特許法の八衢

国境を跨ぐ実施相当行為が特許権侵害に当たらないと判断された事案 ― 東京地判令和4年3月24日(令和元年(ワ)第25152号)

はじめに

東京地判令和4年3月24日(令和元年(ワ)第25152号)*1は、特許権者である原告(株式会社ドワンゴ)が、「FC2動画」(被告サービス1)に係るシステム(被告システム1)などは特許発明の技術的範囲に属し、被告ら(FC2, INC.および株式会社ホームページシステム[HPS]*2)の行為は特許権侵害であると主張して、侵害行為の差止め及び侵害組成物の廃棄、並びに損害賠償を求めた事案である。

本件は、端的には、サーバとクライアントとからなるシステムクレームについて、海外に存在するサーバと日本のユーザ端末とからなる被告システムに係る行為が特許権侵害を構成するか否かが、問われたものと言える。

国境を跨ぐ「実施相当行為」*3特許権侵害に当たるか否かという問題については、かねてから議論の対象となっており*4、裁判所が判断を示した希少なケースである本件*5は、判決書の公開直後から注目を浴びている*6

本稿では、本件について、その判旨を記した後、関連する米国裁判例および学説を挙げ、最後に私の雑駁な感想を述べる。初学者である私の備忘録を目的とするものであり、深い検討や十分な文献調査も行なっていないため、稚拙な内容である点は御容赦いただきたい。また、誤りがあれば(そっと)御指摘いただけると幸いである。

なお本件は、対象となる特許発明が複数あり、また被疑侵害品も複数存在するが、以下では、「本件発明1」と「被告サービス1のFLASH版」に係る「被告システム1」とに関する部分についてのみ、言及する*7

本件発明1*8

  • 1A サーバと、これとネットワークを介して接続された複数の端末装置と、を備えるコメント配信システムであって、
  • 1B 前記サーバは、前記サーバから送信された動画を視聴中のユーザから付与された前記動画に対する-第1コメント及び第2コメントを受信し、
  • 1C 前記端末装置に、前記動画と、コメント情報とを送信し、
  • 1D 前記コメント情報は、前記第1コメント及び前記第2コメントと、前記第1コメント及び前記第2コメントのそれぞれが付与された時点に対応する、前記動画の最初を基準とした動画の経過時間を表す動画再生時間であるコメント付与時間と、を含み、
  • 1E 前記動画及び前記コメント情報に基づいて、前記動画と、前記コメント付与時間に対応する動画再生時間において、前記動画の少なくとも一部と重なって、水平方向に移動する前記第1コメント及び前記第2コメントと、を前記端末装置の表示装置に表示させる手段と、
  • 1F 前記第2コメントを前記1の動画上に表示させる際の表示位置が、前記第1コメントの表示位置と重なるか否かを判定する判定部と、
  • 1G 重なると判定された場合に、前記第1コメントと前記第2コメントとが重ならない位置に表示されるよう調整する表示位置制御部と、を備えるコメント配信システムにおいて、
  • 1H 前記サーバが、前記動画と、前記コメント情報とを前記端末装置に送信することにより、前記端末装置の表示装置には、前記動画と、前記コメント付与時間に対応する動画再生時間において、前記動画の少なくとも一部と重なって、水平方向に移動する前記第1コメント及び前記第2コメントと、が前記第1コメントと前記第2コメントとが重ならないように表示される、
  • 1I コメント配信システム。

判旨*9

請求棄却。

準拠法についての判断*10

(1) 差止め及び除却等の請求について
特許権に基づく差止め及び廃棄請求の準拠法は、当該特許権が登録された国の法律であると解すべきであるから(最高裁平成12年(受)第580同 14年9月26日第一小法廷判決・民集56巻7号1551頁)、本件の差止め及び除却等の請求についても、本件特許権が登録された国の法律である日本法が準拠法となる。
(2) 損害賠償請求について
特許権侵害を理由とする損害賠償請求については、特許権特有の問題ではなく、財産権の侵害に対する民事上の救済の一環にほかならないから、法律関係の性質は不法行為である(前掲最高裁平成14年9月26日第一小法廷判決)。したがって、その準拠法については、通則法17条によるべきであるから、「加害行為の結果が発生した地の法」となる。
原告の損害賠償請求は、被告らが、被告サービスにおいて日本国内の端末に向けてファイルを配信したこと等によって、日本国特許である本件特許権を侵害したことを理由とするものであり、その主張が認められる場合には、権利侵害という結果は日本で発生したということができるから、上記損害賠償請求に係る準拠法は日本法である。

