特許法の八衢

大阪地判平成30年11月29日(平成28年(ワ)第5345号)[美容器]に関する備忘録

2020-03-23追記:本件の控訴審判決について、次の記事を作成しました。
patent-law.hatenablog.com追記ここまで。

はじめに

大阪地判平成30年11月29日(平成28年(ワ)第5345号)の控訴事件が知財高裁大合議事件に指定された*1

大合議事件とされた理由は、特許法102条1項に基づく損害賠償額の算定方法に由来するものだと思われるため、以下、大阪地判平成30年11月29日(原審判決)がどのような算定を行なったかを備忘録として記しておく。

ここで、原審判決文の引用はすべて、裁判所Webページに掲載されたPDFファイルに基づくものである。また、強調は引用者が付加した。

なお、現行特許法102条1項は以下の通りである:

特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、その譲渡した物の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に、特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。

原審判決における損害額算定方法

特許法102条1項に基づく損害額の推定
ア 原告製品の単位数量当たりの利益
……
イ 原告の実施能力
前記……とおり,原告は,月約●(省略)●個から約●(省略)●個の範囲内で原告製品を販売しているから,月約1万7600個の被告製品の譲渡数量が原告製品に上乗せされたとしても,これを実施する能力を有していたと認めるのが相当である。

特許権者又は専用実施権者の実施の能力」を認定判断している部分であり、特に議論はないであろう。

ウ 控除すべき費用について
原告の損害の算定の基礎となる原告製品の「単位数量当たりの利益の額」とは,被告による原告の本件特許2の侵害行為がなければ原告において追加的に販売することができたはずの原告製品の数量(同期間における被告製品の譲渡数量)の売上高から,当該数量の原告製品を追加して販売するために追加的に必要であったはずの費用を控除した額を当該数量で除したものであり,控除すべき費用は,原告製品を当該数量分増産及び販売するために必要となる費用(変動費及び原告製品のために必要となる個別固定費)と考えられる。

いわゆる限界利益説である。通説であり、多くの裁判例もこの説を採っている*2

エ 寄与率について
本件発明2は,美容器に関するものではあっても,美容効果を生じさせるローラの性質や構造等に関するものではなく,ローラを回転可能に支持するところの軸受に関するものである。
被告は,軸受部分が製造原価に占める割合は1.12%程度であり,これをもって本件発明2の寄与率とし,その限度で損害を算定すべきであると主張する。
この点,特許の技術が製品の一部に用いられている場合,あるいは多数の特許技術が一個の製品に用いられている場合であっても,製品が発明の技術的範囲に属するものと認められる限り,一個の特許に基づいて,製品全体の販売等を差し止める事はできるが,製品全体の販売による利益を算定の根拠とした場合,本来認められるべき範囲を超える金額が算定されかねないことから,当該特許が製品の販売に寄与する度合い(寄与率)を適切に考慮して,損害賠償の範囲を適切に画する必要がある。

上記のような「寄与率」をどのように位置づけるかについて、3つの見解がある*3特許法102条1項の本文の「単位数量当たりの利益の額」と考慮する見解(本文説)、同項但書の「特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情」と考慮する見解(但書説*4)、および、同項但書外の民法709条における相当因果関係の更なる覆滅事由と考慮する見解(民法709条説)である。

加えて、「寄与率」という概念を用いることは適切ではないという見解も存在する*5

このように「寄与率」については論点があるため、知財高裁は「寄与率」に関する判断統一を目的として、本件を大合議事件としたのではないかと思われる。

本件発明2は,美容器のローラの軸受に関するものであるところ,寄与率は,上記のとおり,特許が製品の販売に寄与するところを考慮するものであるから,製品全体に占める軸受部分の原価の割合や,軸受部分の価格それ自体によって機械的に画されるものではなく,軸受がローラを円滑に回転し得るよう保持していることは,製品全体の中で一定の意義を有しているというべきであるが,軸受は,美容器の一部分であり,需要者の目に入るものではないし,被告が本件訴訟提起後に設計変更しているとおり,ローラが円滑に回転し得るよう支持する軸受の代替技術は存したと解されるから,本件発明2の技術の利用が被告製品の販売に寄与した度合いは高くなく,上記事情を総合すると,その寄与率は10%と認めるのが相当である。

上記「寄与率」を認定判断している。本件発明2の(特許請求の範囲の)末尾は「美容器」であるが、発明の実質を見て「本件発明2は,美容器のローラの軸受に関するもの」と判断したのであろう。

オ 「販売することができないとする事情」について
前記エは,発明それ自体の性質から,製品の販売に寄与する度合いを考えたものであるが,これとは別に,本件特許2の効力により被告製品が販売されなかった場合に,本来であれば原告において同数の原告製品を販売できたと推定すべきところ,これを覆すべき事情が存するかを検討する必要がある。

上記から、原審判決は、「寄与率」を「販売することができないとする事情」とは分けて考慮したこと(但書説を採っていないこと)が明らかになった。

前記認定した通り,原告製品は百貨店等で2万円以上の価格で販売され,微弱電流を発生する機能を有する高価品,高級品に位置づけられるのに対し,被告製品はディスカウントストア等で販売され,微弱電流を生ずる機能のない廉価品である。
そうすると,本来原告製品の購入を希望していた需要者が被告製品を見て,類似した機能を有する製品を安く入手できるとしてこれを購入したような場合は,被告製品の販売がなければ,その需要が原告製品に向かう可能性はあるものの,高級品に位置付けられ,マイクロカレント等の特徴的な機能を有する原告製品とは異なり,ディスカウントストア等で販売され,前記機能を有しない廉価品であることを認識した上で被告製品を購入したような場合は,被告製品の販売がなかったとしても,その需要が原告製品に向かう可能性は低いと考えられる。
以上の点,特に原告製品と被告製品との価格の違いが大きいことを考慮すると,被告製品の譲渡数量のうち5割について,原告には販売することができない事情があったとするのが相当である。

「販売することができないとする事情」の具体的な認定判断を示している。

カ 損害額の算定
上記アないしオで検討したところによれば,特許法102条1項による原告の損害額は,被告製品の譲渡数量35万1724個のうち,5割については販売することができないとする事情があるから控除し,これに原告製品の単位数量当たりの利益額●(省略)●円及び本件特許2の寄与率10%を乗じることで,●(省略)●円となる。

「単位数量当たりの利益額」に続けて、かつ、数式の最後に、「寄与率」を乗じている。これが、本文説を採ったことを意味するのか、そうではなく民法709条説を採ったことを意味するのかは、不分明である。

その他

上記のとおり、大合議事件とされた理由は損害賠償額の算定方法(とくに寄与率に関する部分)だと思われるが、原審判決にはこれ以外にも少し気になる部分があるため、蛇足であるが、簡単に述べる。

被告は,被告製品の軸受の構造を変更したとするが,本件訴訟において,設計変更前の被告製品の構成要件充足性を争い,本件特許2の無効も主張しているので,被告製品の製造,販売等をするおそれはあると言うべきものであるから,なお差止めの必要は認められ,被告製品の廃棄についても同様である。

原審判決はこのように述べているが、「設計変更前の被告製品の構成要件充足性を争い,本件特許2の無効も主張している」のは(過去分の)損害賠償請求を免れるためであろうから、この理由のみで差止め等を認めるのには違和感をもった。とくに裁判所は(上記の寄与率の認定判断部分において)「被告が本件訴訟提起後に設計変更しているとおり,ローラが円滑に回転し得るよう支持する軸受の代替技術は存したと解される」と述べており、設計変更後の被告製品は本件発明2の技術的範囲に属さないと裁判所も認めていると考えられるため、なおさらである。

