特許法の八衢

化学物質特許の保護範囲についての雑感 ― 東京地判令和5年7月28日(令和4年(ワ)第9716号)に接して ―

1 はじめに

本件 東京地判令和5年7月28日(令和4年(ワ)第9716号)は、特許権者である原告が、被告による被告製品の製造等は特許権侵害に当たると主張し、被告の行為の差止め等を求めた事案であり、結論として、裁判所は原告の請求を認めたものである。

判決を読み、思うところがあったので、覚書として本稿を記す。もっとも、本件は、いわゆる化学物質特許に関するものであるところ、私の化学知識は貧弱なので、本稿は大きな誤りを含んでいる恐れがある。

以下、枠で囲んだ記述は、判決書(裁判所ウェブページに掲載されているPDFファイル)からの引用(強調は引用者による)である。なお、「被告の主張」の項は、その名のとおり、被告の主張であって、裁判所の認定判断ではないので、注意されたい。

2 本件発明

下記一般式⑴

HOCOCHCHCOCHNH・HOP(O)(OR)(OH)2-n (1)

(式中、Rは、水素原子又は炭素数1~18のアルキル基を示し;nは0~2の整数を示す。)で表される5-アミノレブリン酸リン酸塩。

3 被告製品

各被告製品中のアミノ酸粉末の5-ALAホスフェートの化学式は、上記……の一般式(1)のうちR1を水素原子とし、nを1としたものであり、また、5-ALAホスフェートは、5-アミノレブリン酸リン酸塩である。

……

イ号製品は、原材料としてデキストリン及び5-ALAホスフェート(5-アミノレブリン酸リン酸塩)が含まれるアミノ酸粉末(ただし、当該5-アミノレブリン酸リン酸塩の純度には争いがある。)を含み、また、添加物としてHPMC(ヒドロキシプロピルメチルセルロース)、クエン酸第一鉄Na、微粒二酸化ケイ素及び二酸化チタンを含むアミノ酸含有加工食品である*1

4 関連する審決取消訴訟

被告は、令和3年9月、特許庁長官に対し、本件発明に係る特許について無効審判請求(以下「本件審判請求」という。)をした。原告は、本件審判請求において、……、特許が無効である旨の被告の主張に対して反論した(……)。
……
特許庁は、令和4年7月15日、本件審判請求が成り立たない旨の審決をしたところ、被告は、同年8月23日、知的財産高等裁判所に対し、当該審決の取消しを求める訴えを提起した(以下、当該訴えに係る訴訟を「本件審決取消訴訟」という。)。知的財産高等裁判所は、令和5年3月22日、被告の請求を棄却する旨の判決[引用者注:知財高判令和5年3月22日(令和4年(行ケ)第10091号)*2]をした(……)。

5 被告の主張

5.1 属否論

被告[引用者注:原告の誤記であろう]は、本件審判請求において、本件引用例や乙1文献を引用例とする無効の主張について、本件引用例や乙1文献には、5-ALAのリン酸塩を製造し単離する方法は記載されていないと主張するなどし、繰り返し「5-アミノレブリン酸リン酸塩」は「単離」したものであると主張して乙1文献や本件引用例との相違点を強調していた。加えて、本件審決取消訴訟においても、「5-ALA(5-アミノレブリン酸)は化学的に不安定で単体として取り出すことはできない」とか、本件引用例についても「ALA」を物質として取り出しているわけではない等と主張しており、リン酸塩になる前の「5-ALA」について「単体として取り出す」とか「物質として取り出す」などといった処理が必要である旨主張していて、これを前提として知的財産高等裁判所において判断がされている。したがって、原告が、本件発明の「5-アミノレブリン酸リン酸塩」が単離された高純度のものに限られないと主張することは信義則に反し、許されない。

各被告製品は、5-アミノレブリン酸リン酸塩を含んでいるものの、単離されておらず、かつその濃度も6%であって高純度のものではないから、本件発明[引用者注:「の構成要件」が抜けているのか]を充足しない。