被告サービス1についての認定事実

被告FC2は、本件特許権の設定登録がされた令和元年5月17日以降の時期において、業として被告サービス1を運営している。
……
被告サービス1は、日本語のほか、英語、中国語(簡体字)、中国語繁体字)、韓国語、フランス語、ドイツ語、スペイン語ポルトガル語、ロシア語、インドネシア語及びベトナム語の12言語により表示、入力等されるウェブサイトが用意されている。また、被告サービス1は、日本からのアクセスを含め、原則として全世界からのアクセスが可能であり、特定の国からのアクセスを拒否する設定を行うことは可能であるが、日本からのアクセスに限る等のアクセス制限は行われていない……。
被告FC2は、被告サービス1の提供に当たり、ウェブサーバ、コメント配信用サーバ及び動画配信用サーバを設置及び管理しており、これらのサーバは、令和元年5月17日以降の時期において、いずれも米国に存在している……。
……
被告サービス1においてコメント付き動画を日本国内のユーザ端末に表示させる手順を……整理すると、次のとおりとなる……。
……
① ユーザが、事前にAdobe Flash Playerをブラウザのプラグイン拡張機能)としてユーザ端末にインストールしておく。
②-1 ユーザが、ユーザ端末において、所望の動画を表示させるための被告サービス1のウェブページをブラウザに表示させる。
②-2 ②-1により、ウェブページのデータ及びSWFファイルが被告FC2のウェブサーバからユーザ端末のブラウザのキャッシュにダウンロードされる。FLASHが、ブラウザのキャッシュにあるSWFファイルを読み込む。
③ ユーザが、ユーザ端末において、ブラウザ上に表示されたウェブページにおける動画の再生ボタンを押す。
④-1 ②-2でFLASHが読み込んだSWFファイルには、動画及びコメントに関する情報の取得をリクエストするようにブラウザに要求する命令が格納されており、FLASHが、その命令に従って、ブラウザに対し動画ファイル及びコメントファイルを取得するよう指示し、ブラウザが、その指示に従って、被告FC2の動画配信用サーバに対し動画ファイルのリクエストを行い、被告FC2のコメント配信用サーバに対しコメントファイルのリクエストを行う。
上記リクエストの際、特定の動画を再生するための具体的な動画ファイル及びコメントファイルの指定は、ブラウザがSWFファイルの情報に基づき被告FC2のウェブサーバにアクセスしてウェブサーバからURLを取得することによって行われている。
④-2 ④-1のリクエストに応じて、被告FC2の動画配信用サーバが動画ファイルを、被告FC2のコメント配信用サーバがコメントファイルを、ユーザ端末に配信する。
⑤ ユーザ端末が、④-2の動画ファイル及びコメントファイルを受信する。
これにより、ユーザ端末が、受信した動画ファイル及びコメントファイルに基づいて、ブラウザ上にコメント付き動画を表示させる。
その表示の際に2つのコメントが重複するか否かを判定する計算式及び重複すると判定された場合の重ならない表示位置の指定は、SWFファイルによって規定される条件に基づいて行われている。

特許権侵害成否についての判断

(ア) 物の発明の「実施」としての「生産」(特許法2条3項1号)とは、発明の技術的範囲に属する「物」を新たに作り出す行為をいうと解される。また、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味する属地主義の原則(最高裁平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁[引用者注:BBS事件最高裁判決]、最高裁平成12年(受)第580号同14年9月26日第一小法廷判決・民集56巻7号1551頁[引用者注:カードリーダ事件最高裁判決]参照)からは、上記「生産」は、日本国内におけるものに限定されると解するのが相当である。したがって、上記の「生産」に当たるためには、特許発明の構成要件の全てを満たす物が、日本国内において新たに作り出されることが必要であると解すべきである。