更新履歴

2019-12-15 公開
2019-12-16 誤記修正

*1:http://www.ip.courts.go.jp/hanrei/g_panel/index.html

*2:中山信弘・小泉直樹編『(新・注解 特許法〔第2版〕』(青林書院,2017)1841頁以下[飯田圭]。

*3:中山信弘・小泉直樹編 前掲1867頁以下[飯田圭]

*4:令和元年特許法改正により102条1項に但書はなくなったため、本文説・但書説という名称は今後修正されるのであろう。

*5:例えば、金子敏哉「日本法における特許権侵害に基づく損害賠償」日本工業所有権法学会年報41号(2018)80頁以下は「寄与率概念の不明確さや1項但書の判断における他の考慮要素(例えば競合品の存在等)との二重評価の問題に照らせば,「寄与率」の概念を用いるのではなく,各製品の機能・特徴(特許発明の作用効果に関するものとそれ以外のもの)や価格等,個別の事情をそれ自体として,[引用者注:特許法]1項・2項による損害賠償の算定のプロセスにおいてどのように考慮すべきかを明確化することが適切であろう。」と述べる。

特許法101条4号による間接侵害成立の妥当性 ― カプコン v. コーエーテクモゲームス事件控訴審判決

(本稿は、同名の前回記事が分かりにくかったため、前回記事の文章構成を全面的に見直したものです。)

問題の所在

特許法101条4号は「特許が方法の発明についてされている場合において、業として、その方法の使用にのみ用いる物の生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為」を特許権侵害行為とみなすと規定している。

本件判決知財高判令和元年9月11日(平成30年(ネ)第10006号等)は、特許権A(特許第3350773号)について、上記特許法101条4号規定の間接侵害の成立が認められた事案である*1

ここで、特許権Aに係る発明(本件発明A1)は、特許権者によるプレスリリースにあるように、概略「今作のディスクROMがゲーム装置に装填されるとき、前作のディスクROMを装填した場合に、特典を開放する」という内容の方法の発明である。

この発明の概要から分かるように、本件発明A1を実施するためには、「今作のディスクROM」のほかに、「前作のディスクROM」が必要となる。さらに、本件において上記「今作のディスクROM」に当たるとされたゲームソフト(被疑侵害製品)は、「前作のディスクROM」がなくとも(被疑侵害製品単独でも)プレイすることができるものである。したがって、被疑侵害製品には本件発明A1の使用以外の用途(単独でプレイするという用途)があるため、被疑侵害製品は「その方法の使用にのみ用いる物」に当たらないように思える。

それにも拘わらず、本件判決において知財高裁は、被疑侵害製品を「その方法の使用にのみ用いる物」と認め、その製造等が間接侵害に当たると判断したのである。

「その方法の使用にのみ用いる物」の解釈

「その方法の使用にのみ用いる物」と言えるためには、「当該物に経済的、商業的又は実用的な他の用途がないことが必要」というのが、通説的な解釈である*2

すなわち、ある物につき、特許発明の使用以外の用途が実用的な形で存在すれば、当該物は「その方法の使用にのみ用いる物」には当たらないのである。本件事案においては、「単独でプレイする」という用途(特許発明の使用以外の用途)が実用的なものであることは論を俟たない。ゆえに、「その方法の使用にのみ用いる物」について通説的な解釈を採れば、本件の被疑侵害製品はそれに該当しないということになろう。

本件判決における判断

しかしながら、知財高裁は、本件の被疑侵害製品が「その方法の使用にのみ用いる物」に該当するとしたのである。その理由を次のように述べる。

イ-9号製品等[引用者注:被疑侵害製品]は,別紙9「イ号方法の構成」記載のとおり,ゲーム装置であるWii(イ-9号製品),PlayStation2(イ-16ないし22,23②,24ないし30及び35ないし40号製品)及びPlayStation3(イ-31ないし34号製品)に装填してゲームシステムを作動させるためのゲームソフトであり,上記ゲーム装置に装填されて使用される用途以外に,社会通念上,経済的,商業的又は実用的な他の用途はないから,イ-9号方法等の使用にのみ用いる物であると認められる。

知財高裁は、通説的な解釈と同様に、「経済的,商業的又は実用的な他の用途はない」とは述べている。しかし、知財高裁の言う「他の用途」とは、「ゲーム装置に装填されて使用される用途以外」の用途のことである。すなわち、知財高裁は、被疑侵害製品にはゲームソフト以外の用途以外はないと述べているに過ぎない。

本来、被疑侵害製品が「その方法の使用にのみ用いる物」に当たると言うためには、被疑侵害製品に特許発明以外の用途がないと言わねばならない。つまり、知財高裁が述べた上記理由は、何ら「その方法の使用にのみ用いる物」に該当する理由となっていないのである。

これに対し、被疑侵害者は「イ号製品には,現に,同製品しか有しておらず,同製品のみによりゲームを楽しむユーザが一定数存在するように,それ単独でも十分楽しめる内容のゲームプログラムが備わっているから,社会通念上,経済的,商業的又は実用的な他の用途がある」といった主張を行なっている。これに応答する形で裁判所は次のように述べ、被疑侵害製品が「その方法の使用にのみ用いる物」に当たるとの判断は覆らないとしている。

以上の本件発明A1の特許請求の範囲(請求項1)の記載及び本件明細書Aの記載によれば,本件発明A1の「第1の記憶媒体と…第2の記憶媒体とが準備されており」とは,ゲームソフトメーカ等により第1の記憶媒体[引用者注:前作のディスクROM]及び第2の記憶媒体[引用者注:今作のディスクROM]が提供され,ユーザにおいてこれを入手することが可能な状況を意味するものであって,ユーザにおいて各記憶媒体を現に保有することを意味するものではないと解される。そして,同様の理由により,「上記第2の記憶媒体が上記ゲーム装置に装填されるとき」に,実施行為者において第1の記憶媒体保有することが必要であるとは解されない。
したがって,イ-9号製品等を保有するユーザが,本編ディスクを保有していないとの事実は,イ-9号製品等が本件発明A1の方法の使用にのみ用いる物であるとの判断を左右するものではない。

これが被疑侵害者の主張に対する正面からの応答になっているとは思えないが、善解すれば、知財高裁は【被疑侵害製品(今作のディスクROM)を所持するユーザーが、現時点では前作のディスクROMを持っておらずとも、前作のディスクROMは入手可能な状態にあるので、ユーザーがいつかは前作のディスクROMを入手する可能性があり、そのいつかが来たら(=前作のディスクROMを入手したならば)、ユーザーが本件発明A1を実施する可能性があるので、被疑侵害製品は「その方法の使用にのみ用いる物」に当たる】と言っているのだろう。

《いつかは使う》基準

過去の裁判例においても、特許発明以外の用途が存在する被疑侵害製品について、上記のような《いつかは使う》基準*3、すなわち【被疑侵害製品のユーザーは特許発明をいつかは実施する可能性があるか否か】を「その方法の使用にのみ用いる物」か否かの判断基準とするものが存在する。

