特許法の八衢

Means-Plus-Functionについての覚書

はじめに

米国特許法は、クレーム要素(claim element)につき、物理的な構造等を特定せず、その要素の機能のみによって特定することを認めている一方で、当該クレーム要素については、明細書に開示された、対応する構造等およびその均等物として解釈される、という特別の規定を置いている(112条(f)(旧112条6段落))。この112条(f)が適用されるクレーム要素は、「Means-Plus-Function」形式と呼ばれる*1

問題は、いかなる場合にMeans-Plus-Function形式と判断されるか、である。というのも、Means-Plus-Function形式と判断された場合(112条(f)が適用された場合)、当該クレーム要素は、先述のように特殊なクレーム解釈(一般的には狭いクレーム解釈*2)がなされることに加え、そのクレーム要素に対応する構造の開示が明細書にないと、当該クレーム要素は不明確(indefinite)であるとして112条(b)違反と判断されるからである*3

かつてCAFCは、クレーム要素の記載に「means」という語が用いられていない場合、そのクレーム要素はMeans-Plus-Function形式ではないとの(容易には覆らない)「強い(strong)」推定が働く、と述べていた*4

しかし、その後CAFCは、Williamson判決*5により、(推定は働くものの)その推定は強いものではない、と判例変更した*6

Williamson判決は実務に大きな影響を与え*7、とくにソフトウェア発明について、「means」を用いていないクレーム要素でも、Means-Plus-Function形式として判断される事案が多く見られることとなった*8

しかしながら、最近、上記の潮流に変化をもたらす可能性のあるCAFC判決が現れたので、覚書として以下に記す。その判決とは、Dyfan判決 *9である。

Dyfan判決の概要

原告=特許権者は、被告の行為が、「System for Location Based Triggers for Mobile Devices」という名称の発明に係る原告特許権*10の侵害を構成するとして、テキサス州西部地区連邦地裁へ訴訟提起したところ、地裁は訴訟対象クレームにおける「code」「application」「system」との用語について、Means-Plus-Function形式だと判断した上で、これら用語に対応する構造が明細書に記載されていないため、112条(b)違反により原告特許権に係る特許は無効である旨を判示した。

その判断を不服として、原告がCAFCへ控訴したのが本件である。CAFCは、地裁判決を破棄し、地裁へ差戻した。

本件において、CAFCは、「code」「application」とのクレーム要素につき、まず、「means」が用いられていないためMeans-Plus-Function形式でないとの推定が働くとした。

その上で、これら(meansを用いていない)クレーム要素がMeans-Plus-Function形式であると反証するためには、これらクレーム要素が構造を意味するものと当業者が理解し得ないことを「証拠の優越(preponderance of the evidence)」をもって*11示す必要があると述べた。そして、専門家証言も挙げつつ、「code」「application」はMeans-Plus-Function形式ではないと判示した。

また、「system」とのクレーム要素についても、CAFCは、(「means」が使われていないため、Means-Plus-Function形式であると主張するためには、証拠の優越による反証が必要である旨を判示した上で)「system」という用語だけを取り出すと(in a vacuum)、(特定の構造を表していない)「間に合わせの用語(nonce term)」かも知れないが、本クレーム自体がその構造を定義していると述べ*12「system」はMeans-Plus-Function形式ではないと判示した。

本判決の最後に、CAFCは、稚拙な(poor)クレームドラフティングであっても、「means」が用いられていない場合に、Means-Plus-Function形式でないとの推定を迂回(bypass)することは許されない旨を述べている。

雑感

Dyfan判決は、Means-Plus-Function形式か否かの判断について、クレーム要素における「means」の有無を重視しているように思われる。表向きはWilliamson判決に反旗を翻していないものの*13、実際の判断内容からは、「means」が用いられていない場合はMeans-Plus-Function形式ではないとの「強い」推定が働く、としていたWilliamson判決前の基準に回帰した印象を受ける。

