特許法の八衢

知財高判令和2年5月27日(平成30年(ネ)第10016号) ― 特許発明が侵害品の一部分のみに過ぎない場合において102条2項の推定覆滅を認めた事案

はじめに

知財高判令和2年5月27日(平成30年(ネ)第10016号)は、特許権者[原審原告;訴訟承継前控訴人]からその権利義務を包括承継した控訴人(以下、訴訟承継前控訴人と控訴人とを区別せず「控訴人」と表記する)が、被控訴人[原審被告]による本件噴霧乾燥機⑴~⑸の製造販売が特許権(特許第2797080号; 発明の名称:「液体を微粒子に噴射する方法とノズル」)の侵害に該当するとして、被控訴人に対し、損害賠償等を求めた*1事案である。

原審大阪地判令和平成30年1月11日(平成27年(ワ)第12965号)は、構成要件充足性の点から被控訴人(被告)による特許権侵害を認めなかったが、本控訴審は、被控訴人による特許権侵害を認め、控訴人の損害賠償請求等を認容した。

本稿で言及したいのは、本件噴霧乾燥機⑴の製造販売行為に対する特許法102条2項に基づく損害賠償額の算定についてである。本件噴霧乾燥機⑴において、特許発明が占めるのはその一部分に過ぎなかった。

さらに、この本件噴霧乾燥機⑴は、被控訴人が台湾企業Advanced社(訴外)から受注したオーダーメイド製品であって、1台しか存在しない*2ものであって、控訴人と被控訴人とで、その受注を争った製品である*3

裁判所の判断

まず知財高裁は以下のように述べ、特許法102条2項の適用が可能であると判示した。

被控訴人は,平成26年1月,台湾企業のAdvanced社に対し,本件噴霧乾燥機⑴を●●●●●●●円で販売した(……)。
本件噴霧乾燥機⑴は,イ号製品[引用者注:本件噴霧乾燥機⑴のノズル部分]を含む噴霧乾燥装置(スプレードライヤ)(ロ号製品)であるから,被控訴人による本件噴霧乾燥機⑴の販売は本件発明4及び6に係る本件特許権の侵害行為に該当するものと認められる。

そして,……①控訴人は,本件発明4及び6の実施品である噴霧乾燥装置(……)を製造及び販売していたこと,②控訴人は,本件噴霧乾燥機⑴の販売前に,Advanced社との間で,上記噴霧乾燥装置の取引交渉を行い,受注に至らなかったが,その間の2010年(平成22年)7月27日には,Advanced社による上記噴霧乾燥装置のラボ機(……)の性能試験に合格したことが認められることに照らすと,被控訴人が本件噴霧乾燥機⑴の販売により受けた利益(限界利益)の額は,特許法102条2項により,控訴人が受けた損害額と推定されるものと解される。

(強調は引用者;伏字は知財高裁Webページに掲載されたPDFファイルの記載のまま、以下同。)


また、特許発明が侵害品(本件噴霧乾燥機⑴)の一部分に過ぎない点(部分実施の事情)は、102条2条の「利益の額」(限界利益)において考慮するのではなく、推定の覆滅事情(の一つ)として考慮すべきことを述べた。

……被控訴人は,イ号製品のノズルは,本件噴霧乾燥機⑴の一部品であり,本件発明4及び6は当該ノズル部分にのみ実施されていること,ノズル単体が取引対象となり,その取引市場も存在することからすると,本件噴霧乾燥機⑴全体の販売利益(限界利益)と控訴人の損害との間に相当因果関係がないから,ノズル部分の販売価格又はその限界利益を基準として控訴人の損害額を算定すべきである旨主張する。
そこで検討するに,……,本件噴霧乾燥機⑴のノズル部分(イ号製品)は,交換可能な部品の一つであることが認められる。
しかるところ,被控訴人は,本件噴霧乾燥機⑴全体を一つの装置として販売したものであって,その構成部品を個別に販売したものではないこと,損害額の立証の困難を軽減し,その容易化を図った特許法102条2項の趣旨に照らすと,被控訴人が受けた本件噴霧乾燥機⑴全体の限界利益の額について同項による推定が及び,イ号製品が本件噴霧乾燥機⑴の交換可能な部品の一つであることは,上記推定の全部又は一部を覆す事情として考慮するのが相当であると解される。


