1 本稿の目的
前稿で話題にした知財高大判令和7年3月19日(令和5年(ネ)第10040号)につき、判決全文が、知財高裁ウェブサイトに掲載された。
先に掲載されていた判決要旨には書かれていない、興味深い点も多数あったため、あらためて紹介したい。
以下、判決の引用においては、適宜改行および強調を付した。
2 本件特許*1に関する情報
2.1 本件発明*2
自己由来の血漿、塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF)及び脂肪乳剤を含有してなることを特徴とする、豊胸のために使用する、皮下組織増加促進用組成物。
2.2 本件特許についての経緯
本件特許は、[引用者注:医師である]Aが、平成24年2月24日、A自身を発明者として特許出願し、平成25年1月25日に設定登録がされたものである。
控訴人は、医療機器の販売・賃貸等を目的とする株式会社である。
控訴人は、Aから本件特許権の譲渡を受け、平成26年11月12日付けで、その移転登録がされた。
本件特許権については、令和3年1月25日を納付期限の末日とする第9年分の特許料不納付を原因として、令和4年7月13日に抹消登録がされたが、錯誤発見を原因として、令和5年1月10日に回復登録がされた。このため、法*3112条の3第2項1号の規定により、本件特許権の効力は、令和3年7月26日から令和5年1月9日までの間にされた本件発明の実施行為には及ばない。
……
Aの代理人弁護士は、令和6年5月22日、被控訴人に対し、Aのためにすることを示して、被控訴人による本件特許権侵害を理由とするAが有する損害賠償請求権及び不当利得返還請求権並びにこれらに対する利息請求権を控訴人に全て譲渡した旨の通知をした。
3 本事件の争点および知財高裁による認定判断
3.1 「生産」該当性
3.1.1 「生産」該当性についての争点の整理
本件では、主要な争点の一つとして、[引用者注:医師である]被控訴人が本件手術に用いる薬剤を製造したことが、本件発明の実施行為としての「生産」に当たるかが問題となっている。
そこで、まず、①被控訴人が用いた薬剤の一成分である「無細胞プラズマジェル」が本件発明の「自己由来の血漿」に相当するか(争点1-1)が問題となる。
次に、事実認定上の争点として、被控訴人による本件手術の態様に争いがあり、②被控訴人が、本件手術に用いる薬剤として、被施術者に投与する前に、血漿、トラフェルミン及びイントラリポスという三成分を混合した一の薬剤(組成物)を製造したか(争点1-2)が問題となる。
被控訴人は、本件手術の態様として、血漿及びトラフェルミンを含む「A剤」と、イントラリポスを含む「B剤」とを別々に被施術者に投与していたと主張するが、仮に本件手術がこのような態様であったと認められるとしても、被施術者の体内で「A剤」と「B剤」とが混ざり合うから、③被控訴人が「A剤」と「B剤」とを別々に被施術者に投与することが、本件発明に係る組成物の「生産」に当たるか(争点1-3)が問題となる*4。
3.1.2 「争点1-1」についての知財高裁判断
被控訴人が本件手術に用いていた「無細胞プラズマジェル」は、本件手術に先立って採取した被施術者の血液から細胞成分を完全に除去した血漿であるから(乙25、被控訴人本人)、上記(2)アのとおり「被施術者から採取した血液から赤血球その他の細胞成分を取り除いた液体成分」という意義を有する本件発明の「自己由来の血漿」に相当するといえる。
3.1.3 「争点1-2」についての知財高裁認定
(1) 認定事実
……
ア 本件クリニックの開設等医師である被控訴人は、令和元年6月10日、東京都中央区に、診療科目を美容外科及び美容皮膚科とする本件クリニックを開設した。(乙31)
イ 本件手術の提供に向けた準備
(ア) 被控訴人は、令和2年1月頃から、フィブラストスプレー*5及びイントラリポス*6を購入し始めた。(乙35、36)
(イ) 被控訴人は、この頃、自らの採取した血液を遠心分離するなどしたほか、厚生労働省の担当者に対して、細胞成分が含まれない血漿を用いた医療サービスの提供が再生医療等の安全性の確保等に関する法律による規制の対象となるかについて照会するなどした。(乙7、8)
(ウ) 被控訴人は、弁理士に対し、仮定した施術方法が本件特許権を侵害しないかについて調査を依頼し、令和2年2月27日付けで、弁理士から本件特許に関する見解書を受領した。その内容は要旨次のとおりであった。(乙32)
a 本件特許は、産業上の利用可能性、進歩性、サポート要件の各要件に違反してされたものであり、無効理由がある。