まず、大阪地判平成12年10月24日(平成8年(ワ)第12109号)[製パン方法]は、

被告は、権利2の対象被告物件において、タイマー機能及び焼成機能を重要な機能の一つと位置づけていると認められ、また、使用者たる一般消費者から見ても、製パン器という物の性質上、タイマー機能や焼成機能がある製パン器を、タイマー機能がない製パン器や焼成機能のない製パン器(生地作り専用の機器)と比較した場合、それらの機能の存在が需要者の商品選択上の重要な考慮要素となり、顧客吸引力の重要な源となっていることは容易に想像がつくことである。
そうすると、タイマー機能及び焼成機能が付加されている権利2の対象被告物件をわざわざ購入した使用者が、同物件を、タイマー機能を用いない使用や焼成機能を用いない使用方法にのみ用い続けることは、実用的な使用方法であるとはいえず、その使用者がタイマー機能を使用して山形パンを焼成する機能を利用することにより、発明2を実施する高度の蓋然性が存在するものと認められる。したがって、権利2の対象被告物件に発明2との関係で経済的、商業的又は実用的な他の用途はないというべきであり、同物件は、権利2の実施にのみ使用する物であると認められる。

と述べ(強調は引用者による;以下同)、被疑侵害製品に他用途がありながらも、それが「その方法の使用にのみ用いる物」に該当するとしている。ただし、この裁判例では、単に「いつかは使う可能性がある」と述べているのではなく、「発明2を実施する高度の蓋然性が存在する」と認定判断していることに留意が必要であろう。

続いて、知財高判平成23年6月23日(平成22年(ネ)第10089号)[食品の包み込み成形方法及びその装置]は、次のように、「その方法の使用にのみ用いる物」の充足性判断をより緩やかに認めている。

被告装置1は,前記のとおり本件発明1に係る方法を使用する物であるところ,ノズル部材が1mm以下に下降できない状態で納品したという被控訴人の前記主張は,被告装置1においても,本件発明1を実施しない場合があるとの趣旨に善解することができる。
しかしながら,同号[引用者注:101条4号]の上記趣旨からすれば,特許発明に係る方法の使用に用いる物に,当該特許発明を実施しない使用方法自体が存する場合であっても,当該特許発明を実施しない機能のみを使用し続けながら,当該特許発明を実施する機能は全く使用しないという使用形態が,その物の経済的,商業的又は実用的な使用形態として認められない限り,その物を製造,販売等することによって侵害行為が誘発される蓋然性が極めて高いことに変わりはないというべきであるから,なお「その方法の使用にのみ用いる物」に当たると解するのが相当である。被告装置1において,ストッパーの位置を変更したり,ストッパーを取り外すことやノズル部材を交換することが不可能ではなく,かつノズル部材をより深く下降させた方が実用的であることは,前記のとおりである。そうすると,仮に被控訴人がノズル部材が1mm以下に下降できない状態で納品していたとしても,例えば,ノズル部材が窪みを形成することがないよう下降しないようにストッパーを設け,そのストッパーの位置を変更したり,ストッパーを取り外すことやノズル部材を交換することが物理的にも不可能になっているなど,本件発明1を実施しない機能のみを使用し続けながら,本件発明1を実施する機能は全く使用しないという使用形態を,被告装置1の経済的,商業的又は実用的な使用形態として認めることはできない。したがって,被告装置1は,「その方法の使用にのみ用いる物」に当たるといわざるを得ない。

ただし、この裁判例ですら「ノズル部材をより深く下降させた方が実用的である」と述べ、被疑侵害製品(被告装置1)の使用者が特許発明を実施する蓋然性が高い理由を一応は挙げている。

これら2つの裁判例に対し、本件判決では、被疑侵害製品のユーザーであれば、特許発明を「いつかは使う(実施する)可能性がある」と述べているに過ぎず、その蓋然性が高いことは何ら述べられていない。その蓋然性の高低は、「その方法の使用にのみ用いる物」という要件の充足性判断に影響しないとの判断なのであろう。

また、上記2つの裁判例はいずれも、被侵害製品自体の使い方次第で特許発明を実施する場合があり得た事案であった*4のに対し、本件判決は、被侵害製品(今作のディスクROM)のみでは特許発明を実施することができず、特許発明実施のためには被侵害製品以外の物(前作のディスクROM)も必要となる事案である。すなわち、本件判決は、被侵害製品と特許発明実施との「距離」が、2つの裁判例と比べてより「遠い」のである。

以上から、本件判決は、《いつかは使う》基準を採ったこれまでの裁判例以上に、「その方法の使用にのみ用いる物」の充足性を緩やかに判断したものと評価できよう。

本件判決が101条4号による間接侵害を認めたことの妥当性

前掲大阪地判平成12年10月24日[製パン方法]は、「実際に被告製品の購入者が特許方法にかかる機能を使用しないことがある以上,「にのみ」の要件の充足は否定すべきである。本件は,2002年改正[引用者注:現行特許法101条2号,5号の追加]が成立する前の過渡期の裁判例であると評価すべきであろう」といった評価がなされている*5

また、前掲知財高判平成23年6月23日[食品の包み込み成形方法及びその装置]は、「このように解するときには実質的には同条[引用者注:101条]5号は不要となる。……。本判決の見解は、特許法101条2号、5号による間接侵害が成立しない事案について同条1号、4号による間接侵害の成立を安易に認める結果を招きかねないものであり、特許法101条2号、5号の趣旨を没却するものと言わざるを得ない。判決の妥当性については疑問がある」といった評価がある*6

私もこれら見解に賛成するところ、この2つの裁判例以上に緩やかに「その方法の使用にのみ用いる物」との要件を判断した本件判決の判断は、大いに疑問がある。本事案は、101条5号による間接侵害が成立するか否かを判断すべきだったと考える。

101条5号には、「その方法の使用にのみ用いる物」との要件がない代わりに、「その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら」という主観的要件が課されているため、とくに本事案のように被疑侵害製品の発売から権利行使までに長い時間が空いている(と思われる)場合には、101条4号の間接侵害が認められたときの損害賠償額と比較して、101条5号の間接侵害により認められる賠償額が非常に低廉となる。しかし、それは、101条5号が主観的要件を求める趣旨、すなわち「行為者の主観を新たに要件として加え、その代わりに、「のみ」という客観的要件を緩和」した*7ことからして、甘受すべきものだと考える。

更新履歴

2019-11-10 公開

*1:本件判決では、特許権Bについても間接侵害成立を認めているが、本稿では言及しない

*2:例えば、高部眞規子『実務詳説 特許関係訴訟〔第3版〕』(きんざい,2016)173頁。

*3:この基準の呼称は朱子音「ゲーム用ソフトウェアについて遊戯装置にしか装填できないことを理由に「にのみ」型間接侵害を認めた事例-PS2 ゲーム機用ソフトウェア事件-」知的財産法政策学研究54号(2019)219頁以下において提唱されたものである。非常に的確な表現だと考えるため、本稿で拝借する。

*4:前掲知財高判平成23年6月23日[食品の包み込み成形方法及びその装置]の事案では、被侵害製品の加工(改造)が必要となるが。

*5:増井和夫・田村善之『特許判例ガイド〔第4版〕』(有斐閣,2012)200頁[田村善之]。

*6:高林龍ほか編『年報知的財産法2011』(日本評論社,2011)31頁[三村量一]。小泉直樹・駒田泰土編著『知的財産法演習ノート〔第4版〕』(弘文堂,2017)72頁[宮脇正晴]、茶園成樹編『特許法〔第2版〕』(有斐閣,2017)252頁[茶園成樹]、愛知靖之ほか『知的財産法』(有斐閣,2018)125頁[愛知靖之]も同旨。

*7:特許庁総務部総務課制度改正審議室編『平成14年改正 産業財産権法の解説』(発明協会,2002)24頁。

【新版あり】特許法101条4号による間接侵害成立の妥当性 ― カプコン v. コーエーテクモゲームス事件控訴審判決

(2019-11-10追記:本稿が分かりにくかったため、新たな記事を作成しました。本稿は記録のために残してあります。)

