法学文書における「据わり」の意義

法学文書において「据わり」という表現が用いられることがある。例えば、以下のものである(強調は引用者;以下同)。

「知的創作や努力のためのインセンティブ確保」を正当化理由の一類型として掲げる書物は少ない。その原因のひとつは、日本の独禁法に21条という条文があるため、上記のような議論がそちらに吸着されてしまっていることにある。米国やEUには日本の21条に相当する条文はない。米国やEUにも対応できる一般的枠組みを構築するには、この問題を21条の問題として論ずるのでなく、正当化理由の一類型だと位置付けて論じたほうが、据わりがよい
……。
独禁法21条は、知的財産法による「権利の行使と認められる行為」を独禁法の適用除外としている。
……。
かりに21条がなくとも、インセンティブ確保のために必要な権利行使は正当化理由があるとされるし、そうとはいえないほど反競争性が強いものについては違反とされる。そうすると、21条は、あってもなくてもよい規定であるということになる。「知的財産権独禁法」をめぐる議論は、21条でなく、正当化理由に関する問題であるとして一般的に位置付けたほうが据わりがよく、外国競争法とのインタフェイスも円滑に保つことができるようになる。
*1

例外的に、試作品が製作されたわけでもなく、特殊的投資がなされたわけでもない単なる構想段階の製品(B)について事業の準備を認める説示をなした判決がないわけではないが(……)、ほかに実際に製品化にまで至った製品(A)が存在したという事件であり、むしろ、B製品は事業の準備をなしていた製品(A)の実施形式の変更として許容される範囲内として先使用が肯定された事件であると理解するほうが据わりがよい(判旨自身、駄目押しとしてその点を強調している)。
……。
……試作品が完成していたにもかかわらず事業の準備があるとは認められなかった例として、2万5千円の侵害製品を1台販売し、ほかに1台を試用品として供給したという事実があったとしても、本格的な製造、販売に至らなかったという事案で、実施の事業またはその準備をなしていたとは認められないとした判決がある(……)が、試作品を製作し販売した実績があったとしても事業の「準備」にはならないとする判決として理解すべきではなく、むしろ、試作品を製作、販売後、ただちに事業に至らなかった場合には、「事業」の準備とは認められない、という帰結を示したものとして理解するほうが、他の裁判例との整合性の点で据わりがよい
*2

「据わり」は、国語辞典では「ある物を他の物の上に置いたときなどの物の安定度。おちつきぐあい。」「心や考えなどのおちつき。」等と説明されるが、これだけでは、上に掲げたような法学文書のおける「据わり」の意義が理解しにくいように思う。

法学文書のおける「据わり」の意義については、法理論・法解釈に関する次の言説が参考になる。

「理論」とは、簡単に言えば、「個別の複数の事象を統一的に説明できる法則」である。
例えば、過去に先例AとガイドラインBとが出ているとする。それらに共通する法則を発見して言葉にしたものが「理論」である。法則の発見と言語化だけでも知的には有益であるが、理論の役目はそれだけではない。公取委は今後も、先例AやガイドラインBと同じ考え方に沿って動くであろう。そうであるとすると、理論を知っていれば、新たな事例Cにおいて公取委がどう動くかを予測することができる。
もちろん、現状を説明する理論に飽き足らないならば、現状を改革する理論を打ち立てるという取組をすることも考えられる。つまり、先例AやガイドラインBを批判し、新たな事例CやDでは改革理論が妥当すべきことを説く。しかしその際、思いつきで改革を主張しても説得力はない。改革理論は、先例AとガイドラインBのそれぞれの短所を矛盾なく指摘でき、事例Cと事例Dの望ましい解決方法を統一的に説明できるものでなければならない。
*3

……知的財産法に限らず、世の中には多種多様な多数の法があり、不定型のアメーバのようにたえず変形しながら動いているわけですから、どうしても相互に矛盾するところが出てきます。そのような中で、法の解釈というものは、各場面での判断が相互に矛盾しないように、そのような中でもがき苦しみながらも、相互になるべく矛盾しないような解釈、ある場面とある場面で取扱いを違えるのであればそれについて整合的な説明が付くような解釈を見付けていく、そのような漸進的な試行錯誤がインテグリティとしての法という言葉で包括されているように思います。
*4

上記から、ある事象・(裁)判例について複数の法解釈が考えられる場合は、その中で最も、他の事象・(裁)判例の解釈と統一的な(矛盾しない・整合的な)解釈=例外の(少)ない安定的な解釈を採ることが、法理論の構築・発展に寄与することが分かる。そして、そのような法解釈を「据わり」がよいものと表現するのであろう。

*1:白石忠志『独禁法講義〔第9版〕』(有斐閣,2020)68-69頁。

*2:田村善之「特許法の先使用権に関する一考察(1)」知的財産法政策学研究53号(2019)153頁。

*3:白石忠志・前掲240-241頁。

*4:田村善之「知的財産法学の課題」同『知財の理論』(有斐閣,2019)481頁(初出:知的財産法政策学研究51号(2018)37-38頁)。

特許法102条1項2号括弧書きについての覚書

はじめに

特許庁総務部総務課制度審議室編『令和元年特許法等の一部改正 産業財産権法の解説』(発明推進協会,2020)発行*1を機に、令和元年改正*2で現れた特許法102条1項2号括弧書きについて整理してみたい。

その前に条文を確認しよう。本改正前の特許法102条1項(旧102条1項)は以下のものであった:

特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、その譲渡した物の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に、特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。


これが改正により、次のものとなった(新102条1項;強調は引用者):

特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、次の各号に掲げる額の合計額を、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。

一 特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額に、自己の特許権又は専用実施権を侵害した者が譲渡した物の数量(次号において「譲渡数量」という。)のうち当該特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた数量(同号において「実施相応数量」という。)を超えない部分(その全部又は一部に相当する数量を当該特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量(同号において「特定数量」という。)を控除した数量)を乗じて得た額

二 譲渡数量のうち実施相応数量を超える数量又は特定数量がある場合特許権者又は専用実施権者が、当該特許権者の特許権についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾又は当該専用実施権者の専用実施権についての通常実施権の許諾をし得たと認められない場合を除く。)におけるこれらの数量に応じた当該特許権又は専用実施権に係る特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額


この条文改正を大雑把に述べれば、まず、旧102条1項本文の額(但書きによる控除後の額)が新1項1号の額に変わり、さらに、旧1項但書きがなくなった一方、新1項2号が新設された。この結果、1号の額に加えて、旧1項但書きの「当該事情に相当する数量」について「これらの数量に応じた当該特許権又は専用実施権に係る特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額」も、「損害の額とすることができる」ようになったのである。ただし、新1項2号には「特許権者又は専用実施権者が、当該特許権者の特許権についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾又は当該専用実施権者の専用実施権についての通常実施権の許諾をし得たと認められない場合を除く。」という括弧書きが存在する。

立案担当者解説

新102条1項2号および括弧書きの趣旨について、立案担当者は次のように解説している:

新第2号は、侵害者の侵害行為により、権利者がライセンスの機会を喪失したことに伴う逸実利益を規定したものである。すなわち、新第1号で販売数量減少に伴う逸実利益の基準となる数量から除外された、実施相応数量を超える数量又は特定数量があるときにおいて、これがライセンスの機会を喪失したといえない場合(例えば特許発明が侵害製品の付加価値全体の一部にのみ貢献している場合※*3等)を除いては、ライセンスの機会を喪失したことによる逸失利益が発生している。このように、権利者自らが実施すると同時にライセンスを行ったと擬制し得る場合に限って、実施料相当額をライセンス機会喪失に伴う逸失利益として、請求できることを規定する。
……
※特許発明が侵害製品の付加価値全体の一部にのみ貢献している場合、多くの裁判例では「譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情」があるとして、譲渡数量から覆滅すべき割合に応じた数量を控除した上で賠償額の算定が行われている(例えば特許発明が侵害製品に貢献している割合が10%の場合、譲渡数量から90%を覆滅するなど)。このような場合に当該覆滅部分を「特定数量」として実施料相当額による賠償を追加で認定することは、特許発明が貢献していない部分について損害の填補を認めることとなり、適切でない。こうした理由から、新第2号において「特許権者又は専用実施権者が、当該特許権者の特許権についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾又は当該専用実施権者の専用実施権についての通常実施権の許諾をし得たと認められない場合を除く。」と規定し、権利者が自己の権利についての通常使用権の許諾等をし得たと認められない場合には、実施相応数量を超える数量又は特定数量について実施料相当額による賠償を認定することはできない旨を定めている。
*4

学説

上記のような立案担当者の解釈について、否定的な次の見解がある:

新1項2号括弧書きは,基本的には,控除数量分についての損害不発生の抗弁(最判平成9・3・11民集51巻3号1055頁─本書43事件)を明文化した(新2号適用の前提となる損害も生じていない場合を,許諾等を「し得たと認められない場合」と表現した)趣旨と解されよう……。
……実際の裁判例における寄与度の内容と位置付けは様々であり,他の要素と総合した判断となることが多いことも鑑みれば,2号括弧書きは明らかに損害不発生といえる例外的な場合のみが該当し,寄与度を含む1号の控除理由は控除数量分の相当な実施料額の算定の考慮要素とする手法が妥当と思われる。
*5

