特許法の八衢

事件番号には裁判所名を付記すべし

法律文書には、裁判例が引用されることが多い。そして、引用の際、裁判所名・判決等の年月日・掲載判例集の頁を用いるのが一般的である。

しかし、同じ裁判所で同じ年月日に複数の判決が言い渡される場合があること・判例集へのアクセス性(そもそも判例集に掲載されていない裁判例を引用することも多い)などを考えると、この引用手法が、常に最善のものとは言いがたい*1

そこで、事件番号(例えば、「令和元年(ワ)第25152号」)を用いて、裁判例を引用することが考えられ、実際に、特許法関係の法律文書でも、事件番号によって裁判例を引用するものが多数ある。

事件番号を用いて裁判例を引用すること自体は、裁判例の特定が容易になるので、歓迎すべきことである。しかし、特許法関係の法律文書において、気になる点がある。

それは、特許法関係の実務者が書いた文書では ― 理由は不明であるが ― 裁判所名を付記せずに、事件番号だけで、事件を特定したつもりになっている文書が散見されることである。

事件番号について、東京地判平成30年12月20日(平成30年(行ウ)第233号)は、以下のように述べる(強調は引用者による):

事件番号は,各裁判所において事件を受理した場合に,当該事件を受理した日の属する年の元号及び年数,当該事件の種類ごとに付される記録符号並びに記録符号ごとに付される一連番号によって表示される識別番号であり,一つの裁判所において同一の事件番号が重複して付されることはないから,当該事件が係属する裁判所名が判明している場合,その事件番号が判明すれば,当該事件を特定することが可能である。

上記のように、事件番号は裁判所ごとに付されるのであるから、事件番号だけでは事件を一意に特定できない。ある裁判所で付されたのと同一の事件番号の別事件が、他の裁判所に係属しているのは、当然にあり得る。

もっとも、特許法に関する事件であることが文脈上明らかであれば、事件記録符号が「行ケ」や「ネ」であるもの(ただし、知財高裁設立後のもの)については、裁判所名を付さないことも許されよう。知財高裁が専属管轄を持つからである(特許法178条1項、民訴法6条3項本文、知的財産高等裁判所設置法2条1号・2号)。

しかし、例えば事件記録符号が「ワ」であるものについては、事件番号だけでは東京地裁と大阪地裁とのいずれの事件であるのか分からないのだから(民訴法6条1項1号・2号)、特段の事情がない限り、事件番号には裁判所名を付記するべきである。

*1:白石忠志『法律文章読本』(2024,弘文堂)33頁。