1 はじめに
知財高大判令和5年5月26日(令和4年(ネ)第10046号)につき、判決要旨のみが裁判所ウェブページに掲載された時点で記事を書いたが、今般、判決全文が掲載されたため、あらためて記事を記す。
判決文の一部を枠で囲んで引用し(強調は引用者による)、必要に応じ、それに対する私の疑問等を述べることを繰り返す形とする。先の記事との重複する内容も多いが、ご容赦いただきたい。
なお、両当事者も被疑侵害サービスも本件と同じ、知財高判令和4年7月20日(平成30年(ネ)第10077号)(「先行訴訟控訴審判決」とも称する)についても、若干言及する。
2 本件発明
2.1 本件発明1の特許請求の範囲*1
- 1A サーバと、これとネットワークを介して接続された複数の端末装置と、を備えるコメント配信システムであって、
- 1B 前記サーバは、前記サーバから送信された動画を視聴中のユーザから付与された前記動画に対する第1コメント及び第2コメントを受信し、
- 1C 前記端末装置に、前記動画と、コメント情報とを送信し、
- 1D 前記コメント情報は、前記第1コメント及び前記第2コメントと、前記第1コメント及び前記第2コメントのそれぞれが付与された時点に対応する、前記動画の最初を基準とした動画の経過時間を表す動画再生時間であるコメント付与時間と、を含み、
- 1E 前記動画及び前記コメント情報に基づいて、前記動画と、前記コメント付与時間に対応する動画再生時間において、前記動画の少なくとも一部と重なって、水平方向に移動する前記第1コメント及び前記第2コメントと、を前記端末装置の表示装置に表示させる手段と、
- 1F 前記第2コメントを前記1の動画上に表示させる際の表示位置が、前記第1コメントの表示位置と重なるか否かを判定する判定部と、
- 1G 重なると判定された場合に、前記第1コメントと前記第2コメントとが重ならない位置に表示されるよう調整する表示位置制御部と、を備えるコメント配信システムにおいて、
- 1H 前記サーバが、前記動画と、前記コメント情報とを前記端末装置に送信することにより、前記端末装置の表示装置には、前記動画と、前記コメント付与時間に対応する動画再生時間において、前記動画の少なくとも一部と重なって、水平方向に移動する前記第1コメント及び前記第2コメントと、が前記第1コメントと前記第2コメントとが重ならないように表示される、
- 1I コメント配信システム。
2.2 本件発明の効果
3 被告サービス1
(ア) 被告サービス1のFLASH版(別紙8-2を参照)
① ユーザが、事前にAdobe Flash Playerをブラウザのプラグイン(拡張機能)としてユーザ端末(国内のユーザ端末。以下、この項において同じ。)にインストールしておく。
② ユーザが、ユーザ端末のブラウザにおいて、所望の動画を表示させるための被告サービス1のウェブページを指定する。
③ ②に応じて、被控訴人FC2のウェブサーバが上記ウェブページのHTMLファイル及びSWFファイルをユーザ端末に送信する。
④ ユーザ端末が上記HTMLファイル及びSWFファイルを受信し、これらをブラウザのキャッシュに保存する。
FLASHが、ブラウザのキャッシュにあるSWFファイルを読み込む。
⑤ ユーザが、ユーザ端末において、ブラウザ上に表示されたウェブページにおける動画の再生ボタンを押す。
⑥ ④でFLASHが読み込んだSWFファイルには、動画及びコメントに関する情報の取得をリクエストするようにブラウザに要求する命令が格納されており、FLASHが、その命令に従って、ブラウザに対し動画ファイル及びコメントファイルを取得するよう指示し、ブラウザが、その指示に従って、被控訴人FC2の動画配信用サーバに対し動画ファイルのリクエストを行い、被控訴人FC2のコメント配信用サーバに対しコメントファイルのリクエストを行う。
⑦ ⑥のリクエストに応じて、被控訴人FC2の動画配信用サーバが動画ファイルを、被控訴人FC2のコメント配信用サーバがコメントファイルを、それぞれユーザ端末に送信する。
⑧ ユーザ端末が、⑦の動画ファイル及びコメントファイルを受信する。
これにより、ユーザ端末が、受信した動画ファイル及びコメントファイルに基づいて、ブラウザにおいて動画上にコメントをオーバーレイ表示させる。
その表示の際に二つのコメントが重複するか否かを判定する計算及び重複すると判定された場合の重ならない表示位置の指定は、SWFファイルによって規定される条件に基づいて行われている。
4 準拠法
準拠法の判断につき、本件大合議判決は原判決(東京地判令和4年3月24日[令和元年(ワ)第25152号])を訂正して引用している。以下は訂正後のものである。
