特許法の八衢

製法発明につき、104条を適用して、製法を特定しない物に差止めを認めた事案 ― 知財高判令和5年12月27日(令和4年(ネ)第10055号)

はじめに

本件判決 知財高判令和5年12月27日(令和4年(ネ)第10055号)は、構成要件充足性判断や102条2項の損害額算定に関する判示にも興味深い点があるが、本稿では、別の点について述べたい。

以下、「雑感」の項を除き、判決の引用である*1

なお、本件の原判決(東京地判令和4年4月8日(平成30年(ワ)第36232号))は、裁判所Webページに掲載されておらず、私は原判決の内容を把握しないまま、本稿を書いていることをお断りしておく。

本件発明(本件特許権の請求項5に係る発明)

*2 特定加熱食肉製品をスライスする工程と、

B スライスされた特定加熱食肉製品における還元型ミオグロビンをオキシミオグロビンに酸素化する工程と、

C 当該酸素化する工程の後、炭酸ガス及び/又は窒素ガスによるガス置換をすることなく、スライスされた特定加熱食肉製品を非鉄系脱酸素材とともにガスバリア性を有する包材に密封する工程とを含み、

D 上記スライスされた上記特定加熱食肉製品は、ガスバリア性を有する包材に密封された状態、且つ、当該包材内の酸素濃度が検出限界以下の条件下で、全ミオグロビン量を100%としたときにオキシミオグロビンが12%以上、メトミオグロビンが50%未満、還元型ミオグロビンが34%以上となる割合(以下『本件ミオグロビン割合』といい、3種のミオグロビンが占める割合を『ミオグロビン割合』という。)*3となっていること

E (構成要件A~D)*4を特徴とする特定加熱食肉製品の製造方法であって、

F 特定加熱食肉製品がローストビーフであることを特徴とする特定加熱食肉製品の製造方法。

経緯

本件は、原審において、発明の名称を「特定加熱食肉製品、特定加熱食肉製品の製造方法及び特定加熱食肉製品の保存方法」とする特許権(特許第5192595号。以下「本件特許権」といい、その特許を「本件特許」という。……)を有する控訴人シンコウフーズから本件特許の独占的通常実施権を付与された控訴人スターゼンが、被控訴人が製造、販売している原判決別紙被控訴人各製品目録記載のローストビーフ(以下、同目録記載1の製品を「被控訴人製品1」、同目録記載2の製品を「被控訴人製品2」、同目録記載3の製品を「被控訴人製品3」といい、これらを総称して「被控訴人各製品」という。)が同特許権の請求項1の発明に係る特許発明の技術的範囲に属するとして、被控訴人に対し、特許法100条1項、2項に基づき、同特許権に係る方法で製造される被控訴人各製品の製造、販売の差止め及び廃棄を求めるとともに、民法709条及び特許法102条2項に基づき、……特許権侵害の損害賠償として……円及び……遅延損害金を請求する事案である。

原審が、被控訴人各製品の製造方法(被控訴人方法)は本件特許の請求項1に係る発明の各構成要件を基本的に充足するものの、同発明に係る特許は……特許無効審判により無効とされるべき事由があるとして、控訴人らの請求をいずれも棄却したところ、控訴人らがその取消しを求めて本件控訴を提起した。

控訴人らは、当審において、本件特許の請求項5の発明に係る特許に基づく請求を追加する訴えの変更をし……た。

主文

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人は、原判決別紙被控訴人各製品目録記載の各製品を製造、販売してはならない。

3 被控訴人は、前項の各製品を廃棄せよ。

4 被控訴人は、原判決別紙被控訴人方法目録記載の各方法を使用してはならない。

5 被控訴人は、控訴人スターゼンに対し、……金員を支払え。

[引用者注:主文につき以下略]

構成要件充足性

本件発明について(原判決第3の1(原判決27頁20行目ないし同39頁18行目))、被控訴人各製品は、構成要件B(……)を充足するか(争点1-1)について(原判決第3の2(……))、被控訴人各製品は、構成要件C(……)を充足するか(争点1-2)について(原判決第3の3(……))、被控訴人各製品は、構成要件D(……)を充足するか(争点1-3)について(原判決第3の4(……))……は、当審における当事者の主張も踏まえ、次のとおり補正するほかは、原判決の記載を引用する。

……

当審における争点1についての当事者の主な補充主張に対する判断は、以下のとおりである。

……被控訴人は……被控訴人各製品は構成要件Bを充足しない旨を主張する。……被控訴人方法が構成要件Bを充足するかを検討すると、……空気下で行われる②から⑥の工程において、密封包装が完了するまで2分30秒程度であることが認められるところ……前記「2分30秒程度」空気下に曝す工程は、酸素化の工程に必要な処理時間である「数分」に該当し、「酸素化する工程」の条件を満たすものと認められるから、構成要件Bを充足するということができる。……したがって、被控訴人の上記主張は採用することができない。