また、上記見解と概ね同趣旨だと思われるが、以下の見解も存在する。

102条1項2号括弧書「……」の意味は何かということが問題となる。起草者は,特許発明が売上げに寄与していない分について復活を認めない趣旨であると理解しているようである(そのような部分については,合理的な当事者は実施料を算定する対象に含めないだろうと読むのである)。しかし,このような解釈は条文の文言に合わない。また,特許発明の寄与度を測定するには,結局,侵害がなかったとすれば,侵害製品の需要者のうちどの程度の割合が特許権者の特許発明の実施品に向かうのかという問題設定をすることになるはずであり,そうだとすると,第三者の競合品との比較,侵害なかりせば侵害者が製造販売していたと想定される非侵害製品との比較など,一般の推定の覆滅の問題(こちらは「特定数量」の問題として敗者復活を認める趣旨であったはずである)と分離困難となり,敗者復活を認めるか否かの線引きをなすことができなくなる。ゆえに,採用し得ない読み方といえよう。寄与分は相当額において参酌すれば足りる。結論として,この括弧書は,特許権者と専用実施権者が併存する場合,いずれが賠償を求めうるかを明らかにするだけの趣旨と理解するほかないのではないか。
*6

判例

特許法102条1項に関する裁判例はまだ存在しない。しかし本稿は、旧102条1項について、知財高大判令和2年2月28日(平成31年(ネ)第10003号)[美容器]が、次の判示した点に注目したい:

「単位数量当たりの利益の額」は,特許権者等の製品の売上高から特許権者等において上記製品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した額(限界利益の額)であり……。特許発明を実施した特許権者の製品において,特許発明の特徴部分がその一部分にすぎない場合であっても,特許権者の製品の販売によって得られる限界利益の全額が特許権者の逸失利益となることが事実上推定されるというべきである。……。しかし,……,本件特徴部分が原告製品の販売による利益の全てに貢献しているとはいえないから,原告製品の販売によって得られる限界利益の全額を原告の逸失利益と認めるのは相当でなく,したがって,原告製品においては,上記の事実上の推定が一部覆滅されるというべきである。

すなわち本判決は、「本件特徴部分が原告製品の販売による利益の全てに貢献しているとはいえない」ことについて、「譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情」(旧102条1項但書き)としてではなく、「単位数量当たりの利益の額」(旧102条1項本文)の問題として、考慮したのである。この手法は新102条1項についても妥当するものであると考えられ、さらに本判決が知財高裁大合議によるものであることを踏まえると、少なくとも今後しばらくは、この裁判実務が採られることになろう。

ここで、前述した、新102条1項2号に関する立案担当者解説を思い出してみよう。当該解説では「特許発明が侵害製品の付加価値全体の一部にのみ貢献している場合、多くの裁判例では「譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情」があるとして、譲渡数量から覆滅すべき割合に応じた数量を控除した上で賠償額の算定が行われている」と述べていた。しかし、上記知財高裁大合議判決により、今後は、立案担当者解説の述べたような裁判例が現れることはなくなったと言ってもよい*7。してみれば、新102条1項2号に関する立案担当者解説は、その前提が崩れたのではなかろうか。

更新履歴

2020-05-09 公開
2020-05-12 特許庁Webページへ『令和元年法律改正(令和元年法律第3号)解説書』が掲載されたことを追記
2020-05-13 誤記修正

*1:この解説は、特許庁Webページにも間もなく掲載されるものと思われる。2020-05-12追記: https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/kaisetu/2019/2019-03kaisetsu.htmlに掲載された。

*2:令和元年5月17日法律第3号。

*3:引用者注:「※」は原文ママ

*4:特許庁総務部総務課制度審議室編『令和元年特許法等の一部改正 産業財産権法の解説』(発明推進協会,2020)17-18頁。

*5:金子敏哉「特許法102条1項と3項の適用関係〔飛灰中の重金属固定化処理事件〕」小泉直樹・田村善之編『特許判例百選〔第5版〕』(有斐閣,2019)87頁。

*6:田村善之・時井真・酒迎明洋『プラクティス知的財産法I』(信山社,2020)173-174頁。

*7:立案担当者解説では「特許発明が侵害製品の付加価値全体の一部にのみ貢献している場合」としているが、知財高裁大合議判決のように「特許発明が特許権製品の付加価値全体の一部にのみ貢献している場合」と考えて同じことであろう。

多機能品型間接侵害規定はいかにして生まれたか ― 平成14年特許法改正について

はじめに

特許法等の一部を改正する法律案(平成14法律24)に関する法律案審議録に含まれる行政文書のうち、特許庁から内閣法制局に提出されたもの。」について、私が開示請求を行ない入手した文書のうち、間接侵害規定および実施の定義の見直し(「プログラム等」の取り扱い含む)に関する内容を、整理してみた。

とくにその解釈が問題となりやすい(にも拘わらず、令和元年改正により意匠法にも似た規定が導入された)現行101条2号,5号の規定(いわゆる多機能品型間接侵害規定)がどのように生まれたかを知ることは、何らかの意味があるように思われる。

以下では引用符を記していないが、節名および「田中コメント」の部分を除いては、おおむね当該文書からの引用と思っていただいて構わない*1

なお、入手した文書は、大部にも拘わらず目次も存在せず、OCR処理もされていないもの*2であったため、情報抽出に非常に手間取った。その結果、本稿は誤りを含んでいる可能性がある。誤りに気づかれたかた*3は、コメント欄等でご連絡いただければ有り難い。

平成13年8月30日 「部長への中間説明①」と題された文書

実施の定義の見直し

改正の必要性

民法において「物」とは「有体物」と定義されている(民法第85条)。したがって、民法の特別法である特許法において、プログラムのような無体物が「物」に含まれるか明確でない。
②「物の発明」「方法の発明」という規定は、発明の対象が「物」である発明と、発明の対象が「方法」である発明とを二分する規定であることが明確でなく、発明自体が「物」か「方法」かに二分されるとの誤解を与えかねない。
③「譲渡」は所有権の移転を意味し、オリジナルデータが事業者の手元に残るようなデジタル情報の流通に対応しているかが明確ではない。

条文案

  1. 「物」→「物(管理支配可能なものをいう。以下同じ。)」、「物(無体物を含む。以下同じ。)」又は「製品」
  2. 「物の発明にあっては、その物を」→「発明に係る物を」又は「発明の対象である物を」等
  3. 以下のいずれかの形に改める。
    1. 「供給(譲渡、貸渡し、情報通信ネットワークを通じた提供を含む。以下同じ。)」
    2. 「供給し」
    3. 「提供(譲渡、貸渡し、情報通信ネットワークを通じた提供を含む。以下同じ。)」
    4. 「譲渡等(譲渡、貸渡し、情報通信ネットワークを通じた提供を含む。以下同じ。)をし」

間接侵害規定の見直し

101条 次に掲げる行為は、当該特許権又は専用実施権を侵害するものとみなす。

一 特許が物の発明についてされている場合において、その物の生産又は使用に欠くことができない物を、その物を業として生産又は使用する権限*4を有さない者によりその物の生産又は使用のために用いられることを知りながら、業として、生産し、供給をし、若しくは輸入し、又はその供給の申出をする行為

二 特許が方法の発明についてされている場合において、その方法の使用に欠くことができない物を、その方法を業として使用する権限を有さない者によりその方法の使用のために用いられることを知りながら、業として、生産し、供給をし、若しくは輸入し、又はその供給の申出をする行為

特許法等についての部長の指摘(実施の定義の見直しおよび間接侵害規定の見直しに関する部分のみの抜粋)

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特許法等についての部長の指摘」抜粋

田中コメント

当初は、101条に新たな号を追加するのではなく、既存の規定を書き換える案であった。また、主観的要件について、最終改正条文の「その発明が特許発明であること」とは異なり、特許権の存在の認識については規定されていない。

それにしても、「部長の指摘」は大変興味深い。なお、「部長」とは山本内閣法制局第四部長(当時)*5を指すものと思われる。

平成13年11月9日 「部長への中間説明②」と題された文書

実施の定義の見直し

2条3項1号 物(プログラム等を含む。以下同じ。)の発明にあつては、その物を生産し、使用し、供給(譲渡又は貸渡しをいい、その物がプログラム等である場合には、電気通信回線を通じた供給を含む。以下同じ。)をし、若しくは輸入し、又はその供給の申出(供給のための展示を含む。以下同じ。)をする行為。

同条4項 この法律で「プログラム等」とは、プログラム(電子計算機に対する指令であつて、一の結果を得ることができるように組み合わされたものをいう。)その他電子計算機による処理の用に供する情報をいう。

