特許法の八衢

特許法102条により算定された損害額に消費税を上乗せすることの可否

はじめに

知財高判令和7年5月27日(令和3年(ネ)第10037号 )*1は、存続期間が延長された特許権の効力範囲が大きな争点となり、計217億円余りという極めて高額の損害賠償金が認められた事案である。

本判決は注目すべき点が多くあるが、ここでは、私の備忘録も兼ねて、〈特許法102条により算定された損害賠償額に消費税相当額を上乗せできるか〉というマイナーな、しかし実務上重要と思われる点について、判決を抜粋して紹介する。

判決抜粋*2

当裁判所は、損害論については、第6のとおり、本件においては、本件特許権の独占的通常実施権者である鳥居薬品の損害賠償請求権が成立し(争点8)、原告は、これを併せて被告らに対して損害賠償請求をすることができるから、被告らが販売した被告製剤については特許法102条1項に係る単位数量当たりの利益の額に基づく損害を請求することができ(争点9)、同項1号の「販売することができないとする事情」を認めることはできず(争点10)、未譲渡の被告製剤については同条3項に係る適正な実施料(9%)に基づく損害が認められ(争点11)、消費税相当額の加算は、同条1項に係る損害については認められないが、同条3項に係る適正な実施料については認められる(争点12)から、原告の損害額(争点13)は、別紙「裁判所認容額目録」記載のとおりと判断する。

消費税法4条1項は「国内において事業者が行った資産の譲渡等…には、この法律により、消費税を課する。」と定め、同法2条1項8号は「資産の譲渡等」につき「事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供(代物弁済による資産の譲渡その他対価を得て行われる資産の譲渡若しくは貸付け又は役務の提供に類する行為として政令で定めるものを含む。)をいう。」と定義する。

そして、消費税法基本通達5-2-5(乙ハ65)は「損害賠償金のうち、心身又は資産につき加えられた損害の発生に伴い受けるものは、資産の譲渡等の対価に該当しないが、例えば、次に掲げる損害賠償金のように、その実質が資産の譲渡等の対価に該当すると認められるものは資産の譲渡等の対価に該当することに留意する。」とし、「無体財産権の侵害を受けた場合に加害者から当該無体財産権の権利者が収受する損害賠償金」を例として掲げている。

本件において、原告は、被告らが販売した被告製剤については、特許法102条1項に基づいて損害額を算定し、被告らが製造し未譲渡の被告製剤については、同条3項に基づいて損害額を算定している。

このうち、特許法102条1項に基づく損害額については、原告は、同条1項1号の文言に従い、被告らが販売した被告製剤の数量に、原告の単位数量当たりの利益の額を乗じているところ、同号は、侵害行為がなければ、原告は被告らが販売した被告製剤の数量と同じ数量の原告製剤を販売することができたはずであるという考え方に基づき、原告の逸失利益に相当する損害額の算定方法を定めたものである。

この損害額の算定は、原告が被告らに対し資産の譲渡等を行ったと仮定した場合の対価相当額を計算しているわけではなく、あくまでも被告らの侵害行為がなかった場合の市場における原告製剤の販売による得べかりし利益の全体の額を、便宜、被告製剤の販売数量に原告製剤の単位当たり利益を乗ずる方法により計算するものであって、当該単位当たり利益は譲渡の対価とは異なるものである。

したがって、当該損害額による賠償金は、形式的には前記消費税法基本通達にいう「無体財産権の侵害を受けた場合に加害者から当該無体財産権の権利者が収受する損害賠償金」ではあっても、「その実質が資産の譲渡等の対価」に該当すると解することは困難である。
同基本通達は、行政庁内部の文書であって、当裁判所を法的に拘束するものではない。

消費税法4条1項の解釈として、本件における特許法102条1項に基づく損害賠償金が「資産の譲渡等の対価」であると解することはできないというべきであるから、当該損害賠償金に消費税を上乗せすべきであるとの原告の主張は採用することができない

(なお、被告らは、被告製剤を販売して利益を得ているが、当該被告製剤の販売に係る消費税は、その購入者が負担し、納税義務者である被告ら事業者が別途納税しているはずであるから、その限度では既に対象となる消費経済活動に係る消費税は納付されている。これに加えて、特許法102条1項に基づく損害賠償金に消費税を課すと、実質的にみて二重に消費税を課すのと同様の結果となるということもできる。)。

他方、特許法102条3項に基づく損害額については、事後的ではあるが、特許権侵害者と事後的に合意をするとしたならば特許権者が得ることとなる対価を損害額として計算するものであるから、実質的にみて、特許権利用の対価を事後的に定めるものとみることは可能であり、被告らが事前の合意により実施料を支払っていた場合には、当然、当該実施料に係る消費税を負担していたはずであるから、事後的に対価が定められた場合に消費税の負担を免れるべきであるとする理由もない。

そうすると、後者については、消費税法4条1項の解釈として、資産の譲渡等の対価に該当すると解しても不自然ではなく、このように解した場合には、原告においては同法5条1項により消費税を納める義務があることになり、現に原告は消費税相当額を含めて損害賠償を請求している。
これらの点を踏まえると、本件における特許法102条3項に基づく損害賠償については、認容すべき損害額の算定に当たり、本件口頭弁論終結時における消費税相当額を加算するのが相当というべきである。

わずかな雑感

〈102条1項と3項とで消費税相当額の上乗せの可否は異なる〉と判断した点が、その理由付けも含めて大変興味深い。

本判決では102条2項については判断されていないが、「なお、被告らは、被告製剤を販売して利益を得ているが、当該被告製剤の販売に係る消費税は、その購入者が負担し、納税義務者である被告ら事業者が別途納税しているはずであるから、その限度では既に対象となる消費経済活動に係る消費税は納付されている。これに加えて、特許法102条1項に基づく損害賠償金に消費税を課すと、実質的にみて二重に消費税を課すのと同様の結果となるということもできる。」との判示に従えば、(侵害者の利益額を特許権者の損害額と推定する)102条2項についても、102条1項と同様消費税の上乗せは認められないと思われる。

ところで、知財高大判令和7年3月19日(令和5年(ネ)第10040号)では、「102条3項により損害額を算定するに当たり、実施許諾料を定めるに際しては消費税相当額を考慮することがあり得ることを含めた本件に表れた諸般の事情を総合考慮して、被控訴人が本件手術の対価(豊胸代金)として得た売上高に8%を乗じた額とするのが相当であるとするものであるから、更に消費税相当額を考慮する必要は認められない。」と判示していた。
(102条3項の算定額には消費税の上乗せを認めた)本件判決と知財高大判とを整合的に解釈するならば、102条3項の実施料率の算定方法は、消費税を考慮するもの(知財高大判)と考慮しないもの(本判決)とがある、ということになろう。

更新履歴

  • 2025-07-23 公開
  • 2025-07-23 誤記修正

*1:裁判体:清水響・菊池絵理・頼晋一。

*2:強調は引用者による。また、引用者が改行を適宜追加した。