特許法の八衢

高速道路の管理運営会社に対する特許権行使が認められた事案 ― 知財高判令和4年7月6日(令和2年(ネ)第10042号)

1 はじめに

本件判決(知財高判令和4年7月6日[令和2年(ネ)第10042号])は、「車両誘導システム」という名称の2つの特許権1の権利者である原告=控訴人が、東日本高速道路NEXCO東日本)に対し、佐野サービスエリアスマートインターチェンジ(佐野SAスマートIC)の4つのシステム(被告システム1~4=被控訴人システム1~4)の設置等が特許権侵害であるとして、損害賠償を請求した事案の控訴審判決である。

原審判決(東京地判令和2年6月11日[平成31年(ワ)第7178号])では、被告システムの構成要件充足性が否定されたが、本件判決では、一転して、被告=被控訴人による特許権侵害が肯定され、特許法102条3項に基づく額の損害賠償が認められた。

高速道路の管理運営サービス提供行為(の一部)が特許権侵害になったこと自体も目を引くが、ここでは損害賠償額の算定部分をとくに採り上げたい。近年、対価と商品役務との対応関係が不明確なビジネスモデルにおける知財権侵害の損害額算定が議論となっており2、本件もまさにそのような事案だと考えるためである。

以下、項名・「特許請求の範囲」・「雑感」を除き、本件判決の引用である(強調は引用者による)。

2 本件発明

2-1 特許請求の範囲(代表して本件発明1-1のみ)

 有料道路料金所、サービスエリア又はパーキングエリアに設置されている、ETC車専用出入口から出入りをする車両を誘導するシステムであって、
 前記有料道路料金所、サービスエリア又はパーキングエリアに出入りをする車両を検知する第1の検知手段と、
 前記第1の検知手段に対応して設置された第1の遮断機と、
 車両に搭載されたETC車載器とデータを通信する通信手段と、
 前記通信手段によって受信したデータを認識して、ETCによる料金徴収が可能か判定する判定手段と、
 前記判定手段により判定した結果に従って、ETCによる料金徴収が可能な車両を、ETCゲートを通って前記有料道路料金所、サービスエリア又はパーキングエリアに入る、または前記有料道路料金所、サービスエリア又はパーキングエリアから出るルートへ通じる第1のレーンへ誘導し、ETCによる料金徴収が不可能な車両を、再度前記ETC車専用出入口手前へ戻るルート又は一般車用出入口に通じる第2のレーンへ誘導する誘導手段と、を備え、
 前記誘導手段は、前記第1のレーンに設けられた第2の遮断機と、前記第2のレーンに設けられた第3の遮断機と、を含み、
 さらに、前記第2の遮断機を通過した車両を検知する第2の検知手段と、前記第3の遮断機を通過した車両を検知する第3の検知手段と、を備え、
 前記第1の検知手段により車両の進入が検知された場合、前記車両が通過した後に、前記第1の遮断機を下ろし、前記第2の検知手段により車両の通過が検知された場合、前記車両が通過した後に、前記第2の遮断機を下ろすことを特徴とする車両誘導システム。

2-2 本件発明の課題・効果

「本件特許の特許請求の範囲に表れた構成及び……本件明細書の記載からすると、本件各発明は、有料道路の出入口に設置されたETC車用出入口で利用される車両を安全に誘導する車両誘導システムに関するものであり(……)、ETCによる料金徴収ができない車両がETC専用レーンに進入した場合、開閉バーが下りて進行できなくなり、インターホンで係員を呼び出す必要があるので渋滞が助長され、また、上記車両がバック走行をして出ようとすると後続の車両と衝突するおそれがあって危険であるという課題があることから(……)、複数の遮断機、検知手段及び通信手段を設置し、①一般車がETC車用出入口に進入した場合又はETC車に対してETCシステムが正常に動作しない場合であっても、車両を安全に誘導する車両誘導システムを提供すること(……)及び②ETCシステムを利用した車両誘導システムにおいて、車両が通過した後に各遮断機を適切に下ろすことなどで、逆走車の走行を許さず、或いは先行車と後続車の衝突を回避し得る、安全な車両誘導システムを提供すること(……)をその課題及び作用効果とするものである……。」

3 特許権侵害

「被控訴人システム1~3は本件発明1の技術的範囲に、被控訴人システム4は本件各発明の技術的範囲に属すると認められる。」

「被控訴人が、平成23年4月28日以降、被控訴人各システムを佐野SAスマートICに設置し、同システムによって、通過する車両から通行料金等を徴収していることについては当事者間に争いがない。