b 行為A「豊胸を望む患者から血液を採取し、該血液を遠心分離することで、「細胞成分を除いた血漿(NCP)」を作製する。作製した「細胞成分を除いた血漿(NCP)」と、フィブラストスプレーと、イントラリピッド輸液を混合した組成物(組成物1)を作製する。該患者に対して、豊胸目的で、組成物1を投与する。」は、形式的には本件発明の技術的範囲に属するが、医療行為に該当する実施態様には特許権の効力が及ばないと解されるから、本件特許権を侵害しない。
c 行為B「豊胸を望む患者から血液を採取し、該血液を遠心分離することで、「細胞成分を除いた血漿(NCP)」を作製する。作製した「細胞成分を除いた血漿(NCP)」と、フィブラストスプレーを混合した組成物(組成物2)を作製する。該患者に対して、豊胸目的で、組成物2とイントラリピッド輸液とを、別々に投与する。」は、組成物2とイントラリピッド輸液の各投与が行われた時点で、本件発明に係る物の生産が行われたと解する余地があるが、人体内部では様々な物質が存在し相互作用していることからすると、組成物2とイントラリピッド輸液とを別々に投与した場合は、本件発明に係るひとまとまりの組成物を投与する場合と同一の効果が得られるとは限らず、本件特許権を侵害しない。ウ 本件手術の提供
被控訴人は、本件クリニックにおいて、令和2年5月27日から同年11月末頃まではモニター期間としてモニターとして募集した者を対象とし、モニター期間後の同年12月からは一般募集をした者を対象として、いずれも対価を得て本件手術を提供した。(乙45、47、52~58)
被控訴人による本件手術は、「自己由来の血漿」を「細胞成分を除いた血漿(NCP)」とし、ヒアルロン酸やプラセンタ等を加えたほかは、本件明細書等に実施例として記載されている方法を用いたものであった。
……
(2) 前記(1)の認定事実によると、……モニターとして募集していた者を対象としていた期間及び一般募集をした者を対象としていた期間を通じて……被控訴人は……被施術者から採取した血液から血漿を製造し、これにフィブラストスプレー、イントラリポスを含む、薬剤ノートに記載された各成分を全て混合させた薬剤を製造した上で、これを本件手術において被施術者に投与していたと合理的に推認できる。
3.2 特許有効性*7
(1) 被控訴人は、本件発明は「豊胸用組成物」に係る発明であるが、これを製造するには医師が被施術者から血液を採取して「自己由来の血漿」を得る必要がある上、製造された組成物は、医師がそのまま被施術者の皮下に投与することが前提となっているから、本件発明は、実質的には、採血、組成物の製造及び投与という連続して行われる一連の行為、すなわち豊胸手術のための方法の発明と異なるものではないとの主張を前提として、医療行為は「産業上利用することができる発明」に当たらないから、本件発明に係る特許は無効とされるべき旨主張する。
(2) 法29条1項柱書きは、「産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。」とするのみで、本件発明のような豊胸のために使用する組成物を含め、人体に投与する物につき、特許の対象から除外する旨を明示的に規定してはいない。
また、昭和50年法律第46号による改正前の法は、「医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下同じ。)又は二以上の医薬を混合して一の医薬を製造する方法の発明」を、特許を受けることができない発明としていたが(同改正前の法32条2号)、同改正においてこの規定は削除され、人体に投与することが予定されている医薬の発明であっても特許を受け得ることが明確にされたというべきである。
したがって、人体に投与することが予定されていることをもっては、当該「物の発明」が実質的に医療行為を対象とした「方法の発明」であって、「産業上利用することができる発明」に当たらないと解釈することは困難である。
(3) 次に、本件発明の「自己由来の血漿」は、被施術者から採血をして得て、最終的には被施術者に投与することが予定されているが、人間から採取したものを原材料として医薬品等を製造する行為は、必ずしも医師によって行われるものとは限らず、採血、組成物の製造及び被施術者への投与が、常に一連一体とみるべき不可分な行為であるとはいえない。
むしろ、再生医療や遺伝子治療等の先端医療技術が飛躍的に進歩しつつある近年の状況も踏まえると、人間から採取したものを原材料として医薬品等を製造するなどの技術の発展には、医師のみならず、製薬産業その他の産業における研究開発が寄与するところが大きく、人の生命・健康の維持、回復に利用され得るものでもあるから、技術の発展を促進するために特許による保護を認める必要性が認められる。
