特許法の八衢

Ginsburg判事と国際消尽

はじめに

2020年9月18日、Ruth Bader Ginsburg連邦最高裁判事が亡くなった。彼女はその反対意見が注目されることも多かったが、知的財産法関係でも「国際消尽」について2度、反対意見を述べている。

Kirtsaeng事件

1度目の反対意見は、著作権の国際消尽を認めたKirtsaeng v. John Wiley & Sons, Inc., 568 U.S. 519 (2013)*1においてである*2

本事案で、Ginsburg判事は、国際消尽を認めた法廷意見に対して、条文の文言解釈や立法過程の観点からも反対しているが、通商交渉への悪影響も反対理由として挙げている点に目が行く。

すなわち、Ginsburg判事は、TRIPS協定6条*3等を挙げ、知財権の国際消尽の是非に国際的に統一された見解がないことを示しつつ、その状況の中、「政府は、国際消尽を広く採用することは、合衆国の長期の経済的利益に合致しないという結論に至った」*4と述べる。そして、最高裁は本判決によって世界の舞台での合衆国の信頼を損なう危険を冒している。政府は通商相手に国際消尽制度を採用すべきではないと主張する一方で、最高裁は国際消尽を容認する。この不一致は、合衆国の《多国間活動における信頼に値するパートナーとしての役割(role as a trusted partner in multilateral endeavors)》*5を高めることはまずないだろう」と論ずる。さらに、反対意見の結び(最終パラグラフ)でも、「合衆国が国際通商交渉の場で一貫して抵抗してきた国際消尽のルールを採用するよりも、著作権法の条文と歴史により確立された国内消尽の枠組みに私は固執したい」と通商交渉について言及がある。

Lexmark事件

2度目の反対意見は、特許権の国際消尽を認めたImpression Products, Inc. v. Lexmark International, Inc., 581 U.S. ___ (2017)へのものである*6

この反対意見では、特許法が属地的(territorial)であることを、(Ginsburg判事自身が法廷意見を書いた)Microsoft Corp. v. AT&T Corp., 550 U.S. 437 (2007)や特許の独立を定めたパリ条約の規定*7を挙げて説明し、ベルヌ条約により各国の制度が類似する著作権法制との違いを説明するのみである。すなわち、法律論のみ述べて、Kirtsaeng事件での反対意見と異なり通商交渉等への言及はない*8

通商交渉への悪影響についてはすでにKirtsaeng事件で言い切ったということなのかも知れないが、米国が通商交渉の場で国際消尽に反対していたのは著作権よりも特許権の影響が大きいと考えられる*9ため、意外な感じがする。

更新履歴

  • 2020-09-21 公開
  • 2021-05-26 誤記修正

*1:反対意見も含め、奥邨弘司「Kirtsaeng事件連邦最判判批」知的財産研究所・尾島明共編『アメリカの最高裁判例を読む』(知的財産研究所,2015)468頁以下に詳細な解説がある。本稿でも訳語等を参考にした。

*2:本反対意見について、Kennedy判事及びScalia判事が賛成(ただし、Scalia判事は反対意見の一部には賛成していない)。

*3:「この協定に係る紛争解決においては,第3条及び第4条の規定を除くほか,この協定のいかなる規定も,知的所有権の消尽に関する問題を取り扱うために用いてはならない。」https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/it/page25_000431.html#article6。この条文は、国際消尽の容認を避けたい米国の強い意向が反映されたものである。高倉成男『知的財産法制と国際政策』(有斐閣,2001)154頁。

*4:下記括弧内は正確な引用(の翻訳)ではない。以下同。

*5:Vimar Seguros y Reaseguros, S. A. v. M/V Sky Reefer, 515 U.S. 528, 539 (1995)からの引用。

*6:本件で連邦最高裁は国際消尽のみならず国内消尽についてCAFCの判断を覆しているが、Ginsburg判事が反対したのは国際消尽に関する部分のみである。なお、この反対意見に賛成した他の連邦最高裁判事はいない。

*7:パリ条約4条の2。

*8:鈴木將文「判批」Westlaw判例コラム112号(2017)

*9:とくに医薬に関する特許権の国際消尽(並行輸入)を懸念していた。廣瀬孝「Lexmark事件連邦最判判批」IPジャーナル6号(2018)70頁、井関涼子「Lexmark事件連邦最判判批」71巻1号(2019)同志社法學285頁。なお、(原審のCAFC大法廷判決Lexmark International, Inc. v. Impression Products, Inc., 816 F.3d 721 (Fed. Cir. 2016) (en banc).でも言及されている)米国とシンガポールとの自由貿易協定(Free Trade Agreement; FTA)では、特許医薬品の並行輸入を制限するような規定(Article 16.7.2)がある。