1 はじめに
知財高判令和4年3月14日(平成30年(ネ)第10034号)[ソレノイド]1は、特許権の二者の共有者のうち一者(原告=控訴人)のみが、被告=被控訴人の行為が特許権侵害に当たると主張し、102条1項から3項2に基づく額の損害賠償を求めた事案3である。原審では特許権侵害が認められなかったが、控訴審(本件)では、特許権侵害が認められ、損害額が算定された。
特許権が共有の場合における損害額の算定については種々の議論があり4、関心が高いと思われるので、ここでは、共有と損害額算定との関係に絞って5、判示内容を概観する。
2 判示内容
2-1 判示概要
本件判決では、特許権が控訴人と訴外Aとの持分割合均等の共有であり、かつ、訴外Aは特許発明を実施していない場合における、102条各項による損害額算定の考え方が示された。その概要は次の表のとおりである。
条文 | 算定の考え方 |
---|---|
102条1項 | 1号につき非実施共有者の存在の考慮不要;2号につき持分割合に応じた額 |
102条2項 | 非実施共有者の実施料相当額を控除 |
102条3項 | 持分割合に応じた額 |
以下、102条各項についての判示内容をみていく。
2-2 102条3項
事案に鑑み、特許法102条3項による損害の算定を先に認定する。……被告製品における本件特許の実施料率は2%程度であると認めるのが相当である。……。本件特許は控訴人及び●●●●●●6の共有関係にあり、その持分割合について両社で特段の合意がされたと認めるに足りないから、民法250条により共有持分は相等しい割合に推定される。……。そうすると、特許法102条3項による損害は、以下の計算式のとおり、……円であると認定するのが相当である。
裁判所ウェブページ掲載の判決書では、102条3項による算定の「計算式」が伏字となっているが、持分割合への言及および後述の同条1項2号の算定式を考え合わせると、侵害製品の販売額に実施料率(2%)を掛けた上、さらに控訴人の持分割合(50%)を乗じて、算出したと考えられる7。
2-3 102条1項8
2-3-1 102条1項1号
……共有に係る特許権であっても、各共有者は、契約で別段の定めをした場合を除いて他の共有者の同意を得ることなく特許発明の実施をすることができる(特許法73条2項。なお、本件では、控訴人が●●●●●●との間で実施割合に関する特段の合意をしたと認めるに足りる証拠はない。)ところ、特許法102条1項により算定される損害については、侵害者による侵害組成物の譲渡数量に特許権者等がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じて算出される額には、特許権の非実施の共有者に係る侵害者による侵害組成物の譲渡数量に応じた実施料相当額の損害が含まれるものではなく、その全部又は一部に相当する数量を特許権者等が販売することができないとする事情にも当たらないから、後記の同条2項による損害の推定における場合と異なり、非実施の共有者の実施料相当額を控除することもできない。9
……特許法102条1項110号により算定される控訴人の損害額は、譲渡数量●●●●●●●●個のうち約2割については販売することができない事情があるからその分を控除し、控除後の販売数量に原告製品2の単位数量当たりの利益額●●●●●円を乗じると、……、●●●●●円であると認められる。
2-3-2 102条1項2号
……特許法102条1項2号は、括弧書で「特許権者…が、当該特許権者の特許権についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾…をし得たと認められない場合を除く。」と規定するところ、この括弧書部分は、特定数量がある場合であってもライセンスをし得たとは認められないときは、その数量に応じた実施相当額を損害として合算しないことを規定するものであると解される。
これを前提として本件についてみると、特許法102条1項1号に規定する特定数量に該当するとされた事情は、上記のとおりであるところ、被告製品と原告製品2の性能面の差異については、その性質上、控訴人が被控訴人にライセンスをし得たのに、その機会を失ったものとは認められないが、被控訴人の営業努力等に関わる点については、本件発明の存在を前提にした上でのものというべきであるから、控訴人が被控訴人にライセンスをし得たのに、その機会を失ったものといえる。これらの事情を総合考慮すると、特定数量2割のうちライセンスの機会を喪失したといえる数量は、その半分に当たる譲渡数量の1割とするのが相当である。……。
