特許法の八衢

競業者の取引先に対する特許権侵害警告が信用毀損行為に当たると判断された事案 ― 東京地判令和4年10月28日(令和3年(ワ)第22940号)

はじめに

本判決(東京地判令和4年10月28日[令和3年(ワ)第22940号])は、競業者の取引先に対する特許権侵害の告知・侵害警告につき、不正競争防止法2条1項21号(信用毀損行為)の該当性が認められた事案である。とくにその判断枠組みが目を惹いたため、備忘録として本稿を記す。項名および「雑感」以外は、判決文の引用(抜粋)1である。

不正競争防止法2条1項各号は、法改正による「号ずれ」が起きやすいので、念のため、本判決が対象とした現行21号を以下に示す。

(定義)
第二条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
……
二十一 競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為

事案の概要および経緯

「本件は、原告が、被告らが原告の取引先に対して、原告の製造又は販売する製品は被告Aが共有する特許権を侵害している旨の通知書を送付した行為が、不正競争防止法2条1項21号にいう不正競争行為及び共同不法行為を構成すると主張して、被告らに対し、同法3条1項に基づき同行為の差止めを求めるとともに、……損害賠償金1000万円……を求める事案である。」

「原告は、「結ばない靴紐」(紐の端部を結ばなくても緩んだり解けたりすることがない靴紐をいう。以下同じ。)を主とするスポーツ用品の製造・販売等を目的とする株式会社である。……
被告会社は、「結ばない靴紐」の販売を業とする株式会社であり、被告Aは、被告会社の代表取締役である。」

「原告と被告Aは、別紙特許権目録記載の特許(以下「本件特許」といい、本件特許に係る特許権を「本件特許権」という。)の共有者である2。」

「原告は、平成25年1月頃から、「キャタピラン」との名称で「結ばない靴紐」製品を製造・販売していた。」

「被告Aは、平成28年6月、原告に対し、キャタピラン等が本件特許権を侵害しているなどと主張して、損害賠償請求訴訟(前訴)を提起し、併せて、被告会社を設立した上、「結ばない靴紐」……を販売し始め、「結ばない靴紐」の市場において原告と競業するようになった。」

前訴の控訴審裁判所は、平成30年12月26日、本件特許権(被告Aの共有持分権をいう。)侵害の不法行為に基づく損害賠償請求……は理由があるとの中間判決(本件中間判決)を言い渡した3

「原告は、本件中間判決を受け、……キャタピラン等を設計変更したキャタピラン+等の製造・販売を始めた。」

「前訴の控訴審裁判所は、令和2年11月30日、被告Aの請求を一部認容し、原告に対し、被告Aに金員を支払うことや、本件特許権の持分4分の1の移転登録手続をすることなどを命じる判決を言い渡した4。」

「原告は、上記判決に対して上告したが、令和2年12月17日、被告Aとの間で、当該上告を取り下げる旨の内容を含む覚書を締結したため、その後、当該上告を取り下げた。」

「被告Aは、令和3年5月7日、原告及び原告の代表者であるBに対し、キャタピラン+等が本件特許権を侵害すると主張して、キャタピラン+等の製造・販売等の差止め等を求める仮処分(……)を申し立てた。」

被告Aは、令和3年8月19日、別紙通知書の内容のとおり、原告の取引先10社に対して、被告Aとしては、キャタピラン+等は、本件特許権を侵害していると考えているなどと記載された本件通知書を送付した(本件告知行為)。

本件通知書

「本件通知書(別紙参照5)には、

  • 知的財産高等裁判所において、キャタピラン等の製造が本件特許権を侵害する旨の判決が言い渡されたこと、
  • 原告が、当該判決を受け入れ、キャタピラン等の製造・販売が本件特許権侵害になることを認めたこと、
  • 残された諸問題について包括的な和解による全面的な解決のため、原告と被告A間で協議が続けられてきたものの、全てについては合意に至ることができず、被告Aはキャタピラン+等の製造・販売等の差止めを求める仮処分を提起したこと、
  • 通知人としては、原告が現在も製造・販売しているキャタピラン+等は、本件特許権を侵害していると考えていること、
  • 通知人は、貴社(送付先のこと。以下同じ。)が、上記判決が対象としたキャタピラン等を原告から仕入れている事実を把握していること、
  • 特許権を侵害するキャタピラン等を貴社が販売する行為も本件特許権を侵害する行為であり、貴社に対し、キャタピラン等の販売の差止め、在庫の廃棄、損害賠償等を請求する権利を有していること、
  • 直ちにキャタピラン等、キャタピラン+等及びこれらを靴紐として装着する等している靴等の商品の販売を停止し、かつ、それらの販売を今後一切行わないことを誓約する書面の提出を求めること、
  • 損害額の算定のため、貴社が上記の商品を販売開始してから現在に至るまでの利益額が分かる資料の送付も求めること、
  • 2週間以内に回答がなかったときは、貴社に対し、法的手続を取ることを検討せざるを得ないこと、本件特許権侵害による貴社の法的責任は、原告の法的責任とは別個の責任であるため、対応は原告に委ねる等の回答は認められないこと、

