はじめに
令和元年改正*1により、意匠法にもいわゆる多機能品型間接侵害規定が導入され、例えば38条2号は以下のものとなった*2:
当該登録意匠又はこれに類似する意匠の視覚を通じた美感の創出に不可欠なものにつき、
その意匠が登録意匠又はこれに類似する意匠であること及びその物品又はプログラム等若しくはプログラム等記録媒体等がその意匠の実施に用いられることを知りながら、
業として行う次のいずれかに該当する行為
イ 当該製造に用いる物品又はプログラム等記録媒体等の製造、譲渡、貸渡し若しくは輸入又は譲渡若しくは貸渡しの申出をする行為
ロ 当該製造に用いるプログラム等の作成又は電気通信回線を通じた提供若しくはその申出をする行為
この改正は、産業構造審議会知的財産分科会意匠制度小委員会からの平成31年2月付け報告書「産業競争力の強化に資する意匠制度の見直しについて」最終ページの次の記載を受けたものである。
上記記載において間接侵害規定の拡充必要性の理由の一つして挙げられた、「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣する事例」について理解できなかったので、以下、自分の頭の整理のために記す。
対策の必要性(あるいは正当性)
そもそも「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣する」ことを(本改正前の)旧法の範囲を超えて規制する必要はあるのだろうか。
「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣」した結果、“模倣品”は製品全体として登録意匠と非類似なのである(仮に類似するならば旧法で対応できる)。さらに「特徴のある部分以外の部分」は、部分意匠として意匠登録を受けられないほどに創作容易なものなのである。
意匠法の趣旨については「創作説」「混同説」「需要説」という3つの見解があるが、いずれの見解に立とうとも、このような「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣する」行為の規制を正当化できないように思われる。
間接侵害拡充という対策の有効性
仮に上記行為を規制すべきであっても、多機能品型間接侵害規定の導入という対策は有効なのだろうか。
この点について、青木大也「意匠法改正」高林龍ほか編『年報知的財産法2019-2020』(日本評論社,2019)13頁は、「「意匠の視覚を通じた美感の創出に不可欠なもの」の解釈にあたって、特許法において有力な本質的部分説を採用し、かつ仮に特許法におけるいわゆる本質的部分が、意匠法におけるいわゆる意匠の要部に相当するのであれば、立法趣旨の一つである「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣」するような事例に対しては、有効な対策にならないようにも思われる。」(脚注略)と述べる。
これもその通りであろうが、「意匠の視覚を通じた美感の創出に不可欠なもの」の解釈以前に、次の理由から有効な対策にならないと思われる。
「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣」した結果生まれた完成品は、上記のように登録意匠と非類似であることを想定しているため、この「特徴のある部分以外の部分」は、「登録意匠又はこれに類似する意匠に係る物品の製造に用いる物品又はプログラム等若しくはプログラム等記録媒体等」と言えない。
さらに、(仮に当該部分は「登録意匠又はこれに類似する意匠に係る物品の製造に用いる可能性のある物品又はプログラム等若しくはプログラム等記録媒体等」であるからこの要件は満たすと言えたとしても)「その物品又はプログラム等若しくはプログラム等記録媒体等がその意匠[=登録意匠又はこれに類似する意匠]の実施に用いられることを知りながら」という主観的要件を満たすことはない。
してみれば、「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣する」ことへの対策として、多機能品型間接侵害規定は全く使い物にならないのではないか。
最後に――「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣する事例」への対応は立法趣旨なのか
これまでは、「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣する事例」への対応が多機能品型間接侵害規定導入の趣旨の一つであることを前提として述べてきた。
しかし、改正法成立を告げる特許庁Webページに掲げられた資料では、意匠法における間接侵害規定について「「その物品等がその意匠の実施に用いられることを知っていること」等の 主観的要素を規定することにより、取り締まりを回避する目的で侵害品を構成部品に分割して製造・輸入等する行為を取り締まれるようにする。」とだけ述べられており、「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣する事例」への対応については全く触れられていない。さらに、立案担当者(特許庁総務部総務課制度審議室長)による解説*4でも同様である*5。
このことから、特許庁も、「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣する」ことを規制することの不合理、あるいは、それを多機能品型間接侵害規定で対応することの不合理に気づき、立法趣旨から除外したようにも思えるのだが、いかがだろうか。
『令和元年特許法等の一部改正 産業財産権法の解説』(2020-05-09追記;2020-05-11さらに追記)
2020年4月30日発行の特許庁総務部総務課制度審議室編『令和元年特許法等の一部改正 産業財産権法の解説』(発明推進協会)は、多機能型間接侵害規定の追加に関して次のように述べるのみであり、「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣する事例」対応への言及はない。
① 多機能型間接侵害の追加
(i)特許法における多機能型間接侵害(特許法第101条第2号及び第5号)
……。
(ii)意匠法における多機能型間接侵害事例の増加
平成14年当時、意匠法においても多機能型間接侵害を導入することが検討されたが、意匠法では登録意匠に類似する意匠の実施にも意匠権の効力が及ぶこと、また、平成10年改正により部分意匠制度が導入され、これによる保護が可能と考えられたことから、これらによる保護の状況を見て、必要に応じて多機能型間接侵害の導入を将来的に検討することとした。
昨今、例えば意匠権を侵害する製品の完成品を構成部品(非専用品)に分割して輸入することにより、意匠権の直接侵害を回避するなどの巧妙な模倣例が見受けられたことから、これに対処すべく、多機能型間接侵害規定を導入する必要性が高まっている。
特に、平成15年の旧関税定率法(明治43年法律第54号)の改正により、意匠権侵害物品に対する輸入差止申立制度(現在は関税法(昭和29年法律第61号)第69条の13)が施行されたが、本制度により意匠権侵害が疑われた事例を調査したところ、上述のような意匠権の直接侵害を回避する巧妙な輸入手口が存在していることが判明した。こうした手口に対応すべく、意匠における多機能型間接侵害の導入が喫緊の課題となっている。
なお、同条第2号及び第5号では、発明の本質が「課題の解決」にあることから、「その発明による課題の解決に不可欠」との文言になっているところ、意匠法においては、意匠の本質が「視覚を通じた美感」(同法第2条第1項)にあることを踏まえて、「視覚を通じた美感の創出に不可欠」との規定ぶりとした。
物品の「意匠の視覚を通じた美感の創出に不可欠なもの」としては、例えば、美容用ローラーのボール部分やハンドル部分が挙げられる。登録意匠である美容用ローラーのボール部分とハンドル部分が別々に製造等された場合、ボール部分は様々なハンドルに取り付けられ、ハンドル部分は様々なボールを取り付けられることから、共に専用品には該当せず、第38条第1号に規定する間接侵害には該当しない。しかしながら、このハンドル部分及びボール部分は、ともに登録意匠の視覚を通じた美感の創出に不可矢な物品である。したがって、今般の改正により新設される同条第2号の規定により、当該登録意匠又はこれに類似する意匠が登録意匠又はこれに類似する憲匠であること及びその物品が当該登録意匠又はこれに類似する意匠の実施に用いられることを知りながら、業として製造等する行為が間接侵害に該当することとなる。