特許法の八衢

「printed publication」該当性について判断された事案 ― Weber v. Provisur Technologies (Fed. Cir. 2024)

はじめに

本稿の目的は、実務において重要と思われる、最近のCAFC判決 Weber, Inc. v. Provisur Technologies, Inc. (Fed. Cir. Feb. 8, 2024)*1の紹介である。

本件では、旧特許法(Pre-AIA 35 USC)102条の「printed publication」に該当するか否かが、争点の一つとなった。以下、この争点に絞って述べる。

経緯と結論

原告は、食品工場などで使われる、大型のスライサーを販売している企業である。

原告は、(競合である)被告から、2件の特許権に基づく特許権侵害訴訟を提起されたため、この2件の特許権に係る特許が無効であるとして、IPRを請求した。

これについてPTABは特許維持の審決(final written decision)を下した*2ため、これを不服として、原告がCAFCへ上訴したのが本件である。

ここで、IPR請求において原告は、原告製品のマニュアルを、特許無効の根拠となる先行技術文献(Pre-AIA 102条の「printed publication」)の一つとして挙げていたが、PTABは最終的に*3当該マニュアルは「printed publication」に当たらないと判断した*4

しかし、CAFCは、このPTAB判断を覆し(reverse)、当該マニュアルの「printed publication」該当性を認めた。

PTAB判断

PTABは、大要、次のように述べた:

Cordis Corp. v. Boston Scientific Corp., 561 F.3d 1319 (Fed. Cir. 2009)は、「(文書の)配布が、限られた数の者(limited number of entities)に対してのみ行われる場合、守秘義務に関する拘束力のある合意(binding agreement of confidentiality)は、(その文書への)公衆アクセス性(public accessibility)についての認定を覆すことができる(may defeat)」と判示している。

原告製品のマニュアルが実際に配布されたのは、10社に止まり、これは「限られた数」を超えるとは言えない。

そして、本マニュアルに記載された著作権に関する表示には、〈ユーザーの社内利用を除き、原告の書面による許可なく、マニュアルを複製等してはならない〉旨が記載されており、さらに、原告製品の利用規約における知的財産権条項にも、〈ユーザーへ提供された全ての文書について、その著作権および関連する権利は原告に帰属し、原告の合意があった場合に限り、ユーザーは第三者へ開示できる〉旨が記載されている。したがって、本マニュアルは守秘義務の対象である。

よって、原告製品のマニュアルは、102条の「printed publication」に当たらない*5

CAFC判断

CAFCは、おおむね、以下のように述べ、PTABの判断を覆した:

102条における「printed publication」とは、「その技術に関心のある公衆が十分にアクセス可能な(sufficiently accessible to the public interested in the art)」文献である。そして、文献が「printed publication」であるかどうかの試金石は、公衆アクセス性(public accessibility)であり、公衆アクセス性の基準は、関連する公衆のうち関心のある者(interested members of the relevant public)が合理的な努力(reasonable diligence)によってその文献を見つけることができるかどうかである。

PTABが、Cordis判決の枠組みで、本件を判断したのは不適切である。Cordisの事案で問題となった文献は、発明者の研究を記した、2つの学術的なモノグラフであり、それらは、大学や病院の同僚と、その技術の商業化に関心を持つ2つの企業にのみ、配布された。Cordisの事案において、我々CAFCは、このような学術的慣習(academic norm)によって、開示情報は秘密保持されるとの期待がもたらされた、という明確な証拠があると判断した。また、Cordisの事案において、営利主体が、通常、そのような文書の存在を公開し、また公開要求に応じるであろうことを示す証拠もなかった。本件は、Cordisの事案とは、明確に区別される。原告のマニュアルは、原告製品の組立・使用・清掃・メンテナンス方法の提供のため、関心のある公衆(interested public)に配布されることを目的として作成されたものである。このマニュアルは、Cordisの事案のものとは、対照をなす。

本件においては、証拠により、本マニュアルは、関連する公衆のうち関心のある者(interested members of the relevant public)が合理的な努力(reasonable diligence)によりアクセス可能であったことが示されている。例えば、原告の従業員は、原告製品を購入すればマニュアルを入手できた旨を証言しており、これは、原告と顧客とのメールのやり取りなどでも裏付けられる。また、特定の展示会や原告ショールームで、本マニュアルはアクセス可能であったとの証言もある。

なお、原告と被告はマニュアルが実際に何名の顧客に配布されたかを争っているが、公衆アクセス性(public accessibility)の評価にあたり、そのようなことは問題とならない。公衆アクセス性の評価において、アクセス数が決定的な要素となるわけではない。

また、被告は、〈原告製品が高価であることが、本マニュアルへの十分なアクセス性を妨げている〉と主張するが、公衆アクセス性は、一般公衆(general public)ではなく、関心ある公衆(interested public)に焦点を置いたものなので、価格は決定的な要素とならない。関心ある公衆には、高価な製品を買うことのできる営利主体も含まれるのである。

PTABが誤った結論を出した要因の一つは、本マニュアルの秘密保持性の過度な重視にある。

本マニュアルの著作権に関する表示では、内部利用のためのマニュアルの複製を認めている。また、原告は、顧客に対し、原告製品を第三者へ転売する際は、マニュアルも第三者へ渡すよう、明示的に指示している。原告による著作権の主張は、公衆アクセス性を否定するものではない。同様に、原告製品の利用規約における知的財産権条項も、マニュアルの公衆アクセス性に決定的な影響を及ばさない*6

