はじめに
本ウェブログの以前の記事で言及した東京地判令和4年3月24日(令和元年(ワ)第25152号)の控訴審である、令和4年(ネ)第10046号事件について、2022年9月30日に特許法105条の2の11に基づく第三者意見募集1が開始された2。
意見募集事項は、以下のものである3:
2 1で「生産」に該当し得るとの考え方に立つ場合、該当するというためには、どのような要件が必要か。
意見募集の目的の一つに、「海外における最新の知見を得る必要があること」もあるようなので4、情報収集の困難な最新の情報というわけではないが、本件に関連する(と考えられる)米国CAFC判決を紹介することも、何らかの意味があるように思われるため、以下に(意見募集に関連するとおもわれる判示部分のみを)記す。ただし、以下で述べるCAFC判決のうち、NTP判決以外は、いわゆる域外適用が問題となったものではない。
NTP v. RIM (Fed. Cir. 2005)5
本件は、(複数の)特許権を有する原告(=被控訴人)が、通信システムを運用する被告(=控訴人)に対し、特許権侵害を主張した事案である。ここで、当該通信システムの一部は、米国外に存在するものであった。
CAFCは、概ね次のように述べ、システムクレーム(system claim)については、被告の顧客の「使用」に基づく特許権侵害(顧客による直接侵害)を認める一方、方法クレーム(method claim)については、侵害を否定した。
「米国特許法6271条(a)における、システムクレームの「使用(use)」が行なわれている場所とは、システムが全体としてサービスに供されている(the system as a whole is put into service)場所、すなわち、システムの制御(control)がなされ、かつ、そのシステムの有益な使用(beneficial use)がなされている場所である。被告システムの米国の利用者(被告の顧客)は、情報の送信を制御し、また、そのような情報のやりとりにより利益を得ているため、被告システムの一部が米国外に存在しても、特許権侵害の成立を妨げられない。」7
「他方、271条(a)において、方法やプロセス(method or process)クレームの「使用」は、システムや装置(system or device)クレームの「使用」とは、根本的に異なる。プロセスは一連の行為であるため、プロセスの使用には、必然的に列挙された個々のステップの実行を伴う。この点は、それぞれの要素が集合的に用いられる、システムの使用とは異なる。それゆえ、個々のステップ全てが米国内で行なわれていなければ、米国内で当該プロセスが使用されていると言えない。本事案では、被疑侵害行為の一部が米国外に存在する装置内で行なわれているため、271条(a)の直接侵害を構成しない。」
Centillion v. Qwest (Fed. Cir. 2011)8
本件は、システムクレームに係る特許権を有する原告(=控訴人)が、被告(=被控訴人)に対し、請求書発行システムを被疑侵害製品として、特許権侵害を主張した事案である。ここで、被疑侵害製品の請求書発行システムは、2つの部分から構成され、一の部分は被告が所有するバックオフィスシステムであり、他の部分は被告の顧客が自身のコンピューターにインストールするアプリケーションであった(当該アプリケーションは被告が提供している)。
CAFCは、まず、前述のNTP判決を引用して、「方法クレームにおける「使用(use)」とシステムクレームにおける「使用」とは区別される」とした上で、「システムクレームにおける「使用」とは、「発明をサービスに供すること(put the invention into service)、すなわち、システム全体を制御し、そこから利益を得ていること(control the system as a whole and obtain benefit from it)である」と述べた。
そして、「被告の顧客の行為がなければシステムがサービスに供されることはなく、かつ、顧客は明らかにシステムの機能から利益を得ているため、被告の顧客がシステムを「使用」している(顧客が単独の使用者(user)である)」と判示した9。
他方、被告によるシステムの「使用」は否定した。特許発明の構成要素の一つ(顧客側のコンピューターに対応づけられる)は被告によりサービスに組み込まれる(put into service)ことは決してないことを理由として挙げ、また「被告アプリケーションソフトウェアの顧客への提供はシステムを使用することとは同一ではない」とも述べている10。
加えて、CAFCは、被告によるシステムの「生産(make)」も否定している。すなわち、被告が製造(manufacture)しているのは、システムクレームの一部のみであり、クレームの構成要素の全てを結合(combine)してはいない、と判示している。
ここで、判決は、(被告ではなく)顧客が(クレームの構成要素の一つである)「personal computer data processing means」を提供(provide)しクライアントソフトウェアをインストールすることでシステムを完成(complete)させている、とも述べているが、これが顧客による生産(make)を認めていることを意味するかは不明である。
なお、比較的最近のOmega v. CalAmp (Fed. Cir. 2019)11においても、システムクレームについては被告=控訴人であるサービス提供者の「生産(make)」による直接侵害を否定しつつ、被告の顧客の「使用(use)」による直接侵害を認めている(ただし、被告による積極的誘導については、主観的要件の充足性を判断させるため地裁へ差戻している)。
IV v. Motorola (Fed. Cir. 2017)12
本件で問題となったクレームは、形式的にはシステムではなく装置(device)のクレームであるが、両当事者はシステムクレームであることを前提として主張を行なっており、判決でもシステムクレームであることを前提として13、被告=控訴人の顧客の「使用(use)」による直接侵害を否定した14。