田中コメント

最終改正条文と同様、「物(プログラム等を含む。以下同じ。)」という規定となった。「プログラム等の発明を第3カテゴリとした場合の問題点」との節では、プログラム等を新たなカテゴリーとして規定すると、101条や112条の3等の実施行為を列挙した条文や37条が非常に冗長・煩雑になること等が述べられている。
「プログラム等」の定義は、最終改正条文とほぼ同様である*6

また、今回の条文案では、「供給」という文言を用いている(が、「供給」の部分に手書きが×が付けられている;この手書きが「部長」によるものかは不明である。以下の手書きについても同)。

なお、「部長への中間説明②」においては、間接侵害規定の改正について(上記の実施の定義変更に伴う部分以外の)言及はない。

平成13年12月10日 「部長への中間説明③」と題された文書

実施の定義の見直し

2条3項1号 物(プログラム等を含む。以下同じ。)の発明にあつては、その物を生産し、使用し、譲渡等(譲渡又は貸渡しをいい、その物がプログラム等である場合には、電気通信回線を通じた提供を含む。以下同じ。)をし、輸入し又はその供給の申出(譲渡等のための展示を含む。以下同じ。)をする行為。

同条4項 この法律で「プログラム等」とは、プログラム(電子計算機に対する指令であつて、一の結果を得ることができるように組み合わされたものをいう。)その他電子計算機による処理の用に供する情報をいう。

間接侵害規定の見直し

三 特許が物の発明についてされている場合において、業として、その物の生産又は使用に使用する物(多様な用途に供される物であつて広く一般に入手可能なものを除く)であつてその発明の本質的部分と密接な関連を有するものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に使用されることを知つて、又は重大な過失により知らないで、その生産、譲渡等、輸入又は譲渡等の申出をする行為

四 特許が方法の発明についてされている場合において、業として、その方法の使用に使用する物(多様な用途に供されるものであって広く一般に入手可能なものを除く)であってその発明の本質的部分と密接な関連を有するものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に使用されることを知つて、又は重大な過失により知らないで、その生産、譲渡等、輸入又は譲渡等の申出をする行為

田中コメント

2条3項1号については、「供給」という文言が消え、「譲渡等」となった。

101条については、最終改正条文にかなり近い形となった。
「その発明の本質的部分と密接な関連を有するもの」との表現に目が行く。また、主観的要件については、最終改正条文と同様「その発明が特許発明であること」が規定された一方で、最終改正条文とは異なり「又は重大な過失により知らないで」とも規定されている。
なお、号番号を一部ずらした最終改正条文とは異なり、この時点では、3号,4号を追加する案であった。

平成13年12月13日 特許庁内での検討文書

実施の定義の見直し

2条3項1号 物(プログラム等を含む。以下同じ。)の発明にあつては、その物の生産、使用、譲渡等(譲渡及び貸渡しをいい、その物がプログラム等である場合には、電気通信回線を通じた提供を含む。以下同じ。)若しくは輸入又は譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む。以下同じ。)をする行為

同条4項 この法律で「プログラム等」とは、プログラム(電子計算機に対する指令であつて、一の結果を得ることができるように組み合わされたものをいう。)その他電子計算機による処理の用に供する情報をいう。

間接侵害規定の見直し

三 特許が物の発明についてされている場合において、業として、その物の生産に使用する物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明の解決しようとする課題に照らして重要なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に使用されることを知りながら、その生産、譲渡等、輸入又は譲渡等の申出をする行為

四 特許が方法の発明についてされている場合において、業として、その方法の使用に使用する物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であってその発明の解決しようとする課題に照らして重要なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に使用されることを知りながら、その生産、譲渡等、輸入又は譲渡等の申出をする行為

田中コメント

ここで初めて、「日本国内において広く一般に流通しているものを除く。」という最終改正条文と同じ文言が出てきた。また、「その発明の解決しようとする課題に照らして重要なもの」という表現となった。

平成13年12月19日 特許庁内での検討文書

間接侵害規定の見直し

三 特許が物の発明についてされている場合において、業として、その物の生産に使用する物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明の技術的意義に照らして重要なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に使用されることを知りながら、その生産、譲渡等、輸入又は譲渡等の申出をする行為

四 特許が方法の発明についてされている場合において、業として、その方法の使用に使用する物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であってその発明の技術的意義に照らして重要なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に使用されることを知りながら、その生産、譲渡等、輸入又は譲渡等の申出をする行為

田中コメント

「その発明の技術的意義に照らして重要なもの」との文言が現れた。この文言が後ほど問題となる。

平成13年12月22日 特許庁内での検討文書

田中コメント

この文書では、条文案に変化はないが、101条2号と3号との間に弧状の両矢印が手書きされている。2号と3号との順序を入れ替えるという意味であろう。

平成13年12月28日 特許庁内での検討文書

「プログラム等」の定義

「「電子計算機による処理の用に供する情報」が、「電子情報」以外の部分を含んでいる可能性がある。「プログラム」は例示に過ぎず、「その他電子計算機による処理の用に供する情報」に、それ以外の限定がないため広すぎる印象がある。」とのコメントが記載された後、いくつかの条文案が示されている*7

田中コメント

最終改正条文では、「その他電子計算機による処理の用に供する情報であつてプログラムに準ずるもの」と規定されているところ、その萌芽を見ることができる。

平成14年1月4日 特許庁内での検討文書

「プログラム等」の定義

2条4項 この法律で「プログラム等」とは、プログラム(電子計算機に対する指令であつて、一の結果を得ることができるように組み合わされたものをいう。)その他これに準ずる情報であつて、電子計算機を用いて処理することができるように構成したものをいう。

間接侵害規定の見直し

二 特許が物の発明についてされている場合において、業として、その物の生産に使用する物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明の技術的意義に照らして重要なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に使用されることを知りながら、その生産、譲渡等、輸入又は譲渡等の申出をする行為

四 特許が方法の発明についてされている場合において、業として、その方法の使用に使用する物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であってその発明の技術的意義に照らして重要なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に使用されることを知りながら、その生産、譲渡等、輸入又は譲渡等の申出をする行為

田中コメント

101条については、2号および4号を追加するという、最終改正条文と同じ構造となった。

平成14年1月13日 特許庁内での検討文書

「プログラム等」の定義

2条4項 この法律で「プログラム等」とは、プログラム(電子計算機に対する指令であつて、一の結果を得ることができるように組み合わされたものをいう。以下本項において同じ。)その他電子計算機による処理の用に供する情報であつてプログラムに準ずるものをいう。

間接侵害規定の見直し

二 特許が物の発明についてされている場合において、業として、その物の生産に使用する物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明の技術的意義に照らして重要なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に使用されることを知りながら、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為

四 特許が方法の発明についてされている場合において、業として、その方法の使用に使用する物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であってその発明の技術的意義に照らして重要なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に使用されることを知りながら、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為

田中コメント

2条4項は、最終改正条文で使われている文言「プログラムに準ずるもの」が現れた。前の条文案の文言「その他これに準ずる情報」では「これ」を指すものが不明確といった問題があるため、修正されたようである。
101条2号,4号は、「譲渡等、輸入」が「譲渡等若しくは輸入」に変化したのみである。

平成14年1月17日 特許庁内での検討

「プログラム等」の定義

2条4項 この法律で「プログラム等」とは、プログラム(電子計算機に対する指令であつて、一の結果を得ることができるように組み合わされたものをいう。以下この項において同じ。)その他電子計算機による処理の用に供する情報であつてプログラムに準ずるものをいう。

田中コメント

2条4項につき、「以下本項において同じ。」が「以下この項において同じ。」に修正され、最終改正条文と完全に同じものとなった。以下では、もっぱら間接侵害規定のみが問題となる。

平成14年1月28日 「第四部長説明」と題された文書

101条改正案

二 特許が物の発明についてされている場合において、業として、その物の生産に使用する物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明の技術的意義に照らして重要なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に使用されることを知りながら、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為

四 特許が方法の発明についてされている場合において、業として、その方法の使用に使用する物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であってその発明の技術的意義に照らして重要なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に使用されることを知りながら、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為

田中コメント

「技術的意義に照らして」に対しては「(実施に必要かつ不可欠な)といった感じか」」と、「重要な」に対しては「これが最もダメ」と、手書きされている。この時に「不可欠な」という表現が生まれたものと思われる。

さらに「業として」は「知りながら」の後ろに移動させる指示、および、「使用する」を「用いる」に、「使用させる」を「用いられる」に、各々変更させる指示も、手書きされている。

なお、2条3項1号および4項の条文案については、とくに問題とされていない。

平成14年1月*8内閣法制局山本第四部長御説明(平成14年1月28日)後の修正事項」と題された文書

101条に関する前回条文案からの修正

二号を追加する規定のうち

  1. 『業として、』を、『知りながら、』の後に移す。
  2. 『その物の生産に使用する物(……)であってその発明の技術的意義に照らして重要なものにつき、』を『その物の生産に用いる物(……)であってその発明の技術的意義に照らして不可欠なものにつき、』に改める。
  3. 『発明の実施に使用される』を『発明の実施に用いられる』に改める。