[計算式] ●●●●●●●●●×0.1)×0.02×0.5≒268000011
上記計算式は、「侵害製品の単位数量当たりの販売額 × (譲渡数量*1割) × 実施料率(2%) × 控訴人の持分割合(50%)」を示している、と考えられる。
2-4 102条2項
……特許権が共有に係るときは、各共有者は、契約で別段の定めをした場合を除き、他の共有者の同意を得ないでその特許発明の実施をすることができる(特許法73条2項)。本件では、控訴人が●●●●●●との間で実施割合に関する特段の合意をしたと認めるに足りる証拠はないから、本件特許権の共有者である控訴人は、共有持分割合に応じて特許法102条2項により推定される損害の按分割合に応じた損害賠償を請求することができるにすぎない旨の被控訴人の主張は理由がない。
他方で、実施料に相当する損害は、特許権の実施の有無にかかわらず請求することができるから、特許権を共有するがその特許を実施していない共有者であっても、その特許が侵害された場合には、特許法102条3項により推定される実施料相当額の損害賠償を受けられる余地があるところ、仮に、同条2項により推定される全額を共有に係る特許権を実施する共有者の損害額であると推定されると、侵害者は実際に得た利益以上に損害賠償の責めを負うことになることからすると、共有に係る特許権を実施する共有者が同条2項に基づいて侵害者が得た利益を損害として請求するときは、同条3項に基づいて推定される共有に係る特許権を実施していない共有者の損害額は控除されるべきである。そして、侵害に係る特許権が共有に係るものであるといった事情は、同条2項により推定される損害の覆滅事情に当たるものであるから、侵害者がその立証責任を負うというべきである。
なお、上記覆滅が認められないとしても、102条2項による算定額は同条1項による算定額を上回ることがない、と判断された。
3 雑感
3-1 二重取り
本件判決は、特許権共有者は、特許発明の実施の有無に拘わらず、102条3項の実施料相当額については、共有持分割合に応じた額(のみ)を請求可能であることを前提としている12。
そして、102条2項の損害額算定においては、『二重取り』を防ぐため、すなわち、(特許発明を非実施の)訴外Aが後ほど侵害者へ損害賠償請求した場合に「侵害者は実際に得た利益以上に損害賠償の責めを負うこと」を防止するため、訴外Aが102条3項に基づき請求可能な額を控除すべし、と本件判決は述べる。
ただし、102条1項の算定においては、2項のような控除を認めていない。「侵害者による侵害組成物の譲渡数量に特許権者等がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じて算出される額には、特許権の非実施の共有者に係る侵害者による侵害組成物の譲渡数量に応じた実施料相当額の損害が含まれるものではなく、その全部又は一部に相当する数量を特許権者等が販売することができないとする事情にも当たらない」ことをその理由としているが、102条1項で算定される損害額については『二重取り』はない、との判断なのだろうか。102条2項の算定との間で平仄が合っているのか疑問がある13 14。
3-2 実施割合に関する特段の合意
本件判決は、102条1項および2項の算定において、「実施割合に関する特段の合意」がある場合は、合意された実施割合に応じて損害賠償額が按分される、と考えているように読める。しかし、その合意された割合と実際の実施の割合とに相違があった場合でも、合意された割合に応じて按分されることは適切なのだろうか。
3-3 関連裁判例
102条2項の損害額算定については、本件判決に先立ち、知財高判令和2年9月30日(令和2年(ネ)第10004号)[ 光照射装置]15が、訴外の特許権共有者が(特許発明を実施していない場合のみならず)特許発明を実施している場合も含め、以下の一般論を述べている。
特許法73条2項は,特許権が共有に係るときは,各共有者は,契約で別段の定めをした場合を除き,他の共有者の同意を得ないでその特許発明の実施をすることができる旨規定しているから,各共有者は,上記の場合を除き,自己の持分割合にかかわらず,無制限に特許発明を実施することができる。