そして、部分実施の事情について、具体的には下記(ア)のように述べ、(一部)推定覆滅事由として認めた。

(ア) イ号製品は本件噴霧乾燥機⑴の一部品であることについて
被控訴人は,イ号製品のノズルは本件噴霧乾燥機⑴の一部品であって,本件発明4及び6は当該ノズル部分にのみ実施されていること,ノズルは他社製品に取り換え可能な部品であること,本件噴霧乾燥機⑴全体の売上高が●●●●●●●円であるのに対し,ノズル部分の販売価格は●●●●円で全体に占める割合が極くわずかであることは,本件推定[引用者注:102条2項による控訴人の受けた損害額の推定]を覆す事情である旨主張する。

a そこで検討するに, ①噴霧乾燥機(スプレードライヤ)は,……複数の設備から構成され,ノズルは,微粒化装置の部品の一つであること(……), ②本件噴霧乾燥機⑴のノズル部分(イ号製品)は,これと同様に位置付けられる交換可能な部品であるところ(……),……「ノズル」の販売価格が●●●●円……,この販売価格は,本件噴霧乾燥機⑴の販売価格全体(●●●●●●●円)の約5.4%に相当することに照らすと,本件噴霧乾燥機⑴の限界利益中には,ノズル以外の設備又はその部品に対応する部分が大部分を占めていることが認められる。

b 次に,……噴霧乾燥機(スプレードライヤ)には,食品,医薬品,セラミックス,化成品の様々な乾燥粉体を得るための用途があり,噴霧乾燥機(スプレードライヤ)は,顧客の求める乾燥粉体の仕様,装置の性能等に応じて設計製作されるオーダーメイド製品であること,その装置の性能等には,噴霧する微粒子の粒子径及びその粒度分布,噴霧量等の微粒化装置に関するもののみならず,乾燥室,バグフィルタ等や装置全体の性能に関するものがあり,Advanced社が要求した本件噴霧乾燥機⑴の仕様においても,平均粒子径のほかに,処理量,水分蒸発量等や機器の電気アセンブリ,ガス及び液体パイプラインアセンブリの基本要件等の微粒化装置以外の装置に関する事項が含まれていたことが認められる。

本件発明4及び6は,本件噴霧乾燥機⑴のノズル部分に関する発明であって,装置(ママ)全体の発明ではない[引用者注:本件発明4及び6はともに「液体を微粒子に噴射するノズル」に関するものである]。
一方で,……,①噴霧乾燥機(スプレードライヤ)は,微粒子を噴射する微粒化装置の噴霧方式により,ディスク方式とノズル方式に分類され,さらに,ノズル方式は,「加圧ノズル」,「二流体ノズル」,「四流体ノズル」などに分類され,ノズルが選定された上で,当該ノズルに適合させた液体流や気体流の供給構造が構築され,噴霧乾燥機全体が設計されるのが一般的であり,ノズルは噴霧乾燥機における中核的な装置であること,②控訴人及び被控訴人のカタログ(……)に各種ノズルの構造や特徴が詳細に記載され,被控訴人のウェブサイト掲載の顧客向けの「Q&A集」には,「液体を噴霧する装置を「微粒化装置」と呼び,スプレードライヤでもっとも重要な部分です。」との記載(……)があることが認められる。
そして,本件発明4及び6は,空気口から平滑な傾斜面に加圧空気を噴射して,供給口から傾斜面に供給される液体を,傾斜面に沿って高速流動する空気流で傾斜面に押し付けて薄く引き伸ばして薄膜流とし,薄膜流は空気流で加速されて傾斜面の先端から気体中に噴射されるときに微粒子の液滴となる構造を採用し,この構造により種々の液体を詰まらない状態で長時間連続噴射することができるようにしたことに技術的意義があり(……),微粒化の基本的技術に係る発明であることが認められる。