4.1 差止め及び除却等の請求について
4.2 損害賠償請求について
5 侵害論
5.1 「ネットワーク型システム」における「生産」
そして、本件発明1のように、インターネット等のネットワークを介して、サーバと端末が接続され、全体としてまとまった機能を発揮するシステム(以下「ネットワーク型システム」という。)の発明における「生産」とは、単独では当該発明の全ての構成要件を充足しない複数の要素が、ネットワークを介して接続することによって互いに有機的な関係を持ち、全体として当該発明の全ての構成要件を充足する機能を有するようになることによって、当該システムを新たに作り出す行為をいうものと解される。
本件大合議判決は、まず特許法2条3項1号の「生産」について、「発明の技術的範囲に属する物を新たに作り出す行為」と解釈した上で、「ネットワーク型システム」の発明における「生産」とは、「単独では当該発明の全ての構成要件を充足しない複数の要素が、ネットワークを介して接続することによって互いに有機的な関係を持ち、全体として当該発明の全ての構成要件を充足する機能を有するようになることによって、当該システムを新たに作り出す行為」だと述べる。
5.2 被告システム1を新たに作り出す行為
被疑侵害システム(「被告システム1」)においては、ユーザ端末が動画ファイル及びコメントファイル(「各ファイル」)を受信した時点をもって、《被告システム1を新たに作り出す行為「本件生産1の1」》がなされた(システムが完成した)旨を説いている。なお、ここではまだ、この行為が特許法上の「生産」に当たるとは判断していない。
後述のように生産行為の主体の認定判断において、本件大合議判決は「ウェブページの指定やウェブページに表示された再生ボタンをクリックするといったユーザの各行為は、被控訴人FC2の管理するウェブページの閲覧を通じて行われるにとどまるもの」と述べていることからすると、「本件生産1の1」の起点は、ユーザによるウェブページの指定(上記②のステップ)であると思われる*5。
なお、被控訴人らの「乙311の意見書*6では「一般に、通信に係るシステムはデータの送受を伴うものであるため、データの送受のタイミングで毎回、通信に係るシステムの生産、廃棄が一台目、二台目、三台目、n台目と繰り返されることまで「生産」に含める解釈は、当該システムの中でのデータの授受の各タイミングで当該システムが再生産されることになり、採用しがたい」との指摘(乙327の意見書も同様の指摘をする。)がされており、この指摘によれば、被控訴人FC2の行為は本件発明1の「生産」に該当しないというべきである。」という主張について、本件大合議判決は以下のように応答している。
5.3 「本件生産1の1」の「生産」該当性
5.3.1 属地主義との関係
前記……のとおり、本件生産1の1は、被控訴人FC2のウェブサーバが、所望の動画を表示させるための被告サービス1のウェブページのHTMLファイル及びSWFファイルを国内のユーザ端末に送信し、ユーザ端末がこれらを受信し、また、被控訴人FC2の動画配信用サーバが動画ファイルを、被控訴人FC2のコメント配信用サーバがコメントファイルを、それぞれユーザ端末に送信し、ユーザ端末がこれらを受信することによって行われているところ、上記ウェブサーバ、動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバは、いずれも米国に存在するものであり、他方、ユーザ端末は日本国内に存在する。すなわち、本件生産1の1において、上記各ファイルが米国に存在するサーバから国内のユーザ端末へ送信され、ユーザ端末がこれらを受信することは、米国と我が国にまたがって行われるものであり、また、新たに作り出される被告システム1は、米国と我が国にわたって存在するものである。そこで、属地主義の原則から、本件生産1の1が、我が国の特許法2条3項1号の「生産」に該当するか否かが問題となる。
5.3.2 ネットワーク型システムの発明における「実施」
そうすると、ネットワーク型システムの発明について、属地主義の原則を厳格に解釈し、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在することを理由に、一律に我が国の特許法2条3項の「実施」に該当しないと解することは、サーバを国外に設置さえすれば特許を容易に回避し得ることとなり、当該システムの発明に係る特許権について十分な保護を図ることができないこととなって、妥当ではない。