5.2 無効論

本件引用例には、作用物質の特に有利な例として「5-アミノレブリン酸またはその塩またはエステル」とあり、複数列挙されている5-アミノレブリン酸の塩の「有利な例」の一つに「5-ALAホスフェート」が明記されている。そうすると、引用発明は、本件発明と同一であり、新規性を欠く。

6 裁判所の判断

6.1 属否論

本件発明は、特許請求の範囲の記載及び前記……の本件明細書記載の技術的意義からしても、従前知られていた5-アミノレブリン酸に比べて有利な効果を有する新規な化学物質の発明である。

各被告製品は、原材料として5-ALAホスフェート(5-アミノレブリン酸リン酸塩)が含まれるアミノ酸粉末を用いるアミノ酸含有食品であり(……)、各被告製品には、本件発明の一般式(1)のうちR1を水素原子とし、nを1とした5-アミノレブリン酸リン酸塩が含まれていると認められる(……)。すなわち、各被告製品には、新規な化学物質である本件発明のアミノレブリン酸リン酸塩そのものが含まれている。

以上によれば、各被告製品は、本件発明の技術的範囲に属する。

被告は、各被告製品が、アミノ酸含有食品であること、5-アミノレブリン酸リン酸塩が単離されておらず、その純度が低いことを挙げて、各被告製品が本件発明の技術的範囲に属さない旨主張する。

しかし、本件発明は新規な化学物質の発明であり、本件発明の目的は、新規な化学物質としての5-アミノレブリン酸リン酸塩を提供することであって、5-アミノレブリン酸リン酸塩の純度を向上させることにあるのではない。本件発明の5-アミノレブリン酸リン酸塩であれば、それが単離されていなくとも、また、それを含む製品においてそれが高い濃度でなくとも、発明の効果を奏するといえる。……

各被告製品に本件発明の5-アミノレブリン酸リン酸塩が含まれている本件において、被告の上記主張には理由がない。

被告は、本件審判請求や本件審決取消訴訟においてされた特許無効の主張に対し、原告が乙1文献や本件引用例には、5-ALAのリン酸塩を製造し単離する方法は記載されていないと主張するなどしたことなどをもって、原告が、本件発明の「5-アミノレブリン酸リン酸塩」が単離された高純度のものに限られないと主張することは信義則に反し、許されない旨主張する。

しかしながら、原告が提出した本件審判上申書や本件審判口頭審理陳述要旨書の記載は上記……のとおりであり、それらにおいて、原告は、本件引用例や乙1文献には、5-アミノレブリン酸リン酸塩の製造方法や入手方法が記載されていない旨を述べる趣旨で、それを単離することについて記載がないと述べているか、本件特許の請求項3の「水溶液」の解釈に関連する主張をしたにすぎない。そして、原告の上記主張は引用例の記載に対するものであり、本件明細書の記載や本件発明の構成要件に言及したものではないから、原告が、上記において、本件発明の構成要件を限定する趣旨の主張をしたとは認められず、信義則違反の主張はその前提を欠く。

以上によれば、各被告製品は本件発明の技術的範囲に属し、被告による各被告製品の製造並びに譲渡及び譲渡の申出は、特許法2条3項1号の生産並びに譲渡及び譲渡の申出に当たる。

6.2 無効論*3

本件引用例には「非水性液体中に溶解または分散した5-アミノレブリン酸および/またはその誘導体から選択される作用物質を含有する組成物」及び「誘導体が5-ALAの塩およびエステルから選択される請求項1記載の組成物」の発明が記載されている。

また、……、本件引用例の【0012】には、本件引用例の組成物が5-アミノレブリン酸の誘導体を作用物質として含有する旨、この作用物質として特に有利には「5-アミノレブリン酸またはその塩またはエステルである」旨が記載され、この「塩またはエステル」の有利な例として22種類の化合物が列挙され、その列挙された化合物の中には、5-ALAホスフェートが含まれている。

