレームを「業として」実施していないと解釈された結果、いわゆる独立説・従属説の問題が現れる可能性もある。</p><p>それでは、SWFファイルに相当するプログラムを規定したクレーム(プログラムクレーム)であった場合は、どうか。<br />
<s>実施行為として「輸入」が規定されている(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>2条3項1号)から、プログラムクレームの場合、被告の行為(海外にあるサーバから日本のユーザ端末へのSWFファイルの送信)を<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>に問えるように思われる。</s><a href="#f-f7e7d89b" name="fn-f7e7d89b" title="2022-05-14追記:この記載は、「輸入」の定義を誤解したものであったため、削除する。プログラムクレームの場合は、被告の行為がプログラムクレームの「譲渡等」と言えるかが問題となるのであろう。この点につき、[https://twitter.com/kurikiyo/status/1524622466005741569:title]
参照。">*25</a>もっとも、クライアントクレームと同様(あるいはそれ以上に)、特許性が問題となろう。</p>
</div>
<div class="section">
<h4 id="システムクレームの使用">システムクレームの「使用」</h4>
<p>最後に、蛇足となろうが、なぜ原告が、被告の行為は特許発明(システムクレーム)の「生産」に当たるとのみ主張し、システムクレームの「使用」については主張しなかった点が、私には気になる。</p><p>システムクレームの「使用」は(被疑侵害者ではなく、被疑侵害者の顧客である)ユーザが行為主体となると考えたのかも知れないが、システムの管理行為を「使用」と解する余地もあるように思われ、そのような解釈が可能であれば「使用」の行為主体を被疑侵害者と捉えることも可能ではなかろうか。もっとも、システムの管理行為は米国でなされていると考えられ、その点から日本<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害に問うことは難しいと考えたのかも知れない<a href="#f-80964f97" name="fn-80964f97" title="原告は、「生産」については、次のように主張している:「原告は、属地主義の原則及び現行法を前提としても、侵害被疑者がサーバを外国に設置した場合にも日本の特許権侵害が成立するよう本件発明のクレームを構成したものである。そして、……被告システムについては、被告サーバにより上記の各ファイルを配信するという被告らの「生産」行為の開始が国外から行われているものの、上記の各ファイルの受信という「生産」行為の大部分が日本国内において行われるものである。そうすると、侵害という結果との関連において、被告システムの「生産」という実施が全体として見て日本国内で行われているものと同視することができ、このような被告らの行為は本件特許権を侵害するものということができる。」(強調は引用者)">*26</a>。そもそも、私が思いつく程度のことは、原告<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%E5%CD%FD%BF%CD">代理人</a>も検討済みであろう。</p>
</div>
</div>
<div class="section">
<h3 id="結びに代えて">結びに代えて</h3>
<p>冒頭述べたとおり、本件は非常に注目を浴びており、本判決をきっかけに国境を跨ぐ実施相当行為が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害に当たるか否かについて、議論がこれまで以上に活性化することが期待される。</p><p>本件について控訴がなされているか不明である<a href="#f-77d94ec4" name="fn-77d94ec4" title="2022-05-22追記:控訴されたようである。[https://news.yahoo.co.jp/byline/kuriharakiyoshi/20220506-00294789:title=栗原潔「ドワンゴが、対FC2特許権侵害訴訟で敗訴(4年ぶり2回目)」(2022)]参照。">*27</a>が、できれば<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁(願わくは特別部)、さらには<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%C7%B9%E2%BA%DB">最高裁</a>による判断も見てみたいところである。<br />
<br />
</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="2022-07-30追記">2022-07-30追記</h3>
<p>別の事案である<a href="#f-2cb11739" name="fn-2cb11739" title="[https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/073/088073_hanrei.pdf:title=東京地判平成30年9月19日(平成28年(ワ)第38565号)]の控訴審。事件番号を私は把握していない。">*28</a>が、本件と当事者等が共通する、似た事案につき、2022年7月<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/20%C6%FC">20日</a>、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高裁<a href="#f-6719f626" name="fn-6719f626" title="どの部かは、私は把握していないが、特別部ではない(大合議事件ではない)ことは、[https://www.ip.courts.go.jp/hanrei/g_panel/index.html:title=知財高裁ウェブページの情報]から明らかである。">*29</a>は、判決を下した。<a href="https://dwango.co.jp/news/6211166288216064/">特許権者(株式会社ドワンゴ)によれば</a>、「本判決は、本件各プログラムが日本国外のサーバから配信されていることを前提としつつも、数多くの有用なネットワーク関連発明が存在する現在のデジタル社会において、サーバ等の一部の設備を国外に移転するなどして容易に<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害の責任を免れることを許容するのは著しく正義に反するとし……その上で、本判決は、特許発明の実施行為につき、形式的にはその全ての要素が日本国の領域内で完結するものでないとしても、実質的かつ全体的にみて、それが日本国の領域内で行われたと評価し得るものであれば、日本の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>の効力を及ぼし得ると判断」した、とのことである<a href="#f-9b211d7f" name="fn-9b211d7f" title="2022年7月30日現在、裁判所ウェブページで判決文が公開されていないため、私は詳細を把握していない。">*30</a>。</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="2022-09-23追記">2022-09-23追記</h3>
<p>上記「別の事案」について、<a href="https://patent-law.hatenablog.com/entry/2022/09/23/204729">記事</a>を公開した。</p>
