特許法の八衢

「除くクレーム」への訂正について判断された事案 ― 知財高判令和5年10月5日(令和4年(行ケ)第10125号)

はじめに

本判決(知財高判令和5年10月5日(令和4年(行ケ)第10125号)*1は、「除くクレーム」への訂正を認めなかった審決を、知財高裁が取り消したという事案である。

その判示内容には、知財高大判平成20年5月30日(平成18年(行ケ)第10563号)[ソルダーレジスト]の解釈等、いくつか検討の余地があるため、本稿を記す。

事案の経緯

原告は、本件特許の特許権者である。

被告が、本件特許について特許無効審判を請求したところ、特許庁は、本件発明1(後記)は新規性要件を満たさない等の理由があるため特許を無効にする、との審決の予告を行なった。これに対し、原告は本件訂正(後記)を請求したが、特許庁は、本件訂正は新規事項追加に当たり認められないとした上で、特許無効審決をなした。

これを不服として、原告が審決取消を請求したのが、本件である。

本件発明1および本件訂正

本件発明1

HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、
を含む組成物。

本件訂正(請求項1に係るもののみ抜粋;強調は引用者による)

請求項1の「を含む組成物」の記載を「を含む組成物(HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く)」に訂正する。

審決および被告の主張

判示事項に入る前に、本件無効審決の内容(無効2020-800082)および本審決取消訴訟での被告主張内容を抜粋して示す。「裁判所の判断」の項より前は、知財高裁による判示事項ではないため、留意されたい。

審決の抜粋

本件訂正のような、いわゆる「除くクレーム」に数値範囲の限定を伴う訂正が新規事項を追加しないものであるというためには、「除く」対象が存在すること、すなわち、訂正前の請求項1に係る発明において、「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれているといえるか、または、「除く」対象が存在しないとしても、すなわち、訂正前の請求項1に係る発明において、「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれていないとしても、訂正後の請求項1に係る発明には、「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれることが明⽰されることになるから、訂正前の請求項1に係る発明に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているといえる必要があると解される。

……

ましてや、本件明細書には、HCFC-225cbについての記載がないのであるから、その含有量については不明としかいうほかない。すなわち、訂正前の請求項1に係る発明が「HCFC-225cb」を含むことは想定されていないというべきである。

そうすると、訂正前の請求項1に係る発明に「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれているということはできないし、訂正前の請求項1に係る発明に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているということもできない。

以上のとおり、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲⼜は図⾯に記載した事項との関係において新たな技術的事項を導⼊するものであって、新規事項を追加するものに該当し、特許法第134条の2第9項で準⽤する同法第126条第5項の規定に違反する。

本訴訟における被告主張の抜粋(本判決より引用)

ソルダーレジスト大合議判決は、いわゆる「除くクレーム」によって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」について、新規事項の追加に該当しない場合があることを判示したものであるが、本件訂正は、除くクレームによって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」になっていない。

すなわち、本件発明1と甲4発明が同一である部分は、「CF3CF=CH2(HFC-1234yf)(10%)、CF3CF2CH3(20%)、CF3CFHCH3(48%)、HCFC-225cb(20%)を含む揮発性物質」であるから、特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正をするのであれば、「ただし、HFC-1234yfを10%、HFC-254ebを20%、HFC-245cbを48%、HCFC-225cbを20%含む組成物を除く」との訂正をすべきである。

本件のように、特許出願に係る発明と同一の発明が存在することを奇貨として、除くクレームの形式で自由に訂正発明の内容を規定することができるとすれば、第三者に不測の損害をもたらすこととなる。

裁判所の判断(強調は引用者による)

特許請求の範囲等の訂正は、「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内」においてしなければならないところ(特許法134条の2第9項、126条5項)、これは、出願当初から発明の開示が十分に行われるようにして、迅速な権利付与を担保するとともに、出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることのないようにしたものと解され、「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項(以下、単に「当初技術的事項」という。)を意味すると解するのが相当であり、訂正が、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正は、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。

