特許法の八衢

法学文書における「据わり」の意義

法学文書において「据わり」という表現が用いられることがある。例えば、以下のものである(強調は引用者;以下同)。

「知的創作や努力のためのインセンティブ確保」を正当化理由の一類型として掲げる書物は少ない。その原因のひとつは、日本の独禁法に21条という条文があるため、上記のような議論がそちらに吸着されてしまっていることにある。米国やEUには日本の21条に相当する条文はない。米国やEUにも対応できる一般的枠組みを構築するには、この問題を21条の問題として論ずるのでなく、正当化理由の一類型だと位置付けて論じたほうが、据わりがよい
……。
独禁法21条は、知的財産法による「権利の行使と認められる行為」を独禁法の適用除外としている。
……。
かりに21条がなくとも、インセンティブ確保のために必要な権利行使は正当化理由があるとされるし、そうとはいえないほど反競争性が強いものについては違反とされる。そうすると、21条は、あってもなくてもよい規定であるということになる。「知的財産権独禁法」をめぐる議論は、21条でなく、正当化理由に関する問題であるとして一般的に位置付けたほうが据わりがよく、外国競争法とのインタフェイスも円滑に保つことができるようになる。
*1

例外的に、試作品が製作されたわけでもなく、特殊的投資がなされたわけでもない単なる構想段階の製品(B)について事業の準備を認める説示をなした判決がないわけではないが(……)、ほかに実際に製品化にまで至った製品(A)が存在したという事件であり、むしろ、B製品は事業の準備をなしていた製品(A)の実施形式の変更として許容される範囲内として先使用が肯定された事件であると理解するほうが据わりがよい(判旨自身、駄目押しとしてその点を強調している)。
……。
……試作品が完成していたにもかかわらず事業の準備があるとは認められなかった例として、2万5千円の侵害製品を1台販売し、ほかに1台を試用品として供給したという事実があったとしても、本格的な製造、販売に至らなかったという事案で、実施の事業またはその準備をなしていたとは認められないとした判決がある(……)が、試作品を製作し販売した実績があったとしても事業の「準備」にはならないとする判決として理解すべきではなく、むしろ、試作品を製作、販売後、ただちに事業に至らなかった場合には、「事業」の準備とは認められない、という帰結を示したものとして理解するほうが、他の裁判例との整合性の点で据わりがよい
*2

「据わり」は、国語辞典では「ある物を他の物の上に置いたときなどの物の安定度。おちつきぐあい。」「心や考えなどのおちつき。」等と説明されるが、これだけでは、上に掲げたような法学文書のおける「据わり」の意義が理解しにくいように思う。

法学文書のおける「据わり」の意義については、法理論・法解釈に関する次の言説が参考になる。

「理論」とは、簡単に言えば、「個別の複数の事象を統一的に説明できる法則」である。
例えば、過去に先例AとガイドラインBとが出ているとする。それらに共通する法則を発見して言葉にしたものが「理論」である。法則の発見と言語化だけでも知的には有益であるが、理論の役目はそれだけではない。公取委は今後も、先例AやガイドラインBと同じ考え方に沿って動くであろう。そうであるとすると、理論を知っていれば、新たな事例Cにおいて公取委がどう動くかを予測することができる。
もちろん、現状を説明する理論に飽き足らないならば、現状を改革する理論を打ち立てるという取組をすることも考えられる。つまり、先例AやガイドラインBを批判し、新たな事例CやDでは改革理論が妥当すべきことを説く。しかしその際、思いつきで改革を主張しても説得力はない。改革理論は、先例AとガイドラインBのそれぞれの短所を矛盾なく指摘でき、事例Cと事例Dの望ましい解決方法を統一的に説明できるものでなければならない。
*3

……知的財産法に限らず、世の中には多種多様な多数の法があり、不定型のアメーバのようにたえず変形しながら動いているわけですから、どうしても相互に矛盾するところが出てきます。そのような中で、法の解釈というものは、各場面での判断が相互に矛盾しないように、そのような中でもがき苦しみながらも、相互になるべく矛盾しないような解釈、ある場面とある場面で取扱いを違えるのであればそれについて整合的な説明が付くような解釈を見付けていく、そのような漸進的な試行錯誤がインテグリティとしての法という言葉で包括されているように思います。
*4

上記から、ある事象・(裁)判例について複数の法解釈が考えられる場合は、その中で最も、他の事象・(裁)判例の解釈と統一的な(矛盾しない・整合的な)解釈=例外の(少)ない安定的な解釈を採ることが、法理論の構築・発展に寄与することが分かる。そして、そのような法解釈を「据わり」がよいものと表現するのであろう。

*1:白石忠志『独禁法講義〔第9版〕』(有斐閣,2020)68-69頁。

*2:田村善之「特許法の先使用権に関する一考察(1)」知的財産法政策学研究53号(2019)153頁。

*3:白石忠志・前掲240-241頁。

*4:田村善之「知的財産法学の課題」同『知財の理論』(有斐閣,2019)481頁(初出:知的財産法政策学研究51号(2018)37-38頁)。