特許法の八衢

FRAND料率が判示された裁判例 ― 東京地判令和7年4月10日(令和4年(ワ)第7976号)

1 本稿の目的

いわゆる標準必須特許のFRAND料率について判示された日本裁判例は、長らく、知財高大判平成26年5月16日(平成25年(ネ)第10043号)(「本判決」(東京地判令和7年4月10日(令和4年(ワ)第7976号))における呼称に従い、以下、この知財高大判を「アップルサムソン大合議判決」とも称する)が唯一のものであった。

これに対し、標準必須特許に関する海外の司法判断は、欧州を中心に、相次いで示され、その内容は“変化”している。

そのような中、最近判決が言渡され(言渡しから2ヶ月以上経てようやく裁判所ウェブサイトに掲載され)た、本件 東京地判令和7年4月10日(令和4年(ワ)第7976号)*1は、実務上極めて重要だと考えられることから、本判決の概要を速報として紹介する。

2 判決抜粋*2

2.1 事案概要および前提事実

原告は、別紙特許権目録記載1及び2の各特許(以下、「本件第1特許」及び「本件第2特許」といい、併せて「本件特許」という。また、本件特許に係る特許権を「本件第1特許権」及び「本件第2特許権」といい、併せて「本件特許権」という。なお、本件第1特許及び本件第2特許の願書に各添付された明細書及び図面を「本件第1明細書等」及び「本件第2明細書等」といい、併せて「本件各明細書等」という。)を保有している。
他方、被告は、別紙物件目録記載の製品型番の通信機器(以下「被告製品1」ないし「被告製品16」といい、併せて「被告製品」という。)を輸入販売等している。

本件は、原告が、被告製品が本件特許に係る発明の技術的範囲に属すると主張して、被告に対し、上記輸入販売等が本件特許権の侵害及び本件第1特許権の間接侵害を構成するとして、特許法100条1項及び2項に基づき、被告製品の輸入、譲渡、貸渡し又は譲渡若しくは貸渡しの申出等の差止め及び被告製品の廃棄を求めるとともに、
民法709条及び特許法102条3項に基づく損害賠償金の一部請求として、1000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(令和4年4月14日)から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

ア 原告は、韓国ソウル市に本社を置く、通信技術に関連する知的財産権を保有する会社であり、本件特許権を保有している。(……)

イ 被告は、日本においてグループ会社の製品であるスマートフォン等を輸入及び販売する会社であり、被告製品を輸入及び販売していた。

ウ ASUS TeK Computer Inc.(以下「ASUS台湾」といい、被告と併せて「被告側」ということがある。)は、台湾に本社を置く、被告のグループ会社の中核となる会社である。

被告製品は、LTE通信が可能な通信端末であり、LTE通信は、国際標準化団体3GPP(3rd Generation Partnership Project)が定めた標準規格に準拠している。そして、被告製品1ないし14は、当該規格の具体的内容が記載された規格書であるTS36.211 version15(……)に、被告製品15及び16は、同様の規格書であるTS36.211 version12(……。以下、両規格書を併せて「本件規格」という。)に、それぞれ準拠している。(……)

原告は、2013年2月7日、本件特許について、LTE規格を定める標準化団体であるETSI(European Telecommunications Standards Institute)のIPRポリシー(Intellectual Property Rights Policy)6.1条の定める公正かつ合理的で非差別的な(fair, reasonable and non-discriminatory)条件で、取消不能なライセンスを許諾する用意がある旨の宣言(以下、上記条件を「FRAND条件」と、当該宣言を「FRAND宣言」と、それぞれいう。)をした。

2.2 裁判所の判断

2.2.1 侵害論

被告製品は、本件発明の各構成要件をいずれも充足し、権利濫用*3及び本件発明の無効をいう被告の主張は、いずれも採用することができない。

2.2.2 FRAND条件下における差止請求

標準規格に準拠した製品の製造等に実施が必須となる特許(以下「標準必須特許」という。)を有する者が標準必須特許に対しFRAND宣言をした場合(以下、当該者を「必須宣言特許権者」という。)、上記製品の製造等をする者(以下「必須特許実施者」という。)は、標準必須特許についてFRAND条件によるライセンスを受けられることを前提として、上記製造等をすることになる。それにもかかわらず、必須宣言特許権者が、上記ライセンスを受けられるものと信頼している必須特許実施者に対し、標準必須特許に基づく差止めを請求することは、必須特許実施者の合理的な信頼を著しく損なうことになり、正義・公平の理念に反するものといえる。

他方、必須宣言特許権者は、上記ライセンスに係る実施料相当額を取得できることを前提として自らFRAND宣言をしたのであるから、上記実施料相当額を取得することができる場合には、必須特許実施者に対し差止請求をする必要性及び相当性を明らかに欠くものといえる。

そうすると、必須宣言特許権者が必須特許実施者に対し標準必須特許に基づく差止めを請求することは、必須特許実施者がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないという特段の事情がない限り、権利の濫用として許されないというべきである。

後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

ア 原告は、2020年6月12日、ASUS台湾に対し、原告が保有するLTE等の特許について、ライセンスを受けるよう求める旨の通知書を送付した。当該通知書に添付された特許リストには、「原告特許の代表的な一覧」と記載されており、本件特許の特許番号も記載されていた。(……)

イ ASUS台湾は、2020年7月10日、原告に対し、ASUS台湾は他社の知的財産権を尊重しており、解決策について真摯に協議する意思がある旨を表明した。(……)

ウ 原告は、2020年7月20日、ASUS台湾に対し、秘密保持契約の締結を要請し、同年8月7日、原告とASUS台湾との間で秘密保持契約が締結された。(……)

エ 原告は、2020年8月28日、ASUS台湾に対し、ライセンス条件を提示して説明したものの(以下「第1回交渉」という。)、①代表的な特許のクレームチャート、②ライセンス対象となる全ての原告保有特許の特許番号のリストが明らかではなかった。
そのため、原告は、ASUS台湾に対し、上記①及び②の内容を提示することを約束した。なお、原告は、この日の提案において、過去の損害額や今後の実施料率を示すとともに、原告は少なくとも●(省略)●*4個の標準必須特許(以下、当事者の表記に合わせて「SEP」ともいう。)を保有しており、Unwired Planet v. Huawei判決*5に照らして、料率を計算したと説明した。(……)

