特許法の八衢

サポート要件と「課題」との関係 ― 知財高判令和5年10月5日(令和4年(ネ)第10094号)

本件の概要

本件(知財高判令和5年10月5日(令和4年(ネ)第10094号))は、特許権者である原告=控訴人が、被告=被控訴人の行為は本件発明にかかる特許権の侵害に当たるとして、被告製品の販売等差止および廃棄を求めた事案である。

原判決(東京地判令和4年8月2日(令和3年(ワ)第29388号))は、本件出願は、原出願当初明細書等に記載された事項の範囲内でされたものとはいえず、分割出願としては不適法であるとし、その結果、新規性要件(29条1項3号)を充足しないと判断して*1、原告の請求を棄却した。

そこで、原告が知財高裁へ控訴したところ、本件控訴審判決(本判決)は、サポート要件(36条6項1号)の非充足を理由として、控訴を棄却した。

本件発明

HFO-1234yfと、HFC-143a、およびHFC-254eb、を含む組成物であって、HFC-143aを0.2重量パーセント以下で、HFC-254ebを1.9重量パーセント以下で含有する組成物。

本件明細書の抜粋

【技術分野】
【0001】
本開示内容は、熱伝達組成物、エアロゾル噴霧剤、発泡剤、ブロー剤、溶媒、クリーニング剤、キャリア流体、置換乾燥剤、バフ研磨剤、重合媒体、ポリオレフィンおよびポリウレタンの膨張剤、ガス状誘電体、消火剤および液体またはガス状形態にある消火剤として有用な組成物の分野に関する。特に、本開示内容は、2,3,3,3,-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yfまたは1234yf)または2,3-ジクロロ-1,1,1-トリフルオロプロパン(HCFC-243dbまたは243db)、2-クロロ-1,1,1-トリフルオロプロペン(HCFO-1233xfまたは1233xf)または2-クロロ-1,1,1,2-テトラフルオロプロパン(HCFC-244bb)を含む組成物等の熱伝達組成物として有用な組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
新たな環境規制によって、冷蔵、空調およびヒートポンプ装置に用いる新たな組成物が必要とされてきた。低地球温暖化係数の化合物が特に着目されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
出願人は、1234yf等の新たな低地球温暖化係数の化合物を調製する際に、特定の追加の化合物が少量で存在することを見出した。
【課題を解決するための手段】
……
【発明を実施するための形態】
【0010】
HFO-1234yfには、いくつかある用途の中で特に、冷蔵、熱伝達流体、エアロゾル噴霧剤、発泡膨張剤としての用途が示唆されてきた。また、HFO-1234yfは、V.C.Papadimitriouらにより、PhysicalChemistryChemicalPhysics、2007、9巻、1-13頁に記録されているとおり、低地球温暖化係数(GWP)を有することも分かっており有利である。このように、HFO-1234yfは、高GWP飽和HFC冷媒に替わる良い候補である。

判決抜粋(強調は引用者による)

本件発明は、熱伝達組成物等として有用な組成物の分野に関するものであり、新たな環境規制によって、冷蔵、空調及びヒートポンプ装置に用いる新たな組成物が必要とされてきたことを背景として、低地球温暖化係数の化合物が特に着目されているところ、1234yf等の新たな低地球温暖化係数の化合物を調製する際に、特定の追加の化合物が少量で存在することを見出したというものである(本件明細書の【0001】~【0003】。……)。

……

(1) 特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決することができると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決することができると認識することができる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(2) 本件についてみると、本件明細書(……)には、「発明が解決しようとする課題」として、「出願人は、1234yf等の新たな低地球温暖化係数の化合物を調製する際に、特定の追加の化合物が少量で存在することを見出した。」(【0003】)との記載がある。また、「……」(【0004】)、「……」(【0010】)といった記載に、【0013】、【0016】、【0019】、【0022】、【0030】、【図1】の記載を総合すると本件明細書には、HFO-1234yfが低地球温暖化係数(GWP)を有することが知られており、高GWP飽和HFC冷媒に替わる良い候補であること、HFO-1234yfを調製する際に特定の追加の化合物が少量存在すること、本件発明の組成物に含まれる追加の化合物の一つとして約1重量パーセント未満のHFC-143aがあること、HFO-1234yfを調製する過程において生じる副生成物や、HFO-1234yf又はその原料(HCFC-243db、HCFO-1233xf、HCFC-244bb)に含まれる不純物が、追加の化合物に該当することが記載されているということができる。