(イ) ……被告システム1は、本件発明1の構成要件を全て充足し、その技術的範囲に属するものであ……る。
また、被告サービス1のFLASH版においてコメント付き動画を日本国内のユーザ端末に表示させる手順は、前記……のとおりであって、被告サービス1がその手順どおりに機能することによって、上記のとおり本件発明1の構成要件を全て充足するコメント配信システムである被告システム1が新たに作り出されるということができる。
そして、本件発明1のコメント配信システムは、「サーバ」と「これとネットワークを介して接続された複数の端末装置」をその構成要素とする物であるところ(構成要件1A)、被告システム1においては、日本国内のユーザ端末へのコメント付き動画を表示させる場合、上記の「これとネットワークを介して接続された複数の端末装置」は、日本国内に存在しているものといえる。
他方で、……本件発明1における「サーバ」(構成要件1A等)とは、視聴中のユーザからのコメントを受信する機能を有するとともに(構成要件1B)、端末装置に「動画」及び「コメント情報」を送信する機能(構成要件1C)を有するものであるところ、これに該当する被告FC2が管理する……動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバは、……いずれも米国内に存在しており、日本国内に存在しているものとは認められない。
そうすると、被告サービス1により日本国内のユーザ端末へのコメント付き動画を表示させる場合、被告サービス1が前記……の手順どおりに機能することによって、本件発明1の構成要件を全て充足するコメント配信システムが新たに作り出されるとしても、それは、米国内に存在する動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバと日本国内に存在するユーザ端末とを構成要素とするコメント配信システム(被告システム1)が作り出されるものである。
したがって、完成した被告システム1のうち日本国内の構成要素であるユーザ端末のみでは本件発明1の全ての構成要件を充足しないことになるから、直ちには、本件発明1の対象となる「物」である「コメント配信システム」が日本国内において「生産」されていると認めることができない。

(ウ) 原告は、被告システム1では、多数のユーザ端末は日本国内に存在しているから、被告システム1の大部分は日本国内に存在している、被告FC2が管理するサーバが国外に存在するとしても、「生産」行為が国外の行為により開始されるということを意味するだけで、「生産」行為の大部分は日本国内で行われている、本件発明1において重要な構成要件1Hに対応する被告システム1の構成1hは国内で実現されている、被告システム1については「生産」という実施行為が全体として見て日本国内で行われているのと同視し得るにもかかわらず、被告らが単にサーバを国外に設置することで日本の特許権侵害を免れられるという結論となるのは著しく妥当性を欠くなどとして、被告システム1は、量的に見ても、質的に見ても、その大部分は日本国内に作り出される「物」であり、被告らによる「生産」は日本国内において行われていると評価することができると主張する。
しかしながら、前記(ア)のとおり、特許法2条3項1号の「生産」に該当するためには、特許発明の構成要件を全て満たす物が日本国内において作り出される必要があると解するのが相当であり、特許権による禁止権の及ぶ範囲については明確である必要性が高いといえることからも、明文の根拠なく、物の構成要素の大部分が日本国内において作り出されるといった基準をもって、物の発明の「実施」としての「生産」の範囲を画するのは相当とはいえない。
そうすると、被告システム1の構成要素の大部分が日本国内にあることを根拠として、直ちに被告システム1が日本国内で生産されていると認めることはできないというべきである。
また、……本件発明1の目的は、単に、構成要件1Fの「判定部」及び構成要件1Gの「表示位置制御部」に相当する構成等を備える端末装置を提供することではなく、ユーザ間において、同じ動画を共有して、コメントを利用しコミュニケーションを図ることができるコメント配信システムを提供することであり、この目的に照らせば、動画の送信(構成要件1C及び1H)並びにコメントの受信及びコメント付与時間を含むコメント情報の送信(構成要件1B、1C及び1H)を行う「サーバ」は、この目的を実現する構成として重要な役割を担うものというべきである。この点からしても、本件発明1に関しては、ユーザ端末のみが日本に存在することをもって、「生産」の対象となる被告システム1の構成要素の大部分が日本国内に存在するものと認めることはできないというべきである。
さらに、……被告サービスにおいては、日本語が使用可能であり、日本在住のユーザに向けたサービスが提供されていたと考えられ、……平成26年当時、日本法人である被告HPSが、被告FC2の委託を受けて、被告サービスを含む同被告の運営するサービスに関する業務を行っていたという事情は認められるものの、本件全証拠によっても、本件特許権の設定登録がされた令和元年5月17日以降の時期において、米国法人である被告FC2が本件特許権の侵害の責任を回避するために動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバを日本国外に設置し、実質的には日本国内から管理していたといった、結論として著しく妥当性を欠くとの評価を基礎付けるような事情は認められない。……。