なお、Dyfan判決の翌日に出されたVDPP判決 *14は、先例性を持たない(nonprecedential)判決ではあるが、「processors」「storage」というクレーム要素について、Dyfan判決を引用しつつ*15、「means」が用いられておらずMeans-Plus-Function形式でないとの推定が働き、それに対して反証がなされていないことを理由に、Means-Plus-Function形式ではないと判示した*16

Dyfan判決に続くものがVDPP判決以外に現れるのか予断を許さないが、審査や訴訟においてMeans-Plus-Function形式との判断を避けたい場合、本判決を持ち出すことは一考に値するのではないか。

更新履歴

  • 2022-04-12 公開
  • 2022-04-15 追記修正
  • 2022-04-16 微修正

*1:112条(f)が適用される形式として、他に「Step-Plus-Function」も存在する。O.I. Corp. v. Tekmar Co. Inc. (Fed. Cir. 1997).

*2:もっとも、明細書の開示内容次第では、Means-Plus-Function形式のほうが広いクレーム範囲となる場合もあり得る。

*3:ソフトウェア発明におけるMPF形式クレーム要素については、その機能を実現するアルゴリズムが、明細書での開示の求められる「構造」であるとされている。Net MoneyIN, Inc. v. VeriSign, Inc., 545 F.3d 1359, 1367 (Fed. Cir. 2008).

*4:Lighting World, Inc. v. Birchwood Lighting, Inc. (Fed. Cir. 2004).

*5:Williamson v. Citrix Online, LLC (Fed. Cir. 2015).

*6:判例変更を行うため、Williamson判決は112条6段落の適用についての判示部分のみ大法廷(en banc)によるものとなっている。

*7:もっとも、USPTOは、Williamson判決前から、「means」を含まないクレーム要素でもMeans-Plus-Function形式と判断する実務を採っていた。吉田哲・樋口謙太郎「USPTOによるMeans Plus Function (MPF)クレームの新ガイドラインの紹介と実務の留意事項」知財ぷりずむ12巻139号(2014)参照。

*8:近時のCAFC判決として、例えば、Rain Computing, Inc. v. Samsung Electronics Co., Ltd. (Fed. Cir. 2021), cert. denied, (2021).

*9:Dyfan, LLC v. Target Corp. (Fed. Cir. March 24, 2022).

*10:U.S. Patent No.9,973,899とその継続出願に係るU.S. Patent No.10,194,292の2件。

*11:この場面で「証拠の優越」を要求している点につき、Dennis Crouch「Discerning the Purpose and Means of Williamson v. Citrix」Patently-O (March 30, 2022)は、(Means-Plus-Function形式か否かの判断を含む)クレーム解釈は法律問題(questions of law)であるにもかかわらず、「証拠の優越」という事実問題(questions of fact)に対して用いられる基準を用いているため、「奇妙(odd)」であると評している。

*12:クレームは「A system, comprising: a building ... including: a first broadcast short-range communications unit ... a second broadcast short-range communications unit ... code configured to be executed by at least one of the plurality of mobile devices, the code, when executed, configured to: ...」と、「system」はbuildingやcode等から構成される、という形で記載されている。

*13:本判決は、Williamson判決の「(Means-Plus-Function形式か否かは判断する際の)本質的な問題は、単に『means』の有無ではなく、クレーム要素が、当業者にとって、構造の名称として十分に明確な意味を有するものと理解されるか否かである」という判示を引用してはいる。

*14:VDPP LLC v. Vizio, Inc. (Fed. Cir. March 25, 2022) (nonprecedential).

*15:Dyfan判決で裁判体を構成していたLourie判事が起草している。

*16:なお、VDPP判決は、本件明細書に「processors」「storage」が「周知である(well-known)」であると記載されていることを、「processors」「storage」がMeans-Plus-Function形式ではないと判断できる根拠の一つとして挙げている。出願人が「周知である」と述べる(明細書に記載する)ことが、なぜ根拠となるのか、疑問である。