特許法の八衢

特許権の「共同侵害」 ― 国際知財司法シンポジウム2022 模擬裁判への雑感

はじめに

『国際知財司法シンポジウム2022』裁判所パート(2022年10月27日開催)では、模擬裁判が行なわれ、「判決要旨」も示された。

しょせん“模擬”裁判であり、「お遊び」に過ぎないのかも知れない。しかし、本イベントは、最高裁および知財高裁も主催者に名を連ね、また日本国内の知財関係者に加え、海外の関係者をも意識したイベントであるため、その内容は、裁判所(とくに知財高裁)内部でもそれなりに検討されたものであるとも考えられる。

そこで、この模擬裁判の「判決要旨」を検討することも何らかの意味があるように思い、ここに雑感を記す次第である。

模擬裁判の事案概要

Turtle社は、Donkey社からの委託を受けて、……Donkey社の取引先であるメガネ販売店から、インターネット通信を利用してDonkey社にメガネレンズの加工を受発注するシステム(以下「本件システム」という。)を開発してDonkey社に納品し、Donkey社は本件システムの運営を開始した。
Turtle社は、Donkey社から委託を受けて、本件システムの一部の機器の運営を行っている。
Pony社は、2022年1月31日、Donkey社を相手(被告)として、本件特許権侵害に基づき、本件システムの使用の差止めを求める特許権侵害訴訟を提起した。

複数主体に関する原告(特許権者)の主張の抜粋1

ある特許の特許請求の範囲に記載されたすべての構成要件を複数の者が共同して行っているといえる場合には、共同特許権侵害として、いずれの主体も全体を行ったものと評価され、特許権侵害が成立する。
本件システムは、Donkey社の委託によりTurtle社が開発したものであり、両者ともその内容を知悉しているところ、Turtle社は、Donkey社からの委託を受けて本件システムのデータ管理装置の運営を担っており、同社は、これにより利益を得てもいる。
メガネ店は、Donkey社と取引契約を締結し、本件ソフトウェアのクライアント用ソフトウェアの提供を受けて、店舗PCを本件システム用の装置とするなど、積極的に本件システムを利用し、メガネ販売の利益を得ている。
したがって、Turtle社及びメガネ店は、Donkey社と一体となって本件システムを利用しているとみることができる。
そうすると、Donkey社は、Turtle社及びメガネ店と共同して本件特許権を侵害しているといえ、一部Turtle社及びメガネ店が行った部分があるとしても、全体を行ったものと評価される。

複数主体に関する被告(Donkey社)の主張の抜粋

メガネ店は、本件システムの内容もTurtle社の存在すらも知り得ない立場にあったのであり、メガネ店がDonkey社又はTurtle社と共同して本件特許権を侵害しているといえるはずもない。

「判決要旨」の抜粋

主文

被告は、本件システムを使用してはならない。

争点に関する判断の要旨

本件発明は、システムという物の発明であるところ、ある物が発明の技術的範囲に属するといえるためには、その物が発明の構成要件の全てを充足するものである必要があり、物の発明について特許権侵害が生じるのは、全ての構成要件を充足する物を使用、譲渡等した場合である。そうすると、物の発明に係る特許に対する特許権侵害は、通常、当該構成要件の全てを充足する物を使用、譲渡等した単独主体により行われ、当該構成要件を充足しない物の使用、譲渡等をしていた複数主体の行為を合わせなければ当該構成要件の全てを充足する物の使用、譲渡等が形成されない場合は、特許権侵害は成立しないのが原則である。

しかしながら、複数主体の行為を合わせたことにより初めて構成要件の全てを充足する物の使用、譲渡等が生じる場合であっても、それら複数主体の行った行為が相互に関連して一体的な行為と評価でき、複数主体の中のある主体が、当該構成要件に相当する行為を認識しながら、その実現に向けて他の主体の行為を利用しているという関係があれば、当該複数主体の中のある主体は、他の主体と共同して当該特許権を侵害した者と評価できると解するべきである。

これを本件についてみるに、本件システムは、被告(Donkey社)の委託によりTurtle社が開発したものであり、被告もその内容を知悉しているところ、被告は、Turtle社に委託して、本件システムのデータ管理装置の運営を担わせ、メガネ店に対し、取引契約を締結の上、本件ソフトウェアを提供して、店舗PCにインストールさせることによって、本件発明の「フレーム測定ユニット」に属する「測定用端末」及び「フレームトレーサ」を供用させ、自らは、本件発明の「レンズ加工ユニット」に属する「加工用端末」、「加工機」及び「レンズ形状測定機」にそれぞれ相当する工場PC、加工機及びレンズ形状測定機を用いて、加工レンズの供給という本件システムを運営している。

