特許法の八衢

日本裁判所への米国特許権侵害訴訟提起についての覚書

はじめに

外国特許権、とくに米国特許権に基づく特許権侵害訴訟を日本の裁判所に提起した場合に、請求認容判決が得られるのか。本稿はこの問題を判例・裁判例に基づいて整理することを目的とする。初歩的な内容だと思われるが、執筆者が初学者ゆえ誤りを含んでいる可能性がある。誤りにお気づきのかたはぜひご指摘願いたい。

国際裁判管轄

米国特許権に基づく特許権侵害訴訟について、日本の裁判所が国際裁判管轄を有するか否かがまず問題となる。

国際裁判管轄に関して、かつては明文の規定が存在せず、判例等に基づきその有無が判断されていたが、平成23(2011)年改正により民事訴訟法に明文規定が設けられた(民事訴訟法3条の2乃至3条の12)。

被告が日本に本社のある法人ならば、原則として*1、国際裁判管轄が認められる(民事訴訟法3条の2第3項)。上記民事訴訟法改正前の事案であるが、東京地判平成15年10月16日(平成14年(ワ)第1943号)も、この理由により、国際裁判管轄を認めている*2

他方、被告が外国法人である場合などは、特許権侵害訴訟においては民事訴訟法3条の3第8号*3等の観点から、国際裁判管轄の有無が判断される。

さらに、国際裁判管轄を有すると判断される事案であっても、民事訴訟法3条の9規定の「特別の事情」がある場合は、訴えが却下される。東京地判平成29年7月27日(平成28年(ワ)第25969号)および控訴審判決である知財高判平成29年12月25日(平成29年(ネ)第10081号)は、傍論であるがこの「特別の事情」の存在を認めている。この事案は、外国法人が日本法人を被告として米国裁判所へ米国特許権に基づく特許権侵害訴訟を提起したところ、日本法人が外国法人を被告として日本裁判所へ債務不存在確認請求訴訟(被告が米国特許権に基づく損害賠償請求権を有しないことの確認を求める訴訟)を提起したというものである。

なお、(外国特許権に基づく侵害訴訟ではなく)外国特許権の有効性そのものを直接争う訴訟については、日本の裁判所は裁判管轄を有さない(特許権の登録国の専属管轄に属する)と解されている一方、侵害訴訟における特許無効の抗弁の許否については、日本の裁判所も審理可能と考えられる*4

訴えの利益

国際裁判管轄が認められても、訴えの利益が認められなければ、本案審理には至らない。

前掲東京地判平成15年10月16日は、原告による米国での製品の販売について、被告(米国特許権の権利者)が米国特許権に基づく差止請求権を有しないことの確認等を求めた事案であるところ、「本件米国特許権に基づく差止請求権不存在確認の訴えにつき,我が国に国際裁判管轄が認められるのであるから,本件につき当裁判所によって判決がされ,これが確定した場合には,当該判決は,登録国である米国を含めた他国において承認されるべきものであって,被告の主張するような理由[引用者注:米国特許権に基づく差止請求権不存在確認の訴えについて,我が国の裁判所により判決がされても,米国において承認されるかどうか疑問である]により確認の利益が否定されるものではない。」,「原告による米国内における原告製品の販売については,被告は,本件米国特許権に基づく差止請求訴訟を,原告の普通裁判籍の存する我が国の裁判所に提起することも可能であるところ,本件において,原告の当該販売につき被告が本件米国特許権に基づく差止請求権を有しないことを確認する判決がされれば,当該判決の既判力により,被告が将来我が国の裁判所において差止判決を得ることを阻止することができるのであるから,……訴えに確認の利益が存在することは,明らかである。」等と判示して、訴えの利益を認めた。

準拠法の決定

基本的枠組み

本案審理においては、まず、どの国の法に基づき審理するかを決めなければならない(準拠法の決定)。

準拠法の決定は、一般に次のプロセスを経る:(1)法律関係の性質決定(法性決定)を行ない、(2)国際私法(中心的な法源として、かつては「法例」、現在は「法の適用に関する通則法」[以下、単に通則法])に基づき連結点を確定させ、(3)そこから準拠法を決定する。

そして、米国特許権侵害事件につき、最一小判平成14年9月26日(平成12年(受)第580号)民集第56巻7号1551頁[カードリーダ事件最高裁判決]は、差止請求・侵害品廃棄請求と損害賠償請求とに分けて、準拠法を決定した*5

