特許法の八衢

ReissueのRecapture ruleについて判断された事案 ― In re McDonald (Fed. Cir. 2022)

はじめに 米国特許法制において特徴的な制度の一つが、Reissue(米国特許法(35 U.S.C.)1 251条)である。日本における訂正審判制度(日本特許法126条)と同様、特許登録後にクレーム等を訂正できるものであるが、Reissueは、クレーム減縮のみならず、クレー…

特許法における「輸入」

はじめに 特許法2条3項1号は「実施」の一態様として、「輸入」を規定している。この「輸入」の解釈につき、一般的には、「日本国の領域外たる外国から貨物を本邦に引き取る行為,すなわち日本国内に貨物を搬入する行為」*1等とされている。さて、外国に居る…

国境を跨ぐ実施相当行為が特許権侵害に当たらないと判断された事案 ― 東京地判令和4年3月24日(令和元年(ワ)第25152号)

はじめに 東京地判令和4年3月24日(令和元年(ワ)第25152号)*1は、特許権者である原告(株式会社ドワンゴ)が、「FC2動画」(被告サービス1)に係るシステム(被告システム1)などは特許発明の技術的範囲に属し、被告ら(FC2, INC.および株式会社ホーム…

Means-Plus-Functionについての覚書

はじめに 米国特許法は、クレーム要素(claim element)につき、物理的な構造等を特定せず、その要素の機能のみによって特定することを認めている一方で、当該クレーム要素については、明細書に開示された、対応する構造等およびその均等物として解釈される、…

自由技術の抗弁の現代的意義

はじめに 自由技術の抗弁は、侵害訴訟裁判所が特許無効を判断できないとされていた時代において、特許権侵害成否について妥当な結論を導くために提唱されたものであり*1、いわゆる特許無効の抗弁(特許法104条の3)が法定された現在、「ほぼ役割を終えた」*2…

特許裁判例を読む―インクタンク事件を素材に(1)

はじめに 本稿は、(特許法初学者である)私が普段、特許裁判例*1をどのように読んでいるかを、ただただ述べたものである(これが正しい読み方だというつもりは毛頭ない)。素材としては、インクタンク事件判決(東京地判平成16年12月8日(平成16年(ワ)第855…

特許権者による差止請求および損害賠償請求が権利濫用に当たり許されないとされた東京地判令和2年7月22日について

2021-03-21 はじめに 本件東京地判令和2年7月22日(平成29年(ワ)第40337号)〔情報記憶装置〕は、被告の行為が特許権侵害である場合においても、特許権者である原告の差止請求および損害賠償請求が権利濫用(民法1条3項)に当たり許されないと判断された、極…

部分意匠に係る意匠権侵害を認めた東京地判令和2年11月30日について

はじめに 東京地判令和2年11月30日(平成30年(ワ)第26166号)は、意匠権――意匠に係る物品が「組立家屋」である部分意匠――を有する原告が、被告による建物の製造等が意匠権侵害に当たるとして、当該行為の差止めおよび損害賠償を求めた事案である。裁判所は、…

独立要件説 v. 二次的考慮説 ― 議論の実益

田村善之「「進歩性」(非容易推考性)要件の意義:顕著な効果の取扱い」パテント69巻5号(別冊15号)(2016)5頁以下には、進歩性判断において独立要件説を採るか、二次的考慮説を採るかにより、結論が異なる(可能性のある)3つの場面が示されている。これらに…

効果の『非予測性』および『顕著性』

はじめに 最高裁判決 最三小判令和元年8月27日集民262号51頁(平成30年(行ヒ)第69号)には、次の判示がある。「原審は,結局のところ,本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏する…

初学者から見た『標準 特許法』

2023-12-16追記 本稿は、『標準 特許法』第7版に対するものであるが、第8版*1では、本稿で指摘した事項の多くが修正されていることを確認した。2023-12-16追記ここまで。 はじめに 本書 高林龍『標準 特許法〔第7版〕』(有斐閣,2020)は、2002年の初版刊行…

発明の予測できない顕著な効果の有無の判断において、「顕著性」に加え「非予測性」を検討する意義

発明の予測できない顕著な効果について判断した、最高裁判決最三小判令和元年8月27日集民262号51頁(平成30年(行ヒ)第69号)には、次の判示がある。「原審は,結局のところ,本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて…

続・カプコン v. コーエーテクモゲームス事件控訴審判決

はじめに 以前のブログ記事において、私が特許法101条4号による間接侵害成立を認めたことを批判的に述べた知財高判令和元年9月11日(平成30年(ネ)第10006号等)(以下、本判決)について、興味深い評釈が公刊された。朱子音「ゲームのシステムに関する特許発…

American Axle & Manufacturing v. Neapco Holdings ― 米国における特許適格性について

はじめに 米国CAFCにおいて、ついに機械系の発明についても特許適格性が否定されたとして話題となった事案*1について、ごく最近新たな動きがあり、興味をそそられたため、以下に記す。 英語および米国法制に対する私の理解不足により、誤りがある可能性があ…

知財高判令和2年5月27日(平成30年(ネ)第10016号) ― 特許発明が侵害品の一部分のみに過ぎない場合において102条2項の推定覆滅を認めた事案

はじめに 知財高判令和2年5月27日(平成30年(ネ)第10016号)は、特許権者[原審原告;訴訟承継前控訴人]からその権利義務を包括承継した控訴人(以下、訴訟承継前控訴人と控訴人とを区別せず「控訴人」と表記する)が、被控訴人[原審被告]による本件噴霧…

