特許法の八衢

特許権者による差止請求および損害賠償請求が権利濫用に当たり許されないとされた東京地判令和2年7月22日について

2021-03-21

はじめに

本件東京地判令和2年7月22日(平成29年(ワ)第40337号)〔情報記憶装置〕は、被告の行為が特許権侵害である場合においても、特許権者である原告の差止請求および損害賠償請求が権利濫用(民法1条3項)に当たり許されないと判断された、極めて珍しい事案である*1

裁判所Webページにアップロードされている判決文の一部は黒塗りとなっており不明な点もあるが、本件事案を説明した後、雑感を述べる。

事実の概要

本件事案は、以下に述べるように、やや複雑である。

原告は、プリンタおよびトナーカートリッジを製造販売等を行なっている者であり、被告*2は、使用済みの原告トナーカートリッジを回収し、トナーを再充填した上で販売しているリサイクル業者である。

ここで、原告の製造するプリンタ(原告製プリンタ)では、通常、トナー残量が少なくなると、「トナーがもうすぐなくなります」等の予告表示がなされ、その後トナーを使い切ると、「トナーがなくなりました。」等の表示がなされる。しかし、使用済みの原告トナーカートリッジにトナーを再充填したものを原告製プリンタに装着した場合は、トナーの残量表示が「?」と表示され、異常が生じていることを示す黄色ランプが点滅し「非純正トナーボトルがセットされています。」との表示がなされる。この場合でも、支障なく印刷することができるが、トナー残量が少なくなっても上記予告表示はなされない。

そのため、これまで、被告を含むリサイクル業者は、トナーの残量表示がきちんと表示されるように、原告トナーカートリッジの電子部品のメモリを書換えた上で、トナーを再充填したトナーカートリッジを販売していた。

しかし、原告は、ある時点以降、原告製プリンタのうち一部シリーズのプリンタ(原告プリンタ*3)に適合するトナーカートリッジについては、メモリの書換えを制限する措置(本件書換制限措置)を施すようになった。

そこで、被告は、本件書換制限措置の施された使用済み原告トナーカートリッジについては、原告トナーカートリッジから(メモリを含む)電子部品を取り外し、被告が製造した電子部品(被告電子部品)に取り替えた上で、トナーを再充填したトナーカートリッジを販売することとなった。本件で対象となった原告特許権は(3件あるがいずれも)この電子部品の構造に関する発明についてのものである。なお、原告プリンタに適合するトナーカートリッジの電子部品は本件各特許発明と同様の形状である一方、(原告の製造するプリンタのうち)原告プリンタ以外のシリーズのプリンタに適合するトナーカートリッジ(すなわち本件書換制限措置が施されていないもの)の電子部品は本件特許発明とは異なる形状である。また、被告は上記電子部品をある時点を境に設計変更している*4

そして、特許権者である原告が、被告電子部品(設計変更後のもの含む)は本件各特許発明の技術的範囲に属し、被告の行為は特許権侵害であるとして、被告に対し、被告電子部品と一体として販売されているトナーカートリッジの販売等の差止め・廃棄、損害賠償を請求したのが本件である。

判旨

前提となる考え方

はじめに、裁判所は、被告電子部品(設計変更後のもの含む)が本件各特許発明の技術的範囲に属することを認めた*5。その上で、次に示す「前提となる考え方」を述べた(以下、判決文における強調は引用者による)。

独占禁止法21条は,「この法律の規定は,…特許法…による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない。」と規定しているが,特許権の行使が,その目的,態様,競争に与える影響の大きさなどに照らし,「発明を奨励し,産業の発達に寄与する」との特許法の目的(特許法1条)に反し,又は特許制度の趣旨を逸脱する場合については,独占禁止法21条の「権利の行使と認められる行為」には該当しないものとして,同法が適用されると解される。
同法21条の上記趣旨などにも照らすと,特許権に基づく侵害訴訟においても,特許権者の権利行使その他の行為の目的,必要性及び合理性,態様,当該行為による競争制限の程度などの諸事情に照らし,特許権者による特許権の行使が,特許権者の他の行為とあいまって,競争関係にある他の事業者とその相手方との取引を不当に妨害する行為(一般指定14項)に該当するなど,公正な競争を阻害するおそれがある場合には,当該事案に現れた諸事情を総合して,その権利行使が,特許法の目的である「産業の発達」を阻害し又は特許制度の趣旨を逸脱するものとして,権利の濫用(民法1条3項)に当たる場合があり得るというべきである。

