特許法の八衢

クレーム解釈における当業者 ― とくに機能的クレーム表現の場合

問題の所在

日本特許法制下において、特許発明の一つの構成要件が「表示手段」であり、その特許出願時点では有機ELディスプレイが存在していなかった(明細書には「表示手段」の例として、ブラウン管ディスプレイおよび液晶ディスプレイが記載されている)場合を仮定する。このとき、本特許発明の「表示手段」以外の全ての構成要件を充足し、かつ、(ブラウン管ディスプレイや液晶ディスプレイは備えていないが)有機ELディスプレイを備えている被疑侵害品は、当該特許発明の技術的範囲に属するか。

特許発明の技術的範囲の画定、いわゆるクレーム解釈は、出願時の当業者の視点で行なうべきであり*1、出願時の当業者に有機ELディスプレイは想定し得ないので、「技術的範囲には属しない」という結論になるのだろうか。

米国特許法制におけるMeans-Plus-Function Elementの解釈

米国特許法制においても、クレーム解釈の主体は、出願時の当業者である*2

しかし、米国特許法112条(f)によりMeans-Plus-Function Elementに当たる判断されたクレーム要素(構成要件)は、明細書に記載された(当該クレーム要素に対応する)構造等およびその均等物のみを示すと解釈されるところ、その均等物とは、特許出願時点ではなく、特許掲載公報発行時点(at the time of the issuance of the claim)に入手可能な物までを含む*3。その理由は、特許掲載公報発行時に、クレーム文言の意義が確定するからとされている*4

日本法制における機能的クレーム表現の解釈

しかしながら、「表示手段」のような機能的クレーム表現のみ、特許掲載公報発行時点の技術知識を加味して解釈するというのは、米国特許法112条(f)のような特別の規定のない日本特許法制下のクレーム解釈では採り得ないであろう。

さすれば、本設例においては、「表示手段」について、明細書の記載等から出願時の当業者が把握できる範囲までを文言解釈による技術的範囲としつつ、均等論により、有機ELディスプレイを取り込める(均等論の適用要件を満たす限りにおいて、有機ELディスプレイを含むところまで技術的範囲を拡張できる)とするのが、妥当であろう。

均等論が「特許出願の際に将来のあらゆる侵害態様を予想して明細書の特許請求の範囲を記載することは極めて困難であり、相手方において特許請求の範囲に記載された構成の一部を特許出願後に明らかとなった物質・技術等に置き換えることによって、特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるとすれば、社会一般の発明への意欲を減殺することとなり、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に反するばかりでなく、社会正義に反し、衡平の理念にもとる結果となる」(強調は引用者による)*5ことを根拠とすることとも整合すると考える。

先行研究

以上の文章をアップロードした後、大野聖二「機能的クレームの日米比較」片山英二先生還暦記念論文集発起人編『知的財産法の新しい流れ』(青林書院,2010)115頁以下の存在に気付いた。当該先行研究は、機能的クレーム表現への均等論適用について、本稿と同様の結論だと考える。

更新履歴

2019-05-05 作成
2019-05-06 「先行研究」の項を追加

*1:最二小判平成27年6月5日(平成24(受)1204)および(最二小判平成27年6月5日(平成24(受)2658)。

*2:Phillips v. AWH Corp. (Fed. Cir. 2005) (en banc). なお、本判決では、発明時のの当業者("a person of ordinary skill in the art in question at the time of the invention, i.e., as of the effective filing date of the patent application")と述べている。

*3:Al-Site Corp. v. VSI International, Inc. (Fed. Cir. 1999).

*4:Id. "[T]he literal meaning of a claim is fixed upon its issuance."

*5:最一小判平成10年2月24日(平成6(オ)1083)。

日本特許法制におけるClaim Differentiation

目的

本稿では、米国特許法制におけるDoctrine of Claim Differentiationが、日本特許法制においても許容されるか否かを検討する*1

Doctrine of Claim Differentiationとは何か

Doctrine of Claim Differentiationとは、同一出願中の異なるクレームは全く同一にならないように解釈する、というdoctrine*2である。例えば、「断面が多角形の鉛筆」というクレームの「多角形」が、正多角形のみを指すのか、あるいは、それ以外の多角形も含むのかが争われた際、同一出願中に「断面が正多角形の鉛筆」とのクレームも存在したならば、「多角形」は正多角形以外も含むと解釈される*3。とくに、(被従属クレームを少なくとも文言上は限定した)従属クレームが存在する場合に、被従属クレームを従属クレームよりも広く解釈する理由づけとして用いられることが多い*4*5