したがって、被告、Turtle社及びメガネ店の各行為は一体となっているとみることができ、被告は、本件システムの全体を認識し、その実現のためにTurtle社及びメガネ店の各行為を利用し、メガネ店及びTurtle社も、それぞれが被告の行為を利用しているという関係があるといえる。

以上から、被告は、Turtle社及びメガネ店と共同して、本件特許権を侵害したことが認められる。

被告は、メガネ店、Turtle社、被告が、完全に別個独立の主体としてその一部に関与しているだけであり、共同行為をしようとする主観的意思を全員が共有しているものではない旨主張する。
< しかしながら、前述のとおり、被告の責任を追及するに当たっては、メガネ店、Turtle社、被告の行った各行為が相互に関連して一体的な行為と評価でき、被告について、他の主体を利用する意思があれば足りると解するべきであるから、これ以上に、共同行為に関与した者全員がそれぞれ全員との間で共同行為をしようとする意思を相互に有していなければならないものではない。
したがって、被告の上記主張を採用することはできない。

現在の理論状況

本イベントで配布された資料「各国制度一覧表」において、日本では「複数主体の行為を合わせなければ構成要件の全てを充足する物の使用が形成されない場合に特許権侵害を認めるものとして、下級審判例や学説では、次のようなアプローチが示されている」として、以下の3つの理論が紹介されている(以下の理論名も当該資料による):

道具理論

ある者が第三者の行為を手足又は道具のように利用している場合、手足又は道具とみなされる者の行為はそれを利用した主体が行ったものと評価し、その主体が一人で構成要件の全てを充足する物の使用をしているとみることができるという見解
*電着画像の形成方法事件(東京地裁平成12年(ワ)第20503号・平成13年9月20日判決)

支配管理理論

ある者の行為が手足又は道具とまでは認められない場合でも、ある主体がそれらの第三者の行為を支配管理しているという関係にある場合には、その主体の行為を規範的に評価して、その者に侵害の責任を認めるべきという見解
*メガネレンズの供給システム事件(東京地裁平成16年(ワ)第25576号・平成19年12月14日判決)2

共同直接侵害理論

複数の者の行為の間に客観的な関連性があり、また、主観的な関連性もある場合には、共同で直接侵害行為を行ったと評価し、各行為者は自己が分担した行為についてだけではなく、侵害全体について責任を負うとの見解(共同して侵害行為を行うという共同意思の存在を必須とみるか、相互にどの程度の認識があれば足りるかについては、見解が分かれている。)
*多孔性成形体事件(大阪地裁昭和35年(ヨ)第493号・昭和36年5月4日判決)

雑感

発明のカテゴリー

本判決要旨(以下、単に「本判決」という)では「複数主体の行為を合わせたことにより初めて構成要件の全てを充足するの使用、譲渡等が生じる場合であっても」等と、物の発明にしか言及していない。

しかし、本判決が定立した「それら複数主体の行った行為が相互に関連して一体的な行為と評価でき、複数主体の中のある主体が、当該構成要件に相当する行為を認識しながら、その実現に向けて他の主体の行為を利用しているという関係があれば、当該複数主体の中のある主体は、他の主体と共同して当該特許権を侵害した者と評価できる」という規範は、(物の発明に妥当するのであれば)方法の発明においても妥当すると考えられる。

行為の一体性

本判決は「被告、Turtle社及びメガネ店の各行為は一体となっているとみることができ」る、と三者の行為の一体性を認めているところ、この認定判断は委託や契約があった点を重視しているように思われる。

加えて、原告はTurtle社及びメガネ店が利益を得ていることを主張していたにも拘わらず、本判決はこれら利益については言及せずに、行為の一体性を認定判断している点が目を惹く。共同侵害者の全てが利益を得ている必要はないことを示唆しているのであろうか。

他の主体の行為の利用

本判決は、「被告は……Turtle社及びメガネ店の各行為を利用し、メガネ店及びTurtle社も、それぞれが被告の行為を利用しているという関係があるといえる。」と認定判断している。後段の「メガネ店及びTurtle社も、それぞれが被告の行為を利用している」には、どのような意味があるのだろうか。

「複数主体の中のある主体が、当該構成要件に相当する行為を認識しながら、その実現に向けて他の主体の行為を利用しているという関係があれば」という本判決が示した規範によれば、「被告は……Turtle社及びメガネ店の各行為を利用し」という認定判断のみで十分だったようにも思われる。