(エ) 以上によれば、被告サービス1のFLASH版については、本件発明1の関係で、被告FC2による被告システム1の日本国内での「生産」を認めることができないというべきである。

結論

……被告システムは本件発明の技術的範囲に属すると認められるものの、……本件特許が登録された令和元年5月17日以降において被告らによる被告システムの日本国内における生産は認められず、被告らが本件発明を日本国内において実施したとは認められないから、被告らによる本件特許権の侵害の事実を認めることはできない。
よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却する……。

米国における裁判例

本件と同様に、国境を跨ぐ実施相当行為が特許権侵害に当たるか否かについて判断された有名な米国の裁判例として、NTP事件*11CAFC判決*12がある*13

本事案は、(複数の)特許権を有する原告(=被控訴人)が、通信システムを運用する被告(=控訴人)に対し、特許権侵害を主張したものであって、当該通信システムの一部は、米国外に存在する事案であった。

CAFCは、概ね次のように述べ、システムクレームについては特許権侵害を認める一方、方法クレームについては侵害を否定した。

「米国特許法271条(a)における、システムの特許発明の「使用(use)」が行なわれている場所とは、システムが全体としてサービスに供されている (the system as a whole is put into service)場所、すなわち、システムの制御(control)がなされ、かつ、そのシステムの有益な使用(beneficial use)がなされている場所である。被告システムの米国の利用者(被告の顧客)は、情報の送信を制御し、また、そのような情報のやりとりにより利益を得ているため、被告システムの一部が米国外に存在しても、特許権侵害の成立を妨げられない。」*14 *15

「他方、271条(a)において、方法やプロセス(method or process)の特許発明の「使用」は、システムや装置(system or device)の特許発明の「使用」とは、根本的に異なる。プロセスは一連の行為であるため、プロセスの使用には、必然的に列挙された個々のステップの実行を伴う。この点は、それぞれの要素が集合的に用いられる、システムの使用とは異なる。それゆえ、個々のステップ全てが米国内で行なわれていなければ、米国内で当該プロセスが使用されていると言えない。本事案では、被疑侵害行為の一部が米国外に存在する装置内で行なわれているため、271条(a)の直接侵害を構成しない。」

学説

学説では、かねてより、「実施行為の一部が国外で行われた場合であっても、侵害という結果との関連で実施行為が全体として我が国内で行われているのと同意し得る場合もあるのではなかろうか」*16等と、国境を跨ぐ実施相当行為があった場合であっても、特許権侵害が認められる余地があることが説かれてきた。

問題は、どのような法理論を採用し、どのようなケースで特許権侵害が認められるかである。

学説の中には、上記NTP事件CAFC判決に示唆を受け、「実施」を緩やかに解釈し、「一定の場合(BlackBerry事件でのCAFCの判断では,システムの管理と有益な使用の場所が国内にある場合,ということになる。)には,クレームを充足する行為の一部が国外で行われていたとしても,なお「実施」に当たるとする見解も理論的にあり得る」と述べるものがある*17

また、「日本において「特許発明の本質的部分」が行われていれば、他の要素が国外で行われていたとしても、なお、日本の特許権が及ぶと考えてよいのではないか」とする見解がある*18

加えて、①実施相当行為の(主たる)意思判断を行う主体の物理的所在地、②特許発明の技術的効果の主たる発現地・帰属地、③特許発明を構成する主要な構成要件に係る物理的な動作地、という3つの評価基準を複合的に組み合わせて、特許権侵害成否を判断するという見解も主張されている*19