そうすると、人間から採取したものを原材料として、最終的にそれがその人間の体内に戻されることが予定されている物の発明について、そのことをもって、これを実質的に「方法の発明」に当たるとか、一連の行為としてみると医療行為であるから「産業上利用することができる発明」に当たらないなどということはできない。
(4) 以上によると、本件発明が「産業上利用することができる発明」に当たらないとする被控訴人の主張を採用することはできず、本件発明に係る特許は、法29条1項柱書きの規定に違反してされたものということはできない。
3.3 特許権の効力が及ばない範囲
3.3.1 69条1項
法69条1項の趣旨は、試験又は研究のためにする特許発明の実施は、通常は特許権者の有する経済的利益を害することはなく、このような実験にまで特許権の効力を及ぼすことは、かえって技術の進歩を阻害し、産業の発達を損なう結果となるため、産業政策上の見地から、特許権者と一般公共の利益との調和を図ることにあると解される。
ここで、特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有するところ(法68条本文)、対価を取得して特許発明を実施する行為は、特許権者の有する経済的利益を害することになり、特許権者と一般公共の利益との調和を図るとの法69条1項の趣旨からすると、同行為に研究目的が併存しているとしても、特段の事情がない限り、「試験又は研究のためにする特許発明の実施」には当たらないと解すべきである。
これを本件についてみると、前記……に認定説示したとおり、被控訴人は、本件クリニックにおいて、令和2年5月27日以降、顧客から対価を得て本件手術を提供し、本件手術に用いるために、本件発明の技術的範囲に属する組成物を製造(生産)していたと認められる。
そして、証拠(乙45、47、52~58)によると、被控訴人が本件手術の対価として顧客から受領していた金額は、値引きがされていることが多いものの、その値引額は一様ではなく、また、被控訴人が主張するモニター期間(令和2年5月~11月)であっても値引きしていない例や、モニター期間後であっても多額の値引きをしている例があって、少なくとも、モニター期間であることを理由に、実質的にみて対価とはいえないような低廉な金額で本件手術が提供されたということはできない。
そうすると、上記の特段の事情を認めることはできず、被控訴人による本件発明の実施は、「試験又は研究のためにする特許発明の実施」には当たらないというべきである。
3.3.2 69条3項
法69条3項は、「二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬の発明」を対象とするところ、本件発明に係る組成物は、特許請求の範囲の記載からも明らかなとおり「豊胸のために使用する」ものであって、その豊胸の目的は、本件明細書等の段落【0003】に「女性にとって、容姿の美容の目的で、豊かな乳房を保つことの要望が大きく、そのための豊胸手術は、古くから種々行われてきた。」と記載されているように、主として審美にあるとされている。
このような本件明細書等の記載のほか、現在の社会通念に照らしてみても、本件発明に係る組成物は、人の病気の診断、治療、処置又は予防のいずれかを目的とする物と認めることはできない。
これに対し、被控訴人は、本件発明は美容医療に関するところ、美容医療は、身体的特徴の再建、修復又は形成による心身の健康や自尊心の改善に寄与する分野であり、治療並びに身体の構造又は機能に影響を及ぼすものであるとして、本件発明が法69条3項の「二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬についての発明」に当たると主張する。
しかし、一般に「病気」とは、「生物の全身または一部分に生理状態の異常を来し、正常の機能が営めず、また諸種の苦痛を訴える現象」(甲25:広辞苑(第7版))、「生体がその形態や生理・精神機能に障害を起こし、苦痛や不快感を伴い、健康な日常生活を営めない状態」(甲26:大辞泉(第1版・増補・新装版))という意味を有する語であって、上記のとおり主として審美を目的とする豊胸手術を要する状態を、そのような一般的な意味における「病気」ということは困難であるし、豊胸用組成物を「人の病気の…治療、処置又は予防のため使用する物」ということも困難である。
