Eli Lilly v. Teva Parenteral Medicines (Fed. Cir. 2017)
はじめに
本件Eli Lilly and Co. v. Teva Parenteral Medicines, Inc., 845 F.3d 1357 (Fed. Cir. 2017)は、先発医薬品企業である特許権者=原告Eli Lilly and Co.が、後発医薬品企業=被告Teva Parenteral Medicines, Inc. et al.の行為が本件特許権*1が侵害しているとして、訴えを提起した事案である*2。インディアナ南部連邦地方裁判所は被告による特許権侵害を認めた*3ため、被告はCAFCに控訴した。
本件では特許無効に関する議論もなされている*4が、本稿ではもっぱら、侵害論についてのみ述べる。
本件特許発明
本件特許発明は、複数薬剤の投与に関する方法の発明であり、例えば、次のクレームである*5:
化学療法治療を必要としている患者にペメトレキセド二ナトリウム塩を投与するための改良された方法であって、この改良は以下からなる:
a) ペメトレキセド二ナトリウム塩の最初の投与に先立つ、約350μgから約1000μgの葉酸の投与;
b) ペメトレキセド二ナトリウム塩の最初の投与に先立つ、約500μgから約1500μgのビタミンB12の投与;および
c)ペメトレキセド二ナトリウム塩の投与。
ここで、医師の行為と患者の行為とが合わさって初めて本クレームに規定された全ステップが実行される(ビタミンB12については、医師が患者へ投与する一方;葉酸については、医師からの指導に基づき、患者が自己投与する)点、すなわち本クレームの全ステップを実行する単一者(single entity)は存在しない点に、争いはない。
直接侵害
……
指揮制御としては、(1)その者が、特許方法クレームの一部ステップを他者が実行することに基づいて、(他者の)活動への参加又は利益の受領を支配・条件付けしており(condition)、且つ、(2)その者が、他者の実行のやり方やタイミング(manner or timing)を確立している(establish)、という状況が含まれる。*7
その上で、CAFCは、被告製品の説明書記載(labeling)および専門家証言にもとづき、被告に関し上記(1)および(2)の充足を認めた(この点に関する連邦地裁の判断を是認した)。すなわち、(1)について、被告製品の医師向け説明書(Physician Prescribing Information)および患者向け説明書(Patient Information)には葉酸の投与(服用)方法とともにその重要性が示されている点、患者向け説明書において医師がペメトレキセド治療を停止する可能性があり得る点が示されている点、専門家が「患者が葉酸服用の指示に従わないことを医師が認識した場合はペメトレキセド治療を行なわない」等と証言した点を考慮し、充足を認め*8;また、(2)についても、被告製品の医師向け説明書の記載および「患者の葉酸の服用の量および時期を決めるのは医者である」との専門家証言を考慮し、充足を認めた。
日本法制との比較
特許適格性
上記の通り、本件特許発明は複数薬剤の投与に関する方法の発明であるが、このような発明につき、日本の審査実務では「産業上利用することができる発明」ではないとして、特許適格性がないと判断される*9*10。
なお、米国特許法287条(c)では、医師等の「医療行為」(medical activity)について特許権侵害に基づく差止請求・損害賠償請求等を行なえない旨が規定されているが、「医療行為」から組成物の使用に関する特許権を侵害する行為は除外されている(同条(c)(2)(A)(ii))ため、米国において、本件特許権に基づき、医師の投薬行為を差止めること等は可能である*11。
直接侵害
複数者の行為が合わさって初めて、特許発明が「実施」される場合に、特許権侵害の成立を認めて良いのか(認めた場合に誰を侵害の責に問えるのか)。
この問題につき、米国では、上記のように(少なくとも方法クレームについては*12)Akamai Vによる判例法理が確立している*13。
他方、日本において、この問題に言及した裁判例はごく限られたものしかなく(最高裁判例は存在しない)、議論はいまだ収束を見ない。産業構造審議会 知的財産分科会 特許制度小委員会「AI・IoT 技術の時代にふさわしい特許制度の在り方―中間とりまとめ―」(2020)では、「複数実施主体の課題に対して、直ちに制度の見直しを検討するのではなく、具体的なケースに応じた裁判所の判断を見守ることが適当である。」(8頁)と述べられている*14。
間接侵害
米国では、特許法271条(b)により、直接侵害を幇助又は教唆する行為について(比較的)広く間接侵害が認められる*15。
これに対し、日本では、特許法101条において、比較的狭い範囲でしか間接侵害を認めていない(少なくとも、教唆について一切認めていない)。ピオグリタゾン事件判決(大阪地判平成24年9月27日(平成23年(ワ)第7576号等)および東京地判平成25年2月28日(平成23年(ワ)第19435号等))では、「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,ビグアナイド剤とを組み合わせてなる,糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬。」といった発明に関する特許権について、被告らによる「ピオグリタゾン錠」(薬事法[現 薬機法]に基づく添付文書には、「食事療法,運動療法に加えてビグアナイド系薬剤を使用」といった記載が含まれていた*16)の製造販売等の行為を101条2号規定の間接侵害行為と認めなかった*17。
更新履歴
*1:U.S. Patent No. 7,772,209.
