特許法の八衢

独立要件説 v. 二次的考慮説 ― 議論の実益

田村善之「「進歩性」(非容易推考性)要件の意義:顕著な効果の取扱い」パテント69巻5号(別冊15号)(2016)5頁以下には、進歩性判断において独立要件説を採るか、二次的考慮説を採るかにより、結論が異なる(可能性のある)3つの場面が示されている。

これらに加え、次の場面でも結論が異なり得ると思われる。

特許請求の範囲に化学物質Xの構成(構造)のみが書かれ、Xには2つの異なる効果αとβとがあり、明細書にも(Xの奏する効果として)αとβとがともに記載されている*1としよう。ここで、αは(特許出願時に)予測できない顕著な効果である一方、βはそうではない効果だとする。

二次的考慮説を採った場合は、効果αは考慮されず、効果βのみを考慮して、この発明の進歩性が判断されることになろう。二次的考慮説は、「構成」の容易想到性を判断するのであるから、当業者が(効果αを期待してXの構成を容易に想到できない場合であっても)効果βを期待してXの構成を容易に想到することができるのであれば、Xについて進歩性がないと言えるからである*2

他方、独立要件説を採った場合は、仮にXの構成が容易想到であったとしても、効果αを考慮して進歩性を有するとの判断となろう。独立要件説は、予測できない顕著な効果を奏する(ことを出願人が見いだした)発明について常に進歩性を認めるという立場であり、明細書に効果αのみが記載されていれば進歩性が認められるところ、明細書へ効果βの記載を追加したら進歩性が認められないというのは不合理だからである。しかし、はたして、この特許権について、効果βを目的としたXの使用に対し権利行使を認めてよいのであろうか*3 *4

更新履歴

  • 2021-02-13 公開
  • 2021-02-14 微修正

*1:議論を簡単にするために、ここでは効果αおよびβがともに明細書に記載されているとしたが、明細書への効果の記載の要否は、独立要件説および二次的考慮説の捉え方により変わり得る。田村・前掲5頁以下、前田健「進歩性判断における「効果」の意義」L&T82号(2019)43頁以下参照。

*2:二次的考慮説を採った場合も、クレームにXの構造に加え効果αも記載することで、用途発明として進歩性が認められる場合はあり得る。

*3:清水節「進歩性(5)」小泉直樹・田村善之編 『特許判例百選〔第5版〕』(有斐閣,2019)141頁も参照。

*4:ところで、独立要件説を採る立場からは、新規性判断をどのように考えるのだろうか。特許法上の「発明」が構成のみならず効果を含むと考える(宮崎賢司「間接事実説なのか、独立要件説なのか,それとも?」特技懇289号(2018)165頁以下、前田健・前掲37頁、田村善之「特許法における創作物アプローチとパブリック・ドメイン・アプローチの相剋」パテント72巻9号(2019)8頁[後二者の論者は二次的考慮説を採っている])と、特許法29条1項規定の新規性判断にも独立要件説を採らざるを得ず、構成に新規性がなくとも、その構成に予測できない顕著な効果があることを見出しさえすれば、その「発明」について新規性も(進歩性も)認めなければならないように思われる。