オ 原告は、2020年9月9日、上記約束に基づき、ASUS台湾に対し、ライセンス対象となる全ての原告保有特許の特許番号が記載されたリスト(上記②)を提示した。(……)

カ 原告は、2020年9月22日、上記約束に基づき、ASUS台湾に対し、代表的な特許10件のクレームチャート(上記①)を提示し、クレームチャートについて説明をするための電話会議を、同年10月26日の週に設けることを提案した。(……)

キ ASUS台湾は、2020年9月24日、原告に対し、ベンダからの説明が間に合わないことが予想されるため、同年10月26日の週の電話会議では原告の説明を聞くこととし、追って、ベンダからの返事を踏まえてASUS台湾の意見を伝えることでもよいかと尋ねた。(……)

ク 原告は、2020年10月27日、ASUS台湾に対し、同年9月22日に提示したクレームチャートの説明をした(以下「第2回交渉」という。)。
この際、原告は、原告が提示した特許番号のリストには、ASUS台湾の製品に関係の無い特許も含まれていることを認め、ASUS台湾に対し、このような特許を特定するように要請した。また、ASUS台湾は、ベンダとの間で秘密保持契約を締結したことのほか、同年12月中旬までにベンダの意見を連絡することを伝えた。(……)

ケ 原告は、2020年11月18日、原告がASUS台湾に対して事前にクレームチャートを送付していたにもかかわらず、ASUS台湾は第2回交渉に向けた準備が不足しており、同社のような大企業がベンダに確認しないと分からないというのは不誠実である旨通知した。(……)

コ ASUS台湾は、2020年11月20日、原告に対し、第2回交渉時に12月中旬までにベンダの意見も併せて返事をすると約束したこと、標準必須特許ではない2件については来週には回答すること、標準必須特許とされる8件については12月中旬までに回答すること、部品の機能等についてはベンダの技術的情報を頼る必要があること、●(省略)●件の特許ファミリーのうち約●(省略)●件は韓国のみをカバーしている特許であるため、韓国を市場としないASUS製品には関係がないこと、第2回交渉時に原告から要請を受けたASUS製品に無関係の特許の特定については、技術的な議論が長期化することを避けるため、当該特定作業はせずに、焦点を10件のクレームチャートに絞りたいことなどを伝えた。(……)

サ ASUS台湾は、2020年11月27日、原告に対し、クレームチャートに記載されていた特許2件について、非充足と無効を主張した。(……)

シ ASUS台湾は、2020年12月15日、原告に対し、標準必須特許とされる6件(本件第2特許に対応する米国特許を含む。)について、非充足を主張した。(……)

ス 原告とASUS台湾は、2020年12月23日から2021年4月23日にかけて、上記非充足及び無効主張(ASUS台湾は、前記で無効を主張した特許以外に対しても、無効主張を追加した。)について反論のやり取り等を行った。
これと並行して、原告は、2021年4月21日、ASUS台湾に対し、原告のライセンス提案に対する対案を要請し、ASUS台湾は、同月23日、原告に対し、原告の当初提案の具体的な算定根拠の提示を受けていない旨指摘した。(……)

セ 原告は、2021年5月13日、ASUS台湾に対し、2020年8月28日の当初の提案について、ライセンス条件の計算根拠をより具体的に提示した。(……)

ソ ASUS台湾は、2021年5月28日、原告に対し、原告が採用した累積ロイヤリティ料率は10年以上前の調査を基にしており、2019年以降の5Gの商業化や、Unwired Planet v. Huawei判決で決定されたLTEの累積ロイヤリティ料率から大幅に逸脱していることなどからすれば、原告の上記ライセンス条件はFRAND条件とはいえないことを指摘した。(……)

タ 原告は、2021年6月8日、ASUS台湾に対し、原告提示の条件はFRAND条件であることや、原告保有特許の大部分は5G規格もカバーしていることを主張した。(……)

チ ASUS台湾は、2021年8月3日、原告に対し、ライセンス条件の対案を提示した。
なお、この時点において、ASUS台湾は、原告から原告保有特許の全てが5G規格をカバーしていることの具体的な説明を受けていなかったため、当該対案は、原告保有特許がLTEのみをカバーしていることを前提に算出された。(……)

ツ 原告は、2021年8月28日、ASUS台湾に対し、米国で訴訟を提起した。(……)

テ 原告は、2021年12月22日、ASUSの日本法人である被告に対し、本件特許を含む10件のLTE規格等に準拠する特許について、ライセンス条件は既にASUS台湾に伝えているところ、ライセンスを受ける意思があれば回答されたい旨記載した通知書を送付した。(……)

ト 上記米国訴訟において、2021年12月27日、原告とASUS台湾との間で和解が成立した。(……)

ナ ASUS台湾は、2022年2月16日、被告に代わり、原告に対し、FRAND条件でライセンスを受ける意思がある旨伝えるとともに、本件特許を含む日本の特許のクレームチャートを提示するように要請した。(……)

ニ 原告は、2022年3月31日、本件訴訟を提起し、被告は、同年4月13日、訴状を受領した。(……)

ヌ ASUS台湾は、2022年4月15日、原告に対し、原告の特許が5G規格をカバーすると主張するので、5G規格との対応関係を示すクレームチャートを提示するよう要求してきたが、その提示がない旨指摘した。(……)

ネ 原告は、2022年4月22日、ASUS台湾に対し、5G規格の上記クレームチャートを提供する義務はないと考えていると付言しつつも、5G規格の代表的なクレームチャートを提示した。(……)

ノ ASUS台湾は、2022年4月27日、原告に対し、5G規格のクレームチャートをベンダに共有することを要請し、ASUS台湾は、同年5月27日に原告の了解が得られた直後、当該クレームチャートをベンダに提供した。(……)

ハ ASUS台湾は、2022年7月29日、原告に対し、5Gの特許4件について非充足と無効を主張し、原告とASUS台湾は、同年8月26日から11月21日にかけて、反論等のやり取りをした。(乙50ないし54、弁論の全趣旨)

