特許法の八衢

特許発明が侵害品の一部分のみに過ぎない場合における102条2項に基づく賠償額算定

はじめに

令和元年特許法改正により、102条2項による損害賠償額の推定について覆滅が認められたとしても、その填補が認められる場合があると考えられている(詳細は後述)。それでは、特許発明が侵害品の一部分のみに過ぎないことが理由により推定覆滅が認められた場合に、その填補が認められるのか。以下で検討する。

二酸化炭素含有粘性組成物事件]知財高大判

知財高大判令和元年6月7日(平成30年(ネ)第10063号)[二酸化炭素含有粘性組成物]では、傍論ではあるが、特許発明が侵害品の一部分のみに過ぎない場合に、102条2項による損害額算定をどのように行なうべきかについて以下のように述べている。

特許法102条2項における推定の覆滅については,同条1項ただし書の事情と同様に,侵害者が主張立証責任を負うものであり,侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たると解される。例えば,①特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性),②市場における競合品の存在,③侵害者の営業努力(ブランド力,宣伝広告),④侵害品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴)などの事情について,特許法102条1項ただし書の事情と同様,同条2項についても,これらの事情を推定覆滅の事情として考慮することができるものと解される。
また,特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合においても,推定覆滅の事情として考慮することができるが,特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることから直ちに上記推定の覆滅が認められるのではなく,特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置付け,当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮してこれを決するのが相当である。

この判示については2通りの解釈がある*1。「特許法102条1項ただし書の事情と同様」の事情(①~④として例示されている事情)と「特許発明が侵害品の部分のみに実施されている」という事情との2つを、(1)一元的なものとして捉えているという解釈と、(2)各々独立したものとして捉えているという解釈と、である。

この点について、次に述べる知財高大判令和2年2月28日(平成31年(ネ)第10003号)[美容器]を考慮すると、上記(2)の解釈を採るべきであると思われる。

[美容器事件]知財高大判

[美容器事件]知財高大判には、以下の判示がある。

本件のように,特許発明を実施した特許権者の製品において,特許発明の特徴部分がその一部分にすぎない場合であっても,特許権者の製品の販売によって得られる限界利益の全額が特許権者の逸失利益となることが事実上推定されるというべきである。……本件特徴部分が原告製品の販売による利益の全てに貢献しているとはいえないから,原告製品の販売によって得られる限界利益の全額を原告の逸失利益と認めるのは相当でなく,したがって,原告製品においては,上記の事実上の推定が一部覆滅されるというべきである。そして,上記で判示した本件特徴部分の原告製品における位置付け,原告製品が本件特徴部分以外に備えている特徴やその顧客誘引力など本件に現れた事情を総合考慮すると,同覆滅がされる程度は,全体の約6割であると認めるのが相当である。……原告製品の「単位数量当たりの利益の額」の算定に当たっては,原告製品全体の限界利益の額である5546円から,その約6割を控除するのが相当であ(る。)

特許法102条1項ただし書は,侵害品の譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者が販売することができないとする事情(以下「販売できない事情」という。)があるときは,販売できない事情に相当する数量に応じた額を控除するものとすると規定しており,侵害者が,販売できない事情として認められる各種の事情及び同事情に相当する数量に応じた額を主張立証した場合には,同項本文により認定された損害額から上記数量に応じた額が控除される。そして,「販売することができないとする事情」は,侵害行為と特許権者等の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情をいい,例えば,①特許権者と侵害者の業務態様や価格等に相違が存在すること(市場の非同一性),②市場における競合品の存在,③侵害者の営業努力(ブランド力,宣伝広告),④侵害品及び特許権者の製品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴)に相違が存在することなどの事情がこれに該当するというべきである。……以上によれば,本件においては,……,この販売できない事情に相当する数量は,全体の約5割であると認めるのが相当である。

これら判示から分かるように、知財高裁が大合議をもって(令和元年改正前)102条1項の解釈について述べた本判決では、特許発明(の特徴部分)が権利者製品の一部分に過ぎないという事情(部分実施の事情)を、102条1項但書の事情としてではなく、102条1項本文の「単位数量当たりの利益の額」の算定において考慮すべき事情としている(いわゆる本文説)。つまり、部分実施の事情は、102条1項但書の事情とは独立したものだと捉えている。

そして、102条2項の解釈について(も)述べた前掲[二酸化炭素含有粘性組成物事件]知財高大判が、「特許法102条1項ただし書の事情と同様」等と述べ、102条1項と2項とをパラレルに捉えていること*2からすると、知財高裁は、102条1項のみならず2項の解釈にあたっても、部分実施の事情*3を、その他の覆滅推定の事情とは独立したものとして捉えている、と解釈する(上記(2)の解釈)のが自然であると思われる。