さらに近時では、「属地主義の原則を採用するという政策的判断の前提をなしてきた事情が大きく変容し,新たな保護のニーズが生まれた現代においては,この原則に強く固執するべきではなく,より柔軟な抵触法的判断を指向すべきである」とし、「例えば,ネットワーク関連発明について日本で特許権を取得しているという場合に,日本の顧客を対象にサービスが提供され日本市場が収益を上げるためのターゲットとされている限り,実施行為自体がどの地で行われていようとも,日本法が準拠法となり,我が国の特許権者は,日本特許権の侵害を理由とする差止請求・損害賠償請求を行うことができる」(下線は原文ママ)と極めて緩やかに特許権侵害を認める学説も現れている*20

雑感

全体の判断枠組み

本判決では、被疑侵害品の構成要件充足性を判断した後、被告らによる「実施」(本件では「生産」)該当性を判断している。すなわち、構成要件に対応する被疑侵害品構成の一部が国外にあるからといって、即座に特許権侵害を否定するような「門前払い」をしていない。これは、国境を跨ぐ実施相当行為であっても、特許権侵害が成立する場合があり得ることを含意しているように感じる。

「完成した被告システム1のうち日本国内の構成要素であるユーザ端末のみでは本件発明1の全ての構成要件を充足しないことになるから、直ちには、本件発明1の対象となる「物」である「コメント配信システム」が日本国内において「生産」されていると認めることができない」(強調は引用者;以下同)と、「直ちには」等と留保している点からも、このことが示唆されているように思われる。

もっとも、いかなる場合に特許権侵害が成立するか、本判決は具体的な規範を提示していない。事案の蓄積がない現状において規範を示すのは時期尚早と裁判所は考えたのかも知れないが、予測可能性という点では不満を覚えるというのが率直な感想である。

準拠法

準拠法について、最一小判平成14年9月26日(平成12年(受)第580号)民集第56巻7号1551頁[カードリーダ事件最高裁判決]を引用し*21、差止め及び廃棄請求と損害賠償請求と分けて、その判断を行なっている。批判の多い最高裁判決ではあるが、下級審判決という性質上、この最判に従うのは当然であろう。

サービス提供国

東京地裁が、被告サービス1が日本語でも提供されていることを事実認定している一方、わざわざ「日本からのアクセスに限る等のアクセス制限は行われていない」と認定している理由はあるのだろうか。仮に日本のみにサービス提供されていた場合は、結果に影響があったのだろうか。

仮にNTP事件CAFC判決のように、「有益な使用」を行なっている国が我が国か否かを実施該当性の考慮対象としても、日本のみで「有益な使用」を行なわれている必要はないであろうから*22、この事実認定の意義は、判決文のみからは不明である。

構成要素の大部分

特許法2条3項1号の「生産」に該当するためには、特許発明の構成要件を全て満たす物が日本国内において作り出される必要があると解するのが相当であり、特許権による禁止権の及ぶ範囲については明確である必要性が高いといえることからも、明文の根拠なく、物の構成要素の大部分が日本国内において作り出されるといった基準をもって、物の発明の「実施」としての「生産」の範囲を画するのは相当とはいえない。そうすると、被告システム1の構成要素の大部分が日本国内にあることを根拠として、直ちに被告システム1が日本国内で生産されていると認めることはできないというべきである」との判示がある。

ここで、上記「構成要素の大部分」が単に量的なものを意味するのであれば、この判示に異論はない。しかし、質的なもの(例えば特許発明の「本質的部分」)が「構成要素の大部分」に対応するものと考えた場合はどうか。

この点に関連して、本判決は「本件発明1の目的は、……ユーザ間において、同じ動画を共有して、コメントを利用しコミュニケーションを図ることができるコメント配信システムを提供することであり、この目的に照らせば、動画の送信(構成要件1C及び1H)並びにコメントの受信及びコメント付与時間を含むコメント情報の送信(構成要件1B、1C及び1H)を行う「サーバ」は、この目的を実現する構成として重要な役割を担うものというべきである。この点からしても、本件発明1に関しては、ユーザ端末のみが日本に存在することをもって、「生産」の対象となる被告システム1の構成要素の大部分が日本国内に存在するものと認めることはできないというべきである」と述べている。

上記判示は、「サーバ」を「重要な役割を担うもの」と判断し、「構成要素の大部分」(の一つ)として取り扱っているように読める。すなわち、「重要な役割を担うもの」は「構成要素の大部分」に該当するとも解釈できる。