また、法69条3項は、昭和50年法律第46号による法改正により、特許を受けることができないとされていた「医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下同じ)又は二以上の医薬を混合して一の医薬を製造する方法の発明」に関する規定(同改正前の法32条2号)が削除されたことに伴い創設された規定であるところ、その趣旨は、そのような「医薬」の調剤は、医師が、多数の種類の医薬の中から人の病気の治療等のために最も適切な薬効を期待できる医薬を選択し、処方せんを介して薬剤師等に指示して行われるものであり、医療行為の円滑な実施という公益の実現という観点から、当該医師の選択が特許権により妨げられないよう図ることにあると解される。しかるところ、少なくとも本件発明に係る豊胸手術に用いる薬剤の選択については、このような公益を直ちに認めることはできず、上記のとおり一般的な「病気」の語義を離れて、特許権の行使から特にこれを保護すべき実質的理由は見当たらないというべきである。
したがって、本件発明は、「二以上の医薬を混合することにより製造されるべき医薬の発明」には当たらないから、被控訴人の行為が「処方せんにより調剤する行為」に当たるかについて検討するまでもなく、法69条3項の規定により本件特許権の効力が及ばないとする被控訴人の抗弁には理由がない。
3.4 102条2項の適用可否
前記2(1)の認定事実*8によると、被控訴人は、本件手術に用いる薬剤を製造したことにより、業として本件発明を実施したといえ、そのことにつき少なくとも過失が認められる。そこで、以下、被控訴人の損害賠償義務について検討する。
Aから損害賠償請求権の譲渡を受けたとの主張について
ア 控訴人は、控訴人が本件特許権につきAに対して独占的通常実施権を設定していたところ、Aから被控訴人に対する独占的通常実施権侵害を原因とする損害賠償請求権の譲渡を受けたとして、Aが受けた損害の額の算定に当たり法102条2項が適用されるべきと主張する。
しかし、控訴人がAに対して本件特許権についての独占的通常実施権を設定したことを認めるに足りる証拠はない。かえって、証拠(乙42)によると、控訴人は、平成30年2月から令和3年12月にかけて、控訴人のウェブサイトにおいて、「乳腺再生豊胸注射の特許貸与について」と題して、本件特許権を明記して、通常実施権者又は専用実施権者を募集していたことが認められるところ、このような控訴人の立場は、同一の範囲において第三者に重複する内容の実施権を許諾しないことを内容とする独占的通常実施権の設定と両立しない。
イ これに対し、控訴人は、特許権者は、独占的通常実施権を設定した場合でも、独占的通常実施権者の同意があれば、第三者に対して更に実施権の許諾が可能であり、控訴人が通常実施権設定の募集をしていたことをもって、Aが本件特許権の独占的通常実施権の設定を受けていたことと矛盾するものではないと主張する。しかし、前記アのとおり、控訴人は、通常実施権者だけでなく、専用実施権者についても募集していたものであって、控訴人の主張は採用することができない。
ウ したがって、Aが本件特許権についての独占的通常実施権を有していた事実は認められないから、控訴人がAから損害賠償請求権の譲渡を受けたとする控訴人の主張は前提を欠き、採用することができない。
「控訴人グループ」としての利益を得ていたとの主張について
次に、控訴人は、本件特許権の侵害により控訴人が受けた損害の額の算定に当たり法102条2項が適用されるべきとし、その理由として、控訴人とAとは経済的に一体の関係にあり、控訴人はAを通じて本件発明を実施して利益を得ているといえるから、控訴人には、被控訴人による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろう事情があると主張する。
しかし、控訴人が、本件発明を実施しているとか、競合品や競合役務を提供しているといった事実関係を認めるに足りる証拠はない。控訴人とAはそれぞれ独立した法人格であるところ、Aが事業により得た利益が必然的に控訴人に配分される体制となっているなどの事実関係を認めるに足りる証拠もない。
したがって、控訴人には、被控訴人による特許権侵害がなかったならば利益が得られたであろう事情は認められないから、控訴人が受けた損害額を算定するに当たり、法102条2項を適用することはできない。
3.5 102条3項の実施料率
ア まず、本件発明について控訴人が現実に第三者に対してその実施を許諾し、実施料を受領していた実績を認めるに足りる証拠はない。