以上の内容が順に記載されている。」

判旨

充足論

「本件発明を構成要件に分説すると、次のとおりである。
A① 間隔をあけて繰返し配置され、
 ② 自身に加えられる軸方向張力の大小によって径の大きさが変化するこぶを有する
 ③ 伸縮性素材からなるチューブ状ひも本体と、
B① ひも本体のチューブ状構造によって構成される中心の管部分に非伸縮性素材からなり、
 ② こぶのコアを構成し、こぶの径変化に応じたこぶ両端距離の変化に追随するようこぶ対応部分にて丸められた中心ひもと、
C を備えたひも。」

「上記構成要件及び本件明細書等の各記載によれば、本件発明に規定する「伸縮性素材」とは、伸び縮みする性質を有するものであるのに対し、「非伸縮性素材」とは、「伸縮性素材」との比較において伸縮性に乏しい素材であれば足り、それ以上の限定を付すものではない。したがって、非伸縮性素材からなる中心ひも(構成要件B①)は、伸縮性素材からなるひも本体(構成要件A③)よりも、伸縮性が乏しいものと解するのが相当である。」

「キャタピラン+等においては、ひも本体よりも中心ひもに相当する芯材の方が伸縮性を有するものであるから、キャタピラン+等の中心ひも(芯材)は、非伸縮性素材からなるものと認めることはできない。」

「以上によれば、キャタピラン+等は、本件発明の構成要件B①を充足するものではない。したがって、……キャタピラン+等を製造又は販売する行為は、本件特許権を侵害するものとは認められない。

「虚偽の事実」該当性

「競争関係にある者が、競業者の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し又は流布する行為は、競業者を不利な立場に置き、自ら競争上有利な地位に立とうとするものであるから、公正な競争を阻害することになる。このような結果を防止し、事業者間の公正な競争を確保する観点から、不正競争防止法2条1項21号は、上記行為を不正競争の一類型と定めるものである。そして、競争関係にある者において、裁判所が知的財産権侵害に係る判断を示す前に当該判断とは異なる法的な見解を事前に告知し又は流布する行為は、知的財産権侵害の結果の重大性に鑑みると、競業者の営業上の信用を害することによって、上記と同様に、公正な競争を阻害することは明らかである。そうすると、法的な見解の表明それ自体は、意見ないし論評の表明に当たるものであるとしても最高裁平成15年(受)第1793号、第1794号同16年7月15日第一小法廷判決・民集58巻5号1615頁6参照)、上記行為は、不正競争防止法2条1項21号の上記の趣旨目的に鑑み、不正競争の一類型に含まれると解するのが相当である。
 したがって、競争関係にある者が、裁判所が知的財産権侵害に係る判断を示す前に当該判断とは異なる法的な見解を事前に告知し又は流布する場合には、当該見解は、不正競争防止法2条1項21号にいう「虚偽の事実」に含まれるものと解するのが相当である。

「キャタピラン+等は、裁判所が本件特許権を侵害すると判断したキャタピラン等を設計変更したものであり、……少なくともキャタピラン+等については裁判所が本件特許権を侵害するものではないと判断するにもかかわらず、本件通知書には、キャタピラン+等は本件特許権を侵害していると考えているなどと記載されていることが認められる。そうすると、本件通知書の内容は、裁判所においてキャタピラン+等が本件特許権を侵害しない旨の判断を示す前に当該判断とは異なる法的な見解を事前に告知するものとして、不正競争防止法2条1項21号にいう「虚偽の事実」を含むものと認めるのが相当である。