他方で、当該システムを構成する要素の一部である端末が国内に存在することを理由に、一律に特許法2条3項の「実施」に該当すると解することは、当該特許権の過剰な保護となり、経済活動に支障を生じる事態となり得るものであって、これも妥当ではない。
「ネットワーク型システムを構成するサーバが国外に存在していたとしても、当該システムを構成する端末が日本国内(以下「国内」という。)に存在すれば、これを用いて当該システムを国内で利用することは可能であり、その利用は、特許権者が当該発明を国内で実施して得ることができる経済的利益に影響を及ぼし得るものである。」という部分からは、本判決の射程を、被疑侵害システムのサーバが国外に存在する場合、あるいは、(その場合とイコールなのかも知れないが)被疑侵害システムを国内で「利用」することが可能な場合に絞っているようにも読める。もっとも、「利用」とは具体的にどのような行為であるのか判然としない。(本事案とは逆に)《サーバは国内に存在する一方、端末は国外に存在する》場合は、被疑侵害システムが国内で「利用」できるとは言えず、射程外なのだろうか。また、「サーバ」と「端末」という主従関係が明確ではないシステムもあろうが、そのようなシステムはどのように判断されるのだろうか。
次いで、「属地主義の原則を厳格に解釈し、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在することを理由に、一律に我が国の特許法2条3項の「実施」に該当しないと解することは、サーバを国外に設置さえすれば特許を容易に回避し得ることとなり、当該システムの発明に係る特許権について十分な保護を図ることができない」と、「生産」ではなく「実施」と一般化しているのは、「生産」以外にも「属地主義の原則を厳格に解釈」すると「特許権について十分な保護を図ることができない」場合があることを示唆しているのだろう(もっとも、上記引用より後は、実施行為のうち「生産」についての言及しかない)。
上記引用最後の「当該システムを構成する要素の一部である端末が国内に存在することを理由に、一律に特許法2条3項の「実施」に該当すると解することは、当該特許権の過剰な保護となり、経済活動に支障を生じる事態となり得るものであって、これも妥当ではない。」という部分は、「特許権の過剰な保護」と「経済活動に支障を生じる事態となり得る」との関係が不分明なように思われる(過剰な保護だから経済活動に支障を生じるのか、経済活動に支障を生じるから過剰な保護だと言えるのか、前者だとすると「過剰な保護」であるとどのような基準をもって判断したのか)。
5.3.3 ネットワーク型システムの発明における「生産」該当性判断
「システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在する場合であっても」、「総合考慮」により「ネットワーク型システムを新たに作り出す行為」が「我が国の領域内で行われたものとみることができるときは」、特許法上の「生産」に該当し得ると述べている。
「当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在する場合であっても」という記述は、この判断枠組みの射程(適用範囲)を限定するものか、それとも単なる例示か、ここでも判然としない。
考慮要素として、(1)「当該行為の具体的態様」,(2)「当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割」,(3)「当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所」,(4)「その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響」の4要素を挙げているが、これらの要素がどのような理由により導かれたのかは述べられていない。
また、「等を総合考慮」との説示から、上記4要素以外も考慮可能なことが示されている。
ここで、原判決では、「被告FC2が本件特許権の侵害の責任を回避するために動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバを日本国外に設置し、実質的には日本国内から管理していたといった、結論として著しく妥当性を欠くとの評価を基礎付けるような事情は認められない」と、「結論として著しく妥当性を欠くとの評価を基礎付けるような事情」があれば侵害判断に影響を与えることを示唆するような判示があった。このような「事情」は、本件大合議判決が提示した総合考慮の枠組みでも考慮されうるのだろうか。