翻って、本判決は「被告システム1の構成要素の大部分が日本国内にあることを根拠として、直ちに被告システム1が日本国内で生産されていると認めることはできない」と述べていた。この判示の「構成要素の大部分」を「重要な役割を担うもの」に置き換えると、「被告システム1の「重要な役割を担うもの」が日本国内にあることを根拠として、直ちに被告システム1が日本国内で生産されていると認めることはできない」となる。特許発明の中で重要な構成要件が国内に存在しても、(それだけでは)特許権侵害は認められない、と本判決は考えているのだろうか。上述した「日本において「特許発明の本質的部分」が行われていれば、……日本の特許権が及ぶと考えてよい」とする学説との関係が気になるところである。

著しく妥当性を欠くとの評価を基礎付けるような事情

本判決は、「米国法人である被告FC2が本件特許権の侵害の責任を回避するために動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバを日本国外に設置し、実質的には日本国内から管理していたといった、結論として著しく妥当性を欠くとの評価を基礎付けるような事情は認められない」と述べる。

これは、「結論として著しく妥当性を欠くとの評価を基礎付けるような事情」があれば、特許権侵害となり得ることを意味しているのだろうか。そうであれば、当該「事情」とはどのようなものなのか。(その「事情」の例として挙げられているように読める)「実質的には日本国内から管理」とは具体的にはどのような態様なのか。さらには、「本件特許権の侵害の責任を回避するために」といった被疑侵害者の主観も侵害成否に関係するのか。上記判示に対し、疑問は尽きない。

特許クレームの種別

本件はサーバとクライアントとを含むシステムクレームが対象となったわけであるが、仮に方法クレームならば、侵害判断に違いが生まれたのだろうか。
少なくとも本システムクレームを単に方法クレームに書き直しただけでは、米国にあるサーバの動作が構成要件となるため、非侵害との判断は変わらないであろう*23

また、いわゆるサブコンビネーションクレームとして、クライアントのみをクレームした場合(クライアントクレームの場合)はどうなるだろうか。
そのようなクレームで特許性を保てるかがまず問題となろうがその点は措くとすると、日本のユーザ端末へのSWFファイルの送信が、クライアントクレームの「生産」に当たるのだろうか。ただし、その送信行為は海外に存するサーバが行なっているため、この点が本件と同じく問題となるのかも知れない。もっとも該論点は、SWFファイルを101条1号規定の専用品あるいは同条2号規定の中用品と考えることができれば、101条1号,2号には「輸入」も明記されているため、問題とはならないであろう*24。ただし、間接侵害を考える場合は、(「FC2動画」という被告サービスの性格上)ユーザはクライアントクレームを「業として」実施していないと解釈された結果、いわゆる独立説・従属説の問題が現れる可能性もある。

それでは、SWFファイルに相当するプログラムを規定したクレーム(プログラムクレーム)であった場合は、どうか。
実施行為として「輸入」が規定されている(特許法2条3項1号)から、プログラムクレームの場合、被告の行為(海外にあるサーバから日本のユーザ端末へのSWFファイルの送信)を直接侵害に問えるように思われる。*25もっとも、クライアントクレームと同様(あるいはそれ以上に)、特許性が問題となろう。

システムクレームの「使用」

最後に、蛇足となろうが、なぜ原告が、被告の行為は特許発明(システムクレーム)の「生産」に当たるとのみ主張し、システムクレームの「使用」については主張しなかった点が、私には気になる。

システムクレームの「使用」は(被疑侵害者ではなく、被疑侵害者の顧客である)ユーザが行為主体となると考えたのかも知れないが、システムの管理行為を「使用」と解する余地もあるように思われ、そのような解釈が可能であれば「使用」の行為主体を被疑侵害者と捉えることも可能ではなかろうか。もっとも、システムの管理行為は米国でなされていると考えられ、その点から日本特許権侵害に問うことは難しいと考えたのかも知れない*26。そもそも、私が思いつく程度のことは、原告代理人も検討済みであろう。

結びに代えて

冒頭述べたとおり、本件は非常に注目を浴びており、本判決をきっかけに国境を跨ぐ実施相当行為が特許権侵害に当たるか否かについて、議論がこれまで以上に活性化することが期待される。