特許法29条1項は、同項3号の「特許出願前に」「頒布された刊行物」については特許を受けることができない旨規定する。当該規定の「刊行物」に物の発明が記載されているというためには、同刊行物に発明の構成が開示されているだけでなく、発明が技術的思想の創作であること(同法2条1項参照)にかんがみれば、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示されていることを要するというべきである。

特に、当該物が新規の化学物質である場合には、新規の化学物質は製造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないから、刊行物にその技術的思想が開示されているというためには、一般に、当該物質の構成が開示されていることにとどまらず、その製造方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきである。そして、刊行物に製造方法を理解し得る程度の記載がない場合には、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見出すことができることが必要であるというべきである。

ここで、5-ALAホスフェートは、新規の化合物であり、上記……のとおり、本件引用例には、列挙された化合物の中に5-ALAホスフェートが含まれているものの、本件引用例にその製造方法に関する記載は見当たらない(……)。

したがって、5-ALAホスフェートを引用発明として認定するためには、本件引用例に接した本件優先日当時の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見出すことができたといえることが必要である。

被告は、乙16文献から乙18文献の記載からすれば、本件優先日当時、5-アミノレブリン酸単体の製造方法は周知であった上、5-アミノレブリン酸をリン酸溶液に溶解すれば、弱塩基と強酸の組合せとなり、5-アミノレブリン酸リン酸塩を得ることができることは技術常識であり、このことからすれば、本件優先日当時の当業者は、5-ALAホスフェートの製造を容易になし得た旨主張する。

……しかしながら、……乙16文献から乙18文献までにおいて、5-アミノレブリン酸単体を得る技術が開示されているとはいえない。これに加え、上記……のとおり、本件引用例においても「5-ALAは・・・化学的にきわめて不安定な物質である」、「5-ALAHClの酸性水溶液のみが充分に安定であると示される」と記載されていて(……)、これらの事項が本件優先日当時の技術常識であったと認められることも考慮すると、本件優先日当時において、5-アミノレブリン酸単体を得る技術が周知であったとは認められない

この点に関し、原告[引用者注:「被告」の誤記だと思われる*4]は、5-アミノレブリン酸リン酸塩を製造する上で、5-ALAが物質として取り出されている必要はなく、発酵液中に培地成分等と混合した状態であってもよい旨主張する。

しかしながら、……、本件引用例に接した本件優先日当時の当業者が、化合物である5-アミノレブリン酸リン酸塩を製造する方法として、培地成分等と混合した状態で5-アミノレブリン酸が存在する発酵液にリン酸を添加する方法(又はこの発酵液をリン酸溶液に添加する方法)を、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮することなく見出すことができたとはいえない。

……

したがって、原告[引用者注:「被告」の誤記だと思われる]の上記各主張はいずれも採用することができない。そして、このほか、本件優先日当時の当業者が、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見出すことができたというべき事情は存しない。

……

本件引用例に接した本件優先日当時の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見出すことができたとはいえない。

したがって、本件引用例から5-ALAホスフェートを引用発明として認定することはできない。

……本件引用例から、「1、2-プロピレングリコールおよびグリセリン中の5-ALAの10%(質量%/容積%)溶液」を引用発明として認定することができる。

引用発明における「5-ALA」が5-アミノレブリン酸を意味することは技術常識であるところ、本件発明と引用発明は、「5-アミノレブリン酸に関する物」である点で一致するものと認められる。

引用発明は、「1、2-プロピレングリコールおよびグリセリン中の5-ALAの10%(質量%/容積%)溶液」であり、本件発明のように化合物である5-アミノレブリン酸リン酸塩ではないから、本件発明及び引用発明は、以下の点において相違するものと認められる。

……

上記……のとおり、本件発明と引用発明とを対比すると、両発明には相違する点があるところ、この相違点は、実質的な相違点であるというべきである。したがって、本件発明は、引用発明と一致するものとはいえないから、引用発明に対して新規性を欠くものとはいえず、本件発明に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものとはいえない。