5.3.4 考慮要素(1) ― 当該行為の具体的態様
まず、「具体的態様」が何を意味するのか不明である。上記「米国に存在するサーバから国内のユーザ端末に各ファイルが送信され、国内のユーザ端末がこれらを受信することによって行われるもの」とは、「具体的」と言うよりはむしろ、行為(本件生産1の1)の一部のみを採り上げ、さらにそれを抽象化したもののように感じる。
ついで、「行為の具体的態様」について、どのような考慮が求められるのかも分からない。「行為の具体的態様」が「国内で行われたものと観念することができる」か否かを判断するということなのか。
「国内で行われたものと観念することができる」か否かの判断方法についても疑問がある。「国内のユーザ端末が各ファイルを受信することによって被告システム1が完成することからすれば」と述べていることからすると、行為の(起点ではなく)終点となる場所が国内であることが「国内で行われたものと観念することができる」ためには必要(あるいは重要)なのだろうか。
そもそも、ある行為を「国内で行われたものと観念することができる」ならば、もはや、それ以外の要素は考慮せず、その行為は(日本国内における)「実施」と認めても良いように思われる。すなわち、この「国内で行われたものと観念することができる」と、(総合考慮の判断結果である)上記「我が国の領域内で行われたものとみることができる」との違いが、分からない。
5.3.5 考慮要素(2) ― 当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割
「主要な機能」とはどのように判断するものなのか、均等論の「本質的部分」や101条2号の「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に関連するものなのか否か、判決文からは不明である。
5.3.6 考慮要素(3)および(4) ― 当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所、および、その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響
考慮要素(3)と(4)とが同一文で判断されていることからすると、両者は近似したものではあるのだろう。
考慮要素(3)について、ここでいう「発明の効果」は、「2.2 本件発明の効果」で引用した判決文との関係から、明細書等から導かれる効果だと考えられる。特許発明の効果の発現地を考慮する点は、多くの学説も述べているものであり、これを考慮要素としたことは妥当であろう。もっとも、上記の通り、システムの「利用」とはどのような行為かは判然としない。被疑侵害システム(被告システム1)の「使用」主体がユーザである旨が暗示されることを避けるため、「使用」ではなく「利用」という語を用いたようにも思われる。
考慮要素(4)について、サービス提供行為が日本市場に向けられているか否かを考慮するものとする見解がある*9。たしかに、サービス提供行為が日本市場に向けられていれば、多くの場合、発明の効果が日本国内で発現しているのだろうから、考慮要素(3)と(4)とが近似しているという本稿冒頭で述べたことと符合する*10。もっとも、この考慮要素がサービス提供行為が日本市場に向けられているか否かを考慮するものであれば、その判断を示す際に、被告サービスが日本語で(も)提供されている等について言及すべきだったように思われ、判決文が舌足らずのように感じられる。
5.3.7 総合考慮の結果
本事案では4要素全てについて「生産」該当に肯定的な判断がなされたので、「生産」該当との判断は当然なのであろうが、その結果、4要素間に軽重があるのか否かは一切不明である。
例えば、国外のサーバに特許発明の「主要な機能」が存在する(考慮要素(2)は生産該当に否定的)ものの、発明の効果は国内で発現している(考慮要素(3)は生産該当に肯定的)という場合は、どちらの要素が重視されるのだろうか。
5.4「生産」の主体