そして、被控訴人が、本件各発明の技術的範囲に含まれる被控訴人各システムを設置して、同システムにより佐野SAスマートICから東北自動車道に出入りする車両を誘導していることは、本件各発明の「使用」による実施に当たる(特許法2条3項1号)。」

4 特許法102条3項に基づく損害賠償額の算定

「本件において、控訴人は、特許法102条3項により実施料相当額の損害を請求しているが、一般に実施料は、売上額に実施料率を乗じて算定される。」

4-1 ターミナルチャージ(固定額)と通行料金(距離に応じた可変額)

「被控訴人各システムを利用して東北自動車道に出入りする車両が被控訴人に支払う金員(通行料金等)は、高速道路の利用1回に対して課する固定額150円(ターミナルチャージ)と、利用距離に対して課する可変額部分(通行料金)であり、通行料金は1km当たり24.6円(普通区間、普通車)である(……)。」

「高速道路を一度利用すると、出入口を2回(佐野SAスマートICを利用する車両については、佐野SAスマートICと他のICとの2か所)通過することになるから、少なくとも上記ターミナルチャージの半額である75円は被控訴人各システムの使用と関係がある売上げに当たる。

「また、佐野SAスマートICから出入りする車両は、少なくとも隣接するICである佐野藤岡IC又は佐野田沼ICと佐野SAスマートICとの間、東北自動車道を走行するから、佐野SAスマートICから隣接するICまでの距離に対応する可変額部分(通行料金)は、被控訴人各システムの使用と関係がある売上げに当たるとみることができる。上記通行料金は、佐野藤岡ICから佐野SAスマートICまでの距離が2.7km(甲22の1)、佐野田沼ICから岩舟ジャンクションを経由して佐野SAスマートICまでの距離が11.2km(……)であることから、その平均距離6.95kmに1km当たりの額24.6円を乗じて、170円(1円未満切り捨て)と計算される。

そうすると、被控訴人各システムの使用による車両1台当たりの売上げは、少なくとも245円である。」

4-2 被控訴人システム通過車両台数

「次に、証拠(……)によると、平成27年7月から令和3年7月までの各月について、佐野SAスマートICを通過した車両の台数(一日当たり平均)は、別紙2の「台数/日」欄記載のとおりと認められ、これに各月の日数を乗じて月当たりの通過台数を計算すると、同別紙の「台数/月」欄記載のとおりとなる(……)。

そして、佐野SAスマートICには4つの被控訴人各システムが設置されているから、それぞれの通過台数が各4分の1であるものとすると、本件特許権1が登録された平成29年6月16日から令和3月7月31日までの被控訴人システム1~3の通過台数は308万5926台、本件特許権2が登録された平成27年7月3日から令和3月7月31日までの被控訴人システム4の通過台数は149万8587台と推定され、合計台数は458万4513台である。」

「上記から、被控訴人各システムの使用による売上額は、11億2320万5685円(=245円×458万4513台)と計算される。」

4-3 実施料率

「証拠(……)によると、①被控訴人各システムはスマートICに設置されるものであるところ、被控訴人は、スマートICの導入により、従前10kmであったIC間の平均距離を欧米並みの5kmに改善し、地域生活の充実・地域経済の活性化を推進しようとしていること、②設置コストは、通常のICが30~60億円であるのに対し、スマートICが3~8億円、管理コストは、通常のICが1.2憶円/年であるのに対し、スマートICが0.5憶円/年と、スマートICを設置することで、被控訴人はコスト削減ができていること、③既存のサービスエリアに被控訴人各システムを設置することで、出入口を増やすことができ、高速道路の利便性が上がるので、利用者増加につながる可能性があること、④もっとも、佐野SAスマートICの設置により東北自動車道の利用台数が顕著に増加したとはいえないこと、⑤被控訴人は、本件特許に抵触しないスマートICも設置しており、代替技術があること(控訴人の主張によると、本件特許に抵触しないスマートICが半数弱存在する。)、⑥控訴人は、自ら本件特許を実施しておらず、今後も実施する可能性がないこと、⑦佐野SAスマートICの施設に占める被控訴人各システムの構成割合(価格の割合)は7.8%であること、⑧被控訴人は、控訴人からの警告を受けた後も本件特許の実施を継続していること、がそれぞれ認められる。

上記各事情を総合すると、本件において、本件特許の実施料率は、2%と認めるのが相当である。」

「実施料相当額 11億2320万5685円×2%=2246万4114円」

4-4 売上額算定についての被控訴人主張に対する裁判所の回答

「被控訴人は、ターミナルチャージ及び通行料金について、建設費等の償還のために受領するものであるから売上げに当たらないと主張するが、これは売上金の使途に関する主張をしているにすぎず、ターミナルチャージ及び通行料金が、実施料算定の基礎とすべき売上げと評価すべきではないとする理由となるものではない。