はじめに

本判決 知財高判令和元年9月11日(平成30年(ネ)第10006号等)にはいくつかの論点があるが、本稿では、方法の特許発明に関し特許法101条4号による間接侵害を認めたことについて述べる*1。結論としては、非常に問題のある裁判例だと考える。なお、本件は被控訴人により最高裁へ上告および上告受理申立が行なわれたようである*2

事件の経緯

本件は、特許権A(特許第3350773号)およびB(同第3295771号)の特許権者であるX[株式会社カプコン]が、Y[株式会社コーエーテクモゲームス]による複数種のゲームソフトの製造等が、特許権AおよびBの間接侵害に当たるとして損害賠償を請求した事案である。

原判決 大阪地判平成29年12月14日(平成26年(ワ)第6163号)は、特許権Bについては、Xの行為が特許法101条1号規定の間接侵害に当たると判断した*3ものの、特許権Aについては、特許権Aに係る特許は無効とされるべきものであり権利行使は認められないと判断した。

Xはこれを不服して控訴し(Yは附帯控訴し)た。

特許権Aに関する本判決の要旨

「イ-9号製品[引用者注:「戦国無双猛将伝」というWiiソフト]等を用いた方法は,本件発明A1の技術的範囲に属し,これらの品を製造,販売又は販売の申出をすることは,本件発明A1についての本件特許権Aの間接侵害(特許法101条4号)に該当する,また,本件発明A1に係る特許は,特許無効審判により無効となるべきものとはいえない」。

「本件発明A1の構成要件とイ-9号方法等の構成との対比は,別紙9「イ号方法の構成」記載のとおりであるから,イ-9号方法等は,本件発明A1の構成要件をすべて充足するものであって,本件発明A1の技術的範囲に属するものと認められる。」

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「別紙9」の抜粋

「イ-9号方法等は,本件発明A1の技術的範囲に属するものである。そして,イ-9号製品等は,別紙9「イ号方法の構成」記載のとおり,ゲーム装置であるWii(……)に装填してゲームシステムを作動させるためのゲームソフトであり,上記ゲーム装置に装填されて使用される用途以外に,社会通念上,経済的,商業的又は実用的な他の用途はないから,イ-9号方法等の使用にのみ用いる物であると認められる。したがって,特許法101条4号により,被控訴人が,業として,イ-9号製品等の製造,販売及び販売の申出をする行為は,本件特許権Aを侵害するものとみなされる。」

「これに対し被控訴人は,①本件発明A1の「第1の記憶媒体と…第2の記憶媒体とが準備されており」とは,実施行為者において各記憶媒体をゲーム装置に装填可能に準備することを意味するものであるところ,本編ディスク[引用者注:イ-9号製品「戦国無双猛将伝」については、「戦国無双3」がこの「本編ディスク」に対応する]保有せずにイ-9号製品等のみを保有しているユーザは,MIXJOYを選択することはないから,本件発明A1の方法を実施することがなく,かつ,イ-9号製品等には,単独でも十分楽しめる内容のゲームプログラムが備わっているから,イ-9号製品等は,社会通念上,経済的,商業的又は実用的な他の用途を有するものであって,本件発明A1の方法の使用にのみ用いる物ではない,②本件発明A1を実施する物は,「本編ディスク及びアペンドディスク[引用者注:例えばイ-9号製品「戦国無双猛将伝」]を装填したプレイステーション[引用者注:あるいはWiiからなるゲームシステム」であり,イ-9号製品等は,イ-9号方法等を実施する装置の生産に用いられる物に過ぎないから,「その方法の使用に…用いる物」に該当しない旨主張する。そこで,被控訴人の上記主張について検討する。」

「まず,上記①の点について,本件発明A1の特許請求の範囲(請求項1)の記載によれば,本件発明A1は,「所定のゲームプログラムおよび/またはデータと,所定のキーとを包含する第1の記憶媒体と,所定の標準ゲームプログラムおよび/またはデータに加えて所定の拡張ゲームプログラムおよび/またはデータを包含する第2の記憶媒体とが準備されており,」(構成要件B-1,B-2)「上記第2の記憶媒体が上記ゲーム装置に装填されるとき,」(構成要件D),「上記ゲーム装置が上記所定のキーを読み込んでいる場合には,上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータと上記拡張ゲームプログラムおよび/またはデータの双方によってゲーム装置を作動させ,上記所定のキーを読み込んでいない場合には,上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータのみによってゲーム装置を作動させることを特徴とする,」(構成要件D-1,D-2)「ゲームシステム作動方法」(構成要件E)であることを理解できる。そして,上記構成要件D,D-1及びD-2の記載によれば,ユーザが第2の記憶媒体のみを保有し,第1の記憶媒体保有しない場合でも,ユーザにおいて「上記第2の記憶媒体」を「上記ゲーム装置に装填」すること,その際に,「上記所定のキーを読み込んでいない場合」に当たるとして,「上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータのみによってゲーム装置を作動させる」ことは可能であることを理解できる。一方,本件発明A1の特許請求の範囲(請求項1)には,「第1の記憶媒体と,…第2の記憶媒体とが準備されて」いることについて,「準備」をする主体は実施行為者(ゲームをプレイするユーザ)であり,「準備」とは各記憶媒体をゲーム装置に装填可能に準備すること,すなわち,「上記第2の記憶媒体が上記ゲーム装置に装填されるとき」に,実施行為者において第1の記憶媒体保有することであると解釈すべき根拠となる記載はない。
……次に,前記⑴ア(イ)のとおり,本件明細書Aの発明の詳細な説明には,「本願発明」の技術的意義が記載されている*4ところ,かかる技術的意義を達成するために,「第1の記憶媒体と…第2の記憶媒体とが準備されており」の意味を,実施行為者(ゲームをプレイするユーザ)において各記憶媒体をゲーム装置に装填可能に準備することに特定する必然性は見いだし難い。このように特定しなくとも,ゲームソフトメーカ等により第1の記憶媒体及び第2の記憶媒体が提供され,ユーザにおいてこれを入手することが可能な状況にあれば,上記技術的意義は達成可能であると考えられる。
……以上の本件発明A1の特許請求の範囲(請求項1)の記載及び本件明細書Aの記載によれば,本件発明A1の「第1の記憶媒体と…第2の記憶媒体とが準備されており」とは,ゲームソフトメーカ等により第1の記憶媒体及び第2の記憶媒体が提供され,ユーザにおいてこれを入手することが可能な状況を意味するものであって,ユーザにおいて各記憶媒体を現に保有することを意味するものではないと解される。そして,同様の理由により,「上記第2の記憶媒体が上記ゲーム装置に装填されるとき」に,実施行為者において第1の記憶媒体保有することが必要であるとは解されない。したがって,イ-9号製品等を保有するユーザが,本編ディスクを保有していないとの事実は,イ-9号製品等が本件発明A1の方法の使用にのみ用いる物であるとの判断を左右するものではない。」

「次に,上記②の点については,本件発明A1は,「記憶媒体…を上記ゲーム装置に装填してゲームシステムを作動させる方法」(構成要件A)であって,「上記第2の記憶媒体が上記ゲーム装置に装填される」(構成要件D)ことを発明特定事項とするものであるから,「上記第2の記憶媒体」に相当するイ-9号製品等は,「その方法の使用に…用いる物」に該当するといえる。また,特許法101条4号の「その方法の使用にのみ用いる物」は,当該「物」のみにより当該特許発明を実施するものである旨の限定は付されていないから,他の物と組み合わせることにより当該特許発明を実施する物も「物」に含まれると解される。」