ところで,一般指定14項(競争者に対する取引妨害)は,「自己…と国内において競争関係にある他の事業者とその取引の相手方との取引について,契約の成立の阻止,契約の不履行の誘因その他いかなる方法をもってするかを問わず,その取引を不当に妨害すること」を不公正な取引方法に当たると規定しているところ,乙3先例[引用者注:公取委公表平成16年10月21日キヤノン*6]において,公正取引委員会が,プリンタのメーカーが,技術上の必要性等の合理的理由がなく又はその必要性等の範囲を超えてICチップの書換えを困難にし,カートリッジを再生利用できないようにした場合や,ICチップにカートリッジのトナーがなくなったなどのデータを記録し,再生品が装着されたときにレーザープリンタの機能の一部が作動しないようにした場合には同項に違反するおそれがあるとの見解を示している……。
以上を踏まえると,本件において,本件各特許権の権利者である原告が,使用済みの原告製品についてトナー残量が「?」と表示されるように設定した上で,その実施品である原告電子部品のメモリについて,十分な必要性及び合理性が存在しないにもかかわらず本件書換制限措置を講じることにより,リサイクル事業者が原告電子部品のメモリの書換えにより同各特許の侵害*7を回避しつつトナー残量の表示される再生品を製造,販売等することを制限し,その結果,当該リサイクル事業者が同各特許権を侵害する行為に及ばない限りトナーカートリッジ市場において競争上著しく不利益を受ける状況を作出した上で,同各特許権に基づき権利行使に及んだと認められる場合には,当該権利行使は権利の濫用として許容されないものと解すべきである。

競争制限の程度

トナーの残量表示を「?」とすることによる競争制限の程度について、裁判所は、トナー残量を「?」と表示するトナーカートリッジを市場で販売したとしてもユーザーから広く受け入れられる可能性が低いこと、このようなトナーカートリッジが公的機関の入札条件を満たす可能性は低いこと等を考慮し、「被告らがトナーの残量の表示が「?」であるトナーカートリッジを市場で販売した場合,被告らは,競争上著しく不利益を被ることとなるというべきである。」とした。

特許権侵害を回避しつつ競争上の不利益を被らない方策の存否

特許権侵害を回避しつつ競争上の不利益を被らない方策を被告が採り得たか否かについて、裁判所は以下のように述べる。

まず,前提として,被告らが従来行っていた原告電子部品のメモリの書換行為が本件各特許権を侵害するかどうかについて検討する。
……。
インクタンク事件最高裁判決は,……と判示する。……。被告らが行っている原告電子部品のメモリの書換えは,情報記憶装置の物理的構造等に改変を加え,又は部材の交換等をするものではなく,情報記憶装置の物理的な構造はそのまま利用した上で,同装置に記録された情報の書換えを行うにすぎないので,当該書換えにより原告電子部品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと評価することはできない。……そうすると,原告電子部品のメモリを書き換える行為は本件各特許権を侵害するものではないというべきである。
……。
本件各発明に係る情報記憶装置は,画像形成装置本体(プリンタ)に対して着脱可能に構成された着脱可能装置(トナーカートリッジ)に搭載されるものであり,当該情報記憶装置に形成された穴部を介して,画像形成装置本体の突起部と係合するものであるから,被告製品の構成や形状は,適合させる原告プリンタの構成や形状に合わさざるを得ず,その設計上の自由度は相当程度制限されると考えられる。
実際のところ,原告プリンタに関し,リサイクル事業者によって販売されている再生品は,いずれも電子部品を交換しており(……),その構造自体を本件各特許権の侵害を回避するような態様で変更している製品が存在することを示す証拠は存在しない。被告らは,本件各特許権の侵害を回避するため,被告電子部品の設計を変更したが,設計変更後の被告電子部品がなお本件各発明の技術的範囲に属することは前記判示のとおりであり,その他の方法により本件各特許の侵害を回避することが可能であることをうかがわせる証拠は存在しない。
以上によれば,被告らをはじめとするリサイクル事業者が,現状において,本件書換制限措置のされた原告製プリンタについて,トナー残量表示がされるトナーカートリッジを製造,販売するには,原告電子部品を被告電子部品に取り替えるほかに手段はないと認められる。そして,本件各特許権に基づき電子部品を取り替えた被告製品の販売等が差し止められることになると,被告らはトナー残量が「?」と表示される再生品を製造,販売するほかないが,そうすると,……,被告らはトナーカートリッジ市場において競争上著しく不利益を受けることとなるというべきである。