</div>
<div class="section">
<h3 id="更新履歴">更新履歴</h3>
<ul>
<li>2022-05-08 公開</li>
<li>2022-05-14 一部記載に打ち消し線を引き、その理由を追記</li>
<li>2022-05-22 若干の追記</li>
<li>2022-07-30 東京地判平成30年9月19日(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%BF%C0%AE28%C7%AF">平成28年</a>(ワ)第38565号)の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B5%C1%CA%BF%B3">控訴審</a>判決について情報追記。</li>
<li>2022-09-23 <a href="https://patent-law.hatenablog.com/entry/2022/09/23/204729">国境を跨ぐ「配信」が特許権侵害に当たると判断された事案 ― 知財高判令和4年7月20日(平成30年(ネ)第10077号) - 特許法の八衢</a>へのリンクを追加。</li>
</ul>
</div><div class="footnote">
<p class="footnote"><a href="#fn-3b0e9fef" name="f-3b0e9fef" class="footnote-number">*1</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">東京<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CF%CA%FD%BA%DB%C8%BD%BD%EA">地方裁判所</a>民事第29部 國分隆文裁判長。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-af7289db" name="f-af7289db" class="footnote-number">*2</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">裁判所の事実認定によれば、FC2は米国<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%CD%A5%D0%A5%C0">ネバダ</a>州法により設立された米国法人、HPSは日本の株式会社。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-0016e7cf" name="f-0016e7cf" class="footnote-number">*3</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">国内のみで行なわれていれば<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>上の「実施」に該当するものであるが、国境を跨いだ場合に当該行為が「実施」に該当するか否か問題となっているため、平嶋竜太・後掲27頁注9に倣い、引用部分を除き、「実施相当行為」との語を用いる。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-9107b230" name="f-9107b230" class="footnote-number">*4</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text"><a href="https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11250662/www.jpo.go.jp/resources/report/sonota/document/zaisanken-seidomondai/2016_11.pdf">知的財産研究所『ネットワーク関連発明における国境をまたいで構成される侵害行為に対する適切な権利保護の在り方に関する調査研究』(2017)</a>参照。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-c1859f60" name="f-c1859f60" class="footnote-number">*5</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">その他の裁<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>としては、東京地判平成13年9月<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/20%C6%FC">20日</a>(平成12年(ワ)第20503号)[電着画像の形成方法の発明]がある。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-cacd91ea" name="f-cacd91ea" class="footnote-number">*6</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text"><a href="https://news.yahoo.co.jp/byline/kuriharakiyoshi/20220506-00294789">栗原潔「ドワンゴが、対FC2特許権侵害訴訟で敗訴(4年ぶり2回目)」(2022)</a>参照。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-35f3c6ad" name="f-35f3c6ad" class="footnote-number">*7</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">被告らにより特許無効の抗弁なども主張されているが、それらにつき裁判所は判断を示していないため、この点も言及しない。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-eef78a0b" name="f-eef78a0b" class="footnote-number">*8</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">「1A」等の符号を判決文に従い付記した。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-4179f735" name="f-4179f735" class="footnote-number">*9</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">枠で囲まれた部分は判決文からの引用である。ただし強調は引用者による。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-a04e0598" name="f-a04e0598" class="footnote-number">*10</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">国際裁判管轄については、民訴法3条の8および3条の2により日本の裁判所に管轄権があるとされた。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-2ddd95e2" name="f-2ddd95e2" class="footnote-number">*11</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">被疑侵害製品が<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/BlackBerry">BlackBerry</a>に関するものであることから「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/BlackBerry">BlackBerry</a>事件」とも称される。