……

そこで検討するに、前記……の通り、本件明細書等にはHCFC-225cbに係る記載は全くないものの、前記……のとおり、本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は、その文言上、HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbを含む限り、それ以外のいかなる物質をも含み得る組成物を意味するものと解されるものである。そして、本件訂正により、「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く」と特定されたことをもって、本件訂正発明1には、HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物が含まれないことが明示されたということはできるものの、本件訂正発明1が、HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物であることが明示されたということはできない。

……したがって、本件訂正は、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものというべきである。

……被告は、本件訂正は、甲4発明と同一である部分を除外する訂正とはいえず、除くクレームによって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」になっていないから認められないと主張する。

しかしながら、特許法134条の2第1項に基づき特許請求の範囲を訂正するときは、願書に添付した明細書、特許請求の範囲または図面に記載した事項の範囲内でしなければならず、実質上、特許請求の範囲を拡張し、変更するものであってはならないとされている(同条9項、同法126条5項及び6項)が、それ以上に先願発明と同一である部分のみを除外することや、当該特許出願前に公知であった先行技術と同一である部分のみを除外することは要件とされていない。そして、訂正が、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」行われた場合、すなわち、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正によって第三者に不測の損害をおよぼすとは考え難いから、同項に規定する訂正要件の解釈として、被告が主張するような要件を加重することは相当ではないというべきである。

また、被告は、除くクレームの形式で自由に訂正発明の内容を規定することは許されない旨主張しているところ、本件訂正は、前記……のとおり、甲4による新規性欠如及び進歩性欠如の無効理由がある旨の審決の予告を受けてされた訂正であるが、前記……のとおり、甲4には、甲4発明が記載されているのみならず、「HCFC-225cbを含むハロカーボン混合物から、・・ヒドロフルオロカーボンを直接的に調製する有利な方法に関する。・・この方法は相当量の該HCFC-225cbを他の化合物へ転化することなく行われる。」(【0012】)、「本発明による好ましい混合物とは、化合物HCFC-225cbを含む混合物である。他の好ましい態様において、混合物は本質的に約1~約99重量パーセントのHCFC-225cb・・とから成る」(【0015】)との記載があり、同各記載を踏まえると、本件訂正は、甲4に記載された発明と実質的に同一であると評価される蓋然性がある部分を除外しようとするものといえるから、本件訂正は先行技術である甲4に記載された発明とは無関係に、自由に訂正発明の内容を規定するものとはいえない。

そして、本件審決は、本件訂正が新たな技術的事項を導入するものであることを理由に訂正を認めず、本件発明に係る本件特許を無効としたものであるが、本件訂正が新たな技術的事項を導入するものであるとはいえないことは前記したとおりである。そうすると、本件審決は同法134条の2第9項において準用する同法126条5項の訂正要件の解釈を誤ったものとして、取消しを免れない。

雑感

まず、本判決における「「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項(以下、単に「当初技術的事項」という。)を意味すると解するのが相当であり、訂正が、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正は、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。」との一般論は、[ソルダーレジスト]大合議判決により示された補正・(厳密に言えば特許無効審判における)訂正についての一般論、ほぼそのままであり、問題とはなり得まい。

他方、(訂正前の)クレームを解釈してもその存在(含有)を一切導出できない構成であり、かつ、明細書・図面にも記載のない構成である、「HCFC-225cb」(の一定量以上)を除く訂正を、「新たな技術的事項を導入しないもの」と判断した点には、異論がありえよう。

加えて、被告の「本件訂正は、除くクレームによって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」になっていない。」との主張に対して、裁判所が「当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正によって第三者に不測の損害をおよぼすとは考え難いから、同項[引用者注:126条5項(および6項もか?)]に規定する訂正要件の解釈として、被告が主張するような要件を加重することは相当ではないというべきである。」と応じている点にも、異論があるかも知れない。

というのも、[ソルダーレジスト]大合議判決は、29条の2の先願発明の内容(のみ)をクレームから除く訂正が認められた事案であり、当該大合議判決は次の判示をしているからである(強調は引用者による):

無効審判の被請求人が,特許請求の範囲の記載について,「ただし,…を除く。」などの消極的表現(いわゆる「除くクレーム」)によって特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正を請求する場合がある。