四号を追加する規定のうち

  1. 『業として、』を、『知りながら、』の後に移す。
  2. 『その方法の使用に使用する物(……)であってその発明の技術的意義に照らして重要なものにっき、』を『その方法の使用に用いる物(……)であってその発明の技術的意義に照らして不可欠なものにっき、』に改める。
  3. 『使用される』を『用いられる』に改める。

間接侵害の対象を制限する客観的要件

案1
  • その物の生産に用いる物であつてその発明の技術的意義に照らして不可欠なもの
  • その方法の使用に用いる物であつてその発明の技術的意義に照らして不可欠なもの

「技術的意義」という用語は、判例上も多用されておリ、解釈上特に問題はない。法曹関係者(飯村敏明東京地裁判事、牧野利秋弁護士(元東京高裁判事)、竹田稔弁護士(元東京高裁判事)、松尾和子弁護士等)の間でも、分かり易い基準として評判が良かった表現である。
①発明のポイントに関係のないもの、②発明のポイントには関係するが些末なものを排除可能。

案2
  • その物の生産に用いる物であつてその発明の効果の発揮のために不可欠なもの
  • その方法の使用に用いる物であつてその発明の効果の発揮のために不可欠なもの

「効果の発揮のために不可欠」という用例はある。
「発明の効果」については、平成6年改正で記載要件から外した点との整合性に若干の問題がある。
①発明のポイントに関係のないもの、②発明のポイントには関係するが些末なものを排除可能。

案3
  • その物の生産に用いる物であってその発明の課題の解決に不可欠なもの
  • その方法の使用に用いる物であってその発明の課題の解決に不可欠なもの

「発明の(解決しようとする)課題」の用例はあるが、課題のない発明もあると整理した平成6年改正との整合性に若干の問題がある。
①発明のポイントに関係のないもの、②発明のポイントには関係するが些末なものを排除可能。

案4
  • その物の生産に用いる物であつてその発明の実施に不可欠なもの
  • その方法の使用に用いる物であつてその発明の実施に不可欠なもの

「不可欠」の範囲は明確になるが、①発明のポイントに関係のないもの、②発明のポイントには関係するが些末なものを排除できない可能性。
2条3項で「発明の実施」が定義されていることから、「発明の実施に不可欠」が、「発明の実現」という観点から不可欠なのか、「当該物の生産、譲渡等」に不可欠なのか、意図するところが不明確となる。

田中コメント

特許庁としては、「技術的意義」という用語がイチオシであることが分かる。案3に「その発明の課題の解決に不可欠なもの」という最終改正条文とほぼ同じ文言があるが、この文言については、特許庁としては36条に係る平成6年改正との整合性を気にしている。

平成14年1月31日 「部長説明」と題された文書

101条改正案

二 特許が物の発明についてされている場合において、その物の生産に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明の技術的意義に照らして不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物が発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為

四 特許が方法の発明についてされている場合において、その方法の使用に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明の技術的意義に照らして不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物が発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為

田中コメント

「技術的意義に照らして」の横には「×」と手書きされている。

また、「その物」「その方法」の前に「く」の字が手書きされている。「業として」をここに移動させよとの指示であろう。

平成14年2月1日 「部長説明後の条文修正」と題された文書

間接侵害の対象を制限する客観的要件

案1
  • その物の生産に用いる物であつてその発明による課題の解決に不可欠なもの
  • その方法の使用に用いる物であつてその発明による課題の解決に不可欠なもの

「発明の(解決しようとする)課題」の用例はある。
課題のない発明もあると整理した平成6年改正との整合性に若干の問題はあるが、実際に課題が把握できない発明というものは殆どなく、実務上の問題はない。
①発明のポイントに関係のないもの、②発明のポイントには関係するが些末なものを排除可能。

案2
  • その物の生産に用いる物であつてその発明の実現に不可欠なもの
  • その方法の使用に用いる物であつてその発明の実現に不可欠なもの
案2’
  • その物の生産に用いる物であつてその発明の具体化に不可欠なもの
  • その方法の使用に用いる物であつてその発明の具体化に不可欠なもの
案2”
  • その物の生産に用いる物であつてその発明を具現するために不可欠なもの
  • その方法の使用に用いる物であつてその発明を具現するために不可欠なもの

「発明の実施」とした場合、2条3項で「発明の実施」が定義されていることからその意図することが不明確となることを避けるため、「実施」に代わる他の用語を用いる案。
①発明のポイントに関係のないもの、②発明のポイントには関係するが些末なものを排除可能と考えられるが、そのような趣旨であることが、条文上の表現からは若干わかリにくい可能性がある。

案3
  • その物の生産に用いる物であつてその発明の目的の達成に不可欠なもの
  • その方法の使用に用いる物であつてその発明の目的の達成に不可欠なもの

目的や効果の記載を求めないとして、条文から発明の目的、構成、効果の語を削除した平成6年改正との整合性に若干の問題はあるが、実際に目的が把握できない発明というものは殆どなく、実務上の問題はない。
①発明のポイントに関係のないもの、②発明のポイントには関係するが些末なものを排除可能。

案4
  • その物の生産に用いる物であつてその発明の性質上不可欠なもの
  • その方法の使用に用いる物であつてその発明の性質上不可欠なもの

「発明の性質」を、その発明特有の技術的特徴のように解すれば、①発明のポイントに関係のないもの、②発明のポイントには関係するが些末なものを排除可能と考えられるが、「発明の性質」の語をどのように解釈するべきかについては若干不明瞭。

田中コメント

結局、この「案1」が最終改正条文に採用された。このように現行特許法101条2号,5号(本改正当時4号)が生まれたのである。

更新履歴

2020-05-06 公開
2020-05-07 表現の微修正

*1:一部記号の変更等は行なった。

*2:388枚および662枚のスキャンページからなる、2つのPDFファイル。

*3:私と同様の開示請求を行なったかたに限られるが……。

*4:田中注:「権原」の誤記か?

*5:そして、後の……。

*6:最終改正条文と比して、「以下この項において同じ。」および「であつてプログラムに準ずるものをいう。」が欠けている。

*7:この一文は、引用ではなく、本稿執筆者(田中)による文書の内容説明である。

*8:具体的な日にちの記載はない。

続続・最高裁は効果の独立要件説を採ったのか?

最三小判令和元年8月27日集民262号51頁(平成30年(行ヒ)第69号)民集に登載されないため、いわゆる調査官解説は出ないものと考えていたところ、Law & Technology 87号に、大寄麻代最高裁調査官による本判決の「解説」(以下、本調査官解説)が掲載された*1。むろん最高裁調査官による解説が判決の“正しい”読み方を示しているというわけではないが、一定の意義を有するものだとは考えられる。

そして私は本判決について関心を抱いており、「最高裁は効果の独立要件説を採ったのか?」および「続・最高裁は効果の独立要件説を採ったのか?」という(怪)文書を綴ってきた経緯もあるため、本調査官解説についても少しばかり述べてみたい。


本調査官解説は、まず以下のように述べる。

「論旨*2は、発明の進歩性判断における予測できない顕著な効果の有無は、「審理の対象となる特許発明(以下『対象発明』という。)の効果」と、「対象発明の構成のものとして当業者が進歩性判断の基準時に予測し得た効果」とを対比して判断されるべきところ、原審は、「本件各発明の効果」と「本件各発明とは構造が異なる他の化合物の効果」とを対比して、本件各発明の効果が当業者の予測できない顕著な効果であることを否定したものであるから、特許法29条2項の解釈を誤った旨をいうものである。」(L&T87号109頁)

「えっ、採用された上告受理申立て理由はそれだけだったのか」というのが率直な感想である。

この上告受理申立て理由であるならば、本判決の射程は、当然、次のものになるだろう。本調査官解説は「本判決の射程等」という節で以下のように述べる。

「進歩性判断における予測できない顕著な効果の位置づけについては理論上の対立があるが、本件では、その判断枠組みや、進歩性判断において予測できない顕著な効果をどのように考慮すべきかという点は争われていない。本判決は、独立要件説または二次的考慮説のいずれかの立場を前提としたものではなく、いずれの説をとっても予測できない顕著な効果の有無の判断方法自体は異ならないと考えられることを前提として、その判断方法について判示したものと解される。」(同113頁;強調引用者[以下同])

「付言とは判断理由ではなく、原判決の付言も原判決の主文を導き出す理由となっているものではないことは明らかであるし、原審は、Yらの主張を失当として排斥することなく、予測できない顕著な効果の有無という実体法上の進歩性要件に関する内容について審理判断し、この点だけが上告受理申立て理由となっていたものである。本判決は、前訴判決の拘束力に関する判示を何らしておらず、これについて特定の立場をとったものとは解されない。」(同113頁;注釈略[以下同])