しかるところ、HFO-1234yfは、原出願日前において、既に低地球温暖化係数(GWP)を有する化合物として有用であることが知られていたことは、【0010】の記載自体からも明らかである。したがって、HFO-1234yfを調製する際に追加の化合物が少量存在することにより、どのような技術的意義があるのか、いかなる作用効果があり、これによりどのような課題が解決されることになるのかといった点が記載されていなければ、本件発明が解決しようとした課題が記載されていることにはならない。しかし、本件明細書には、これらの点について何ら記載がなく、その余の記載をみても、本件明細書には、本件発明が解決しようとした課題をうかがわせる部分はない。本件明細書には、「技術分野」として、「本開示内容は、熱伝達組成物、エアロゾル噴霧剤、発泡剤、ブロー剤、溶媒、クリーニング剤、キャリア流体、置換乾燥剤、バフ研磨剤、重合媒体、ポリオレフィンおよびポリウレタンの膨張剤、ガス状誘電体、消火剤および液体またはガス状形態にある消火剤として有用な組成物の分野に関する。特に、本開示内容は、……を含む組成物等の熱伝達組成物として有用な組成物に関する。」(【0001】)との記載があるが、同記載は、本件発明が属する技術分野の説明にすぎないから、この記載から本件発明が解決しようとする課題を理解することはできない。

そうすると、本件明細書に形式的に記載された「発明が解決しようとする課題」は、本件発明の課題の記載としては不十分であり、本件明細書には本件発明の課題が記載されていないというほかない。そうである以上、当業者が、本件明細書の記載により本件発明の課題を解決することができると認識することができるということもできない。

(3) 仮に、上記【0001】の記載をもって本件発明の課題を説明したものと理解したとしても、次に述べるとおり、本件明細書の記載をもって、当業者が当該課題を解決することができると認識することができるとは認められない。

すなわち、この場合の本件発明の課題は、「2,3,3,3,-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yfまたは1234yf)または2,3-ジクロロ-1,1,1-トリフルオロプロパン(HCFC-243dbまたは243db)、2-クロロ-1,1,1-トリフルオロプロペン(HCFO-1233xfまたは1233xf)または2-クロロ-1,1,1,2-テトラフルオロプロパン(HCFC-244bb)を含む組成物等の熱伝達組成物として有用な組成物を提供すること」と理解されることとなるはずである。

そして、本件発明は、①HFO-1234yf、②0.2重量パーセント以下のHFC-143a、③1.9重量パーセント以下のHFC-254ebを含む組成物によって、当該課題を解決するものということになる。

しかるところ、本件明細書には、上記①~③を含む組成物についての記載がされているとはいえない。すなわち、【0121】~【0123】(表5(【表6】))には、実施例15として、HCFC-244bbからHFO-1234yfへ、触媒無しで変換したところ生じた、HFO-1234yf、HFC-143a及びHFC-254ebを含む組成物が4例記載されており(加熱された温度(℃)がそれぞれ550、574、603、626)、当該組成物に含まれるHFC-143aの量がそれぞれ、0.1、0.1、0.2、0.2モルパーセントであること、及び同HFC-254ebの量がそれぞれ1.7、1.9、1.4、0.7モルパーセントであることが記載されている。しかしながら、表5(【表6】)に記載された組成物には「未知」のものが含まれており、その分子量を知ることができないから、同表において、モルパーセントの単位をもって記載されたHFC-143a及びHFC-254ebの含有量を、重量パーセントの含有量へと換算することはできない。そうすると、本件明細書には、上記①~③の構成を有する組成物についての記載がされていないというほかない。それのみならず、本件明細書には、このような構成を有する組成物が、HFO-1234yfの前記有用性にとどまらず、いかなる意味において「有用」な組成物になるのか、という点について何ら記載されておらず、示唆した部分もない。したがって、当業者が、本件明細書の記載から、上記①~③の構成を有する組成物が、熱伝達組成物として「有用な」組成物であるものと理解することもできない。