この点に関し、被告システム1が「生産」されるに当たっては、前記……のとおり、ユーザが、ユーザ端末のブラウザにおいて、所望の動画を表示させるための被告サービス1のウェブページを指定すること(②)と、ブラウザ上に表示されたウェブページにおける当該動画の再生ボタンを押すこと(⑤)が必要とされるところ、上記のユーザの各行為は、被控訴人FC2が設置及び管理するウェブサーバに格納されたHTMLファイルに基づいて表示されるウェブページにおいて、ユーザが当該ページを閲覧し、動画を視聴するに伴って行われる行為にとどまるものである。すなわち、当該ページがブラウザに表示されるに当たっては、前記のとおり、被控訴人FC2のウェブサーバが当該ページのHTMLファイル及びSWFファイルをユーザ端末に送信し、ユーザ端末が受信したこれらのファイルがブラウザのキャッシュに保存されること(④)、また、動画ファイル及びコメントファイルのリクエストについては、上記SWFファイルによる命令に従って行われており(⑥)、上記動画ファイル及びコメントファイルの取得に当たってユーザによる別段の行為は必要とされないことからすれば、上記のユーザの各行為は、被控訴人FC2の管理するウェブページの閲覧を通じて行われるものにとどまり、ユーザ自身が被告システム1を「生産」する行為を主体的に行っていると評価することはできない。
……ウェブページの指定やウェブページに表示された再生ボタンをクリックするといったユーザの各行為は、被控訴人FC2の管理するウェブページの閲覧を通じて行われるにとどまるものであり、ユーザ端末による上記各ファイルの受信は、上記のとおりユーザによる別途の操作を介することなく自動的に行われるものであることからすれば、上記各ファイルをユーザ端末に受信させた主体は被控訴人FC2であるというべきである。
……
以上によれば、被控訴人FC2は、本件生産1の1により、被告システム1を「生産」(特許法2条3項1号)したものと認められる。
被告システム1を新たに作り出す行為(「本件生産1の1」)=「生産」=直接侵害行為の主体を、規範的に捉え、ユーザではなく、FC2であることを述べている。この主体判断については、国境を跨ぐ行為でなくとも(国内で完結する行為であっても)適用可能なものと思われる。
本件大合議判決は、「HTMLファイル及びSWFファイル、動画ファイル並びにコメントファイル」という(「発明の全ての構成要件を充足する機能を有する」ために必要となる)プログラムに相当する情報の、端末への「インストール」(類似)行為*11を、(ユーザではなく)サーバが行なっていると考えており*12、だからこそ、「生産」行為の起点に関わらず、そのサーバを「設置及び管理」している者(=「インストール」を行なうよう仕向けた者)が、「生産」の主体だと判断したのかも知れない。
なお、仮にユーザを「生産」行為の主体と捉えた場合は、サーバが間接侵害品(101条1号の「のみ品」あるいは101条2号の不可欠品)と言えるとしても、海外にあるサーバの《生産》を日本法の間接侵害行為に問えるのかという更なる問題に直面することになりかねない*13。
ところで、先行訴訟控訴審判決では、「表示装置」クレームについては、「被控訴人ら各プログラムは、ユーザが被控訴人ら各サービスのウェブサイトにアクセスすることにより、ユーザの端末装置にインストールされるものである(……)。そうすると、被控訴人らによる本件配信及びユーザによる上記インストールにより、被控訴人ら各装置(……)が生産されるものと認められる。……被控訴人ら各プログラムは、被控訴人ら各装置の生産にのみ用いられる物であると認めるのが相当であり、また、被控訴人らが業として本件配信を行っていることは明らかであるから、被控訴人らによる本件配信は、特許法101条1号により、本件特許権1を侵害するものとみなされる。」として、直接侵害ではなく間接侵害が認められた*14。明示されていないが、当該判決では、「表示装置」の「生産」主体はユーザと捉えていると考えられる*15。しかし、本知財高裁大合議判決と同様の基準を採るならば、「表示装置」クレームの「生産」の主体は、被控訴人(ら)となるであろう。
5.5 HPSによる「生産」の有無
よって、被控訴人HPSが、被告各システムを「生産」し、本件特許権を侵害したものとは認められない。
本件大合議判決とは異なり、先行訴訟控訴審判決では、FC2とHPSとの「共同侵害」が認められた。
先行訴訟控訴審判決では、「被控訴人HPSの従業員数の減少の事実(……)、被控訴人HPSの売上げの減少の事実(……)及び被控訴人FC2が被控訴人HPSに対し平成29年5月30日に同年8月31日をもって業務委託契約(……)を終了させる旨の意思表示をしたこと(……)を考慮してもなお、被控訴人FC2と被控訴人HPSとの間の業務委託契約が終了したと認めることはできず、その他、そのような事実を認めるに足りる的確な証拠はない。」としている一方、本件大合議判決では、FC2とHPSとの関係継続を認める事実認定はしていないため、この差が生まれたものと思われる。
6 差止め及び除却等
6.1 差止め
そうすると、同日以降において、被控訴人FC2によって、本件生産1による本件特許権の侵害が行われているものとは認められない。