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-23e8c21d" name="f-23e8c21d" class="footnote-number">*12</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">NTP, Inc. v. Research in Motion, Ltd., 418 F. 3d 1282 (<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/Fed">Fed</a>. Cir. 2005).</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-8dc1e94e" name="f-8dc1e94e" class="footnote-number">*13</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">この裁<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>を含む、海外の裁<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>については<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B8%A6%B5%E6%BD%EA">知的財産研究所</a>・前掲51頁以下参照。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-9847a50e" name="f-9847a50e" class="footnote-number">*14</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">米国裁<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>につき、「」で囲まれたものは、判決文の引用(の翻訳)でなく、判示内容の要約である。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-e8344f61" name="f-e8344f61" class="footnote-number">*15</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">ここで認められた「使用」の主体は、被告の<strong>顧客</strong>である(より正確には、原審において<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C7%E6%BF%B3%B0%F7">陪審員</a>がそのように評決したところ、被告が控訴したのは、その使用が米国内で行なわれたか否かについてのみであった)。NTP, Inc. v. Research in Motion, Ltd., 418 F.3d 1282, 1317 n.13 (<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/Fed">Fed</a>. Cir. 2005).</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-4b7e5113" name="f-4b7e5113" class="footnote-number">*16</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">高部眞規子「国際化と複数主体による<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B8%A2">知的財産権</a>の侵害」秋吉稔弘先生<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B4%EE%BC%F7">喜寿</a>記念『<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B8%A2">知的財産権</a> その形成と保護』(新日本法規出版,2002)176頁。なお、この見解は「インターネット関連の場合について特別の立法が必要であろうか。」(同頁)とも述べる。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-dc159e3b" name="f-dc159e3b" class="footnote-number">*17</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">杉浦正樹「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害行為の一部が国外において行われた場合」飯村敏明・設樂隆一編著『知的財産関係訴訟』(青林書院,2008)304頁。飯塚卓也「国境を越えた侵害関与者の責任」ジュリスト1509号(2017)32頁は、実施行為の中でも「使用」に着目している。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-aad6040a" name="f-aad6040a" class="footnote-number">*18</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">山内貴博「「国境を跨ぐ侵害行為」に対するあるべき規律―実務家の視点から―」IPジャーナル2号(2017)13頁。「[引用者注:実施行為の]実質的な一部が国内に所在していれば,……国内特許侵害が成立している」とする<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BE%BE%CB%DC%C4%BE%BC%F9">松本直樹</a>「ビジネス方法特許と国際的な特許侵害―複数国にまたがって行われる侵害行為と<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>行使―」竹田稔ほか編『ビジネス方法特許 その特許性と権利行使』(青林書院,2004)515頁以下や、「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%BE%C0%DC%BF%AF%B3%B2">直接侵害</a>行為の一部の行為が外国で行われた場合にも重要な行為が国内で行われている場合には,<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害を認めるとする考え方が現実的であろう」とする潮海久雄「分担された実施行為に対する特許間接侵害規定の適用と問題点」特許研究41号(2006)14頁も同旨か。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-3a5aa43e" name="f-3a5aa43e" class="footnote-number">*19</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">平嶋竜太「「国境を跨ぐ侵害行為」と<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>による保護の課題」IPジャーナル2号(2017)27頁以下。