発明の予測できない顕著な効果について判断した、最高裁判決最三小判令和元年8月27日集民262号51頁(平成30年(行ヒ)第69号)には、次の判示がある。
「原審は,結局のところ,本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく,本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として,本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに,本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消したものとみるほかなく,このような原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。」(裁判所Webページ掲載のPDFファイルにおける下線は略)。
そして、この判示について、調査官解説*1は、以下のように述べる。
「本判決は、本件各発明の効果、とりわけその程度が、予測できない顕著なものであるかについて、「優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か、当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点」から検討すべき旨を判示した。同判示部分は、優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができた効果との比較を問題とするものであり、予測できない顕著な効果の判断方法として、学説および下級審裁
判例において多数を占める対象発明比較説によるべきとの考え方を前提としたものと解される。また、当該効果の有無については、「当業者が予測することができなかったものか否か」(非予測性)と「予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否か」(顕著性)との双方の観点から検討すべきとしたものである。」(111頁)
しかし、予測できない顕著な効果の有無の検討要素のうち、「当業者が予測することができなかったものか否か」(非予測性)の意義は不明である。本件発明の効果が顕著性を満たす=「予測することができた範囲の効果を超える顕著なものである」ならば、その効果は必然的に「当業者が予測することができなかったもの」であるからであり、顕著性に加えて非予測性を検討要素に加える意義はないと思われるからである。
この点は、すでに想特一三『そーとく日記』で触れられている。2020年06月19日の記事および2020年07月07日の記事である。後者の記事では、最高裁判決が「「予測困難性」*2と「顕著性」という二つの観点に言及していることや、どちらも「本件発明の構成が奏するものとしての効果」に着目するべきだとしている点が「山下説」*3と一致しており、山下説と最判は共通性がかなり高い。最判が、何らかの形で「山下説」を参考にした可能性が考えられるだろう。」と述べ、山下説の第1要件(「予測困難性」に対応)について検討を行ない、次の結論に至っている。
「山下論稿の言う「予測あるいは発見することが困難な効果であること」とは、予測あるいは発見の少なくともいずれかが困難であることと捉えるのではなく、文字通りに「“予測あるいは発見すること” が困難な効果であること」、すなわち、予測と発見のいずれもが困難であることだと捉えるべきだろう。 そしてその場合の「予測」とは、
効果の「程度」を予測することを意味しているのではなく、効果の発見につながるような予測性(すなわち、効果を確かめてみようという動機付けを与えるような予測性)を指しているとでも捉えるべきだろうと思う。 そうした予測の容易性があれば、たとえ予想外の顕著な効果を奏するとしても、それが発見されるのは間近だったということになるから、発見は容易であったということと同じような意味になる。 つまり、山下説の第1要件における「予測困難性」と「発見困難性」は、一つの要件の中で併記されることが自然に感じられる類似した事項だと理解することができるだろう。 またこのように考えると、山下説の第1要件を「予測困難性」と名付けるのは、「発見困難性」の考慮が不要であるかのように感じさせる点でかなりミスリーディングだということになるだろう。」(強調は
原文ママ;文字色の赤への変更は引用者。)
しかし、山下説の第1要件の解釈については、上記の通りであったとしても、最高裁判決における「非予測性」が「発見困難性」について考慮したものだとは思われない*4。
まず、最高裁判決は、「原審は,結局のところ,本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく」(強調は引用者;以下同)と、効果の「程度」を強調している。
加えて、調査官解説では、以下のように述べる。
「本判決は、予測できない顕著な効果について本判決がとる上記判断方法を前提として、原審が確定した事実関係の下では、①「本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということから直ちに、当業者が本件各発明の効果の程度を予測することができたということはできず」、また、②「本件各発明の効果が化合物の医薬用途に係るものであることをも考慮すると、本件化合物と同等の効果を有する化合物ではあるが構造を異にする本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみをもって、本件各発明の効果の程度が、本件各発明の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであることを否定することもできない」と判示している。上記①(非予測性)について、上記判断方法の下では、本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということだけでは足りず、これによって当業者が本件各発明の効果の程度を予測することができたと評価し得る事情ないしこれを推認し得る事情等があるか否かが問題とされるべきものと思われる。上記②(顕著性)について、……。」(112頁)
すなわち、調査官解説は、非予測性の判断部分は判決文の上記①にあり、顕著性の判断部分は判決文の上記②にあるとしている。そして、①も②も、ともに、効果の「程度」を問題としている。
非予測性も顕著性も、効果の「程度」に着目したものならば*5、冒頭に述べたように、顕著性に加えて非予測性を検討要素として加える意義はないと思われるのである。
更新履歴
- 2020-12-06 公開
- 2021-01-10 『そーとく日記』の2020年06月19日の記事のリンク先を修正