また、被控訴人は、スマートICではなくとも通行料金等が課されるから、通行料金等は本件各発明の使用と関係がない、佐野SAスマートICの設置による利用台数の増加がない等とも主張するが、これらの事情は実施料率の認定において考慮すれば足り、通行料金等を売上げとみることを否定する事情に当たるとはいえない。被控訴人は、佐野SAスマートICの設置により、車両が従前よりも手前のICで降りることとなって、支払う通行料金が減少するというパターンも存在すると主張するが、前記のとおり、佐野SAスマートICから出入りする車両は被控訴人各システムを利用しており、その車両が支払う通行料金は被控訴人各システムの使用と関係がある売上げに当たるから、上記被控訴人の主張は通行料金等を売上げとみるべきとする判断を左右しない。

さらに、被控訴人は、ETC通信の可否を判定した結果、通信ができず退避路に誘導される車両は、スマートICに差し掛かる車両のうちごく僅かであり、また、スマートIC内の狭い導線において、バックしたり、逆進入する車両は皆無である上に、ETC通信ができない車両や逆進入する車両からは、ターミナルチャージ等を徴収できないことから、本件各発明の特徴は、被控訴人によるターミナルチャージ等の徴収とは無関係であるとか、仮にターミナルチャージをロイヤリティベースと捉えるとしても、被控訴人各システムの構成割合(7.8%)と第2のレーン(退避路)に誘導される車両の割合(0.22%)で按分すべきであると主張するが、佐野SAスマートICにより出入りする車両は、被控訴人各システムを必ず使用しており、被控訴人各システムが第1のレーンへ誘導する車両も本件各発明を使用しているものであることに加え、被控訴人各システムを使用することによって、円滑で安全なICにおける通行を確保するとの利益を得ており、このような利益を含めた対価としてターミナルチャージを含めた通行料を支払っていると認めることができるものであるから、上記被控訴人の主張は採用できない。」

5 雑感

裁判所は、ややトリッキーではあるがそれなりに合理的な計算を行ない、かなり広範囲の金額を「被控訴人各システムの使用と関係がある売上げ」として認め、損害賠償額算定のベースとなる売上額(実施料率を掛ける対象)としている。これは、特許権者(原告=被控訴人)の主張を全面的に取り入れたものであり、代理人の主張が巧みだったのであろう。

他方、実施料率については、権利者は実施料率を10%と主張していたが、裁判所は種々の考慮要素を挙げて2%としている。この実施料率の数値自体は、類似の事案もなく、適切なものなのか判断できないが、考慮要素の一つに「控訴人は、自ら本件特許を実施しておらず、今後も実施する可能性がないこと」が入っていることには疑問を感じる3

損害賠償額の算定以外の点について目を向けると、以下に示す、発明の「使用」についての判示が興味深い。

「被控訴人が、本件各発明の技術的範囲に含まれる被控訴人各システムを設置して、同システムにより佐野SAスマートICから東北自動車道に出入りする車両を誘導していることは、本件各発明の「使用」による実施に当たる」と述べ、被告=被控訴人=高速道路サービス提供者による「使用」を認めていることに加え、「佐野SAスマートICにより出入りする車両は、被控訴人各システムを必ず使用しており、被控訴人各システムが第1のレーンへ誘導する車両も本件各発明を使用しているものである」とも判示しており、高速道路サービス利用者による「使用」も認めているように読める。システム発明の「使用」を広く解釈しているということであろうか4

ところで、本件では、差止請求はなされていなかったが、仮になされていたら、権利濫用と判断されたのだろうか5

更新履歴

  • 2023-01-04 公開

  1. ともに同じ「先祖」を持つ、第7世代(本件特許権1)および第4世代(本件特許権2)の分割出願に係る特許権
  2. 例えば、前田健「新たなビジネスモデルと特許権・著作権侵害の損害額算定上の課題」別冊パテント27号(2022)35頁以下
  3. 特許権者による特許発明の実施を代替技術の有無の判断材料とする場合もあろうが、本件判決では、代替技術の有無は、特許権者による実施とは別の要素として考慮されている。
  4. もっとも、本件判決は、「特許に抵触」「特許の実施」といったように、法律用語の使い方が「粗い」ため、判決文の細かい部分を見ても意味がないのかも知れない。
  5. 上述の通り、本件で行使された特許権は、第7世代および第4世代の分割出願に係るものであったが、原告はその後も分割出願を行なっており、現在、第12世代までの分割出願が存在し、その中には特許庁係属中のものもある。原告が、高速道路の管理運営会社に対しさらなる権利行使することがあり得るのではなかろうか。