ヒ ASUS台湾は、2022年12月8日、原告に対し、日本での販売データが用意できたことを伝え、電話会議を提案した。そして、ASUS台湾は、同月16日に開かれた電話会議において、原告に対し、日本での販売データを開示するとともに、5G端末だけでなくLTE端末も原告のLTE特許のライセンス対象に含めるなどしたライセンス条件を提示した。(……)

フ ASUS台湾は、2023年1月6日、原告に対し、同月20日から29日にかけては春節の休暇となるから、協議を希望する場合は春節に近すぎない頃にしてほしい旨伝えた。(……)

ヘ 原告は、2023年1月14日、ASUS台湾に対し、原告のFRAND料率に沿った数字であれば、柔軟に対応する旨伝えたところ、ASUS台湾は、同月19日、春節の休暇後に検討する旨返信した。(……)

ホ ASUS台湾は、2023年3月24日、原告に対し、標準必須特許でない特許についてライセンスを受ける必要性はないところ、昨年12月の電話会議において示されたロイヤリティ料率は、標準必須特許でない特許も含めた提案であるから、別の提案をするよう要請した。(……)

マ 原告は、2023年3月26日、ASUS台湾に対し、同社が意味のある対案を提示できていないことを指摘する一方で、標準必須特許のみのライセンスについて了承し、1特許当たり●(省略)●米ドルの条件を提示した。(……)

ミ 原告とASUS台湾は、2023年3月27日から同年4月20日にかけて、料率や具体的な金額、SEP件数の根拠等についてやり取りした。(……)

ム 原告は、2023年5月5日、ASUS台湾に対し、電話会議の開催を要請し、同月25日に電話会議が開かれた。原告は、当該電話会議において、LTE規格のSEPファミリーを少なくとも●(省略)●件保有していることのほか、その特許リストを追って開示することなどを伝えた。(……)

メ 原告は、2023年5月31日、ASUS台湾に対し、保有する特許リストを更新して、開示した。(……)

モ ASUS台湾は、2023年6月28日、電話会議において、原告が更新した上記特許リストを踏まえ、過去の販売台数に関し、トップダウンアプローチに基づく一括払いのライセンス料を提示した。(……)

ヤ ASUS台湾は、2023年8月8日、同年6月28日に提示した案に対する回答を催促したところ、原告は、同年8月29日、原告としては日本の裁判所の関与の下で、世界全体のライセンスに係る和解協議を行いたいと考えており、まずは同裁判所の指示に従って対応する予定である旨回答した。(……)

上記認定事実によれば、ASUS台湾は、本件特許を含むLTE規格等の特許について、原告からライセンスを受けるよう求められた際、速やかに、真摯に協議する意思があることを表明している上(認定事実イ)、改めて原告から、被告に対してライセンスを受ける意思の有無につき回答を求められた際も、FRAND条件でライセンスを受ける意思があることを表明していることからすると(同ナ)、被告及びASUS台湾は、少なくとも、FRAND条件によるライセンスを受ける意思を明確に表明していたことが認められる。

そして、上記認定に係る交渉経過をみても、ASUS台湾は、原告からの秘密保持契約の締結要請後、直ちに同契約締結に至り(認定事実ウ)、その後も直ぐに第1回交渉に応じてクレームチャート等の提示を求め(同エ)、クレームチャートの提示を受けてから約2か月後であって、同クレームチャートの説明を受けた第2回交渉時から約1か月後には、ベンダの意見も踏まえて充足論及び無効論の主張に至っていること(同カ、ク、サ、シ)、原告から具体的なライセンス条件の計算根拠を示された後、直ちに当該計算根拠に係る意見を述べ、約3か月後には対案を提示していること(同セ、ソ、チ)、原告に対して5G規格のクレームチャートを要求し、同クレームチャートを取得してから約3か月後に、5Gの特許について非充足等の意見を述べていること(同ヌ、ネ、ハ)、その後も料率等の根拠等について交渉を続け、特許リストの開示等の交渉状況に応じて複数回ライセンス条件を提示していること(同ヒ、ミ、モ)、以上の事実が認められる。

上記認定事実によれば、ASUS台湾は、原告からライセンスを受けるよう求められた際、速やかに真摯に協議する意思があることを表明して以降、秘密保持契約の締結、被告側におけるベンダとの協議、ライセンス対象となる特許の特定、当該特許の充足性及び有効性の確認、5G規格との対応関係の確認、ライセンス条件の確認及び交渉、春節休暇による中断その他の事情により時間を要したものの、被告は、原告とのライセンス交渉に対し、できる限りの対応をしていたものと認められる。

もっとも、上記認定に係る事前協議及び本件訴訟の和解協議にもかかわらず、原告と被告との間でFRAND料率に係る合意に至らなかったのは、後記(……)において詳述するとおり、当事者双方提示に係るFRAND料率が余りにも大きくかけ離れていたためである。
そして、前記に掲げる当事者双方の主張及び弁論の全趣旨によれば、その原因は、世界の主要国においては、原告提示に係るUnwired Planet v. Huawei判決その他のFRAND料率の算定方法に関する裁判例が時代の変化に応じて国際的に展開する一方、日本においては、アップルサムソン大合議判決以降約10年間にわたり、国際的な上記展開を踏まえた裁判例がなく、本件に現れた諸事情を踏まえても、FRAND料率の算定方法が必ずしも日本の実務に定着していないことに帰するものといえる。

これらの事情の下においては、被告がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないという特段の事情があることを認めることはできない。

したがって、原告が被告に対し本件特許権に基づく差止めを請求することは、権利の濫用として許されない。

これに対し、原告は、①ベンダへの確認は不要であるにもかかわらずそれを理由に回答を引き延ばしたこと、②対案の提示が不合理に遅い上、FRAND条件から著しく乖離した料率に約2年も固執したこと、③5G規格のクレームチャートは不要であるにもかかわらず提示を要請したこと、④グローバルライセンスによる解決を拒否し続けたこと、⑤春節休暇を口実に交渉を遅延させたことなどのASUS台湾及び被告の交渉態度からすれば、被告側は誠実に交渉してきたとはいえず、被告はFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有する者とはいえない旨主張する。