本件書換制限措置の必要性及び合理性

本件書換制限措置の必要性及び合理性につき、裁判所は、まず以下を述べた(半角カナを全角に書き換えた)。

(ア) 本件書換制限措置がされた原告製プリンタ(C830及びC840シリーズ)のうち,先行して販売されたのはC830シリーズであるが,その開発時点においては,既に原告製プリンタの他機種に適合するトナーカートリッジの電子部品のメモリを書き換えた再生品が市場に流通していたものと推認される。
ところが,上記C830シリーズの原告製プリンタの開発時点において,メモリの書換えをした再生品による具体的な弊害が生じており,その対応が必要とされていたことや,この点が同プリンタの開発に当たって考慮されていたことをうかがわせる証拠は存在しない。

(イ) また,本件書換制限措置が,本件各特許権に係る技術の保護やその侵害防止等と関連性を有しないことは当事者間に積極的な争いはない。そうすると,本件書換制限措置を講じる必要性及び合理性は,本件各特許の実施品であるC830及びC840シリーズ用トナーカートリッジにとどまらず,C830及びC840シリーズ以外の機種用トナーカートリッジについても同様に妥当すると考えられるが,同各シリーズ以外の機種については同様の措置は講じられていない。

(ウ) 加えて,本件書換制限措置は,純正トナーカートリッジを原告製プリンタに装着して印刷をする上で直接的に必要となる措置ではなく,使用済みとなったトナーカートリッジについて,リサイクル事業者が再生品を製造,販売するために電子部品のメモリを書き換える段階でその効果を奏するものである。すなわち,本件書換制限措置は,特許実施品である電子部品が組み込まれたトナーカートリッジについて,譲渡等により対価をひとたび回収した後の自由な流通や利用を制限するものであるということができる。
この点に関し,被告らは,トナーカートリッジの譲渡後の流通を妨げることはできないとして,本件各特許権について消尽が成立すると主張するが,「特許権の消尽により特許権の行使が制限される対象となるのは,飽くまで特許権者等が我が国において譲渡した特許製品そのものに限られる」(インクタンク事件最高裁判決)と解されるので,特許製品である「情報記憶装置」そのものを取り替える行為については,消尽は成立しないと解される。
しかし,譲渡等により対価をひとたび回収した特許製品が市場において円滑に流通することを保護する必要性があることに照らすと,特許製品を搭載した使用済みのトナーカートリッジの円滑な流通や利用を特許権者自身が制限する措置については,その必要性及び合理性の程度が,当該措置により発生する競争制限の程度や製品の自由な流通等の制限を肯認するに足りるものであることを要するというべきである。

その上で、原告の種々の主張を排斥し、本件書換制限措置について「十分な必要性及び合理性が存在しない」と判断した。

権利濫用

以上の判断のもと、差止請求および損害賠償請求が権利濫用に当たるか否かについて、以下のように判示した。

ア 差止請求について
……。本件各特許権の権利者である原告は,使用済みの原告製品についてトナー残量が「?」と表示されるように設定した上で,本件各特許の実施品である原告電子部品のメモリについて,十分な必要性及び合理性が存在しないにもかかわらず本件書換制限措置を講じることにより,リサイクル事業者である被告らが原告電子部品のメモリの書換えにより本件各特許の侵害を回避しつつ,トナー残量の表示される再生品を製造,販売等することを制限し,その結果,被告らが当該特許権を侵害する行為に及ばない限り,トナーカートリッジ市場において競争上著しく不利益を受ける状況を作出した上で,当該各特許権の権利侵害行為に対して権利行使に及んだものと認められる。
このような原告の一連の行為は,これを全体としてみれば,トナーカートリッジのリサイクル事業者である被告らが自らトナーの残量表示をした製品をユーザー等に販売することを妨げるものであり,トナーカートリッジ市場において原告と競争関係にあるリサイクル事業者である被告らとそのユーザーの取引を不当に妨害し,公正な競争を阻害するものとして,独占禁止法独占禁止法19条,2条9項6号,一般指定14項)と抵触するものというべきである。
そして,本件書換制限措置による競争制限の程度が大きいこと,同措置を行う必要性や合理性の程度が低いこと,同措置は使用済みの製品の自由な流通や利用等を制限するものであることなどの点も併せて考慮すると,本件各特許権に基づき被告製品の販売等の差止めを求めることは,特許法の目的である「産業の発達」を阻害し又は特許制度の趣旨を逸脱するものとして,権利の濫用(民法1条3項)に当たるというべきである。

イ 損害賠償請求について
差止請求が権利の濫用として許されないとしても,損害賠償請求については別異に検討することが必要となるが,上記ア記載の事情に加え,原告は,本件各特許の実施品である電子部品が組み込まれたトナーカートリッジを譲渡等することにより既に対価を回収していることや,本件書換制限措置がなければ,被告らは,本件各特許を侵害することなく,トナーカートリッジの電子部品のメモリを書き換えることにより再生品を販売していたと推認されることなども考慮すると,本件においては,差止請求と同様,損害賠償請求についても権利の濫用に当たると解するのが相当である。