主観的要件

被疑侵害者の主観についての判断が、本判決の最大のポイントであろう。

本判決は、「複数主体の中のある主体が、当該構成要件に相当する行為を認識しながら、その実現に向けて他の主体の行為を利用しているという関係があれば、当該複数主体の中のある主体は、他の主体と共同して当該特許権を侵害した者と評価できると解するべきである。」「被告の責任を追及するに当たっては、メガネ店、Turtle社、被告の行った各行為が相互に関連して一体的な行為と評価でき、被告について、他の主体を利用する意思があれば3足りると解するべきであるから、これ以上に、共同行為に関与した者全員がそれぞれ全員との間で共同行為をしようとする意思を相互に有していなければならないものではない。」と述べ、(単一の主体が行なえば特許権侵害となる)共同行為に関与する複数主体の全員が共同意思を持っていない場合でも(少なくとも一の者が、共同行為全体を認識し、他の者を利用する意思/事実があれば)特許権侵害が成立しうることが明言されている。

共同侵害

本判決は、「被告は、Turtle社及びメガネ店と共同して、本件特許権を侵害したことが認められる。」と述べる。被告(Donkey社)に加え、Turtle社やメガネ店も、「共同侵害者」と判断しているように読める。

ここで、上述の「共同直接侵害理論」では、「各行為者は自己が分担した行為についてだけではなく、侵害全体について責任を負う」、すなわち、侵害行為に関係した全ての行為者が特許権侵害の責任を負う、とされていた。

他方、本判決では、「被告の責任を追及するに当たっては、メガネ店、Turtle社、被告の行った各行為が相互に関連して一体的な行為と評価でき、被告について、他の主体を利用する意思があれば足りると解するべきであるから、これ以上に、共同行為に関与した者全員がそれぞれ全員との間で共同行為をしようとする意思を相互に有していなければならないものではない。」と述べ、共同行為をしようとする意思のない者(本事例でいえば、メガネ店は[共同行為者の一者である]Turtle社の存在を知らないため、そのような者と言えるだろう)に対しては、責任を追及できないと述べているように思える。

そうであれば、本判決は「共同直接侵害理論」とは別の(且つ、道具理論とも支配管理理論とも異なる)、新たな見解を採ったということだろうか。

なお、模擬裁判後に行なわれたパネルディスカッションで示された資料では、本判決の見解は「共同侵害(Joint Infringement)」として、「共同直接侵害理論 Joint direct infringement theory」とは別の呼称が付けられていた4

主文

本判決の主文では「被告は、本件システムを使用してはならない。」としている。しかしながら、被告(Donkey社)の単独の行為が特許発明の「使用」(特許法2条3項1号)に(規範的に)該当すると判断したわけではないのだから、この主文は不適当なように思われる。

被告に要求できるのは、(本件発明の「レンズ加工ユニット」に属する「加工用端末」、「加工機」及び「レンズ形状測定機」にそれぞれ相当する)工場PC、加工機及びレンズ形状測定機を用いることの停止、ではなかろうか(その結果として、被告・Turtle社・メガネ店の三者の共同行為である、本件システムの使用が停止されるとしても)。

おわりに

最高裁による判断の出ていない事項につき、このようなイベントにおいて(模擬裁判という形ではあるが)新たな規範を示した、裁判所関係者各位に謝意と敬意を表する。

更新履歴

  • 2022-11-03 公開
  • 2022-11-29 知財高裁ウェブページ掲載資料へのリンクを追加

  1. 太字や下線による強調は引用者による。以下同。
  2. 引用者注:本模擬裁判の事例は、この裁判例に基づき考えられたものだと思われるが、特許クレームを含め大幅に変更がなされている。
  3. 引用者注:本判決は「他の主体を利用する意思があれば」と述べる一方、「他の主体の行為を利用しているという関係があれば」とも述べ、利用する意思があればよいのか、利用しているという事実までが必要なのか、判然とはしない。もっとも、利用している事実がないと、「複数主体の行った行為が相互に関連して一体的な行為と評価」されないように思われるため、問題はならないのかも知れない。
  4. 多田宏文「米国特許権の共同直接侵害知財ぷりずむ2022年5月号33頁注1は、米国特許法に関する文脈ではあるが、「複数の行為者が共同で侵害の責任を負うのではなく、その内の単一主体が侵害責任を負う場合……このような類型も含めて「共同直接侵害」と呼ばれる場合も多いが、正確には、これは「分割侵害」(Divided Infringement)と呼ぶべきものと思われる。」と述べている。