特許法の八衢

自由技術の抗弁の現代的意義

はじめに

自由技術の抗弁は、侵害訴訟裁判所が特許無効を判断できないとされていた時代において、特許権侵害成否について妥当な結論を導くために提唱されたものであり*1、いわゆる特許無効の抗弁(特許法104条の3)が法定された現在、「ほぼ役割を終えた」*2などと評価されることが多い。しかしながら、近年、むしろその重要性が増していると思われる。

特許無効の抗弁と自由技術の抗弁との違いは何か。特許無効の抗弁は公知技術と特許発明とを比較するのに対し、自由技術の抗弁は公知技術と被疑侵害品とを比較するものである*3。もっとも、「被告製品(方法)と公知技術が同じであることの立証と無効理由の存在の立証には、実際上それほど差異があるとは考えられない」*4というのが通常の印象であろう。しかし、近年、その印象を覆す状況が生じているのである。

特定事項説(外縁説)の台頭

第一に、「特定事項説」*5あるいは「外縁説」*6と言われる考え方が裁判実務で台頭してきたことによる。

特定事項説(外縁説)とは、クレームに記載された発明特定事項そのもの(=出願人により規定された、本願発明とその他とを分かつ外縁)と引用発明とを比較して新規性・進歩性を判断する考え方であって、クレームに含まれる個々の具体物・実施態様と引用発明とを比較して新規性・進歩性を判断する考え方(態様説)と対立するものである。

特定事項説(外縁説)を裁判所が採る場合、特許権の権利範囲に公知技術(あるいは公知技術から容易想到の技術)を含んでいた*7としても、それに基づく特許無効の抗弁(新規性・進歩性要件非充足との抗弁)は認められない。そのような状況下では、自由技術の抗弁が独自の意義を有することになる。

用途発明の拡大

第二に、用途発明として認められる範囲が拡大している点も、自由技術の抗弁が重要性が増している理由として挙げられる。

2016年の特許庁審査基準改訂において食品用途発明が「解禁」された結果、その実施が実質的に公知技術(公知物質の公知の利用方法)と区別できない発明にまで、特許が付与されることが懸念されている*8

さらに、食品用途発明以外でも、その実施が実質的に公知技術と区別できないと思われる用途発明について、新規性を認める裁判例が散見されている*9

このような用途発明に関する特許権行使に対しても、自由技術の抗弁の主張が意義を有することになろう。すなわち、特許権の範囲はともかくとして、当該特許権の出願前の公知技術を出願前の公知の方法で実施していた、という主張である*10

なお、進歩性判断においていわゆる(効果の)独立要件説を採った場合も、用途発明と同様の問題が生じ、自由技術の抗弁の意義があると述べる見解もある*11

自由技術の抗弁の範囲

自由技術の抗弁をどの範囲の技術まで認めるのか。

特許出願時の公知技術から(特許出願時において)容易想到可能な範囲(便宜的に「進歩性の範囲」と称する)の技術まで、自由技術の抗弁を認める見解は存在する*12ものの少数であり、公知技術と近似あるいは実質同一の範囲の技術までしか自由技術の抗弁を認めないという見解が多数説のようである*13

しかしながら、「対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではな(い)」という均等論の第4要件(最三小判平成10年2月24日(平成6年(オ)第1083号)民集52巻1号113頁[無限摺動用ボールスプライン軸受];強調引用者)を、自由技術の抗弁を認めたものと考えれば*14、進歩性の範囲まで自由技術の抗弁を認めても良いのではないだろうか*15。104条の3が立法され、裁判所が“自由に”進歩性を含む特許性を判断している現状を踏まえると、進歩性の範囲までを自由技術の抗弁を認めることに、実務上の問題もないように思われる*16

なお、「先使用「発明」の完成及び範囲とパラレルに」考え、「公知技術(例えば、引用発明中の実施例)から自由「発明」として発明(技術的思想)を把握できる範囲まで」自由技術の抗弁が認められる、との見解もある*17