……被控訴人は……被控訴人各製品は構成要件Cを充足しない旨を主張する。……したがって、被控訴人の上記主張は採用することができない。

……被控訴人は……被控訴人各製品は構成要件Dを充足しない旨を主張する。……したがって、被控訴人の上記主張は採用することができない。

特許無効性の判断

(以下は、判決文からの引用ではなく、知財高裁Webページに掲載された「要旨」からの引用。)

本件特許は特許無効審判により無効にされるべきか(争点2)について、無効理由1(公知発明(鎌倉山パストラミビーフ)に基づく進歩性欠如)(争点2-1)、無効理由2(公知発明(DCSローストビーフ)に基づく進歩性欠如)(争点2-2)、無効理由3(乙174(特公昭59-15014号公報)に基づく進歩性欠如)(争点2-3)、無効理由4(乙175(特開平9-172949号公報)に基づく進歩性欠如)(争点2-4)、無効理由5(乙176(特公昭58-29069号公報)に基づく進歩性欠如)(争点2-5)、無効理由6(明確性要件違反)(争点2-6)、無効理由7(実施可能要件違反)(争点2-7)、無効理由8(サポート要件違反)(争点2-8)はいずれも認められない。

(「要旨」からの引用はここまで。)

差止めの対象

被控訴人は、補正の上で引用した原判決第2の4(2)のとおり、生産方法を特定しない請求の趣旨は過剰な差止めを求めるものであり、又、被控訴人各製品は特許法104条の推定を受けない旨を主張する。

しかし、これまで検討したとおり、本件発明に係る方法により生産された物が本件特許の出願前に公然知られていた事実は認めることができないから、被控訴人各製品は、特許法104条により、本件発明の方法により生産された物と推定される。

そうすると、既に検討したとおり、被控訴人方法により製造された被控訴人各製品は本件発明の構成要件を全て充足するから、被控訴人に対し、本件発明の特許に係る方法の使用の差止め(主文第4項)のほか、被控訴人各製品につき、その製造及び販売の差止め(主文第2項)を命ずることができるとともに、同法100条2項に定める侵害の行為により生じた物として、その廃棄(主文第3項)を命ずることができる。

雑感

まず、些事かも知れないが、本判決における、不正確な用語法を指摘したい。

ここで、本件発明は、物を生産する方法の発明である。したがって、構成要件充足性を判断する対象は、「物」ではなく、「方法」のはずである。

すなわち、物を生産する方法の(特許)発明については、被疑侵害者の行なった「方法」について特許発明の構成要件充足性を見て、その「方法」が特許発明の技術的範囲(70条1項)に属するか否かを、まず判断する。そして、その「方法」が特許発明の技術的範囲に属すると判断された場合に、当該「方法」の使用行為のみならず、その「方法」により生産した「物」の使用等も、特許発明の「実施」行為となる(2条3項3号)。

にも拘わらず、本判決は、「被控訴人各製品は、構成要件B(……)を充足するか」(強調は引用者;以下同)等と、被控訴人各製品(=「物」)について構成要件充足性を判断しているかのような記載が目立つ。「被控訴人方法により製造された被控訴人各製品は本件発明の構成要件を全て充足する」との記載もあるが、これも、特許法の条文に照らし正しい表現とは言えないだろう。

一方で、本判決には「被控訴人方法が構成要件Bを充足するか」といった適切な表現もあることから、裁判所は、不正確なことを理解しつつ、“便宜的”な表現として(ただし、そのことについて断らず)「製品は、構成要件B(……)を充足するか」等と書いているのかも知れないが、裁判所がそのような判決文を作成することが適切なのか、疑問がある。

なお、本判決と同裁判体により同日に言い渡された令和4年(ネ)第10066号事件判決(以下、別訴事件判決)は、本判決と同一の特許発明に係る特許権の侵害が問題となり、被疑侵害者(被控訴人)も同一で、被疑侵害製品は(本判決とは)「内容量の異なるスライスしたローストビーフ製品」である事案であるが、別訴事件判決では正しく「被控訴人方法は、構成要件B(……)を充足するか」等と判示されている。

さて、以上は前置きで、ここから、本稿で特に述べたいことを記す。それは、上記「差止めの対象」項で引用した判示についてである。以下、その判示を再引用しつつ、愚見を述べる。

被控訴人は、補正の上で引用した原判決第2の4(2)のとおり、生産方法を特定しない請求の趣旨は過剰な差止めを求めるものであり、又、被控訴人各製品は特許法104条の推定を受けない旨を主張する。

原告=控訴人(ら)は、「原判決別紙被控訴人各製品目録記載」の各製品の製造等の差止めを請求している。「原判決別紙被控訴人各製品目録記載」の内容は不明であるが、おそらく被控訴人が製造販売しているローストビーフの商品名が記載されているのみで、生産方法についての言及はないであろう。そこで、被控訴人(被疑侵害者)は過剰差止めと主張している。

物を生産する方法の発明につき、生産方法を特定せず物のみを特定して、差止めが認められるか、というのは古くから論じられてきた。そして、104条の適用があれば、物のみの特定が認められるという見解もある*5。上記の被控訴人主張は、これを受けたものであろう。