このような場合,特許権者は,特許出願時において先願発明の存在を認識していないから,当該特許出願に係る明細書又は図面には先願発明についての具体的な記載が存在しないのが通常であるが,明細書又は図面に具体的に記載されていない事項を訂正事項とする訂正についても,……,明細書又は図面の記載によって開示された技術的事項に対し,新たな技術的事項を導入しないものであると認められる限り,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」する訂正であるというべきである。

……

本件各訂正は,本件訂正前の各発明から先願発明と同一の部分を除外するために,除外の対象となる部分である引用発明の内容を,本件訂正前発明1及び2の成分(A)~(D)及び同(A)~(E)ごとに分説し,各成分に該当し得る物質又は製品の一部を,同実施例2の特定の物質又は製品の記載を引用しながら特定し,消極的表現(いわゆる「除くクレーム」)によって除外するものであるということができる。

すなわち、上記判示から、[ソルダーレジスト]大合議判決は、特許権者が「特許出願時において先願発明の存在を認識していない」場合であって、その先願発明のみを除く場合に限って、「明細書又は図面に具体的に記載されていない事項」をクレームから除く補正・訂正を認めている、と読めなくもないからである。

しかし、私は、[ソルダーレジスト]大合議判決を踏まえても、本判決(知財高判令和5年10月5日(令和4年(行ケ)第10125号))の「新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正によって第三者に不測の損害をおよぼすとは考え難いから、同項に規定する訂正要件の解釈として、被告が主張するような要件を加重することは相当ではない」とする判示は妥当だと考える*2

なぜならば、(「除くクレーム」への補正・訂正ではない)通常の補正・訂正は当然のことながら先願発明との関係は要求されないところ、[ソルダーレジスト]大合議判決は、判決当時の(除くクレームへの補正を「例外」と位置付けていた)審査基準に対して、「「除くクレーム」とする補正が本来認められないものであることを前提とするこのような考え方は適切ではない。……「例外的」な取扱いを想定する余地はない」と述べているからである。すなわち、大合議判決は「除くクレーム」への補正・訂正も「例外的」なものではないと考えているのであり、してみれば、「除くクレーム」への補正・訂正のみ、先願発明との関係を要求するのは、道理にかなわない*3

さて、ここまでであれば、本判決(知財高判令和5年10月5日(令和4年(行ケ)第10125号))の論理を理解できるが、その直後に現れる「本件訂正は先行技術である甲4に記載された発明とは無関係に、自由に訂正発明の内容を規定するものとはいえない。」との判示は理解できない。本判決のそれまでの「訂正要件の解釈として、被告が主張するような要件を加重することは相当ではない」との論理からすれば、「新たな技術的事項を導入しない」訂正(であり、かつ実質拡張・変更ではない訂正)であれば、先行技術と「無関係に」訂正を認めて良いはずである。このような判示を行なう必要は全くなかったように思われる。

最後に、審決取消訴訟の審理範囲という点から仕方ないことではあるが、本判決は、本件訂正が126条5項の要件を満たすと判断したのみで、訂正目的要件(同条1項但書各号)や実質拡張・変更ではないとの要件(同条6項)の充足性については言及していないことに、留意が必要であろう*4

更新履歴

  • 2023-10-16 公開
  • 2023-10-19 誤記の修正・若干の追記

*1:裁判体は清水響・浅井憲・勝又来未子。

*2:「第三者に不測の損害をおよぼ」さないため、より正しくは、訂正目的要件(126条1項但書各号)をも充足する必要があろうが。

*3:もっとも、「明細書又は図面に具体的に記載されていない事項」を、「除く」の形か別の形かを問わず、クレームに追記(補正・訂正)する際に、「新たな技術的事項を導入しないもの」か否かの判断の考慮要素として、先願発明との関係を含めることが許される、と[ソルダーレジスト]大合議判決を読むのは、論理的にはあり得るかも知れない。

*4:本判決は、「本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は、その文言上、HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbを含む限り、それ以外のいかなる物質をも含み得る組成物を意味するものと解されるものである。そして、本件訂正により、「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く」と特定されたことをもって、本件訂正発明1には、HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物が含まれないことが明示されたということはできる」と述べていることから、「特許請求の範囲の減縮」(126条1項但書1号)に当たり、実質拡張・変更ではない、と解釈しているとは思われるが。