しかしながら、FRAND料率に係る合意に至らなかった根本的な原因は、その算定方法が必ずしも日本の実務に定着していないことに帰することは、上記において説示したとおりである。そうすると、被告側提案に係るFRAND料率が原告提案に係るFRAND料率と乖離しており、その乖離が約2年続いたとしても、前記認定に係る事情を踏まえれば、前記特段の事情を認めるに足りるものとはいえず、原告が縷々主張するところは、いずれも採用の限りではない。
もっとも、原告の主張は、中核的争点に関連するものであるとも一応いえるため、原告の主張に対し、念のため、上記①ないし⑤の順に判断を簡潔に示すこととする。

① ASUS台湾は、部品レベルの機能やチップセットの動作の詳細については、ベンダから技術的情報の提供を受けなければならないことなど、ベンダへの確認が必要な理由を原告に繰り返し説明しており(……)、充足論等の検討に当たりベンダへの確認自体は一応合理的なものであることを踏まえると、ベンダへの確認が不当な引き延ばしに当たるとまでいうことはできない。

② 原告は、第1回交渉時において、少なくとも●(省略)●個のSEPを保有しており、Unwired Planet v. Huawei判決に照らし、その数に基づいて料率を計算したと述べたのみで、具体的な計算過程や料率の合理性等は2021年5月13日まで示さなかったことを踏まえると(……)、同年8月3日の対案の提示が不合理に遅いということはできない。

③ 原告は、5G規格のクレームチャートは不要であった旨主張するものの、原告自身が料率算定の根拠にしたというUnwired Planet v. Huawei判決をみても、他の通信規格とLTE規格の割合を一応考慮しているのであるから、5G規格のクレームチャートは不要であったということはできない。

④ FRAND料率は、本来的には必須宣言特許権者と必須特許実施者との間で誠実交渉し可及的速やかにグローバルで合意されるべきものであることは、後記……において説示するとおりである。
しかしながら、FRAND料率の算定方法が必ずしも日本の実務に定着していないため、本件において当事者双方提示に係るFRAND料率が余りにも大きくかけ離れていたことは、前記認定のとおりである。
これらの事情を踏まえると、グローバルライセンスによる解決が現実的ではなく、まずは本件特許に限った合意を目指すべきとする立場をとることも、少なくとも本件に限っては必ずしも不合理なものとはいえない。
そうすると、グローバルライセンスによる解決を拒否することは、標準必須特許のグローバルな性質に鑑みると、一般的には、FRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないことを推認すべき事情となり得るものの、少なくとも本件に限っては、上記推認の基礎を欠くというべきである。

⑤ 春節休暇についても、事前に休暇で対応ができなくなる可能性が高いことを伝えている上、休暇の終了から約2か月後に具体的な反論をしていることからすれば(……)、不当に交渉を遅延させたということはできない。

⑥ その他に、米国訴訟中の交渉態度、不必要な質問その他の原告が縷々指摘する事情を踏まえても、被告の交渉態度に直ちに不誠実なところがあったということはできず、前記特段の事情があることを認めるに足りない。

2.2.3 FRAND条件下における損害賠償請求

標準必須特許を有する者がこれに対しFRAND宣言をした場合、必須特許実施者は、標準必須特許についてFRAND条件によるライセンスを受けられることを前提として、当該標準規格に準拠した製品の製造等をすることになる。それにもかかわらず、必須宣言特許権者が、上記ライセンスを受けられるものと信頼している必須特許実施者に対し、上記ライセンスに係る実施料相当額を超える損害賠償を請求することは、必須特許実施者の合理的な信頼を著しく損なうことになり、正義・公平の理念に反するものといえる。

他方、必須宣言特許権者は、上記実施料相当額を取得できることを前提として自らFRAND宣言をしたのであるから、上記実施料相当額を取得することができる場合には、必須特許実施者に対し上記実施料相当額を超える損害請求をする必要性及び相当性を明らかに欠くものといえる。

そうすると、必須宣言特許権者が必須特許実施者に対し標準必須特許に基づく上記実施料相当額を超える損害賠償を請求することは、必須特許実施者がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないという特段の事情がない限り、権利の濫用として許されないというべきである。

前記……によれば、被告がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないという特段の事情があることを認めることはできない。
したがって、原告が被告に対し本件特許権に基づくFRAND条件によるライセンスに係る実施料相当額を超える損害賠償を請求することは、権利の濫用として許されない。

2.2.4 損害額の算定

特許法102条3項は、特許権侵害の際に特許権者が請求し得る最低限度の損害額を法定した規定であり、「特許権者又は専用実施権者は、故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対し、その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。」と規定している。そうすると、同項による損害は、原則として、侵害品の売上高を基準とし、そこに、実施に対し受けるべき料率を乗じて算定すべきである。
そして、実施に対し受けるべき料率は、①当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や、それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ、②当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性、他のものによる代替可能性、③当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様、④特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して、合理的な料率を定めるべきであり(知的財産高等裁判所平成30年(ネ)第10063号令和元年6月7日特別部判決〔令和元年大合議判決〕)、上記の理は、FRAND条件による標準必須特許の実施に対し受けるべき料率(以下「FRAND料率」という。)についても異なるところはない。

そして、FRAND料率については、標準規格に準拠した製品の製造等に実施される標準必須特許のグローバルな性質及び膨大な特許数に鑑みると、
①当該標準必須特許の実際の実施許諾契約における実施料率や、それが明らかでない場合には業界における実施料のグローバルな相場等も考慮に入れつつ、
②膨大な特許数の個別価値をそれぞれ認定するのは実務上困難であるから、各標準必須特許の価値が全て同一であるものと推認し、全標準必須特許の価値を全標準必須特許の数で割ることによって一標準必須特許の価値を算定する一方、当該標準必須特許の実施料率を累積した実施料の合計額が合理的な範囲にとどまるようにすべきであり、
③この場合において、全標準必須特許を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献を考慮するほか、
④FRAND料率は、文字どおり公正かつ合理的で非差別的な条件をもって、本来的には必須宣言特許権者と必須特許実施者との間で誠実交渉し可及的速やかにグローバルで合意されるべきものであるから、当該合意を後押しする観点から、当事者間の交渉経過、必須特許実施者におけるFRAND条件によるライセンスを受ける意思その他訴訟に現れた諸事情を総合考慮して、合理的な料率を定めるべきである。