よって、PTABによる〈本マニュアルは「printed publications」の要件を満たさないとの判断〉を覆す(vacate)。

雑感

本件で対象となった業務用製品マニュアルのように、その性質上、少数の者にしか配布がなされない文献を、新規性・非自明性否定のための先行技術として利用したい場合は、本件で示された判断基準が参考になろう。

もっとも、マニュアルにおける秘密保持に関する記載が異なるものだったら、CAFCの判断も変わっていた可能性があり*7、製品マニュアルだからといって、常に「printed publication」と認められるかと言えまい*8

ここで、本件は、旧特許法(Pre-AIA 35 USC)102条の「printed publication」に関するものであるが、現行特許法(AIA 35 USC)102条の「printed publication」にも適用される判断基準であろう*9

旧特許法と異なり、現行特許法下では、米国「外」の公然実施技術も先行技術として用いることができるようになったため、「printed publication」の重要性は若干下がっているかも知れないが、立証容易性という観点だけ見ても、「printed publication」(に記載された技術)が最も使いやすい先行技術であることに変わりはないだろう。

また、IPRにおいて無効主張に用いることのできる先行技術は、特許文献か「printed publication」に記載のものに限られる(311条(b))ことから、この点においても、「printed publication」の判断基準は重要であろう。

最後に、日本法との関係に触れる。

日本特許法29条1項3号の「頒布された刊行物」について、最二小判昭和55年7月4日(昭和53年(行ツ)第69号)民集34巻4号570頁が、「特許法29条1項3号にいう頒布された刊行物とは、公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書、図画その他これに類する情報伝達媒体であつて、頒布されたものを指すところ、ここに公衆に対し頒布により公開することを目的として複製されたものであるということができるものは、必ずしも公衆の閲覧を期待してあらかじめ公衆の要求を満たすことができるとみられる相当程度の部数が原本から複製されて広く公衆に提供されているようなものに限られるとしなければならないものではなく、右原本自体が公開されて公衆の自由な閲覧に供され、かつ、その複写物が公衆からの要求に即応して遅滞なく交付される態勢が整つているならば、公衆からの要求をまつてその都度原本から複写して交付されるものであつても差し支えないと解するのが相当である。」(強調は引用者による。以下同)と判示し、さらに、最一小判昭和61年7月17日(昭和61年(行ツ)第18号)民集40巻5号961頁は、「マイクロフイルムは、それ自体公衆に交付されるものではないが、前記オーストラリア国特許明細書に記載された情報を広く公衆に伝達することを目的として複製された明細書原本の複製物であつて、この点明細書の内容を印刷した複製物となんら変わるところはなく、また、本願考案の実用新案登録出願前に、同国特許庁本庁及び支所において一般公衆による閲覧、複写の可能な状態におかれたものであつて、頒布されたものということができる」と判示した。

したがって、日本特許法29条1項3号の「頒布された刊行物」は、米国特許法の「printed publication」とほぼ同様のものと考えられる。しかし、日本法の「頒布された刊行物」は、(原本ではなく)「複製された」ものという限定が課せられている点には留意が必要かも知れない。

更新履歴

  • 2024-02-11 公開

*1:Reyna, Hughes, Starkで構成される裁判体;判決執筆はRenya判事。

*2:IPRは2つの特許権について各々請求されたので、2つの審決があるが、「printed publication」該当性の判断部分は両者で相違がないため、以下では区別しない。

*3:PTABは当初「printed publication」該当性を認めていたため、IPR審理を開始した。

*4:ただし、PTABは、決定において、仮に当該マニュアルが「printed publication」に当たるとしても、このマニュアルに、原告の主張する構成は開示されていないとも判断している。そして、このPTAB判断についても、CAFCは覆している(reverse)。

*5:正確に述べると、審決では、311条(b)の「printed publication」に当たらない、と述べている(が、本質的に102条の「printed publication」と変わらない)。

*6:原文は「The intellectual property rights clause from Weber’s terms and conditions covering sales, likewise, has no dispositive bearing on Weber’s public dissemination of operating manuals to owners after a sale has been consummated.」(強調は引用者による)となっており、意味が取りにくい(「public dissemination」と「to owners」との関係が不明瞭)が、要は、本製品販売に関する規約の知財条項はマニュアルの公衆アクセス性とは無関係である、と言いたいのだろう。

*7:Dennis Crouch「判批」Patently-O 2024-02-08は、「I wonder how the court would have ruled if the manuals distributed to customers included a stronger confidentiality expectation.」と述べている。

*8:例えば、個別受注製品のマニュアルは、関連する公衆のうち関心のある者が合理的な努力によってその文献を見つけることができるとは言えず、「printed publication」とは判断されないだろう。

*9:CAFCが引用した判例の一つJazz Pharms., Inc. v. Amneal Pharms., LLC, 895 F.3d 1347 (Fed. Cir. 2018)は、AIAに関するものであることも、現行特許法(AIA 35 USC)下でも同様の基準であることを示していると思われる。