「以上によれば,被控訴人の上記主張は採用することができない。」

検討

冒頭で述べたように、本判決では特許法101条4号による間接侵害の成立を認めている。101条4号には同条5号と異なり主観的要件が存在しない。したがって、少なくとも損害賠償請求に関しては、同じ間接侵害成立が認められるにしても、101条4号および5号のいずれの規定によるものかで賠償額が大きく異なることとなり、その区別は重要である。そこで、本事案において、101条5号ではなく、101条4号による間接侵害を認めたことが妥当であったか検討する。

まず、知財高裁は「イ-9号製品等は,別紙9「イ号方法の構成」記載のとおり,ゲーム装置であるWii(……)に装填してゲームシステムを作動させるためのゲームソフトであり,上記ゲーム装置に装填されて使用される用途以外に,社会通念上,経済的,商業的又は実用的な他の用途はないから,イ-9号方法等の使用にのみ用いる物であると認められる」と述べるが、これは、イ-9号製品にはゲームソフトという用途以外は考えられないことを述べているだけである。【ゲームソフト=「イ-9号方法等の使用にのみ用いる物」】ではないのだから、これだけでは何ら101条4号の間接侵害成立を認める理由とはなっていない。

ここで、本判決において、被疑間接侵害品(の一つ)であるイ-9号製品「戦国無双猛将伝」は、本件発明A1の「第2の記憶媒体」に当たると判断されている。ところで、本件発明A1には「第1の記憶媒体」という要素も存在するところ、「戦国無双3」が「第1の記憶媒体」に該当する(上記「別紙9」等)。この「戦国無双3」は、「戦国無双猛将伝」の前作ソフトである。被疑間接侵害品「戦国無双猛将伝」は単独でもプレイできるが、前作「戦国無双3」を持っていれば「MIX JOY」というモードもプレイできるのであり*5、この「MIX JOY」モードでWiiを作動させることが本件発明A1の構成要件D-1に相当すると判断されている(「別紙9」)。これまで述べたことから分かるように、本件発明A1の構成要件を全て充足するためには、「戦国無双猛将伝」の他に、「戦国無双3」も必要となる。そして繰り返しになるが、被疑間接侵害品「戦国無双猛将伝」は、「戦国無双3」が存在せずとも、単独でプレイすることができるのである。

被疑侵害者Yは、上記点を指摘し、イ-9号製品「戦国無双猛将伝」は「社会通念上,経済的,商業的又は実用的な他の用途を有するものであって,本件発明A1の方法の使用にのみ用いる物ではない」と主張した(上記①)。

しかし、知財高裁は「イ-9号製品等を保有するユーザが,本編ディスクを保有していないとの事実は,イ-9号製品等が本件発明A1の方法の使用にのみ用いる物であるとの判断を左右するものではない」とYの主張を認めなかった。しかし、これが【イ-9号製品「戦国無双猛将伝」は単独でもプレイできるから「のみ品」ではない】とのYの主張への反論となっているとは到底考えられない*6*7

被疑間接侵害品「戦国無双猛将伝」は、単独でプレイするという、本件発明A1の方法の使用以外の用途が明確にある以上、「本件発明A1の方法の使用にのみ用いる物」ということはできないと解するのが妥当であり、本件については、101条5号による間接侵害の成否を検討すべきだったと言えよう*8

他の裁判例との比較

現行101条2号及び5号が存在しなかった時代に、現行101条4号(当時2号)による間接侵害の成立を認めた、大阪地判平成12年10月24日(平成8年(ワ)第12109号)[製パン方法] は、「タイマー機能及び焼成機能が付加されている権利2の対象被告物件をわざわざ購入した使用者が、同物件を、タイマー機能を用いない使用や焼成機能を用いない使用方法にのみ用い続けることは、実用的な使用方法であるとはいえず、その使用者がタイマー機能を使用して山形パンを焼成する機能を利用することにより、発明2を実施する高度の蓋然性が存在するものと認められる。したがって、権利2の対象被告物件に発明2との関係で経済的、商業的又は実用的な他の用途はないというべきであり、同物件は、権利2の実施にのみ使用する物であると認められる。」と、被疑間接侵害品に他用途がありながらも「のみ品」に該当する理由を述べている。

また、現行101条2号及び5号制定後に、101条4号間接侵害の成立を認めた、知財高判平成23年6月23日(平成22年(ネ)第10089号)[食品の包み込み成形方法及びその装置]も、同様に、「本件発明1を実施しない機能のみを使用し続けながら,本件発明1を実施する機能は全く使用しないという使用形態を,被告装置1の経済的,商業的又は実用的な使用形態として認めることはできない。したがって,被告装置1は,「その方法の使用にのみ用いる物」に当たるといわざるを得ない。」と一応の理由付けを行なっている。

これに対し、本判決 知財高判令和元年9月11日は、被疑間接侵害品が「のみ品」に該当する点につき、(批判の多い)上記2つの裁判例に比べても、全く当を得ない理由を述べているに止まり、不適切さが際立つ。

また、上記2つの裁判例では被疑間接侵害品自体の使い方次第で特許方法の使用となる場合があったところ、本判決では被疑間接侵害品に加え、他の製品(e.g.「戦国無双3」)をも用いなければ特許方法の使用とはならないのであり、この観点からも、本判決は異例の(101条4号の適用範囲をこれまで以上に広げた)裁判例と言えるだろう。

更新履歴

2019-11-04 公開

*1:知財高裁Webページで提供されている判決要旨には、間接侵害について触れられていない。

*2:https://www.koeitecmo.co.jp/news/docs/news_20190924.pdf

*3:原判決の間接侵害判断についての詳細な評釈として、朱子音「ゲーム用ソフトウェアについて遊戯装置にしか装填できないことを理由に「にのみ」型間接侵害を認めた事例-PS2 ゲーム機用ソフトウェア事件-」知的財産法政策学研究54号(2019)219頁以下がある。なお、特許権Bについては、物の発明のほか、方法の発明も含まれるが、原審判決は「原告は,本件発明B-8[引用者注:方法の発明]に係る特許法101条4号所定の間接侵害による不法行為及び実施行為の惹起行為による不法行為に基づく損害賠償請求も選択的にするが,仮にそれらが認められるとしても,それにより認められる損害額は上記の額[特許権Bの物の発明に関する101条1号規定の間接侵害による損害額]を超えないと認められるから,それらについては判断の必要がない。」として、101条4号による間接侵害の成否は判断していない。

*4:引用者注[長いため脚注として記す]:「第1の記憶媒体と第2の記憶媒体とを所有するユーザは,第2の記憶媒体に記憶されている標準のゲーム内容に加え,拡張されたゲーム内容を楽しむことが可能となるから,ユーザにとっては,一回の購入金額が適正なシリーズものの記憶媒体を買い揃えてゆくことによって,最終的に極めて豊富な内容のゲームソフトを入手したのと同じになり,メーカにとっては,膨大な内容のゲームソフトを,ユーザが購入しやすい方法で実質的に提供できるという効果を奏する」

*5:http://www.gamecity.ne.jp/products/products/ee/Rlsengoku3m.htm参照。

*6:また、知財高裁は、クレーム解釈により「実施行為者において第1の記憶媒体保有することが必要であるとは解されない」との結論を導いている一方で、「ゲームソフトメーカ等により第1の記憶媒体及び第2の記憶媒体が提供され,ユーザにおいてこれを入手することが可能な状況にあれば,上記技術的意義は達成可能である」とも述べている。すなわち、最終的にはユーザが「第1の記憶媒体」をゲームソフトメーカ等から入手しなければ、本件発明A1を使用できないとも考えているようであり、論理が不分明である。