本件告知行為の違法性の有無

「競業者が知的財産権を侵害していないにもかかわらず、その権利者において当該競業者が当該知的財産権を侵害する旨告知し又は流布する行為は、不正競争防止法2条1項21号に定める不正競争に該当する。もっとも、上記行為が、知的財産権の正当な権利行使の一環としてなされたものと認められる場合には、知的財産権の重要性に鑑み、違法性を欠くものというべきである。

「本件通知書は、キャタピラン+等については、裁判所によって本件特許権を侵害する旨の判断が未だされていないにもかかわらず、キャタピラン等について裁判所によって本件特許権を侵害する旨の判断が確定した経緯を詳述した上、キャタピラン+等についても、キャタピラン等と同様に、本件特許権を侵害する趣旨を述べて、販売の即時停止及び損害賠償額の算定に関する資料の開示を求めるものであることが認められる。
 そうすると、原告と被告会社は、「結ばない靴紐」の市場において競業しているところ、本件告知行為は、本件通知書の上記内容に鑑みると、裁判所によって本件特許権を侵害する旨の判断が確定したキャタピラン等の存在を奇貨として、そのキャタピラン等の改良品であるキャタピラン+等についても、販売の即時停止及び損害賠償額の算定を実現させて、「結ばない靴紐」の市場からこれを排斥しようとするものであると認めるのが相当である。
 したがって、一般の読み手の普通の注意と読み方とを基準として判断すれば、本件告知行為の相手方は、裁判所によって本件特許権を侵害する旨の判断が確定したキャタピラン等と同様に、キャタピラン+等についても、本件特許権を侵害するおそれがあるとの強い印象を受けるものと認めるのが相当である。

「被告らは、キャタピラン+等は、キャタピラン等とは異なり、本件特許権を侵害しないように製造された改良品であることを前提に、キャタピラン+等が本件特許権を侵害するか否かについて慎重に調査すべきであったといえるが、被告らがそのような調査をしたことを認めるに足りる的確な証拠はない。
 かえって、……キャタピラン+等が本件発明の構成要件B①を充足しているかについては、構成要件B①の解釈に争いがあるものの、「非伸縮性素材」が「伸縮性素材」よりも伸縮性に乏しいものであることは文言上当然想定すべき解釈であるし、当該解釈を前提とした場合に、キャタピラン+等が同構成要件を充足しないことは、ひも本体と中心ひも(芯材)の伸縮性の違いを調べれば容易に明らかにされることである上、当該調査もキャタピラン+等(靴紐)を切断するなどして容易に行えるものである。それにもかかわらず、被告ら(……)は、そのような調査をしないばかりか、当該構成要件の解釈や伸縮性に係る調査結果を原告から詳細に主張書面で指摘された後に、漫然と、キャタピラン+等が本件特許権を侵害しているとの本件告知行為に及んだことが認められる。
 そうすると、被告らは、……キャタピラン+等については本件特許権を侵害しない可能性が相当程度あることについて容易に認識できたにもかかわらず……あえて本件告知行為を行ったということができる。」

「これらの事情を総合して、本件告知行為の実態を詳細にみると、本件告知行為は、裁判所によって本件特許権を侵害する旨の判断が確定したキャタピラン等の存在を奇貨として、本件特許権を侵害しないように改良されたキャタピラン+等についても、裁判所による判断がされる前に、本件特許権を侵害する趣旨を告知し、原告の取引先に対する信用を毀損することによってキャタピラン+等を早期に「結ばない靴紐」の市場から排斥し、競業する事業者間の競争において優位に立つことを目的としてされたものであることが認められ、その態様は、悪質であるといわざるを得ない。
 したがって、本件告知行為は、本件特許権の正当な権利行使の一環としてなされたものであると認めることはできず、違法性を欠くものということはできない。そして、上記において説示した事情を踏まえると、被告らには明らかに過失があったものと認めるのが相当である。

損害について

「原告は、本件特許権を侵害する旨の前訴の裁判所の判断を踏まえ、「結ばない靴紐」の市場からキャタピラン等を撤退させ、新たにその改良品であるキャタピラン+等をもって市場に参入したところ、当該改良品までもがキャタピラン等と同様に本件特許権を侵害するものである旨取引先に虚偽の事実を告知されているところ、このような本件告知行為に至る経緯のほか、本件通知書の内容、これが送付された取引先の数、キャタピラン+等の取引を停止した取引先の数、その後の原告の取引先に対する対応その他の本件に現れた一切の事情を総合考慮して、本件告知行為により原告の営業上の信用が毀損された無形損害の額を算定すれば、本件告知行為の悪質性に鑑みると、無形損害の額であっても少なくとも100万円を下らないと認めるのが相当である。」