本件について控訴がなされているか不明である*27が、できれば知財高裁(願わくは特別部)、さらには最高裁による判断も見てみたいところである。

2022-07-30追記

別の事案である*28が、本件と当事者等が共通する、似た事案につき、2022年7月20日知財高裁*29は、判決を下した。特許権者(株式会社ドワンゴ)によれば、「本判決は、本件各プログラムが日本国外のサーバから配信されていることを前提としつつも、数多くの有用なネットワーク関連発明が存在する現在のデジタル社会において、サーバ等の一部の設備を国外に移転するなどして容易に特許権侵害の責任を免れることを許容するのは著しく正義に反するとし……その上で、本判決は、特許発明の実施行為につき、形式的にはその全ての要素が日本国の領域内で完結するものでないとしても、実質的かつ全体的にみて、それが日本国の領域内で行われたと評価し得るものであれば、日本の特許権の効力を及ぼし得ると判断」した、とのことである*30

2022-09-23追記

上記「別の事案」について、記事を公開した。

更新履歴

*1:東京地方裁判所民事第29部 國分隆文裁判長。

*2:裁判所の事実認定によれば、FC2は米国ネバダ州法により設立された米国法人、HPSは日本の株式会社。

*3:国内のみで行なわれていれば特許法上の「実施」に該当するものであるが、国境を跨いだ場合に当該行為が「実施」に該当するか否か問題となっているため、平嶋竜太・後掲27頁注9に倣い、引用部分を除き、「実施相当行為」との語を用いる。

*4:知的財産研究所『ネットワーク関連発明における国境をまたいで構成される侵害行為に対する適切な権利保護の在り方に関する調査研究』(2017)参照。

*5:その他の裁判例としては、東京地判平成13年9月20日(平成12年(ワ)第20503号)[電着画像の形成方法の発明]がある。

*6:栗原潔「ドワンゴが、対FC2特許権侵害訴訟で敗訴(4年ぶり2回目)」(2022)参照。

*7:被告らにより特許無効の抗弁なども主張されているが、それらにつき裁判所は判断を示していないため、この点も言及しない。

*8:「1A」等の符号を判決文に従い付記した。

*9:枠で囲まれた部分は判決文からの引用である。ただし強調は引用者による。

*10:国際裁判管轄については、民訴法3条の8および3条の2により日本の裁判所に管轄権があるとされた。

*11:被疑侵害製品がBlackBerryに関するものであることから「BlackBerry事件」とも称される。

*12:NTP, Inc. v. Research in Motion, Ltd., 418 F. 3d 1282 (Fed. Cir. 2005).

*13:この裁判例を含む、海外の裁判例については知的財産研究所・前掲51頁以下参照。

*14:米国裁判例につき、「」で囲まれたものは、判決文の引用(の翻訳)でなく、判示内容の要約である。

*15:ここで認められた「使用」の主体は、被告の顧客である(より正確には、原審において陪審員がそのように評決したところ、被告が控訴したのは、その使用が米国内で行なわれたか否かについてのみであった)。NTP, Inc. v. Research in Motion, Ltd., 418 F.3d 1282, 1317 n.13 (Fed. Cir. 2005).

*16:高部眞規子「国際化と複数主体による知的財産権の侵害」秋吉稔弘先生喜寿記念『知的財産権 その形成と保護』(新日本法規出版,2002)176頁。なお、この見解は「インターネット関連の場合について特別の立法が必要であろうか。」(同頁)とも述べる。

*17:杉浦正樹「特許権侵害行為の一部が国外において行われた場合」飯村敏明・設樂隆一編著『知的財産関係訴訟』(青林書院,2008)304頁。飯塚卓也「国境を越えた侵害関与者の責任」ジュリスト1509号(2017)32頁は、実施行為の中でも「使用」に着目している。

