特許法の八衢

先使用権についての一考

はじめに

想特一三『そーとく日記』2023年09月07日記事によれば、2023年3月3日に開かれた、弁理士会第20回公開フォーラム『先使用権 -主要論点 大激論』のパネルディスカッションにおいて、次の設例について、議論されたという。

「A成分, B成分, C成分 及び D成分 を含む塗料であって、D成分の含有量が0.01~0.05質量%である、塗料。」 という特許発明があり、D成分は微量で A成分+B成分+C成分を安定化させることが発明の詳細な記載に開示されているとして、その出願前から被疑侵害者が成分A+B+Cを含む塗料を製造していたが、実はD成分が偶然0.02質量%混入しており、被疑侵害者はそのことを知らなかった場合に先使用権は成立するか

そして、パネラーの多くは、この設例において先使用権は成立しない、と述べたようである。

これは、私にとって、意外な結果であった。

私は、『そーとく日記』と同じく、先使用権が成立すると考える*1。その理由を、以下に記す。

被疑侵害者は「発明」をなしたか

特許法79条は、「特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし……特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者」が先使用権の対象者である、と規定している。

そこで、本設例で問題となるのは、第一に、被疑侵害者が「発明」をなしたか、である。

特許法において、「発明」とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」(2条1項)とされている。そして、「技術的思想」とは、一定の課題を解決する具体的手段であって、反復して実施可能なもの、と解されている*2

設例によれば、被疑侵害者は、《A成分, B成分, C成分 及び D成分を含み、D成分が0.02質量%の塗料》を製造している。事業のためにこの塗料を製造しているのであろうから、当然、被疑侵害者製品は、反復して実施(生産)可能なものであろう。また、被疑侵害者製品は、<A成分, B成分, C成分>を含む塗料を製造するという課題を解決している。したがって、被疑侵害者は、《A成分, B成分, C成分 及び D成分を含み、D成分が0.02質量%の塗料》という「発明」をなした、と判断できる。

この判断において、被疑侵害者の主観、すなわち、被疑侵害者はD成分の存在を認識していないことや、被疑侵害者は課題(A成分・B成分・C成分のみでは安定化しないこと等)を認識していないことを、考慮に入れる必要はない。「発明」の定義上、現実に、反復して実施可能な具体的課題手段を見出していれば、それだけで「発明」をした、と言える*3

「特許出願に係る発明」とは何か

第二に、問題となるのは、被疑侵害者がなした「発明」が、79条の「その発明」=「特許出願に係る発明」であるか、である。

設例において「特許出願に係る発明」とは何か。その一つは、クレームそのものである「A成分, B成分, C成分 及び D成分 を含む塗料であって、D成分の含有量が0.01~0.05質量%である、塗料。」であろう。

もっとも、この「A成分, B成分, C成分 及び D成分 を含む塗料であって、D成分の含有量が0.01~0.05質量%である、塗料。」という「発明」には、《A成分, B成分, C成分 及び D成分を含み、D成分が0.02質量%の塗料》という「発明」、すなわち被疑侵害者がなした「発明」も含まれる。

したがって、被疑侵害者がなした「発明」は、「特許出願に係る発明」の一部である、と言える。

なお、最二小判昭和61年10月3日(昭和61年(オ)第454号) 民集40巻6号1068頁も、「実施形式に具現された発明が特許発明の一部にしか相当しないときは、先使用権の効力は当該特許発明の当該一部にしか及ばない」(強調引用者)と述べ、被疑侵害者のなした「発明」が特許発明の一部にしか当たらない場合も、(その範囲では)先使用権が認められる、と述べている。

結論

以上により、設例において、少なくとも《A成分, B成分, C成分 及び D成分を含み、D成分が0.02質量%の塗料》の範囲では先使用権が認められる、と考える。

更新履歴

  • 2024-03-20 公開

*1:私は、そのパネルディスカッションを見てはいないし、その模様を記した別冊パテントの記事も(まだ公開されていないため)読んでいないので、今後、考えが変わりうることを、予め言い訳しておく。

*2:例えば、中山信弘『特許法〔第5版〕』(2023,弘文堂)115頁。

*3:なお、被疑侵害者製品は、特許出願可能である。実務において、発明者が「発明」と気づいていないものを、知財部門や弁理士が見出し、特許出願することは多い。その出願明細書には、D成分について言及がないかも知れないが、被疑侵害者が行なっている製造方法が記載されているならば、結果として、《A成分, B成分, C成分 及び D成分を含み、D成分が0.02質量%の塗料》の製造方法が記載されていることになる。