したがって、当業者は、本件明細書の記載により本件発明の課題を解決することができると認識することはない。

(4) 以上のとおり、分割出願が有効であり、出願日が原出願日(平成21年5月7日)となると考えたとしても、本件発明に係る特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するということができないから、本件発明に係る特許は、無効審判請求により無効とされるべきものである(特許法123条1項4号、36条6項1号)。そして、このことは、分割出願が無効であり、出願日が分割出願の日(令和元年9月4日)となる場合でも同様である。

雑感

本判決は、明細書に「発明が解決しようとする課題」の記載が実質的に存在しないことを理由として、サポート要件の充足を否定した点に特徴がある。


本質的な部分ではないが、まず言及しておきたいのが、「本件明細書に形式的に記載された「発明が解決しようとする課題」は、本件発明の課題の記載としては不十分であり、本件明細書には本件発明の課題が記載されていないというほかない。」という部分である。この判示は、舌足らずであり、誤解を招くように感じる。すなわち、この判示だけを見ると、明細書の「発明が解決しようとする課題」欄の記載(【0003】)のみから、「本件明細書には本件発明の課題が記載されていない」と認定判断したかのように読める。実際には、「本件明細書には、これらの点について何ら記載がなく、その余の記載をみても、本件明細書には、本件発明が解決しようとした課題をうかがわせる部分はない。」という判示からも分かるように、本判決は明細書全体から「課題」を探し出そうとしている。


本論に入ろう。

本判決の述べる、「特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決することができると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決することができると認識することができる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。」との、サポート要件についての一般論は、知財高大判平成17年11月11日(平成17年(行ケ)第10042号)[偏光フイルムの製造法]の判示、ほぼそのままであり、実務に加え、学説でも、おおむね承認されているものである。

ここで、サポート要件を規定した36条6項1号は、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」というものであり、条文上「課題」についての言及はない。加えて、後述するように「課題」のない発明もあり得る。それゆえ、「課題」を重視しているように感じられる、この一般論に、私は疑問を持っている*2

サポート要件は、明細書の発明の詳細な説明に実施形態・実施例として(“点”として)書かれたものを、どこまで抽象化・上位概念化して(“面”として)クレームに書けるのか規律したもの、と捉えるべきではなかろうか。

そうであれば、サポート要件の充足性判断において、「課題」の特定が有用な場合もあろうが、常に「課題」を特定して判断する必要はないように思われる*3。それゆえ、「本件明細書には本件発明の課題が記載されていないというほかない。そうである以上、当業者が、本件明細書の記載により本件発明の課題を解決することができると認識することができるということもできない。」と述べ、《明細書から課題が特定できなければ、ただちにサポート要件を充足しない》とした判断した本判決は、妥当とは言いがたいと感じる。

本事案において、サポート要件の充足を否定するには、端的に、「①HFO-1234yf、②0.2重量パーセント以下のHFC-143a、③1.9重量パーセント以下のHFC-254ebを含む組成物」が明細書に記載されていないこと(この点は事実認定されている)を述べるだけで十分だったのではなかろうか。


さらに、サポート要件充足性判断の文脈で、「どのような技術的意義があるのか、いかなる作用効果があり、これによりどのような課題が解決されることになるのかといった点が記載されていなければ、本件発明が解決しようとした課題が記載されていることにはならない。」と本判決が述べている点も気になる。

「技術的意義」云々は、サポート要件(36条6項1号)ではなく、36条4項1号の委任省令である特許法施行規則24条の2「特許法第三十六条第四項第一号の経済産業省令で定めるところによる記載は、発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければならない。」の問題ではないのか。

この委任省令につき、知財高裁平成21年7月29日(平成20年(行ケ)第10237号)[スロットマシン]は、次のように判示する(強調は引用者による):
「いわゆる実施可能要件を定めた特許法36条4項1号の下において,特許法施行規則24条の2が,(明細書には)「発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項」を記載すべきとしたのは,特許法が,いわゆる実施可能要件を設けた前記の趣旨の実効性を,実質的に確保するためであるということができる。そのような趣旨に照らすならば,特許法施行規則24条の2の規定した「技術上の意義を理解するために必要な事項」は,実施可能要件の有無を判断するに当たっての間接的な判断要素として活用されるよう解釈適用されるべきであって,実施可能要件と別個の独立した要件として,形式的に解釈適用されるべきではない。