米国特許権侵害に基づく差止請求・侵害品廃棄請求の準拠法

最高裁は、(1)差止請求・侵害品廃棄請求についてその性質を「特許権の効力」と判断し、(2)法例には「特許権の効力」についての準拠法につき直接の定めがないため、「条理」に基づいて連結点を「特許権の登録国」とし、(3)準拠法を米国法と決定した。

米国特許権侵害に基づく損害賠償請求の準拠法

他方、最高裁は、(1)損害賠償請求についてはその性質を「不法行為」と判断し、(2)法例11条1項(通則法17条に対応)に基づき「原因タル事実ノ発生シタル地」により準拠法が定められるとした上で、本件については「米国特許権直接侵害行為が行われ,権利侵害という結果が生じた」場所が連結点であるとし、(3)準拠法を米国法と決定した。

このように、カードリーダ事件最高裁判決では、差止請求・侵害品廃棄請求であっても、損害賠償請求であっても、その準拠法は米国法とされた。しかしながら、現行法である通則法の下では、損害賠償請求の準拠法決定につき20条・21条の適用があり得、その場合は差止請求・侵害品廃棄請求と損害賠償請求とで準拠法が異なることになる*6

準拠法の適用

準拠法が決まると、日本の裁判所は、準拠法に基づき、審理を行なう。前掲東京地判平成15年10月16日は、上記のように米国内での行為が米国特許権の侵害に当たるか否か問題となった事案であるところ、東京地裁は、米国特許法制に基づいて、文言侵害に加え、均等侵害の成否も判断している。

もっとも、準拠法が決まっても、常にその適用が認められるとは限らない。通則法42条(法例33条)に該当する場合や、不法行為について通則法22条1項および2項(法例11条2項および3項)に該当する場合は、準拠法とされた外国法の適用が否定または制限される。

そして、カードリーダ事件は、米国特許権者が、被告(=被控訴人=被上告人)の日本国内での行為が米国特許法271条(b)規定の特許権の間接侵害に当たるとして、差止請求・侵害品廃棄請求、さらに損害賠償請求を求めた事案であるところ(前掲東京地判平成15年10月16日と異なり、日本国内での行為が問題となっていることに留意)、最高裁は以下のように判示して、米国法の適用を否定した。

差止請求・侵害品廃棄請求について、「同法[引用者注:米国特許法]271条(b)項,283条によれば,本件米国特許権の侵害を積極的に誘導する行為については,その行為が我が国においてされ,又は侵害品が我が国内にあるときでも,侵害行為に対する差止め及び侵害品の廃棄請求が認容される余地がある。しかし,我が国は,特許権について前記属地主義の原則を採用しており,これによれば,各国の特許権は当該国の領域内においてのみ効力を有するにもかかわらず,本件米国特許権に基づき我が国における行為の差止め等を認めることは,本件米国特許権の効力をその領域外である我が国に及ぼすのと実質的に同一の結果を生ずることになって,我が国の採る属地主義の原則に反するものであり,また,我が国とアメリカ合衆国との間で互いに相手国の特許権の効力を自国においても認めるべき旨を定めた条約も存しないから,本件米国特許権侵害を積極的に誘導する行為を我が国で行ったことに米国特許法を適用した結果我が国内での行為の差止め又は我が国内にある物の廃棄を命ずることは,我が国の特許法秩序の基本理念と相いれないというべきである。したがって,米国特許法の上記各規定を適用して被上告人に差止め又は廃棄を命ずることは,法例33条にいう我が国の公の秩序に反するものと解するのが相当であるから,米国特許法の上記各規定は適用しない。」

損害賠償請求について、「米国特許法284条は,特許権侵害に対する民事上の救済として損害賠償請求を認める規定である。本件米国特許権アメリカ合衆国で侵害する行為を我が国において積極的に誘導した者は,米国特許法271条(b)項,284条により,損害賠償責任が肯定される余地がある。しかしながら,その場合には,法例11条2項により,我が国の法律が累積的に適用される。本件においては,我が国の特許法及び民法に照らし,特許権侵害を登録された国の領域外において積極的に誘導する行為が,不法行為の成立要件を具備するか否かを検討すべきこととなる。属地主義の原則を採り,米国特許法271条(b)項のように特許権の効力を自国の領域外における積極的誘導行為に及ぼすことを可能とする規定を持たない我が国の法律の下においては,これを認める立法又は条約のない限り,特許権の効力が及ばない,登録国の領域外において特許権侵害を積極的に誘導する行為について,違法ということはできず,不法行為の成立要件を具備するものと解することはできない。したがって,本件米国特許権の侵害という事実は,法例11条2項にいう「外国ニ於テ発生シタル事実カ日本ノ法律ニ依レハ不法ナラサルトキ」に当たるから,被上告人の行為につき米国特許法の上記各規定を適用することはできない。」