「Centillion判決とNTP判決は、《何かを「使用(use)」するとは、それをサービスに供する(put into service)ことであり、それを支配(control)し、そこから利益を得る(benefit)ことを意味する》と判示した。そして、Centillion判決は、クレームされたシステムを使用するためには、「使用」されなければならないのは、各構成要素である(what must be “used” is each element)と明示的に(explicitly)付け加えた。この2つの命題(proposition)から、システムを使用するためには、人(person)は、クレームの各構成要素を(たとえ間接的にせよ(even if indirectly))支配(control)し、各構成要素から利益を得る(benefit from each claimed component)必要がある、ということになる。」15
「システムクレームの「使用」を示すには、システムクレームの各々の構成要素全て(each and every element)から(被疑)直接侵害者が利益(benefit)を得ていることを、特許権者が証明する必要がある。」
雑感
まず、今回の意見募集の対象は(「実施」行為のうち)「生産」のみに関するものであるところ、NTP判決で示され、その後のCAFC判決へも影響を及ぼしている特徴的な判断は、「使用(use)」のみに関することに留意が必要であるように思われる。
また、NTP判決で認められたのは、顧客(サービスのユーザ)による直接侵害であることも注目すべきであろう。この点については、米国特許法では日本特許法と異なり「業として」(68条など)の要件がないこと、および、米国特許法では(直接侵害の幇助行為の一部のみにしか明文の間接侵害規定のない日本特許法と異なり)271条(b)[積極的誘引]および同条(c)[寄与侵害]といった、直接侵害の幇助・教唆行為について比較的広く間接侵害を認める規定が設けられている16ことが大きく影響していると考えられる。
以上に加え、NTP判決については米国でも否定的な意見がある17ことも踏まえると、日本特許法の「生産」に、NTP事件の判示内容をそのまま適用するには、十分な検討が必要であるように思われる。
更新履歴
-2022-10-02 公開
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第三者意見募集制度の詳細については、立案担当者による松本健男「第三者意見募集制度の解説」特技懇303号参照。↩
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意見募集期間は2022年11月30日まで。https://www.ip.courts.go.jp/tetuduki/daisanshaiken/index.html参照。↩
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https://www.ip.courts.go.jp/vc-files/ip/2022/boshuuyoukou_n.pdf↩
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https://www.ip.courts.go.jp/tetuduki/daisansha/index.html参照。↩
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NTP, Inc. v. Research in Motion, Ltd., 418 F. 3d 1282 (Fed. Cir. 2005).↩
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Title 35 United States Code.↩
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本稿において、「」で囲まれたものは、判決文の引用(の翻訳)でなく、判示内容の要約である。強調も引用者による。↩
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Centillion Data Systems, LLC v. Qwest Communications International, Inc., 631 F. 3d 1279 (Fed. Cir. 2011).↩
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被告が顧客の侵害を誘引したか否かは争点でないとして、その判断を示してない。↩
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さらに、アプリケーションをインストール・操作するか否かは顧客の判断次第であるとして、被告の、顧客行為に対する代位責任(vicarious liability)も否定した。↩
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Omega Patents, LLC v. CalAmp Corp., 920 F.3d 1337 (Fed. Cir. 2019).↩
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Intellectual Ventures I LLC v. Motorola Mobility LLC, 870 F.3d 1320 (Fed. Cir. 2017).↩
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CAFCは、当該クレームが(Centillion判決における)システムクレームとして扱われない場合の判断基準を、本判決においては示さない旨を述べている。↩
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その他、被告が被疑侵害品の機能を試験(test)したことに基づく、システムクレームの「使用」(被告による直接侵害)も、CAFCは否定した。↩
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この判示につき、Newman判事による反対意見がある。↩
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米国特許法の間接侵害規定については、歴史的経緯を含め、鈴木將文「米国特許法271条の立法経緯と「共同侵害」に関する米国の判例動向」日本弁理士会中央知的財産研究所研究報告22号(2008)31頁以下が詳しい。↩
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鈴木將文・前掲52頁注(25)参照。↩