⑴ 基本的枠組み

前記認定に係る交渉経過等及び弁論の全趣旨によれば、侵害品である被告製品の売上高を基準とし、そこに、FRAND条件による本件特許の実施に対し受けるべき料率(以下「本件FRAND料率」という。)を乗じて算定することとし、本件FRAND料率については、LTE規格に係る全標準必須特許の実施料率(以下「LTE規格全実施料率」という。)をLTE規格に係る全標準必須特許の数(以下「LTE規格全特許数」という。)で割り、これに本件特許の数を乗ずることによって算定するのが相当である。

もっとも、LTE規格全実施料率について、原告は、●(省略)●を直接の根拠として27%であると主張するのに対し、被告は、LTE規格に準拠していることが売上げに寄与したと認められる割合(以下「LTE規格寄与率」という。)を25%とした上、Unwired Planet v. Huawei判決、TCL v. Ericsson判決、Huawei v. Samsung判決(……)が示したLTE規格の累積ロイヤリティ料率(以下、単に「累積ロイヤリティ料率」という。)の各中間値の平均値7.9%を、上記25%(LTE規格寄与率)に乗じた0.0198%とすべきであるとし、当事者双方提示に係る本件FRAND料率が余りにも大きくかけ離れていたため、当事者間において合意に至らなかったものである。

このような交渉経過等を踏まえ、本件においては、FRAND料率の算定方法、売上高、LTE規格全実施料率及びLTE規格全特許数の順で、以下検討する。

⑵ FRAND料率の算定方法

……

被告は、LTE規格寄与率25%に対し、Unwired Planet v. Huawei判決、TCL v. Ericsson判決、Huawei v. Samsung判決で示された累積ロイヤリティ料率の各中間値の平均値7.9%を乗じた0.0198%とすべきであると主張する。

そこで検討するに、Unwired Planet v. Huawei判決は、「累積ロイヤリティ料率」を8.9%としているところ、同判決は、4Gの売上高に対し、4Gの全標準必須特許に係る実施料率として「累積ロイヤリティ料率」を乗じていると解されることからすると、同判決にいう「累積ロイヤリティ料率」とは、本件にいう「LTE規格全実施料率」と同義をいうものであり、この理は、被告指摘に係るTCL v. Ericsson判決、Huawei v. Samsung判決についても異なるところはない。
そうすると、被告の主張は、本判決にいう「LTE規格全実施料」に対し、更に「LTE規格寄与率」を重ねて乗ずるものであるから、極めて過小な実施料率を算定するものであり、実施料のグローバルな相場等に照らしても、合理的なものといえないことは明らかである。

これに対し、被告は、本判決にいう算定方法について、アップルサムソン大合議判決にいう「規格に準拠していることの貢献割合」を考慮していないため、同大合議判決に反する旨主張する。

しかしながら、本判決にいう「LTE規格全実施料率」は、いわゆるロイヤリティ・スタッキングの防止という観点から、当該標準必須特許の実施料率を累積した実施料の合計額が合理的な範囲にとどまるように算定されるべきものであり、かつ、全標準必須特許を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献を考慮して算定されるべきものであることは、上記において説示したとおりである。そうすると、被告の主張は、アップルサムソン大合議判決でいえば、「規格に準拠していることの貢献割合」を実質的には2回重ねて乗ずることになるから、極めて過小な実施料率を算定するものである。

したがって、被告の主張は、アップルサムソン大合議判決にいう「累積ロイヤリティ」と、Unwired Planet v. Huawei判決にいう「累積ロイヤリティ」について、その文言を形式的に捉えてこれらを同義の概念であると誤解するものであり、両判決の趣旨目的を正解するものとはいえない。

そもそも、損害額の算定は、当事者の主張立証の限度において裁判所の総合的かつ裁量的な判断で定められるべきところ、アップルサムソン大合議判決においては、当事者双方において「累積ロイヤリティ料率」を5%とすることを前提として主張がされていたのに対し、本件においては、アップルサムソン大合議判決にいう「累積ロイヤリティ料率」なる概念が具体的かつ正確に主張立証されていないのであるから、当該概念を前提とする算定方法は、少なくとも本件に適切なものとはいえず、また、当事者双方の主張立証及び標準規格の内容が異なる以上、アップルサムソン大合議判決が示したFRAND料率と本件FRAND料率を比較するのも、当を得たものとはいえない。

のみならず、アップルサムソン大合議判決の後においては、令和元年大合議判決が、特許法102条3項の算定方式全般の重要な指針を改めて示しているのであるから、FRAND料率については、標準必須特許のグローバルな性質に鑑みても、令和元年大合議判決が説示する判断枠組みに基づき、裁判例の国際的な展開をも踏まえ、日本においてもグローバルな変化に対応し、FRAND料率を認定するのが相当である。

……

原告は、●(省略)●を直接の根拠として、27%とすべきであると主張する。

そこで検討するに、「LTE規格全実施料率」は、当該標準必須特許の実施料率を累積した実施料の合計額が合理的な範囲にとどまるようにすべきものであることは、前記において説示したとおりである。しかしながら、●(省略)●27%は、基本的には、各社算定に係るロイヤリティ料率を累積するなどしたものであり、その具体的な根拠も直ちに明らかではないことからすると、原告の主張に係る「LTE規格全実施料率」は、累積した実施料の合計額が合理的な範囲にとどまるものとはいえない。

また、原告は、特許権侵害に当たることが判明した本件においては、いわゆる侵害プレミアムとして、特許法102条4項に基づく考慮をすべきであるから、ライセンス交渉段階における料率よりも、高いFRAND料率が採用されるべきである旨主張する。

しかしながら、FRAND料率は、文字どおり公正かつ合理的で非差別的な条件をもって合意されるべきものであることは、前記において説示したとおりである。

そうすると、当事者双方においてFRAND条件の算定方法についての認識の相違はあったものの、被告は同条件によるライセンスを受ける意思を有していたといえるから、原告主張に係る事情は、FRAND条件の性質に照らし、FRAND料率を増額する事情をいうに足りない。