雑感

以下、雑駁なコメントを述べる。

本判決は、原告の行為が独占禁止法に抵触するからといって、直ちにその差止請求が権利濫用に当たると判断しているわけではない。「本件書換制限措置による競争制限の程度が大きいこと,同措置を行う必要性や合理性の程度が低いこと,同措置は使用済みの製品の自由な流通や利用等を制限するものであることなどの点も併せて考慮」した上で、「特許法の目的である「産業の発達」を阻害し又は特許制度の趣旨を逸脱するものとして」差止請求が権利濫用に当たると判断している。
さらに、損害賠償請求の権利濫用該当性については、「差止請求が権利の濫用として許されないとしても,損害賠償請求については別異に検討することが必要となる」としつつ、差止請求が権利濫用に当たると判断した事情に加え、その他の事情をも考慮して、本件における損害賠償請求が権利濫用に当たると述べている。
上記を踏まえると、本判決は、差止請求を権利濫用と認めるためには独占禁止法違反(少なくとも一般指定14項該当性)よりも厳しい要件を充たす必要があり、損害賠償請求を権利濫用と認めるためにはさらに厳しい要件を充たす必要がある、と考えているように思われる。ただし、それぞれの要件にどの程度の差があるのか不明である*8

ここで、本判決と同様、権利濫用法理により特許権の権利行使を制限した裁判例としては、知財高大判平成26年5月16日(平成25年(ネ)第10043号)・知財高大決平成26年5月16日(平成25年(ラ)第10007号)・知財高大決平成26年5月16日(平成25年(ラ)第10008号)及びその原判決・原決定がある。しかし、これらはFRAND(Fair, Reasonable And Non-Discriminatory)宣言のなされた標準必須特許権(Standard Essential Patent; SEP)が対象であり、本件とは前提を異にする*9*10
もっとも、本件の対象特許権も「本件各特許の侵害を回避することが可能であることをうかがわせる証拠は存在しない」とされており*11、侵害を避けられないという点では、SEPと類似していると言えるかも知れない。仮に本件特許権のクレームが、侵害回避が可能な“隙”のあるクレーム(しかし被疑侵害品は含まれるクレーム)であったならば、権利行使が認められたのだろうか。
なお、裁判所が本件と直接関係のないように見える「原告電子部品のメモリを書き換える行為」について消尽の成立を認め「本件各特許権を侵害するものではない」と判示しているのは、本件書換制限措置が採られたことにより初めて、被告が特許権侵害せざるを得なくなったことを示すためであろう。換言すると、仮に本件書換制限措置が施されていない状態で、被告が本件と同様の行為(被告電子部品の製造等)を行なった場合には、(被告はメモリ書換えという特許権回避方法があるのにそれを採らなかったのだから)原告による特許権行使が認められたはずである。

ところで、本判決は、権利濫用自体の判断ではなく、本件書換制限措置の必要性及び合理性の判断の文脈であるが、「「情報記憶装置」そのものを取り替える行為については,消尽は成立しない」としつつも、「譲渡等により対価をひとたび回収した特許製品が市場において円滑に流通することを保護する必要性があることに照らすと,特許製品を搭載した使用済みのトナーカートリッジの円滑な流通や利用を特許権者自身が制限する措置については,その必要性及び合理性の程度が,当該措置により発生する競争制限の程度や製品の自由な流通等の制限を肯認するに足りるものであることを要するというべきである。」と述べている。「譲渡等により対価をひとたび回収した特許製品が市場において円滑に流通することを保護する必要性があること」は消尽の趣旨を想起させ、消尽理論を権利濫用の法理の具体化の一つとして位置づける立場*12と親和的なように思われる。すなわち、本判決は「譲渡等により対価をひとたび回収した特許製品が市場において円滑に流通することを保護する必要性がある」場合には特許権の権利行使が認められないことを前提に、権利行使が認められない一態様として消尽があると考えているように感じられる。

