特許法の八衢

特許権侵害に基づくApple Watch排除命令についてのCAFC判決 ― Apple v. ITC (Fed. Cir. 2026)

1. はじめに 2023年、米国国際貿易委員会(United States International Trade Commission; ITC)が、特許権侵害を理由に、Apple Watch Series 6の米国への輸入等を禁止する排除命令を出したことは耳目を集めた。本件Apple v. ITC (Fed. Cir. March 19, 2026)…

不安定な出願

平成11年特許法改正により、出願審査請求可能期間が出願後7年間から3年間に短縮された*1際、立案担当者は次の説明をしていた(強調は引用者による)*2: 現行の審査請求制度では、審査請求の多くが出願から6~7年目に集中しているため、7年という長期間にわ…

特許権侵害警告が不競法2条1項21号の不正競争にあたると判断された事案 ― 東京地判令和7年10月9日(令和6年(ワ)第70096号等)

1 事案の概要 本件 東京地判令和7年10月9日(令和6年(ワ)第70096号[本訴事件]・令和6年(ワ)第70274号[反訴事件])は、複雑な事案である。 まず、特許権者である本訴原告(以下、単に「原告」)が、本訴被告(被告山創および被告ライフテック;「被告ら」…

FRAND宣言された特許権の侵害行為につき差止請求が認められた事案 ― 東京地判令和7年6月23日 令和5年(ワ)第70501号

1 はじめに 本件 東京地判令和7年6月23日 令和5年(ワ)第70501号は、ビジネス・コート公式Xアカウントによれば、「SEP(FRAND)訴訟において差止請求が日本で初めて認容された事例」である。以下、判決文のうち差止請求にかかわる部分を(あまり省略せずに)引…

独占的通常実施権者に損害賠償請求権を認めた事案

1. はじめに 本稿も、前稿と同様、知財高判令和7年5月27日(令和3年(ネ)第10037号 )*1(以下、本判決)を取り上げる。本稿のテーマは、〈独占的通常実施権者に固有の損害賠償請求権は認められるか〉である。 2. 事案の概要*2 2.1 事案の要旨 ⑴ 本件は、医薬…

特許法102条により算定された損害額に消費税を上乗せすることの可否

はじめに 知財高判令和7年5月27日(令和3年(ネ)第10037号 )*1は、存続期間が延長された特許権の効力範囲が大きな争点となり、計217億円余りという極めて高額の損害賠償金が認められた事案である。本判決は注目すべき点が多くあるが、ここでは、私の備忘録も…

侵害製品のメンテナンス行為は特許権侵害に当たらないとされた事案 ― 東京地判令和7年7月10日(令和6年(ワ)第70128)

1 はじめに 本判決 東京地判令和7年7月10日(令和6年(ワ)第70128)*1は、特許権者である原告が、被告に対し、被告行為が特許権侵害を構成するとして、侵害行為の差止め等を求めた事案である。東京地裁は差止めを認容したが、被告行為のうち後記の「本件メン…

意匠類否判断が第1審と控訴審とで異なった事案 ― 東京地判令和6年10月30日(令和3年(ワ)第20229号)・知財高判令和7年6月26日(令和6年(ネ)第10086号)

0 はじめに 本稿で紹介するのは、意匠権侵害事件である。近時、意匠法の重要性が増していると考えられるところ、意匠法において、「類似」の解釈(類否判断)は、理論上も実務上も、最大の論点といっても過言ではない。本事件は、第1審判決(東京地判令和6年…

FRAND料率が判示された裁判例 ― 東京地判令和7年4月10日(令和4年(ワ)第7976号)

1 本稿の目的 いわゆる標準必須特許のFRAND料率について判示された日本裁判例は、長らく、知財高大判平成26年5月16日(平成25年(ネ)第10043号)(「本判決」(東京地判令和7年4月10日(令和4年(ワ)第7976号))における呼称に従い、以下、この知財高大判を「…

特許権侵害訴訟の訴訟物につき特許権単位説を採った事案 ― 東京地判令和7年2月18日(令和5年(ワ)第70615号等)