令和元年法改正との関係

部分実施の事情を、その他の覆滅推定の事情(判決で①~④として例示されている事情)とは独立して捉えるということは、部分実施の事情とその他の覆滅推定の事情と総合的に考慮して覆滅の度合いを算定する(総合考慮説*4)のではなく、部分実施の事情に基づく覆滅の度合いとその他の覆滅推定の事情に基づく覆滅の度合いとを分けて算定することが(理論的に)可能であることを意味する*5 *6。このことが、令和元年特許法改正後の102条2項に基づく損害賠償額の算定に影響を及ぼすものと考えられる。

令和元年改正により、特許法102条1項は以下のように改められた(強調は引用者)。

第百二条 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、次の各号に掲げる額の合計額を、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。

一 特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額に、自己の特許権又は専用実施権を侵害した者が譲渡した物の数量(次号において「譲渡数量」という。)のうち当該特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた数量(同号において「実施相応数量」という。)を超えない部分(その全部又は一部に相当する数量を当該特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量(同号において「特定数量」という。)を控除した数量)を乗じて得た額

二 譲渡数量のうち実施相応数量を超える数量又は特定数量がある場合特許権者又は専用実施権者が、当該特許権者の特許権についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾又は当該専用実施権者の専用実施権についての通常実施権の許諾をし得たと認められない場合を除く。)におけるこれらの数量に応じた当該特許権又は専用実施権に係る特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額

立案担当者によれば、「新第2号は、侵害者の侵害行為により、権利者がライセンスの機会を喪失したことに伴う逸失利益を規定したもの」であるところ、その括弧書は「特許発明が侵害製品の付加価値全体の一部にのみ貢献している場合」等は「特許発明が貢献していない部分について損害の塡補を認めることとなり、適切でない」ため、これを損害額から除くために設けられた*7。括弧書のこの解釈には疑問が呈されている*8が、[美容器事件]知財高大判のように部分実施の事情を「単位数量当たりの利益の額」の算定において考慮する立場では、102条の条文構造上、1項2号括弧書の解釈に拘わらず、部分実施の事情による1号の額の減少部分について、2号による填補はない。

しかし、102条2項による損害賠償額の算定において、部分実施の事情が考慮され推定が覆滅された部分が填補されるか否かは、1項2号括弧書の解釈にかかっている。

すなわち、102条2項は改正がなされていないものの、「第2項の推定が覆滅された部分についても、ライセンス機会の喪失が認められるのであれば、特段の規定の措置がなくても、新第1項と同様の認定がなされる」とされており*9、部分実施の事情が1項2号括弧書規定の「通常実施権の許諾をし得たと認められない場合」に当たる判断されるのならば、填補が認められない。

そして、部分実施の事情をその他の覆滅推定の事情とは独立したものとして区別して捉える知財高裁の思考は、1項2号括弧書について上述した立案担当者の解釈(すなわち部分実施の事情が考慮され推定が覆滅された部分が填補が認められないとの解釈)に結びつきやすい*10

そのため、知財高裁は、102条2項による損害賠償額の算定において、部分実施の事情に基づき推定の覆滅が認められた部分につき、相当実施料額の填補を認めないものと思われる。

更新履歴

  • 2020-10-12 公開
  • 2020-10-12 「別冊L&T」という表記を「L&T別冊」に修正

*1:前田健「判批」NBL1154号(2019)10頁以下。

*2:前田健・前掲12頁。

*3:102条2項においては、特許発明が侵害品の一部分のみに過ぎないという事情。

*4:飯田圭「寄与率」小泉直樹・田村善之編『特許判例百選〔第5版〕』(有斐閣,2019)83頁。

*5:佐野信「製品の一部のみに特許発明が実施されている場合の特許法102条1項、2項による損害額算定における諸問題」L&T別冊6号(2020)88頁注19及び対応する本文では、このように両者の度合いを区別して認定するのが望ましいとする。

*6:このように両者を区別することが現実に可能・妥当なのかは疑問がある。102条1項に関する文脈であるが、田村善之ほか『プラクティス知的財産法I』(信山社,2020)174頁、金子敏哉「令和元年改正後の特許法102条1項2号の意義と解釈」同志社大学知的財産法研究会編『知的財産法の挑戦II』(弘文堂,2020)119頁。とくに「④侵害品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴)」の事情を部分実施の事情と区別するのが困難なように思われる。

*7:特許庁総務部総務課制度審議室編『令和元年 特許法等の一部改正 産業財産権法の解説』(発明推進協会,2020)17頁。

*8:田村善之ほか・前掲174頁、金子敏哉・前掲119頁。

*9:特許庁総務部総務課制度審議室編・前掲25頁。

*10:括弧書について立案担当者の解釈に反対する論者は、部分実施の事情に基づく覆滅の度合いとその他の覆滅推定の事情に基づく覆滅の度合いとを区別するのが困難であることをその理由の一つとしている。田村善之ほか・前掲174頁、金子敏哉・前掲119頁。