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-7ca01630" name="f-7ca01630" class="footnote-number">*20</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">愛知靖之「IoT時代における「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%B0%C3%CF%BC%E7%B5%C1">属地主義</a>の原則」の意義―「ネットワーク関連発明」の国境を越えた実施と<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害―」牧野利秋編『最新知的財産訴訟実務』(青林書院,2020)270頁および276頁。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-4b068aa8" name="f-4b068aa8" class="footnote-number">*21</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">カードリーダ事件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%C7%B9%E2%BA%DB">最高裁</a>判決については、さしあたり<a href="https://patent-law.hatenablog.com/entry/2019/10/19/235023">拙稿「日本裁判所への米国特許権侵害訴訟提起についての覚書」(2019)</a>参照。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-884a8a7d" name="f-884a8a7d" class="footnote-number">*22</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">常識的にも、日本のみでサービス提供していた場合は<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害となる一方、他国へもサービス提供を開始した途端に非侵害となるのは理不尽であろう。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-89bfcea2" name="f-89bfcea2" class="footnote-number">*23</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">「域外適用の典型例でありながら,域外適用が争点とならなかった事件」と称される(<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%BF%C0%AE27%C7%AF">平成27年</a>度特許委員会第三部会「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%AF%A5%E9%A5%A6%A5%C9">クラウド</a>時代に向いた域外適用・複数主体問題」パテント70巻1号41頁)<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%BA%E2">知財</a>高判平成22年3月24日(平成20年(ネ)第10085号)[インターネットサーバーのアクセス管理およびモニタシステム]で現れたようなクレーム記載の工夫をすれば、侵害に問えるのかも知れないが、私には具体的な記載方法が思い浮かばない。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-49a8f0b5" name="f-49a8f0b5" class="footnote-number">*24</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">2022-05-14追記:この記載は「輸入」の定義を誤解したものであったため、削除する。また、「輸入」に「電気通信回線を通じた提供」が含まれないとの解釈もあり得ることにつき、津田幸宏ほか「<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>研究:RIM事件判決について」<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%E8%C6%F3%C5%EC%B5%FE%CA%DB%B8%EE%BB%CE%B2%F1">第二東京弁護士会</a><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%CE%C5%AA%BA%E2%BB%BA%B8%A2">知的財産権</a><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CB%A1%B8%A6">法研</a>究会編『<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>の日米比較』(商事法務,2009)365頁[津田幸宏発言]および<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%E6%BB%B3%BF%AE%B9%B0">中山信弘</a>・小泉直樹編『新・注解 <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>〔第2版〕上巻』(青林書院,2017)51頁[平嶋竜太]参照。2022-05-22追記:「輸入」につき、<a href="https://patent-law.hatenablog.com/entry/2022/05/22/004556">拙稿「特許法における「輸入」」(2022)</a>で解説を行なった。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-f7e7d89b" name="f-f7e7d89b" class="footnote-number">*25</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">2022-05-14追記:この記載は、「輸入」の定義を誤解したものであったため、削除する。プログラムクレームの場合は、被告の行為がプログラムクレームの「譲渡等」と言えるかが問題となるのであろう。この点につき、<a href="https://twitter.com/kurikiyo/status/1524622466005741569">Kiyoshi Kurihara on Twitter: "swfあるいはJSはプログラム それをクライアントで実行させることは「電気通信回線を通じたプログラムの提供」(譲渡等に含まれる) コメ付き動画サービスを呼び出すためのウェブ画面の表示は「譲渡等の申出」にならないか?「譲渡等の申出」もウェブサーバが海外なら海外実施か?" / Twitter</a>