*7:なお、被疑侵害者Yの「イ-9号製品等は,イ-9号方法等を実施する装置の生産に用いられる物に過ぎないから,「その方法の使用に…用いる物」に該当しない」との主張(上記②)は、いわゆる間接の間接侵害否定論を述べているものと考えられる。このYの主張に対しても、知財高裁が適切な回答・反論を述べているとは思われない。

*8:もっとも、特許権Aの存続期間は(Xが原審に訴訟提起した平成26(2014)年7月4日直後の)平成26年12月9日に満了しており、存続期間内に101条5号規定の主観的要件を充足していない可能性がある。また、仮に警告状受領等の段階で主観的要件を充足していると判断されたとしても、侵害期間は短いものとなろう。

日本裁判所への米国特許権侵害訴訟提起についての覚書

はじめに

外国特許権、とくに米国特許権に基づく特許権侵害訴訟を日本の裁判所に提起した場合に、請求認容判決が得られるのか。本稿はこの問題を判例・裁判例に基づいて整理することを目的とする。初歩的な内容だと思われるが、執筆者が初学者ゆえ誤りを含んでいる可能性がある。誤りにお気づきのかたはぜひご指摘願いたい。

国際裁判管轄

米国特許権に基づく特許権侵害訴訟について、日本の裁判所が国際裁判管轄を有するか否かがまず問題となる。

国際裁判管轄に関して、かつては明文の規定が存在せず、判例等に基づきその有無が判断されていたが、平成23(2011)年改正により民事訴訟法に明文規定が設けられた(民事訴訟法3条の2乃至3条の12)。

被告が日本に本社のある法人ならば、原則として*1、国際裁判管轄が認められる(民事訴訟法3条の2第3項)。上記民事訴訟法改正前の事案であるが、東京地判平成15年10月16日(平成14年(ワ)第1943号)も、この理由により、国際裁判管轄を認めている*2

他方、被告が外国法人である場合などは、特許権侵害訴訟においては民事訴訟法3条の3第8号*3等の観点から、国際裁判管轄の有無が判断される。

さらに、国際裁判管轄を有すると判断される事案であっても、民事訴訟法3条の9規定の「特別の事情」がある場合は、訴えが却下される。東京地判平成29年7月27日(平成28年(ワ)第25969号)および控訴審判決である知財高判平成29年12月25日(平成29年(ネ)第10081号)は、傍論であるがこの「特別の事情」の存在を認めている。この事案は、外国法人が日本法人を被告として米国裁判所へ米国特許権に基づく特許権侵害訴訟を提起したところ、日本法人が外国法人を被告として日本裁判所へ債務不存在確認請求訴訟(被告が米国特許権に基づく損害賠償請求権を有しないことの確認を求める訴訟)を提起したというものである。

なお、(外国特許権に基づく侵害訴訟ではなく)外国特許権の有効性そのものを直接争う訴訟については、日本の裁判所は裁判管轄を有さない(特許権の登録国の専属管轄に属する)と解されている一方、侵害訴訟における特許無効の抗弁の許否については、日本の裁判所も審理可能と考えられる*4

訴えの利益

国際裁判管轄が認められても、訴えの利益が認められなければ、本案審理には至らない。

前掲東京地判平成15年10月16日は、原告による米国での製品の販売について、被告(米国特許権の権利者)が米国特許権に基づく差止請求権を有しないことの確認等を求めた事案であるところ、「本件米国特許権に基づく差止請求権不存在確認の訴えにつき,我が国に国際裁判管轄が認められるのであるから,本件につき当裁判所によって判決がされ,これが確定した場合には,当該判決は,登録国である米国を含めた他国において承認されるべきものであって,被告の主張するような理由[引用者注:米国特許権に基づく差止請求権不存在確認の訴えについて,我が国の裁判所により判決がされても,米国において承認されるかどうか疑問である]により確認の利益が否定されるものではない。」,「原告による米国内における原告製品の販売については,被告は,本件米国特許権に基づく差止請求訴訟を,原告の普通裁判籍の存する我が国の裁判所に提起することも可能であるところ,本件において,原告の当該販売につき被告が本件米国特許権に基づく差止請求権を有しないことを確認する判決がされれば,当該判決の既判力により,被告が将来我が国の裁判所において差止判決を得ることを阻止することができるのであるから,……訴えに確認の利益が存在することは,明らかである。」等と判示して、訴えの利益を認めた。

準拠法の決定

基本的枠組み

本案審理においては、まず、どの国の法に基づき審理するかを決めなければならない(準拠法の決定)。

準拠法の決定は、一般に次のプロセスを経る:(1)法律関係の性質決定(法性決定)を行ない、(2)国際私法(中心的な法源として、かつては「法例」、現在は「法の適用に関する通則法」[以下、単に通則法])に基づき連結点を確定させ、(3)そこから準拠法を決定する。

そして、米国特許権侵害事件につき、最一小判平成14年9月26日(平成12年(受)第580号)民集第56巻7号1551頁[カードリーダ事件最高裁判決]は、差止請求・侵害品廃棄請求と損害賠償請求とに分けて、準拠法を決定した*5

米国特許権侵害に基づく差止請求・侵害品廃棄請求の準拠法

最高裁は、(1)差止請求・侵害品廃棄請求についてその性質を「特許権の効力」と判断し、(2)法例には「特許権の効力」についての準拠法につき直接の定めがないため、「条理」に基づいて連結点を「特許権の登録国」とし、(3)準拠法を米国法と決定した。

米国特許権侵害に基づく損害賠償請求の準拠法

他方、最高裁は、(1)損害賠償請求についてはその性質を「不法行為」と判断し、(2)法例11条1項(通則法17条に対応)に基づき「原因タル事実ノ発生シタル地」により準拠法が定められるとした上で、本件については「米国特許権直接侵害行為が行われ,権利侵害という結果が生じた」場所が連結点であるとし、(3)準拠法を米国法と決定した。

このように、カードリーダ事件最高裁判決では、差止請求・侵害品廃棄請求であっても、損害賠償請求であっても、その準拠法は米国法とされた。しかしながら、現行法である通則法の下では、損害賠償請求の準拠法決定につき20条・21条の適用があり得、その場合は差止請求・侵害品廃棄請求と損害賠償請求とで準拠法が異なることになる*6

準拠法の適用

準拠法が決まると、日本の裁判所は、準拠法に基づき、審理を行なう。前掲東京地判平成15年10月16日は、上記のように米国内での行為が米国特許権の侵害に当たるか否か問題となった事案であるところ、東京地裁は、米国特許法制に基づいて、文言侵害に加え、均等侵害の成否も判断している。

もっとも、準拠法が決まっても、常にその適用が認められるとは限らない。通則法42条(法例33条)に該当する場合や、不法行為について通則法22条1項および2項(法例11条2項および3項)に該当する場合は、準拠法とされた外国法の適用が否定または制限される。

そして、カードリーダ事件は、米国特許権者が、被告(=被控訴人=被上告人)の日本国内での行為が米国特許法271条(b)規定の特許権の間接侵害に当たるとして、差止請求・侵害品廃棄請求、さらに損害賠償請求を求めた事案であるところ(前掲東京地判平成15年10月16日と異なり、日本国内での行為が問題となっていることに留意)、最高裁は以下のように判示して、米国法の適用を否定した。