Doctrine of Claim Differentiationの根拠は、複数クレーム間の異なる用語はそれらクレームが異なる範囲であることを意味するという常識*6、あるいは、(USPTOは各クレームに対し課金し、またクレームドラフトのために弁護士を出願人は雇うため)全くの同一物を指す2つのクレームを書いて出願人が金を浪費することはないと法が推定している(presume)点*7だと説明されている。

日本特許法36条5項後段

Doctrine of Claim Differentiationの日本法制への適用を考える上で問題となるのは、現行日本特許法*8 36条5項後段の「一の請求項に係る発明と他の請求項に係る発明とが同一である記載となることを妨げない。」との規定である。すなわち、日本特許法は、異なる請求項に係る発明が完全に同一のものになることを想定しており、出願人が異なる請求項には異なる発明を記載するであろうという推定すら許されないのではないか、という点が問題となる。

ここで、この特許法36条5項後段の規定は、いわゆる改善多項制の導入時に設けられたものである*9。立法担当者解説によれば、従前は「必須要件項としては、同一発明とされるもののうちからあるレベルでの発明についてのみ特許請求の範囲に記載することしかできず、その他のレベルの発明については、必須要件項との関係で一定の要件を満たすもの(必須要件項に記載された事項を技術的に限定し具現化したもの)に限り、実施態様項に記載できるにすぎないこととされていた」(強調は引用者による)*10ところ、改正後の特許法36条5項により「出願人が任意に選び出した発明を、各レベルの発明が相互に同一であるか否かを問わず、特許請求の範囲に記載できることとなる」*11

この立法担当者解説から、必須要件項に記載した発明と実施態様に記載した発明とは、「レベル」は異なるが、「同一発明」と認識されていたことが分かる。してみれば、特許法36条5項後段の存在が、Doctrine of Claim Differentiationを否定する根拠とはなり得ない。特許法36条5項後段は、「レベル」は異なる*12が「同一」の発明を複数の請求項に記載しても構わないとの趣旨だと考えるべきであり、また上述のように、Doctrine of Claim Differentiationは、多くの場合、「レベル」の相違する複数のクレームが存在する際に適用されるものだからである。

Doctrine of Claim Differentiationを日本特許法制で許容する根拠

特許法70条1項は、「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定している。対象となる(技術的範囲を定めようとしている)特許発明が書かれた請求項とは、別の請求項の記載も、「願書に添付した特許請求の範囲の記載」であることには変わりがないので、技術的の範囲の確定にあたり、別の請求項の記載を参酌するのは、許容されていると言えるだろう*13*14

さらに、米国においてDoctrine of Claim Differentiationを認める根拠は、日本においても共通している*15

判例

日本の裁判例においても、Doctrine of Claim Differentiationを適用したと見られる裁判例がいくつか見られる。

近時では、東京地判平成25年9月25日(平成22(ワ)17810)が、「本件特許権の請求項2の発明は,「前記フラットワーク物品を延伸するために,前記2つのキャリッジ(8,9)が対をなした状態で互いに離れるように移動される前に,当該キャリッジが前記レール手段(7)の中央に向かって共に移動されることを特徴とする請求項1〔引用者注:「記載」の漏れ〕の装置」(……)というものであり,請求項1の発明(本件発明)を中央展開方式に限定した請求項になっているのであるから,本件発明が,請求項2の中央展開方式に限定されない発明であることは明らかである」と判示している*16

まとめ

以上述べたように、Doctrine of Claim Differentiationは日本特許法制においても許容される余地があり、実際に適用された裁判例も存在する。

もっとも、このdoctrineは米国においても反証可能な推定(rebuttable presumption)に過ぎず、適用が否定(推定が反証)されている事案も多い*17

日本法制においても、Doctrine of Claim Differentiationを強い法理だと考えるべきではないだろう。

更新履歴

2019-05-02 作成
2019-08-02 若干の表現修正

*1:先行研究として、中村彰吾「米国におけるclaim differentiation法理の日本の特許権侵害訴訟での主張の可否」知財管理53巻6号(2003年)889頁以下がある。本稿はこの先行研究の結論に賛成し、その理由づけを補強するものである。

*2:Claim Differentiationの法理と訳されることが多いが、後述するように「法理」というほど強固なものではないので、ここではdoctrineのままとしている。

*3:この例は、木村耕太郎『判例で読む米国特許法〔新版〕』(商事法務,2008)202-203頁から採った。

*4:クレーム解釈方法の一般則を判示した、Phillips v. AWH Corp. (Fed. Cir. 2005) (en banc)でも、この形でDoctrine of Claim Differentiationが用いられた。

*5:したがって、技術的範囲の確定(画定)の場面において特許権者側に有利なdoctrineとして使われることが多いが、日本でいう発明の要旨認定の場面でも用いられることがある。例えば、Knowles Electronics LLC v. Iancu (Fed. Cir. 2018).