*2:詳細には、後発医薬品企業が本件特許権に関するパラグラフIV証明書を伴う簡略新薬承認申請(Abbreviated New Drug Application; ANDA)を行なったところ、原告(先発医薬品企業)が、米国特許法(35 USC)271条(e)(2)に基づき、後発医薬品企業を訴えた事案である。医薬品に関する米国特許法制については、知的財産研究所『バイオ医薬品の知的財産制度等に係る諸外国における実態調査』(2018)39頁以下参照。
*3:その前に、被告自身が特許権侵害を自白した上で特許無効を理由にCAFCへ控訴している。その後、CAFCは両当事者による申立て(joint motion)を受け容れ、連邦地裁に差戻した。そして、差戻審において、連邦地裁は被告による特許権侵害を認めたのである。このような複雑な過程を経たのは、後述するAkamai事件が関係しているのだが、詳細は省く。
*4:連邦地裁は特許無効ではないと結論し、CAFCもそれを是認している。
*5:ペメトレキセド二ナトリウム塩の副作用を抑えるために、このような投与方法を採る。
*6:Akamai Technologies, Inc. v. Limelight Networks, Inc., 797 F.3d 1020 (Fed. Cir. 2015) (en banc) (per curiam), cert. denied, 136 S. Ct. 1661 (2016).
*7:引用者注:「含まれる」とは例示(指揮制御の条件としては必ずしもこれに限られないこと)を意味する。なお、このパラグラフにつき、適切な訳出ができたと思われないので、原文(Eli Lilly and Co. v. Teva Parenteral Medicines, Inc., 845 F.3d 1357, 1365)を示す(引用文中の引用符号は省略):“directing or controlling others' performance includes circumstances in which an actor: (1) conditions participation in an activity or receipt of a benefit upon others' performance of one or more steps of a patented method, and (2) establishes the manner or timing of that performance."
*8:本判決では、(他者の)利益(benefit)を、ペメトレキセド治療(を受けること)に当てはめている。
*9:現行「特許・実用新案審査基準」第III部 第1章 3.1.1に、「病気の軽減及び抑制のために、患者に投薬、物理療法等の手段を施す方法」について、「産業上利用することができる発明」ではない旨が記載されている。
*10:それゆえ、本件特許権の対応日本特許権(優先権主張の基礎として本件特許出願を含むもの)である特許5102928号は「剤」という物の発明についてのものである。もっとも、同じく対応日本特許権である特許5469706号の請求項11に係る発明は「ヒトにおける腫瘍増殖を抑制するための、葉酸とビタミンB12と用いられる医薬の製造における、ペメトレキセート二ナトリウム塩の使用であって、ここで、a.有効量の医薬を投与し;b.葉酸の0.3mg~5mgを、該医薬の投与前に投与し;そして、c.ビタミンB12の500μg~1500μgを、該医薬の第1の投与の1~3週間前に投与し、該レジメは、該医薬の毒性の低下および抗腫瘍活性の維持を特徴とする、上記使用。」である。「医薬の製造」とクレームで規定されているものの、その特許有効性には疑問が残る。この「医薬の製造」は人体内で行なわれるのだろうか?
*11:米国特許法には、日本特許法68条のような「業として」要件は存在しない。
*12:システムクレームについて、Centillion Data Systems, LLC v. Qwest Communications International, Inc., 631 F. 3d 1279 (Fed. Cir. 2011)という裁判例が存在するが、その射程は不明である。
*13:もっとも、Akamai V法理における「指揮制御」(direct or control)要件がどこまで広がりを持つものなのか等、未解明な点も多い。
*14:仮に(例えば、東京地判平成13年9月20日(平成12年(ワ)第20503号)[電着画像の形成方法]の論理を適用して)特許方法の全行程を医師が実施していると同視できると考えても(加えて、投薬方法に特許適格性が認められたとしても)、間接侵害についていわゆる従属説の立場を採るならば、(間接侵害に基づき医薬品企業の責を問うに当たり)特許法68条規定の「業として」要件も問題となり得る。医療行為は「業として」の行為に当たらないとも考えられるからである。吉藤幸朔『特許法概説〔第10版〕』(有斐閣,1994)127頁[同13版182頁]、田村善之『知的財産法〔第5版〕』(有斐閣,2010)201頁参照。
*15:立法趣旨につき、鈴木將文「米国特許法271条の立法経緯と「共同侵害」に関する米国の判例動向」日本弁理士会中央知的財産研究所研究報告22号(2008)38頁参照。
*16:間接侵害と添付文書の記載との関係については、橘雄介「ピオグリタゾン事件判批」知的財産法政策学研究46号(2015)336頁以下参照。
*17:大阪地判と東京地判とで、その論理は異なる。