参照。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-80964f97" name="f-80964f97" class="footnote-number">*26</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">原告は、「生産」については、次のように主張している:「原告は、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%B0%C3%CF%BC%E7%B5%C1">属地主義</a>の原則及び現行法を前提としても、侵害被疑者がサーバを外国に設置した場合にも日本の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>侵害が成立するよう本件発明のクレームを構成したものである。そして、……被告システムについては、被告サーバにより上記の各ファイルを配信するという<strong>被告らの「生産」行為の開始が国外から行われているものの、上記の各ファイルの受信という「生産」行為の大部分が日本国内において行われるものである。そうすると、侵害という結果との関連において、被告システムの「生産」という実施が全体として見て日本国内で行われているものと同視することができ</strong>、このような被告らの行為は本件<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>を侵害するものということができる。」(強調は引用者)</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-77d94ec4" name="f-77d94ec4" class="footnote-number">*27</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">2022-05-22追記:控訴されたようである。<a href="https://news.yahoo.co.jp/byline/kuriharakiyoshi/20220506-00294789">栗原潔「ドワンゴが、対FC2特許権侵害訴訟で敗訴(4年ぶり2回目)」(2022)</a>参照。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-2cb11739" name="f-2cb11739" class="footnote-number">*28</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text"><a href="https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/073/088073_hanrei.pdf">東京地判平成30年9月19日(平成28年(ワ)第38565号)</a>の<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%B5%C1%CA%BF%B3">控訴審</a>。事件番号を私は把握していない。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-6719f626" name="f-6719f626" class="footnote-number">*29</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">どの部かは、私は把握していないが、特別部ではない(大合議事件ではない)ことは、<a href="https://www.ip.courts.go.jp/hanrei/g_panel/index.html">知財高裁ウェブページの情報</a>から明らかである。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-9b211d7f" name="f-9b211d7f" class="footnote-number">*30</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">2022年7月30日現在、裁判所ウェブページで判決文が公開されていないため、私は詳細を把握していない。</span></p>
</div>
tanakakohsuke
Means-Plus-Functionについての覚書
hatenablog://entry/13574176438081613217
2022-04-12T22:07:31+09:00
2022-04-16T19:28:03+09:00 はじめに 米国特許法は、クレーム要素(claim element)につき、物理的な構造等を特定せず、その要素の機能のみによって特定することを認めている一方で、当該クレーム要素については、明細書に開示された、対応する構造等およびその均等物として解釈される、という特別の規定を置いている(112条(f)(旧112条6段落))。この112条(f)が適用されるクレーム要素は、「Means-Plus-Function」形式と呼ばれる*1。問題は、いかなる場合にMeans-Plus-Function形式と判断されるか、である。というのも、Means-Plus-Function形式と判断された場合(112条(…
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<h3>はじめに</h3>
<p>米国<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%CB%A1">特許法</a>は、クレーム要素(claim element)につき、物理的な構造等を特定せず、その要素の機能のみによって特定することを認めている一方で、当該クレーム要素については、明細書に開示された、対応する構造等およびその均等物として解釈される、という特別の規定を置いている(112条(f)(旧112条6段落))。この112条(f)が適用されるクレーム要素は、「Means-Plus-Function」形式と呼ばれる<a href="#f-1b232a90" name="fn-1b232a90" title="112条(f)が適用される形式として、他に「Step-Plus-Function」も存在する。O.I. Corp. v. Tekmar Co. Inc. (Fed. Cir. 1997).">*1</a>。</p><p>問題は、いかなる場合にMeans-Plus-Function形式と判断されるか、である。というのも、Means-Plus-Function形式と判断された場合(112条(f)が適用された場合)、当該クレーム要素は、先述のように特殊なクレーム解釈(一般的には狭いクレーム解釈<a href="#f-6c3f7cd7" name="fn-6c3f7cd7" title="もっとも、明細書の開示内容次第では、Means-Plus-Function形式のほうが広いクレーム範囲となる場合もあり得る。">*2</a>)がなされることに加え、そのクレーム要素に対応する構造の開示が明細書にないと、当該クレーム要素は不明確(indefinite)であるとして112条(b)違反と判断されるからである<a href="#f-b4e4d389" name="fn-b4e4d389" title="ソフトウェア発明におけるMPF形式クレーム要素については、その機能を実現するアルゴリズムが、明細書での開示の求められる「構造」であるとされている。Net MoneyIN, Inc. v. VeriSign, Inc., 545 F.3d 1359, 1367 (Fed. Cir. 2008).">*3</a>。</p><p>かつてCAFCは、クレーム要素の記載に「means」という語が用いられていない場合、そのクレーム要素はMeans-Plus-Function形式ではないとの(容易には覆らない)「強い(strong)」推定が働く、と述べていた<a href="#f-3733c1f0" name="fn-3733c1f0" title="Lighting World, Inc. v. Birchwood Lighting, Inc. (Fed. Cir. 2004).">*4</a>。</p><p>しかし、その後CAFCは、Williamson判決<a href="#f-f956af04" name="fn-f956af04" title="Williamson v. Citrix Online, LLC (Fed. Cir. 2015).">*5</a>により、(推定は働くものの)その推定は強いものではない、と<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>変更した<a href="#f-f8b4a608" name="fn-f8b4a608" title="判例変更を行うため、Williamson判決は112条6段落の適用についての判示部分のみ大法廷(en banc)によるものとなっている。">*6</a>。