特許法の八衢

『知的財産法の挑戦II』

はじめに

同志社大学知的財産法研究会10周年記念論文集『知的財産法の挑戦II』(弘文堂)が発刊された。

知財法分野について興味深い論文が納められた論文集*1であるが、ここでは「第II部 特許法」の各論文についてのみ簡単な紹介を行なう(論文の解釈に誤りがある場合はご指摘願いたい)。

吉田広志「均等論第5要件におけるコンプリート・バーとフレキシブル・バーの相克」(61-82頁)

クレーム補正があったにも拘わらず均等侵害を認めた、東京地判平成30年12年21日(平成29年(ワ)第18184号)を素材として、コンプリート・バー(補正があった要素については常に均等論第5要件の充足を否定する見解)およびフレキシブル・バー(補正があった要素についても意見書等の内容を考慮して第5要件の充足を判断する見解)のいずれを採るべきか等を検討した論文である。

まず、「均等論は「発明者のなした真の発明の保護」という大袈裟なものではなく、「クレイム制度の欠点の補完」という補充的なものであるに過ぎない」(66頁)と述べる。

そして、「それ単独で見ると、論理的に優れているのはコンプリート・バーではなくフレキシブル・バーである」(68頁)としつつも、第5要件と第4要件との関係に言及し「フレキシブル・バーは、第4要件の判断が適切に行われていないと、特許権者の過剰保護、すなわちPD(引用者注:パブリック・ドメイン)の浸食に繋がるおそれがある」(73頁)とする。

本東京地判については、「積極的な態度をもってフレキシブル・バーによって第5要件を肯定した事案であ」り(80頁)、「判断にやや懸念する点はあるものの、マキサカルシトール最判の強い影響の下、フレキシブル・バーに新たな可能性を示した意欲的な裁判例である」(82頁)と肯定的に評価している*2

井関涼子「存続期間延長登録を受けた特許権の効力と先使用権」(83-102頁)

先発医薬品に係る特許権の存続期間満了後の実施準備をしていた後発医薬品メーカーが、存続期間延長登録制度により、不測の不利益を被ることがあり得る。このような事態の解決(先発医薬品メーカーと後発医薬品メーカーとの利害調整)の方策として、先使用権制度の活用を検討する論文である。

具体的には、「例えば、後発医薬品メーカーが、特許権の存続期間満了後に上市する予定で、特許権者が製造販売する当該特許発明の実施品である先発医薬品の後発医薬品として、先発医薬品とは剤形の異なる医薬品を開発したところ、それより後に、特許権者が当該剤形について延長登録を得た結果、存続期間が延長されて特許権侵害に該当することが起こり得る」(85頁)ため、特許法79条の「特許出願に係る発明の内容を知らないで」を「67条4項の延長登録の出願に係る発明の内容を知らないで」と読み替えること(89-90頁)により、上記のような後発医薬品メーカーへ先使用権を与えられないか検討するものである。

本論文では、先使用権制度の趣旨を考察した上で先使用権の成立要件を検討し、延長登録出願前から、その延長登録出願に係る製品を知らないで独自にそれを開発し実施準備をしていた後発医薬品メーカーには、存続期間延長登録を受けた特許権に対する先使用権が認められる、との結論に至っている。

金子敏哉「令和元年改正後の特許法102条1項2号の意義と解釈」(103-121頁)

令和元年改正後の特許法102条1項2号の解釈(括弧書き、3項との算定方法との一致点・相違点)とその意義について述べた論文である。

新1項2号括弧書については、「直接的に許諾が可能であったか否かを問題とするものではなく、控除数量についての損害不発生の抗弁……を明文化したもの……を解すべきである」(116頁)と述べる。

また、新1項2号および3項の算定方法の一致点・相違点については、「同じ性質の損害であり、考慮要素等も同じものと解すべきである」(117頁)としつつ、以下の点では異なると述べる:「新1項2号の相当実施料額の算定対象となる侵害行為は、裁判所によって当該侵害行為がなかったとしても権利者製品の販売数量については何の影響もなかった認定がされている……。これに対して……3項の相当実施料額を算定する場合、基本的には、対象となる侵害行為に権利者製品の販売数量減少を生じさせたものと生じさせていないものの両者を含み得ることを前提に、相当実施料額を算定する……。その結果、新1項2号における侵害品1個当たりの損害額は、……侵害品1個当たりの3項の相当実施料額よりも低くなるべき場合がある」(同頁)。

新1項の意義について「旧1項と3項の併用を否定してきた近時の裁判例との関係では大きな意義を有する」(120頁)としながらも、「新1項2号の相当実施料額をきわめて低額に算定するなどの形で、最終的な損害額の点では[引用者注:旧1項と3項との併用]否定説とあまり変わらない運用がなされる可能性もあり得る」(121頁)と述べる。そして、「新1項の実際上の意義は、近時の裁判例では1項と3項の併用が主張されること自体がまれとなっていたところ、新1項の制定により、新1項1号についての控除がある場合については2号に関する判断も原則的に行われることとなり、それぞれについての裁判所の判断が示される点にあろう」(同頁)としている。

なお、本論文は、知財高大判令和2年2月28日(平成31年(ネ)第10003号)が、いわゆる寄与率の問題に関していわゆる(旧1項)本文説を採ったことについて、否定的に評価している。

愛知靖之「審決取消判決の拘束力」(122-134頁)

「付言」において審決取消判決の拘束力について言及があった、知財高判平成29年11月21日(平成29年(行ケ)第10003号)を素材に、審決取消判決の拘束力について検討した論文である。

まず審決取消判決の拘束力の範囲につき、「前訴で当事者が主張立証を行い、前訴判決が実際に認定判断した事項を超えて、争点となった無効理由の存否一般すなわち取消判決の審理範囲全体に拘束力が及ぶとする立場」(126-127頁;審理範囲全体説)は妥当ではなく、「前訴判決で実際に認定判断された事項についてのみ……拘束力が及ぶとする立場」(127頁;認定判断対象説)が妥当であると述べる。

本件知財高裁判決について、「様々な理解があり得るものの、「認定判断対象説」に立つ限りは、やはり、前訴では、予測できない顕著な効果は明示的に認定判断の対象とされていないと考えるべきであり、そうである以上、本件で予測できない顕著な効果に前訴判決の拘束力が及ぶと解するのは妥当ではない」(133頁)とする。そして、上告審判決である最三小判令和元年8月27日(平成30年(行ヒ)第69号)については、「本判決で最高裁が審決取消判決の効力について、先例拘束力のある判断を行ったわけではなく、判例法理が示されたわけではないことは確かである。とはいえ、外形的には「認定判断対象説」に親和的な判決になったということはできよう。」(133-134頁;注略)という評価をしている。

修正履歴

2020-10-04: Twitterユーザー名patent & marketingさんにご指摘いただいた誤記を修正した。ご指摘ありがとうございました。

*1:各論文の執筆者及びタイトルは、出版社のWebページ参照。

*2:なお、本論文79頁に「コンプリート・バーをとった上で第5要件を肯定した」とあるのは、「フレキシブル・バーをとった上で第5要件を肯定した」の誤記だと思われる。