雑感

裁判所は、「本件発明は新規な化学物質の発明であり、本件発明の目的は、新規な化学物質としての5-アミノレブリン酸リン酸塩を提供することであって、5-アミノレブリン酸リン酸塩の純度を向上させることにあるのではない。本件発明の5-アミノレブリン酸リン酸塩であれば、それが単離されていなくとも、また、それを含む製品においてそれが高い濃度でなくとも、発明の効果を奏するといえる。」と述べ、「5-アミノレブリン酸リン酸塩」を含む被告製品が技術的範囲に属すると判断している。

上記でいう「発明の効果」とは何なのか。「本件発明の目的は、新規な化学物質としての5-アミノレブリン酸リン酸塩を提供すること」と判示しているから、発明の効果は「5-アミノレブリン酸リン酸塩」の存在そのものになろうか。そうであれば、たしかに、「5-アミノレブリン酸リン酸塩」が存在しているだけで(その状態に限らず=単離されていたり高濃度であったりせずとも)、技術的範囲に属するとの結論となろう*5

このように、化学物質発明に係る特許権(化学物質特許)は強力であり、その保護範囲に、製造方法や用途といった限定はない。すなわち、化学物質Xの特許権につき、その明細書等にAという製法およびαという用途の記載しかなくても、製法Bで作られたXや用途βで用いられるXへ、権利行使可能である*6

ところで、本件発明は「5-アミノレブリン酸リン酸塩(5-ALAホスフェート)」であったが、判示によれば、本件引用例にもその他の文献にも、(「5-アミノレブリン酸リン酸塩(5-ALAホスフェート)」の製造方法のみならず)「5-アミノレブリン酸(5-ALA)」単体(「リン酸塩(ホスフェート)」が付かないもの)の製造方法の開示もなかったようである(本件引用例に記載があると事実認定されたのは「1、2-プロピレングリコールおよびグリセリン中の5-ALAの10%(質量%/容積%)溶液」である)。

ここで、本件引用例の公開後に、「5-アミノレブリン酸(5-ALA)」単体の製造方法(単離方法)を見出して特許出願した場合は、「5-アミノレブリン酸(5-ALA)」の化学物質特許を取得できるのだろうか(本件の新規性の判示に従うと、取得できるように思われる)。

そして、仮に、「5-アミノレブリン酸(5-ALA)」の特許を取得できた場合、その特許権は、出願前に既に公知になっていた(本件引用例に記載の)「1、2-プロピレングリコールおよびグリセリン中の5-ALAの10%(質量%/容積%)溶液」に対して、権利行使できるのだろうか。

本件も判示したような、化学物質特許の保護範囲の原則(製法も用途も限定されない)に鑑みると、権利行使が許されるように考えられる。しかし、それでは、パブリックドメインを侵すことになるのではないか。

更新履歴

  • 2023-08-11 公開

*1:引用者注:被告製品には「ロ号製品」も含まれるが省略する。

*2:Fubuki「判批」(2023)で詳細に論じられている。

*3:ほぼ知財高判令和5年3月22日(令和4年(行ケ)第10091号)の“コピペ”であると思われる。

*4:知財高裁判決を“コピペ”した後、修正し忘れたのだろう。

*5:もっとも、「新規な化学物質」を《存在は知られていたが、単離する方法は知られていなかった化学物質》と解釈すると(本件引用例の記載を考慮すると、本件発明である「5-アミノレブリン酸リン酸塩(5-ALAホスフェート)」はそれが当てはまるようにも思われる)、本発明の目的は「単離された5-アミノレブリン酸リン酸塩を提供すること」となり、結論が変わるのかも知れない。

*6:竹田和彦『特許の知識〔第8版〕』(ダイヤモンド社,2006)91頁以下、前田健特許法における明細書による開示の役割』(商事法務,2012)379頁以下。