なお、本調査官解説では、二次的考慮説および独立要件説を次のように定義している。

「二次的考慮説は、発明の進歩性とは、あくまで発明の「構成」を容易に想到し得ない場合をいうとの判断枠組みの下で、発明の効果を二次的(副次的)な考慮要素として斟酌する見解である。この見解によれば、主引用発明に副引用発明等を適用して対象発明に至る動機づけ等があり、(一見)発明の構成自体が容易に想到されるといえる場合であっても、予測できない顕著な効果がある場合にはこれを反対方向の事情として考慮することにより、やはり当該構成を想到することには困難性があったと解し得ることになる*3
一方、独立要件説は、発明の構成自体を容易に想到することができる場合であっても、予測できない顕著な効果があることを理由として、発明の進歩性が肯定され得ると解する見解である。この見解には、さらに、構成の容易想到性にかかわらず、予測できない顕著な効果があればそれだけで進歩性が肯定されるという考え方と、両者を総合的に考慮して、発明の非容易性(進歩性)を判断する考え方とがある。」(同109-110頁)

「いずれの見解によっても、対象発明の構成を想到し得る動機づけがあっても、予測できない顕著な効果が認められる場合には、進歩性が肯定される余地があることになる。」(同110頁 注12)

*4

その上で、「本判決が前提とする予測できない顕著な効果についての上記判断方法*5は、二次的考慮説または独立要件説のいずれの立場からも説明可能と思われる。」(同112頁)とする*6

本調査官解説のこれら見解を是とすれば、本判決を前提とするにしても、進歩性の判断枠組みについて未解決の点は多い=比較的自由に論じられる、と言えそうである。


ところで、私は本判決の「本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として」という表現について、「最高裁は効果の独立要件説を採ったのか?」で少し論じていた。
本調査官解説は、この表現について「「本件化合物を……前提として」という部分は、効果の種類についての原審の上記①の判断をいうものと解され」る(同111-112頁)と述べている。ここで「原審の上記①の判断」とは、「原審は、①前訴判決によれば、引用発明1に係る化合物をヒト結膜肥満細胞安定化剤という用途に適用することは容易に想到することができたものであることを前提にすると、本件化合物がヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制作用という種類(内容)の効果を有すること自体は、当業者にとって予測できない顕著なものということはできないとしたうえで、②……」(同111頁)という記載に当たるから、この点についての本調査官解説の見解は、私が先の文書で述べていたことと概ね一致するように思われる。

さらに言えば、この点以外についても、私が「最高裁は効果の独立要件説を採ったのか?」および「続・最高裁は効果の独立要件説を採ったのか?」で述べていたことは、本調査官解説を読む限り、そこまで的外れでなかったような気がしないでもない*7*8

ひとまず、自分で自分のことを褒めておきたい(なんて締めだ……)。

更新履歴

2020-03-20 公開
2020-03-22 表現を微修正

*1:L&T87号(2020)106頁以下。

*2:引用者注:上告(受理申立て)理由の論旨を指す。池田真朗編『判例学習のAtoZ』(有斐閣,2010)25頁[山田文]参照。

*3:原文注9:「容易想到性を肯定する方向の事情と総合考慮する見解によれば、予測できない顕著な効果がある場合であっても、必ず進歩性が肯定されることにはならない。」

*4:「独立要件説」に「両者[引用者注:発明の構成自体を容易に想到することができるか否か、および、予測できない顕著な効果があるか否か]を総合的に考慮して、発明の非容易性(進歩性)を判断する考え方」が含まれるのならば、二次的考慮説と独立要件説との違いは一体何なのか、疑問なしとしない。なお、想特一三「愛知靖之「進歩性判断における『予測できない顕著な効果』の判断手法」(NBL 1160号 8-15 2019)」『そーとく日記』参照。

*5:引用者注:「対象発明が奏する効果を、当業者が(進歩性判断基準時当時に)対象発明の構成が奏するであろうと予測できる効果と比較して、顕著で、かつ、予測できないことをいうと解する見解(対象発明比較説)」(同110頁)であって、当該効果の有無については「当業者が予測することができなかったものか否か」(非予測性)と「予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否か」(顕著性)との双方の観点から検討すべきとした」(同111頁)見解。

*6:本調査官解説ではその「説明」も記載されているが、ここでは略す。

*7:なお、本判決が「(非)容易想到性」ではなく「進歩性」という語を使った理由について、本調査官解説では言及がない。

*8:ちなみに、「最高裁の判決には重要なポイントもあります。まず,最高裁が認定した本件発明の効果は,明細書に記載のある効果だけです。つまり,後付けのものを考慮等したわけではないと思います,基本。ということは,明細書作成時に,やはり十分作用効果を記載する必要がある,ってことです。」という見解があるが、本調査官解説では、「予測できない顕著な効果」の明細書への記載の要否については何ら述べられていない。

知財高大判令和2年2月28日(平成31年(ネ)第10003号)[美容器]に関する雑感

はじめに

知財高大判令和2年2月28日(平成31年(ネ)第10003号)は、知財高裁が示した判決要旨からも特許法102条1項の判示部分が最重要であることが理解できる。

本判決で示された、102条1項に基づく損害額の計算式・証明責任等の判断枠組みは、下図のようになろう:

f:id:tanakakohsuke:20200306155444p:plain

私には、本判決について解説する能力はないため、以下、思いつくままに雑感を述べる。誤りがあれば、コメント欄等でご指摘いただけると幸甚である。

102条1項規定の「単位数量当たりの利益の額」

本判決が、「単位数量当たりの利益の額」の算出のベースとして、「特許権者等の製品の売上高から特許権者等において上記製品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した額」、すなわち(特許権者側の)限界利益の額を採用したことについては、(どの経費まで控除するかという点を除き)異論はないものと思われる。

注目すべきは、以下の判示である:

「……認定した本件発明2の特許請求の範囲の記載及び……認定した本件明細書2の記載からすると,本件発明2は,回転体,支持軸,軸受け部材,ハンドル等の部材から構成される美容器の発明であるが,軸受け部材と回転体の内周面の形状に特徴のある発明であると認められる(以下,この部分を「本件特徴部分」という。)。」

「原告製品は,……,支持軸に回転可能に支持された一対のローリング部を肌に押し付けて回転させることにより,肌を摘み上げ,肌に対して美容的作用を付与しようとする美容器であるから,本件特徴部分は,原告製品の一部分であるにすぎない。」

「特許発明を実施した特許権者の製品において,特許発明の特徴部分がその一部分にすぎない場合であっても,特許権者の製品の販売によって得られる限界利益の全額が特許権者の逸失利益となることが事実上推定されるというべきである。……。しかし,……原告製品のうち大きな顧客誘引力を有する部分は,ローリング部の構成であるものと認められ,また,……,原告製品は,ソーラーパネルを備え,微弱電流を発生させており,これにより,顧客誘引力を高めているものと認められる。これらの事情からすると,本件特徴部分が原告製品の販売による利益の全てに貢献しているとはいえないから,原告製品の販売によって得られる限界利益の全額を原告の逸失利益と認めるのは相当でなく,したがって,原告製品においては,上記の事実上の推定が一部覆滅されるというべきである。そして,上記で判示した本件特徴部分の原告製品における位置付け,原告製品が本件特徴部分以外に備えている特徴やその顧客誘引力など本件に現れた事情を総合考慮すると,同覆滅がされる程度は,全体の約6割であると認めるのが相当である。」

「上記の推定覆滅は,原告製品の販売による利益に対する本件特徴部分の貢献の程度に着目してされるものであ」る*1

上記では、特許発明から「特徴部分」を抽出した後、「特徴部分」の特許権者製品における位置付けなどを考慮して、《限界利益がそのまま「単位数量当たりの利益の額」になるという事実上の推定》の一部覆滅を認めている。すなわち、本判決は、製品において特許発明に関係するのは一部分であるという事象を、102条1項但書の「販売することができないとする事情」や民法709条の因果関係一般の問題として考慮するのではなく、102条1項本文規定の「単位数量当たりの利益の額」の問題として考慮したのである。

ここで、まず気になるのは、特許発明の「特徴部分」というのが、均等論における「本質的部分」と同じものか否かである。特許発明からどのように「特徴部分」の抽出するかについて説明がないため、不明と言わざるを得ない*2

そして、「特徴部分」について、(侵害品ではなく)特許権製品における位置付けなどを考慮している点も特徴的である。

ところで、本判決では「特許権者等が「侵害行為がなければ販売することができた物」とは,侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者等の製品,すなわち,侵害品と市場において競合関係に立つ特許権者等の製品であれば足りると解すべきである。」と述べている*3。これだけを読めば、特許権者製品が特許発明の実施品ではなくとも、侵害品と競合する物であれば「侵害行為がなければ販売することができた物」であると認められ、102条1項の適用が受けられるように思える。しかし、前述のように、特許権者製品における特許発明の「特徴部分」の位置付けを考慮して上記覆滅を判断するのであれば、特許権者製品は少なくとも特許発明の「特徴部分」を備えていなければならない(「特徴部分」を備えていない場合、事実上の推定が完全に覆滅され、損害額がゼロとなる)ようにも感じられる。

最後に、「単位数量当たりの利益の額」に関する証明責任について述べると、裁判所は「事実上の推定」と述べているため、「単位数量当たりの利益の額」全体として証明責任は特許権者側にあり、侵害者は限界利益(の一部)が「単位数量当たりの利益の額」ではないことを(本証ではなく)反証することで、この事実上の推定を(一部)覆滅させることができるのだと思われる。