特許発明が侵害品の一部分のみに過ぎない場合における102条2項に基づく賠償額算定

はじめに 令和元年特許法改正により、102条2項による損害賠償額の推定について覆滅が認められたとしても、その填補が認められる場合があると考えられている(詳細は後述)。それでは、特許発明が侵害品の一部分のみに過ぎないことが理由により推定覆滅が認め…

『知的財産法の挑戦II』

はじめに 同志社大学知的財産法研究会10周年記念論文集『知的財産法の挑戦II』(弘文堂)が発刊された。各知財法分野について興味深い論文が納められた論文集*1であるが、ここでは「第II部 特許法」の各論文についてのみ簡単な紹介を行なう(論文の解釈に誤…

Ginsburg判事と国際消尽

はじめに 2020年9月18日、Ruth Bader Ginsburg連邦最高裁判事が亡くなった。彼女はその反対意見が注目されることも多かったが、知的財産法関係でも「国際消尽」について2度、反対意見を述べている。 Kirtsaeng事件 1度目の反対意見は、著作権の国際消尽を認…

最二小判令和2年9月7日[平成31年(受)第619号]を読む前に

はじめに 明日令和2(2020)年9月7日、特許権侵害に関する新たな最高裁判決が言い渡される予定である*1。そこで、本件事案および第一審および第二審の判決内容を概観してみた。 事案の概要 当事者関係図Y(被告・被控訴人)は、樹脂フィルムの製造機械装置等に関…

物の発明および方法の発明についての記すまでもない話

「発明は本質的に方法という性質を有している」*1。たとえば、次の【装置クレーム】は、【方法クレーム】を実現する上での「道具」を規定しているに過ぎない。【装置クレーム】 アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン、および所定の…

Bio-Rad Laboratories, Inc. v. 10x Genomics Inc. (Fed. Cir. 2020) ― 差止請求権の制限が認められた事案 ―

はじめに 米国においては、特許権侵害が認められても、当然に差止請求が認容されるわけではない。eBay事件連邦最高裁判決*1において示されたように、終局的差止め(permanent injunction)が認められるためには、(特許権侵害以外の場合と同様)equityの原則に…

Eli Lilly v. Teva Parenteral Medicines (Fed. Cir. 2017)と日本法制とに関する覚書

Eli Lilly v. Teva Parenteral Medicines (Fed. Cir. 2017) はじめに 本件Eli Lilly and Co. v. Teva Parenteral Medicines, Inc., 845 F.3d 1357 (Fed. Cir. 2017)は、先発医薬品企業である特許権者=原告Eli Lilly and Co.が、後発医薬品企業=被告Teva Pare…

Eli Lilly v. Teva Parenteral Medicines (Fed. Cir. 2017)と日本法制とに関する覚書

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法学文書における「据わり」の意義

法学文書において「据わり」という表現が用いられることがある。例えば、以下のものである(強調は引用者;以下同)。「知的創作や努力のためのインセンティブ確保」を正当化理由の一類型として掲げる書物は少ない。その原因のひとつは、日本の独禁法に21条…

特許法102条1項2号括弧書きについての覚書

はじめに 特許庁総務部総務課制度審議室編『令和元年特許法等の一部改正 産業財産権法の解説』(発明推進協会,2020)発行*1を機に、令和元年改正*2で現れた特許法102条1項2号括弧書きについて整理してみたい。その前に条文を確認しよう。本改正前の特許法10…

多機能品型間接侵害規定はいかにして生まれたか ― 平成14年特許法改正について

はじめに 「特許法等の一部を改正する法律案(平成14法律24)に関する法律案審議録に含まれる行政文書のうち、特許庁から内閣法制局に提出されたもの。」について、私が開示請求を行ない入手した文書のうち、間接侵害規定および実施の定義の見直し(「プログ…

続続・最高裁は効果の独立要件説を採ったのか?

最三小判令和元年8月27日集民262号51頁(平成30年(行ヒ)第69号)は民集に登載されないため、いわゆる調査官解説は出ないものと考えていたところ、Law & Technology 87号に、大寄麻代最高裁調査官による本判決の「解説」(以下、本調査官解説)が掲載された*1…

知財高大判令和2年2月28日(平成31年(ネ)第10003号)[美容器]に関する雑感

はじめに 知財高大判令和2年2月28日(平成31年(ネ)第10003号)は、知財高裁が示した判決要旨からも特許法102条1項の判示部分が最重要であることが理解できる。本判決で示された、102条1項に基づく損害額の計算式・証明責任等の判断枠組みは、下図のようにな…

意匠法における間接侵害規定の拡充についての疑問

はじめに 令和元年改正*1により、意匠法にもいわゆる多機能品型間接侵害規定が導入され、例えば38条2号は以下のものとなった*2:登録意匠又はこれに類似する意匠に係る物品の製造に用いる物品又はプログラム等若しくはプログラム等記録媒体等(これらが日本…

田村善之『知財の理論』に対する雑感

田村善之『知財の理論』(有斐閣,2019)は、次の10編の既発表論文(および「あとがき」)が収められた論文集である*1。著者の膨大な著作のなかから、著者の思想・方法論を知る上で重要な論文が選ばれたのであろう。第1章 知的財産法総論 1 知的財産法政策学…