</p><p>Williamson判決は実務に大きな影響を与え<a href="#f-5ee0493e" name="fn-5ee0493e" title="もっとも、USPTOは、Williamson判決前から、「means」を含まないクレーム要素でもMeans-Plus-Function形式と判断する実務を採っていた。[https://www.chosakai.or.jp/intell/contents14/201404/201404_1.pdf:title=吉田哲・樋口謙太郎「USPTOによるMeans Plus Function (MPF)クレームの新ガイドラインの紹介と実務の留意事項」知財ぷりずむ12巻139号(2014)]参照。">*7</a>、とくにソフトウェア発明について、「means」を用いていないクレーム要素でも、Means-Plus-Function形式として判断される事案が多く見られることとなった<a href="#f-a6101e39" name="fn-a6101e39" title="近時のCAFC判決として、例えば、Rain Computing, Inc. v. Samsung Electronics Co., Ltd. (Fed. Cir. 2021), cert. denied, (2021).">*8</a>。</p><p>しかしながら、最近、上記の潮流に変化をもたらす可能性のあるCAFC判決が現れたので、覚書として以下に記す。その判決とは、<a href="https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/21-2040.OPINION.3-25-2022_1926745.pdf">Dyfan判決</a> <a href="#f-74148464" name="fn-74148464" title="Dyfan, LLC v. Target Corp. (Fed. Cir. March 24, 2022).">*9</a>である。</p>
</div>
<div class="section">
<h3>Dyfan判決の概要</h3>
<p>原告=<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>者は、被告の行為が、「System for Location Based Triggers for Mobile Devices」という名称の発明に係る原告<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a><a href="#f-8376b2d9" name="fn-8376b2d9" title="U.S. Patent No.9,973,899とその継続出願に係るU.S. Patent No.10,194,292の2件。">*10</a>の侵害を構成するとして、<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%C6%A5%AD%A5%B5%A5%B9%BD%A3">テキサス州</a>西部地区連邦地裁へ訴訟提起したところ、地裁は訴訟対象クレームにおける「code」「application」「system」との用語について、Means-Plus-Function形式だと判断した上で、これら用語に対応する構造が明細書に記載されていないため、112条(b)違反により原告<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%C3%B5%F6%B8%A2">特許権</a>に係る特許は無効である旨を判示した。</p><p>その判断を不服として、原告がCAFCへ控訴したのが本件である。CAFCは、地裁判決を破棄し、地裁へ差戻した。</p><p>本件において、CAFCは、「code」「application」とのクレーム要素につき、まず、「means」が用いられていないためMeans-Plus-Function形式でないとの推定が働くとした。</p><p>その上で、これら(meansを用いていない)クレーム要素が<strong>Means-Plus-Function形式であると反証するためには、これらクレーム要素が構造を意味するものと当業者が理解し得ないことを「証拠の優越(preponderance of the evidence)」をもって<a href="#f-13fc0202" name="fn-13fc0202" title="この場面で「証拠の優越」を要求している点につき、[https://patentlyo.com/patent/2022/03/discerning-purpose-williamson.html:title=Dennis Crouch「Discerning the Purpose and Means of Williamson v. Citrix」Patently-O (March 30, 2022)]は、(Means-Plus-Function形式か否かの判断を含む)クレーム解釈は法律問題(questions of law)であるにもかかわらず、「証拠の優越」という事実問題(questions of fact)に対して用いられる基準を用いているため、「奇妙(odd)」であると評している。">*11</a>示す必要がある</strong>と述べた。そして、専門家証言も挙げつつ、<strong>「code」「application」はMeans-Plus-Function形式ではない</strong>と判示した。</p><p>また、「system」とのクレーム要素についても、CAFCは、<small>(「means」が使われていないため、Means-Plus-Function形式であると主張するためには、証拠の優越による反証が必要である旨を判示した上で)</small>「system」という用語だけを取り出すと(in a vacuum)、(特定の構造を表していない)「間に合わせの用語(nonce term)」かも知れないが、本クレーム自体がその構造を定義していると述べ<a href="#f-c66ab469" name="fn-c66ab469" title="クレームは「A system, comprising: a building ... including: a first broadcast short-range communications unit ... a second broadcast short-range communications unit ... code configured to be executed by at least one of the plurality of mobile devices, the code, when executed, configured to: ...」と、「system」はbuildingやcode等から構成される、という形で記載されている。">*12</a>、<strong>「system」はMeans-Plus-Function形式ではない</strong>と判示した。</p><p>本判決の最後に、CAFCは、稚拙な(poor)クレームドラフティングであっても、「means」が用いられていない場合に、Means-Plus-Function形式でないとの推定を迂回(bypass)することは許されない旨を述べている。<br />
<br />
</p>
</div>
<div class="section">
<h3>雑感</h3>
