特許法の八衢

Bio-Rad Laboratories, Inc. v. 10x Genomics Inc. (Fed. Cir. 2020) ― 差止請求権の制限が認められた事案 ―

はじめに

米国においては、特許権侵害が認められても、当然に差止請求が認容されるわけではない。eBay事件連邦最高裁判決*1において示されたように、終局的差止め(permanent injunction)が認められるためには、(特許権侵害以外の場合と同様)equityの原則に従い、以下の4要件を満たすことを原告が証明する必要がある:

(1)原告が回復しがたい損害を被ったこと,(2)common law上可能な救済では損害を補償するのに不十分であること,(3)原告・被告の受ける苦難のバランスを考慮すると、equity上の救済が正当化されること,(4)終局的差止めにより公益(public interest)が害されないこと。

そして、本件判決は、特許権侵害は認められたものの、差止請求の一部が認められなかった(差止請求権が制限された)事案である。

事件の概要

特許権者およびそのライセンシー(の承継人)である原告らは、被告*2ゲノム解析技術に関する3件の特許権を侵害しているとして、被告製品の終局的差止めおよび損害賠償等を求め、デラウェア州連邦地方裁判所に訴訟を提起した。陪審は、3件の特許権すべてについて特許権侵害(1つの特許権については均等侵害)および故意侵害を認め、料率15%に相当する額を損害賠償額とし、また連邦地裁は、上記要件(1)~(4)のすべての充足を認め、被疑侵害製品(群)すべてについて差止め請求を認容した*3*4

これを不服として被告がCAFCへ控訴したのが本件である。CAFCは、訴訟対象の3つの特許権のうち2件については連邦地裁のクレーム解釈に誤りがあるとして差戻しを命じたが、残り1つの特許権については均等侵害を認め、陪審が示したのと同額の損害賠償を認容した*5

以下述べるのは、終局的差止めの上記4要件の充足性を、CAFCがどのように判断したかである。

要件(1) 原告が回復しがたい損害を被ったこと

(侵害製品の早期市場投入によってもたらされた)被告の先行者利益により、被告は原告に対する強力な市場優位性を確立し、また、原告はマーケティング費を増加せざるを得なかった、と判断された。その結果、金銭的賠償だけでは原告の損害は補償できないと評価され、この要件を満たすと判示された。

要件(2) common law上可能な救済では損害を補償するのに不十分であること

この要件については、控訴審では争点となっていない。

原審判決では、Douglas Dynamics, LLC v. Buyers Prods. Co., 717 F.3d 1336 (Fed. Cir. 2013)を引用し、マーケットシェア減少の補償は金銭的賠償では不十分であると述べ、本要件の充足を認めている。

要件(3) 原告・被告の受ける苦難のバランスを考慮すると、equity上の救済が正当化されること

まずCAFCは、本要件の判断には両当事者の規模・製品・収益源を考慮できる一方、侵害製品の製造費や侵害の結果(侵害製品を非侵害製品に再設計するための費用など)は本要件の判断に無関係である、という一般論を述べた。

その上で、原告は被告に比べはるかに大企業であるが、それでも、製品に対して巨額の投資を行なっているため、差止めがなければ、大きな苦難を受けるであろうことは認めた。

しかし同時に、被告は収益の大部分を侵害製品に依存しているとCAFCは述べるとともに、侵害製品群5つのうち2つについては(特許権を侵害しない)代替品の開発に被告は成功していないため、これら2製品群について販売の差止めを認めることは、連邦地裁の裁量権の逸脱(abuse of discretion)に当たると判示した。

要件(4) 終局的差止めにより公益が害されないこと

連邦地裁は、差止めを認めるに当たり、被告が料率15%のロイヤルティを払い続けることを条件に、差止め前に販売された被告製品について、被告が顧客にサポートを行なうことを認めていた(差止めの例外を設けていた)。そのため、CAFCは、被告がロイヤルティを払い続ける限り、顧客は被告製品を使い続けることができるのだから、差止めにより公益が害されないと判示した。

若干の検討

本件では、要件(3)について、被告が(特許権を侵害しない)代替品を作れない2つの製品群に関しては充足を認めず、その結果、これら2つの製品群についてのみは差止めが認められなかった。本事案とは異なり、両当事者の企業規模が近似している場合や、被告の収益が侵害製品にあまり依存していない場合も、代替品を作れなければ、それだけで差止めは認められないのだろうか。

更新履歴

  • 2020-08-06 公開

*1:eBay Inc. v. MercExchange, L.L.C., 547 U.S. 388 (2006). 詳細については、例えば、尾島明・二瓶紀子「特許侵害行為の差止請求を認容するための要件」知的財産研究所・尾島明 共編『アメリカの最高裁判例を読む』(知的財産研究所,2015)249頁以下[初出「知財研フォーラム」69号(2009)41頁以下]参照。

*2:被告は、優れたゲノム解析技術を持つ(とされている)2012年創業のスタートアップ企業である(例えばhttps://forbesjapan.com/articles/detail/24418参照)。また、原告の主張によれば、被告の創業者は原告企業を退職して起業したようである。

*3:連邦地裁は、損害賠償額の増額は認めなかった。

*4:Bio-Rad Labs. Inc. v. 10x Genomics, Inc., (D. Del. July 24, 2019).

*5:故意侵害か否かは争点となっていない