⑶ 売上高

被告製品の売上高(被告LTE製品は●(省略)●円、被告5G製品は●(省略)●円)は、合計●(省略)●である(弁論の全趣旨)。

⑷ LTE規格全実施料率

ア 前記認定に係る交渉経過によれば、Unwired Planet v. Huawei判決が当事者間において交渉の念頭に置かれていたところ、証拠(……)によれば、LTE規格全実施料率について、UnwiredPlanet v. Huawei判決(2017年)は8.8%(……)、TCL v. Ericsson判決(2017年)は6~10%(……)、Huawei v. Samsung判決(2018年)は6~8%(……)が相当であるとされ、その上限の平均値は、8.9%であることが認められる。そして、証拠(……)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品には、LTE通信のみならず5G通信にも対応している製品(被告製品1ないし14〔被告5G製品〕)と、LTE通信には対応しているものの5G通信には対応していない製品(被告製品15及び16〔被告LTE製品〕)が認められるところ、いずれもWi-Fi及びBluetoothの無線通信機能を有していることが認められる。また、証拠(……)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品は、カメラ、CPU、ディスプレイ、バッテリー、オーディオ機能を始め、製品によっては、端末冷却機能や背面のサブディスプレイ、指紋認証システム等を有するなど、通信機能以外にもその売上げに貢献している部分が認められるほか、被告及びASUS台湾によるマーケティング活動によって、被告製品は低価格で品質が良いというブランドイメージが形成され、これが一定程度売上げに貢献していることが認められる。
これらの事情のほか、本件に現れた諸事情を総合考慮すれば、LTE規格全実施料率は、9%であると認めるのが相当である。

もっとも、被告5G製品は、当事者双方の主張立証の限度で検討すれば、LTE規格全実施料率を基準として、LTE通信の上位互換である5G通信の機能を更に総合的に考慮するのが相当である。
そして、上記認定事実のほか、LTE通信と5G通信は、2G通信及び3G通信とは大きく異なり、いずれもOFDMシンボルによる送受信を採用するなど共通性が高いこと、その他本件に現れた諸事情を総合考慮すれば、被告5G製品に限り、LTE規格全実施料率は、8%の限度で認めるのが相当である。

イ これに対し、原告は、FRAND条件によるライセンス料相当額を算定するに当たっては、比較アプローチによる算定結果を参酌すべきである旨主張する。
そこで検討するに、比較可能なライセンス契約があればこれを考慮することができることは、前記説示に係る算定方法のとおりである。
しかしながら、原告が締結した他社とのライセンス契約(●(省略)●)をみても、●(省略)●ことが認められる。これらの事情を踏まえると、少なくとも上記ライセンス契約は、比較可能なライセンス契約というに足りず、原告にいう比較アプローチに適するものとはいえない。
また、原告は、5G通信可能な場所は限定的であるから、被告5G製品と被告LTE製品との間で、LTE規格全実施料率を変える理由はない旨主張する。
しかしながら、5G通信可能な場所が限定的であったとしても、LTE通信の上位互換である5G通信が可能な場所が存在する以上、被告5G製品におけるLTE規格の貢献は、5G通信が不可能である被告LTE製品におけるものよりも、その分少なくなると認めるのが相当である。
この理は、原告自身において主張の根拠とするUnwired Planet v. Huawei判決(……)が説示するところとも、整合するものといえる。
したがって、原告の主張は、いずれも採用することができない。

⑸ LTE規格全特許数

原告は、Unwired Planet v. Huawei判決を踏まえ、LTE規格の標準必須特許のファミリー数は約800件とすべきである旨主張するのに対し、被告は、Unified Patentsの調査(……)によれば、LTE規格のFRAND宣言された特許ファミリーは、無作為抽出した1万6036件のうち1817件であり、その無作為抽出した件数は全数ではないから、その特許ファミリーは、少なくとも1817件存在する旨主張する。

そこで検討するに、証拠(……)及び弁論の全趣旨によれば、Unified Patentsによる調査を踏まえると、LTEに関してFRAND宣言された特許ファミリーについて、無作為に抽出した1万6036件のうち、1817件が当該特許ファミリーであったことが認められる。

しかしながら、技術常識及び弁論の全趣旨を踏まえれば、当該特許の有効性等に鑑みると、FRAND条件によるライセンスの対象となるべき特許数は、これよりも少ないものと推認するのが相当である。他方、Unwired Planet v. Huawei判決(……)によれば、LTE規格全特許数は、約800件とされているところ、当該判決が2017年のものであり、技術常識及び弁論の全趣旨によれば、その後にLTE規格に採用された標準必須特許は増加したことが十分にうかがわれることからすると、少なくとも現時点においては、上記の件数を直ちに採用するのは相当ではない。

その他に、当事者双方の主張立証の内容その他本件に現れた諸事情を総合考慮すれば、LTE規格全特許数は、1300件と認めるのが相当である。

なお、本件特許の数についてみると、本件特許は、上記にいう同一の特許ファミリーに属するものであるから(弁論の全趣旨)、当事者双方の主張立証の内容その他本件に現れた諸事情を総合考慮すれば、本件特許の数は、FRAND条件によるライセンス料相当額の算定に当たっては、上記1300件と単位を合わせるのが相当であるから、1件として計算すべきことになる。

以上によれば、FRAND条件によるライセンス料相当額は、被告製品の売上高(被告LTE製品●(省略)●円、被告5G製品●(省略)●円)に対し、LTE規格全実施料率(被告LTE製品9%、被告5G製品8%)を乗じた上、LTE規格全特許数(1300件)で割るのが相当であるから、以下の計算式のとおり、損害額は、合計●(省略)●円となる。

⑴ 被告LTE製品
●(省略)●円×9%÷1300=●(省略)●円

⑵ 被告5G製品
●(省略)●円×8%÷1300=●(省略)●円

3 雑感

3.1 FRAND条件によるライセンスを受ける意思

本判決は差止請求につき、「必須宣言特許権者が必須特許実施者に対し標準必須特許に基づく差止めを請求することは、必須特許実施者がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないという特段の事情がない限り、権利の濫用として許されないというべきである。」と判示している。
これは、アップルサムソン大合議判決の判決言渡と同日になされた、知財高裁特別(大合議)部による2つの決定*6が、ともに、「必須宣言特許についてFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有する者に対し,FRAND宣言をしている者による特許権に基づく差止請求権の行使を許すことは,相当ではない。」と述べており、本判決もこれに沿ったものである。