d 前記aないしcのとおり,本件噴霧乾燥機⑴の限界利益中には,ノズル以外の設備又はその部品に対応する部分が大部分を占めており,Advanced社の本件噴霧乾燥機⑴の購入動機の形成には,ノズル以外の設備及びその性能も寄与又は貢献しているものと認められること,本件発明4及び6は,本件噴霧乾燥機⑴のノズル部分に関する発明であって,装置(ママ)全体の発明ではないことに鑑みると,イ号製品のノズルが本件噴霧乾燥機⑴の一部品であることは,本件推定を覆す事情に該当するものと認められる。


他方、部分実施以外の事情については、下記(イ)のように述べ、推定覆滅事由として認めなかった。

(イ) 本件噴霧乾燥機⑴が控訴人の製品より高品質であること,競合他社及び競合品の存在等について

a 被控訴人は,……本件噴霧乾燥機⑴は,控訴人の製品より高品質であることが顧客の購買動機の形成に大きな要因となり,これに付加して被控訴人の本件噴霧乾燥機⑴の受注に至るまでの営業努力やブランド力も購買動機の形成に貢献したから,これらの事情は本件推定を覆す事情となる旨主張する。 しかしながら,Advanced社が本件噴霧乾燥機⑴がディスク式とノズル式を兼用する噴霧乾燥機であることや本件噴霧乾燥機⑴のノズルがジェット流同士を外部衝突点で衝突させて微粒化する外部衝突型の外部混合方式であるという技術に着目し,それらが本件噴霧乾燥機⑴の購買動機の形成に大きな要因となったことを認めるに足りる証拠はない。また,……,控訴人の製品においては粗大粒子径の発生を抑制して粒子径を揃えること(粒子径の均一化)が困難であったことを認めるに足りる証拠はない。さらに,被控訴人のブランド力が本件噴霧乾燥機⑴の購買動機の形成に寄与ないし貢献したことを認めるに足りる証拠はない。同様に,被控訴人が本件噴霧乾燥機⑴の受注に至るまでに通常の範囲を超える顕著な営業努力をしたことが本件噴霧乾燥装置⑴の購買動機の形成に寄与ないし貢献したことを認めるに足りる証拠はない。したがって,被控訴人の上記主張は採用することができない。

b 被控訴人は,微粒化用ノズルは,ノズル単品の販売を行う多数のメーカーが存在し,他社製品に取り換え可能な部品であるから,被控訴人が本件噴霧乾燥機⑴を受注しなければ,控訴人が受注したであろうという推定はおよそ成り立たず,このような競合他社及び競合品の存在は,本件推定を覆す事情となる旨主張する。しかしながら,微粒子化用のノズルについては,……他社製品が存在することが認められるが(……),一方で,噴霧乾燥機(スプレードライヤ)は,顧客の求める乾燥粉体の仕様,装置の性能等に応じて設計製作されるオーダーメイド製品であり,ノズルが選定された上で,当該ノズルに適合させた液体流や気体流の供給構造が構築され,噴霧乾燥機全体が設計されること,Advanced社において,控訴人及び被控訴人以外の他社のノズルを使用した噴霧乾燥機の購入を具体的に検討していたことを認めるに足りる証拠はないことに照らすと,他社製品の存在は,本件推定を覆す事情となるものと認めることはできない。


結論として、以下のように、部分実施の事情により、損害推定額の70%はその推定が覆滅される(30%のみが損害額として残る)と判示された。

(ウ) まとめ
以上を前提に検討するに,前記(ア)d認定の本件推定を覆す事情,前記(ア)c認定の噴霧乾燥機における微粒化装置(ノズル)の技術的位置付け並びに本件発明4及び6の技術的意義を総合考慮すると,Advanced社の本件噴霧乾燥機⑴の購買動機の形成に対する本件発明4及び6の寄与割合は30%と認めるのが相当であり,上記寄与割合を超える部分については本件噴霧乾燥機⑴の限界利益の額と控訴人の受けた損害額との間に相当因果関係がないものと認められる。
したがって,本件推定は上記限度で覆滅されるから,特許法102条2項に基づく控訴人の損害額は,本件噴霧乾燥機⑴の限界利益の額(●●●●●●●●●円)の30%に相当する●●●●●●●●●円と認められる。