差止請求・侵害品廃棄請求について、「同法[引用者注:米国特許法]271条(b)項,283条によれば,本件米国特許権の侵害を積極的に誘導する行為については,その行為が我が国においてされ,又は侵害品が我が国内にあるときでも,侵害行為に対する差止め及び侵害品の廃棄請求が認容される余地がある。しかし,我が国は,特許権について前記属地主義の原則を採用しており,これによれば,各国の特許権は当該国の領域内においてのみ効力を有するにもかかわらず,本件米国特許権に基づき我が国における行為の差止め等を認めることは,本件米国特許権の効力をその領域外である我が国に及ぼすのと実質的に同一の結果を生ずることになって,我が国の採る属地主義の原則に反するものであり,また,我が国とアメリカ合衆国との間で互いに相手国の特許権の効力を自国においても認めるべき旨を定めた条約も存しないから,本件米国特許権侵害を積極的に誘導する行為を我が国で行ったことに米国特許法を適用した結果我が国内での行為の差止め又は我が国内にある物の廃棄を命ずることは,我が国の特許法秩序の基本理念と相いれないというべきである。したがって,米国特許法の上記各規定を適用して被上告人に差止め又は廃棄を命ずることは,法例33条にいう我が国の公の秩序に反するものと解するのが相当であるから,米国特許法の上記各規定は適用しない。」

損害賠償請求について、「米国特許法284条は,特許権侵害に対する民事上の救済として損害賠償請求を認める規定である。本件米国特許権アメリカ合衆国で侵害する行為を我が国において積極的に誘導した者は,米国特許法271条(b)項,284条により,損害賠償責任が肯定される余地がある。しかしながら,その場合には,法例11条2項により,我が国の法律が累積的に適用される。本件においては,我が国の特許法及び民法に照らし,特許権侵害を登録された国の領域外において積極的に誘導する行為が,不法行為の成立要件を具備するか否かを検討すべきこととなる。属地主義の原則を採り,米国特許法271条(b)項のように特許権の効力を自国の領域外における積極的誘導行為に及ぼすことを可能とする規定を持たない我が国の法律の下においては,これを認める立法又は条約のない限り,特許権の効力が及ばない,登録国の領域外において特許権侵害を積極的に誘導する行為について,違法ということはできず,不法行為の成立要件を具備するものと解することはできない。したがって,本件米国特許権の侵害という事実は,法例11条2項にいう「外国ニ於テ発生シタル事実カ日本ノ法律ニ依レハ不法ナラサルトキ」に当たるから,被上告人の行為につき米国特許法の上記各規定を適用することはできない。」

余論

以上、米国特許権に基づく特許権侵害訴訟を日本裁判所に提起した場合について述べてきた。

最後に余論として、米国特許権に基づく特許権侵害訴訟を米国連邦裁判所に提起した結果、日本国内での行為が271条(b)規定の特許権侵害と認められ、差止請求および損害賠償請求を認容する判決が出された場合、日本国内で効力が認められるのかを考えてみる。

これは、民事訴訟法118条および民事執行法24条の問題となる。カードリーダ事件最高裁判決の論理によると、上記差止請求および損害賠償請求はともに民事訴訟法118条3号「判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと。」に該当しないため、いずれの請求も効力が認められないこととなろう*7

更新履歴

2019-10-19 公開
2019-10-20 誤記等の若干の修正

*1:後述する民事訴訟法3条の9等の例外がありうる。

*2:後述のカードリーダ事件では、国際裁判管轄が争点となっていないが、同様にこの理由から国際裁判管轄を有することを前提としていると考えられる。

*3:国際裁判管轄の判断にあたっては、特許権侵害に基づく損害賠償請求のみならず、差止請求も「不法行為に関する訴え」と解されている。例えば、知財高判平成22年9月15日(平成22年(ネ)第10001号)[国内特許権の侵害に関する事案であるが、国際裁判管轄が問題となったものである]では、「特許権に基づく差止請求は,被控訴人(一審被告)の違法な侵害行為により控訴人(一審原告)の特許権という権利利益が侵害され又はそのおそれがあることを理由とするものであって,その紛争の実態は不法行為に基づく損害賠償請求の場合と実質的に異なるものではないことから,裁判管轄という観点からみると,民訴法5条9号にいう「不法行為に関する訴え」に含まれるものと解される」と述べている。なお、本件では、平成23年民事訴訟法改正前であったため、国内裁判管轄に係る5条9号が「斟酌」されている。

*4:前掲東京地判平成15年10月16日は「特許権の成立を否定し,あるいは特許権を無効とする判決を求める訴訟については,一般に,当該特許権の登録国の専属管轄に属するものと解されている。特許権に基づく差止請求訴訟においては,相手方において当該特許の無効を抗弁として主張して特許権者の請求を争うことが,実定法ないし判例法上認められている場合も少なくないが,このような場合において,当該抗弁が理由があるものとして特許権者の差止請求が棄却されたとしても,当該特許についての無効判断は,当該差止請求訴訟の判決における理由中の判断として訴訟当事者間において効力を有するものにすぎず,当該特許権を対世的に無効とするものではないから,当該抗弁が許容されていることが登録国以外の国の国際裁判管轄を否定する理由となるものではなく,差止請求訴訟において相手方から特許無効の抗弁が主張されているとしても,登録国以外の国の裁判所において当該訴訟の審理を遂行することを妨げる理由となるものでもない。」と述べる。

*5:差止請求・侵害品廃棄請求について、本最高裁判決の原審判決 東京高判平成12年1月27日(平成11年(ネ)第3059号)は、「特許権については、国際的に広く承認されているいわゆる属地主義の原則が適用され、外国の特許権を内国で侵害するとされる行為がある場合でも、特段の法律又は条約に基づく規定がない限り、外国特許権に基づく差止め及び廃棄を内国裁判所に求めることはできないものというべきであり、外国特許権に基づく差止め及び廃棄の請求権については、法例で規定する準拠法決定の問題は生じる余地がない。」と述べていたが、最高裁はこの立場を採らなかった。

*6:申美穂「法の適用に関する通則法における特許権侵害」特許研究57号(2014)21頁以下(とくに32頁以下)参照。

*7:高部眞規子・大野聖二「渉外事件のあるべき解決方法」パテント65巻3号(2012)103頁[高部発言]、カードリーダ事件最高裁判決 井嶋補足意見および藤井反対意見参照。

続・最高裁は効果の独立要件説を採ったのか?

はじめに

飯島歩弁護士の「進歩性判断における予測できない顕著な効果の位置付けに関するドキセピン誘導体含有局所的眼科用処方物事件最高裁判決について」という論考(以下、飯島最判判批と称する)が公表された。そこでは次のように、本最高裁判決(最三小判令和元年8月27日(平成30年(行ヒ)第69号))が効果の独立要件説(あるいはそれに近い考え方)を採用したものと言えると述べている:

本件においては、前訴の取消判決により、発明の構成が容易に想到可能なものであることについて、拘束力が生じていました。本判決は、そのような状況にあっても、なお、予測できない顕著な効果について審理を尽くさせるとの判断をしています。これは、構成の容易想到性について判断を示した取消判決の拘束力が顕著な効果の判断には及ばないことを前提としています。


また、上述のとおり、原判決は、「引用例1及び引用例2に接した当業者は引用発明1に係る化合物をヒト結膜肥満細胞安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができた」という事実から、本件化合物が「ヒスタミン遊離抑制作用を有すること」が予測の範囲内であるとの認定を行っているものの、その効果の程度が当業者の予測の範囲を超えるかどうかを判断するに際しては、他の公知化合物との対比による判断をしており、本件発明の構成からの予測可能性について判断をしていません。本判決は、この点において原判決が法令の解釈適用を誤ったものと判示しています。