<p>Dyfan判決は、Means-Plus-Function形式か否かの判断について、クレーム要素における「means」の有無を重視しているように思われる。表向きはWilliamson判決に反旗を翻していないものの<a href="#f-ee706d41" name="fn-ee706d41" title="本判決は、Williamson判決の「(Means-Plus-Function形式か否かは判断する際の)本質的な問題は、単に『means』の有無ではなく、クレーム要素が、当業者にとって、構造の名称として十分に明確な意味を有するものと理解されるか否かである」という判示を引用してはいる。">*13</a>、実際の判断内容からは、「means」が用いられていない場合はMeans-Plus-Function形式ではないとの「強い」推定が働く、としていたWilliamson判決前の基準に回帰した印象を受ける。</p><p>なお、Dyfan判決の翌日に出された<a href="https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/21-2040.OPINION.3-25-2022_1926745.pdf">VDPP判決</a> <a href="#f-c4523d7b" name="fn-c4523d7b" title="VDPP LLC v. Vizio, Inc. (Fed. Cir. March 25, 2022) (nonprecedential).">*14</a>は、先例性を持たない(nonprecedential)判決ではあるが、「processors」「storage」というクレーム要素について、Dyfan判決を引用しつつ<a href="#f-d5b4279c" name="fn-d5b4279c" title="Dyfan判決で裁判体を構成していたLourie判事が起草している。">*15</a>、「means」が用いられておらずMeans-Plus-Function形式でないとの推定が働き、それに対して反証がなされていないことを理由に、Means-Plus-Function形式ではないと判示した<a href="#f-422ad531" name="fn-422ad531" title="なお、VDPP判決は、本件明細書に「processors」「storage」が「周知である(well-known)」であると記載されていることを、「processors」「storage」がMeans-Plus-Function形式ではないと判断できる根拠の一つとして挙げている。出願人が「周知である」と述べる(明細書に記載する)ことが、なぜ根拠となるのか、疑問である。">*16</a>。</p><p>Dyfan判決に続くものがVDPP判決以外に現れるのか予断を許さないが、審査や訴訟においてMeans-Plus-Function形式との判断を避けたい場合、本判決を持ち出すことは一考に値するのではないか。</p>
</div>
<div class="section">
<h3>更新履歴</h3>
<ul>
<li>2022-04-12 公開</li>
<li>2022-04-15 追記修正</li>
<li>2022-04-16 微修正</li>
</ul>
</div><div class="footnote">
<p class="footnote"><a href="#fn-1b232a90" name="f-1b232a90" class="footnote-number">*1</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">112条(f)が適用される形式として、他に「Step-Plus-Function」も存在する。O.I. Corp. v. Tekmar Co. Inc. (<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/Fed">Fed</a>. Cir. 1997).</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-6c3f7cd7" name="f-6c3f7cd7" class="footnote-number">*2</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">もっとも、明細書の開示内容次第では、Means-Plus-Function形式のほうが広いクレーム範囲となる場合もあり得る。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-b4e4d389" name="f-b4e4d389" class="footnote-number">*3</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">ソフトウェア発明におけるMPF形式クレーム要素については、その機能を実現する<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A2%A5%EB%A5%B4%A5%EA%A5%BA%A5%E0">アルゴリズム</a>が、明細書での開示の求められる「構造」であるとされている。Net MoneyIN, Inc. v. <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/VeriSign">VeriSign</a>, Inc., 545 F.3d 1359, 1367 (<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/Fed">Fed</a>. Cir. 2008).</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-3733c1f0" name="f-3733c1f0" class="footnote-number">*4</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">Lighting World, Inc. v. Birchwood Lighting, Inc. (<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/Fed">Fed</a>. Cir. 2004).</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-f956af04" name="f-f956af04" class="footnote-number">*5</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">Williamson v. Citrix Online, LLC (<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/Fed">Fed</a>. Cir. 2015).</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-f8b4a608" name="f-f8b4a608" class="footnote-number">*6</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text"><a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%BD%CE%E3">判例</a>変更を行うため、Williamson判決は112条6段落の適用についての判示部分のみ大法廷(en banc)によるものとなっている。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-5ee0493e" name="f-5ee0493e" class="footnote-number">*7</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">もっとも、USPTOは、Williamson判決前から、「means」を含まないクレーム要素でもMeans-Plus-Function形式と判断する実務を採っていた。