*18:山内貴博「「国境を跨ぐ侵害行為」に対するあるべき規律―実務家の視点から―」IPジャーナル2号(2017)13頁。「[引用者注:実施行為の]実質的な一部が国内に所在していれば,……国内特許侵害が成立している」とする松本直樹「ビジネス方法特許と国際的な特許侵害―複数国にまたがって行われる侵害行為と特許権行使―」竹田稔ほか編『ビジネス方法特許 その特許性と権利行使』(青林書院,2004)515頁以下や、「直接侵害行為の一部の行為が外国で行われた場合にも重要な行為が国内で行われている場合には,特許権侵害を認めるとする考え方が現実的であろう」とする潮海久雄「分担された実施行為に対する特許間接侵害規定の適用と問題点」特許研究41号(2006)14頁も同旨か。

*19:平嶋竜太「「国境を跨ぐ侵害行為」と特許法による保護の課題」IPジャーナル2号(2017)27頁以下。

*20:愛知靖之「IoT時代における「属地主義の原則」の意義―「ネットワーク関連発明」の国境を越えた実施と特許権侵害―」牧野利秋編『最新知的財産訴訟実務』(青林書院,2020)270頁および276頁。

*21:カードリーダ事件最高裁判決については、さしあたり拙稿「日本裁判所への米国特許権侵害訴訟提起についての覚書」(2019)参照。

*22:常識的にも、日本のみでサービス提供していた場合は特許権侵害となる一方、他国へもサービス提供を開始した途端に非侵害となるのは理不尽であろう。

*23:「域外適用の典型例でありながら,域外適用が争点とならなかった事件」と称される(平成27年度特許委員会第三部会「クラウド時代に向いた域外適用・複数主体問題」パテント70巻1号41頁)知財高判平成22年3月24日(平成20年(ネ)第10085号)[インターネットサーバーのアクセス管理およびモニタシステム]で現れたようなクレーム記載の工夫をすれば、侵害に問えるのかも知れないが、私には具体的な記載方法が思い浮かばない。

*24:2022-05-14追記:この記載は「輸入」の定義を誤解したものであったため、削除する。また、「輸入」に「電気通信回線を通じた提供」が含まれないとの解釈もあり得ることにつき、津田幸宏ほか「判例研究:RIM事件判決について」第二東京弁護士会知的財産権法研究会編『特許法の日米比較』(商事法務,2009)365頁[津田幸宏発言]および中山信弘・小泉直樹編『新・注解 特許法〔第2版〕上巻』(青林書院,2017)51頁[平嶋竜太]参照。2022-05-22追記:「輸入」につき、拙稿「特許法における「輸入」」(2022)で解説を行なった。

*25:2022-05-14追記:この記載は、「輸入」の定義を誤解したものであったため、削除する。プログラムクレームの場合は、被告の行為がプログラムクレームの「譲渡等」と言えるかが問題となるのであろう。この点につき、Kiyoshi Kurihara on Twitter: "swfあるいはJSはプログラム それをクライアントで実行させることは「電気通信回線を通じたプログラムの提供」(譲渡等に含まれる) コメ付き動画サービスを呼び出すためのウェブ画面の表示は「譲渡等の申出」にならないか?「譲渡等の申出」もウェブサーバが海外なら海外実施か?" / Twitter 参照。

*26:原告は、「生産」については、次のように主張している:「原告は、属地主義の原則及び現行法を前提としても、侵害被疑者がサーバを外国に設置した場合にも日本の特許権侵害が成立するよう本件発明のクレームを構成したものである。そして、……被告システムについては、被告サーバにより上記の各ファイルを配信するという被告らの「生産」行為の開始が国外から行われているものの、上記の各ファイルの受信という「生産」行為の大部分が日本国内において行われるものである。そうすると、侵害という結果との関連において、被告システムの「生産」という実施が全体として見て日本国内で行われているものと同視することができ、このような被告らの行為は本件特許権を侵害するものということができる。」(強調は引用者)

*27:2022-05-22追記:控訴されたようである。栗原潔「ドワンゴが、対FC2特許権侵害訴訟で敗訴(4年ぶり2回目)」(2022)参照。

*28:東京地判平成30年9月19日(平成28年(ワ)第38565号)控訴審。事件番号を私は把握していない。

*29:どの部かは、私は把握していないが、特別部ではない(大合議事件ではない)ことは、知財高裁ウェブページの情報から明らかである。

*30:2022年7月30日現在、裁判所ウェブページで判決文が公開されていないため、私は詳細を把握していない。