これらの判示事項は、進歩性判断において、顕著な効果を構成の容易想到性とは別個の要件に位置付け、明細書に記載された効果をもとに、引用発明を組み合わせるなどして導かれる発明を基礎として効果の予測可能性を判断する独立要件説ないしそれに近い考え方を採用したものといえます。

すなわち、前訴判決(知財高判平成26年7月30日(平成25年(行ケ)第10058号))の拘束力の観点、および、効果顕著性判断における比較対象の観点から、最高裁が独立要件説(あるいはそれに近い考え方)を採ったと判断している。

この2つの観点について、(インターネット上のゴミを増やすだけかも知れないが)素人のざっぱくな感想を述べたい。以下、便宜的に「効果顕著性判断における比較対象」「前訴判決の拘束力」の順に記す。

効果顕著性判断における比較対象

効果顕著性判断における比較対象につき、飯島最判判批には次の説明がある(強調は引用者;以下同):

具体的な進歩性判断に際し、二次的考慮説は、顕著な効果を発明の構成の容易想到性を判断する上での考慮要素とするため、広く従来技術を参酌して、その効果を予測できたかを考慮することになります。


他方、独立要件説は、顕著な効果それ自体が進歩性を支える独立の要件と位置付けるため、明細書に記載された効果をもとに、引用発明を組み合わせるなどして導かれる発明を基礎に、当業者が顕著な効果を予測することができたか、という判断をします。

これは、清水節「知財高判平成24年11月13日(平成24年(行ケ)第10004号)判批」小泉直樹=田村善之編『特許判例百選〔第5版〕』(有斐閣,2019)141頁と同様の見解である*1

最高裁判決は「本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく」[原審が判断したことには、法令の解釈適用を誤った違法がある ](本最高裁判決PDF版6頁)と述べているため、上記見解を採ると、たしかに最高裁は独立要件説を採っているように見える。

もっとも、前田健「進歩性判断における「効果」の意義」L&T82号(2019)42頁には、以下のように、効果顕著性の比較対象につき上記見解とはほぼ正反対のものが述べられている:

予測できない顕著な効果を、請求項に係る発明と、出願時の技術水準における同種の発明の効果との比較で捉える理解がある。これは、技術水準を比較対象とする説といえる。……。この考え方も効果を構成と独立に捉える独立要件説を前提に、効果の容易想到性とは技術水準から予測可能な範囲を超えていないことであると理解するならば、説明は可能である。


……予測できない顕著な効果を、請求項に係る発明の構成が現に奏する効果と、その構成が奏するであろうと予測された範囲とを比較する考え方がある。これは請求項に係る構成から予測される範囲を比較対象とする説である。……。このような考え方は、二次的考慮説から最も説明しやすい。効果を構成の容易想到性の問題に一元化して捉える場合、その構成のものとして予測される範囲を超えていることは、結局、その構成を採用して当該効果が得られるという見込みがなかったことを意味し、そのような場合には、その構成を実際に採用しようとしたであろうとはいえないからである。

このように、独立要件説(あるいは二次的考慮説)を採る際の効果顕著性判断の比較対象は、論者によって違いがある*2ため、何を比較対象として効果顕著性を判断するかという点のみから、独立要件説(あるいは二次的考慮説)を採っているか否かを判断することは困難だと思われる*3

前訴判決の拘束力

前述のとおり、飯島最判判批は「前訴の取消判決により、発明の構成が容易に想到可能なものであることについて、拘束力が生じていました。本判決は、そのような状況にあっても、なお、予測できない顕著な効果について審理を尽くさせるとの判断をしています。これは、構成の容易想到性について判断を示した取消判決の拘束力が顕著な効果の判断には及ばないことを前提としています。」と論じている。

まず確認しておきたいことは、前訴判決の拘束力について、本最高裁判決は何ら言及していないということである*4。これは、原審判決(知財高判平成29年11月21日(平成29年(行ケ)第10003号))が、(あのような「付言」を述べながらも)結局は、効果顕著性を判断した上で結論を導いていることから、当然のことかも知れない*5

このことについて、【原審は前訴判決の拘束力を構成想到容易性までの範囲と考えており、さらに、これを最高裁が是認した】と理解することも可能かも知れない。とは言え、まず、原審が前訴判決の拘束力をどのように考えていたかは、明確ではない*6 *7。さらに、原審の特定の判断について最高裁が言及していないからといって、当該判断を最高裁が是認したとまでは言いがたいように感じる。

もちろん、最高裁は、効果顕著性の判断手法について、「法令の解釈に関する重要な事項」(民事訴訟法318条1項)と捉えたからこそ、上告受理したのであろう。ここで、独立要件説であっても二次的考慮説であっても、特許法29条2項要件の(非)充足性判断において、効果顕著性が重要な考慮要素であることに変わりはない。さすれば、最高裁が【前訴判決の拘束力については判断せず、独立要件説および二次的考慮説のいずれの立場を採るかはブランクのまま、さしあたり、効果顕著性については(原審の採用した)誤った判断手法を是正し(効果顕著性の判断手法を統一し)ようとした】と理解することも十分にできるのではないか。

更新履歴

2019-09-23 公開

*1:早田尚貴「審決取消訴訟における無効理由と進歩性」牧野利秋ほか編『知的財産法の理論と実務(2)』(2007,新日本法規出版)422-423頁も同旨。

*2:田村善之「特許法における創作物アプローチとパブリック・ドメイン・アプローチの相剋」パテント72巻9号(2019)10-11頁注17も参照。

*3:なお、明細書へ顕著な効果の記載が求められるか否かについても、同様だと思われる。清水節・前掲141頁参照。

*4:最高裁は「2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。……。知的財産高等裁判所は,平成26年7月,引用例1及び引用例2に接した当業者は,引用発明1をヒトにおけるアレルギー性眼疾患の点眼剤として適用することを試みる際に,引用発明1に係る化合物についてヒト結膜肥満細胞安定化作用を有することを確認し,ヒト結膜肥満細胞安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められるから,前審決の上記の判断は誤りであるとして,前審決を取り消す旨の判決(以下「前訴判決」という。)を言い渡し,前訴判決は確定した。」(本件最高裁判決PDF版2頁)とは述べているが、これは、原審判決の認定事実をそのまま述べているに過ぎない。原審判決(知財高判平成29年11月21日(平成29年(行ケ)第10003号))PDF版8頁参照。

*5:もっとも、「上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)」(本最高裁判決PDF1頁)と書かれていることから、上告受理申立ての理由には前訴判決の拘束力についても挙げられていた可能性は大いにある。玉井克哉「原審判決判批」自治研究94巻6号(2018)136頁以下(とくに142頁以下)参照。

*6:興津征雄「特許審決取消判決の拘束力の範囲」知的財産法政策学研究53号(2019)245頁注71,想特一三「玉井克哉先生の「アレルギー性眼疾患治療薬事件」評釈 自治研究 94(6) 136-150 (2018)(平成29年(行ケ)10003)」(とくに「3-3」および「3-4」)

*7:加えて、飯島弁護士自身も、飯島歩「審決を取り消す判決の進歩性判断に関する理由中の判断の拘束力」知財管理68巻9号(2018)1282頁では「本判決[引用者注:前訴判決]の拘束力は,容易性を基礎づけまたは否定する個々の事実ではなく,「容易に想到することができた」との最終的認定判断に生じることとなる。したがって,この判決のもと,当事者が顕著な効果を主張することも,特許庁がこれを審理し,容易想到性を否定することも,拘束力に反し違法であったと解される」と、今回の飯島最判判批の「前訴の取消判決により、発明の構成が容易に想到可能なものであることについて、拘束力が生じていました」とは異なる見解を述べている。