104条の規定を挙げておこう:

第104条 物を生産する方法の発明について特許がされている場合において、その物が特許出願前に日本国内において公然知られた物でないときは、その物と同一の物は、その方法により生産したものと推定する。

この規定は、化学物質自体の特許保護が認められなかった時代は、物質発明の保護を補完するものとして重要な意味があったものの、物質特許が認められた現在においては、その合理性が疑問視されている*6

本判決の再引用に戻る:

しかし、これまで検討したとおり、本件発明に係る方法により生産された物が本件特許の出願前に公然知られていた事実は認めることができないから、被控訴人各製品は、特許法104条により、本件発明の方法により生産された物と推定される。

まず「これまで検討したとおり、本件発明に係る方法により生産された物が本件特許の出願前に公然知られていた事実は認めることができない」の、「これまで検討」というのは何を指すのか不明である。たしかに、本判決は、本件発明すなわち生産方法について、(被疑侵害者の挙げた)公知発明から進歩性欠如しているとは言えない、とは判断している。それはあくまでも「方法」について進歩性を判断したに過ぎず、「方法により生産されたが本件特許の出願前に公然知られていた」を判断したわけではない。生産方法は新規であっても、その結果物は新規ではないことは、いくらでもあり得る。

さらによく分からないのは、「被控訴人各製品は、特許法104条により、本件発明の方法により生産された物と推定される。」との判示である。

先述した用語法の問題はあるにしても、判決ではこれまで、被控訴人の行なった「方法」の特許発明の構成要件充足性を判断してきたはずである。そのことは、既に引用した「被控訴人方法が構成要件Bを充足するかを検討すると、……空気下で行われる②から⑥の工程において、密封包装が完了するまで2分30秒程度であることが認められるところ……前記「2分30秒程度」空気下に曝す工程は、酸素化の工程に必要な処理時間である「数分」に該当し、「酸素化する工程」の条件を満たすものと認められるから、構成要件Bを充足するということができる」との判示からも分かる。つまり、これまでの検討から、104条による「推定」を用いることなく、「被控訴人各製品」は「本件発明の方法により生産された物」と判断されたはずである。

このことは、上述した別訴事件判決からも裏付けられる。この別訴事件では、差止請求はなされておらず、損害賠償請求しかなされていなかったところ、104条の適用なく、(本判決とは内容量の異なるスライスしたローストビーフ製品である)「被控訴人製品」の販売について損害賠償請求が認められた。

おそらく、問題は、次の点にある。

「被控訴人各製品」は次の2種類に分かれるのだ。一つは〈既に作られた製品〉、もう一つは〈将来作られる(であろう)製品〉、である。

そして、〈既に作られた製品〉は特許方法で生産された、と裁判所は判断した(判断できた)。他方、〈将来作られる(であろう)製品〉は、(名称は〈既に作られた製品〉と同じだが)生産方法が未確定なので、特許方法で生産されたと判断することはできない。しかし、〈将来作られる(であろう)製品〉を差止の対象としなければならない。

この問題を解決するために、裁判所は、被控訴人の主張もあって、104条を利用した、ということなのだろう。

しかし、上述した104条の合理性への疑問を踏まえると、本件において、104条の利用が適切な解決法であったのか、疑問がある*7

ところで、「雑感」の冒頭、用語法の誤りを指摘した。しかし、これは単なる用語法の誤りというよりも、「被控訴人各製品」という一つの用語で、〈既に作られた製品〉と〈将来作られる(であろう)製品〉との両者を扱うことになった結果、裁判所(あるいは当事者も含めてかも知れない)が混乱したことを示すものなのかも知れない。差止請求のなされなかった別訴事件判決では、正しい用語法が用いられていることは、これを示唆しているようにも感じられる。

更新履歴

  • 2024-02-18 公開

*1:ただし、項名は私によるものであり、また、後述するように「特許無効性の判断」の内容は「要旨」からの引用である。

*2:引用者注:「A」などの英字は判決で付されたもので、特許請求の範囲に記載はない。

*3:引用者注:「(以下……という。)」は判決で付されたもので、特許請求の範囲に記載はない。

*4:引用者注:「(構成要件A~D)」は判決で付されたもので、特許請求の範囲に記載はない。

*5:例えば、飯村敏明「侵害訴訟の訴訟物と請求の趣旨」西田美昭ほか編『民事弁護と裁判実務 8 知的財産権』(1998,ぎょうせい)239頁以下。

*6:近時の論考として、吉田広志「特許法104条の生産方法の推定に関する現代的解釈」パテント76巻1号(2023)90頁、前田健「生産方法の推定規定の現代的意義」清水節先生古稀記念『多様化する知的財産権訴訟の未来へ』(2023,日本加除出版)437頁。

*7:なお、田村善之「特許権侵害に対する差止め」判例タイムズ1062号(2001)74頁は「104条の推定が適用される場合に限り方法Mによる特定を要しないとする見解もあるが……,やや厳格に過ぎるようにおもわれる」と述べる。