そこで、一般的な実施料の動向をみると、「知的財産の価値評価を踏まえた特許等の活用の在り方に関する調査研究報告書」(帝国データバンク・平成22年)(甲34)において、国内企業・ロイヤルティ料率アンケート調査の結果として、「医薬・バイオ」分野のロイヤルティ料率が6.0%とされていること、「特許権等の実施料相当額算定手法について」(日本知的財産仲裁センター実施料判定プロジェクトチーム・平成30年)(乙1544)には、「我国産業界において特許ライセンス契約交渉において提示される実施料率としては、一般製造業では3%、医薬品では6%前後の率に「松竹梅」などと称してそれぞれに上下1~2%程度を増減した率が大方の相場であるとの認識が一般的に存在することは否定できない。」とされており、これらによると、医薬・バイオ分野における一般的な実施料としては、6%が一つの目安になるということができる。
イ 次に、本件発明の内容等について検討する。
本件発明は、豊胸のために使用する組成物に係る発明であるところ、これを実際に用いて豊胸手術を行い、所望の効果を得るためには、当該組成物を得て被施術者の皮下に単純に投与すれば足りるというものではなく、実際に施術を担当する医師の手技が重要な役割を果たすであろうことは自明である。
また、審査段階で引用文献1(甲8)として示された従来技術には、多血小板血漿(PRP)と塩基性線維芽細胞成長因子(b-FGF)とを組み合わせた物が開示され、そこには豊胸に用いることへの示唆も記載されている。そうすると、従来技術とは異なる本件発明の特徴としては、豊胸に用いるのに十分な量の組成物を確保するため、用いる血液成分を多血小板血漿(PRP)ではなく「自己由来の血液成分の中でも、その半数を占める液体成分としての血漿」とした点や、より脂肪組織を生成、増大させるために脂肪乳剤を加えた点にあるというべきである。
加えて、本件発明の課題であるところの安全で自然な方法による自己組織の回復、容貌の回復が得られる皮下組織増加促進用組成物である豊胸用組成物の提供という観点から、本件発明に係る豊胸のための組成物が、どの程度安全で自然な方法による豊胸を提供できているかは、判然としないというほかはない。
ウ 本件特許権を侵害した被控訴人の行為態様やその他の事情について検討する。
掲記の証拠及び弁論の全趣旨によると、①被控訴人は、本件クリニックにおいて、令和2年5月27日からモニターとして募集した者を、次いで、同年12月から一般募集をした者を対象として、対価を得て本件手術をしていたが、そのうち、法112条の3第2項1号の規定により本件特許権の効力が及ばない期間(令和3年7月26日~令和5年1月9日)の始期の前日である令和3年7月25日までの間の本件手術の実績件数は多数回であったこと(乙45、47、52~58)、②被控訴人は、令和4年9月22日に医療法人を設立し、同年11月1日に同医療法人による診療所開設届を提出し、同日以降、同医療法人が運営する診療所として本件手術が行われ、その売上げは同医療法人の収入となったこと(乙40、41)が認められる。
これらの事実に加え、前記2(1)の認定事実及び証拠(甲3、4、9)によると、被控訴人は、本件特許の存在を認識し、これに関する弁理士の見解書を取り付けた上で(なお、本件特許に無効理由があるとか、被控訴人の行為に本件特許権の効力が及ばないとする見解が採用できないことは、既に述べたとおりである。)、本件発明の実施に踏み切っており、その侵害期間は令和2年5月27日から令和3年7月24日(特許権侵害となる本件手術の最終施術日)までの約1年2か月間であるが、この間、「血液豊胸」を全面的に打ち出した広告展開をして、豊胸手術のみの代金でも後述するとおり約1億7000万円を売り上げたこと、被控訴人による本件発明の実施は、「自己由来の血漿」を「細胞成分を完全に除いた血漿(NCP)」とし、ヒアルロン酸やプラセンタ等を加えたほかは、本件明細書等に実施例として記載されている方法を用いており、公開された本件発明を特許権者に無断で実施する意図がうかがわれることなどが認められる。
他方、前記のとおり、本件発明に係る組成物を被施術者に投与するに際しては、医師である被控訴人の手技が重要となり、本件手術の対価のうちには、このような技術への対価も相応に含まれるものとみるべきこと、被控訴人は、令和2年10月から同年12月までの約3か月間のみをみても広告宣伝費に約2000万円を費やすなど、相応の販売促進により顧客を得たこともうかがわれること(乙37~39、51)、血漿や線維芽細胞を使用した豊胸術を実施しているクリニックが他にも存在していること(乙64)が認められる。
エ 以上のとおり、一般的な実施料率の動向、本件発明の特徴や効果、被控訴人による特許権侵害の態様等の事情に加えて、法102条3項により損害の額を算定するに際しては、特許権の侵害があったことを前提として侵害者との間で実施許諾料の合意をする場面を仮定することができること(同条4項)、実施許諾料を定めるに際しては消費税相当額を考慮することがあり得ること、その他本件に表れた諸般の事情を総合考慮すると、法102条3項により算定される損害額は、被控訴人が本件手術の対価(豊胸代金)として得た売上高に8%を乗じた額と認めるのが相当である。