*6:https://patentlyo.com/patent/2007/04/claim_different.html

*7:Mark A. Lemley, The Limits of Claim Differentiation, 22 Berkeley Tech. L.J. 1389, 1392 (2007).

*8:平成30年法律33号による改正までを反映したもの。以下、単に「特許法」と述べる際は、この現行法を指す。

*9:1987(昭和62年)改正(1988年1月1日施行)特許法36条5項「前項の規定は、その記載が一の請求項に係る発明と他の請求項に係る発明とが同一である特許請求の範囲の記載となることを妨げない。」この規定は、1990(平成2年)改正で同条6項に移動した後、1994年(平成6年)改正において同条5項後段に移され、現行法に至っている。

*10:新原浩朗編『改正特許法解説』(有斐閣,1987)25頁。

*11:新原浩朗編・前掲25頁。

*12:「レベル」の相違にはカテゴリーの相違も含められよう。

*13:なお、田中孝一「クレーム解釈」『最新裁判実務大系10 知的財産権訴訟I』(青林書院,2018)176頁(注3)は、「問題となる請求項の他の請求項の記載も,クレーム解釈の対象である請求項と,単一性を有し,技術的な関連性を有する関係にあるのであるから,クレーム解釈に用いる資料として,明細書の記載や図面と同じように,特許請求の範囲(クレーム)の解釈資料としての地位が与えられるとしてよいように思われる」と述べるが、発明の単一性を根拠とするのは疑問が残る。単一性要件(特許法37条)違反は特許無効理由ではなく(同法123条1項)、有効な特許であっても、発明の単一性が保証されているとは言えないからである。

*14:もっとも、発明の要旨認定の場面、とくに特許庁における審査の場面においても、Doctrine of Claim Differentiationが許されるとは断定しがたい。新原浩朗編・前掲24-25頁は「審査においては、一の請求項について判断しているときは、他の請求項はあたかも存在しないかのように、換言するとあたかも単項で記載されているかのように考えるというものであり、他の請求項との比較の問題は出てこない」(傍線は原文ママ)と述べている。

*15:「用語は、その有する普通の意味で使用し、かつ、明細書及び特許請求の範囲全体を通じて統一して使用する。」(特許法施行規則24条 様式29条の2〔備考〕9本文)との規定から、特許請求の範囲における異なる用語は異なる意味だと推定されよう。また、請求項数に応じて特許料が変わる点につき、特許法107条1項参照。

*16:控訴審判決 知財高判平成26年12月4日(平成25(ネ)10103)においても、この部分が引用・是認されている。

*17:例えば、Howmedica Osteonics Corp. v. Zimmer, Inc. (Fed. Cir. 2016).

特許法29条1項各号の謎

某企業の研究室を紹介するテレビ番組で、研究者のPCディスプレイに表示されていた、エンジンの設計図(CADデータ)が映り込んだ。映り込んだ設計図は、当業者であればその技術的内容が理解できるものの、それ以外の者にとっては理解が困難であった。
そして、このテレビ番組の放送後、某企業は、エンジンについて特許出願を行なった。

さて、当該特許出願の帰趨は?


どう考えても、新規性要件(29条1項)を充足しないために拒絶されることになりそうである。以下、念のため、29条1項の何号で拒絶されるかを確認しよう。

1号? そう言えば、同号の「公然知られた」には公然知られたという事実を必要とするという見解があった。この見解に立つと、(今回の場合は、単なる一般視聴者ではなく)当業者がテレビ番組を見ていたことを立証する必要があり、困難であろう。そして、この見解に立っても問題がないように、3号に「電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明」が追加されたのであった*1

という訳で、3号を見てみよう。むろん、この設計図は同号の「頒布された刊行物」には当たるまい。でも、「電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明」に当た……らない。立法担当者によれば、同号の「電気通信回線」に一般のテレビ放送は入らないからである*2

それでは、2号で拒絶できるのか。しかし、同号は発明の公然「実施」を必要とするところ、本件のような設計図の公開は実施(2条3項各号)には当たらない。

以上により、この特許出願は新規性要件を充足する……ん?