102条1項但書規定の「販売することができないとする事情」

本判決は、「「販売することができないとする事情」は,侵害行為と特許権者等の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情をいい,例えば,①特許権者と侵害者の業務態様や価格等に相違が存在すること(市場の非同一性),②市場における競合品の存在,③侵害者の営業努力(ブランド力,宣伝広告),④侵害品及び特許権者の製品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴)に相違が存在することなどの事情がこれに該当するというべきである。」と述べる。後述するように、これら考慮要素は、102条2項の覆滅推定の事情の考慮要素と同様である。

「本件発明2の寄与度を考慮した損害額の減額の可否について」

原判決(大阪地判平成30年11月29日(平成28年(ワ)第5345号))は、「特許の技術が製品の一部に用いられている場合,あるいは多数の特許技術が一個の製品に用いられている場合であっても,製品が発明の技術的範囲に属するものと認められる限り,一個の特許に基づいて,製品全体の販売等を差し止める事はできるが,製品全体の販売による利益を算定の根拠とした場合,本来認められるべき範囲を超える金額が算定されかねないことから,当該特許が製品の販売に寄与する度合い(寄与率)を適切に考慮して,損害賠償の範囲を適切に画する必要がある。……。本件発明2の技術の利用が被告製品の販売に寄与した度合いは高くなく,……,その寄与率は10%と認めるのが相当である。」(強調は引用者;以下同。本判決と区別するため斜体で記した)としていた。すなわち、原審判決は、侵害品において特許発明に関係するのは一部分であるという事象を、「寄与率」の問題として処理していた*4

この点に関して、本判決は、「原告製品の単位数量当たりの利益の額の算定に当たっては,本件発明2が原告製品の販売による利益に貢献している程度を考慮して,原告製品の限界利益の全額から6割を控除し,また,被告製品の販売数量に上記の原告製品の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た一審原告の受けた損害額から,特許法102条1項ただし書により5割を控除するのが相当である。仮に,一審被告の主張が,これらの控除とは別に,本件発明2が被告製品の販売に寄与した割合を考慮して損害額を減額すべきであるとの趣旨であるとしても,これを認める規定はなく,また,これを認める根拠はないから,そのような寄与度の考慮による減額を認めることはできない。」と述べている。

上記では「これらの控除とは別に」と述べている点から、特許発明「特徴部分」の特許権者製品における位置付けを考慮する代わりに、特許発明が侵害品(の販売)に寄与した割合を考慮したことを完全には否定していない、と読む余地もなくはないが、おそらくは、《102条1項に基づく損害額算定に際して、特許発明が侵害品(の販売)に寄与した割合の考慮は認められない》との趣旨なのであろう。

102条2項判断枠組みとの比較

本件判決よりも前に出された知財高裁大合議判決である、知財高大判令和元年6月7日(平成30年(ネ)第10063号)では、102条2項について(も)、その基本的な判断枠組みを示している。101条1項の判断枠組みと似た概念が現れるため、少し整理しておこう(本項の判決文の引用は、知財高大判令和元年6月7日からのものである)。

知財高裁は、「特許法102条2項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額は,侵害者の侵害品の売上高から,侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であり,その主張立証責任は特許権者側にあるものと解すべきである。」と述べる。

すなわち、102条1項における「限界利益」が特許権者側のものであったのに対し、2項における「限界利益」とは侵害者側のものである*5

さらに知財高裁は、「特許法102条2項における推定の覆滅については,同条1項ただし書の事情と同様に,侵害者が主張立証責任を負うものであり,侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たると解される。例えば,①特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性),②市場における競合品の存在,③侵害者の営業努力(ブランド力,宣伝広告),④侵害品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴)などの事情について,特許法102条1項ただし書の事情と同様,同条2項についても,これらの事情を推定覆滅の事情として考慮することができるものと解される。また,特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合においても,推定覆滅の事情として考慮することができるが,特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることから直ちに上記推定の覆滅が認められるのではなく,特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置付け,当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮してこれを決するのが相当である。」と説く。

ここで、「①特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性),②市場における競合品の存在,③侵害者の営業努力(ブランド力,宣伝広告),④侵害品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴)」という例示は、102条1項但書の「販売することができないとする事情」における考慮要素と同様である。もっとも、102条2項の推定の覆滅についてはさらに、「特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合においても,推定覆滅の事情として考慮することができる」とされている。

したがって、102条1項については、(特許権者の)製品の一部分のみが特許発明に関係しているという事象に関し、侵害者側に証明責任はない(侵害者は反証することで、限界利益が「単位数量当たりの利益の額」であることについて、裁判官の確信を揺るがせ真偽不明の心証に持ち込めば良い)一方;2項については、(侵害者の)製品の一部部分のみが特許発明に関係しているという事象(により推定が覆滅されるべきこと)は、侵害者側に証明責任がある、ということになろう。

改正法との関係

令和元年改正*6により特許法102条は改正されることになった。最後に、この改正と本判決との関係を見ていく。

改正後の102条1項は以下の通りである:

特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、次の各号に掲げる額の合計額を、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。

一 特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額に、自己の特許権又は専用実施権を侵害した者が譲渡した物の数量(次号において「譲渡数量」という。)のうち当該特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた数量(同号において「実施相応数量」という。)を超えない部分(その全部又は一部に相当する数量を当該特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量(同号において「特定数量」という。)を控除した数量)を乗じて得た額

二 譲渡数量のうち実施相応数量を超える数量又は特定数量がある場合(特許権者又は専用実施権者が、当該特許権者の特許権についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾又は当該専用実施権者の専用実施権についての通常実施権の許諾をし得たと認められない場合を除く。)におけるこれらの数量に応じた当該特許権又は専用実施権に係る特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額

2号の相当実施料額の加算が認められるのは「譲渡数量のうち実施相応数量を超える数量又は特定数量」に応じた部分だけである。本判決では、特許権者製品において特許発明に関係するのは一部分であるという事象を、「譲渡数量」の問題ではなく、102条1項本文規定の「単位数量当たりの利益の額」の問題として考慮した。したがって、本判決に従えば、改正102条1項の下で、特許権者製品において特許発明に関係するのは一部分であるために限界利益から控除された部分は、2号により“復活”しないということになる。

ところで、2号括弧書きについて立案担当者は、「特許権者の特許発明が侵害製品の付加価値全体の一部にのみ寄与している場合、多くの裁判例では「譲渡数量の全部又は一都に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情」があるとして、譲渡数量から当該特許発明が寄与していない部分の比率に応じた数量を覆滅して賠償額の算定を行っているが(例えば当該特許発明の侵害製品への寄与率が10%の場合、譲渡数量から90%を覆滅するなど)、この場合に、当該覆滅部分について相当実施料額による賠償を認定することは特許発明が寄与していない部分について損害を認定することとなり、適切ではないため」に設けたと述べている*7。この立案担当者説明は、本判決の102条1項の判断枠組み*8とは整合しないことになろう*9

なお、令和元年改正によっても102条2項は改正されていないが、「第2項の推定が覆滅された部分に対する相当実施料額の加算については、特段の規定を措置していない。これは、同項の推定が覆滅された部分についても、ライセンス機会の喪失が認められるのであれば、同条新第1項と同様の認定が当然になされるべきとの解釈に基づくものである。」と説明され*10、102条2項における推定覆滅部分についても相当実施料額の加算が認められると考えられている。ここで、102条2項の推定の覆滅について、前掲知財高大判令和元年6月7日は「特許発明が侵害品の一部分のみに実施されている場合においても,推定覆滅の事情として考慮することができる」と判示していた。改正法の下、特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合の推定覆滅部分は、相当実施料額の加算が認められるのだろうか、それとも1項2号括弧書きの存在に基づき認められないのだろうか。

更新履歴

2020-03-06 公開
2020-03-15 「改正法との関係」について、注釈追加・表現修正(「判断枠組みに基づけば、意味をなさない」を「判断枠組みとは整合しない」とした。)。その他、誤記修正。
2020-03-19 誤記修正。

*1:この判示を踏まえ、上図では「特許権者製品の販売利益に対する特許発明特徴部の貢献度」と記した。

*2:すぐ後に記すように、侵害品ではなく特許権者製品をベースにしたため、「特徴部分」という概念を持ち出す必要があったのであろう。102条1項の適用が認められる特許権者製品は、特許発明実施品とは限らない(と判示している)からである。

*3:なお、本判決では、特許権者製品が特許発明実施品だと認められ、「「侵害行為がなければ販売することができた物」に当たることは明らかである。」とされている。

*4:一方で、原審判決は(特許権者製品が特許発明実施品であることは認めているが)特許権者製品における特許発明の位置付け等については考慮していない。

*5:なお、102条2項においても、特許権者側の限界利益を考えるという見解も存在する。田村善之「知財高大判令和元年6月7日判批」WLJ判例コラム177号(2019)参照。加えて、同『ライブ講義知的財産法』(弘文堂,2012)384頁参照。