雑感

競業者の取引先に対する知的財産権侵害の告知・侵害警告につき、かつて裁判例では、告知・侵害警告に理由がなかった(競業者等の行為は権利侵害とならない)と判明した場合は、つねに不正行為に当たる(諸事情は過失有無の判断で考慮する)という判断枠組みが採られていた。

ところが、当該告知・侵害警告が「(正当な)権利行使の一環」であれば違法性が阻却される(信用毀損行為に該当しない)との判断枠組み(「権利行使論」「違法性阻却説」「相当説」「権利行使の一環説」などと称される)を採る裁判例が現れ7、2つの判断枠組みの裁判例が並存することとなった8。もっとも、近年では、後者の判断枠組みのものは退潮傾向にあるとも評価されてきた9

そのような中、本判決では、「知的財産権の正当な権利行使の一環としてなされたものと認められる場合には、知的財産権の重要性に鑑み、違法性を欠くものというべきである。」と明言し、後者の判断枠組みを採っていることが目を惹く。もっとも、本判決では、結論として信用毀損行為該当性を認め、被告らの告知行為につき「その態様は、悪質であるといわざるを得ない。」等の強い表現が使われていることからすれば、被告らの行為の悪性を糾弾するために(行為が正当だとは全く言えないことを強調するために)、この判断枠組みをあえて採ったようにも感じられる。

その他、設計変更前の製品(の生産等)は裁判所で侵害が認められているという特殊な状況ながらも、調査義務についての判示も興味深い。

最後に、本判決の別紙(本件通知書)は、裁判所ウェブページに掲載された判決書(PDFファイル)では「省略」されているが、その内容を把握することは実務上重要であると思われるので、ウェブページ上での公開が望まれる10

更新履歴

  • 2022-11-13 公開

  1. 強調は引用者による。

  2. 引用者注:後記中間判決で、特許法73条2項規定の「別段の定」の存在が認められている。……

  3. 引用者注:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/271/088271_hanrei.pdf

  4. 引用者注:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/091/090091_hanrei.pdf

  5. 引用者注:裁判所ウェブページに掲載された判決書(PDFファイル)では、別紙(本件通知書)の内容は「省略」されているため、以下は判決における事実認定による(改行等は引用者が付した)。

  6. 引用者注:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/385/052385_hanrei.pdf

  7. 東京地判平成13年9月20日(平成12年(ワ)第11657号)がその嚆矢とされている。

  8. 本件についての近時の文献として、井関涼子「虚偽事実の告知・流布による不正競争」高部眞規子裁判官退官記念『知的財産権訴訟の煌めき』(きんざい,2021)512頁以下がある。

  9. 駒田泰土「理由のない特許権侵害警告と不正競争防止法」特許研究66号(2018)7頁。ただし、知財高大判平成25年2月1日(平成24年(ネ)第10015号)[ごみ貯蔵機器]は、「本件通知書の送付は,原告が知的財産権の行使の一環として行ったものであり,被告の信用を毀損して原告が市場において優位に立つことを目的としたものとはいえず,内容ないし態様においても社会通念上著しく不相当であるとはいえず,権利行使の範囲を逸脱するものとはいえない。また,イ号物件は,本件意匠権を侵害するものではないが,原告が,イ号物件を本件登録意匠の類似の範囲に含まれると解したことに全く根拠がないとはいえないなどの諸事情を総合考慮すれば,原告の告知行為を違法であると評価することはできない。」と述べ、後者の判断枠組みを採っているように読める(この点につき、駒田泰土「知財高大判平成25年2月1日:判批」茶園成樹ほか編『商標・意匠・不正競争判例百選〔第2版〕』(有斐閣,2020)231頁は、この判示部分は「傍論的なものにとどまる」と評価する)。

  10. 裁判所ウェブページでの別紙の取り扱いについては、三村量一ほか「判例の動き」高林龍ほか編『年報知的財産法2021-2022』(日本評論社,2021)105頁[上野達弘]参照。