余論

以上、米国特許権に基づく特許権侵害訴訟を日本裁判所に提起した場合について述べてきた。

最後に余論として、米国特許権に基づく特許権侵害訴訟を米国連邦裁判所に提起した結果、日本国内での行為が271条(b)規定の特許権侵害と認められ、差止請求および損害賠償請求を認容する判決が出された場合、日本国内で効力が認められるのかを考えてみる。

これは、民事訴訟法118条および民事執行法24条の問題となる。カードリーダ事件最高裁判決の論理によると、上記差止請求および損害賠償請求はともに民事訴訟法118条3号「判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと。」に該当しないため、いずれの請求も効力が認められないこととなろう*7

更新履歴

2019-10-19 公開
2019-10-20 誤記等の若干の修正

*1:後述する民事訴訟法3条の9等の例外がありうる。

*2:後述のカードリーダ事件では、国際裁判管轄が争点となっていないが、同様にこの理由から国際裁判管轄を有することを前提としていると考えられる。

*3:国際裁判管轄の判断にあたっては、特許権侵害に基づく損害賠償請求のみならず、差止請求も「不法行為に関する訴え」と解されている。例えば、知財高判平成22年9月15日(平成22年(ネ)第10001号)[国内特許権の侵害に関する事案であるが、国際裁判管轄が問題となったものである]では、「特許権に基づく差止請求は,被控訴人(一審被告)の違法な侵害行為により控訴人(一審原告)の特許権という権利利益が侵害され又はそのおそれがあることを理由とするものであって,その紛争の実態は不法行為に基づく損害賠償請求の場合と実質的に異なるものではないことから,裁判管轄という観点からみると,民訴法5条9号にいう「不法行為に関する訴え」に含まれるものと解される」と述べている。なお、本件では、平成23年民事訴訟法改正前であったため、国内裁判管轄に係る5条9号が「斟酌」されている。

*4:前掲東京地判平成15年10月16日は「特許権の成立を否定し,あるいは特許権を無効とする判決を求める訴訟については,一般に,当該特許権の登録国の専属管轄に属するものと解されている。特許権に基づく差止請求訴訟においては,相手方において当該特許の無効を抗弁として主張して特許権者の請求を争うことが,実定法ないし判例法上認められている場合も少なくないが,このような場合において,当該抗弁が理由があるものとして特許権者の差止請求が棄却されたとしても,当該特許についての無効判断は,当該差止請求訴訟の判決における理由中の判断として訴訟当事者間において効力を有するものにすぎず,当該特許権を対世的に無効とするものではないから,当該抗弁が許容されていることが登録国以外の国の国際裁判管轄を否定する理由となるものではなく,差止請求訴訟において相手方から特許無効の抗弁が主張されているとしても,登録国以外の国の裁判所において当該訴訟の審理を遂行することを妨げる理由となるものでもない。」と述べる。

*5:差止請求・侵害品廃棄請求について、本最高裁判決の原審判決 東京高判平成12年1月27日(平成11年(ネ)第3059号)は、「特許権については、国際的に広く承認されているいわゆる属地主義の原則が適用され、外国の特許権を内国で侵害するとされる行為がある場合でも、特段の法律又は条約に基づく規定がない限り、外国特許権に基づく差止め及び廃棄を内国裁判所に求めることはできないものというべきであり、外国特許権に基づく差止め及び廃棄の請求権については、法例で規定する準拠法決定の問題は生じる余地がない。」と述べていたが、最高裁はこの立場を採らなかった。

*6:申美穂「法の適用に関する通則法における特許権侵害」特許研究57号(2014)21頁以下(とくに32頁以下)参照。

*7:高部眞規子・大野聖二「渉外事件のあるべき解決方法」パテント65巻3号(2012)103頁[高部発言]、カードリーダ事件最高裁判決 井嶋補足意見および藤井反対意見参照。