<a href="https://www.chosakai.or.jp/intell/contents14/201404/201404_1.pdf">吉田哲・樋口謙太郎「USPTOによるMeans Plus Function (MPF)クレームの新ガイドラインの紹介と実務の留意事項」知財ぷりずむ12巻139号(2014)</a>参照。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-a6101e39" name="f-a6101e39" class="footnote-number">*8</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">近時のCAFC判決として、例えば、Rain Computing, Inc. v. <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/Samsung%20Electronics">Samsung Electronics</a> Co., Ltd. (<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/Fed">Fed</a>. Cir. 2021), cert. denied, (2021).</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-74148464" name="f-74148464" class="footnote-number">*9</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">Dyfan, LLC v. Target Corp. (<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/Fed">Fed</a>. Cir. March 24, 2022).</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-8376b2d9" name="f-8376b2d9" class="footnote-number">*10</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">U.S. Patent No.9,973,899とその継続出願に係るU.S. Patent No.10,194,292の2件。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-13fc0202" name="f-13fc0202" class="footnote-number">*11</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">この場面で「証拠の優越」を要求している点につき、<a href="https://patentlyo.com/patent/2022/03/discerning-purpose-williamson.html">Dennis Crouch「Discerning the Purpose and Means of Williamson v. Citrix」Patently-O (March 30, 2022)</a>は、(Means-Plus-Function形式か否かの判断を含む)クレーム解釈は法律問題(questions of law)であるにもかかわらず、「証拠の優越」という事実問題(questions of fact)に対して用いられる基準を用いているため、「奇妙(odd)」であると評している。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-c66ab469" name="f-c66ab469" class="footnote-number">*12</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">クレームは「A system, comprising: a building ... including: a first broadcast short-range communications unit ... a second broadcast short-range communications unit ... code configured to be executed by at least one of the plurality of mobile devices, the code, when executed, configured to: ...」と、「system」はbuildingやcode等から構成される、という形で記載されている。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-ee706d41" name="f-ee706d41" class="footnote-number">*13</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">本判決は、Williamson判決の「(Means-Plus-Function形式か否かは判断する際の)本質的な問題は、単に『means』の有無ではなく、クレーム要素が、当業者にとって、構造の名称として十分に明確な意味を有するものと理解されるか否かである」という判示を引用してはいる。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-c4523d7b" name="f-c4523d7b" class="footnote-number">*14</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">VDPP LLC v. <a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/Vizio">Vizio</a>, Inc. (<a class="keyword" href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/Fed">Fed</a>. Cir. March 25, 2022) (nonprecedential).</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-d5b4279c" name="f-d5b4279c" class="footnote-number">*15</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">Dyfan判決で裁判体を構成していたLourie判事が起草している。</span></p>
<p class="footnote"><a href="#fn-422ad531" name="f-422ad531" class="footnote-number">*16</a><span class="footnote-delimiter">:</span><span class="footnote-text">なお、VDPP判決は、本件明細書に「processors」「storage」が「周知である(well-known)」であると記載されていることを、「processors」「storage」がMeans-Plus-Function形式ではないと判断できる根拠の一つとして挙げている。出願人が「周知である」と述べる(明細書に記載する)ことが、なぜ根拠となるのか、疑問である。</span></p>
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tanakakohsuke