しかしながら、被告サービス1においては、依然として動画と共にコメントが表示されるサービスが提供されており、その仕様を変更して再び動画上にコメントをオーバーレイ表示することによって本件特許権侵害に係るサービスを提供することが容易であることに鑑みると、本件生産1による本件特許権の侵害を予防するために、被控訴人FC2のサーバから日本国内に存在するユーザ端末に対し、ユーザ端末の表示装置において動画上にオーバーレイ表示されるコメントが、水平方向に移動し、互いに重ならないように表示される態様となるように、動画ファイル及びコメントファイルを配信すること(両ファイルを国内のユーザ端末に送信し、国内のユーザ端末に受信させること)を差し止める必要があるものと認められる。
……
以上によれば、控訴人の差止請求については、被控訴人FC2に対し、被告サービス1において、被控訴人FC2のサーバから国内に存在するユーザ端末に対し、ユーザ端末の表示装置において動画上にオーバーレイ表示されるコメントが、水平方向に移動し、互いに重ならないように表示される態様となるように、動画ファイル及びコメントファイルを配信することの差止めを求める限度で理由があるものと認められる。
差止めの範囲を、(構成要件を充足する)被告システム1の生産とするのではなく*16、「サーバから国内に存在するユーザ端末に対し、ユーザ端末の表示装置において……コメントが、水平方向に移動し、互いに重ならないように表示される態様となるように、動画ファイル及びコメントファイルを配信すること」としている点が、配信先を国内のユーザ端末に限定している部分も含め、裁判所の工夫が見られ、興味深い。
6.2 除却等
加えて、被告サービス1において、本件特許権侵害に係るコメント付き動画の配信サービスが行われていた令和3年1月11日の時点においても、被告サービス1で公開された……動画のうち、コメントが付された動画……の割合は●●●●*17パーセントにとどまっていたこと、……被告サービス1においては、本件特許権を侵害することなく、動画の配信サービスを提供することが可能であることからすれば、被告サービス1に係るプログラムの抹消及びサーバの除却の必要性があるものと認めることはできない。
本件大合議判決とは異なり、先行訴訟控訴審判決では、プログラムの抹消が認められている(サーバの除却は請求されていない)。本件大合議判決では、被告サービスが特許権侵害をしない態様に仕様変更されていると認められている点が、結論の違いに影響を与えたのだろうか。
7 損害論
……
令和元年5月17日から令和4年8月31日までの期間の被告サービス1の売上高は……合計●●●●●●●●●●●●円であること、その限界利益額は……合計●●●●●●●●●●●●円であることが認められる。
このうち、本件特許権の侵害行為である本件生産1により「生産」された被告システム1によって提供されたものの割合は、前記……のとおり、●●●パーセントであるから、本件生産1による売上高は、●●●●●●●●●●●円(●●●●●●●●●●●●円×●●●●●)と認められ、被控訴人FC2が本件生産1により得た限界利益額は……合計●●●●●●●●●円と認められる。
……
以上のとおり、被控訴人FC2が本件生産1ないし3により得た限界利益額は、合計●●●●●●●●●●●円であり、この限界利益額は、特許法102条2項により、控訴人が受けた損害額と推定される(以下、この推定を「本件推定」という。)。
……被告各サービスにおいて、コメント表示機能が果たす役割は限定的なものであって、被告各サービスの多くのユーザは、コメント表示機能よりも動画それ自体を視聴する目的で利用していたものと認められる。そして、本件各発明の技術的な特徴部分は、コメント付き動画配信システムにおいて、動画上にオーバーレイ表示される複数のコメントが重なって表示されることを防ぐというものであり(……)、その技術的意義自体も、上記システムにおいて限られたものであると認められる。以上の事情を総合考慮すると、被告各サービスの利用に対する本件各発明の寄与割合は●●と認めるのが相当であり、上記寄与割合を超える部分については、前記……の限界利益額と控訴人の受けた損害額との間に相当因果関係がないものと認められる。
したがって、本件推定は、上記限度で覆滅されるものと認められるから、特許法102条2項に基づく控訴人の損害額は、上記限界利益額の●割に相当するものであり……合計●●●●●●●●●円と認められる。
本件大合議判決における、102条2項の損害額算定の計算式の概要は次の通りである。
本件推定 = 被告各サービスの限界利益の合計 × 配信動画のうちコメント付きのものの割合*18
