はじめに
以前のブログ記事において、私が特許法101条4号による間接侵害成立を認めたことを批判的に述べた知財高判令和元年9月11日(平成30年(ネ)第10006号等)(以下、本判決)について、興味深い評釈が公刊された。朱子音「ゲームのシステムに関する特許発明に対して前作のゲームソフトを併用しない限り前作に登場するキャラクターをプレイできない新作ゲームソフトの製造販売が「にのみ」型間接侵害に該当するかということが争われた事例-システム作動方法事件-」知的財産法政策学研究57号(2020)189頁(以下、本評釈)である。本評釈では、「本判決では、……、クレイム解釈というテクニックを駆使して、被告主張に係る利用形態を持っていても特許発明の技術的範囲に属することは否定されないと解釈し、それがゆえにそもそも他用途の存在を認めないという論法をもって「にのみ」型間接侵害を肯定した」(210頁)等と述べ、101条4号による間接侵害成立を認めたこと自体は妥当だと評価している*1。
私は、本評釈によって、101条4号規定の間接侵害を認めるために本判決が採った論理(通常考えられるよりも広いクレーム解釈を行なった上で101条4号の「のみ」の該当性を判断する)を、ある程度は理解できたように感じたが、そのクレーム解釈には「違和感」を拭えなかった。以下、この違和感を言語化することを試みる。
本件発明
対象となった特許発明(ここでは本件発明と称する)は以下の通りである(「A」等の記号は本判決によるもの):
B 上記記憶媒体は,少なくとも,
B-1 所定のゲームプログラムおよび/またはデータと,所定のキーとを包含する第1の記憶媒体と,
B-2 所定の標準ゲームプログラムおよび/またはデータに加えて所定の拡張ゲームプログラムおよび/またはデータを包含する第2の記憶媒体とが準備されており,
C 上記拡張ゲームプログラムおよび/またはデータは,上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータに加えて,ゲームキャラクタの増加および/またはゲームキャラクタのもつ機能の豊富化および/または場面の拡張および/または音響の豊富化を達成するためのゲームプログラムおよび/またはデータであり,
D 上記第2の記憶媒体が上記ゲーム装置に装填されるとき,
D-1 上記ゲーム装置が上記所定のキーを読み込んでいる場合には,上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータと上記拡張ゲームプログラムおよび/またはデータの双方によってゲーム装置を作動させ,
D-2 上記所定のキーを読み込んでいない場合には,上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータのみによってゲーム装置を作動させることを特徴とする,
E ゲームシステム作動方法。
本件発明の実施行為
本件発明の実施行為とは、どのようなものであろうか。
まず、本件発明の実施行為者として想定されているのは、「ゲームをプレイするユーザ」であることに異論はない。控訴人=特許権者はそのように主張しており、知財高裁も判決文で「実施行為者(ゲームをプレイするユーザ)」という表現を用いている。
次いで、構成要件B-2につき、本判決のように(「準備」をする主体はゲームをプレイするユーザではなく)「ゲームソフトメーカ等により第1の記憶媒体及び第2の記憶媒体が提供され,ユーザにおいてこれを入手することが可能な状況を意味するものであって,ユーザにおいて各記憶媒体を現に保有することを意味するものではない」と解釈することは、一定の妥当性を持つものである。この解釈は、構成要件Aのみならず、構成要件Bを(さらにはCも)、発明の前提条件(いわゆるプリアンブル)と考えるものであろう。
すると、本件発明が実施されたと言えるのは、(構成要件A乃至Cが充足された状況下で)ゲームをプレイするユーザーが構成要件D,D-1,D-2を充足する行為を行なった場合、ということになる*2。ここで、D-1で規定された条件(「所定のキーを読み込んでいる場合」)とD-2で規定された条件(「所定のキーを読み込んでいない場合」)とは排他的なものであるから、あるユーザがある時にはD及びD-1を充足する行為をなし(=標準ゲームプログラムと拡張ゲームプログラムの双方によって実際にゲーム装置を作動させ)、且つ、同じユーザがまた別のある時にはD及びD-2を充足する行為をなした(標準ゲームプログラムのみによって実際にゲーム装置を作動させた)場合に初めて、本件発明が(そのユーザにより)実施されたと言える。