また、本判決は損害賠償請求につき、「必須宣言特許権者が必須特許実施者に対し標準必須特許に基づく上記実施料相当額を超える損害賠償を請求することは、必須特許実施者がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないという特段の事情がない限り、権利の濫用として許されないというべきである。」と述べる。
こちらについては、アップルサムソン大合議判決の判示「FRAND宣言をした特許権者が,当該特許権に基づいて,FRAND条件でのライセンス料相当額を超える損害賠償請求をする場合,そのような請求を受けた相手方は,特許権者がFRAND宣言をした事実を主張,立証をすれば,ライセンス料相当額を超える請求を拒むことができると解すべきである。これに対し,特許権者が,相手方がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しない等の特段の事情が存することについて主張,立証をすれば,FRAND条件でのライセンス料を超える損害賠償請求部分についても許容されるというべきである。」と同趣旨であり、先例に沿ったものと言える。

本判決で重要な点の一つは、裁判所が、両当事者による交渉過程を詳細に検討して、〈必須特許実施者=被告にFRAND条件によるライセンスを受ける意思がある〉*7と判断している点であろう。

必須特許実施者にFRAND条件によるライセンスを受ける意思があるか否か(ひいては、誠実交渉義務を果たしているのか)の認定判断は、欧州において(とくに差止請求との関係で)重視されている。

欧州では、この認定判断につき、Huawei v. ZTE欧州司法裁判所(CJEU)判決*8で示された判断枠組みをベースに議論が深められてきた*9

本判決もこのCJEU判決の判断枠組みを参考にしていると思われ、本判決の詳細な認定判断は、実務において参考になるだろう。

3.2 FRAND料率

FRAND料率につき、まず、本判決が「原告と被告との間でFRAND料率に係る合意に至らなかったのは……当事者双方提示に係るFRAND料率が余りにも大きくかけ離れていたためである。……その原因は、世界の主要国においては、原告提示に係るUnwired Planet v. Huawei判決その他のFRAND料率の算定方法に関する裁判例が時代の変化に応じて国際的に展開する一方、日本においては、アップルサムソン大合議判決以降約10年間にわたり、国際的な上記展開を踏まえた裁判例がなく、本件に現れた諸事情を踏まえても、FRAND料率の算定方法が必ずしも日本の実務に定着していないことに帰するものといえる。」と、日本の“遅れ”を指摘している点が、非常に興味深い。

さらに、「アップルサムソン大合議判決の後においては、令和元年大合議判決が、特許法102条3項の算定方式全般の重要な指針を改めて示しているのであるから、FRAND料率については、標準必須特許のグローバルな性質に鑑みても、令和元年大合議判決が説示する判断枠組みに基づき、裁判例の国際的な展開をも踏まえ、日本においてもグローバルな変化に対応し、FRAND料率を認定するのが相当である。」と、〈アップルサムソン大合議判決は時代遅れである〉とでも述べているような判示も目を引く。

それでは、アップルサムソン大合議判決はどのようなものなのか。以下に引用する*10

まず本件製品2及び4の売上高合計のうち,UMTS規格に準拠していることが貢献した部分の割合を算定し(後記(3)ア),次に,UMTS規格に準拠していることが貢献した部分のうちの本件特許が貢献した部分の割合を算定する(同イ)。UMTS規格に準拠していることが貢献した部分のうちの本件特許が貢献した部分の割合を算定する際には,累積ロイヤリティが過剰となることを抑制する観点から全必須特許に対するライセンス料の合計が一定の割合を超えない計算方法を採用することとし(同(ア)),本件においては,他の必須特許の具体的内容が明らかでないことから,UMTS規格に必須となる特許の個数割りによるのが相当である(同(イ))。

(3) 具体的な計算

ア UMTS規格に準拠していることの貢献部分
上記の売上高の合計のうち,UMTS規格に準拠していることが寄与した部分としては,本件製品2について,売上高合計の●●パーセント,本件製品4について売上高合計の●●パーセントとするのが相当であり,FRAND条件によるライセンス料相当額を認定するにあたっては,同割合を乗じた金額を基礎とすべきである。
……UMTS規格に準拠していることが本件製品2及び4の売上高合計に貢献しているとしても,寄与の程度はその一部に留まるもので,その余の売上高合計はUMTS規格に準拠していることに影響されることなく達成されたものといえる。そうすると,本件特許に対するFRAND条件でのライセンス料相当額を認定するに際しては,UMTS規格に準拠していることが,本件製品2及び4の売上高合計に貢献していると認められる部分のみを基礎とすべきである。

……

イ 本件特許の貢献部分
さらに,本件特許についてのFRAND条件による実施料相当額としては,本件製品2及び4の売上合計のうちUMTS規格に準拠していることが寄与したと認められる金額のうちの後記(エ)の計算式に記載とおりの割合であるとするのが相当である。

(ア) 累積ロイヤリティの上限について
ETSIのIPRポリシーが定められた目的は,「規格の準備及び採用,適用への投資が,規格又は技術仕様についての必須IPRを使用できない結果無駄になる可能性があるというリスクを軽減する」(3.1項)ところにあるとされている。かかる目的を達成するためには,個々の必須特許についてのライセンス料のみならず,個々の必須特許に対するライセンス料の合計額(累積ロイヤリティ)も経済的に合理的な範囲内に留まる必要があると解すべきである。すなわち,UMTS規格と同様に,ある規格を実現するためには多数の必須特許が存在することがしばしばある。このような場合,個々の特許権に対するライセンス料率の絶対値が低廉であったとしてもライセンス料の合計額は当該規格に準拠することが経済的に不可能になるほど不合理に大きなものとなる可能性がある。また,同一分野で新たな標準が作られる場合には,従前の技術との互換性を保つために従来の標準技術もその中に取り入れることがしばしば行われるため(「標準の連鎖」),標準規格の策定が後になればなるほど,必須特許の数が増大する傾向があるといえる。ライセンス料の合計額が不合理に大きくなるのであれば,必須特許について仮にライセンスを受けられたとしてもこれを使用することは現実には不可能になり,「投資が・・・必須IPRを使用できない結果無駄になる可能性があるというリスクを軽減する」とのETSIのIPRポリシーの目的を達成することができなくなる事態が発生する。したがって,ETSIのIPRポリシーのもとで行われた本件FRAND宣言は,ライセンス料の合計額を合理的な範囲内に留めることをもFRAND条件の一内容として含んでいると理解され,FRAND条件によるライセンス料相当額を定めるに当たっても,かかる制限は必然的に生じると解するのが相当である。
そこで,次に,本件におけるライセンス料の合計額の上限をどの程度に設定するのが相当であるかを判断する。本件訴訟において,控訴人,被控訴人とも累積ロイヤリティを5パーセントとすることを前提として主張をしており,また,前記(1)エのとおり,UMTS規格の必須特許を保有する者の間では,累積ロイヤリティが過大となることを防ぐ観点から,累積ロイヤリティを5パーセント以内とすることを支持する見解が多くあることに照らすならば,本件特許についてのFRAND条件によるライセンス料相当額を認定するに際しては,UMTS規格に対する累積ロイヤリティが,UMTS規格に準拠していることが本件製品2及び4の売上げに貢献したと認められる部分(本件製品2について●●パーセント,本件製品4について●●パーセント)の5パーセントとなる計算方法を採用することが相当である。