最後に、インクタンク事件最高裁判決(最一小判平成19年11月8日[平成18年(受)第826号])と本判決との関係を考えてみたい。ともに消耗品リサイクルに関する事案でありながら、最高裁判決は(消尽成立を否定した結果)リサイクル業者への特許権行使を認めた一方、本地裁判決はリサイクル業者への権利行使を認めなかった。
ここで、インクタンク事件最高裁判決では、特許権者製品(インクカートリッジ)の特許発明に係る構造が「機能的合理性に基づくもの」とされている*13。他方、本判決では、特許権者製品(電子部品が組み込まれたトナーカートリッジ)のうち、特許発明が実施されているものは、本件書換制限措置が施されているカートリッジ(判決でいうところの「原告プリンタ」に適合するカートリッジ)に限られており、かつ、本件書換制限措置は「十分な必要性及び合理性が存在しない」と判断されている。このような、特許権者製品において特許発明を実施する必要性・合理性の有無の差が、両事案における結論を大きく違えたように思われる。
加えて、特許発明の性質を見ても(特許発明を実施する必要性・合理性の検討と重なる点は多いが)最高裁判決の対象特許発明の効果は「開封前のインク漏れ防止」という消耗品(インク)に直結する(しかも比較的一般的な)ものである一方、本地裁判決の対象特許発明の効果はプリンタ本体とトナーカートリッジ(の電子部品)との接続不良低減といった消耗品(トナー)に直結しない(しかも特許権者製品のうちのさらに一部[本件書換制限措置が施されたもの]にしか関係しない)効果である。後者の発明については、前者と比して、消耗品市場において特許権者に特許権行使というインセンティブを与える意義が少ない点も留意すべきように思われる*14

更新履歴

  • 2021-03-14 公開
  • 2021-03-17 いくつかの事項の追記および誤記の修正
  • 2021-03-21 最終段落(インクタンク事件最高裁判決と本判決との関係)の大幅修正およびその他の微修正

*1:本件の評釈として、溝上武尊「判批」イノベンティア・リーガル・アップデートがある。

*2:本件の被告は複数いるが、全て同じグループ会社であるため、ここでは単に被告と記す。判決文では「被告ら」と表記されている。

*3:原告の製造するプリンタ(原告製プリンタ)には、「原告プリンタ」(それに適合するカートリッジに本件書換制限措置の施されているもの。)とそうでないプリンタとがある。用語として分かりにくいと思うが、判決文の用語に合わせた。

*4:設計変更の理由につき、本判決では「本件各特許権の侵害を回避するため」とされている。

*5:特許の有効性も争点となっているが、その点につき裁判所は判断していない。したがって、本件は、被告の行為は特許権侵害であるとまで判断されたものではなく、仮に特許権侵害であるとしても特許権者による特許権の行使が権利濫用に当たるとされた事案に止まる。

*6:引用者注:本公表事例も含め、アフターマーケット事案と独占禁止法との関係につき、白石忠志『独禁法講義〔第9版〕』(有斐閣,2020)195頁以下参照。

*7:引用者注:「特許の侵害」の誤記だと思われる。本判決文にはこの種の誤記がいくつかあるが、そのまま引用する。

*8:例えば、損害賠償請求が権利濫用か否かについて「本件各特許の実施品である電子部品が組み込まれたトナーカートリッジを譲渡等することにより既に対価を回収していること」を考慮して判断しているが、この点はすでに、独占禁止法違反検討の際(本件書換制限措置の必要性・合理性検討の際)に考慮しているように思われる。

*9:また、結論としても、知財高大判平成26年5月16日(平成25年(ネ)第10043号)は、損害賠償請求につき、ライセンス料相当額を超える部分のみ権利濫用と判断した(ライセンス料相当額の損害賠償請求は認めた)[一方で、その原審判決である東京地判平成25年2月28日(平成23年(ワ)第38969号)は、損害賠償請求全てを権利濫用と判断した。地裁判決と高裁判決との権利濫用判断の相違は、特許権者が誠実交渉義務を果たしたか否かにつき判断が分かれたことによる]。さらに述べると、同知財高大判は、特許権者の行為は独占禁止法に違反するものではないと判断している。

*10:特許権の権利行使制限に関する最近の文献としては、SEPに関するものであるが、知的財産研究教育財団『知的財産に関する日中共同研究報告書』(2019年)第3章所収の鈴木将文「標準必須特許権の行使を巡る国際動向と法的分析」120頁以下および前田健「標準必須特許の権利行使制限を巡るルールの在り方」158頁以下。

*11:侵害回避が可能であることの証明を特許権者に負わせている点は注目すべきように思われる。

*12:田村善之「修理や部品の取替えと特許権侵害の成否」知的財産法政策学研究6号(2005)35頁。

*13:中吉徹郎「判解」『最高裁判所判例解説 平成19年度(下)』(法曹会,2010)791頁。

*14:消耗品市場と特許権行使インセンティブ付与との関係につき、田村善之「インクタンク事件最判判批」NBL878号(2008)33頁[同『特許法の理論』(有斐閣,2009)322頁以下]参照。