特許法の八衢

AIを「壁打ち」に用いる時代の進歩性判断

はじめに

生成系AIの普及により、創作の場面で、AIを「壁打ち」に用いるのは、一般的になった*1

そこで、AIとの「壁打ち」の結果生まれた(生まれうる)発明(発明それ自体がAIに関係するものか否かは問わない)に対する進歩性判断*2について、雑感を記す*3

進歩性の判断枠組み

進歩性の判断枠組みについて、知財高大判平成30年4月13日(平成28年(行ケ)第10182号等)[ピリミジン誘導体]は、特許庁の審査実務を追認し、以下の一般論を述べた。

進歩性に係る要件が認められるかどうかは,特許請求の範囲に基づいて特許出願に係る発明(以下「本願発明」という。)を認定した上で,同条[引用者注:特許法29条]1項各号所定の発明と対比し,一致する点及び相違する点を認定し,相違する点が存する場合には,当業者が,出願時(……)の技術水準に基づいて,当該相違点に対応する本願発明を容易に想到することができたかどうかを判断することとなる。

このような進歩性の判断に際し,本願発明と対比すべき同条1項各号所定の発明(以下「主引用発明」といい,後記「副引用発明」と併せて「引用発明」という。)は,通常,本願発明と技術分野が関連し,当該技術分野における当業者が検討対象とする範囲内のものから選択される……。

……

主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合には,①主引用発明又は副引用発明の内容中の示唆,技術分野の関連性,課題や作用・機能の共通性等を総合的に考慮して,主引用発明に副引用発明を適用して本願発明に至る動機付けがあるかどうかを判断するとともに,②適用を阻害する要因の有無,予測できない顕著な効果の有無等を併せ考慮して判断することとなる。

この判断枠組みの“大枠”――所与のものとして主引用発明があり、それに(本願発明と主引用発明との差を埋める)副引用発明を適用することが容易か否かを判断する――は、(AIを用いない場合も含め)発明創作の現実を反映していない、と考えられる*4。それにも拘わらず、実務で採用されているということは、進歩性判断の手法として、これまで、この“大枠”が一定の程度有効に機能してきた、と捉えるべきであろう。

そのように考え、自然人のみで創作した発明に対する進歩性判断手法として、“大枠”を是認するのならば、AIとの「壁打ち」の結果生まれた発明に対する進歩性判断手法としても、この“大枠”は維持されるべきであろう。“大枠”に問題があるとしても、それはAIとの「壁打ち」の結果生まれた発明固有のものではない、と考えられるからである。

動機付け・阻害要因・予測できない顕著な効果

もっとも、判断枠組みの“大枠”に、AIとの「壁打ち」の結果生まれた発明固有の問題がなくとも、判断枠組みの“細部”は、AIとの「壁打ち」の結果生まれた発明に対して*5、調整が必要かも知れない。

動機付け

第一に、副引用発明を主引用発明に適用する「動機付け」の有無の判断において、「主引用発明又は副引用発明の内容中の示唆,技術分野の関連性,課題や作用・機能の共通性」の4要素のみ*6を考慮するだけで十分なのだろうか。

AIへ、主引用発明および課題を与えた上で、(主引用発明を補うような、主引用発明に適用可能な)副引用発明の提示を指示した場合*7に、AIは、(自然人と同じように)これら4要素を踏まえて、副引用発明を探すのだろうか? 仮にAIが、自然人とは全く異なる「思考」*8プロセスを経て、副引用発明を掲示するのであれば、AIの「思考」プロセスを踏まえ、動機付け判断の考慮要素を追加する必要がある。

また、この4要素のみの総合考慮を維持するとしても、少なくとも「技術分野の関連性」については、(AI利用を前提していなかった)これまでよりも、関連性があるとされる範囲が広がるであろう*9。その結果、かつて「同一技術分野論」と称され否定的に評価されていた考え方*10が、“復興”するかも知れない*11

阻害要因

第二に、「適用を阻害する要因」(阻害要因)についても、検討が必要である。

『特許・実用新案審査基準』第III部 第2章 第2節 3.2.2 (2020.12)は、「阻害要因」として、以下を例示する:

(i) 主引用発明に適用されると、主引用発明がその目的に反するものとなるような副引用発明

(ii) 主引用発明に適用されると、主引用発明が機能しなくなる副引用発明

(iii) 主引用発明がその適用を排斥しており、採用されることがあり得ないと考えられる副引用発明

(iv) 副引用発明を示す刊行物等に副引用発明と他の実施例とが記載又は掲載され、主引用発明が達成しようとする課題に関して、作用効果が他の実施例より劣る例として副引用発明が記載又は掲載されており、当業者が通常は適用を考えない副引用発明

とくに上記(iv)の「当業者が通常は適用を考えない」という文言に端的に表れているように、阻害要因は、自然人の先入観に起因するものだと考えられる。

しかし、AIに、自然人のような先入観はあるのだろうか? ないのであれば、進歩性判断にあたり、阻害要因の考慮は不要であろう。

もっとも、《AIは、副引用発明を探して、主引用発明への適用“可能性”を提示するのみであって、最終的に適用可否を判断するのは、AIではなく自然人である》として、これら阻害要因の考慮を(AI利用を前提していなかった)これまでと同様に、維持してよい、という考えも成り立ちうる。