4 雑感
4.1 「争点1-3」(人体を用いた「生産」)
「争点1-3」について、判決要旨掲載時点で分かっていたことだが知財高裁の判断が示されなかったことは、誠に残念である。
この点につき、知財高裁特別部(大合議部)が「念のため」の判断を示さなかったのは、傍論といえども、知財高裁大合議判決の影響力の大きさ*9を慮ってのことであろう。
4.2 29条1項柱書き
本件発明に、29条1項柱書き該当性(特許適格性)を認めた結論には、異論はない。
しかし、「昭和50年法律第46号による改正前の法は、「医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下同じ。)又は二以上の医薬を混合して一の医薬を製造する方法の発明」を、特許を受けることができない発明としていたが(同改正前の法32条2号)、同改正においてこの規定は削除され、人体に投与することが予定されている医薬の発明であっても特許を受け得ることが明確にされたというべきである。したがって、人体に投与することが予定されていることをもっては、当該「物の発明」が実質的に医療行為を対象とした「方法の発明」であって、「産業上利用することができる発明」に当たらないと解釈することは困難である。」との判示については、69条3項該当判断で本件発明が「医薬」の発明ではないと判断している点との関係が、やや分かりにくい。
知財高裁が述べたいことは、〈「医薬」のように「人体に投与することが予定されている」物も特許対象であることから、(本件発明のように)「医薬」以外の物であっても、「人体に投与することが予定されている」点(だけ)をもって、特許適格性は否定されない〉ということなのであろう。
また、「人間から採取したものを原材料として医薬品等を製造するなどの技術の発展には、医師のみならず、製薬産業その他の産業における研究開発が寄与するところが大きく、人の生命・健康の維持、回復に利用され得るものでもあるから、技術の発展を促進するために特許による保護を認める必要性が認められる。」との説示には疑問を感じる。
「医師のみ」が研究開発に寄与するものは、特許適格性が認められない、という考えがあるのであろうか。言い換えると、「業」(68条等)とは、医業を含まないという考えが、知財高裁の根底にあるのだろうか。
なお、本件では、医師である被控訴人の行為について、「業」該当性は争点となっていないようであり、知財高裁は理由を示さず「業」該当性を認めている。
4.3 69条1項
「研究目的が併存しているとしても、特段の事情がない限り、「試験又は研究のためにする特許発明の実施」には当たらない」との一般論が目を引く。
そして、本事案において「特段の事情」が認められないことにつき、判決では、「実質的にみて対価とはいえないような低廉な金額で本件手術が提供されたということはできない」ことが理由として挙げられている。
それでは、無償の提供であれば、「特段の事情」があるの言えるのか。検討を要する。
4.4 69条3項
「一般に「病気」とは、「生物の全身または一部分に生理状態の異常を来し、正常の機能が営めず、また諸種の苦痛を訴える現象」(甲25:広辞苑(第7版))、「生体がその形態や生理・精神機能に障害を起こし、苦痛や不快感を伴い、健康な日常生活を営めない状態」(甲26:大辞泉(第1版・増補・新装版))という意味を有する語であって、上記のとおり主として審美を目的とする豊胸手術を要する状態を、そのような一般的な意味における「病気」ということは困難であるし、豊胸用組成物を「人の病気の…治療、処置又は予防のため使用する物」ということも困難である。
……
法69条3項は、……その趣旨は、……医療行為の円滑な実施という公益の実現という観点から、当該医師の選択が特許権により妨げられないよう図ることにあると解される。しかるところ、少なくとも本件発明に係る豊胸手術に用いる薬剤の選択については、このような公益を直ちに認めることはできず、上記のとおり一般的な「病気」の語義を離れて、特許権の行使から特にこれを保護すべき実質的理由は見当たらないというべきである。」
前稿でも同様のことを述べたが、69条3項の該当性を、「社会通念」「一般的な意味」に基づき判断することは、「医師の選択が特許権により妨げられないよう図ること」という69条3項の趣旨を全うできない恐れがあるように思う。
知財高裁は、「公益」を重視しているようであり、そのことから社会通念を持ち出したのだろうか。