ところで、『特許・実用新案審査基準』の委任省令要件に関する部分(第II部 第1章 第2節)に、興味深い記載がある:

以下の(i)、(ii)等の発明のように、もともと課題が想定されていないと認められる場合は、課題の記載は求められない。
(i) 従来技術と全く異なる新規な発想に基づき開発された発明
(ii) 試行錯誤の結果の発見に基づく発明(例:化学物質の発明)
なお、このように、課題が想定されていない場合は、その課題を発明がどのように解決したか(解決手段)の記載も求められない。「その解決手段」は、課題との関連において初めて意義を有するものであり、課題が認識されなければ、その課題を発明がどのように解決したかは認識されないからである。

この審査基準の記載からすると、「課題」の存在しない発明もあり得るということになり、ますます、サポート要件において「課題」を重視することに疑問が生ずる。

もっとも、上記審査基準のいう「課題」は、発明が完成する前に(発明を創作する際に)想定・認識する「課題」であって、発明が完成したに判明する(こともある)「発明が解決しようとする課題」(=発明の奏する効果と表裏一体のもの)*4とは異なるのかも知れない*5

しかし、後者の、効果と表裏一体である「発明が解決しようとする課題」は、次に述べる「発明の有用性」に帰着し、サポート要件の問題として取り扱う必要はないように思われる。


本判決は、「仮に、上記【0001】の記載をもって本件発明の課題を説明したものと理解したとしても、……本件明細書には、このような構成を有する組成物が……いかなる意味において「有用」な組成物になるのか、という点について何ら記載されておらず、示唆した部分もない。したがって、当業者が、本件明細書の記載から、上記①~③の構成を有する組成物が、熱伝達組成物として「有用な」組成物であるものと理解することもできない。」と、発明の有用性にも言及している。

この判示は、本件明細書の段落【0001】に「有用な組成物」との記載があったためであり、サポート要件の充足性判断一般に、有用性を考慮する趣旨ではないと思われる。

仮に、本事案に限らず、有用性を考慮してサポート要件の充足性を判断すべしとの趣旨であれば、疑問なしとしない。発明の有用性は、サポート要件(および実施可能要件)の問題ではなく、29条1項柱書の産業上利用可能性の問題として扱うほうが適切ではなかろうか*6

更新履歴

  • 2023-10-08 公開

*1:サポート要件充足性も争点であったが、地裁の判断は示されなかった。

*2:それゆえ、知財高大判[偏光フイルムの製造法]に反旗を翻した(ものの追従する裁判例の現れなかった)知財高判平成22年1月28日(平成21年(行ケ)第10033号)[フリバンセリン]の「法36条6項1号は……「特許請求の範囲」と「発明の詳細な説明」とを対比して,「特許請求の範囲」の記載が「発明の詳細な説明」に記載された技術的事項の範囲を超えるような広範な範囲にまで独占権を付与することを防止する趣旨で設けられた規定である。そうすると,「発明の詳細な説明」の記載内容に関する解釈の手法は,同規定の趣旨に照らして,「特許請求の範囲」が「発明の詳細な説明」に記載された技術的事項の範囲のものであるか否かを判断するのに,必要かつ合目的的な解釈手法によるべきであって,特段の事情のない限りは,「発明の詳細な説明」において実施例等で記載・開示された技術的事項を形式的に理解することで足りるというべきである。」との判示に、少なからず共感を覚える。

*3:例えば、実施例に“点”として書かれたものを、そのまま“点”としてクレームに記載した場合は、「課題」の特定は不要であろう。ただし、《それでは、クレーム文言をそのまま明細書にも記載しておくことだけで、サポート要件充足ということになり、本要件が機能しないのではないか》という問題があり、[フリバンセリン]判決直後、しばしば提起されていた。この問題につき、私は、“点”の内容・実態に依ると考えている。

*4:例えば、偶然生まれた化学物質に、有益な効果Xがあると分かれば、「効果Xを奏する新たな化学物質を得ること」が「発明が解決しようとする課題」と(後付けで)言える。

*5:もっとも、このように「課題」を区別するのであれば、特許庁がなにゆえ(「発明が解決しようとする課題」にのみ言及する)委任省令に関する審査基準において、このような記載をしたのか、意図が不明であるが。

*6:前田健特許法における明細書による開示の役割』(商事法務,2012)67頁,81頁も参照。