*6:令和元年5月17日法律第3号。

*7:川上敏寛「令和元年特許法等改正法の概要(上)」NBL1154号(2019)37頁。

*8:2020-03-15追記:すなわち、製品において特許発明に関係するのは一部分であるという事象を、「販売することができないとする事情」として考慮するのではなく、「単位数量当たりの利益の額」の問題として考慮するという判断枠組み。

*9:それゆえに、これから特許庁から出される改正法解説書が、この括弧書きをどのように説明するのか注目される。

*10:川上敏寛・前掲38頁。

意匠法における間接侵害規定の拡充についての疑問

はじめに

令和元年改正*1により、意匠法にもいわゆる多機能品型間接侵害規定が導入され、例えば38条2号は以下のものとなった*2

登録意匠又はこれに類似する意匠に係る物品の製造に用いる物品又はプログラム等若しくはプログラム等記録媒体等(これらが日本国内において広く一般に流通しているものである場合を除く。)であつて
当該登録意匠又はこれに類似する意匠の視覚を通じた美感の創出に不可欠なものにつき、
その意匠が登録意匠又はこれに類似する意匠であること及びその物品又はプログラム等若しくはプログラム等記録媒体等がその意匠の実施に用いられることを知りながら、
業として行う次のいずれかに該当する行為
イ 当該製造に用いる物品又はプログラム等記録媒体等の製造、譲渡、貸渡し若しくは輸入又は譲渡若しくは貸渡しの申出をする行為
ロ 当該製造に用いるプログラム等の作成又は電気通信回線を通じた提供若しくはその申出をする行為
*3

この改正は、産業構造審議会知的財産分科会意匠制度小委員会からの平成31年2月付け報告書「産業競争力の強化に資する意匠制度の見直しについて」最終ページの次の記載を受けたものである。

近年、例えば、意匠権を侵害する製品の完成品を構成部品(非専用品)に分割して輸入することにより、意匠権侵害を回避する等、輸入手口が巧妙になっている。また、近年、特徴のある部分以外の部分をあえて模倣する事例が発生しており、必ずしも部分意匠制度によって対応できない事例が生じている。こうした事例への対応についても、多機能品型間接侵害の導入が必要となっている。このため、意匠法においても、特許法に倣い、多機能品型間接侵害規定を導入するべきである。

上記記載において間接侵害規定の拡充必要性の理由の一つして挙げられた、「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣する事例」について理解できなかったので、以下、自分の頭の整理のために記す。

対策の必要性(あるいは正当性)

そもそも「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣する」ことを(本改正前の)旧法の範囲を超えて規制する必要はあるのだろうか。

「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣」した結果、“模倣品”は製品全体として登録意匠と非類似なのである(仮に類似するならば旧法で対応できる)。さらに「特徴のある部分以外の部分」は、部分意匠として意匠登録を受けられないほどに創作容易なものなのである。

意匠法の趣旨については「創作説」「混同説」「需要説」という3つの見解があるが、いずれの見解に立とうとも、このような「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣する」行為の規制を正当化できないように思われる。

間接侵害拡充という対策の有効性

仮に上記行為を規制すべきであっても、多機能品型間接侵害規定の導入という対策は有効なのだろうか。

この点について、青木大也「意匠法改正」高林龍ほか編『年報知的財産法2019-2020』(日本評論社,2019)13頁は、「「意匠の視覚を通じた美感の創出に不可欠なもの」の解釈にあたって、特許法において有力な本質的部分説を採用し、かつ仮に特許法におけるいわゆる本質的部分が、意匠法におけるいわゆる意匠の要部に相当するのであれば、立法趣旨の一つである「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣」するような事例に対しては、有効な対策にならないようにも思われる。」(脚注略)と述べる。

これもその通りであろうが、「意匠の視覚を通じた美感の創出に不可欠なもの」の解釈以前に、次の理由から有効な対策にならないと思われる。

「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣」した結果生まれた完成品は、上記のように登録意匠と非類似であることを想定しているため、この「特徴のある部分以外の部分」は、「登録意匠又はこれに類似する意匠に係る物品の製造に用いる物品又はプログラム等若しくはプログラム等記録媒体等」と言えない。

さらに、(仮に当該部分は「登録意匠又はこれに類似する意匠に係る物品の製造に用いる可能性のある物品又はプログラム等若しくはプログラム等記録媒体等」であるからこの要件は満たすと言えたとしても)「その物品又はプログラム等若しくはプログラム等記録媒体等がその意匠[=登録意匠又はこれに類似する意匠]の実施に用いられることを知りながら」という主観的要件を満たすことはない。

してみれば、「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣する」ことへの対策として、多機能品型間接侵害規定は全く使い物にならないのではないか。

最後に――「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣する事例」への対応は立法趣旨なのか

これまでは、「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣する事例」への対応が多機能品型間接侵害規定導入の趣旨の一つであることを前提として述べてきた。

しかし、改正法成立を告げる特許庁Webページに掲げられた資料では、意匠法における間接侵害規定について「「その物品等がその意匠の実施に用いられることを知っていること」等の 主観的要素を規定することにより、取り締まりを回避する目的で侵害品を構成部品に分割して製造・輸入等する行為を取り締まれるようにする。」とだけ述べられており、「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣する事例」への対応については全く触れられていない。さらに、立案担当者(特許庁総務部総務課制度審議室長)による解説*4でも同様である*5

このことから、特許庁も、「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣する」ことを規制することの不合理、あるいは、それを多機能品型間接侵害規定で対応することの不合理に気づき、立法趣旨から除外したようにも思えるのだが、いかがだろうか。

『令和元年特許法等の一部改正 産業財産権法の解説』(2020-05-09追記;2020-05-11さらに追記)

2020年4月30日発行の特許庁総務部総務課制度審議室編『令和元年特許法等の一部改正 産業財産権法の解説』(発明推進協会)は、多機能型間接侵害規定の追加に関して次のように述べるのみであり、「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣する事例」対応への言及はない。

(2)改正の必要性
① 多機能型間接侵害の追加
(i)特許法における多機能型間接侵害(特許法第101条第2号及び第5号)
……。
(ii)意匠法における多機能型間接侵害事例の増加
平成14年当時、意匠法においても多機能型間接侵害を導入することが検討されたが、意匠法では登録意匠に類似する意匠の実施にも意匠権の効力が及ぶこと、また、平成10年改正により部分意匠制度が導入され、これによる保護が可能と考えられたことから、これらによる保護の状況を見て、必要に応じて多機能型間接侵害の導入を将来的に検討することとした。
昨今、例えば意匠権を侵害する製品の完成品を構成部品(非専用品)に分割して輸入することにより、意匠権直接侵害を回避するなどの巧妙な模倣例が見受けられたことから、これに対処すべく、多機能型間接侵害規定を導入する必要性が高まっている。
特に、平成15年の旧関税定率法(明治43年法律第54号)の改正により、意匠権侵害物品に対する輸入差止申立制度(現在は関税法(昭和29年法律第61号)第69条の13)が施行されたが、本制度により意匠権侵害が疑われた事例を調査したところ、上述のような意匠権直接侵害を回避する巧妙な輸入手口が存在していることが判明した。こうした手口に対応すべく、意匠における多機能型間接侵害の導入が喫緊の課題となっている。
*6

特許法第101条第2号及び第5号の規定ぶりを参考に、「物品の製造にのみ用いる」専用品に限らず、登録意匠等に係る物品の製造に用いる物品等であって、当該登録意匠等の「視覚を通じた美感の創出に不可欠なもの」を、その意匠が登録意匠等であること及び当該物品等が意匠の実施に用いられることを知りながら、業として譲渡等する場合についても侵害とみなすこととした。
なお、同条第2号及び第5号では、発明の本質が「課題の解決」にあることから、「その発明による課題の解決に不可欠」との文言になっているところ、意匠法においては、意匠の本質が「視覚を通じた美感」(同法第2条第1項)にあることを踏まえて、「視覚を通じた美感の創出に不可欠」との規定ぶりとした。
物品の「意匠の視覚を通じた美感の創出に不可欠なもの」としては、例えば、美容用ローラーのボール部分やハンドル部分が挙げられる。登録意匠である美容用ローラーのボール部分とハンドル部分が別々に製造等された場合、ボール部分は様々なハンドルに取り付けられ、ハンドル部分は様々なボールを取り付けられることから、共に専用品には該当せず、第38条第1号に規定する間接侵害には該当しない。しかしながら、このハンドル部分及びボール部分は、ともに登録意匠の視覚を通じた美感の創出に不可矢な物品である。したがって、今般の改正により新設される同条第2号の規定により、当該登録意匠又はこれに類似する意匠が登録意匠又はこれに類似する憲匠であること及びその物品が当該登録意匠又はこれに類似する意匠の実施に用いられることを知りながら、業として製造等する行為が間接侵害に該当することとなる。
*7

更新履歴

2020-01-19 公開
2020-01-19 一部表記微修正
2020-01-23 誤記修正
2020-05-09 『令和元年特許法等の一部改正 産業財産権法の解説』について追記
2020-05-11 『令和元年特許法等の一部改正 産業財産権法の解説』144-145頁について追記