これではマズい、何でこんな結論が出たんだ?
そうだ、29条1項1号の「公然知られた」を「公然知られたという事実を必要とする」と考えたためだ。「公然知られた」を「公然知られ得る状態にあった」でよいと解釈すれば、こんなおかしな結論にはならない。でも、3号に「電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明」が追加されたのは、「公然知られたという事実を必要とする」説を採っても問題ないように、だったよな。あるいはせめて、3号の「電気通信回線」から放送は除かれる、なんて言わなければ……。

*1:特許庁総務部総務課工業所有権制度改正審議室編『平成11年改正工業所有権法の解説』(発明協会,1999)94頁参照。

*2:特許庁総務部総務課工業所有権制度改正審議室編・前掲93頁、特許庁編『工業所有権法(産業財産権法)逐条解説〔第20版〕』(発明推進協会,2017)85頁。

米国知的財産権日記

suziefjpさんのウェブログ「米国知的財産権日記」、
特許権侵害の懈怠(laches)についての連邦最高裁判決である SCA Hygiene Products Aktiebolag v. First Quality Baby Products, LLCの解説が素晴らしい。

iptomodach.exblog.jp

このウェブログは2008年から始まっており、質の高い記事が多いのだけれども、本ウェブログの存在をあまり知られていない気がする(私の気のせいかもしれないが……)。

特許法と行政法との関係(2014年行政不服審査法改正対応版)

(日本における)特許法行政法との関係は、例えば、吉藤幸朔『特許法概説〔第10版〕』(有斐閣,1994)563頁以下や木村耕太郎弁護士のウェブログにまとめられているが、2014年行政不服審査法改正前のものなので、改正後のものを整理してみた*1。主な情報ソースは総務省の行政不服審査法改正に関する資料である。


特許庁長官,審査官,審判官といった行政庁のなした処分および不作為については、行政不服審査法4条の定める所定の行政庁への「審査請求」*2という形で不服申立てができる(行政不服審査法2条および3条)。

ただし、特許法では、「査定、取消決定若しくは審決及び特許異議申立書、審判若しくは再審の請求書若しくは第120条の5第2項若しくは第134条の2第1項の訂正の請求書の却下の決定並びにこの法律の規定により不服を申し立てることができないこととされている処分又はこれらの不作為については、行政不服審査法の規定による審査請求をすることができない。」(特許法195条の4)と例外を設けている。


また、処分の取消しを求める場合、上述の審査請求をしてもよいが、裁判所へ取消訴訟を提起してもよい(行政事件訴訟法8条1項本文;自由選択主義)。ただし、「法律に当該処分についての審査請求に対する裁決を経た後でなければ処分の取消しの訴えを提起することができない旨の定めがあるときは、この限りでな」く(行政事件訴訟法8条1項ただし書き)、訴訟提起前の不服申立てを必要とする(不服申立前置)。

かつては多数の個別法で不服申立前置主義を採っていたが、2014年行政不服審査法改正に伴い、これらの多くで不服申立前置の廃止または縮小されることとなった(行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律)。

特許法においても、「この法律又はこの法律に基づく命令の規定による処分(第195条の4に規定する処分を除く。)の取消しの訴えは、当該処分についての異議申立て又は審査請求に対する決定又は裁決を経た後でなければ、提起することができない。」と規定する184条の2は削除された(行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律227条)。

もっとも、特許法は依然として、「拒絶査定」については、拒絶査定不服審判を経なければ(審決を受けなければ)、裁判所へ取消訴訟を提起できない(特許法121条1項および178条6項*3)。すなわち、「拒絶査定」については、不服申立前置が存置されている。この理由は、審判に「一審代替性」があり(審決に対する不服は[地裁ではなく]高裁に訴訟提起する;特許法178条1項)、国民の手続負担の軽減が図られているからだとされている。

*1:もっとも、筆者は、行政法については、特許法以上に初学者であるため、誤りが含まれている恐れがある。誤りを見つけた方は、是非コメント欄でご指摘いただきたい。

*2:不服申立ての方法として、従来は「審査請求」と「異議申立て」とが併存していたが、2014年行政不服審査法改正により「審査請求」に一元化された。

*3:木村弁護士は「特許法は、「拒絶査定」に対して審判を請求できるとは書いている(121条)が、いきなり取消訴訟を提起してはいけないという規定の仕方にはなっていない。なぜなのか、よくわからない。」と書かれているが、おそらく178条6項に由来するものだろう。