ところが、本判決が採ったのは、このような実施行為の解釈(=クレーム解釈)ではない。本判決が採ったクレーム解釈について、本評釈は以下のように述べる(強調・下線は引用者付記)。
以上のようなクレイム解釈に基づいて、本件の被疑侵害製品「戦国無双3 猛将伝」の利用方法の技術的意義を考えてみよう。なるほど、旧作である「戦国無双3」を持っていないユーザは、新作である「戦国無双3 猛将伝」をプレイする際に、旧作に登場したキャラクターを新作の主人公としてプレイすることができないが、しかし、その場合でも新作自体のキャラクターを操作しプレイできる。そして、将来、旧作を入手した暁には旧作に登場したキャラクターをプレイすることもできる、そうした可能性は、旧作未入手の現時点で既に享受している。そうすると、上に述べたクレイムの解釈に照らして、この状態での利用形態も特許発明の実施に該当することになる
言い換えると、本判決は、構成要件D-1について、標準ゲームプログラムと拡張ゲームプログラムの双方によって実際にゲーム装置を作動させることまでは必要とせず、将来、条件(ゲーム装置が所定のキーを読み込んでいる場合)が整った際に、標準ゲームプログラムと拡張ゲームプログラムの双方によって実際にゲーム装置を作動させることができるのであれば(その可能性があるのならば)、この構成要件を充足する、と解釈している、ということだろう。しかし、構成要件D-1についてのこの解釈には、疑問を感じる。
構成要件D-1についてこのような解釈を採るならば、構成要件D-2も同様の解釈を採るべきであろう(D-2を適用対象から除外する理由はない)。そうすると、構成要件A乃至Cが充足された状況下では、「第2の記憶媒体」*3(e.g. 「戦国無双3 猛将伝」)を入手した時点で(ゲームを一切プレイしなくても)、標準ゲームプログラムと拡張ゲームプログラムの双方によって実際にゲーム装置を作動させる可能性も、標準ゲームプログラムのみによって実際にゲーム装置を作動させる可能性も、共にあるのだから、構成要件D-1およびD-2の双方を充足する=本件発明の実施に当たる、と解釈することになろう。しかしながら、「第2の記憶媒体」の入手のみで、本件発明の実施に当たるとするのは、本件発明の実施行為を拡張しすぎであり、明らかに広すぎるクレーム解釈である。
物の発明と方法の発明との相違
物の発明の場合(例えば、「ゲーム装置」の発明や「第2の記憶媒体」の発明の場合)は、構成要件として規定された機能を対象製品が有していれば、対象製品がそのような機能を実際には(まだ)行なっておらずとも、対象製品は当該構成要件を充足していると言える*4。すなわち、物の発明である場合は、構成要件として規定された機能が行なわれる可能性があれば、その構成要件を充足していると言える。しかし、ここで問題となっているのは、方法の発明である。
本判決は、方法の発明を「物」化してクレーム解釈をしているように思われるのである。
更新履歴
- 2020-11-08 公開
- 2020-11-08 表現修正等
- 2020-11-08 大幅修正
*1:ただし、本評釈は、本判決の結論妥当性の点から、とくに対象となった特許発明の特許適格性について疑問を呈している。
*2:構成要件EはD-1またはD-2が充足されれば自動的に充足する。
*3:より正確には、構成要件B-2において規定された単なる「第2の記憶媒体」ではなく、構成要件D,D-1,D-2に“対応”する機能のプログラムをも含む「第2の記憶媒体」。以降の「第2の記憶媒体」との表記はこのような物を指す。
*4:ゆえに、仮に本件発明が「ゲーム装置」であれば、(クレームの書き方にも依るが基本的には)無権原者による「第2の記憶媒体」の生産・譲渡は、101条4号規定の間接侵害に当たると言え;また、仮に本件発明が「第2の記憶媒体」であれば、無権原者による「第2の記憶媒体」の生産・譲渡は、直接侵害となる。