*1:令和元年5月17日法律第3号。

*2:建築物の意匠について同条5号に、画像の意匠について同条8号に、同様の規定が設けられた。

*3:引用者が改行を追加した。

*4:川上敏寛「令和元年特許法等改正法の概要(下)」NBL1156号(2019)50頁。

*5:ただし、特許庁総務部総務課制度審議室法制専門官の解説である、松本健男「令和元年「特許法等の一部を改正する法律」の解説」L&T86号(2019)61頁では、「特徴のある部分以外の部分をあえて模倣する事例が発生しており、部分意匠制度によって対応できない事例も生じていた。」との記載がある。

*6:144-145頁。

*7:149-150頁。

田村善之『知財の理論』に対する雑感

田村善之『知財の理論』(有斐閣,2019)は、次の10編の既発表論文(および「あとがき」)が収められた論文集である*1著者の膨大な著作のなかから、著者の思想・方法論を知る上で重要な論文が選ばれたのであろう。

第1章 知的財産法総論

  • 1 知的財産法政策学の試み(2008)[32頁]*2
  • 2 知的財産法学の新たな潮流――プロセス志向の知的財産法学の展望(2010)[37頁]
  • 3 「知的財産」はいかなる意味において「財産」か――「知的創作物」という発想の陥穽(2014)[20頁]
  • 4 競争政策と「民法」(2007)[20頁]

第2章 特許法

  • 1 プロ・イノヴェイションのための特許制度のmuddling through(2011,2012,2015,2018)*3[150頁]
  • 2 知財高裁大合議の運用と最高裁との関係に関する制度論的考察(2017)[32頁]

第3章 著作権法

  • 1 日本の著作権法のリフォーム論――デジタル化時代・インターネット時代の「構造的課題」の克服に向けて(2014)[99頁]
  • 2 著作物の利用行為に対する規律手段の選択――続・日本の著作権法のリフォーム論(2016)[51頁]
  • 3 著作権法の体系書の構成について(2015)[16頁]

第4章 知的財産法学の将来

  • 知的財産法学の課題~旅の途中~(2018)[43頁]

あとがき[5頁]

第1章(および第4章)には知的財産法学の方法論「知的財産法政策学」に関する論文が配されているが、これら論文は抽象度が高いため、いきなり読むのはハードルが高いと思われる。

そこでまずは、第3章1「日本の著作権法のリフォーム論」を読むことをお勧めしたい。長期的かつ大局的な観点から日本著作権法の立法論を述べた論文であり、著作権法に対する著者の考え方(理想)がストレートに現れている*4。そしてそれだけでなく、著者の方法論の実践の好例でもある。内容紹介に代えて、本論文の主なキーワードを挙げると、「政策形成過程のバイアス」「条文とユーザーの理解との乖離」「零細的利用」「司法と立法との役割分担」「孤児著作物」「寛容的利用」*5「フェア・ユース」「ルールとスタンダード」「差止請求権の制限の可能性」「オプト・アウトからオプト・インへ」といったものとなる。大部であるが、裁判例その他の具体例も多いため非常に読みやすく、田村知財理論への入門として最適な論文だと考える。

その後は、読者の関心に応じて、著者の著作権法観について深く知りたければ第3章2および3へ、著者の方法論の特許法(を含むイノベーション促進策)への実践について知りたければ第2章へ、著者の方法論そのものについて知りたければ第4章へ、読み進めばよいであろう。以下、個々の論文の内容を簡単に述べる。

第3章2「著作物の利用行為に対する規律手段の選択」は、(先の「日本の著作権法のリフォーム論」と比較して)短期的な視点に立った立法論である。広狭様々な著作権制限方策を列挙し、その役割分担を検討した後、(本論文の初出時点では日本法への導入が検討されていた*6拡大集中許諾制度についての評価で結ばれている。第3章3「著作権法の体系書の構成について」は、種々の著作権法体系書の構成(説明の順序)を分析するとともに、自著『著作権法概説』の構成の意図=著者の著作権法体系観を解説する、という凝った趣向の論文である。これを読むと、『著作権法概説』の構成がいかに工夫されたものかが分かるとともに、いやが上にも新版の発刊を期待してしまう。

第2章の2つの論文においては、イノベーション促進のための役割分担論が展開される。第2章1「プロ・イノヴェイションのための特許制度のmuddling through」著者には怒られるかも知れないが前半の実証研究・理論の紹介部分はさしあたり読み飛ばして、「プロ・イノヴェイションのためのmuddling throughの手法(1)」(176頁以下)から読み始めるのが良いであろう。そこでは、市場と(特許法に限られない)法との役割分担論から、市場の活用が重要であり「知的財産法の介入を最小限に抑えることができるとすれば,それに越したことはない」(179頁)との主張が説かれる*7。続く「プロ・イノヴェイションのためのmuddling throughの手法(2)」以降では、「新たな保護対象に対する特許の拡大に関しては謙抑的に構え,市場の活用を優先するとしても,すでに特許制度による保護が確立している分野に関しては,特許制度のなかで漸進的な試行錯誤*8を繰り返すことが第一義的な対応策となる」(186頁)と述べた後、そのための手法である(特許制度のなかの)役割分担論が展開される。具体的には、特許無効審判に加えて付与後異議申立の存在する意義・無効の抗弁に加えて無効審判の存在する意義・均等論・差止請求権の制限という素材が、特許制度における法的判断者(e.g. 特許庁・裁判所・出願人)間の役割分担の視点から分析されている。第2章2「知財高裁大合議の運用と最高裁との関係に関する制度論的考察」は、役割分担論の対象をより絞った、(特許制度における)司法機関の間の役割分担論である。専門性において優位に立つ知財高裁大合議と、審級において優位に立つ最高裁、この2つをイノベーション促進のためにどのように役割分担すべきかが、知財高裁大合議からの上告審事件3件*9の分析評価を通じて、検討される。この2つの論文を通じ、役割分担論という手法の有用性を確認できるだろう。

第4章「知的財産法学の課題~旅の途中~」は、2017年の講演の記録である。著者のこれまでの集大成的な講演録であり、本書第1章の各論文の要約・解説的な内容も含んでいるため、第1章よりも先にこちらを読んだほうが著者の方法論を把握しやすいであろう*10。本講演録は、「なぜ知的財産法学は難しいのか」その理由を説明するところから始まり、「知財財産」「知的創作物」という用語の危険性を述べるとともに、知的財産法学に求められる5条件――「立法論を展開しうる」「市場と対峙しうる」「関係機関の役割分担を議論しうる」「規範の定立を統御しうる」「政策形成過程のバイアスに抗しうる」――を提示する。そして最後に、法解釈論固有の(立法論のそれとは異なる)方法論が示される。
方法論が言語化・体系化されていることに驚くとともに、それが公開され読むことができるのをありがたく思う。この方法論を意識して著者の論考を読めば、より深い理解が得られよう*11。この方法論によって刺激的な論文が今後も生み出されることを望むとともに、「旅の途中」と自評されている方法論のさらなる進化にも期待したい。

*1:残念ながら、各論文は発表当時ほぼそのままの形で収められており、その後の展開を踏まえた加筆等はない。

*2:()内は初出年・[]内は論文総ページ数を示す。以下同。

*3:断続的に雑誌連載されたものである。

*4:「そもそも長期的な視野で考えるのであれば,ベルヌ条約の改正を分析の対象から外す理由はない。」(374-375頁)との述べている点が印象的できる。

*5:「寛容的利用に頼った短期的な均衡に安住し身を委ねることは問題の抜本的な解決にはならない」(375頁)との主張は、昨今の著作権法改正の議論を踏まえると、非常に考えさせられる。

*6:過去形で書いてよいのか分からないが……。

*7:そして、法の介入が必要な場合でも、特許法のような「インセンティヴ創設型」知財法の拡張の検討よりも前に、不正競争防止法の混同行為規制・デッドコピー規制のような「インセンティヴ支援型」知財法による対応を検討すべしとする。

*8:引用者注:この試行錯誤を著者は“muddling through”と称している。

*9:消尽論に関する最判平成19年11月8日民集第61巻8号2989頁、存続期間延長登録に関する最判平成23年4月28日民集第65巻3号1654頁、プロダクトバイプロセスクレームに関する最判平成27年6月5日民集第69巻4号700頁。

*10:ゆえに、本稿では第1章の論文についてはこれ以上言及しない。

*11:例えば、著者が近時提唱している「パブリック・ドメイン・アプローチ」は、「政策形成過程のバイアスに対抗するメタファやベイスラインを用いる」(487頁)ことの実践の一つと捉えられる。田村善之「際物(キワモノ)発明に関する特許権の行使に対する規律のあり方 ― 創作物アプローチ vs. パブリック・ドメイン・アプローチ ―」別冊パテント22号(2019)1頁以下の末尾で言及されている食品用途特許は、政策形成過程に少数派バイアスが働いた典型例であろう。