雑感

まず、知財高裁が、本件において、102条2項の適用を認めたのは妥当だと考える。控訴人は本件噴霧乾燥装置⑴の競合品(=Advanced社向けの製品)を製造販売はしていないが、被控訴人が本件噴霧乾燥機⑴を受注しなかった(特許権侵害しなかった)ならば、控訴人がAdvanced社から受注したのであって、「侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する」*4からである。

次に、部分実施の事情を102条2項の推定の覆滅事由として扱った点は、知財高大判令和元年6月7日(平成30年(ネ)第10063号)[二酸化炭素含有粘性組成物]において(傍論であるが)述べられたものと同じ取り扱いであり、侵害者側に証明責任を負わせている点で妥当であろう。

しかし、部分実施の事情における考慮要素において、「本件噴霧乾燥機⑴の限界利益中には,ノズル以外の設備又はその部品に対応する部分が大部分を占めている」点を挙げていることは、疑問である。侵害品全体の限界利益に対する特許発明部分のそれが占める割合が少なくても、特許発明部分が需要者にとって重要なものであれば、顧客誘引力が失われないからである。

また、部分実施の事情を検討するにあたり、Advanced社の要求仕様に言及している点じたいは妥当と思われるが、「Advanced社が要求した本件噴霧乾燥機⑴の仕様においても,平均粒子径のほかに,処理量,水分蒸発量等や機器の電気アセンブリ,ガス及び液体パイプラインアセンブリの基本要件等の微粒化装置以外の装置に関する事項が含まれていた」と単に要求仕様に複数の事項があったことしか考慮していない(ように判決文からは読める)のは妥当とは言いがたいように思う。
例えば、この要求仕様を満たすために特許権侵害が不可避であったか否か(Advanced社の要求する平均粒子径を満たすためには特許発明の実施が不可欠であったか否か)も考慮すべきであろう。本件噴霧乾燥機⑴は、Advanced社が唯一の需要者であるので、その要求仕様を満たすために特許権侵害が不可避だったのであれば、被控訴人が特許権侵害を回避した場合はその需要が100%控訴人製品に流れた(控訴人が受注できた)*5=推定の覆滅を一切認めるべきではない、と言えるからである*6

最後に、部分実施以外の事情は(結果として)推定覆滅事由として認められていない点につき、このことは、知財高裁が、推定覆滅事由として、部分実施の事情とその他の事情とを区別できると考えていることを示唆しているように思われる。

更新履歴

  • 2020-10-18 公開

*1:本件噴霧乾燥機⑵~⑸については、おそらく時効の問題で、損害賠償ではなく不当利得の返還を求めている。

*2:ただし、本件噴霧乾燥機⑴には予備用ノズルも付くため、ノズルについては2つ存在する。

*3:控訴人は「Advanced社との取引は,控訴人と被控訴人の2社競合見積りの案件であり,そもそも他社が取引に入り込む余地はなかったものである」と主張している。知財高裁は、この点をはっきりと事実認定しているわけではないが、「Advanced社において,控訴人及び被控訴人以外の他社のノズルを使用した噴霧乾燥機の購入を具体的に検討していたことを認めるに足りる証拠はない」と述べている。

*4:知財高大判平成25年2月1日(平成24年(ネ)第10015号)[ごみ貯蔵機器]

*5:知財高裁は「Advanced社において,控訴人及び被控訴人以外の他社のノズルを使用した噴霧乾燥機の購入を具体的に検討していたことを認めるに足りる証拠はない」と事実認定している。

*6:本件のように、侵害品が1台しかないオーダーメイド製品である場合、推定が維持される(推定覆滅が認められない)度合いは、侵害者製品に侵害部分がなかった場合に(侵害者製品の代わりに)特許権者製品が購入される「確率」、ということになるように思われる。