はじめに
特許法2条3項1号は「実施」の一態様として、「輸入」を規定している。この「輸入」の解釈につき、一般的には、「日本国の領域外たる外国から貨物を本邦に引き取る行為,すなわち日本国内に貨物を搬入する行為」*1等とされている。
さて、外国に居る者が日本へ(特許法上の)「物」を送る行為、すなわち外国に居る者による行為を特許法上の「輸入」と解する余地はあるのだろうか。とりわけ、海外に存在するコンピュータから日本国内の一般ユーザ(特許発明を「業として」実施しない者)のコンピュータへプログラムを送信する行為を「輸入」と捉えることができれば、我が国の特許権の実効性が高まるように思われる。
令和3年商標法・意匠法改正
ところで、令和3年法律第42号により、商標法において、「この法律において、輸入する行為には、外国にある者が外国から日本国内に他人をして持ち込ませる行為が含まれるものとする。」(強調引用者;以下同)とする規定が追加され(2条7項)、また意匠法において、「輸入」につき「外国にある者が外国から日本国内に他人をして持ち込ませる行為を含む。」と規定された(2条2項1号)*2。
他方、特許法(および実用新案法)にも「輸入」が実施行為等*3の一態様として規定されている(特許法2条3項1号等)が、商標法・意匠法のような改正はなされなかった。その理由は、「特許権は、商標権・意匠権と異なり、1つの製品・部品において多数の特許技術が用いられている場合があり、その場合、製造事業者等が他者の特許権を侵害しないよう十分に注意を払っていても、多数の特許を網羅的に調査することは非常に困難であるため、意図せず他者の特許権を侵害してしまうおそれがある。……また、特許権は、外観で判断することが容易でない場合が多く、故意ではなくても他者の特許権を侵害してしまう可能性があり、その場合であっても税関において被疑侵害品として差し止められるおそれがある。……これまで差止めの申立てを行ってこなかった特許権者が、対個人向けの差止めを目的に申立てを行うケースが増えるおそれがあるのではないか」などの懸念がある*4ためと考えられる。
このように、特許法の「輸入」に、商標法・意匠法のような“拡張”*5が加えられなかったことからすると、外国に居る者が日本へ「物」という送るという行為(外国に居る者を主体とする行為)を特許法上の「輸入」と解することは困難であるように思われる。
電気通信回線を通じて提供する行為
さらに、仮に、特許法の「輸入」に、商標法・意匠法のような“拡張”が加えられていたとしても、海外から日本へプログラムを送信する行為、すなわち、海外から日本へプログラムを「電気通信回線を通じて提供する行為」を、「輸入」として捉えるのは難しいと考えられる。
ここで、商標法および意匠法において追加された「輸入」=「外国にある者が外国から日本国内に他人をして持ち込ませる行為」における「他人をして持ち込ませる行為」とは、立案担当者によると、「配送業者等の第三者の行為を利用して外国から日本国内に持ち込む行為(例えば、外国の事業者が、通販サイトで受注した商品を購入者に届けるため、郵送等により日本国内に持ち込む場合が該当する。)」とされている*6。このことから、商標法および意匠法の「輸入」について追加された規定は、有体物を前提としており、プログラムのような無体物は想定されていないと解さざるを得ない*7。
付言すると、特許法2条3項1号では、「譲渡等(譲渡及び貸渡しをいい、その物がプログラム等である場合には、電気通信回線を通じた提供を含む。以下同じ。)、輸出若しくは輸入」と、「譲渡等」および「輸入」が分けて規定されており、かつ、「電気通信回線を通じた提供」は「譲渡等」についてのみ規定されている。このことから、「輸入」に「電気通信回線を通じた提供」は含まれないという解釈があり得る*8。さらに、「輸入」を「貨物の日本国内への搬入行為と解する以上,……単なる信号波の伝搬行為をもって貨物の搬入行為や引き取り行為と解することは「輸入」概念の前提をもはや超えるものであ」るという見解もある*9
結論
以上を踏まえると、特許法の「輸入」につき、とくに「電気通信回線を通じた提供」に関して、海外に居る者による行為を含むと解釈するのは、困難であると思われる。
なお、第1回特許庁政策推進懇談会では「知的財産制度の検討課題」の一つとして「AI、IoT時代に対応した特許の「実施」定義」が挙げられている*10。将来、特許法における「実施」の定義が変更(拡張)されることにより、本稿の検討自体が無意味となるのかも知れない。
変更履歴
- 2022-05-22 公開
*1:中山信弘・小泉直樹編『新・注解 特許法〔第2版〕上巻』(青林書院,2017)50頁[平嶋竜太]。
*2:この改正は、産業構造審議会 知的財産分科会 商標制度小委員会での検討結果を受けてのものである。商標制度小委員会『ウィズコロナ/ポストコロナ時代における商標制度の在り方について』(2021)5頁以下参照。
*3:「実施行為等」と記したのは、実施行為(2条3項)のみならず、101条1号等にも「輸入」が規定されているからである。
*4:特許庁「産業構造審議会知的財産分科会 第44回特許制度小委員会 配布資料 【資料3】 模倣品の越境取引に関する規制の必要性について」(2020)9頁。
*5:「輸入」行為の拡張ではなく、明確化である可能性もある。商標制度小委員会・前掲9頁注14および対応する本文参照。
*6:特許庁総務部総務課制度審議室編『令和3年特許法等の一部改正産業財産権法の解説』(発明推進協会,2022)121頁。
*7:「電気通信回線を通じて提供する行為」自体は、商標法の「使用」の一態様として(2条3項3号)、また意匠法の「実施」の一態様として(2条2項3号イ)、それぞれ(「輸入」とは別の行為として)規定されている。
*8:津田幸宏ほか「判例研究:RIM事件判決について」第二東京弁護士会知的財産権法研究会編『特許法の日米比較』(商事法務,2009)365頁[津田幸宏発言]参照。
*9:中山信弘・小泉直樹編・前掲51頁[平嶋竜太]。ただし論者は、「理論的には逆の解釈も成り立ちうる」とも述べる(同頁)。
*10:https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/kenkyukai/kondankai/01-gijigaiyo.html