1 本稿の目的 本件判決 東京地判令和7年2月18日(令和5年(ワ)第70615号・令和6年(ワ)第70110号)は、本ウェブログで以前取り上げた裁判例の関連事案である(関連性について詳しくは、後記判決抜粋における「関連訴訟」の項参照)。本件は、特許権者が不実施…

知財高大判令和7年3月19日(令和5年(ネ)第10040号)

1 本稿の目的 前稿で話題にした知財高大判令和7年3月19日(令和5年(ネ)第10040号)につき、判決全文が、知財高裁ウェブサイトに掲載された。先に掲載されていた判決要旨には書かれていない、興味深い点も多数あったため、あらためて紹介したい。以下、判決の…

特許法69条3項の「医薬」 ― 知財高大判令和7年3月19日(令和5年(ネ)第10040号)の判決要旨を読んで

令和7(2025)年3月19日、知財高裁令和5年(ネ)第10040号事件の判決が言い渡され、当日中に「判決要旨」が知財高裁ウェブサイトに掲載された。一方で、判決全文は本稿執筆時点(2025年3月20日)において掲載されていない。判決要旨によれば、被疑侵害者による特許…

国境を跨ぐ行為について特許権侵害を認めた最高裁判決

1. はじめに 本日(2025年3月3日)言渡しがなされた、特許権侵害に関する二つの最高裁判決(ともに第二小法廷)について、私の“雑な”第一印象を記録することを目的とする。なお、両判決について、個別意見は付されていない。 2. 令和5年(受)第14号等事件判決…

DABUS事件 第一審判決および控訴審判決

1. はじめに いわゆるDABUS事件の控訴審判決が言い渡された(知財高判令和7年1月30日[令和6年(行コ)第10006号])。控訴棄却との結論ながら、その理由付けは、第一審判決(東京地判令和6年5月16日[令和5年(行ウ)第5001号])とは異なる。そこで、以下では…

システムクレームについて、サービス顧客による「使用」を認める一方、サービス提供者の代位責任を否定したCAFC判決 ― CloudofChange v. NCR (Fed. Cir. 2024)

1. はじめに 本件は、米国において、システムクレームに関する分割侵害(divided infringement)が問題となり、CAFC判決に至った事案である。本判決では、分割侵害に関わる種々の先例が参照され、各先例の位置づけが明確化される*1等、重要性の高いものだと思…

特許法104条に関する判断が傍論として示された事案 ― 東京地判令和6年9月26日(令和5年(ワ)第70178号)

1 はじめに 本判決(東京地判令和6年9月26日 令和5年(ワ)第70178号)は、医薬品の製法に係る特許発明について、その特許権侵害が争われた事案である。裁判所は構成要件充足性を認めなかったが、「念のため」特許法104条による推定が認められるか否かも判断し…

特許権者に特許発明実施能力がなくても102条2項の適用が認められた事案 ― 知財高判令和6年7月4日(令和5年(ネ)第10053号)

はじめに 本件判決 知財高判令和6年7月4日(令和5年(ネ)第10053号)は、金融商品取引に関する発明*1の特許権について、その侵害による損害額が大きな争点となった事案である。特許権者(1審原告;株式会社マネースクエアHD)は、外国為替取引業、外国為替…

中山信弘「特許法における過失の推定」(2024)への疑問

本稿の目的 中山信弘「特許法における過失の推定」ジュリスト1600号(2024)110頁以下(以下、中山論文)は、特許法103条「他人の特許権又は専用実施権を侵害した者は、その侵害の行為について過失があつたものと推定する。」の現行の解釈について、問題提起…

人体を用いた「生産」

本稿の目的 2024年6月24日、知財高裁は、令和5年(ネ)第10040号事件につき、特許法105条の2の11第2項に基づく、第三者意見募集を開始した。本稿は、その意見募集事項のうち「意見募集事項 (3)ウ」(後掲)について、検討を行うものである。 知財高裁による「…