そうすると,特許権の共有者は,自己の共有持分権の侵害による損害を被った場合には,侵害者に対し,特許発明の実施の程度に応じて特許法102条2項に基づく損害額の損害賠償を請求できるものと解される。また,同条3項は特許権侵害の際に特許権者が請求し得る最低限度の損害額を法定した規定であると解されることに鑑みると,特許権の共有者に侵害者による侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在しないため,同条2項の適用が認められない場合であっても,自己の共有持分割合に応じて,同条3項に基づく実施料相当額の損害額の損害賠償を請求できるものと解される。
しかるところ,例えば,2名の共有者の一方が単独で同条2項に基づく損害額の損害賠償請求をする場合,侵害者が侵害行為により受けた利益は,一方の共有者の共有持分権の侵害のみならず,他方の共有者の共有者持分権の侵害によるものであるといえるから,上記利益の額のうち,他方の共有者の共有持分権の侵害に係る損害額に相当する部分については,一方の共有者の受けた損害額との間に相当因果関係はないものと認められ,この限度で同条2項による推定は覆滅されるものと解するのが相当である。
以上を総合すると,特許権が他の共有者との共有であること及び他の共有者が特許発明の実施により利益を受けていることは,同項による推定の覆滅事由となり得るものであり,侵害者が,特許権が他の共有者との共有であることを主張立証したときは,同項による推定は他の共有者の共有持分割合による同条3項に基づく実施料相当額の損害額の限度で覆滅され,また,侵害者が,他の共有者が特許発明を実施していることを主張立証したときは,同条2項による推定は他の共有者の実施の程度(共有者間の実施による利益額の比)に応じて按分した損害額の限度で覆滅されるものと解するのが相当である。
基本的には、本件判決で示された102条2項の算定方法と同じだと思われるが、最後の判示部分(強調部分)が興味深い。
この判示に従うと、他の共有者の実施割合が非常に低い場合などは、侵害者は、他の共有者が特許発明を実施していることを主張せず(覆滅額が実施料相当額よりも低くなるため)、その結果、実際の実施割合を反映した賠償額とならないが、それで良いのだろうか。訴訟当事者の特許権者(一の共有者)による、自己及び他の共有者の実施状況の主張の考慮が必要な場面もあり得るように思われる。
更新履歴
- 2022-12-18 公開
- 2022-12-18 村田真一「共有特許と損害賠償」についての注釈追記
- 菅野雅之裁判長。↩
- 判決文に明記はないが、選択的主張だと考えられる。↩
- 原審(第一審)では差止めを求めていたが、控訴審では、差止め請求を取り下げる(特許権存続期間満了のためだと思われる)一方、損害賠償請求を追加した。↩
- 中山弘信『特許法〔第4版〕』(弘文堂,2019)333頁 注13参照。↩
- 本件の評釈として、井上裕史「判旨」知財ぷりずむ2022年9月号36頁が存在するが、この点について言及はない。↩
- 引用者注:伏字は裁判所ウェブページに掲載されている判決書(PDFファイル)のママ。以下同。↩
- 井上裕史・前掲39頁もそのように解している。↩
- 「令和元年法律第3号「特許法等の一部を改正する法律」は、令和元年政令第145号により令和2年4月1日に施行されており、同法には経過規定が置かれていないことから、本件特許権侵害の不法行為時及び本件訴え提起時は改正特許法の施行日前であるが、本件については、上記改正後の特許法が適用される」と判示された。↩
- 引用者注:下線を含む強調は引用者による。以下同。↩
- 引用者注:「1」が半角なのは、原文ママ。↩
- 引用者注:「)」と、閉じ括弧のみが記されているのは原文ママ。↩
- 田村善之ほか『プラクティス知的財産法I 特許法』(信山社,2020)180頁は、102条3項の実施料相当額(本論者は「相当な実施料額」と称する;同書176頁)について(も)、(共有持分割合ではなく)各共有者の特許発明実施状況に鑑みた按分が必要であると述べ、本件判決とは立場を異にする。↩
- 102条1項の場合も含め、二重取りを回避する対応策を提案するものとして、金子敏哉「知的財産権の共有と損害賠償額の算定―1項と3項の関係を中心に」同志社大学知的財産法研究会編『知的財産法の挑戦』(弘文堂,2013)325頁以下。↩
- 村田真一「共有特許と損害賠償」片山英二先生古稀記念『ビジネスローの新しい流れ』(青林書院,2020)561頁は、「[引用者注:令和元年]改正特許法102条1項の下では,実施共有者の損害賠償額は,改正特許法102条1項により算定される額から,侵害品の譲渡数量全体に対する不実施共有者の持分割合による実施料相当額を控除した額となるのではないか」と述べる。↩
- 大鷹一郎裁判長。↩