損害額 = 本件推定 × 本件各発明の寄与割合
ここで、被告システムの「生産」は、(サーバの設置など一回で終わる行為ではなく)ユーザ端末が動画ファイルおよびコメントファイルを受信する毎に行なわれるという前提であるので、サービスそのものの限界利益を基準とした損害額算定が行なえたのかも知れない。
なお、102条2項の覆滅部分については、知財高大判令和4年10月20日(令和2年(ネ)第10024号)で(一部)102条3項の適用が認められたが、本件については特許権者がそのような請求を行なっていないようである*19。
先行訴訟控訴審判決でも、同じく102条2項に基づく損害額算定がなされているが、「配信動画のうちコメント付きのものの割合」と「本件各発明の寄与割合」とを分けて考慮しているのではなく、両者(およびその他「本件に現れた一切の事情」)を併せ考慮して、覆滅率99%と認定判断している。この相違が最終的な損害額に大きな差*20を及ぼしている可能性がある。
更新履歴
- 2023-07-01 公開
- 2023-07-02 若干の追記および誤記の修正
*1:「1A」等は判決文で付されているもの。
*2:引用者注:本件明細書の段落【0011】(【発明の効果】欄)は「本発明によれば、入力されたコメント情報のうち、再生する動画の動画再生時間に対応するコメント付与時間が対応づけられたコメントをコメント情報から読み出し、読み出したコメント内容を動画とともに表示するようにした。そして、動画に対して入力されたコメント情報のうち、消去対象であるコメント情報を示すコメント消去要求が入力されると、そのコメントを表示しないようにしたので、そのコメントが動画にふさわしくないコメントであるか否かについて、ユーザの意思を考慮した表示をすることができ、コメントを利用したコミュニケーションにおける娯楽性を向上させることが可能となる。」(強調は引用者)というものであり、本件発明と齟齬がある。分割出願を繰り返した中で、出願人がクレームと明細書との整合を取り忘れたのであろう。
*3:引用者注:「控訴人」に訂正すべきようにも思われるが、本件大合議判決では訂正しないまま原判決を引用している。
*4:引用者注:「被控訴人ら」に訂正すべきようにも思われるが、本件大合議判決では訂正しないまま原判決を引用している。
*5:「ウェブページの指定」が「本件生産1の1」=「生産」に含まれないのならば、生産行為の主体の認定判断において、これに言及する必要はないであろう。
*6:引用者注:第三者意見募集制度(特許法105条の2の11)実施により寄せられた意見書だと考えられる。後記「乙327の意見書」も同様であろう。
*8:引用者注:カードリーダー事件最判。
*9:日本工業所有権法学会2023年度研究会シンポジウム(2023年6月17日)における、愛知靖之発表および山内貴博発表。
*10:私は、「判決要旨」のみが掲載されたいた時点では、特許権者が日本国内で特許発明を実施していることを考慮する要素とも考えていたが、判決文で特許権者の実施状況について言及はないので、その可能性は低そうである。
*11:知財高大判平成17年9月30日(平成17年(ネ)第10040号)ではソフトウェアの「インストール」が「情報処理装置」クレームの「生産」に当たると判示されている(ただし、同事案ではインストール(生産)の主体はユーザである)。
*12:「ユーザによる別途の操作を介することなく」とは、ユーザは「インストール」を行なっていないことを意味するのであろう。
*13:あるいは、国内にある端末を間接侵害品として問うことも可能かも知れないが、この場合は、端末を生産しているのもユーザで、被告が送信している各ファイルは間接侵害品をつくるためのものという、いわゆる間接の間接(再間接)の問題が生じるおそれがある。
*14:プログラムクレームについては、「生産」等の直接侵害を認めている。
*15:小池眞一「判批」AIPPI68巻3号(2023)215頁参照。
*16:このような差止めの範囲だと、ユーザの行為も含まれてしまうからであろう。
*17:引用者注:伏字は裁判所ウェブページに掲載されたPDFファイルのまま。以下同。
*18:各被告サービスにおける割合をそれぞれ見るのではなく、代表して被告サービス1における割合で計算しているようである。
*19:(102条2項の覆滅部分に対してではなく)選択的主張として102条3項に基づく請求はなされていた。
*20:本件大合議判決では1000万円強に対し、先行訴訟控訴審判決では1億円(実際の算定額はこれを超えるが一部請求であった)。