さらに、古城春実「特許侵害訴訟と公知技術」日本工業所有権法学会年報29号(2006)47頁以下は、基本的には、自由技術の抗弁を認める範囲を特許出願時の公知技術と実質同一のものまでとしているものの(60~63頁)、特許出願時の公知技術と侵害(判断)時から見て均等な技術も、自由技術の抗弁の範囲に含まれる余地がある旨も併せて述べている(65~66頁)。自由技術の積極的保護という観点から傾聴に値するものの、ここまで来ると、当該見解が述べているように、「自由技術=パブリックドメインはどこまで認められるべきか?」「パブリックドメインとは何か?」という問題に突き当たる*18

そして、自由技術の抗弁とは、まさにパブリックドメインの抗弁に他ならないのだから、パブリックドメインとは何かについて関係者で共有の理解を見出すことが、自由技術の抗弁の活性化のために、重要な点なのだろう。

おわりに

本稿は、特許付与時(特許性判断時)における自由技術(パブリックドメイン)の考慮の必要性を否定するものではない*19。ただ、パブリックドメインが浸食されるつつある現代*20においてこそ、パブリックドメイン特許権から「保護」する手段の一つとして、自由技術の抗弁が再評価されるべきように思われ、雑感を述べたものである。

更新履歴

  • 2021-12-31 公開
  • 2022-01-03 追記・修正
  • 2022-01-05 誤記の修正
  • 2022-01-10 高石秀樹「知財高判平成30年2月14日(平成29年(行ケ)第10121号)判批」について追記

*1:たとえば、中山信弘特許法〔第4版〕』(弘文堂,2019)469頁以下参照。

*2:中山信弘・前掲473頁。

*3:ただし、知財高判平成25年8月9日(平成24年(ネ)第10093号)は、いわゆるサブコンビネーション発明に対する自由技術の抗弁について、「自由技術の抗弁を特許権侵害訴訟における抗弁として認めることができるかどうかはともかくとして,同抗弁を主張する者は,少なくとも本件訂正発明1の全ての構成要件に対応する構成を備えた製品が本件特許の出願日において既に存在していたことを主張立証する必要がある……すなわち,本件訂正発明1は,引用する原判決認定のとおり,記録装置のキャリッジに着脱可能な液体インク収納容器に関するものであり,これに対応する記録装置(プリンタ)の構成と一組のものとして発明を構成するものであるから,控訴人としては,控訴人各製品の構成を特定するに当たっては,本件訂正発明1における記録装置側の構成を含めて,その全ての構成要件に対応した控訴人各製品の構成を特定して主張すべきである。」(強調引用者)と述べている。

*4:森義之「特許に無効理由が存在する場合の取扱い」牧野利秋・飯村敏明編『知的財産関係訴訟法(新・裁判実務大系4)』(青林書院,2001)226頁。

*5:前田健「対象物を新着眼の特性で特定したクレームの特許性 : 発見かそれとも発明か?」神戸法学雑誌70巻1号(2020)109頁以下、同「進歩性要件の意義と判断の方法」日本工業所有権法学会年報44号(2021)104頁以下。

*6:想特一三「Claimed invention as embodiments within the claim scope rather than the scope itself」そーとく日記(2021)

*7:特許権の権利範囲が公知技術と一致することもありうる。(典型的な)内在同一である。吉田広志「パブリック・ドメイン保護要件としての新規性/進歩性の再構成」知的財産法政策学研究61号(2021)75頁以下、Fubuki「知財高判令和2年12月14日(令和元年(行ケ)第10076号)判批」医薬系”特許的”判例ブログ(2021)参照。

*8:吉田広志「食品用途発明に関する改訂審査基準の妥当性」パテント71巻3号(2018)4頁以下、前田健「用途発明の意義」別冊パテント22号(2019)41頁、田村善之「際物(キワモノ)発明に関する特許権の行使に対する規律のあり方」別冊パテント22号(2019)4頁、大須賀滋「用途発明の新規性と効果」パテント74巻3号(2021)67頁以下。