予測できない顕著な効果

進歩性判断において、予測できない顕著な効果の有無を考慮することについて、AIとの「壁打ち」の結果生まれた発明固有の問題があるか否かについては、(上記の動機付け・阻害要因もさしたる検討ではなかったが、それ以上に)私の能力では考えることができない。

ただ、「予測できない」とされる範囲が、技術進歩によって今後ますます減っていくことは間違いなく、それを強く後押しするのがAI技術の発展なのかも知れない。

おわりに

AIの一般化によって、従来に比べ「容易に発明することができ(る)」(特許法29条2項)ようになった(少なくとも近い将来そうなる)ことは疑いない。してみれば、これまでよりも進歩性のハードルを上げるべし――特許を与えにくくすべし――というのが、自然な帰結であろう*12

AI利用が当然視される現在、問題はすでに、進歩性の判断を変えるべきか否かではなく、どのように変えるべきか、に移行している。

USPTOの対応 (2024-02-14追記)

USPTOは、2024年2月13日(現地時間)、「Inventorship Guidance for AI-Assisted Inventions」、および、2つの事例を公表し、パブリックコメントの募集を開始した*13

本ガイダンスの概要については、すでに、次の2つの日本語解説がある:

このガイダンスは、AIを利用して生まれた発明*14(本稿で述べた“AIとの「壁打ち」の結果生まれた発明”を含む*15)の発明者適格性(inventorship)について述べたものだが、以下の興味深い記述もある:

The USPTO recognizes that AI gives rise to other questions for the patent system besides inventorship, such as subject matter eligibility, obviousness, and enablement.

(snip)

The USPTO has been exploring issues at the intersection of AI and IP and is planning to continue to engage with our stakeholders as we move forward, issuing guidance as appropriate.

上記の拙訳:

USPTOは、AIが、発明者適格性以外にも、特許適格性・自明性・実施可能性などの問題を、特許制度に生じさせることを認識している。

(中略)

USPTOは、AIと知的財産との交錯における課題を探求し、適宜ガイダンスを発行しながら、今後もステークホルダーとの対話を続ける予定である。

USPTOも、本稿で述べたような問題意識を持っているように思われる。今後も、USPTOの対応から目が離せない。

更新履歴

  • 2024-01-28 公開
  • 2024-02-14 「USPTOの対応」を追記

*1:知的財産戦略本部「AI時代の知的財産権検討会(第5回)」「資料1 残された論点等(討議用)」(2024年1月26日)29頁には、「AI技術の活用事例として、例えば、候補物質の絞り込み作業の支援業務などが挙げられるが、その利用は試行錯誤(壁打ち)の段階」と述べられている。

*2:発明の進歩性判断において、その発明が実際にAIを利用して生まれたのか否かを考えることに意味はなく、AIを利用してもなお、容易に発明することができないもののみに、進歩性要件充足を認めるべきである。中山一郎・後掲204頁以下参照。

*3:先行研究として、中山一郎「AIと進歩性」田村善之編著『知財とパブリック・ドメイン 第1巻:特許法篇』(2023,勁草書房)175頁[初出:別冊パテント22号(2019)179頁]、潮海久雄「特許法における進歩性要件の現代的課題」特許研究70号(2020)等がある。

*4:塚原朋一「特許の進歩性判断の構造について」片山英二先生還暦記念『知的財産法の新しい流れ』(2010,青林書院)421頁以下参照。

*5:そして、全ての発明は、AIとの「壁打ち」の結果としても生まれうるのであるから、結局のところ、全ての発明に対して。

*6:[ピリミジン誘導体]知財高裁大合議判決では、「引用発明又は副引用発明の内容中の示唆,技術分野の関連性,課題や作用・機能の共通性を総合的に考慮」と述べてられているが、「等」の詳細は不明である。『特許・実用新案審査基準』第III部 第2章 第2節 3.1.1 (2020.12)では、「動機付けとなり得る観点」として、「(1) 技術分野の関連性」「(2) 課題の共通性」「(3) 作用、機能の共通性」「(4) 引用発明の内容中の示唆」の4要素のみが挙げられている。

*7:すなわち、現在の進歩性判断枠組みの“大枠”に沿った指示をした場合。

*8:AIが思考しているのか否か、私には判断できないので、「」に入れておく。

*9:潮海久雄・前掲47頁参照。

*10:塚原朋一・前掲428頁以下、および、同「同一技術分野論は終焉を迎えるか」特許研究51号(2011)2頁参照。

*11:例えば、『特許・実用新案審査基準』第III部 第2章 第2節 3.1.1 (2020.12)には、「審査官は、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けの有無を判断するに当たり、(1)から(4)までの動機付けとなり得る観点のうち「技術分野の関連性」については、他の動機付けとなり得る観点も併せて考慮しなければならない。」と述べられているが、このような注記が、AIとの「壁打ち」の結果生まれた発明について妥当するのだろうか。

*12:中山一郎・前掲210頁参照。

*13:パブリックコメント募集中にもかかわらず、このガイダンスはすでに発効しており、(ガイダンス公表後になされた出願のみならず)全出願・権利について適用にされる。

*14:なお、このガイダンスは、utility patentのみならず、design patentおよびplant patentを含む。

*15:公表された事例の一つ「Transaxle for Remote Control Car (Example 1)」は「壁打ち」をしていると考えられる。