パラメータ発明について先使用権の成立を緩やかに認めた事案 ― 知財高判令和6年4月25日(令和3年(ネ)第10086号) ―

1. はじめに 本判決 知財高判令和6年4月25日(令和3年(ネ)第10086号)は、様々な争点があるが、最も重要なのは、先使用権の成否についての判示である。このことは、知財高裁ウェブページで掲載されている本判決の要旨*1からも窺える。原判決である大阪地判令…

事件番号には裁判所名を付記すべし

法律文書には、裁判例が引用されることが多い。そして、引用の際、裁判所名・判決等の年月日・掲載判例集の頁を用いるのが一般的である。しかし、同じ裁判所で同じ年月日に複数の判決が言い渡される場合があること・判例集へのアクセス性(そもそも判例集に…

優先権主張を伴う「実施例補充型」出願について国内優先権の有効性が判断された事案 ― 知財高判令和6年3月26日(令和5年(行ケ)第10057号)

1. はじめに 知財高判令和6年3月26日(令和5年(行ケ)第10057号)は、国内優先権の主張を伴う「実施例補充型」の特許出願について、国内優先権の有効性が問題となった事案である。本件で対象となった特許出願(本件出願)は、2つの日本出願(優先権出願1[20…

続続・先使用権についての一考

井関涼子「≪先行公開版≫先使用権の緩やかな認定?―特許権の緩慢な死?」別冊パテント30号(2024年03月29日公開)は、次のように述べる(強調は引用者による)。 先使用発明が特許発明の一部であって、先使用権がその一部にしか及ばない例としては、例えば、…

続・先使用権についての一考

はじめに 先使用権について述べた、先の記事を補足するため、次の3つのケースにおいて、「A成分, B成分, C成分 及び D成分 を含む塗料であって、D成分の含有量が0.01~0.05質量%である、塗料。」という特許発明に係る特許権Xを、《A成分, B成分, C成分 及び…

先使用権についての一考

はじめに 想特一三『そーとく日記』2023年09月07日記事によれば、2023年3月3日に開かれた、弁理士会第20回公開フォーラム『先使用権 -主要論点 大激論』のパネルディスカッションにおいて、次の設例について、議論されたという。 「A成分, B成分, C成分 及…

製法発明につき、104条を適用して、製法を特定しない物に差止めを認めた事案 ― 知財高判令和5年12月27日(令和4年(ネ)第10055号)

はじめに 本件判決 知財高判令和5年12月27日(令和4年(ネ)第10055号)は、構成要件充足性判断や102条2項の損害額算定に関する判示にも興味深い点があるが、本稿では、別の点について述べたい。 以下、「雑感」の項を除き、判決の引用である*1。 なお、本件の…

「printed publication」該当性について判断された事案 ― Weber v. Provisur Technologies (Fed. Cir. 2024)

はじめに 本稿の目的は、実務において重要と思われる、最近のCAFC判決 Weber, Inc. v. Provisur Technologies, Inc. (Fed. Cir. Feb. 8, 2024)*1の紹介である。 本件では、旧特許法(Pre-AIA 35 USC)102条の「printed publication」に該当するか否かが、争点…

AIを「壁打ち」に用いる時代の進歩性判断

はじめに 生成系AIの普及により、創作の場面で、AIを「壁打ち」に用いるのは、一般的になった*1。 そこで、AIとの「壁打ち」の結果生まれた(生まれうる)発明(発明それ自体がAIに関係するものか否かは問わない)に対する進歩性判断*2について、雑感を記す*…

Bruce Schneier『ハッキング思考』

セキュリティの専門家であるブルース・シュナイアー(Bruce Schneier)の最新著書の邦訳(翻訳:高橋聡)、『ハッキング思考 強者はいかにしてルールを歪めるのか、それを正すにはどうしたらいいのか』(2023,日経BP)*1を読んだ。 「ハッキング」という書名…

方法の発明の102条1項適用について ― 令和5年不競法改正を踏まえて ―

特許法102条1項 特許法102条1項は、次のものである。特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡し…