*9:吉田広志「用途発明の特許性」別冊パテント15号(2016)95頁以下、(前田健・前掲「用途発明の意義」40頁以下、田村善之・前掲「際物(キワモノ)発明に関する特許権の行使に対する規律のあり方」23頁、東崎賢治「用途発明における「用途」と 新規性の判断及び「実施」該当性の判断」知財管理70巻5号(2020)676頁以下。

*10:なお、東崎賢治・前掲682頁以下は、「実施」を限定的に解釈することにより、特許権行使を回避可能である旨を述べる。

*11:牧野利秋ほか「知財高裁歴代所長座談会〔第2弾〕」牧野利秋編『最新知的財産訴訟実務』(青林書院,2020)56頁 清水節発言は「発明の構成は容易に推考できるけれども顕著な作用効果で特許性を認めるという事例」について自由技術の抗弁を使う余地があると述べている。これは、清水節「知財高判平成24年11月13日(平成24年(行ケ)第10004号)判批」小泉直樹・田村善之編『特許判例百選〔第5版〕』(有斐閣,2019)141頁の「本判決は,本件発明1が,発ガン性がないという観点から従来使用されていた硬化剤(ETHACURE300)をシュープレス用ベルトに用いたことにより,ベルトの外周面でのクラック発生の防止という予測することができない顕著な効果を奏することを理由に進歩性を認めたものである。したがって,いわゆる用途発明の議論と同様に,従前から当業者が使用していた当該硬化剤をシュープレス用ベルトの製造等に用いたことに対して,本件発明1はどのように権利行使ができるのかが問題となる。具体的には,本件発明1の特許出願の後に実際に当該硬化剤を用いたシュープレス用ベルトを製造等した者は,効果の主張と関わりなく全て特許権侵害となるのか,それともクラック発生の防止という効果を主張した場合に特許権侵害となるのか等の問題が生じ」ると述べていることに対応するものであろう。想特一三「「顕著な効果」の用途限定権利行使論?「シュープレス用ベルト事件」判決解説(清水節先生,特許判例百選第5版 有斐閣 2019)」そーとく日記(2019)も参照。

*12:松本重敏『特許発明の保護範囲〔新版〕』(有斐閣,2000)287頁、田中成志・後掲86頁、辰巳直彦『体系化する知的財産法(上)』(青林書院,2013)228頁。

*13:近時のものでは、古城春実・後掲60頁以下、牧野知彦「侵害訴訟における無効の抗弁と自由技術の抗弁」知財管理58巻4号(2008年)478頁、小橋馨「特許法104条の3と公知技術の抗弁」近畿大学法科大学院論集4号17頁(2008)、田村善之『知的財産法〔第5版〕』(有斐閣,2010)274頁。

*14:もっとも、第4要件の位置付けについては、学説の激しい対立がある(花田健史「均等論適用のための第4要件,その意義と限界」パテント74巻9号(2021)49頁参照)。

*15:田中成志「特許発明,対象製品等および先行技術の関係」日本工業所有権法学会年報29号(2006)86頁も同旨だと思われる。

*16:これを踏まえて、本稿では「公知技術の抗弁」ではなく「自由技術の抗弁」と記載した

*17:高石秀樹「知財高判平成30年2月14日(平成29年(行ケ)第10121号)判批」(2019)。論者は、自由「発明」の抗弁と称している。

*18:吉田広志・前掲「パブリック・ドメイン保護要件としての新規性/進歩性の再構成」108頁も、パブリックドメインとは何かという定義がないことについて言及している。

*19:吉田広志・前掲「パブリック・ドメイン保護要件としての新規性/進歩性の再構成」108頁参照。

*20:吉田広志・前掲「パブリック・ドメイン保護の観点からの新規性と先使用の再構成」74頁、前田健・前掲「対象物を新着眼の特性で特定したクレームの特許性 : 発見かそれとも発明か?」116頁。