4.5 102条2項の適用可否
本事案では、特許権者である原告=控訴人が、本件発明を実施していないため、102条2項の適用可否が問題となっている。
ここで、知財高大判平成25年2月1日(平成24年(ネ)第10015号)[ごみ貯蔵機器]は、以下のように述べていた:
特許法102条2項には,特許権者が当該特許発明の実施をしていることを要する旨の文言は存在しないこと,……同項は,損害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設けられたものであり,また,推定規定であることに照らすならば,同項を適用するに当たって,殊更厳格な要件を課すことは妥当を欠くというべきであることなどを総合すれば,特許権者が当該特許発明を実施していることは,同項を適用するための要件とはいえない。……特許権者に,侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には,特許法102条2項の適用が認められると解すべきである。
「特許権侵害がなかったならば利益が得られたであろう事情」が認められなかった事案の一つとして、本事案は、実務上参考になるかも知れない。
4.6 102条3項の実施料率
「医薬・バイオ分野における一般的な実施料としては、6%が一つの目安になるということができる。」
「被控訴人は、本件特許の存在を認識し、これに関する弁理士の見解書を取り付けた上で(……)、本件発明の実施に踏み切っており、……、被控訴人による本件発明の実施は、「自己由来の血漿」を「細胞成分を完全に除いた血漿(NCP)」とし、ヒアルロン酸やプラセンタ等を加えたほかは、本件明細書等に実施例として記載されている方法を用いており、公開された本件発明を特許権者に無断で実施する意図がうかがわれることなどが認められる。」
「一般的な実施料率の動向、本件発明の特徴や効果、被控訴人による特許権侵害の態様等の事情に加えて、法102条3項により損害の額を算定するに際しては、特許権の侵害があったことを前提として侵害者との間で実施許諾料の合意をする場面を仮定することができること(同条4項)、実施許諾料を定めるに際しては消費税相当額を考慮することがあり得ること、その他本件に表れた諸般の事情を総合考慮すると、法102条3項により算定される損害額は、被控訴人が本件手術の対価(豊胸代金)として得た売上高に8%を乗じた額と認めるのが相当である。」
本技術分野の一般的な料率は「6%」と事実認定されつつ、種々の要素が考慮された結果、本事案では(一般的な料率を上回る)「8%」の料率とされた。
ここでは、「被控訴人による特許権侵害の態様」 ― 具体的には、侵害者による本件特許の存在の認識・侵害者による実施態様が本件明細書の実施例とほぼ同一である点 ― から、「公開された本件発明を特許権者に無断で実施する意図」があると判断され、侵害者の不利に働いている(料率アップにつながっている)ことに注目したい。
とくに、弁理士による非侵害との見解書を取得したことが、過失の覆滅につながるどころか、かえって、料率を増す結果になっているようにも思える。
更新履歴
- 2025-04-05 公開
- 2025-04-09 一部表現の修正
*1:特許第5186050号。
*2:本件特許に係る特許請求の範囲の請求項4記載の発明のうち、請求項1記載の発明を引用するもの。
*3:引用者注:判決に「本判決において、特許法を「法」という。」との記載がある。
*4:引用者注:原判決は「被告[引用者注:被控訴人]は、その血液豊胸の施術において、本件被施術者に対して、「無細胞プラズマジェル」のほか、トラフェルミン、イントラリポスを投与したことは認められるものの、被告がこれらの成分が同時に含まれる薬剤を調合してこれを本件被施術者に投与したことを認めるに足りない。」と判断していたところ、原告=控訴人は、控訴において、「被控訴人が複数の薬剤を調合して一の薬剤とすることに加えて、被控訴人が複数の薬剤を別々に被施術者に注射して体内においてこれらの薬剤を混ざり合わせることも、本件特許権(又は独占的通常実施権)を侵害する行為であると主張を追加」した。
*5:引用者注:本件発明の「塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF)」に相当。
*6:引用者注:本件発明の「脂肪乳剤」に相当。
*7:29条1項柱書きについてのもののみ抜粋。
*8:引用者注:「3.1.3 「争点1-2」についての知財高裁認定」の(1)に記載した認定事実。
*9:知財高大判平成17年9月30日(平成17年(ネ)第10040号)[一太郎]が思い出される。