特許法の八衢

自明性の基礎とできる先行技術について判示された事案 ― Netflix v. DivX (Fed. Cir. 2023)

はじめに

本訴訟の対象となったは、マルチメディアファイルのデコーダ・エンコーダに関する特許権(権利者はDivX, LLC)である。

Netflix, Inc.らは、IPRを請求し、本件特許発明は複数の先行技術文献(に記載された発明)の組み合わせにより自明であり、本件特許は無効である、と主張した。

IPRでの争点の一つは、先行技術文献の一つKaku*1が、自明性の主張の基礎とできる(特許発明の)類似技術(analogous art)であるか否かであった。

PTABは、「文献Kakuが類似技術であることにつき、field-of-endeavor testおよびreasonable-pertinence testのいずれにおいても、IPR請求人は立証できていない」と判断し、特許維持の審決をした。

これを不服として、NetflixがCAFCへ上訴した*2のが、本件Netflix v. DivX (Fed. Cir. 2023)である。

結論として、CAFCは、審決を一部破棄し、PTABへ差戻した。

field-of-endeavor testについてのCAFC判示概要

我々(CAFC)は、類似技術(analogous art)の範囲を定義するため、二つの独立したテストを用いる。field-of-endeavor testおよびreasonable-pertinence testである。

我々は、当業者に全ての技術(all arts)を知っていることを要求するのではなく、発明時点での当業者の努力分野(field of endeavor)における全ての先行技術の教示を知っていることを仮定している。それゆえ、自明性の判断においては、文献が、クレームされた発明に類似する(analogous to the claimed invention)場合にのみ、当業者が参照する先行技術と認められる。

我々は、クレームされた発明の実施形態・機能・構造を含む、特許出願における発明主題の記載を参照して、努力分野を決定する*3。reasonable-pertinence testと異なり、field-of-endeavor testでは、特許発明の解決しようとする課題には着目しない。先行技術文献が、特許発明の関連する努力分野(relevant field of endeavor)に含まれれば、それで十分である。

PTABは、Netflixが本件特許やKakuの努力分野を十分特定していないと認定した。しかし、Netflixは、本件特許およびKakuの努力分野がともにAVIファイルに関するものであること、及び/又は、両者がともにマルチメディアファイルのエンコード・デコードに関するものであることを十分特定している。PTABが、Kakuが本件特許と同じ努力分野に関連していない理由を明確に分析しないまま、Netflixが本件特許やKakuの努力分野を特定していないことを理由に、field-of-endeavor testでKakuが類似技術の基準を満たさないとしたことについて、裁量権の濫用(abuse of discretion)がある。field-of-endeavor testの再審理のため、差戻す。

reasonable-pertinence testについてのCAFC判示概要

発明者の努力分野外の先行技術は、その主題が、発明者が課題を検討する際、必然的に(logically)注意を払うものである場合のみ、(特許発明/本願発明と)合理的に関連がある(reasonably pertinent)と言える。言い換えれば、先行技術文献が合理的に(特許発明/本願発明と)関連があるのは、当業者であれば、発明者が解決しようとした課題の解決策を求める際に、それらの文献を参照し、その教示を適用する場合に限られる。

PTABは、本件特許発明の課題は、明細書・クレーム・審査経過を考慮し、ストリーミング・マルチメディアにおけるトリックプレイの容易化であると認定する一方、Kakuは、本件特許発明のものとは異なる課題――画像の圧縮――を扱っていると認定した。

このPTABの認定は不合理であるとは言えない。ゆえに、差戻しの範囲にreasonable-pertinence testは含まれない。

おわりに

日本では、進歩性判断において、本願発明の解決しようとする課題を参酌することの是非が議論されている*4

本CAFC判決は、多分に事実認定に関するものを含むが、(非)自明性判断に用いることのできる先行技術についての一般論は、日本の議論にも参考になるのではないかと思い、紹介した次第である。

更新履歴

  • 2023-09-24 公開

*1:U.S. Patent No. 6,671,408.

*2:IPRではHuluも請求人に加わっていたが、CAFCへの上訴はNetflixのみが行なった。

*3:なお、本CAFC判決では、field-of-endeavor testにおける証拠・分析と、reasonable-pertinence testにおける証拠・分析とが、一部重複し得ることにも言及している。

*4:高石秀樹「進歩性判断に何故「本件発明の課題」が影響するのか?」(2023)および 想特一三「高石先生の知財実務情報Lab.の記事『進歩性判断に何故「本件発明の課題」が影響するのか?』を読んで」(2023)参照。