……

(ウ) UMTS規格の必須特許の個数について
FRAND条件でのライセンス料相当額を算定するに当たってのUMTS規格の必須特許の個数は,529個を採用する。

……

(エ) 小括
そうすると,本件特許の本件製品2及び4の売上げ合計に対する寄与の割合は,UMTS規格に準拠していることの貢献部分の割合(前記ア)に,累積ロイヤリティの上限の割合(前記(ア))を乗じ,これを必須と認められる特許の数(前記(ウ))で除することになるから,次の計算式のとおりとなる。

(計算式)
本件製品2 ●●%×5%×1/529≒●(省略)●%
本件製品4 ●●%×5%×1/529≒●(省略)●%

以上を要するに、アップルサムソン大合議判決では、
(必須特許1件にあたりの)FRAND料率を、
【売上に標準規格への準拠が貢献した割合 × 累積ロイヤリティ料率(標準必須特許全てあわせた場合の料率) × 1/標準必須特許総数】
と算定している。

これに対し、本判決では、
(必須特許1件にあたりの)FRAND料率を、
【累積ロイヤリティ料率(本判決では「LTE規格全実施料率」と表記) × 1/標準必須特許総数】
として算定している。

すなわち、本判決では、「売上に標準規格への準拠が貢献した割合」を乗ずることなく、FRAND料率を算定している。

もっとも、本判決では、『累積ロイヤリティ料率(「LTE規格全実施料率」)』を製品に応じて変化させており(「被告LTE製品」では9%である一方、「被告5G製品」では8%)*11、裁判所の工夫を評価したいところだが、理論的には疑問がないとは言いがたい。

というのも、本判決では、「被告製品は、カメラ、CPU、ディスプレイ、バッテリー、オーディオ機能を始め、製品によっては、端末冷却機能や背面のサブディスプレイ、指紋認証システム等を有するなど、通信機能以外にもその売上げに貢献している部分が認められる」と述べており、通信機能以外にも、製品ごとに売上に貢献している機能が異なるにも拘わらず、通信機能(5G対応か否か)の違いだけに着目にして、累積ロイヤリティ料率(「LTE規格全実施料率」)を異ならせる理由が不明だからである。
例えば、「背面のサブディスプレイ」の顧客吸引力が高いのであれば、「背面のサブディスプレイ」の有無によっても、LTE規格による通信機能が売上に貢献している割合(「LTE規格全実施料率」とほぼ同義と考える)が変わる(「背面のサブディスプレイ」が有る製品のほうが、無い製品よりも、「LTE規格全実施料率」が低くなる)はずだろう。

3.3 おわりに

本判決は、上述のような疑問点もあるが、標準必須特許に関する議論を喚起し、日本における実務・理論を進展させるものとして、高く評価すべきだと考える。

更新履歴

  • 2025-06-21 公開
  • 2025-06-22 「3.2 FRAND料率」について追記、および、若干の修正
  • 2025-07-10 「1 本稿の目的」の第1文目を明確化のため微修正

*1:裁判体:中島基至・武富可南・古賀千尋。

*2:強調は引用者による。また、項名(例:「事案概要および前提事実」)も引用者が名付けたものである。さらに、読みやすさを考慮し、引用者が改行を付加した部分がある。

*3:引用者注;裁判所判断の詳細:「被告は、本件第1発明及び本件第2発明5は、基地局によるPHICHのマッピング方法に特徴を有する発明であり、移動局の発明として特徴的な構成を何ら有していないため、上記各発明の技術的価値は基地局が行う方法にあるから、被告のような移動局の販売業者に対して特許権を行使することは、権利の濫用に当たる旨主張する。しかしながら、本件各明細書等……の記載によれば、本件発明は、PHICHのマッピング方法を提供するものであり、送受信の信号自体に特徴的な構成を有するものであるから、移動局の発明としても十分に特徴的な構成を有しているというべきである。そうすると、本件発明が移動局の発明として特徴的な構成を何ら有していないという被告の主張は、その前提を欠くものといえる。その他に、少なくとも本件において、原告による本件特許権の行使が権利の濫用に当たる事情を認めることはできない。」

*4:引用者注:裁判所ウェブサイトに掲載された判決書(PDFファイル)のまま。同様の表記につき以下同じ。

*5:引用者注:第1審判決([2017] EWHC 711 (Pat))のことだと考えられる。

*6:平成25年(ラ)第10007号事件決定および平成25年(ラ)第10008号事件決定。

*7:正確には、〈被告がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないという特段の事情があることを認めることはできない〉。

*8:Case C-170/13, Huawei Technologies Co. Ltd v ZTE Corp. and ZTE Deutschland GmbH, ECLI:EU:C:2015:477.

*9:さしあたり、特許庁『標準必須特許のライセンス交渉に関する手引き(第2版)』(2022)8頁以下参照。

*10:強調等は、本件判決の引用と同様、引用者による。

*11:アップルサムソン大合議判決では、「売上に標準規格への準拠が貢献した割合」を製品ごと変化させていた。